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お姉様の夫を誘惑? 興味ありません。冤罪で追放された先は、執着王子の腕の中。計画通りに私を捕まえた王子様、溺愛拒否の私に狂わされる。

作者: 唯崎りいち
掲載日:2026/02/15

 そのエメラルドの瞳に囚われたら、この城からは一生出られない。


 王宮の庭で、血を流し、エメラルドのネックレスだけを手にしていた私。


 やっと手に入れた自由だけど、どこにも行くあてがない、意思のない人形。


 この国で一番高貴で、最も恐ろしい、第一王子様に拾われて、やっと人間になれました。



「夫に色目を使うなんて! 5歳下の可愛い妹だからって、散々可愛がってあげた恩を仇で返して、あなたなんか可愛がってあげるんじゃなかったわ!!」


 美しいドレスと宝石を身にまとった姉が、身につけた宝石たちよりも大粒のエメラルドのネックレスを私に投げつける。


 碧星の涙(アステリズム・ティア)と名付けられたネックレスは、特別な女性に贈られるもの。


 持っても普通の宝石より重く、見た目の繊細な細工からは想像できないほど硬かった。


 手で顔に当たるのは防いだものの、当てられた手の甲が痛い。


「もう二度と顔も見たくないわ! 出て行きなさい!!」


 優しかった姉の激怒した顔に怯えながら、床に落ちたエメラルドのネックレスを拾って屋敷を出る。


 でも、その顔があなたの本性じゃなかったかしら? お姉様。



 屋敷を出る時に、メイドたちが玄関ホールを走る私を左右に分かれた階段の上からヒソヒソと噂している。


 誤解されるのは慣れているわ。

 でも、ここのメイドさんとは、仲良くなりたいと思っていたのに……。


 ——私が、この世界に転生してきたことに気づいたのは子供の頃だ。


 没落貴族の家に生まれたが、美しい姉に可愛がられて幸せだった。


 でも、本当の姉の姿は違う事に転生者だから気づけてしまう。


 姉は自分をよく見せるために小さい妹を利用していた。


「この服が着たいの?」


 私の意思は無視されて、本当に着たい服も遊びも食べたい物も手に入らない。

 姉の優しさの演出の為の可愛い妹。

 

 それでも、私は姉と同じく可愛い容姿に恵まれていたから、この転生は当たりだと思った。


 優しく可愛がってもらえるし、姉の人形でも、いずれ姉が結婚したら自由になれる。


 そう思っていたんだけど……。


 姉は私を手放す気はなかった。


 結婚しても、私を夫との新居に居候させたのだ。


 姉は私の結婚にも前向きで、姉の夫の第三王子の部下を次々と紹介してくれた。


 いつまでも姉が、私を自分より下の可愛い存在としておきたい事がよく分かった。


 でも、いい人だったから結婚して仲良く暮らせるなら悪くないと思ったの。


 本当に好きな人となんて結婚できないものだから。


 ただ、私と結婚したいって方はなかなか現れなかったけれど——。


 やっと現れたと思ったら、第三王子から碧星の涙を贈られて、私を表向き部下の妻にして、自分の愛人にするつもりだと知る。


 姉も第三王子も、私を自分の欲望の投影装置としてしか見ていない。


 愛人なんて絶対に嫌だけど、夫になる人は第三王子の言いなりだ。


 姉に見つかった事で、逃げられた——。



 第三王子の住まいは王宮内にある。


 屋敷の中からは、ガタガタと音が聞こえる。


 姉が私の服や小物を破壊する音だ。


 ……どれも、姉に押し付けられたもので、私には価値がないものだ。


 外に出たけれど、どうしよう?


 外はもう夕闇に包まれて、今から門を通してはくれないだろう。


 私の手には、第三王子から贈られた碧星の涙があるだけ。


 さっき姉にぶつけられた手の甲から血が出ていた。


 こんな状態の私を誰かに見られたら姉の評判も落ちる——。


 せめて朝まではお姉様の所に置いてもらおう。


 ガタガタと、姉の狂気の音は止まっていないけど……。


 どこか、建物の中ならどこでもいい。


 私を笑うメイドの一人に、屋敷の何処にでも置いてもらおう。


 人に見られる前に、屋敷に戻ろうと踵を返す。


「どうしたんだ!」


 ビクッ!


 声に驚く。


 見つかってしまった……。


 なんて言い訳すればいいんだろう?


