06:旦那様からの手紙
ねぇ、どうなっているのかしら?
きっと誰にもわからないかもしれないわ。えぇ。それはわかってる。わかるとしたら、きっとご当人だけね。
けれど、自問せずにはいられないわけなのよ。
ねえ、どうなっているのかしら?
「……」
ヴァーグナー邸へと居を移して一日たったわ。今は午後。正確には一日と約4時間ってところかしら。 昨日ニコラウスが去った後、あの微妙な空気の中最初に動き出したのは意外にも一番怯えた感じを垂れ流しにしていたアンナだったのよ。
フルフルと震える子羊みたいな声と態度で『お、お部屋へご案内しししみゃっすううう』って何回下噛んだのかしらってちょっと心配しちゃうような、いっそ笑いを狙ってるのかって言うくらいの噛みっぷりを披露してくれたわ。あの空気の中、猫かぶり状態では全くもって笑えないけど、素の私なら彼女の背中をたたきながらの大爆笑よ。
あら、話がずれたわ。
そう、夫婦の寝室ってやつに案内されて、とりあえず今現在までそこから出てないの。
私がヴァーグナーになってから、5日目の午後。新婚夫婦、という言葉がこれでもかというくらいお似合いな時期ね。
……ニコラウスがいないんだけど。
昨日、私をあんな空気の中に置き去りにしてくださった旦那様、帰ってこないんですけど。
「ねえ、どうなっているのかしら?」
心の声が言葉として出てきちゃったわ。
でも部屋に一人だからむなしいわ。何なのかしら。新婚夫婦ってこんなにもお互いに個人プレーみたいな感じなの?
「シ……シャルロット様っ」
意を決したように気合いの入った声だわ。私、自分の名前をこんなに意気込んで呼ばれたのってはじめてよ。
「なあに? そんなに大声出さなくっても聞こえるわよ」
だからもうちょっと落ち着きを持ちなさいな。
そんなつもりで言ったんだけど、あの侍女ったら。見る見るうちに目に涙をためて部屋を飛び出して行ったわ。
……え、これって私のせい?
そんなに強い口調じゃないし。ってゆうか、いつの間にこの部屋にいたのよ。
「奥さま、あまりご自身の侍女をいじめて下さいませんように」
苦笑しながら入ってきたのは執事のアンバー。
ちょっと、ノックの音が聞こえなかったんだけど。
ってよく見たら正確には室内までは入ってない。部屋を飛び出したアンナが盛大に開けっ放しにしてくれた扉の横、困ったような笑顔で銀の盆を持っていた。
アンナ、扉くらいは閉めましょうよ。侍女としての最低限のマナーの一つじゃないかしら。いや、侍女じゃなくても中に人がいるのに扉を開けっ放しにするのはマナー違反だわよ!
でもほら。私って結構寛大だから。許しちゃうけどさ。……許していいのかしら?
「いじめてなんていませんわ。……でも、そうね。わたくしにも落ち度があったのかもしれませんわね。気をつけます」
喋ってる内容は反省してるけど、私の口調は棒読みに近いわ。子供っぽいけど、なんとなくふてくされた気分になるんだもの。
アンバーはしょうがないな、とでもいうような微苦笑で室内に入ってきた。その様子は、昨日のぎこちなさというか緊張感? がウソみたいに、アンバーは私に対して自然体に近いようなリラックスぶりを発揮している。……仕事だからリラックスという表現はおかしいかもしれないけれど、言いたい事は伝わるでしょう?
「アンナは緊張しているだけなのです。本来はとても有能で気のきく、できた侍女ですから。なじむまで、少しばかりお心を広くお持ちいただければと」
「ええ、もちろんですわ。急な縁談だった事は確かですし、心の整理もつかぬまま仕え始めたのであれば仕方ありませんわ」
「ありがとうございます」
「……ところで、その盆の上の手紙は?」
さっきからずぅっと気になっていたのよ! アンバーの持ってきた手紙に。私のところに持ってくるのだから、私宛か、もしくは屋敷の主人が見聞しなければならない書類に関してか、どちらかだと思うのよ。でも私に屋敷の主人の代理はまだ無理。急な事だったし、この地域の状況なんてほとんどわからないもの。
つまり、手紙は私宛に書かれたものってことよね?
「あ、そうでした。こちらをお届けにあがったんですよ。奥さま。旦那様からです。先ほど早馬で届けられました」
ニコラウスから。
結婚して5日目。はっきり言って全く結婚した実感もわかないような、夫婦での生活すら始ってない状態。そんな中、初めて旦那さまからの手紙が届いたわ。
アンバーから受け取った手紙は、とても上等な紙が使われていて、いくら平民出身でも、今はしっかりとした身分を持つお貴族様なんだという事をうかがわせる。
そっと中身を開く。
「……」
手紙を持ったまま、微動だにしなくなった私に、不思議に思ったらしいアンバーが無遠慮にも横から手紙を覗きこんだ。……アンバー、貴方も執事として以前に他人のプライバシーを侵害するなんてマナーが以下略。
とりあえず、初めての旦那さまからの手紙。
甘い言葉を期待するほどのものなんて私たちの間にはないけれど、それでも、そこそこ長さのある文章に、挨拶とか、私の心配をする言葉とか、そちらの近況? とかがあると思わない? 私は思ったわけよ。
封筒から出てきたこれまた上等な便箋。
その中心に書かれた文。
『すみません、奥さん。急な任務でしばらく帰れません』
これだけ。
え、ねえ、これだけ!?
しかも字がめちゃくちゃ走り書きで乱れに乱れているわ。結婚式の時の署名とは比べ物にならないくらい。ってゆうか、署名すらないんですけど!
ちょっと、夫婦としての二人の生活、いつになったら始るのよ!?
更新が本当に遅くなってしまってすみません。
一応確認したのですが、誤字脱字がありそうな気配がしますので、後日ひっそりと修正します。何かおかしなところ等ありましたら申し訳ありませんが教えて頂ければと思います。
こんな更新頻度乱れまくりな作品を読んで頂いている方、お気に入り登録して下さった方、本当にありがとうございます。とても励みになります。