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四話 カミラ

 翌日、三人は朝早くに町を後にした。ひと時の間何もない殺風景な小道を進んだ所で山に入った。新鮮な空気を肺に取り込みながら緩やかな傾斜を登ってしばらく行くと、やがて開けた土地に出る。町だ。レベッカは空を見る。どうやら予想通りの到着となったようだった。

 町の周囲は見渡す限り壁に覆われていた。鉄製の、黒い頑丈そうな長身の壁だ。今彼らの前には巨大なゲートが口を開けていた。ゲートの前には鎧を着込んだ軍人らしき男が二人、その手に武器を握って立っている。

「あの、そこの人。ここ通りたいのだが……」

 物々しい光景にさすがのエドマンドも身を小さくしている。軍人の一人が三人の格好を見て表情を緩めた。

「旅の方ですか。どうぞお通りください。ようこそ、カミラへ」

「どうも」

 笑顔の軍人にレベッカは安堵の息をつく。正直、まだ昨夜の男の言葉が頭から離れていなかったのだ。

 軍人に頭を下げ、三人はゲートをくぐった。十メートルほど続く荒野の先に町が見える。レベッカは壁と町との微妙な隙間に少し違和感を覚えたが、何も言わずにエドマンドの後を追った。

 すぐに建物がずらりと並ぶ通りに入った。ただの民家だろう。特に変わった所は見受けられなかった。そのまま通りを進み、町の中心部を目指す。見上げるほど巨大な時計台や大きな建物が見えてきた。進むにつれて行き交う人の数も増えてくる。

 広場を通り過ぎた所でふとレベッカは違和感を感じた。周囲を見る。特に変わった所はないはずだが……。

(なんだろう。この感じ……)

 なぜか、胸がもやもやとするのだ。そこには常識範囲内の光景が広がっているだけだというのに。

 背後にいるレスを見やる。彼は別になんともないといった様子で呑気に大あくびをしていた。

(私だけなのかな……)

 だとしたら、きっと旅の疲れが出てきたのだろう。胸のもやもやを振り払うように長い吐息を吐く。

 やがて先を行っていたエドマンドが足を止めた。目の前には何室もありそうな大きな建物がどっしりと三人を見下ろしている。

 どうやらここが今夜の宿泊先らしい。

「荷物を置いたら夕飯まで別行動をとる。好きなように動いていいが、仕事は見つけろよ。ただでさえ金に困っているんだからな」

「わかってるわよ」

 険しい顔で言うエドマンドにそう答え、レベッカはフロントに向かう。手早く手続きを済ませ、荷物を置くと彼女はさっそく外に出た。歩きながら町の様子を眺める。どこにでもあるような光景が広がっているだけだ。

 ふと彼女の目が壁に張り付けられた一枚の広告に留まる。『求人募集中!』と大きく書かれた広告だ。レベッカは少し悩んだ後、鞄からメモ帳を取り出し、店の名前や場所を書き写した。メモを頼りに町を歩き回り、十分ほど歩いた所でその店は見付かった。

 ドアを押すとカランカランと涼しい音が上から降って来る。それなりに繁盛しているらしく、店内に空席は目立たなかった。しかし客がこれだけいるというのに、ウェイトレスの数が極端に少ない。求人募集の広告に納得がいった。

「すいません。広告見てきたんですけど……」

 目の前を通り過ぎていく店員に声をかけると、店員はレベッカを見てぽんと手を叩いた。

「あ、もしかしてアルバイトの方? 奥に店長がいるから、そちらに行って貰えるかしら」

「はい。わかりました。ありがとうございます」

 指差されたドアを軽くノックし入る。

「失礼します。求人募集をやっているってきいたんですけど……」

 店長らしき男の前には既に先客がいた。レベッカと同じ、アルバイトできた人だろう。男はレベッカを見て立ち上がり、先客の彼に紙とペンを差し出した。

「じゃあ君はこの紙に連絡先などを書いていてくれ。そこの彼女はこちらへ」

 向かいのソファを指され、レベッカは腰掛けた。

「君は町の人かい? それとも旅人かい?」

「旅人です。滞在期間は……ここの収入で決まると思います」

 本当のことを言うと、彼は一度固まり、理解したのか笑いだした。

「収入か。だが心配する必要はないよ。この町の店はどこだって高給だからな」

「えっ?」

「……まぁ、訳は言えないがな」

 理由を訊こうとした所でそう話を断ち切られた。小さな違和感を覚えたが、きっとここは財政の豊かな町なんだろうと思い、レベッカはもうそれについて訊こうとはしなかった。

「それで、いくらなんです?」

「時給1550センズから1900センズだ。どうだ? 文句あるか?」

「い、いいえ! そんな、とんでもないです!」

 レベッカは慌てて手を振った。1550センズ。他の町の二倍の値だ。

「働きます! 働かせて下さい!」

「はははっ。すごい喰い付きだな」

 身を乗り出して声を張り上げるレベッカに店長は苦笑を浮かべた。書類を書き終えたのか、黙々とペンを走らせていた先客の男が顔を上げ、店長に書類を差し出した。「明日は九時からだから、よろしくね」と部屋を出ていく寸前に店長が男にそう声をかけた。

