二話 異常の中の異常の処遇
六時を知らせる鐘の音が町に響き渡る。初夏の空はまだ明るく、見る者を錯覚させる。レベッカもその一人で、時計を二度見することでやっと錯覚しているのだと気付けた。
あれからブラスト広場で待ちくたびれた様子のエドマンドと合流し、今レベッカ達は喫茶店にいた。向かいにはこの暑さの中まだ外套を着ている少年――名をレスと名乗った少年が落ち着かない様子で座っている。
「さっきはありがとう。お陰で助かったわ」
紅茶を飲み、一息ついた所でレベッカはそう切り出した。隣には父であるエドマンドがどんと座っている。普段は厳つい顔も今は恩人を目の前にして弛んでいる。
「レスとか言ったか。娘を助けてくれた礼だ。全部奢ってやるから好きなだけ食べな」
「ほ、本当か!?」
エドマンドの太っ腹な言葉にレスが目を丸くする。彼の勢いにエドマンドが笑った。
「おう。どんどん食べな」
「マジで!? ありがと!」
「恩人にこれぐらいして当たり前だ。さあ、俺達の奢りだ、どんどんたのんでどんどん食べな」
「えーと、じゃあまずは……」
顔をパッと輝かせながら、さっそくメニュー板に飛びつくとレスは呪文のように注文し始めた。
「そんなに食べ切れるの?」
あまりの多さに心配になって訊くと、レスは自信たっぷりに胸を叩いた。
「何言ってんだ。こんなの俺にとっちゃ朝飯前も同然。食べ盛りを舐めるんじゃねぇぞ」
「ならいいけど……」
口ではそう言いつつも、腑に落ちずレスの体を眺める。どっからどう見ても小柄だ。その体のどこにあんな量の食べ物を入れるのか少し疑問だったが、本人が食べ切れると言っているため深くは言及しないことにした。……というよりは喫茶店まで歩いてくる間中長身のエドマンドを見てずっと背伸びして歩いている所を見ると、彼にとっては小柄とか小さいとかが禁句のようなので言わないようにした、という方が理由としては大きいが。
やがて、子どものようにナイフとフォークを両手に持って準備万端とでも言いたそうな顔のレスの前に料理が運び込まれた。彼が感嘆の声をあげ、数々の料理に食い付いて行く。しばらくはその軽快な食べっぷりを眺めていたが、その内にレベッカも腹が減り、料理をたのむことにした。「どうせ一人じゃ食べ切れないだろ」とレベッカに耳打ちしてきたエドマンドはレスの目を盗んで彼の料理をつついている。となると料理をたのむのはレベッカだけのようだ。それならじっくり選ぼう、そう思いメニュー板を睨む。
「あ、すいません」
通り掛かった店員に声をかける。営業スマイルで駆け寄ってきた店員はレスの食いっぷりを一瞥して一瞬ぎょっとした表情になったが、すぐに笑顔を取り戻してレベッカから注文を受け付けた。かしこまりました、と言って店員がテーブルから離れて行く。
やることがなくなり、紅茶を飲みながら喰い続けるレスをぼーっと見ていて気付いた。そういえばここに来る途中もずっとフードを被りっ放しだ。それに冷房は効いているとはいえ、半袖であるレベッカでさえもこんなに暑いのに、レスは全身を外套で包んでいる。レベッカは呆れてため息をついた。
「レス、それまだ着てたの? 暑いし脱ぎなよ。ほら」
向かいの席のレスの頭に手を伸ばし、フードを脱がす。
「ぶっ!?」
途端にレスが噴き出し、レベッカとエドマンドはフードの下から出てきたそれらを見て固まった。
首にあったのは金色の首輪。
それと……
「……え?」
「お、お前それ……」
「逃げるぞ!」
一瞬だけ顔を覗かせたそれを隠すように、彼は素早い動きでフードを被り直すと立ち上がった。レベッカもエドマンドも思考が追いつかず、唖然と硬直する。その間にもレスはテーブルに並べられたまだ食べ付けのパンなどを口やポケットに押し込んでいく。一向に動こうとしないレベッカとエドマンドに気付き、苛立った声をあげた。
「おい早くしろ! 異常者の中でも特別な類の俺と正常者であるお前達とが一緒にいること自体がもう異常なんだよ! ほら早く!」
