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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
序章.
9/32

そして少年は翼を得るために・2-1

――【ルド】第一区、第二階層区移住専門受付窓口にて。


透明な強化合成樹脂版の向こう側で多くの申請書類を目に通し問題ない物だけを分別を行うなどの業務に勤しみ執り行っていた職員たちは、この場では見ることすら珍しい存在が居る事態にどよめき、転居申請者たちはその存在に身を萎縮させた。


それだけ二代目イプシロンの姿が珍しいと言える。


実際、事実。彼が転居関連の申請所に足を踏み入れたのは人生において片手で数えるほどだ。


多くの人の目を受ける中で気にする素振りや醜態を見せることなく、イプシロンは積み上がった書類の数々を片し続けてる。

申請自体は電子形式でいいものの、入国申請等は紙面でならないといけない。最終的には現物が証明として有効的なのだ。


故にそれら手間を前にして不満こそは零さないものの、少しだけ疲労が蓄積した重い息が溢れた。


「…《《オルド》》?」

ふと、自身を呼びかける声が聞こえてきたため、電子板を操作する手を止めてから顔を上げる。

目の前には絹糸のような肩まで真っ直ぐに伸びた白髪に、輝くルビーを嵌めたような瞳を持つ女性が佇んでいた。

白を基調としたサイズがぴったりのシャツやズボンに、自身の体格よりも二回りほど大きいグレーブルーのジャケットを肩出しで羽織り、女性らしいラインをやたら強調させて見せるような黒の筋力サポーターベルトを巻きつけるという――カジュアルとは若干世間とはセンスがズレた服装をした彼女だが、何よりも印象的な点がある。

それは目が掛かるほど長い前髪の隙間から見える物。連なったライトストーンが流れる黒の眼帯を右目に着用していることだ。

これが、彼女が隻眼であることを物語っていた。

「ああ。ジルじゃないか。久しぶり。半年前の三国会議以来だな………どうした」

そんな彼女はこの場にいるのが珍しい存在だ。イプシロンが目を瞬かせながら首を傾げていれば、ジルの顔は苦虫を噛み潰したように歪む。

「いや、呼び出したのはあんただろ」

「…?」

果たしてそうだっただろうかと、更に首が五度ほど深く傾く。

記憶を掘り返してみたがどうにも思い出せないものなので、イプシロンは片手を耳に伸ばして下がっている金色の羽を模した耳飾りを掴む。

次第に青色のホログラムが起動して内蔵された機能、提示を希望されたメッセージ欄をイプシロンの目の前で広げていった。

これは、アストリネ専用たるHMTの改造版だ。HMTには色違いがあっても腕時計型以外にはない。だが、アストリネが希望するならば彼らが望む形に受注生産される。

腕時計ではなくイヤリング型に希望していたイプシロンは金色を灯す翡翠瞳を動かして操作しながら、ジルが訴える内容を探す。

やがて、一つの項目を見つけて小さく身を揺らした。それらしい文面のメッセージをあったからだ。瞬きながらそのメッセージを取り出す指示を送り、拡大する。

ただ、証拠として記載されている日付欄を目にするなり半目に据わった。

「おい。確かに連絡はしたが、一週間前の話じゃないか。返事もないしもう来ないかと諦めてたのだが」

「【暁煌】でも色々問題があったんだよ。呼ばれてすぐ門を使って来れたら…苦労しない」

「【ジャバフォスタ】に住んでいるヴァイオラからは送信してから数分後にお断りの返事があった。多忙を理由に返事は怠られるのは困る」

その証拠を提示するようイプシロンはジルに対し、別の受信メッセージを開く。


『申し訳ありません、イプシロン様。顔合わせ予定日には来れませんが後日予定されている訓練には都合を合わせて赴きますので』


開かれたのは姓名まで署名印しっかりと記載された断りのメッセージだった。

イプシロンの主張通り、メッセージの送受信の時間差は三分と十五秒後である。

「ええっと、…まあ、うん……うん…」

送付主の彼女が自身と近しい立場にあることはジルは知っていた。だから、己と異なり多忙の中でもきちんと返事しているという例で見せつけられてしまったもので。ジルは気まずそうに目を逸らし泳がしてしまう。

