べたべたツンデレ風味
「あ、あんたなんか大っきらいなんだからっ」
「うん。そうだね。いつも言われているから知ってるよ」
あああもぉあたしの馬鹿っ。違うの。そうじゃないの。本当は好きなのよ。なのに言えないのっ。
そうあたしはいわゆるツンデレ娘。素直じゃない女。好き好き大好きな彼を前にすると、言葉がつっかえちゃうわ、ひねくれちゃうわで、もう大変。
なのに彼ったら、にへらって顔して全然こたえた様子じゃない。憎たらしいったら、ありゃしないわ。
あたしだって、その、す、好きでツンデレになったわけじゃないんだからねっ。……って、ツンデレに対してツンデレってどうするのよっ。
私が好きなのは彼なのっ。あのボケーとしているところや、細い目とか、小太りなところとか、全部好きなの。けれど言えないの。口に出せないの。心の中ならいくらでも言えるのに。すきすきすきすきすき……好きなんて、きすを二回続けて言えば言えるのに。言っとくけど、キスって、あっちのキスのことじゃなくって、魚の方だからね。変な想像しないでよ……ばか。
「どうかしたの? 顔赤いよ」
「あ、あたしの顔が赤かろうが白かろうが、関係ないでしょっ。ちょっと暖房が暑いだけよっ」
でもその、心配してくれて、ありがと。――なんて殊勝な言葉なんて出てこない。ああもお、どうして素直になれないの。あたしったら、あまのじゃくで、ひねくれ者っ。
そのとき突如として閃いた名案。そうだわ。この手があったわ。
愛しの彼にあたしは言う。
「今から私の言うことは、全部反対の意味だからねっ」
「えっと、それは今の言葉も入るの?」
「あたしのこのセリフが終わった次から」
「うん。分かった」
よし。おぜん立ては整ったわ。あとはこの思いを口に出すだけ。言える。言えるわ。好きって言う必要はないの。いつも言っている言葉を発するだけでいいんだから。ガンバ、あたし。
「あ、あんたことなんて……」
大きく息を吸う。言っちゃえっ。
「大っ嫌いなんだからーーっ!」
なんだからーなんだからーって頭の中でエコーが響き渡る。やった。ついに言った。言えたっ。今まで嫌い嫌いって言っていたおかげだ。ツンデレ、万歳っ。
「へぇーそうなんだ。なんか分かる気がする」
え、なによこの反応。このあたしが愛の告白をしたんだから狂喜乱舞するのが当然じゃないの。なんでこんなに余裕なのよっ。もしかして理解していない?
「あの、分かってる?」
「え?」
「嫌いの反対は、その……だから、あれ、あれなのっ」
「うん。好き、だよね」
「そ、そうよ。なのに……」
「で、あんたの反対は、私、だよね」
「え?」
「つまり、今のは『自分のこと大好きなんだから』って意味だよね」
しまったーっ。これじゃただの自意識過剰女じゃないの。あたしったらなんて宣言をっ。しかも、分かるような気がするって、どういうことよっ。
「そ、そうじゃないのよ――じゃなくて、そうなのよっ」
ああもぉややこしいっ。
「いいっ、『私は自分のことが、大っ好きなのよっー!』」
はぁはぁはぁ。言いきったわ。思いっきりナルシストになりきって、言いきってやったわ。すごい。ついにきすじゃなくってすきって言えた。勢いって素晴らしいっ。
「そう……なんだ。はは」
あれ、なのに何よその顔。
あれ? 待って。自分の反対はあんたのことだけど、大好きの反対は……って、間違えた―っ。まちがえたーまちがえたー。
「ちょ、ちょっと、違うのよ。じゃなくて、そうなのよっ」
あぁもぉややこしいっ。
「いいっ。黙って聞きなさい。私は、自分が大っきらいなのよっ」
そうよ。大っきらい。大好きな彼に対して好きって言えない自分なんて嫌い。こんな形でしか態度に示せないなんて、さいてい。
だけど、今度こそ、今度こそ彼に思いが伝わったはず! あたしは恐る恐る、彼の反応を待つ。
って彼ったら、ウエイトレス(全然美人じゃないわよ。ふんっ)と話をしていて、聞いていないじゃない!
「ちょ、ちょっと何してるのよっ」
「何って注文だよ。さっき言ったよね。黙って聞きなさい、って。だから喋って聞かなかったんだよ」
ああああもぉなんなのこの男は。アホなの?バカなの?でも好きなのっ!
「だからもぉ。態度で察しなさいよっっ」
彼はうつむいて肩を震わせている。泣いて――じゃなくて笑われているっ。
「な、なんなのよっ。もぉ!」
「うん。だって、喫茶店でこんな会話していたら、さぞかし周りからバカップルって見られるよなーって」
「べ、別にいいじゃないの。その、カップルってのは、事実なんだし……って、カップルって男女二人組み合わせってことで、深い意味はないんだからねっ」
あたしたちが付き合い始めてから、あと四日で、ちょうど一周年になる。
――なによ、なんか文句でもあるの?
ずっと幼なじみで、気にはなっていた。けれど好きって言えなくて。そうしたら彼の方から告白してきてくれた。
「し、仕方ないわね。あんたがどーしても、って言うんなら。付き合ってあげなくもないわ。あたしだって、その、あんたのこと、嫌いじゃないんだからっ」
あたしは冷静を装っていたけれど、家に帰ってからは歓喜のあまり枕を抱いてベッドの上をころころと転がり、彼の名を呟いて抱いた枕に口づけ――って、何を言わせるのよっ。
と、とにかくっ。そんな感じで付き合いはじめたけれど、あたしがこんな性格だから、彼にずっと好きって言えずじまい。このままじゃ彼が愛想尽かしてしまうかもしれないと、毎日ドキドキの日々。
だから今日こそは好きって言おうとしたのに。またできなかった。けれどあきらめないわよ。次こそはきっと……って、別にあんたのために言ってあげるんじゃないからねっ。勘違いするんじゃないわよ。
「深い意味ないなんて、ひどいなぁ」
彼は笑いながらテーブルに身を乗り出し――あたしのおでこに口づけをした。な、な、なんてことをっっ。
「でも、そういう素直じゃないところが、好きなんだ」
――っっ!!
「ば、ばかっ。絶対『好き』なんて言ってあげないんだからっ!」
5分大祭の前祭作品になります。
お祭りなので、こういう作品もありかなーと投稿しました。
お読みいただきありがとうございました。