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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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a.夢

無事に回復を果たした後、オルドヌングはネルカルの教育役へと着任した。


なお、当時の三十代目ネルカル。ルナリナ=ネルカルは0歳児である。

つまり、オルドヌングは何の知識もない状態で乳児を託されたのだ。

息を呑んだ。流石に命の責を背負うには重すぎると。

思い立つような勢いで、オルドヌングは即刻ネルカルの血族へ申し出たが、彼らの返事は信じ難いものだった。



――第一区『イーグル』から離れた廃墟めいた石造住宅。ネルカル邸前。

その日は、早朝でも陰鬱な曇り空だった。


「これから先、貴殿は前線に立つことはない。遺された兵器は他のアストリネが片す以上、それを育てる時間は貴殿にある」

石製の門は硬く閉ざされている。

開くことはなく、冷たき声だけが送られた。


「そういう問題じゃない!せめて、彼女の情緒が育つまで……君たち自身が産んだ我が子を愛するべきだろう!?これでは捨てたも同然じゃないか!」

あんまりな態度に苛立ち、門を殴りつける。

しかし怒りに呼応して揺れ動くことはない。沈黙が流れ、静寂が刻々と広がっていくばかりだ。


「――飛ぶための翼は既にある。巣は、不要だ」

やがて雨雲からの初雫が、オルドヌングに頬に落ちて濡らす。

彼ら血族に於いて、三十代目が生まれただけでも十分なのだと思わせるほどに実に冷たい雨粒だった。


「貴殿が役目を放棄してくれても、構わない」

「は…!?捨てろということか?っできるわけないだろう、そんなこと!」

我ら(ネルカル)は風と共に生きているのだ。還った子が生きるか終わるか、全て風が示すだろう」


一陣の風が吹き、驟雨が降り注いで金糸を濡らす。

片腕を隼の翼へと顕現させて赤子の身が雨で冷えぬようにしたが、雨粒から完全に防いでやれず、頬に落ちた冷たい水に怯えるようぐずり始めていた。


「そのように、我らは続けてきたのだ」


――結局、何の解決もしないまま。

オルドヌングは赤子を抱えて連れ帰る。

帰宅してからずぶ濡れに構わず、HMTを起動し歴史を調べ上げて、知れた。


この至五百年間、他の六主と異なりネルカルの席は埋まり続けてはない。

過酷な『継承』方針が原因で起きたことだ。

先代が死した場合、[核]による継承は必ず臍の緒も取り付けたまま乳児に与えられるらしい。

当然だが、その試練に耐えきれない子が多い。

だというのに低すぎる生存率を乗り越えたとしても血族は子を丁重に育てることはせず、他の区に捨て置くか他の姓へと投げ渡す。

強制自立行為が強靭なアストリネを育たせるのだと信じて、ずっと行われ続けてるのだ。


「………」

開かれた情報からオルドヌングは目を離せない。

なんて無茶苦茶なことか、道徳心の欠片もない。

――しかし事実。

これまでの歴代ネルカルは、皆、一定水準を超える強さを有している記録がある。

そうした成功例が続いたものだから、彼らの異常な教育スタンスは変わらないだろう。


「……カッコウドリの、托卵行為と。何にも変わらないな」

掠れた溜め息を吐き、HMTを指先で操作する。記録報告書を開く画面が閉じられる。


それから乳児ベッドに近づいて、オルドヌングはネルカルの容態を確認した。

赤子は愚図る事もなく、穏やかな寝息を立てて眠り続けている。


触れることはせずに、翼へ変化した手で、己の顔を覆い拭う。

背中にのしかかる、そんな錯覚が過ぎる。命を持つ責任というものは実に重苦しい。

ただ、オルドヌングは弱音を口にしない。ここで。グラフィスの思惑に折れて捨てるわけにはいかなかった。

諸々の衝動全てを堪えるように、オルドヌングは奥歯を強く噛み締める。

「……だとしても捨て置けないだろ……」

論外だと、重く呟いて飲み込んだ。


それだけは、決してできない。

命を尊いと謳うシェルアレンと、同じものを守ると決めたのだ。