それに、イプシロンは頬杖をついて呆れた溜息を吐いた。

「弟子を取るから訓練して欲しいと頼んだのは俺からとはいえ、無返信は怠慢だろ」

「ぅ…。一度は引き受けたから反論できない…。そうだな。ごめん。でもさ、そもそも連絡等に不満があるならディーケに協力を仰いだら」

「駄目だ」

即断即決。秒で提案を切るという行為を真顔で行ったイプシロンに、ジルは不思議そうに赤目を丸くする。

「なんでだ。同じ『三光鳥』で…【ルド】最強と名高い。それに彼は多くの弟子をとって継承候補者を沢山鍛えてる実績があるだろ」

「あいつに借りを作るくらいなら、俺は自死を選び取る」

「そこまでなのか!?」

「そうだ。そこまでだ」

ジルは「ええ、」と声を漏らし、若干引いたように口元を押さえてしまう。

「其処までだったのか………」

イプシロンが同期を好んではいないのだろうという雰囲気自体は前々から感じていたとはいえ、ここまで嫌っているとは思ってもなかった故の驚愕だ。

驚愕の後には何だか残念な気持ちが追いついて、どこか寂しさを滲ませたような苦笑がジルに浮かぶ。

「普通にディーケが嫌だからって理由で選ばれるのはすごく複雑だ……」

「其処が大きな要因でもないよ」

イプシロンは否定した。同期への悪感情自体が確かにあったとしても、イプシロンとしてはジルたちに頼んだ理由がちゃんとある。

「俺の中ではあいつより君の方が槍の練度は高く、ヴァイオラの方が銃の扱いに長けている。指南役として適した存在と判断して協力を依頼したんだ」

「…高い評価を得てるようで照れくさいんだが…。でも、純粋な戦闘力ならオルドの方が高いだろうし、教えるとしても剣だけで十分だとは思うが」

「……それだけでは駄目だ」

断定しながら今し方『恵』に置いてきた。…今ごろは兵士たちから自国の話を聞いているであろう少年を思い出しつつイプシロンは呟く。


「彼には、教えられるだけ教えた方がいいと思ってる」


目を瞬かせるジルに深い説明はせず、書類に意識を戻し始めた。

ジルが予想外に来た以上、あまり時間はかけられない。なるべく早く『恵』に戻り、顔合わせを済ませてしまおうと粛々と書類処理を進めていく。

その珍しく熱意がある懸命な姿にジルはもう何度か赤目を瞬かせていたが、やがて、意味を察したようにくすりと柔らかく微笑んでは楽しげな調子でイプシロンの横に並び声をかけた。

「な。その子、十歳の子供なんだろう?同居形式になると思うけど…本当に良かったのか?面倒は見られそうか?もしアンタが苦しいのなら私が…」

「ああ。全く問題ないよ。元々俺は一人暮らしだから家は広い。子供一人くらいなら養えるティアもある。君の手助けは無用だ。十歳の子供とは言え、俺も彼も異性。妙齢の女性の世話になるわけにはいかない。食事自体も配給ので十分だよ」

その淡々とした返事を受けた途端、微笑みが崩れて眉間を寄せた悩ましげな表情でジルは言う。

「……なぁオルド。料理を覚えないか?大丈夫。オルドは器用だからすぐにコツを掴めると思う」

「毎回やる気だけあるのに厨房を爆発させてしまうくらい思いっきりが良すぎる君に褒められるのは…なんだか、妙な…むず痒い気分になるな…」

「ばっ……そういうのは外で言わなくていい。いいから。やめてくれ普通に恥ずかしいっ」

棚に上げたつもりはなくとも皮肉な発言に聞こえたらしい。黒歴史を掘り返されて苦しいとばかりに唇を歪めては目を瞑り、頬を紅潮させていたジルだが――突如。

彼女の特殊改造端末。左薬指に着用した赤い宝石が煌めく金の指輪からモスキート音にも似た特殊な音波が流れ始める。


「!」

それはアストリネのみが拾える特殊な通知、緊急信号。

揃って共に瞠目し、指輪に注視される。後に己の耳飾りを確認するが音は聞こえない。

鳴らないということから問題が起きたのは【暁煌】であると判断できたイプシロンは、書類を進める手を止めては耳を澄ませる形で信号の報告内容を聞き届けてるジルに詳細を尋ねた。

「何が起きてる?」

ジルは顔を歪ませている。しかし、周囲が聞いて騒ぎにならないよう、イプシロンのみ届く密やかな声量で共有した。

「『古烬』の襲撃が【暁煌】で起きた。…場所は第十三区『恵』…!」

「……チッ、サージュさんの分析通りか!」

舌打ちを溢しながらイプシロンは椅子から立ち上がる。書きかけた書類の束を掴み、赤色の縁眼鏡が特徴的な受付嬢に押し付けてしまうように手渡す。

「え、あの。イプシロン様…」

「途中ですまない、急用ができた。代理で進めておいてくれないか。君への謝罪はまた後日に」

アストリネに頼まれて断る者はいない、が。イプシロンは人類に対して不遜傲慢な態度を取らないのは【ルド】の民ではよく知られている。

その上、赤もが鮮やかに映える金糸から垣間見える翡翠を前にすれば大変断りづらくあるだろう。受付嬢は吃りかけながらも承諾するよう頷いた。

「わ、わかりました!」

「ああ。頼んだ」

快諾してくれた嬢に後の申請を任せてから、イプシロンは早足で『門』に向かう。

「待ってくれ」

その跡を追いかけ、ジルが隣に並んだ。

「私も手伝う」

「君がそうしてくれると心強くあるが。……いいのか?」

愚問だとばかりにジルはフッと小さく笑い、隻眼の瞼を下す。

「私の弟子にもなる子なんだろ。面倒見るのは当然だ。それに…」

直ぐに開かれて覗くルビーの瞳は、炎が燃えるように輝いている。


「私はジルコン=ハーヴァだ。彼等は私たちの【暁煌】を荒らしたのだから、アストリネとしての役目果たす。悪行の粛清を」

僅かな白色の火花が立つ。バチっと弾けた静電気めいたその音は、他ならぬジル自身から溢れていた。



……………『門』

・四代目郷と三代目ヴァイスハイトが完成させた移動手段の真髄。

電気エネルギーを元とする空間転移法。

これにより可燃式燃料を用いた全ての交通手段が一部を除いて廃止となり、【ジャバフォスタ】が更なる改良を加えて軽量化などの開発が進んでいるようだ。

現在配置される門の数はそれぞれの国の区と同じであり、第一区ではその国の全ての区と他の国の第一区と繋がりがある。

そのため、どの国においても第一区は門を一定地にまとめており、厳重な監視体制が敷かれた。

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