「まあまあ落ち着いて。雇うから」

「ほ、本当ですか?」

「当たり前だろう。うちは今人手不足なんだ。借りれるものは猫の手だろうがなんだろうが借りたいね」

 彼の言葉にほっと胸を撫で下ろす。店長は背後の棚の引き出しから書類を取り出し、ペンを添えてレベッカの前に置いた。

「さ、これに記入して。ところで、今日からやって貰ってもいいかな? 無理にとは言わないが、そうしてくれるとうちは助かるんだ」

 時計を見る。夕飯の時間まであと二時間ほど余裕があった。

「はい。今からでも構いません」

「では、それを書き終わった制服に着替えておいで。君、身長は?」

「163です」

「わかった。今探してくるから、ちょっと待ってて」

 店長が部屋をあとにする。書類を書き終えると店長が帰ってきた。その手には綺麗に折りたたまれた制服があった。

「更衣室はここを出て左だ。着替え終わったら言ってくれ。いろいろと説明する」

「はい」

 制服を受け取り、更衣室に向かう。ドアを開け中を窺うと、部屋の中は場所を取らないためか狭かった。制服を広げてみる。思ったよりも派手だった。フリル満載、ピンク万歳とでも言うのだろうか。

 とにかく派手だった。

「…………」

 着るのを少しためらったが、もう契約は済ましてしまっている。さすがに今さらやめるとは言えない。

「……え、えぇい! もういい! 仕方ない!」

 フリルやピンクとか、そういったものが大の苦手だったのだが、この際そういうことは気にしないでおこうと、レベッカは着替えを開始した。なんせいつもの二倍の給料なのだ。それを棒に振る訳にはいかない。

「お待たせしました……」

 カウンターの横にいた店長に声をかける。レベッカの姿を見て彼がほほえんだ。

「なかなか似合ってるじゃないか」

「は、はぁ……」

「おい。ロミルダ」

 店長が丁度料理を運び終わったツインテールの少女に声をかけた。少女が駆け寄って来る。

「はい」

「今日からのアルバイトだ。いろいろと教えてやってくれ」

「わかりました」

 そう言うと、店長が部屋に入っていく。

「あなた、名前は?」

「レベッカ・ホームズです」

「私はロミルダ・ローウェン。よろしくね、レベッカ」

「よろしくお願いします。ロミルダ……さん?」

 首を傾げて言うと、彼女は笑いを零した。

「ロミルダでいいわよ。それと敬語もいらないわ」

「あ、ありがとう」

「気にしないで。さ、じゃあまずはこの店の決まりから教えよっか。メモはしなくていいの?」

「あ、ちょ、ちょっと待って!」

 ロミルダに指摘され、レベッカは急いで更衣室へメモを取りに行った。




「それでな、時給2100センズって言うんだよ!」

 レスが声を荒げて興奮気味に言う。彼は今日警備のアルバイトを始めたと言うのだが、その時給というのがやはり他の町の二倍の値なのだ。

 今三人は宿屋の一室にいた。それぞれ今日の報告をしていたのだが、レベッカが時給の話をするとレスが「俺も!」と言いだしたのだ。

「父さんは?」

 話の流れで訊いてみると、エドマンドはああと頷いた。やはり先程店長が言っていたことは本当だったのだ。

「俺もだいたいそんな所だ。この町はよほど財政が豊かなんだな」

「だよなぁ。じゃなきゃいくらなんでも時給でこれはない。しかもアルバイトだってのに」

「まぁ、嬉しい誤算だな。丁度金に困っていた所だし、しばらくはここにいるとしようか。金も貯まることだし」

「そっか」

 素っ気なく返したつもりだが、少しだけ声が弾んでしまう。

「なんだレベッカ、嬉しそうだな」

 エドマンドが先程から笑顔のレベッカに怪訝そうな声をあげた。

「実は今日ね、アルバイト先の店で友達ができたの。ロミルダって言うんだけど、すごく馬が合ってさ」

 楽しそうに話す彼女の様子をエドマンドはほほえみながら見つめる。

「そうか……よかったな」

「うん。明日が楽しみ」

 言いながらレベッカが枕に突っ伏する。よっぽど疲れたのだろうか、そのまま寝息を立てている。エドマンドが何もかけていない彼女の上に薄手の掛け布団をかけてやった。

「友達か……」

 楽しそうなレベッカの様子を一人離れて見ていたレスが思案顔でぽつりと呟いた。




 初夏の朝日が身にしみる。レベッカは一人太陽を見て目を細めていた。

 彼女が向かっている先はもちろんアルバイト先であるあの店だ。制服が派手だったということが少し残念だったが、それも二倍の給料の前では塵に等しいものだ。気にすることはなかった。