最大の侮辱と裏切りも同然だろう。



そう苦言を飲んで長らく従順を徹すれば、情報を得られる機会は増えゆくらしい。

グラフィスと言えば、HMTの情報管理的立場。

それに従うということは――HMTにアクセス権利が増えると同義だった。


育児の合間で、オルドヌングはその権利を利用しあることを調べていた。

調べ上げるのは主に『    』について。

何をどうしてシルファール討伐を成し行方をくらませたのか、その真実と――


「………あなたは無用かもしれなくても、シェルアレンにはまだ、必要なんだよ」

少しでも居所に繋がる情報を掴もうとした。


「――――………………は?」

そして、オルドヌングは蒼盤に触れてた手を止める。

信じられない事態に直面し、大きな衝撃を受けて溢れんばかりに瞠目した。


生まれて存在したという記録そのものが消滅してる。

『    』がこれまで行った全てが、シェルアレンの功績として差し代わる形で。


「…嘘だ。嘘だろ、こんな、……おかしいだろ…!?」

慌てて画面操作を再開し情報を広げていく。だが、非情な現実は変わらない。

何十通りと調べ上げてみても結果は同じだった。

「……っ、……っ…!」

指先が震えて、操作が儘ならない。汗が滲む額を抑えて、狼狽してしまう。

一体何が起きているのかと混乱した。

シェルアレンの性格や異能を踏まえれば、どれもこれも整合性がなく歪さが浮き彫りな改編だ。

なのに、誰も疑問に思わず受け入れられてるこの現実は一体なんだろうか。


血が体温ごと引く。唇の色まで抜けて、僅かに開いた際は声が震えていた。


「………もし、そう。なら、尊厳破壊なんて、そんなレベルじゃない」

まごうことなき、存在全否定ではないか。


そう深刻な事実を呟いた途端、眠りついていた赤子がぐずり始めた。

逃避するようにも遠のいた意識を現実に取り戻し、すぐに時間を確認する。


「……十二時………四時間以上、経って………」

食事の時間を迎えてることに気づき、与えるため立ち上がって台所へと向かう。

足取りは、ひどく重いものだった。



昼が過ぎて、空は夕暮れの赤に染まりゆく。

抗い難い睡眠欲に意識が揺さぶられていたが、猛烈な不安が胸中に溢れるせいで寝つきが悪い。

このまま気を失うように寝れた方が、いっそ楽なのだろう。

そんな危うい思考が過ぎり始める中で息を吐く。途端、チャイムが鳴り響いた。


………どうやら、来訪者が尋ねて来たらしい。


「――オルド、よかった。目覚めてたんだね」

玄関を開ければ、シェルアレンが佇んでいた。

久方振りに見れた顔は、多少窶れてるように伺える。きっと変わらず多忙なのだろうと、容易に想像ついた。


「目覚めて……一週間くらいかな?何度か連絡してたけど返事がないから、すごく心配してたよ」

「……一週間……」

ただ報告だというのに、宣告のように聞こえてしまう。

如何に己の時間感覚が鈍くなっているのだと突きつけられたものだから。

決まりが悪くなって、目を逸らした。


「体の調子はどう?【ルド】の医療班からは、容態は安定してるって聞いて――」

「そんなことはどうでもいい」

「え?」


ただ、オルドヌングはそこで互いに心配を向け合い、再会の喜びを享受しない。


「『     』を君は覚えてるか?」

会話を遮ったことでシェルアレンに困惑されたことも構わず、質問を行っていた。


「………えっと?何処のどなた、様?……アストリネ………でもなさそうだから、もしかして【ルド】に引っ越しして仲良くなった人類さんだったりします?」

問われたシェルアレンは首を傾げて困惑し、頭上に疑問符を浮かべてしまう。

「―――ッ!?オルド……!?」

その様子を見兼ねたオルドヌングは、シェルアレンの肩を乱暴に掴み睥睨した。


「違う!君ならば、君だからこそ知ってるはずだろう!?彼は君の双子の兄だ!君のことは………っ、大事にしてたかはわからない、けども!唯一の血縁者だった!」

オルドヌングは必死に捲し立てていく。

最も忘れるべきではない相手だと強く訴えて、問い詰めた。


「…………………えっ…と…」

だけど、シェルアレンは目を瞬かせて困惑するだけだ。

