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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
序章.
7/32

1-5

長い、過去の夢を見た気がした。


そんな心地で吏史は目を覚まし、ベッドから体を起こす。

「……眠……」

朝日の眩しさを前にしても目が冴えず瞼が重くて仕方ない。


絶好調とは到底言い難い状態で、適性検査当日を迎えていた。




「ほら、準備自体はもうできてるよ」


この日は本番ということもあり、サージュが先んじて食事等の準備をしてくれている。

着替えまでスムーズに済ませては玄関に向かい、用意していた灰色の運動用靴を履いては踵を踏み慣らす。

「アレも忘れないようにねぇ」

「うん。わかってる」

そして最後の仕上げとして、かつてアストリネが開発した全人類に着用義務がある機械型電子身分証明書――通称・HMTヒューマンマネジメントトークンと呼ばれる腕時計型の精密機械だ。

色は個人申請があれば好きに選べる。吏史が選んだのは黒色だ。

普段、この機械の常日頃肌身離さず着用自体義務付けられてはないとはいえ、共通通貨であるティアもHMTにて管理される関係上、人類が外出する際には必須級の物となっている。

無論、この機械の利便性自体は高い。様々な機能が搭載されているし、自動的に行われる要素は多い。

吏史が装着したのに合わせて彼の脈拍に反応し、HMTの画面には起動を示す青光の電子光が放たれた。

後に搭載されたカメラ機能が装着者の虹彩と網膜を写し識別することで個人認証もが自動的に済まされていく。

そうして宙には画面が映りされていた。現在時刻を示しながら、『第十三区配属:吏史』と登録名義が浮かんでいる。

「……毎回思うけど、これ、電池切れとかないのかな」

そう家から出る機会が少ない関係上、着用回数もそこまでないため、吏史は相変わらず不思議なものだと呟く。

不慣れな動きで浮かび上がる画面を直接触れるようにして閉じていれば、横からサージュが告げた。

「それは太陽光発電式なのもあるけど、人に流れるわずかな電流を飲んで充電する機能も搭載されてるんだよね。だから着けてるだけで電池切れは起こさない。ただ、過充電で爆発したこと自体はあるけどレアケースかな」

「爆発…、え?爆発?」

「いやいやそれはレアな事例だって。大丈夫。体内に発電器官がある訳じゃないでしょ?それにも対策を講じたものが今のモデルなんだから」

「そ、そっか…」

振られた話にちょっとだけドギマギしつつも吏史はHMTに触れる手を下す。

そうしてこれで外出の準備は成された。忘れ物はない。


後は、事前にサージュから教えて貰っていた検査場に向かうだけだろう。


「前も言ったけど向こうは自立心も見てくる。保護者の同行はマイナス評価だからさ。一人で向かうしかないんだけど…教えた場所は覚えているかい?」

「うん。大丈……ふは、わぁ……」

クァ、と大きな欠伸して目尻に涙を浮かばせた。それは眠気から来た生理的仕草だ。

忠告を交えつつ見送ろうとしていたサージュは腕を組んだ姿勢から動くことなく、目を瞬かせた後に半目に据えた。

「さてはお前ちゃんと寝れなかったな?折角不安を抱えないよう僕が太鼓判押してあげたのに、心配して寝れなかったんだろ」

「うっ…」

図星を突かれて肩を揺らせば、サージュは薄目で開き笑う。

「まあまあ、責めてるわけじゃない。パフォーマンスは低下してるだろうけど寝不足でもポテンシャル自体に変化はないはずだ。向こうもそこだけを評価するはずだよ。十歳に完璧な自己管理を要求するほど教官気質の兵士たちは派遣されない筈さ」

気まずそうに目を逸らす吏史に対し、否定を表すよう手を振りながらサージュは語る。

「寧ろ、遅刻する方が印象よくないよ。向こうは時間厳守の意識が強い。実行時間だって絶対にズレることはないだろう」

適性検査自体は世界一律どの区にずれもなく朝九時に行われるものらしい。【ルド】に属する人類が複数人訪れて、粛々と検査をこなすのだと。

「…定期的とはいえ年一の行事、みたいなものだ。相当気合い入ってるんだろうねぇ。それだけ期待の星を確保することに執心なんだろう。【ルド】の管理を担当しているアストリネ…ネルカルは才能や力が大好きだから」