「おはよう。ロミルダ」

「おはよう」

 更衣室に入った所で鞄をごそごそとあさっていた彼女に声をかける。長いツインテールの、茶色の髪の女の子だ。聞けばレベッカと同い年ということもあり、昨日話してみると思ったよりも話が弾んだのだ。

「今日からが本番だけど、大丈夫?」

 着替え終わるとロミルダがそう切り出した。

「大丈夫よ。ちゃんとメモ取ったし。それに今までこういう経験は何度もしてるから」

「ああそっか。……レベッカって旅してるものね」

 感心したようにロミルダが言う。

「あ、もうすぐ開店の時間ね。話してる場合じゃないわ。準備しないと」

 思い出したように彼女が更衣室を出、レベッカもそれに続く。テーブルの上の椅子を下ろし、整えていく。やがて開店時刻になり、数分待たずに客がきた。笑顔で迎え、順々に注文を受け取っていく。そうして仕事は順調に進み、しばらくすると休憩時間がやってきた。

「おつかれ」

 休憩室でコーヒーを飲んでいるとロミルダが入ってきた。

「どう? 仕事うまくいってる?」

「うん。なんとか」

「そう。よかった」

 ロミルダがレベッカの隣に座り、同じようにコーヒーを飲む。

「そうだ!」

 不意にロミルダが声をあげ、レベッカは彼女を見た。

「レベッカって旅してるんだよね? いろんな町とか寄ったりするの?」

「うん。二年旅してるけど、数え切れないくらいたくさんの町に立ち寄ったわ」

 ふーん、とレベッカの言葉を聞いて何か考えるように遠くを見つめる。

「旅してて楽しい?」

「んーそうねぇ……たまに危険なことに巻き込まれたりもするけど、楽しいわよ、結構。なんか、こう、うまく説明できないけど……同じ町に居続けてたら体験できないようなこととかも旅してる中でたくさんできるし」

「へぇ、そうなんだ……」

 ロミルダがコーヒーをすする。壁に立て掛けてあった時計を見る。あと数分で休憩時間は終わろうとしていた。

「ねぇ、旅の話してくれない?」

「旅の?」

 不意に彼女が言い、レベッカは首を傾げた。

「そう。なんでもいいからさ。……私ずっとこの町で暮らしてるし、外の町がどんなものか見たことないのよね。だからせめて話でもいいから知りたいなぁって思って」

「そっか。旅の話ね……じゃあ、一年前に寄った町のことを話そうかな」

 たった一年前だというのに、ずっと昔を思い出すような感覚で頭の奥を探る。自然が豊かな町だった。山や海などの自然が全てそろっていて、見ているだけで心が浄化されていくような、そんな町。

 数々の自然があったことを興奮気味に話すと、ロミルダは目を輝かせて何度も頷いたり驚いたりした。海の話をするとことさら感嘆の声をあげ、身を乗り出してくる。周囲を山で囲まれたカミラで育ったロミルダにとっては、海とは絵本の中だけのものだったのだろう。話している間中彼女の表情はずっと明るかった。

「ねぇ、海の水はしょっぱいって本当なの?」

 と彼女が真顔で訊いてきたときにはレベッカは思わず爆笑してしまった。ロミルダがむっと顔を曇らせる。

「仕方ないじゃない。この町から出たことさえないんだから」

「あぁごめんごめん。ロミルダがあんまり真面目に訊いてきたから、おかしくて」

 そう言い返すと彼女が更に不機嫌な顔付きになったので、レベッカは慌てて話を戻した。途端に彼女の表情が晴れる。それを見て一安心する。どうやら彼女の関心はそちらに移ったようだった。

 突然休憩室のドアが勢いよく開いた。見ると店長が不機嫌そうに立っている。

「おいレベッカ! ロミルダまでいつまでやってんだ! 休憩時間はとっくに終わってるぞ」

 指摘され壁の時計を見ると、確かに休憩時間を数分過ぎている。さっと血の気が引いた。

「あ、わ! す、すいません! 今行きます!」

 残りがわずかのコーヒーを飲み干す時間も惜しく、レベッカは急いでテーブルから立ち上がると休憩室から飛び出した。後からロミルダも続く。

 閉店後、彼女達が店長に怒られたのは言うまでもない。

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