「お、おう……」
エドマンドがおろおろと立ち上がる。
「急げ! もうこの町にはいられない。ひとまず外に出るんだ」
「わ、わかった。行こう父さん」
「あ、ああ。そうだな」
あまりに切迫したレスの声に気後れしながらも答え、席を立つ。
そのときに気付いた。
先程レベッカがたのんだ料理をお盆に載せた店員が、こちらを見てわなわなと震えていた。
「あ、あ、あ……」
お盆までもが彼女の震えで振動している。
「あーあ……」
レスが震える彼女を見て苦い顔をした。
お盆が傾く。危ないと思ったときには料理は盛大な音と共に床に散らばっていた。それと同時に甲高い悲鳴が彼女から発せられる。駆け寄った同僚達に、床に座り込んだ彼女はこちらを――正確にはレスを指差して言った。
「ば、化物よ! 誰か通報して! 早く! そこに……」
恐怖で青白く染まった顔で彼女は叫んだ。
「そこに化物がいるの!!」
店内の人々の視線が一瞬にしてレスに集まる。まるで彼を責めるように、怒るように、蔑むように。
その視線の数々にレベッカは違和感を感じ、レスを庇うように彼の前へと出た。
「ちょ、ちょっと待ってよ! これはきっと何かの間違いよ! ね? レス?」
「…………」
レスは何も言わない。表情さえも、フードを深く被っているせいでわからない。
「レス……」
「行くぞ」
不意にそう言ったかと思うと、彼はもう人々から背を向けて出口へと向かっていた。レベッカとエドマンドは顔を見合わせ、沈黙する彼の後に続いた。
辺りが暗くなり始め、虫の声が足下から湧き出る。それが幾多にも重なり、夜だというのにうっそうとした雑木林の中は騒々しかった。
先を歩いていたレスがついにその歩みを止めた。くるりとレベッカ達に向き直る。
「巻き込んで悪かったな」
「え、ううん。私達なら大丈夫。それよりさっきのって……」
「…………」
「あ、嫌ならいいのよ。無理に話さなくて。ただ突然のことだからびっくりして……ごめん」
不機嫌そうに顔を背けてしまった彼に恐々謝る。短いため息が返り、レスが顔を上げた。
「さっきお前らが見たのは見間違いなんかじゃねぇよ」
彼が薄い緑色の外套を取る。暗いがその姿だけは確認できた。そこにあったのは――。
「これはたぶん、生まれつきみたいなものなんだ」
そう言って頭のそれを指で突く。それでようやく現実なんだと信じれたような気がした。
喫茶店でレベッカ達が見たもうひとつのもの。
それは――獣の耳だった。
「たぶん?」
妙に引っかかって尋ねると、彼はああと頷いた。すると不意に空気が動き、驚いて彼の足元を見ると、そこでは大きな毛の塊がわさわさと動いていた。――恐らくそれが尻尾だろうことは、なんとなく想像がついた。
「俺には四年前以降の記憶がねぇんだ」
「記憶が……?」
「ああ、ない。きれいさっぱりにな。名前だけは覚えてたけど」
彼は苦みを帯びた笑いを浮かべる。その姿がレベッカにはとても痛々しく見えた。
「この耳と尻尾だって、なんであるのか俺にはわからない。だから俺は記憶を取り戻す旅をしてるんだ。まぁだいたい、この外見のせいでその場所に長く留まってることなんてできなかったしな。みんな俺を見るだけで化物扱いするし……正直もうあんなのは慣れっこなんだ。だから気にすんな。俺だってお前のこと怒ってねぇし」
「……ごめん」
「だから気にするなって。本当にもう慣れてんだ、ああいうのは。ほら見ろよ。これがその証だ」
首に密着するように着けられた金色の首輪を指差す。
首輪は異常者と判断された者が着けるいわば目印みたいなものだ。だから色でその人の異常度をランク付けしてある。白は最低ランク。そして最高ランクを示す色が金。
だからレスが着けている首輪は異常者の中でも特別に入る者しか着けてないものなのだ。そして詰まる所、それは彼が異常中の異常であることの証ということでもある。