 恐る恐る振り返ると——、


「王子様——」


 この国の第一王子がいた。


 ビクッとして私が立ちすくんでいる私を、王子様の目が優しく見ている。


「君は第三王子の妃の妹君だね。手の怪我はどうしたんだ?」


 第一王子は心配そうに私の手を見て、私の顔を覗き込む。


 とっさに言い訳が出て来なかった。


 あなたの弟に送られたエメラルドのネックレスを姉に投げつけられたなんて、言えない。


 俯いて黙っていると、王子が言う。


「第三王子と城下町の宝石店に行った時に、一緒にこのエメラルドのネックレスを見たよ」


 ——!


 私は顔を上げて、ジッと王子の顔を見た。


 碧星の涙と同じエメラルドの瞳が私を映している。


「君につけて欲しいと思ったんだ——」


 ……私?


 なぜ? 王子様が?


 ……でも、


「あの……。こんな事を王子様に頼むのは失礼なのは知っています。でも、どうすればいいか分からなくて……。このエメラルドのネックレスを第三王子に返して頂きたいんです!」


 私は深く頭を下げてお願いした。


「返していただけたら、私はすぐにでも王宮を出て行きますから!」


「じゃあ、返すわけには行かないな。やっと捕まえた君に、出て行って欲しくないんだ」


 え?


「僕の城に行こう」



 私は王子様に手を引かれて、なぜか王子様の城に来ていた。


 私の怪我をしていない方の指を束ねて握る王子様の手は温かくて、さっきまでの不安な気持ちが消えていった。


 王子様の大きな背中の安心感に、ずっとこのままでいたい気がした。



 豪華な応接室に通されて、王子様が私の手の怪我を手当してくれる。


「君のこんな綺麗な手に傷をつけるなんて、ひどいお姉さんだね」


 王子様が怒ってくれるけど、あの場所から逃がして貰えたのなら怪我くらい大した事ないわ。

 

「あの……、王子様に手当させてしまうなんて……ごめんなさい」


 王子様の顔が、私の息がかかる距離に近づいている。


 私は声を緊張で震わせながら言った。


「君に触れられるなら光栄だよ」


 王子様の冗談にどう答えていいのか分からない……。


「剣の稽古で怪我をする者も多いから、僕が手当する事も多いんだ、手当くらい王子でも出来るんだよ」


 イタズラっぽく笑う王子様に、今度は笑ってしまう。


 王子様の真っ直ぐな瞳が私を捉えて、なにか切ない望みが見えた。


 パッと視線を手の甲の戻すと、傷に向けて淡々と王子様は包帯を巻く。


 私の鼓動は早くなった。


 手当された手から、痛みがすっかりなくなった。


「あ、ありがとうございます……!」


 私はあまりの手際の良さに感動して、手当してもらった手を見つめた。


「王子様って何でも出来てすごいのね……」


 思わず口から出てしまう。


 王子様が息を呑む気配がした。


 私に王子様の大きな身体の影が重なる。


 無礼過ぎることを言ってしまったと思った。


「ご、ごめんなさい。失礼なことを言って!」


 私は王子様を見ずに謝る。


 ガタッと王子様が立ち上がる音がして、王子様は私を見もせずに、


「ゆ、夕食の前に部屋に案内するよ」

 