「……これ、前から思うことだけど。父さんも……見たことがあるのか?…アストリネをさ」

「まあ。そうだね。僕は物理的には雑魚ではあるが優秀だったから知り合いは沢山いるよ。なんなら今でも現場に戻ってきてくれと懇願されるほどさ」

「…それが本当なら、なんで『恵』にいるの?」

それが嘘だとは否定できない。十歳ながらにも人の目を気にして周囲を見る立場だからこそ、感じるのだ。

サージュは周囲の大人と毛色が違いすぎる。

そう強く感じれたのは主に農作業の時。

農作業に鍬や斧を使うのが一般的な中、サージュだけは独自の知識を活かして電子機械を改造し、自動的に稲を田植えてしまう自家用車や的確に害虫を清掃する自立型機械を編み出して悠々と過ごしている。

鍛錬や知識を吏史に施した。それは元々持っているものだろう。

剣技は吏史に合わせて独学で学んだと語っているが、普通ならばそう簡単にできない。吏史とて五年経過したが、未だ剣を扱うのではなく剣に振り回されてる感覚が強い。

既に確信している。

自分のように両腕の装甲がなくても特殊な存在だ。『恵』にいる家族にして同じ人とは異なる特出した存在マイノリティである。

だからこそ吏史はサージュが『恵』に配備されたことが不思議でならない。

頭上に疑問符を浮かべて首を傾げていれば、サージュが呟く。

「それはね、此処が丁度良かったからだよ」

たった一言、意味深な言葉だけ零すだけだった。


「……さて、と」

それから先の質問を紡ぐ前、遮るように吏史に近づいては身を屈める。他愛もない会話は以上にしなければならない。そんな意が込められた動作にも思えた。

玄関前に立つ出発前の吏史に対し、後押しするよう肩を叩く。

「ほら、そろそろ時間だよ。頑張ってこい」

「…いっ、てきますぅ…」

「まあ、失敗しても幻滅はしないさ。【ルド】は無理だったかな〜と思うだけ。昔の知り合いにお願いするとか、別の手段を考えるとも」

そう言ってくれるのはひどく有難い。唯一の味方に落胆されるのだけは避けたい身としては安心する言葉だ。

「…うん」

安堵を覚えたように口元は緩ませて、吏史が頷くのを視認したサージュは笑顔で返す。


「それじゃあ、気をつけて。いってらっしゃい」


手を振って見送りの言葉を送り、それを皮切りに吏史は背を向けて玄関の扉を通り抜けた。

振り返ることはせず、少しだけ、後ろ髪を引かれるようにも横目で見る。

扉が徐々に閉まりゆく。

その最中、完全に閉まる施錠音を立てるまで、ずっと。


サージュは晴々とした微笑みで吏史を見送っていた。


◼︎


それから吏史は早足で駆けて向かう。

行動原理として九時までに到着できるか怪しい焦りよりも、異相だと村八分にした村人たちや原因となった人物とできるだけ顔を合わせたくない気持ちが強い。


だが、残念ながら普段家から出ない吏史の姿は注目を帯びてしまうものだし、道は水田で更地にも近しく隠れる影はない。その上、不運は重なるもので。吏史が毛嫌いする原因は離れているとはいえ隣近所に当たる存在だ。


「わぁ!朝からリっくんに会えて嬉しいなぁ。おはよ、リっくん」


鳥の巣を連想させるほど癖がついた腰まで伸びた栗色の長髪が、吏史に視界で揺れる。

「あれれ?朝からそんなに慌ててどこにいくつもり?」

鈴の音のような声と共に愛嬌のある笑みを向ける可愛らしい青のリボンが色彩のアクセントとなる白色のワンピースがよく似合う少女が、後ろ手を回した姿勢で吏史の顔を覗き込む。

金色のカチューシャによって前髪が上げられたことによりはっきりと見えるペリドットの瞳には吏史のみを一心に映すものの、その表情は嫌悪感に満ちていた。

「……えー?傷つくんだけどな。というか礼儀無しか、失礼じゃない?可愛い幼馴染に対して道端で蟻にたかられる虫の死骸見つけたみたいな顔するなんて、異常だよ。治した方がいいよ?というか朝からのチャンバラごっこも五月蝿いですよー?」