よっ、とレスが再び外套を羽織る。レベッカとエドマンドに向き直り、明るい声色で言う。
「じゃあな。奢ってくれてありがとう。またいつかどっかで」
「ちょ、ちょっと……」
「気にするな。慣れてんだ」
戸惑うレベッカを制し、ほほえんだレスが歩き出す。慣れている……そんな言葉で片付けられるほど、あの不条理な視線は優しかっただろうか。
レベッカとエドマンドは顔を見合わせる。考えていることは同じだろう。
答えは否だ。
「父さん……」
「ああ」
父が力強く頷く。レベッカも頷き、決める。
「おい坊主」
エドマンドがレスに歩み寄る。不思議そうに彼が振り返る。
「なに?」
「俺達と一緒に来ないか?」
レスの体が硬直した。
「は?」
「だから一緒に旅をしないかって言ってんだ」
「……それ、どういう意味か本当に理解して言ってんのか?」
「ああ。もちろんだ」
エドマンドが真面目な顔で言うと、レスは乾いた笑いをあげた。
「ははっ。面白い冗談言うなあ、あんたも。……もう一回言うけど、俺と一緒にいるだけでお前らの行動は異常になるんだぞ?」
「ああ、そうだな」
「毎日役人に追いかけ回される羽目になるんだぞ?」
「そうだな」
「それでもいいって言うのか?」
「ああ。いいから誘ってんじゃねぇか」
「…………」
レスの表情が真剣なものに変わる。彼はエドマンドの後方にいたレベッカに振り返った。
「お前は、レベッカはどうなんだよ。嫌じゃねぇのか? さっきみたいなことがこれから毎日あるんだぞ?」
「そんなのその内慣れるでしょ。あんたが言うように」
「…………」
「ねぇ。一緒に行こうよ。旅は一人より大勢の方が楽しいでしょ?」
「……だけど」
「そんな断ろうとすんなよ。せっかく誘ってんだ。なら素直に受け入れろよ」
「けど」
「どうせ急ぎの旅じゃないんだろ? だったらいいじゃんか」
「…………」
レスが黙り込み、それを見計らったかのようにエドマンドがぱんと手を叩いた。
「決まりだ。今日からお前も俺達と一緒に旅をする」
「ちょ、勝手に」
「まあまあ細かいことは気にしないの。ほら、男でしょ?」
「…………」
何か言葉を返そうと口をもごもごと動かし、結局彼から出たのはため息だった。そして呆れたようにレベッカとエドマンドを交互に見やる。
「強制かよ、これ」
「そうかもね」
「はぁ……厄介な奴らに捕まったな、こりゃ」
疲れたように再びため息をつく彼の肩を、レベッカはほほえみながら励ますように叩いた。
エドマンドの提案で、その日は雑木林で野宿することになった。先程の町にはまだ役人がレベッカ達を探してうろついているだろうから駄目だし、別の町に行こうにも夜に移動するのは得策ではないとの判断からだ。「今日は早く寝て明日に備えよう」とエドマンドが言っていたので、レベッカは早くから寝袋に入っていた。先程体力が底をつきそうになるまで走ったせいか、目を瞑るとすぐに睡魔が襲ってきて、彼女はそのまま眠りについた。
パキッと何かが割れる音でレベッカは目が覚めた。空を見る。真っ黒だ。側にあるはずの自分の手さえ黒く染まり、確認するのに数秒もかかった。寝袋から這い出る。音がした方へ行ってみると、そこにはレスがいた。彼の目の前には鮮やかに燃え盛る焚き火がある。周りの黒に焚き火の赤はよく映え、眠気もあってかレベッカはしばらく焚き火を見てぼーっとしていた。
「レベッカ?」
「……え? あ、ごめん。ちょっとぼーっとしてた」
レスの声で我に返り、重たい瞼を押し上げる。
「眠いんなら寝たら? もう晩いし……ってああ。これで起きたのか。悪いな。もう消すから」
「いや、いいよ。そのままで。ちょっと暖まりたかったし」
昼間暑いとは言ってもまだ初夏だ。夜になればそれなりに寒い。倒れた大木に座るレスの隣に腰を下ろし、ぱちぱちと音をたてながら割れて行く枝を見つめる。隣のレスを見ると、彼もレベッカと同じように炎を見つめていた。
「寝れないの?」
「ああ、ちょっとな。考え事があって……」
