第28話 勇者
兵士がこちらにやってくる
ケインを加えての夕食が終わった後、何気なく空を見上げる。
今夜、イースガルドの兵士たちがやってくるらしい。
空には雲が浮かんでおり、浮かぶ三つの月を時折陰らせる。
転移場所はケインの時と同じく、家の庭とのことだったので、先んじて人払いの術式と目隠しの結界を貼っておいた。
しばらく見つめていると、月の明かりが淡く増した。魔力のうねりを感じる。
背後を見ると、そこには、初めて見る魔術に興奮冷めあらぬ様子の唯と、口をポカンと開けている両親。その側にアリシアとセレス。そして二人を守るように立つケインと行った配置だ。
適度に手入れされた庭に魔法陣が浮かび上がってくる。これほどの術式を組めるのは世界広といえどケインぐらいだろうと関していると、人影が見えた。
「そこに座すのはカズヤ特務親衛隊隊長殿とお見受けいたします」
「いかにも。久しいなガエリオ」
「お久しぶりです。隊長」
「レイラもな」
白銀の鎧に真紅のペリース。フルフェイスの兜には羽の兜飾りが付いている。
二人は和也を確認すると膝を着き、騎士の礼を取る。
「俺に報告があるとケインから聞いたが……?」
和也がそう聞くと二人は鎧を振るわせた。
「親愛なるユグドミア皇国の花、セレスティーナ・ヴィ・ユグドラシア様と、カズヤ・ハトリ特務親衛隊隊長にご報告申し上げます」
「この度、我ら帝国は幕引きと相成りました」
激しい戦闘だったのだろう。彼らの鎧は血泥に塗れ、染み付く鮮血はどちらのものか、言わずと知れるところだ。
「……ジークは」
「国の、民のための皇太子である……と」
「……そうか」
イースガルドでできた友人の覚悟を聞いて言葉に詰まった。
「我らが帝国を、世界をお救い頂いたにも関わらず、このような結末になってしまったこと、誠に申し訳なく……」
「良いのです」
「セレスティーナ様」
矢継ぎ早に言葉を続けるガエリオをセレスが制した。
「多くの命が身罷られた事に哀悼の意を評します。けれど、かの世界の人族が紡いだ人類史は、たとえ血に塗れても、意味がなくとも、誤りなどではありませんよ」
「セレスの言うとおりだ、よくここまで戦ったな」
労いの言葉をかけるとまた鎧が鳴る。
「ありがとうございます」
それから少し他愛のない話をしていると、彼らは肩で息をし始めた。
……限界が訪れたのだろう。
戦闘を凌ぎながらの魔術の行使、しかも世界を超えるものなのだからそのダメージは計り知れない。
「隊長、セレスティーナ様、御身の前で果てる事をお許しください」
それに和也は固く答える。
「許さん」
「……では」
「俺は決してそれを許さない。許すとしたら、初の長期休暇だ」
「……期間をお教え願っても?」
「俺が直々に迎えに行ってやる。休暇だからと言って鍛錬をサボるなよ?」
「先の者にも漏れなく伝えましょう」
彼らは兜と剣を取り、最敬礼をする。
「…………ああ、我らが光の旅路に」
「…………新たなる光に…………幸が……」
魔術の炎が彼らを包む。温かくも冷たく、悲しみの中に安らぎが混ざったような感情的な炎が彼らを次の旅路へと誘う。
やがて彼らは光の粒子となって消えていく。
残されたのは兜と突き立てられた剣のみだ。
「……願われるまでもない」
そう言葉を返す和也は瞬きの後に鎧姿に変わっていた。白銀の鎧に馬渡に空間が空いた羽飾りの深緑のマント、その腰には二本のロングソードが備わっている。
「……頼んでいいか?」
「ええ、もちろん」
「お婆様、あの鎧はね、その昔、女神様から下賜されたものなんです」
一連を傍観することしかできなかった彼らにアリシアは説明をする。
「かと言って、大した機能があるわけではありません。ただ、あのマントには追跡魔法が掛かっていていまして……」
特務親衛隊の強さは個々人の実力や、勇者たる和也の加護があっただけではない。
その程度のもので生き残れるほど戦場は甘くない。
通信が不可能である異世界において、恐るべき連携能力を持ち合わせていたのだ。
「隊長、皆から預かっていたものも……」
「そうか……それも、頼む」
僅かに空いていた隙間がセレスとケインの手によって埋まっていく。
「……終わりましたよ」
「これで……全部か」
「……そうですね」
静謐なる沈黙が場を支配する。それをケインは最敬礼を持って破った。
「……ケイン・アルベルトから報告申し上げます!特務親衛隊総勢183名!確かに現着、集結致しました!!」
「……」
◇
異世界と聞いてドキドキワクワクな冒険譚を期待していた。そしてそれは違うことをこの間の話で理解したつもりだった。
今の一連の流れで、人が……死んだ。
それを分かった時に私は無意識に手が白むほど力が籠った。
それをふわりと解いて誰かが手を握る。アリシアちゃんだ。
まるで大丈夫と言わんばかりの目線を私に目配せした後、お兄の方に注目する。
その眼差しは真剣そのもの、この言い方さえ陳腐に感じるほどの目を彼女はしていた。
何か言葉をかけるべきなのか否か、そんな考えが頭に飽和させている時、お兄の姿が変わった。
昨日ケインさんが語った勇者のお兄の姿だ。
顔も体格も変わらないのに風格だけがまるで別人。肌感で分かった。これが勇者なのだと。
「さあ、帰ろうか」
「はい」
一服置いた頃だろうか、お兄が鎧を解き、現代服に戻る。
まるでさっきのことが何ともなかったかのように振る舞うお兄に思わず声を掛けてしまう。
「ちょ、ちょっと」
「ん?どうかしたか?」
「どうって……その」
「いいんだ」
「へ?」
「俺の役割はあの世界から帰ってきた時に終わってる。続きを聞けただけ儲け物なんだよ」
そう言って今度こそお兄は部屋に戻る。それにセレスさんも続いて。
得もいえぬ思いが反芻する私はお兄を視線でしか追うことができなかった。
「全く、隊長はいつも言葉が足らない。そうは思いませんか?」
「全くです。お父様の治してほしいところです」
やれやれと言った表情でケインさんとアリシアちゃんは二人を見送る。
「お三方、もう少しだけ時間をいただけませんか?」
「お父様のこと、もっとお話ししなきゃいけないから」
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