「……………」

不満つらつらな発言に答える道理はないため、吏史は口を開かず、彼女と目線すら合わせないよう目を逸らす。

「ねーぇ!聞こえてますかぁー?」

「……………」

無視を決め込む。相手にしないよう心がける。碌なことにならないと散々痛い目を見てきたからの行動だ。

「もう!絶対聞こえてるくせに……」

そんな吏史に少女はアプローチ方法を変える。偶々、偶然、視界に映った田んぼで不運な蛙の存在に気づく。

それに近づいたと思えば少女は容赦無く片手で摘み、道に投げた後は体重を乗せて踏み潰す。

圧迫されて潰される蛙の悲鳴じみた声が響いた。

「っ、お前!何してんだよ!?」

生命の冒涜にも近い行為を見過ごせるほど冷徹になりきれずに、振り返ってしまう。

「っぅ……」

体が捩れた無惨な姿で転がる蛙の骸までが見えて、生理的嫌悪感等で顔から血が引いた。

そんな明らかに引いている吏史に反して、パァと満面の笑顔を少女は浮かべる。

「やっぱり聞こえてた!おはよ、リッくん!」

冒涜的な所業を働きながら、見合わぬ明るい表情だ。理解し難い感性と悍ましさに、吏史の表情はより大きく歪むのだ。


――少女の名は月鹿。

第十三区『恵』の村民。両親、兄と共に過ごす四人家族構成。

吏史の二つ年上の幼馴染に当たるのだが、彼女は吏史を狭き世界に追い込んだ原因だった。


――事の発端は三年前。

『仲良くなりたいから』と、そう持ちかけてきた彼女に話や夢を話した。

子供所以の迂闊さゆえ、そこで、無用心にも月鹿に両腕の力を打ち明けもしたのだ。

しかし不幸なことに後の帰り道にて二人は獣に襲われてしまう。四足歩行の豹、にも似た珍しい白獣に。――それから何とか、逃げて助けれはしたものの。月鹿は首に傷を負うことになった。

問題はここからだ。以降、彼女の言動にある。

何事かと駆けつけた村人たちが原因を彼女に尋ねた際に、月鹿は被害を受けたことに泣きながら唐突に告げたのだ。

『リっくんに傷つけられたの』

そう周囲に嘯かれたことで、ただでさえ不気味がられていた吏史の『恵』での立場は最悪なものに至る。

一度つけられてしまった悪印象は抜けない。『他人の子供を森に連れ出し獣に襲わさせるような子』だと認定され、決定的な境界を築き上げられることになったのだ。

サージュに庇われるよう抱き止められていた吏史は肩越しに月鹿の顔を見る、見れた。

彼女は兄に手当てされながらおかしそうに唇を歪め笑っていたことに気づいてしまった。

月鹿の両親を中心に村人たちも混じり、非難轟々の罵詈雑言が飛び交う喧騒で。何故、そんな表情をできるのか。欠片も理解できそうにないし、一生歩み寄ろうとも思わないだろう。