 と言っただけで、私の言ったことは気にしていないみたい。


「いえ! 私は姉の所に戻ります!」


「それは絶対にダメだ」


 王子様の声が唐突に低くなる。


「君に怪我させたのは彼女だろう。弟の悪い噂も知っている。君をあんな場所に帰すわけにはいかない」


 冷たく険しい顔で言う。


 ……。


 私の為に王子様が怒ってくれている……。

 本当はあんなところに戻りたくないけれど……。


「……でも、ずっとここにいる訳にはいきませんから。王子様の所にいたと後で変な噂になったら困るんです……。もうたくさんの方に結婚を断られているんです……」


 流されて、誰かの気持ちの投影装置になるのはもう嫌。


「……明日、碧星の涙を持って弟たちに話を聞いてくる。君に怪我をさせた相応の罰は受けてもらう。明日になれば事情は伝わるし、僕はただ君を保護しただけだよ」


 ……それなら……。


「心配しなくても、君はすぐ結婚できるよ。君が嫌がらなければ」


 王子様が慰めてくたけど……。


「嫌です! 誰でも良いわけじゃないもの」


 私は思わず大声を出してしまった。


「す、好きな人がいるのか!?」


 王子様は人形の私に意思がある事に驚いているようだった。


「……」


 私は答えられない。


 でも、


 微かに頷く。 


「第三王子の部下との結婚話があったけど、その誰かか!?」


 王子様が言うのが同時だった。


 沈黙があった。


 王子様の瞳からやさしさが消えた。


 瞳が刺すように私を捉える。


 ゾクっ、少し怖くなって身体が震えた。


 でも、私も王子様を見つめた。


 ……王子様、私は、好きな人に本当の私を見て欲しいだけなの。


 ふっと王子様の顔が優しくなる。


「行こう……。案内する」


 それから、王子様に部屋を案内していただいて、一緒に夕食を食べて、部屋に戻って一人で朝まで過ごした。


 怖い王子様は一瞬だけ、怖かったけど、寂しそうな目だった……。



 必要以上に干渉されずに、一人で過ごす時間がとても心地良かった。


 でも、


『君につけて欲しいと思ったんだ——』


 あれはどういう意味だったんだろう?


◆◇◆


 やっと捕まえた、彼女を逃すつもりはない。


 でも、怖がらせてはダメだ。


 この国にいる限り、彼女は僕から逃げられない。


 焦らなくいいんだ。


 彼女の好きな人は見つけたら排除すればいい。


 真っ直ぐに僕を見つめた彼女の瞳が消えない。


 ……静かに、気づかれないようにやればいい。


 彼女に嫌われたら、僕は——何者にも戻れない。



 第三王子の屋敷には、待ちきれなくて、朝に訪ねた。


 彼女と僕の邪魔をする姉と第三王子はずっと目障りだった。


「あの子は、美しくすぎるから、守りたかったのです。私のように傷付いて欲しくなかったのです」


 彼女の美しい姉が言うが、彼女の手の甲に傷を作ったのは君だ。


 許すつもりはない。


 第三王子は僕を見て何も言えない。


 彼女を物のように扱った事への罰をもっと与えたい。


 罰しなければいけない事も他にある。


 見逃せない事だが、弟だ、一度だけは温情を与えよう。


 碧星の涙(アステリズム・ティア)だけは、正式な手続きで僕の物にしなければいけなかった。


 これが、僕の偽りのない彼女への気持ちだから——。


◆◇◆



 翌朝は私が起きるともう王子様は出掛けた後だった。


 こんな早くから用事があるくらい忙しいのに、私の事まで頼んでしまって……。


 何かお礼できる事があるかしら?