何故こうもオルドヌングが癇癪じみた言動に出るのか微塵も理解できず、眉間に深い皺を刻んでる。


「シェルアレン………!」

縋るようにもオルドヌングは名前を呼ぶ。焦燥感で声は掠れていた。


「――――ぅあああぁあ!」

しかし、其処で鼓膜を揺さぶる産声が差し込まれる。

翡翠瞳が開かれ、引きつけられるよう絶叫の元を振り返った。

何かしらが問題が生じてるのか、自然と泣き止む様子は見受けられない。


「ぁ、……ああ。本当に、ネルカルを引き取ってたんだね」

既に情報として掴んでいたことを暗喩するよう呟き、目を細めたシェルアレンが玄関を越えようとした。

それに対し、オルドヌングは慌てて腕を水平に伸ばし進行を遮り引き留める。


「いい。君は何も気にしないでくれ。これは俺の問題だ」

「でも……誰かの助けは、必要じゃないかな」

正統的な意見で道理を訴えるシェルアレンの進路を阻んだまま、オルドヌングは首を横に振った。


「………俺の責任だから」

『    』との記憶がない以上、尚更。

今のシェルアレンにオルドヌングの問題を背負わせるわけには、いかない。

そう明示するように視線を送れば、シェルアレンの微笑みが僅かに曇る。


「………あのね。君が……誰かに助けを求めるのは、とても下手だってわかってる。だから、これからは頑張り続けるんじゃなくて、誰かを頼ってほしいかな」

眉尻を下げつつも柔らかく微笑んで、シェルアレンは優しい声色で紡ぎ、伝えていた。


「自分のことを一番大事にしてあげてね」


そっと腫れ物に触れぬようにも気遣って。

以降の発言を行わず、シェルアレンが踵を返し立ち去っていく。


思わず、声をかけて留めそうになるが、己の立場を弁えるよう唇を噛んで堪える。


――差し出された優しさを払った以上、決して追ってはならないだろう。

己を優先しろという送られた言葉に従うように、泣き喚く赤子の声が響く中で玄関の扉を閉じ、施錠までしっかりと取り行った。



調べれば調べ上げるほど、アストリネの一族たちの粗は出続ける。

ハーヴァという生物兵器『リプラント』から生まれ出た特例を除いても、幾つかの『古烬』が編み出した兵器は六主やエファムが承認した上で保管されていた。


同時にオルドヌングの胸中に疑問が湧く。

ならば、これまでずっと兵器を壊すことへ確執し続けた己が間違えていたのではないか?

壊し続けることでシェルアレンの負荷と傷が軽くなるという考えは所詮子供の浅知恵で。妄執だった説も濃厚となる。


続けて思い詰めた。

『古烬』や兵器は悪だ。人類の平穏を壊す。アストリネの管理社会に不要な存在。

しかし、『古烬』は人類との違いは明確に見当たらず、兵器のどれもが何かしらの生物に沿ったものだった。


ならば己を始めにした『平定の狩者』は、壊さなくてもいい命を破壊し続けた暴虐者に等しいのではないか。

ハーヴァという事例のように、一部を材料として利用しようとする考えそのものが傲慢な残虐行為ではないか。


――これまでの活動でわ彼らの心が、微塵も感じられなかったとしても。命を壊したも同然だった。


「……それでも、……生きていたから……」

瞼を下ろせば、暗闇の代わりに映り出せる。

黒き太陽が堕ちたヤヌスの終焉を。

アストリネと『古烬』。何れがこの世界に於いて破壊分子だったのか。

堰が壊れてしまう寸前の心へ、突きつけるように。



――逢魔時を迎えた夜。

薄暗い部屋は乱雑に物が散らかっていた。

片付ける気力はなく、照明すら点けずにオルドヌングはソファーへ身を預けている。

塞ぎ込むようにも耳を己の翼で覆い、熟考を続けた。


ネルカルはようやく寝入ってる。今は、壁にかけた時計の秒針が進む音だけが唯一の環境音と言えた。


その満ちる静寂を破るように、HMTは受信を示す電子音が立つ。

青色のホログラムがスピーカー機構を展開し、内容を紡ぐ。


『ごきげんよう。イプシロン。十九代目アルデ――となる予定が決まりましたヴァイオラです』

ヴァイオラからの、音声メッセージだった。


『慣れない子育てに、ひどく参ってるとお聞きしました。私でよろしければ助力いたしましょう。相談がきっかけではありますが、私の個人的決定でもありますので、あしからず。貴方に拒否権はございません』