「吏史。世の中は広いから、こういう人間もいるんだよ。悪魔みたいな子だったんだ」


なんて、初めて騙された行為を受けた悲しくて悔しくて、じくじくと心臓が炙られるような嫌な痛みを覚える中で泣きかけてるところでのサージュの慰めの言葉はよく覚えてる。


「嫌で良いんだ。彼女を反面教師にしていい。『ああはなりたくない』って強く思う気持ちを、大事にするんだよ」


だから、吏史は月鹿という少女を嫌悪している。

もっとも不信を寄せる相手で、今後好きになることは絶対にないとまで自負できるまで存在だ。


そんな彼女は挨拶をし返さない吏史に対し、非難するよりも先に先ずはチョーカーで隠れた首元の傷を晒しながら詰め寄っては告げる。


「ほら、見てよ。あの時の付けられた傷まだ残ってるよ。ね。申し訳ないと思わない?いい子だからそんなに塞ぎ込まないでさ、みんなに謝ろ?」

これも、ずっと続けられてることだ。

あの日以降、吏史が人目につくところに出るたびにこうして強引に話しかけて傷を付けた詫びと謝罪を求める神経もどうかしてる。


「(……それを求めるなら、あの時傷ついたオレの心の傷への謝罪が先だろ)」


だけど、話したくない気持ちを優先した。どうせ独自の倫理観で押し込んで吏史の気持ちを封殺してくるから。

そう、黙ってるのを良いことに月鹿は吏史に距離を詰めては栗色の髪を揺らしながらペリドットの瞳で覗き込んだ。

「ねぇ、せめてあたしの可愛いくらいさぁ。なんか反応してよ。恥ずかしいじゃん」

「…………」

何を、言ってるのだろうか。

絶対にない。感慨なんて湧きもしないのに期待されても困る。

どれだけ彼女が周囲に持て囃される可憐な容姿をしていようが吏史には悪魔に見えるのだ。大体造形の美醜差を置くのならばあの流星には敵う訳がないだろう。


夜空の流星と醜悪な腐れ花だ、対等に思える道理はない。


「…オレ、急いでるから」

吏史は月鹿への拒絶反応を隠さず、眉根を寄せた表情のまま立ち去ろうとする。

事実だけは端的に伝えてから彼女の横を通り過ぎ、急足で即座に距離を取り適性検査場所に向かう。

「――え?なんで?結局挨拶もなしで質問にも答えないの?ひどい。無神経すぎない?」

しかし月鹿は後を追いかけてくる。

普通なら有り得ない行動に悍ましさを覚えて肌が粟立ち、引き攣った声まで出かけた。

「っ、は?!なん、…ついてくるなよ!」

「挨拶と質問に答えればいいって話じゃない。なんで話してくれないの?…話さないってことはやましいことしてるんだ。またそうやってちゃんと話さないで黙ってるから、皆はリっくんを許してくれないんだよ?どれだけ自分が我が儘振り撒いて損してるのか分からないんだね。あたしが幼馴染の、同じ仲間のよしみで優しく接してあげてるのに」

自分の所業を棚に上げてさも正義はこちらにあるとばかりの主義主張、捲し立てられた数々の言葉に、心底相手したくないと唇を噛み締める。

走る速度を上げて振り切るしかない。『まともに相手をしなくていい』とも教えられたが故に、迷わず先に進めていた。

「ちょっと!なんでそっちに行くの?!ねーぇー!リっくんにはいらないじゃん。絶対にいらないよ!何でそう余計なことばかりするの?……聞いてますかー?!耳遠いんですかー!?お世話してあげようか〜!?」

無視を決め込んで先へと進んだ。


◼︎


数十秒かけて全速力でかけていくれば、段々と鼓膜を揺らす声量は小さくなっていく。

それだけ早く動け、彼女との距離は遠くなっているのだろうと確信できて安堵の息を吐けた。

走る速度を緩めずに、吏史は腕についた身分証明書を覗く。

電子機能は所持者の角膜に反応して発揮し、黒一色のホーム画面でもある時計機能は現時刻を白文字で表示する。

現在は八時四十五分。

思わぬトラブルに遭遇したものの、九時到着には間に合うだろうと判断できて頷いた。

「……急ごう」

朝に言われた通り。月鹿が嫌なら尚更。

【ルド】の検査に合格すればいい。そうすれば、ここから出られる。自由に羽ばたけるのだ。

決して盤石ではない曖昧な気持ちやもしれなくても、そう望まれてるのだから、そうすべきだ。


そんな心地で吏史は以前教えてもらった目的地に到着した。

既に数名ほどの大人が広々と影下に入れそうな緑色の天幕が張られていたのが見える。『恵』では珍しいもの。おそらくここが【適性検査場】だ。

ただ、周囲には他の同年代の村民や人は見当たらない。閑散としている。

『恵』自体に吏史以外の十歳の子供はいるかは怪しい、当然の光景ではある。


…多少の違和感を感じる。


「(――なんか、なんだろう。人の気配がそもそも薄い、ような)」

周囲の空気が薄寒い。

人が集まればそれなりに熱気が感じられるものだが、【ルド】の者が居るのだから異常ではないだろうか。

その感覚を奇妙に思いながらも、吏史は天幕に近づく。

ほんの僅かの警戒心から三人の視界の死界を取る。強い視線を向けすぎて感知されないよう、少しだけ顔を出す。

そうして緑色の薄い壁の向こうを覗き込んでみれば、人が居た。

恐らくは【ルド】の民が故に、気配を感じさせないことに慣れていたのかもしれない。

天幕の下、人は合計三人。男性二人と女性が一人。確かに居る。

肩甲骨ほど伸びてるであろう緑髪をお団子状に纏めた髪型が特徴的な青目の女性と、角刈り頭に描かれた鳥の翼のようなバリアートが印象な金髪黒目の男性――二十代後半の年齢に見える、男女。


「ご多忙なイプシロン様が、わざわざこのような場所に出向かれるなんて…必要性が…」

「そうです!どうか、今からでもこの場は我々にお任せください!」


身を乗り出した。特に目を惹くのは、男女の方ではなく今し方イプシロンと呼ばれた男性の方だ。


「いいや、『恵』の適性検査は俺が担当する。そのように申請を送り受諾させた」


三人ともに軍需事業を中心とする国に殉じる者として統一された服装を纏っていたが、イプシロンは色や全体的な造りが異なるように伺える。

男女の方は共に余計な装飾もない軽快そうな服装で基調は昼下がりの森のような暗い緑で、イプシロンは権威を表すような外套を背負っており、基調が鮮やかさな紺色であることからまるで夜に羽ばたく鳥の翼を連想させた。