 ……いえ、早く出ていくのが一番迷惑にならないわね……。


 朝食をいただいて待っていると、王子様が戻ってくる。


「第三王子と姉君には、辺境にある王家の別邸へ行ってもらう事にしたよ」


 これからお姉様の所に行くんだと思っていたから、王子様の言葉に驚いた。


「こんなに、朝早くから……?」


 お姉様は朝が苦手なのに……。


「反省するまではずっとそこにいてもらうから、君は安心していいよ」


 王子様が優しく微笑んで、エメラルドのネックレスを差し出す。


 碧星の涙は王子様の手の中で、前に見た時よりも輝いて、本当の涙にように艶のある光を反射する。


「これは僕が弟から買い取った。嫌な事を思い出すと思うけど、僕が君に贈りたかった物だから、受け取って欲しい」


 王子様の私を見る目が鋭くて真剣だった。


「……受け取れません」


 私ははっきりと言う。


「好きな人がいるからか……」


 王子様は悲しそうに眉を寄せる。


「違います。王子様から頂く理由がないもの。……でも、そのネックレスの怪我のおかげで、王子様に手当てをして頂いて泊めてもらえた。とても安心して夜を過ごせました」


 私は、王子様の碧星の瞳に映った自分を思い出す。


「嫌な思い出なんて消えて、良い思い出しかありません」


 王子様の瞳と同じ碧星の宝石が輝くネックレス。


 嫌になんてなれないわ。


 私が碧星の涙を愛おしく眺めると、王子様も同じ瞳で少し寂しそうに、だけど微笑んでくれた。


「君が受け取ってくれる気になったら、いつでも言ってくれ」


 そう言って王子様は碧星の涙をしまう。


「これから君は第三王子の屋敷に住むといい。第三王子たちは、表向きは仕事で辺境に行く事にするから、君が留守番してくれると助かるよ」


 それは……。


「私は実家に帰ります。王宮は私がいていい場所じゃありませんから……」


 メイドたちと仲良くなれていたら良かったのに……。


 昨日、私を見てヒソヒソと話していた彼女たちを思い出す。


「そうか……、君がそうしたいなら一度帰るといい……。そっちの方が、君を他の男から 

守りやすいかもしれないな」


 王子様はいっそう悲しそうな顔をして、最後のほうは聞き取れなかった。


「メイドたちが、がっかりするよ。君に会いたがっていたから」


 え? 私を笑っていたのに……。


 王宮の馬車を貸して下さることになった。


「ありがとうございます……」


 私は少し名残惜しい気がして、王子様から目を逸らしてしまう。



第三王子の屋敷前


 午後に、私は一人で荷物を取りに第三王子の屋敷へ向かう。


 姉に破壊されているだろうけど、当面の着替えがないと不便だ。


 姉たちは昼までに屋敷を出て行ったはずで、鉢合わせする心配はないと思っていたのに……。


「あなたは……!」


 姉と第三王子が屋敷から出て馬車に乗り込む所に居合わせてしまった。


「なんて子なの!? 私の夫だけじゃなく、第一王子まで誘惑していたなんて!」


 姉が昨日と変わらない激しさで、私に詰め寄る。


 姉の手が私の頬に何度も何度も当たる。


 美しいお姉様には辺境送りなんて罰は耐えられないのだ。


 第三王子は後ろから私を嫌悪するように見つめるだけ。


 お姉様の激しい怒りに抵抗する力も湧かない。


 私はお姉様にとって可愛がるのも殴るのも同じ、人形でしかないんだ……。


「ごめんなさい……」

 やっとの思いで私が口に出すのと、


「何してる!」


 王子様が現れるのが同時だった。


 王子様は姉から私を庇って、抱きしめてくれる。


 大きな身体に包まれて、涙がでそうなくらい安心する。


「聞きましたか! 王子! 妹は夫とあなたを誘惑した事を認めて謝りました!」


 姉が激しく王子様に抗議する。


「そうだ……、僕は誘惑されたんだ! この女に!!」


 後ろで見ていただけの第三王子も便乗する。


 また、私に彼らの欲望が映し出された。


 第一王子の前なのに、私は何も言えない——。


「見苦しいぞ!」


 王子様が私を強く抱きしめたままで大声を出す。


「彼女は自分の行為を謝ったのではない、お前たちが彼女にした事で出ていかなければならない事を不憫に思ったのだ!」


 よく通る声に、姉は震え上がった。


 けれど、第三王子は引き下がらない。


「兄上! あなたも、この女と会ってずっとおかしくなっていたではありませんか!」


「夜会ではずっとこの女を目で追って、王子はあの女に夢中だと皆が噂しています! あなたも僕と同じくこの女に誘惑されたんだ! 僕だけの罪じゃない!」


 私は、サーっと血の気が引く。


 第三王子、私は、あなたなんて誘惑していないのに、何故、王子様の前でそんな嘘を言うの!?


 フッと、王子様が第三王子を馬鹿にしたように鼻で笑う。


「彼女は誘惑などしなくても、立っているだけで人の心を誘惑して奪ってしまう人なんだよ」


 王子様は、腕の中の私に優しく見た。


「それはあなたにだけでしょう。僕は誘惑されたんだ、彼女は……」


 怒りが身体の底から湧き上がる。

 

 どうしてそんな嘘をつくの!?


 私は、第三王子“には”、何もしてない!


「黙れ!?」


 王子様が大声で怒鳴る。


「彼女は、一途に好きな人を想っているんだ。侮辱することは許さない」


 暗い声で血を吐くように、私の名誉を守ってくださる。


 でも、自分で言った“一途に好きな人を想って”と言う言葉に王子が傷ついているように見えた。


 私は身体を強く乱暴なくらいに抱きしめられた。


 王子が心を落ち着かせようとしているみたい。


 私も王子様の背中をそっと抱きしめていた。


「私の気持ちを守ってくれて、ありがとうございます……」


 私は、小さく囁いた。


「……っ! 僕に抱きついて礼をいうほどに、そいつが好きなのか……」


 王子様が小さく言う。


 そして第三王子に向き直る。


「……このまま大人しくしていれば、罪に問うつもりはなかったが、これ以上、お前が見苦しい嘘を重ねるなら、見逃すわけにはいかない」


 第三王子が身体を震わせた。


 何か、あるの……?


