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名前を呼ぶ声



一週間前の図書室の出来事から、ようやく落ち着いたと思ったのに、また、これだ。


「……あー……今日も風より湿気が強いなぁ……」


朝の会直前。古井先生が、ぐしゃぐしゃ頭のまま教室に入ってくる。


「洗濯物、乾かんぞー……ふやけるぞー……俺の靴下、もうカビそうだぞー……誰か除湿器持ってこい〜……」


教室が爆笑に包まれる中、灯はひとり、机に突っ伏していた。


(いや、笑ってる場合じゃないんだって……)


スマホの画面がかすかに明滅し、中からひそひそとした声が漏れる。


「主よ……“ふやけた靴下”に憑く妖など知らぬが、あの教師、なにやら“湿”に呪われておるような気配……」


(呪われてないよ!?湿気で濡れただけだよ!?)


そのとき、すぐ隣の席から、柚がスマホをひょいと差し出してきた。


「見て。音楽室の七不思議、また出るってさ」


【今夜、音楽室に忍び込むぞ】

【録音してSNSにアップしようぜ】

【“呼ばれた”とか意味わからんけど怖すぎ】


「また、あの子たち……」


「ほんと懲りないよね」


柚はふぁっとあくびをひとつ。


「……行くんでしょ、灯ちゃん」


「えっ……な、なんで……?」


「わかりやすいよ、顔に出てるし。……何かあったら、呼んで」


「柚ちゃん……」


「べつに、心配してるわけじゃない。ただ、夜に騒ぎ起こされると、めんどいから」


(それ、心配だよね!?ね!?)


スマホの中から、低く涼しげな声が響く。


「主よ……“夜の音楽室”……まさに霊との邂逅の舞台にして最適。ぬふふ、良きではないか」


(良くない!私は夜に忍び込む生徒じゃないの!!)



---

 夜・学校の前


「……で、なんでこうなるの……」


灯は学校の門の前でこっそりため息をついた。


「様子を見て、何かあったら止めるだけ。それだけだよ」


柚は制服の上からパーカーを羽織り、いつもの眠たげな表情をしている。


「“それだけ”って言う人ほど、だいたい何か起きるから!」


スマホが振動する。


「主よ、すでに霊気の流れに異常あり。音楽室にて“名を呼ぶ声”を感知――」


(やっぱり出たよ“名を呼ぶ系”!!)


「いざとなれば、対処可能な式を展開する。今宵の任務、開始としよう」


(いやそのテンション、頼もしいけど!!)



---


校舎内・音楽室前


音楽室の前にたどり着いた灯たちは、そっと耳をすます。


中にはもう、生徒が数人入っているらしい。


「普通に鍵開いてるの怖いんだけど……」


「入ってすぐ逃げたみたい。いま誰もいないっぽいよ」


柚がそう言って、静かに扉を押し開ける。


きぃ……という音が、静まり返った廊下に響いた。



---


音楽室内


ぽろん……ぽろん……


ひとりでに、ピアノの鍵盤が動いていた。


「ひいぃぃぃ!!!なななななんで音鳴ってるの!?誰もいないよね!?」


「叫び声、反響してうるさい」


「う、うるさくてごめんね!でもびっくりするよこんなの!!」


そのとき、教室の奥の鏡に、ぼんやりとセーラー服の少女が映った。


顔が、ない。


そして――


『……つむぎ……』


「……えっ……今、なんて……? つむ……ぎ……?」


灯は耳を疑い、ぽつりとその名を口にする。


(聞いたことない名前なのに……どうしてこんなに引っかかる……?)


その隣で、柚の肩がびくりと揺れた。


「……なに……今の……やめてよ……」


(柚ちゃん?)


一瞬だけ、柚の表情が歪む。微かに、怯えと驚きが混じるような。


「主、退け!あれは“名を奪うもの”……接触は危険!」


だがその瞬間、スマホの画面が明滅した。


バチバチと音を立て、“灯”という文字が連続で現れては消えていく。


「うわああああ!!バグった!?ちょ、やだ、やだってば!ハク!?ハクっ!!ハク、ハク!!」


「主の名が……“引かれて”いる!? 我が術式、緊急冷却開始……っ、うぅ……!」


ピアノの音が止まり、鏡の少女の影もスッと消えた。


スマホの画面は落ち着きを取り戻し、灯は胸を押さえてへたり込む。


「ハク!?大丈夫!?無事!?」


「……連呼……心が耐えられぬ……」


「いや、今そんなとこ照れる場面じゃないから!!」


「余の器が……愛の名に耐えかねて……ぷすん……」


「照れんなーーー!!!!!」



灯「もう音楽室とか行きたくないぃぃぃぃ!!!」  

柚「……次はどこ行くの?」

灯「いや今行きたくないって言ったよね!?!?」

ハク「余は“つむぎ”という名の謎について、いくつか記録を照合中である」

灯「そういうの怖いから後で言って!!」

柚「……でも、知っておかないと。紬って、何者なのか」


灯の背筋に、また小さな寒気が走った――。

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