つまり、先の会話も加味して、彼が階級高い立場である者なのは明白だろう。吏史でもそう思える理由ももう一つある。

「(……それに、一風…違う感じもする)」

彼の容姿自体も特出していたことだ。

朝日で紡いだ金糸に臙脂色のダリアが連なるような二色混合の柔らかそうな鳥の羽毛か畝る波のような頸にわずかにかかる程度に短髪に、翡翠――翠石めいた瞳。

双眸の虹彩は鮮やかでありながら瞳孔には金色の輝きがあり、首側面に見える黒子という特徴も何かと惹かれるが、耳に着用された耳介を突き刺すような棒状の銀や耳朶に飾られる羽根を模した黄金など、様々な形状をした耳飾りに加えて手の甲が開けた通気性抜群の純白の手袋も様になっていた。

このように子供視点からでも造形が整ってると分かる故、非常に目立つ男性だ。


「(立ってるだけなのに存在感? …纏う空気とか、雰囲気が違う。金髪も初めて見たな…こんなに眩しい人って居るんだ…なんか、太陽から降りてきたみたい)」

吏史には、彼がこの場に於いての唯一の照明か光源に見えた。


「(まぶしい)」

そうした特別な雰囲気を纏う存在を間近にしたのは、五年前に遭遇した銀の流星以降になる。

鼓動は自然と高まっていき、心を踊らせた。

「(……腰に剣とか、それ以外の武器っぽいのを色々持ってる…)」

ただ、何より。吏史の興味を唆らせるのは男性が帯刀する武器の数々だ。

サージュに口頭で教えられたものもあれば、知らない種類のものも視認できる。

「(わかりやすく、すごく強そう…!)」

吏史はイプシロンと呼ばれた青年に対してそんな感想を抱きながら、高揚をも覚えていた。どんな性格なのだろう、意外と話し易いのかもしれない。

数々の興味も溢れる。

「(これ、検査ついでにあの人から色々話とか聞けないか――)」

怒鳴られたり、鬱陶しげな冷たい視線を向けられないといいが。

「ですが!このようなヴァイスハイト様の加護をまともに得られず文明も進んでいない辺鄙な村にイプシロン様が赴く必要性を感じれられません!」

しかしその思考を断じて打ち消すが如く、食い気味の男性の声が天幕内に響く。

目の前で大きく吠えられたようだったし、鼓膜が傷つき耳鳴りをも覚えた気がした。

「……」

それも相まって、吏史は身を強張らせる。

どうにも入りづらくなったから顔を覗き込むのをやめて、その場に縮こまるよう膝を曲げて蹲ってしまう。

今は間に割り込めない。よろしくおねがいしますと丁寧な挨拶をしながら腰低く入り込んでも自分自身がノイズになる。

変と思われて適性検査の評価に関わられても困る。なので、せめて終わるまでは大人しくしていようと決めた吏史は膝を抱えるような体育座りの姿勢で座り込んでいた。


――その間にも三人の話は進んでいく。


「イプシロン様、彼に便乗するようで大変恐縮ですが…どうかご安心ください。適性検査対象候補も少ない村です。貴方様が時間を浪費する必要は…」

「そうです!どうか考え直してください!対象者は一人二人、この【暁煌】第十三区『恵』、裏では逃避先と呼ばれるほど温厚なものが集まると聞きます!才覚を感じられる子供がそういるとは思えません!」

二人はなんとか帰したい意思を隠さずに、イプシロンに訴え続ける。

そう必死な二人に詰め寄られていたイプシロンは、一旦主張を聞く姿勢を見せるよう黙って両腕を組み聴いていたが、自己主張が激しい意見の数々を受けて、やがて、心底呆れた息を吐く。