「お前が、店から盗んだ碧星の涙(アステリズム・ティア)は僕が最愛の女性に贈るつもりで、料金を払い手配していたところだったのだ。だから、お前の盗みをなかった事に出来たんだ」


 第三王子が青ざめた。


「分かったら、もう行くんだ…。場所は辺境ではない。もっと冷たい牢獄だ……!」


 王子様の声は冷たいけど、顔には弟を断罪する苦悩があったけど、どこかスッキリしているようでもあった。


「お前が悪いんだ……」


 第三王子が、姉に向かって小さな声でつぶやく。


「こんな美しい人形を作るから、男なら誰だって惹かれてしまうだろう……」


 姉の目が一瞬驚きにも開かれたが、すぐに怒りの顔になる。


「何を言っているの!? 妻の妹に手を出すなんて、あなただけの責任よ!?」


 言い争いながらも、二人は王子の従者に引きずられるようにして馬車へ乗せられる。


「荷物も最低限のものだけでいい、2人には豪華な衣装や宝石はもう必要ない」


 王子様が従者に伝えると、二人が同時に悲鳴を上げた。


 馬車の扉が閉められた後も、姉と第三王子が言い争う声がずっと馬車から漏れ続けた。


 馬車から漏れ続けていた声が、最後にはただすすり泣く音だけになった。


 これからの姉と第三王子は、私じゃなくて、お互いに罪を投影し合うんでしょう。


 二人の罵り合う姿を王宮の人々が見ていた。


 お姉様の真実の姿と罪が、誰の目からも分かるようになって私の辛さが伝わったことが嬉しい。


「もう行くんだ。君たちは、二度と戻ってくる事はない!」


 馬車が動き出す時に王子様が、姉たちにそう声をかけた。


「……」


 小さな声で、お姉様が何か言っている。


 ふらっと私の足が向く。


「聞かなくていい、ああ言う奴らに矜持はない。言葉だけなら反省はして見せるけど、君が見れば君が傷付くだけだ」


 王子様に腕を掴まれて強く止められる。


「最後まで、君の優しさにつけ入ろうとして、なんて薄汚い奴らだったんだ……!」


 門から出て行く馬車を見つめて、王子様が吐き捨てるように言う。


「大丈夫か?」


 さっきとは打って変わって、王子様が優しく私を見る。


 姉に叩かれた頬をじっと見つめる。


「キズはないようだけど……、酷いな……」


 私は目を逸らして王子様を見ることができない。


 聞かれてしまった——。


 私が王子様を誘惑していた事を……。


「二人が言ったことなど、僕は信じていないよ」


 王子様はどこまでも私に優しく寄り添って下さる。


 でも、彼が見ているのは、お姉様や第三王子に都合のいいイメージを植え付けられていた私。


 私は“イメージの私”が羨ましい、だって、本当の私は……。


「……僕も手伝うから、荷物を取ってこよう。必要な物は何でも、僕が君に買ってあげるけど、お気に入りの物があるのかな?」


 王子様は笑って言って、私の手を取る。


 大きな手のゴツゴツした手触りと温度が伝わる。


 本当の私は——。


「……本当は、君に帰って欲しくないけど……」


 王子様が私をまた抱きしめる。


 私が王子の手を取ることを躊躇ったから……。


「好きな人の為に、自分から僕と手を繋ぐことすら嫌がるのか……」


 え?


「震えてるね。こんな目にあった君をもう帰したくない。例え、君に好きな人が居ても、僕のものにする」


 王子様の目が、私を見つめる。


 私は怖くなる。


 王子様の瞳に私がどう映っているのか、知るのが最も恐ろしい。


 だって、王子様が帰したくないのは姉に虐められた可哀想な私だから。


 グッと私は王子様を押し退ける。


 王子様は、ハッと我に返ったように表情を優しくする。


「すまない、君を怖がらせるつもりは……」


 可哀想な女の子へ向けられる王子様の顔が、私は嫌い!


