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07:パーティーへご招待

 私に与えられた部屋、私に与えられたテーブル、私に与えられた侍女。

 初日から私に怯えまくっていたアンナったら、すっかりと私に慣れたみたい。落ち着きを取り戻して当初よりは多少マシな動きになったし。

 その彼女は今、私のお茶の準備をしている。

 聞いたところ、ここに努めている人たちの中に生粋の貴族は一人もいないのですって。だから、元王族っていう肩書に高圧的で高飛車な態度を連想して、それで怯えてたみたい。私はそんなことしないけど、そういう王族は確かに存在するからね。


「ひょぁっ!?」


 アンナは奇声を発しながら、アツアツの紅茶が入ったティーカップをひっくり返し――――――そうになって、上手い具合にテーブルへと着地させた。紅茶を一滴もこぼさずに。

 絶対に曲芸師になれると思うのよね。


「お待たせしました。紅茶でございます」


 やりきった! とでも言いたげにキラキラと瞳を輝かせて紅茶を差し出すアンナ。

 なんかもう、何も言う気もおきないわ。

 穏やかな雰囲気をまとう屋敷の中で、のんびりとお茶を飲む。そして、気付いた。


「慣れって恐ろしいわ」

「どうなさいました?」

「いいえ、なんでもないの」


 すっかりとこの環境に慣れていたけど、ちょっとおかしいんじゃないかしら?

 ニコラウスからしばらく戻れないという内容のメモみたいな手紙をもらったのは一週間前。

 つまり。

 あれから一週間、旦那様が不在の状態で、旦那様の屋敷(正確にいえば結婚はしてるから私の屋敷でもあるんだけど)で一人で過ごす私。しかもすっかりその状態に慣れていて、旦那様の存在すら忘却の彼方に飛んでいきそうな事実。

 ……これは忌々しき問題ってやつなんじゃないの?


「ご機嫌麗しゅう、ヴァーグナー夫人!」


 ばーん!

 と激しい音を立てて扉が開いた。そしてずかずかと無遠慮に、何の許可もなく私の元まで歩み寄る男。開いた扉の横では、アンバーがげんなりと、それはもうげんなりとした表情で私を見ている。

 その瞳は口よりも雄弁に語っていた。

 手に負えませんでした、と。


「……ずいぶんと唐突でございますね? 王子ともあろう方が」


 どことなくツンケンした口調になるのはしょうがないでしょう? だって、いくらこの国の王子でも一応貴族の邸宅に―――しかも夫が不在な状態の―――行くのなら、前もっての連絡とそれ相応の礼儀が必要だと思わない?


「これは手厳しい。ですが、僕とニコラウスは主従以上の親密さと信頼を築いているから、この程度の事なら笑って許してくれる」


 ……。

 ちらりとアンバーを見れば、ものすごく引きつった笑いをしていた。

 後から聞いた事だけれど、もしここにニコラウスがいれば、笑って鉄拳が下っていただろう、とアンバーが思っていた事は殿下には内緒の方向で。


「……ごめんなさい。アンリとアンバー、少し席をはずしてくれるかしら?」


 よくわからない理屈は置いて、突然乗り込んでくるからには何か重要な話題なのだわ。

 そんな私の親切心を無駄にするかのように、ヘラヘラと笑いながら「別にいてもかまわないのに」とかほざいている。ちょっと黙ってなさい!

 そして、アンバーとアンナは躊躇してる。まぁ、気持ちはわかるけれど。まだほとんど一緒に過ごしていない夫婦。不在の屋敷の主人。奥方と元婚約者の組み合わせ。不安要素がてんこ盛りね。


「大丈夫よ。旦那さまと殿下は主従以上の親密さと信頼関係を築いているのでしょう?」

「……かしこまりました」

「何かありましたら、ほんの些細なことでもかまいませんので、必ず、かならずにその呼び鈴を鳴らして下さいね!」


 無理やり納得した様子を見せるアンバーと、ものすっごく忠告紛いな事を言ったアンナ。……この屋敷に来た当初はどうなる事かと思ったけど、私って周りの人間に恵まれているのかもしれないわ。

 二人が出ていくのを見送って、いつの間にかソファに優雅に座っているエルヴィン様に向き直る。


「で、何なのよ?」

「本当に大した内容じゃない。ただ、城でのパーティーが開かれるから、俺直々に招待に来ただけ」


 手紙で十分よ!

 でも口には出さないわ。仮にも相手は殿下だから。


「君ら夫婦のお披露目も兼ねているからね、申し訳ないが、拒否権は無い」

「構わないけど、それは旦那様に言ってくださいな。貴方の命令だか知らないけれど、仕事でちっとも帰ってこないんだから」

「ニコラウスには俺から伝えてあるから心配はない。で、パーティーの事で忠告に来たんだよ」


 そう言ったエルヴィン様の顔が、意外にも真剣だから、私も自然と姿勢を正す。


「パーティーの最中、当然ながら俺には護衛がつくが、お前らにも護衛の騎士をつけることになる。……正確にはニコラウスに、というよりはお前にだ、ヴァーグナー夫人」

「まぁ、ある程度のそういった窮屈さには慣れっこだけど」

「基本的に一人になるな。それからできる限り護衛の騎士、というかニコラウスから離れるな」

「……その理由は?」

「教えない」


 べっつにいいですけどー。何よ、そんなのものっそい何かがある、って言ってるようなもんじゃない。大体、私に護衛をつけるんだから私にも関係あるはずの事なのに!!


「話はそれだけです。では、突然失礼しました。夫人、パーティーで美しく着飾った貴女にお会いできるのが楽しみですよ」


 そう言っておもむろに私の手を取り、唇を寄せた。そうして笑って部屋を出ていく。

 こういう敬意を込めたキスは慣れっこだから、眉ひとつだって動かす事はないけれど。何のためにそんな事をしたのか全くわかんない。私たちの間にそんなものなんて必要ないじゃない。猫かぶりすらしてないんだから。



 実はそのキスシーンをアンバーとアンナが見ていたらしいのよね。で、エルヴィン様ってば二人に意味深な笑みを残して去っていったらしいのよ。

 そのせいでしばらく二人からすっごい不審な眼で見られてたわ。

 勘弁して!



大変お待たせして申し訳ありません 汗


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