「現状が判断できないようだから説明する。承認受諾先はネルカル様だ。よって、彼女からの命と等しい。俺にそれを反して帰れと?」

「!い、いえ!そういうわけでは…!」

吃る男性の声に相反して、聞こえた名前に吏史は俯いた顔を上げて反応した。


「(ネルカル…)」

その名前から流れが変わった予感も覚えて吏史は縮こまるのをやめながら天幕の中を覗くが、イプシロンは男性等を睨み凄むよう翡翠目を細めた様が見える。

「いいや、同じことだ。彼女の命を反故しろと訴えてるも当然だ」

表情自体は大きく変わってはないが、気を悪くして怒ってるように感じ取れた。


それもそうかも、仕方ないのやもしれない。

――ネルカル。

その名自体、サージュから『この世界に於いて必要な存在』と学んで知っていた。


約五百年前、始祖エファムが管理下社会を形成した際に配属した代表格のアストリネたちがおり、彼等を纏めて『管界の六主』と呼称されるらしい。

ネルカルはその一つだ。

始祖エファムにより生まれた存在と言えるからか、後に生まれた代歴短いアストリネよりも力が強いのだとか、なんとか。


だから現状を吏史は理解する。

イプシロンはそんな偉い立場のアストリネに命じられたような状態でここに来ているのだ、彼にはこの場に留まるだけの理由がある。

故に二人の主張は気遣いにならず、命令違反を促すただの自己保身的我儘になってるのだと。


――それは、二人も同様に理解できたらしい。

一斉に顔色が悪いものに変貌したと思えば、イプシロンに向けて頭を下げる。

「失礼いたしました!」

「…天より尊きネルカル様の命に付き従うのが我らの天命です!」

そうして三人のやりとりに終わりの兆しが見えてきたため、吏史は隠れてほっと安堵の息を吐く。

これならタイミングを見計らって出て来れそうだ、受けれないなんて最悪にはならないだろう。

「(やっと検査を受けれ――)」

「そこの君はいつまでも隠れていないで此方に来い。適性検査希望者だろう」

「!」

唐突な呼びかけである。ビクッと肩を跳ねさせた。

恐らくはイプシロンは初めから吏史の存在に気づいていたのかもしれない。

呼ばれたことに応えるよう。恐る恐ると出てきた時に、吏史の登場に驚愕する二人に反して涼やかな翠瞳を据えて向けるだけだった。

「我々が気づけなかっただと…」

「私の気配感知能力は【ルド】第三区『クロウ』の中でも最優なはず…」

「君たち揃って呆気に取られてる場合じゃない。…早速検査を、始めるとしようか」

イプシロンは黒色の電子版を取り出す。

所持主の角膜や指紋に認証反応した基盤は青光を放って起動を示していた。

まっさらな書面を宙に浮ばせた上で、イプシロンの質問が行われていく。

「君の名前と年齢は?」

「吏史、です。歳は十…十歳になりました」

「………吏史。君は……気配を殺すことは上手だったな。この二人が見破れなかった同様、【ルド】の兵士たち大半が察せられないだろう。その時点で君が相当優秀なのは理解できたが、どこでその技術を学んだんだ?」

「えっと。なんとなく。多分。あまり村の人に見られないように…したかったから、」

イプシロンは顎を挟むように指を置いて、考え込むよう傾げていたが数秒の間だ。すぐに手を下ろしては頷く。

「ああ。なるほど。習慣つけられたものだったわけか」

「…しかし、子供がそう簡単に身につくものなんですかねぇ?」

「知識と効率化、技能全てが優秀な者がこの子に授けてそうですが…」

割り込んでくる二人を諌めるよう、イプシロンは片手を上げて発言を制する。

「技術の習得に年齢は関係ない」

一言、はっきりと強く断定的に告げた後、両腕を組んで持論を連ねた。

「独学でも熱意が籠ってるかで熟練度に差が生まれて異なるものだ。この子の場合は主張通り、村民の誰にも見られたくなかった。そこには相当の想いが込められていたのだろう。彼の能力、吏史自身の才能だ」

断言して評価を下し、相手が『恵』の子供だからとばかりな態度を晒した二人に釘を刺すような忠告も兼ねて言う。

「気配を汲み取れなかった己の失態を他人の技術故と評価して、吏史個人を乏しめる真似はよせ。みっともない。それとも【ルド】の民は他国差別主義者だと噂されたいのか。……君達は平穏なる世を守る役目を担う兵士ではなかったのか?」

