12.5:再戦のゴング、その直後
「……いやぁ、ものすっごくわかりやすかったねぇ」
鼻息も荒く、という言葉がぴったりな位の苛立ちを隠そうともしないで朝食を食べ終えたシャルロットは、これまた嵐のように、という言葉がぴったりな様子で去って行きました。はい。
まぁ、俺はというと、彼女の食事の様相に完全に呆気にとられてほとんど進んでません。
そんな俺たちを見比べた後、ヘラリ、と笑うようにエルヴィン様がこぼした言葉は今まさに俺自身も考えていた事。
「……こんなに感情を出す方ではなかったはずですが……」
「それはお前がシャルロット嬢を見誤っていた事だよ、ニコ。騎士ならば他者の本質を見極めるくらいは――――」
「あんたちょっと黙っててください」
あぁ、ちょっと面倒ですよエルヴィン様。なんんであんたそんなに出張りたいんですか。
貴方の喋りに付き合っていたら、せっかくの朝食が冷めてしまいますよ。
「それにしても、ニコ。お前どうするんだよ?」
「何がですか?」
問われて、食べようとしたパンを置く。エルヴィン様の声が。ふざけた風を装っていても、その中に隠された真剣さに気付いて、姿勢を正す。
「いやぁ、あそこまで熱烈な宣戦布告? 出されたらこちらとしては買うしかないんじゃないでょーか? そこんところ騎士としてはいかがなもんです? ヴァーグナー副隊長」
「どうもしませんよ。私は忙しい身ですから。彼女も、そのうち飽きてくるでしょう」
そうだ、きっと一時の気まぐれです。シャルロットに俺がふさわしくない事は、シャルロット自身が理解しているはず。結婚式からずっと、態度でそれを示してきたのだから。
血筋を重んじるならば、当然ですね。どんなに功績をあげても、貴族の爵位を持っていても、この身に流れている血は偽れないのだから。
シャルロットは、自身の血筋も気にしているようだけれど、実際に国王の実子であるのならば。
やはり、釣り合わないのは俺の方なのでしょう。
「ふうん? ニコは奥方を愛してない?」
「もちろん、愛情はありますよ。夫婦ですから。……それが恋愛の絡むものではないだけで」
「なら、奥方が王太子と親密なオツキアイをしても、気にしないわけだ?」
親密なオツキアイ、その言い方にちょっと引っかかりを覚えますね。何なんですか。さっきからやけに突っ掛かってきませんか?
「エルヴィン様、貴方何が言いたいんですか?」
「……俺は本気だよ? ニコラウス」
エルヴィン様は笑っていました。
俺は知っているのです。エルヴィン様は仮面を二重にも三重にもかぶっている事。国民が知っている顔、国王が知っている顔、シャルロットが素だと思っている顔、そのどれもが、エルヴィン様の仮面に過ぎない事を。
彼は、必要ならば、笑顔でその手を血に染め上げる事もできるのです。俺なんて、遠く及ばないほどの高みにいる方だという事を。
そのエルヴィン様が、本気の眼をして笑っています。
椅子を引こうとする給仕を制して、立ちあがったエルヴィン様はそのまま私室の奥へと続く扉へ向かっていきます。
振り返り、囁くように零す言葉は俺に恐れを呼び起こしました。
「なぁ、ニコラウス。お前がそうやって逃げるなら、俺が変わりに戦ってやるよ」
だから、さ。
「奥方の心が離れても、後悔するなよ?」
パタン、と扉が閉じて、残されたのは俺一人。
「後悔? そんなもの、……」
しない、とは言い切れませんでした。
今まで自分で感じていた気持ちとは裏腹に、身体はエルヴィン様の言葉に敏感に反応してしまっていますしね。
歪みそうになる顔を押さえて平静を装い、こぶしを握り締めて、手のひらの汗をかくし。震えそうになる身体にこわばるくらいの力を込めて。
どうやら俺は、自分の奥さんに恋愛感情があったようです。
ようやっとニコラウスが動き出すかもしれないな気配。
エルヴィン様がどんどんおかしな方向に行ってしまっている気がしてしょうがない。もっとへにゃんへにゃんして面白いお方になるはずだったのに……。