ちょっとだけ、ちょっとだけのつもりだったのに!!
今日もスマホが喋ってる。しかも古文で。
軽〜い気持ちで修行を始めたら、思ったより軽くなかったし、思ったよりいろんなものが舞った(比喩……たぶん)
優雅な御祓いライフ、始めたつもりだったのになあ……
---
契約から数日。
画面の中に住み着いた謎の式神――ハクとのやりとりにも、少しだけ慣れてきた。
……いや、正確には“慣れたフリ”ができるようになってきただけで、現実味なんてものは未だに存在しない。
今日も放課後。
灯は人目を避けて、学校裏の空き地にひっそりと立っていた。
ポケットから取り出したスマホには、今日も相変わらずきっちり正座したハクの姿がある。
「で、何ができるの?」
そう、思わずぼやいたのは本心だった。
だって、この数日間、ハクはずっと古文みたいな口調で喋るだけで、何ができるのかよくわからなかったのだ。
「術を通して、禍の気配を祓うが我の役目なり。
そなたが力を通すことで、我が式もそのまま顕現できよう」
「……だからさ、その“そなた”とか“顕現”とか、言葉選びがガチ古文なの!もっと優しい現代語でお願いしたい……!」
「ふむ、では……風を集めて、祓いの気配を吹き飛ばすことができる。――いかがか?」
「最初からそれでいこう!?絶対そっちのほうが伝わるから!!」
怒鳴りたい気持ちはぐっとこらえた。
でも、やっと分かってきた気もする。ハクはこういう感じの、説明ベタなタイプなのだ。
「じゃあさ、試してみるのって、あり?」
「心得た。軽き風を起こすのみ――安心せよ、目立つことはない」
「ほんとに!?それ絶対!?だって私、目立つの嫌いだからね!?」
「うむ。我が術、ほんのささやかな風よ。そなたが意識を通すことで、わずかに揺れる程度なり」
……言葉の意味はだいたいわかるけど、やっぱりちょっとふんわりしてる。
魔法少女的な、光がキラキラして髪がふわってなって、ドヤ顔でキメ☆みたいな感じを想像してたんだけど……
「――まあ、ちょっとだけなら、やってみてもいいかも」
---
意識を集中して、スマホを持つ手に力を込める。
すると、ハクの声がふわりと響いた。
「我が力、そなたに流す……」
ふいに、足元の草が揺れた。
空気がわずかに渦を巻き、風がぴたりと集まり始める。
「……おお。なんか、それっぽい?」
ほんのり風が起きただけなのに、ちょっと感動してしまう。
が――
「――え、ちょ、ちょっと待って!?これ、止まんない!?止まんないんだけどおおお!?」
びゅぅううううん!!!
風は一気に勢いを増し、空き地どころか校舎の方へまで巻き起こっていく!
バサバサバサッ!!
「なに!?猫!?……って、猫じゃない!!エプロン!?猫柄のエプロン!!??」
風に舞ったのは、家庭科の先生が干していた大量の猫柄エプロンだった。
干し場ごと飛ばされたのか、数十枚のエプロンが空を踊り、木に引っかかり、枝から猫の顔がぶら下がるという謎の光景が広がっていく。
「揃いも揃って猫猫猫猫猫猫!どこの猫神信仰だよ!!」
さらに――
ぺちっ
「ぎゃっ!?雑巾!?」
風に乗って飛んできた使い古しの雑巾が、灯の顔に直撃。
清潔なはずなのに妙に生活感がすごい。涙が出そう。
「やめて!!よりによって雑巾はやめて!!一番ショックがでかいのよ!!!」
そして――
「ワンッ!!ワンワンワンワン!!!」
「コロちゃん!?!?」
近所の塀の向こう、柴犬のコロちゃんが大混乱。
毛を逆立て、フェンスに前足をかけて吠えまくっている。
「違うの!!私が悪いんだけど、違うの!!いろいろと違うのぉぉぉ!!」
スマホを見ると、画面の中のハクは変わらぬ穏やかフェイス。
「……我も、少々、想定外なり」
「だよね!!!だよね!?もうちょっと早く止める方法とか教えてくれてもよかったよね!?」
---
ようやく風が静まり、空き地には落ち葉のじゅうたんと、エプロンと、木からぶら下がる猫と、雑巾と、遠くから響くコロちゃんの声が残った。
灯はそっと雑巾を頭から外し、スマホに向かって呟く。
「……魔法少女って、もっとこう、光ってキラキラして、ドヤって終わるはずだったよね……」
「幻想を抱きすぎなり。祓いとは、本来、荒ぶる力を制すものぞ」
「じゃあ今の、めっちゃ正統派な“祓い”ってこと?」
「……猫と雑巾と犬の遠吠えが加わっていたが、概ね間違いはない」
「どう考えても間違ってると思うんだけど!!」
---
こうして、灯の“はじめての御祓い”は――
猫と雑巾と柴犬まみれの、風まかせ修行体験で幕を下ろしたのだった。
---
最後まで読んでくれて本当にありがとうございます!
みなさんの応援が、灯とハクの力になります。
これからもどうぞよろしくお願いいたします!