忠告された二人の顔が強張り、身をすくませた後は共に揃ってイプシロンに向けて頭を下げる。

「……っ大変失礼しました」

「申し訳ありません!不躾な真似を…」

イプシロンの表情は真顔から動かない。片眉も動かすことはないまま、唇だけが淡々と厳かに動く。

「謝る相手が違う」

より一層二人への理解に苦しみ、辟易させてるのだと匂わせているようだ。

「…は、はい!」

その様子に慌てながら、二人は頭を上げて今度こそ謝るべき対象である吏史に向けて謝罪を送る。

「すまないな、少年」

「私も失言でした。貴方を傷つけてしまい申し訳ありません」

「……い、え」

奇妙な心地だった。

大人二人に頭を下げられたのもあるのだろうが、何より真顔で見守るイプシロンの発言が大きいだろう。

何せ彼は吏史自身を評価し、これまでの苦労を汲み取るようだったから。そのことにむず痒さを覚えて仕方ない。

吏史にそうしてくれる大人は、最早サージュ以外にいないと思っていたからだ。

「…えっと、そんなに酷いことじゃないし。気にしてない、です」

照れにも似た気持ちで頬をかきたくなったがそこは我慢して、大して気にしてない旨を謝罪する二人に返す。

そうすれば二人の目が、特に女性の方がどこか揺れてるように見えたが、それを気のせいだろう。

胸中で片付けてからイプシロンに視線を戻す。


「……………」

イプシロンは不意に盤を操作していた手を止める。青色の光が消えてしまったそれをしまい込んだ後は何の発言もなく黙り込んでいた。

「(……え)」

唐突に止まり、場には沈黙が走る。以降の発言はなく長い静寂が包む。

他の二人も注意されたこともあって発言を控えてるらしく、何も喋ろうとはしない。

「(え。なんだ。これ、…これ、流石に…喋っちゃまずいのかな…!?)」

吏史は気まずさを覚えて手で胸を掴みたくなるものの、不用意な発言ごとなんとか呑んで、耐える。

吏史は目の前のイプシロンを見返しながら、彼が口を開くのをただ待ち続けた。


「(月鹿と同じ色、緑色の瞳。だけど、この人の目線は全然嫌に感じられない、なんか…?)」

月鹿ペリドットに反してイプシロンは木漏れ日の森。嫌悪感を抱かない。

ただ、

「(……なんだろう…なんか…知ってる?)」

不思議なことに吏史は初めての邂逅な筈なのに、どうにも覚えがあるのだ。ただ、それだけに胸いっぱいにはできない。なんとか、内心で留めて首を横に振って思考を払う。

今集中すべきは沈黙するイプシロン、目の前の査定者だ。

「(いや、それよりも…だろ。なんで急に黙ったんだ?急に……オレ、今なんかしたかな?…怒らせた?どうしよう…!)」

ひたすらに顔に出さないよう努める。今は耐え抜く時、我慢。声に出さない。

「(…月鹿を相手しないと決めた時と同様に、声に出さないように…)」

皮肉なことに忌むべき月鹿への対処法が現在の吏史の辛抱に繋がっていた。

そうして唇を噛むのも耐えて、耐え続けて。


―――数分程度、視線を交差させた状態で時間を要することになる。


「(…疲れてきた…)」

両腕の力を使ったわけでもない。なのに、いつになく疲弊感を覚え始めた頃。

「では、」

イプシロンの重い唇がようやく開いた。

「!」

唐突に飛ばされた質問に虚を突かれて惚けかけるが直ぐに思考を現実に戻す。

「っは、はい!」

「確認だ。君は【ルド】に向かう必要がある。今の争いから離れた平穏たる環境を捨てると同義だ。それでも逆風に立ち向かい自らを高める意思があるか」

「―――――」

その質問に、吏史の脳裏にはサージュの顔が過ぎる。家のリビングで対面して座り、机に膝をつけた姿勢で柔らかく微笑む木漏れ日のような姿が。


唯一の家族。ついては来れない。来ない。来させない。突拍子もない夢を聞いても笑わず、出会ったことも否定せずに守ってくれて、ずっと見てくれていた味方。認めてくれていた相手を。