 だから言うの。


「姉が怒ったのは、きっと、私が誘惑していたからです……」


「え?」


 私の言葉に、王子様は驚きの声を上げた。


「お姉様の言った事は嘘じゃないんです……」


 初めて姉に連れられて、あなたに会った時から——。


「私は、ずっと王子様の事だけは誘惑していたんです!」


 王子様の目が見開かれて、呆気に取られている。


「ずっと遠くから振り向いて欲しくて、あなたを見ていたの。それが私に出来る唯一の誘惑だったから……だから、私は王子様が好きだと思っている女じゃないんです!」


 ずっと、王子様を見つめているだけで、私の身体は熱くなった。


 ……。


「じゃあ、君の好きな人って、僕なのか——」


「私は、ずっとずっと王子様が大好きでした」


 あなたの人形にされる前に本当の私を知って欲しくて、半ばヤケになって言う。


 王子を見ずにただ言いたいことを言って満足して、判決を待つようすの彼女を、王子も戸惑って見ていた。


 彼女が逃げてしまうそうで、王子はそっと彼女の両手に手を伸ばし重なる。


 指先から、熱い体温と鼓動が身体に響く。


 王子様の手も震えていて、迷っているようだった。


「君が今、僕にしたい事って何?」


 恐れと喜びに震えながら、王子は笑っていった。


 王子様の優しい言葉に、迷ったけど——私は思わず彼の顔に震える指先を触れさせてしまう。


 この王子様のエメラルドの瞳でずっと私を見て欲しかったの——。


 王子様も、震える手で私に優しく触れた。


 彼女の意思を感じて、喜びが王子の身体を締め付ける。


「僕が先に大好きな君を誘惑したんだよ。何度も目が合っていただろう?」


 王子様の碧星の瞳に映る私が、小さく頷いていた。



 王子様から改めて碧星の涙(アステリズム・ティア)を送られる。


「何人にも結婚を断られて、誰も私を好きになってくれる人はいないと思っていたのに……、好きな人に好きになってもらえるなんて……!」


 私は、とても嬉しいけど、王子様が結婚を断られるような女と結婚していいのかしら?


「あなたが、私を選んだことで恥をかかないならいいんですけど……」


 心配になる。


「それはね、僕が君に夢中なのをみんな知っていたから、僕に遠慮して断ったんだよ。誤解させない為にも、正式に婚約を宣言しよう」


 私は頷くと、王子様は優しく笑う。


「僕は君の言う通りに、ずっと甘やかしてあげるよ」


◆◇◆


 まあ、ちょっとは王子としての権力を使って脅したりはしたけど、そうしなければ君を手放さない奴ばかりだったんだ。


 仕方がない。


『男なら誰だって惹かれてしまうだろう……』


 弟が言った、これだけは本当だろう。


 彼女はどんな男も誘惑してしまう。


 僕も、彼女に誘惑された一人なんだ。


 たった一人だけ、彼女の意思で誘惑された。


 視線を感じるといつも彼女がいて、気付いたらどうしようもなく好きになっていた。


 それからは、どうすれば、君の見ている僕になれるのか、ずっと考えていた。


 僕の瞳と同じ色の碧星の涙(アステリズム・ティア)は僕の気持ちを伝える手段になるはずだったのに……。


 僕の気持ちを汚した弟と君の姉にはもっと酷い罰を与えないとね。


 弟の計画が姉に伝わるようにして、彼女が逃げ出せるようにしたのは僕だけど、彼女に怪我をさせるなんて……。


 もう絶対に彼女を危険には巻き込まない。


 全く危険のない男。


 今は君の瞳に映る僕が、本物だよ。


◆◇◆


「お嬢様、お戻りになられて良かった」


 第三王子の屋敷に入るとメイドの一人が声をかけて来た。


「朝、第一王子様がいらして、お嬢様の行方を教えて頂けるまで、メイド全員で心配していたんです」


 心底ホッとしたような声。


 メイドたちは、私を笑っていたと思ったけど、心配していてくれたの?


 第一王子が遅れて屋敷に入ると、メイドたちは私に見せた親しみのある顔を隠して礼をする。


「僕がいない方が良さそうだね」


 そう王子様が言って出ていこうとするから、私は王子様の腕を思わず掴んでしまった。


 王子様は驚いて、少し赤くなっている。


「まあ!」


 メイドたちがざわめく。


「王子様の前で、申し訳ありません。お嬢様の想いが通じたことが嬉しくて」


 え!


「し、知っていたの! 私が王子様を好きだって!」


 私が慌てているのに、メイドたちは落ち着いている。


「もちろん、みんな知っていましたよ。王子様が屋敷の前を通られる時間にはいつもお嬢様は窓の外を見ていらしたでしょう?」


 私は真っ赤になる。

 私の誘惑の日課を王子様に聞かれてしまった。


「本当に? 君は可愛い誘惑をしてくれていたんだね」


 王子様が私を抱き上げる。


 嬉しいけど、メイドたちの前で恥ずかしい。


「奥様のような方でも第三王子と結婚できたんですもの、お嬢様なら第一王子の心を射止められるとみんな思ってましたわ」

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