「考え事?」
「ああ。記憶に関してのな。……なんかもうちょっとって所で思い出せそうなんだけど、なかなか思い出せねぇんだ。あとほんの少し手を伸ばせば届きそうなんだけど……」
難しい顔をして遠くを見つめるレスにレベッカはどう声をかけていいのか戸惑った。枝の割れる音が暗い中に響く。
「……記憶がないのって、辛い?」
しばらくして、レベッカはそう言った。彼は焚き火を見つめながら、少しだけ唸ると言った。
「……どうだろうな。そりゃ最初は戸惑ったりしたけど……よく考えたらあんまり辛いとは感じたことはないな」
「どうして? だって親とか友達とか、みんな忘れちゃってんだよ?」
その答えが意外でレベッカは思わず訊いていた。余計だったかな、と訊いた後で後悔したが、レスはどうやらあまり気にしていないようで、レベッカの問いを聞いても不機嫌な顔付きになることはなかった。それに内心でほっと安堵する。
「……たぶん、そういう感覚がわからないからじゃねぇか? だって、記憶なくしてから親とか友達に会ったこともねぇし。友達作ろうと思ったってみんな俺を見ただけで逃げてくからできないし……だから、親とか友達とかの大切さとか、そういうのがわからないから辛くないんじゃねぇのかな?」
自信なさげにぼそりぼそりと言葉を紡いでいく彼の姿に思わず噴き出す。レスがこちらを見て首を傾げた。
「さっきからなんで自分のことなのに疑問形なのよ。変なの」
「ああ……まぁ、言われてみりゃそうだな。変だな、俺」
「そうよ」
「だな」
雑木林の夜は静かだ。焚き火の音は小さく鳴く虫の声と共に夜空へと上って行く。上を見上げればそこには背の高い木々がうっそうと繁茂していた。それが広大な夜空を切り取り、小さく見せている。
唐突にレスが笑った。訳がわからずレベッカが小首を傾げると、彼は悪いと笑いながらこちらを振り向いた。
「いや、なんか人とこんなまともな会話するの久しぶりだなあって思って。……つか、お前らみたいなのに会うのも結構久しぶりだな」
「なにそれ?」
「俺を見ても怖がらないやつってこと。この四年間でそんな人間数えられる程しか見付けられてねぇからな。……ほんと、変わってるなお前ら親子は」
「どういう意味よそれ。てか私達よりレスの方が相当変わってるでしょ」
「そりゃまあ、俺は異常の中の異常だからわかるけどよ。そうじゃなくて、正常者の中でお前らみたいな変わってるやつって珍しいじゃんか」
「そう?」
「ああ。正常者は世間から外れないように派手は行動はしないもんだ。だからお前らみたいなのは珍しいってことよ」
ふーん、とそれとなく頷いてみせる。
「……ねぇ。ところでそれって褒めてるの? それとも逆?」
「五分五分だ」
「なによそれ。どっちかにしなさいよ」
「決められないから五分五分なんじゃねぇか」
「……なんか決められないからって開き直ってない?」
「バレたか」
「バレバレよ」
言い返し、しばらく焚き火を見つめる。だいぶ火の勢いが弱くなってきた。周りの景色がよく見えない。星空を見上げる。焚き火が弱くなったお陰で星が闇夜の中によく映える。
「そういえば色々あってまだ聞いてなかったけど……あの役人を気絶させたのってレスなの?」
「ああ。不意打ちしてやったらあっさりいっちまったから、ちょっと拍子抜けしたな。余裕たっぷりな割には弱かったし」
「不意打ち?」
「ああ。手始めに肋骨の何本か折ったらすぐ気絶しちまった」
「手始めに肋骨折るって……あんた今まで何やってきたのよ」
「とりあえず俺の道邪魔するやつはあらかた殺っといた」
「どこの暴君よ」
真顔でさらっととんでもない発言をしたレスをジト目で睨むが、彼は大して顔色を変えずにあくびを一つしただけだった。
「冗談。まぁ俺が戦うのは役人か裏で汚いことやってるやつらだけし。だいたい数十人対一人だったら手加減もなにも言ってらんないだろ? んでそんな戦い続けてる内にこうなっちまったって訳」
