第30話 イーディス
神託を下ろして少したった頃。何とか三人を無事に回収できた。
事が起きてから10年近くたっているのだ、無事というのは些か語弊があるかもしれない。
「我は今、多くの言葉を抱えておる」
「あなたが神様ですか?」
「いかにも、このイースガルドとそなたが住む地球の神をしておるイーディスじゃ。本当にすまなかった和也よ」
精一杯頭を下げるイーディス。
それも前にアリシアとセレスティーナを守る様に立つ和也。
戦いを知らぬ子供だったというのにそれが様になっている。
「許せなどとは言わぬ、何でもしよう」
「でしたら一つだけよろしいでしょうか?」
和也の陰に隠れていたセレスティーナが前にでる。
「なんじゃ?」
「今回神託を下ろし、カズヤさんの返還を求めた。ひょっとしていつでもカズヤさんを引き戻すことができたのではないのですか?」
流石賢者とまで言われた娘。本当に聡い。
「その通りじゃ」
「だったら、だったらなぜ!カズヤさんを救ってくれなかったのですか!?」
必死の喉からの叫び。静寂な白い空間に木霊する。
「他人だよりといわれても良い、なんで早くカズヤさんを救ってくれなかったのですか!?」
「神にもルールがある。生きる世界に安易に干渉してはならぬと」
「そんな……ことでっ……!純粋で優しい彼を!戦場に立たせ続けたのですか?」
「我が行えたのは簡単に死なぬように加護を与えること。それ以外はイースガルドに生きる人々が考えたことよ。途中で加護を見抜き、利用しようとしたのには心底呆れた。そこまでして和也を戦場に置きたいのかと」
また言葉を繰り出そうとするセレスティーナを和也が静止した。
「いいんだセレス」
「しかし……!」
「イーディス様、俺は神様を恨みました」
「そうじゃろうて、当たり前の事じゃ」
「けど、今はもういいんです」
和也の表情は自然と浮かぶ笑みだった。
「セレスに……アリシアに逢えたから」
「お主は……」
何とも言えぬ感慨を何とか咀嚼するイーディス。
そんな彼のやさしさに甘えつつ、イーディスは神側の事情を語りだした。
◇
「なんと身勝手で幼稚な神がいたものですね」
セレスティーナが抱いた感想は一様の賛同を得る。
「同じ神とは我も思いたくはない。まったく、これでイースガルドが滅ぶかもしれぬというのに」
「そうなのですか?」
「一概にそうとはいえぬ。が、着実に滅びの道に近づいているのは事実じゃろう」
世界の滅びを聞いてどう反応していいか分からない三人にイーディスは別の話題を振る。
「さて、三人の今後についてじゃが……和也のいた世界に行ってもらおうと思う」
「家族と一緒に帰れるってことですか!?」
「ああその通りじゃ」
今日一番の反応を見せる和也だが、直ぐにそれも止まる。
「でも10年経ってるんですよね?」
「いや、底も元の時間軸に返す予定じゃ」
「背格好だって、成長してるし……」
「それも……ほれ」
手を一振りすると、和也の姿が若返る。
「まあ、懐かしいですね」
「お父様、ちょっとかわいいです」
場が和みだしたのを見てイーディスも内心ほっとする。
「おぬしらが住んでいた屋敷も時空間魔術で持っていけるようにするし、財も地球の物に合わせておこう」
「そんなにしていいんですか?さっき安易に干渉してはいけないって」
「お主らをここに呼ぶので大分の干渉じゃ、この程度誤差の範囲じゃて」
さて、と前置きを置いてイーディスはアリシアとセレスティーナに向き直る。
「これから二人には和也の世界、地球の日本の常識を覚えてもらう」
どこからともなく椅子を取り出し、座る様に促す。
「どういう事です?」
「例えば、二人とも。信号機とはどのようなものか分かるかの?」
その質問に二人は首を傾げる。
「それでは和也、説明してみなさい」
「歩行者や車に止まれや進めを指し示すもの?」
「だいたい合って居る。和也にとって常識過ぎて肌間で理解している物をこれから二人には覚えてもらう。よいか?」
それに対して二人は頷く。
和也も10年ぶりなので復習をと席に着いた。
こうして三人での異世界生活の準備が始まったのである。
◇
「ちょっと話はそれましたが、これがこの世界に来るまでのざっとした概要です」
「よくわからないけれど、神様の話とかして大丈夫なの?」
そう聞いてくる母さんに俺は答える。
「そこも事前に許可を得てる」
「話てみると存外面白いおヒトでしたね」
「私はあったことありませんがそのようなおヒト柄なのですね」
夜も更けて来たのでぼつぼつと聞きたいことはあるだろうけど、それはまたその時に返す形にして今日は解散となった。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま」
天高く昇った一つの月。この世界は平和だ。




