セルフパロディ 藤村蘭子VS西園寺蘭子
私は藤村蘭子。近藤税理士事務所の職員。「仏の近藤税理士事務所にいる鬼の藤村」と陰口を叩かれるほど怖がられていた。
そんな私が近藤所長の指示で、所長のお嬢さんの実相寺沙織先生のところに出向してしばらくした頃だ。
「藤村さん、新規で行って欲しい顧客があるんだけど」
沙織先生が言った。私はまだ仕事に余裕があったので、
「わかりました。早速行ってみます」
とすぐに行動に移った。
顧客の氏名は「西園寺蘭子」さん。あら、私と名前が同じね。
性格きついのかな? 自分でそんな事思ってどうする、蘭子?
指導がきつくて泣き出すような人よりはいいかも知れないけど。
西園寺さんの事務所は、ウチの事務所から結構離れたところにあった。
どうしてウチに頼んで来たのだろう?
まあ、いいか。そんな事、気にしても仕方ないし。
「すごい貸ビル。家賃が高そうね。儲かってる人なのかしら?」
そんな事を思い描きながら、私は西園寺さんの事務所のドアフォンを押した。
「いらっしゃいませ、お待ちしてました」
出て来たのは、私と同年代くらいの奇麗な女性。事務員さんかしら?
「実相寺税理士事務所の藤村です。税務の事で……」
「はい、存じてます。私が西園寺蘭子です。どうぞお入り下さい、藤村蘭子さん」
私はギクッとした。どうして私の名前まで知ってるの?
「あ、あの、実相寺から何かお聞きなのですか?」
私はサッサと奥に歩いて行ってしまう西園寺さんに話しかけた。
「いえ、別に」
西園寺さんはニコッとして振り返る。
「貴女の守護霊様が教えて下さっただけですよ」
「しゅごれい?」
私はキョトンとした。
「……」
事務所の奥に入ると、水晶や数珠、お札などが置かれた机があった。
「どうぞ、おかけ下さい」
西園寺さんはにこやかに言う。
「は、はい」
うわあ。「占い師」だって聞いてきたのに、これってもしかして……。
「はい、どうぞ」
呆然としていると、アイスコーヒーを出された。
「お好きですよね?」
西園寺さんはニッコリして向かいに座った。
「は、はあ……」
私は自分の顔が確実に引きつっているのを感じていた。
「あと、早く結婚された方がいいですよ」
「は?」
何よ、急に。脅かすつもり? 私は気を取り直して、西園寺さんを見た。
「貴女は今、好きなのかどうか、迷っている方がいらっしゃいますよね?」
「え?」
尼寺君の事? この人、本物? 本物の霊感の人?
「その人を逃がしたら、もう一生結婚できません。亡くなったお婆様が心配なさっていますよ」
「……」
私は気を失いそうなくらい驚いていた。すると西園寺さんは、
「あら、いけない。お客様ではなかったのですよね。ごめんなさい」
「はい……」
私は居ずまいを正した。本物なら、訊いてみたい事がある。
「あ、あの」
私の変化に西園寺さんは気づいたようだ。やっぱり本物だ。
「その人とうまく行くのか、お知りになりたいのですね?」
「はい」
私は真剣な顔で西園寺さんを見た。すると西園寺さんは、
「人間の運命は、決まっているようで決まっていません。何事も、貴女次第です。貴女がうまく行くと思えば、うまく行きますよ」
「そ、そうですか」
私は少しだけガッカリした。するとそれもわかってしまったようだ。
「お望みなら、お教え致しましょうか?」
西園寺さんは、悪戯っぽく笑った。私は苦笑いをして、
「い、いえ、結構です」
「そうですよね。自分の未来は、自分で切り開くものですから、他人の言葉なんてあまり気にしない方がいいですよ」
でもさっきは、「その人を逃したら、もう一生結婚できません」て脅かしたのに。
「さっきのは、貴女が迷っていたので、その後押しをしただけです。私が運命を切り開いた訳ではありませんよ」
「はあ……」
怖いくらい見抜かれてしまった。凄い人だ。
「では、本題に入らせていただきますね」
私はやっとそう言って、記帳指導を開始した。
「ありがとうございました」
帰り際に西園寺さんが言った。
「今度は、その彼も一緒に連れて来て下さい。ちょっとその方、優柔不断な感じがしますので」
「はい」
私は笑顔で応じた。
でもなあ。尼寺君、昔から怖がりだから、「霊能者に会いに行く」なんて言ったら、絶対逃げそうだな。
まあ、何とかなるでしょ。