「………」

目を、強く瞑る。

『思いっきり羽を伸ばしておいで』

傍で留まりたくなる気持ち《未練》を数秒の葛藤で流し、しっかりと双眸を前に向ける。熱意を込めてしまうよう、胸に手を当ててはっきりと応えた。

「はい。今でも、今すぐでも大丈夫…です」

回答を得たイプシロンの目が細まる。

だが、彼は自らの所感を語ることない。

今は適性検査の時だ。それを重々理解しているが故に一度瞼を閉じた後に回答による結果を告げるために、両手を動かした。

「なら、この後すぐに俺の元に来るといい」

パン、とイプシロンは手を合わせ鳴らす。覆せない決定を促すような提示と共に。

「え?」

合否の結果としては曖昧だ。どっちなのかが判断できない。目を丸くしてポカンと口を開けてしまう。

そんな間抜け面を晒す吏史を他所に他の二人は驚愕の目を向けていた。

「イプシロン様?!身体検査もなく、そのような決定を下すなど…」

「悪いか?」

「悪いとか、そうではなく…っ、お言葉ですが、少年の成長率に問題があった場合、彼の未来が良くないものになりかねません…!」

「いいや、あったとしても瑣末なことだが。【ルド】で評価される才能はある。吏史。少しいいだろうか。君の手を見せてほしい」

「…?」

「掌を、こちらに」

疑問に思いながらも吏史は声を上げる女性にも掌が見えるよう、イプシロンの言う通りに従い見せる。

「…っ……」

広げられるは、到底十歳の子供に見合わない掌だ。

豆の数が多く何度もすりむけたことを示唆するよう、皮が固く厚い。

それらは決して農作物の収穫等で着くようなものではない。どちらかというなれば剣を握りすぎた証だと、彼女自身【ルド】の兵士であるが故に理解できて絶句した。

「努力する才能があるのならば十分だ。その上、君たち二人は彼の気配に気づけなかった。俺は彼を逸材と見做す。身体能力も問題ない、俺が鍛えてるうちに自ずと整うだろう」

「は、……ぁ?!」

「なんと?!」

「聞い間違えであれば申し訳ありませんイプシロン様!今、『俺が』と仰いましたか?!」

「言ったな」

質問した女性が目眩を覚えるように額を抑えてふらつく中、隣でわなわなと身震いさせる男性が目を輝かせながら問う。

「で、では。では、イプシロン様!つ、つまり…この少年を弟子にすると!?」

「そうなる。何か問題でも?」

「……いいえ!」

涼しい顔でさらりと重要なことを答えたイプシロンに対し、男性は口元を笑ませて大声で返答し、漸く己に起きている状況への理解が追いついた吏史はギョッと目をむいてイプシロンを見る。

何を考えてるかはわからない感情見えない彼に何かしら質問を投げようとしたが、その前に男性が動く。

「少年!」

筋骨隆々な見た目に反して手を抜いたサージュ並み【※ただし普通の者には早く見える速度】という機敏な動作で吏史に近づいた。

それは自分の何倍もの体格がある相手に詰め寄られたも同然のため、ビクッと肩を揺らして一瞬怯えを抱くものの、悪意もない男性により両脇を手で掴まれて高く持ち上げられる。

「わ、わわっ」

二メートル近くもあるであろう男に持ち上げられるとかなりの高さだ。真顔のイプシロンも青い顔の女性も小さく見えた。その景色がぐるぐると回り始める。男がそのように動いてるのだろう。

「おめでとう!おめでとう!少年!少年はイプシロン様お墨付きの期待の新星ではないか!良い後輩ができる感動的場面に立ち会えて嬉しい!とても嬉しい!所詮『恵』出身だと馬鹿にしてすまんかった!逸材となる人物…少年が居たな!今日、今を持って、私は少年との出会に心から感謝しよう!」

吏史の感想は、彼は今までにいない大人である。

テンションの高くなる大人を連想させるサージュも誕生日に大量の風船で吏史の部屋を満たすなど巫山戯た行動に出ることがあるが、自覚有りのそれとは違う。

男性には自覚のない熱意があり、それに当てられてどこかしら夏の気温並みの暑苦しさを感じさせた。

「将来有望な少年に私が教示しよう。何と言っても国の素晴らしさだ。我が国【ルド】は他国と違いアストリネ様と交流できる名誉が多い!運が良ければ『継承』の寵愛もいただけるやもしれないのだ!」

「け『継承』…そっか…」

それは吏史にはよくわからない、知らないことだ。だが、良いことなのかもしれないと漠然とは感じる。

「アストリネ…様には沢山会いたいと思ってたから、会える機会があるのは、嬉しい…です」

夢への一歩となるだろうと、気の綻びが生まれて照れ臭さそうに笑えば、男は目を丸くした後に回るのをやめ、吏史を床に下ろしてからニッと笑み返した。

「少年、君はもうアストリネ様に出会ってるぞ」

「―――え?」

「…!ダインラス!やめなさい!この方はそう簡単に明け透けに明かしては…!」

遠くに置いた意識を取り戻したよう、ハッと目を開いて息を呑んだ女性が男の名を呼んで制止するが、男――ダインラスの発言は止まらない。


「少年。このお方こそがこの世を管理する天の存在、アストリネの一族」

畏敬の念をも込めるよう、至極丁寧に恭しげな所作で手を動かし、吏史の視線を誘導しながらイプシロンを向くように動かす。

「二代目イプシロン様だ」


溢れんばかりに、夏瞳は瞠目した。

イプシロンはそれを淡々と何の情も覚えることない据えた瞳で受け止めていた。

そうして否定しないことで自らがアストリネであることを肯定し、軽く首を傾ける。

「ああ、そうだよ。俺が二代目イプシロンだ」

感情を携えぬような物言いではあったが、やはり、どこか覚えのある金色を灯す翡翠の瞳を見れば。

不思議と懐かしみを覚えて仕方なかった。


……… HMT

・ヒューマンマネジメントトークンの通称。腕時計型、手甲注入型の二種がある機械。

現在の人類に着用義務がある個人情報証明書にして様々な機能を持つ端末。


二代目ヴァイスハイトが基盤を開発し、三代目ヴァイスハイトが量産化に成功。至504年から一気に普及された。

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