反撃のゴングが鳴りまして2
ち、余計なことを。
ニコラウスは内心で、エルヴィンのことを扱き下ろしながら足早に執務室をあとにした。
詳しいことは聞いていないが、エルヴィンの事だ。どうせ引っ掻きまわすような言い方をしたに違いない。
『なんで貴方という方は、単純な事をこれ以上ないくらい複雑かつ難解にしたあげく、形が変わるほど捏ね繰りまわして返すような真似をするのですか!?』
『え、だって面白いから? ていうか、腹いせ?』
『……っ、……失礼しますッ』
先ほどの会話がよみがえる。一言でいえば、幼児と喧嘩をしている気分だった。だが残念な事に相手は自分の主人である。さらに残念なのは、幼児と違い頭が回る。回る方向が残念なのは仕様だ。
「だぁぁぁっ!!! どぉしてくれるんですか!!!」
妻の行き先は先ほどのエルヴィンとの会話で想像がつく。場所が若干遠いのは仕方がない。馬で走ればさほどかからない。
ニコラウスは愛馬の元へ向かいながら、知らないうちに胸中を叫んでいた。せめて厩舎の前だったらよかったのに。残念ながらエルヴィンの執務室を出てから数分もたっていない。横を通り過ぎたメイドがこれ以上ないほど目をまんまるに見開いていた事には気付かなかった。執務室のエルヴィンが飲みかけのお茶を噴いたのにも気付かなかった。
*****
「あら、もう帰ってしまうの?」
沈みかけていた思考はレイリアが当たり障りのない話題を振ることで浮上させてくれた。そこから思ったよりも話が弾み、気付けばお邪魔してからかなりの時間が経っている。
出されたお茶が何度温かいものへと変えられたのかは定かではない。これ以上はさすがに迷惑になってしまうだろう。
「はい、長居しては申し訳ありませんので……」
私は気にしないのに。
そう言いながらもレイリアはにっこりと笑い、シャルロットを見送るために立ち上がる。
「帰りの馬車を用意させるわ」
「お気づかいありがとうございます。ですが……」
「遠慮はいらないわ。 そのかわり」
レイリアはいたずらっぽく瞳を輝かせて、内緒話をするかのように声をひそめた。その様子を見ていた侍女がくすくすと笑う。
温かな空気がこの屋敷には満ちている。
この国に嫁いでくるまでは知らなかった空気。主人と侍女達の親密さや信頼があるからこそなのだろう。
「またぜひ遊びにいらして。貴女とはとても仲良くなれそうだわ」
「……ありがとうございます」
こそっと囁かれた言葉の温かさに、シャルロットは微笑んだ。
私もぜひ仲良くしたい。えぇ、エルヴィン様は抜きで。
「もちろん、私の愚弟は除いてね」
二人の意思はぴったりと一致した。
馬車に乗って帰ってゆくシャルロットをレイリアは目を細めて見つめた。まだ新婚と呼べる二人はきっとこれから先も色々と衝突し歩み寄りながら距離を縮めていくのだろう。
「いいなぁ……。久しぶりに私もアルスに甘えてみようかな……」
ポツリとした呟きに、かぶさるように馬の蹄の音が近づいてきた。
*****
「……帰った……」
「ごめんなさい。一足遅かったわね……。貴方が向かってるなんて知らなかったから」
「……いえ」
タイミングが悪い。
残念ながら、ニコラウスが来た時にはすでにシャルロットは帰路についていた。
頑張れ! ニコラウス!!
「……戻ります。いきなり来て申し訳ありません」
「気をつけてね」
「ありがとうございます」
そしてニコラウスは帰っていった。
頑張れ! ニコラウス!!!
今回の彼はとことん運がありません。
さて、次がラストの予定です。
たらたら更新で申し訳ありませんが、もう少しお付き合いください。