序章 たったひとつの答え
序章 たったひとつの答え
俺は普通じゃない。
望んでこうなった訳でもない。
わかっている。
ただ俺は、国を守る盾として生まれたのだ。
普通とはなんだ? 会社や学校に通い、自身に見合った仕事をし、友人や同僚と他愛もない会話をし、家族の作ってくれた温かい料理を食べるのが普通なのか?
普通の人とはどんな人だ? 人の姿をし、人並みの運動神経があり、一人も欠けていない家庭を持ち、何の変化もない平凡な日常を過ごす人のことを指すのか?
わからない。
まだ未熟な俺には正解を導くことなんてできない。
だけど、そんな未熟な俺にも一つだけわかることがある。
俺は普通じゃない。
いつからそう感じていたのかはわからない。生まれた瞬間からか。周囲の自分を見る目からか。それとも過ごしてきたこの環境からか。それはわからない。
でも、俺は普通じゃない。
普通の意味だってわかっていない俺がどうしてここまで言い切れるのか、少し不思議に思う。誰かに丸付けをしてもらった訳でもないし、誰かにこの答えは正解だと言われたこともない。だいたい俺はこの答えの評価を他人に求めなかった。求めたくなかった。それは自分の導き出した答えが否定されるのが怖かったからかもしれない。
だけど、これだけは誰にも譲れない俺のただ一つの答えなのだ。命令以外に思考しようとしない、まだ未熟な俺が持つたった一つの答え。
だから、絶対に他人になんかに丸付けなんてやらせない。絶対にやらせない。
国を守る盾として。ただそれだけのために生まれた俺が何を生意気なことを言っているのだと、きっとこれを聞いたら彼らは笑うだろう。あるいは興味津々に俺を見てくるか、眉間にしわを寄せるかもしれない。それでも構わない。
俺が確信を持って言えるのは、少なくともこの思いだけは誰かの命令で作り出されたものじゃなく、俺という存在の思いだったということだ。
俺は一人の女性の発明から生まれた。国を守る盾となるために。
俺には最初から存在意義があった。最初から俺を必要としている奴らがいて、そして俺は彼らの期待に応えることができる程のものを最初から持っていた。それはきっと、他の人間にはない完璧さだった。だからそれを誇らしいと思う。そしてその完璧さは何よりの自慢で、いつも俺という不安定な意識の支えになっていた。
だが、ある時を境にその完璧さは失われようとしていた。
計画の失敗。
それは国を守る盾としての使命を果たせなくなることを意味していた。
そして同時に、俺の存在を根本から消滅させるに等しいものだった。
やがて思った通りに俺の周りからは人が消え、いつも人が行き交っていた研究室の扉が開閉することも少なくなっていった。毎日俺と話してくれていた彼女の顔を見ることもなくなった。
俺は焦った。
このままでは自分の存在意義がなくなってしまう。存在意義がなくなってしまえば、俺はただの人形になってしまう。それだけは嫌だった。だけど俺にはどうすることもできない。ただ研究室の扉が開くのを待つ日々が続いた。
どれくらい経った頃か、もう意識がぼんやりとし始めていたとき、彼女から報告があった。どうやら新たなに計画が発足したようだ。そしてその計画には俺の協力が必要だと、どこか疲れた様子の彼女は濃い隈を顔に張り付けたままそう言った。
それを聞いた途端、ぼんやりとした意識が急速にはっきりした。その要因はわかっている。また俺に存在意義ができたからだ。嬉しいのだ。まだ俺が必要とされていることが。この世に存在できることが。
そして彼女の話ではこの新しい計画が成功すれば、俺はいよいよ国を守る盾になれるということだ。俺は嬉しくて嬉しくて仕方がなかった。
「でも、そのためには一度記憶を消さなきゃならないのよ」
それでもいいの? 遠慮がちに訊いてくる彼女に俺は迷いなく頷く。それと同時に薄ら曇っていた彼女の顔が晴れた。
「それじゃあ、さよなら。またいつか」
聞き慣れた彼女の声を最後に意識は途切れ、俺は知らない世界へ一歩踏み出した。
今までやってきたことも、記憶も、何もかも全てを消し去って。全てを無に変えて。
俺という存在の新たな人生を歩み出すように。やり直すように。
俺はきっと普通に憧れていた。
根拠はないけど、今考えるとそう思う。
だからこの時、これで普通になれるかもしれないと、俺は心のどこかで期待したに違いない。
こんにちは。
作者のみことです。
この物語を読んで下さる方、本当にありがとうございます。
更新は一週間に一回ペースを目指してがんばりたいと思います。
これからよろしくお願いします。
技術面や創作面でもまだまだな自分ですが、よかったら次ページへどうぞ。
では。