「へぇ……あんたもいろいろと大変なのね」
「それがこの耳と尻尾持って生きてるやつの定めってことだ。仕方ねぇさ」
レスが肩をすくめ、眠そうに眼をこする。
「そういや、お前らはどうして旅してんだ? 探し物か?」
「うん。十年前に母さんが行方をくらましちゃってね。私が二年前に父さんに母さんに会いたいって頼んだの。それで今まであちこちを探しまわってる。……でも結局この二年で掴めた情報は何にもないけどね」
「ふーん……その人の名前は?」
「シェリル・ホームズ。旧姓はケルトンよ。研究者なんだけど……心当たりはある?」
「シェリル・ホームズ……」
口の中でもごもごとその名をくり返す。
「……悪い。わかんないや」
「あぁ、いいのよ。研究者って言ってもそんなに有名じゃないし。知らなくて当然よ」
そうは言ったものの、全く期待がなかった訳ではない。レスに気付かれないように腕の中でそっとため息をつき、再び焚き火を見つめる。もうかなり火が弱くなってきている。このままにしておけば、後数分経てば自然と消えるだろう。
「俺は、さ……」
湧いた声に顔を上げる。レスが真剣な顔ですっかり勢いをなくした焚き火を見つめていた。
「記憶を取り戻すために旅してるって言ってたけど、本当はもう一つ理由があるんだ」
「もう一つって?」
「……絶対に笑うんじゃねぇぞ」
頷く。彼の頬はいつの間にか少し赤みがかかっており、それが炎に照らされることによって更に紅潮しているように見えた。
「ゆ……夢のためだ」
「ぶっ」
思わず噴き出す。必死に笑いを堪えようと口を押さえるが、笑い声は指を簡単にすりぬけ、雑木林へと拡散していった。
「ちょ、てめ、笑うなって言っただろ! くそっ。言うんじゃなかった」
レスが今度こそ顔を真っ赤にして怒鳴る。笑い終わった後に隣を見ると、そこにはしゅんとしたレスの姿があった。
「ああごめん。なんていうか、そのセリフがあまりにも物語の主人公みたいな感じだったから。ちょっとツボに入っちゃって」
「…………」
まだ赤みが残る顔でレスが睨んできたが、全くといっていいほど迫力のない睨みだ。それがまたツボを刺激したが、噴き出す寸前でなんとか抑える。
「で? その夢っていうのは?」
「…………」
「大丈夫よ。もう笑わないから」
それでも信用できないのか、しばらく確かめるようにレベッカの目を見つめると、レスは一息ついて話し出した。
「正常者と異常者の差別をなくす。……これが俺の夢だ。これを叶えるためにも俺は旅に出てる。あてもないけど、何をすればいいのかさえもわからないけど、俺にはそういう夢がある……そういうことだ」
「夢ねぇ……」
やっと調子を取り戻したのか、レスは芯の入った声でそう言った。夢……レベッカにはそんなものはあるだろうか。
「ああ。いつか絶対叶えてやるんだ」
「……がんばってね」
「ああ。サンキュー」
先程まで顔を真っ赤にしていたのが嘘のように、にっと笑うレスにほほ笑み返す。
「……あのさ」
もう火が消えかけ、辺りが見えなくなってきた頃にレベッカは声を上げた。レスが顔を向ける。
「結局レスの意思聞かずに一緒に旅するって決めちゃったけど、本当にいいの?」
「なんだよ。さっきまであんなに意気込んでたのに」
「いや、ちょっと強引過ぎたかなって……」
「まぁ確かにさっきのは強引だったけど……」
レスにしみじみとそう言われ、少し反省する。
「だけど俺は別にいいぞ。お前らと旅しても」
「ほんと?」
「ああ。少なくともお前らなら俺を怖がったりしないしな」
「そっか……よかった」
安堵し、思わず笑みが零れる。実を言うと先程までこのことが気になって眠れずにいたのだ。だからレスの言葉はとても嬉しかった。
「んじゃ、そろそろ寝るか」
レスが立ち上がり、焚き火の後始末を始める。レベッカも立ち上がって寝袋へと向かう。
「おやすみ」
「おやすみ」
別れ際に言葉を交わし、レベッカは今度こそすぐに深い眠りについた。