その先、料金所です
第1話:料金所の跡
細くくねった山道を、白いセダンが音もなく登っていく。
午後二時を回った陽射しが、フロントガラス越しに差し込む。
「この先、料金所です」
カーナビの機械音が、車内に響いた。
運転席の田所は、思わず苦笑する。
「またかよ……。何年も前に撤去されてるっつーの」
助手席に座る恋人のミユキが、笑いながら首を傾げた。
「直さないのかな。観光客、けっこうびっくりすると思うけど」
「地元民なら笑って終わりだけどな。初見殺しだろ、これ」
二人が話している道は、県内でも有名な温泉地《鬼影温泉》に向かう一本道。
カーナビの情報が古いのか、どの機種でも必ず「料金所あり」と案内する。
だが実際には、料金所はとっくに撤去され、今は小さなコンクリートの土台だけが残っている。
道の先に、いつものカーブが見えてきた。
田所は何気なくハンドルを切る。
すると──
「え?」
目の前に、“あるはずのないもの”が、あった。
小さな建物。屋根の下には白い遮断機。ガラス窓の向こうに、人影。
赤い電灯が、点滅している。
「ちょ、ちょっと待って、これ……本物じゃない?」
「……なにこれ……どういうこと……?」
ブレーキを踏む足に、微かな震え。
脳が必死に理解しようとする。
でも、どうしても腑に落ちない。
──何度もこの道を通ってきた。
──こんな建物、見たことがない。
料金所のブースの前で車を停める。
中の人物が、ゆっくりと窓を開けた。
顔は、暗がりでよく見えない。
「お疲れさまです。通行料をお願いします」
男の声だった。淡々としているが、どこか機械のような、湿ったような響き。
「……え?」
田所は戸惑った。
現金で払う? それとも……?
「すみません、ここ、今はもう……使われてないんじゃ……?」
そう言いかけた瞬間だった。
──ゴゴゴゴ……ン……
遮断機の根元が、小さく震えた。
ブースの照明が一斉に明滅する。
カーナビが、再び囁くように告げた。
「この先、料金所です……」
その声は──さっきと、違う。
まるで、誰かがナビの“中から”呼びかけているような──
ミユキが、田所の腕を強く掴んだ。
「ねぇ……帰ろうよ。なんか、おかしいよ」
田所は無言で、ギアをリバースに入れた。
だが──車は、動かない。
エンジンはかかっている。ブレーキも外した。アクセルも踏んだ。
けれど、タイヤが、路面に吸いついたように、びくとも動かない。
「……冗談だろ……?」
その瞬間、助手席側の窓が、コツン、と叩かれた。
反射的に顔を向けた田所の目に、
“それ”が、映った。
──窓の向こうに、料金所の男。
だが、さっきまでいたブースとは反対側。
歩いてくる時間など、なかったはずだ。
男はにたりと笑い、こう言った。
「支払い、まだですよ」