変わらぬ決定事項だからと叩きつける強引な申し出に、オルドヌングは押し黙る他ない。


『私は貴方より年上のお姉ちゃんですから』

突然おかしな理論を展開されたようなものだ。

年上だと言われても、数ヶ月前に生まれたくらいだろうに。

ただ今は声を発するのも無駄だとわかってるからこそ、心内で留めるだけで流そうとした。


『以降は助言です。良いですか、イプシロン。本当に大切なものを見失えば――』

オルドヌングは音声再生を強制的に終わらせるべく、己のHMTを壁へ投げつける。


音声が中断された後、項垂れるように俯く。深呼吸を繰り返すが何一つ落ち着かない。

今は耳障りな説教なんて微塵も聞きたくなかったのだ。


「……大切なものは、見失ってない。……俺はシェルアレンを守りたかった、だけなんだよ……」

何も変わらない、変わることはない想い。

だけどオルドヌングの思考はぐちゃぐちゃだ。

数々の情報と疑問がまだらな絵の具のように混在して、まとまらない。

シルファール討伐が果たされて、この世界は平和になった、それでいい享受すればいいはずなのに。

問題は解消されるどころかより悪くなっていないだろつか?

現に今、アストリネたちの思想と目論みと欲が混在し、平穏の歪みに直面してるのだから。


「部屋、汚れてるね。掃除しないの?」


重たい頭を上げて、オルドヌングは鈴音のような声の主を見た。

薄明においても恒星のように明瞭な姿を持つシェルアレンが、こちらを俯瞰する形で微笑み、眺めている。


「……そんな、気力もないんだよ」

「うん。わかってる。聞くほどではなかったかな。ごめんね」

「……唐突に来るのはやめてくれ。迷惑だ」


別に責めたいわけじゃない。

シェルアレンのことだ。きっとHMTでこちらに一報を入れて、返事がないから尋ねてきたはずだろう。

反応しなかったオルドヌング側に非がある。


しかし、シェルアレンは説明をすることない。


「わかってる。でも、すぐに居なくなるからさ。少しだけ話を聞いてもらってもいい?」

寧ろ下手に出て、懇願していた。


「………なに」

「明日、朝から【スワラン】で行う集会があるんだけど、絶対に来ないでほしい」

「は?」

「絶対に、来ないで」


首を横に振るその姿に、僅かに困惑を零す。

そんな真剣に言われなくても、オルドヌングは元より行く気は毛頭ない。

主催であるグラフィスの顔は見たくもない心境なのだから、呼ばれたって足を運ばないだろう。


「君は私にとって最後の家族。だから、来ないでほしい」


だけどシェルアレンは切願し続ける。夜空の瞳を瞠目させて、必死に縋り望むように。


「お願い、最後の我儘を聞いて。あとは全部、聞かなくていいから」

一生のお願いとして、頼み込んできた。


「……………」

それを、怪訝そうな顔で訝しむ。

流石にシェルアレンの心を読むべきではないかと思い立ち、目を眇めて異能を用いて踏み出そうとした。



[よしときな]



「――――――」

だけど、情報による暴力を与えてきたサージュの警告が脳裏によぎる。

もしもまた大きな負荷が己を襲うなら、今度は取り返しのつかない結果になる予感がしてならない。

瞠る瞳を揺らし、異能使用する寸前で押し留まって、オルドヌングは固く目を閉じる。

「……別に……」

気怠げに体を回し、逸らすようにも背を向けた。


「別に、君に言われなくても、向かう余裕もない」

「ほんと?なら、よかったぁ」

返事を受けたシェルアレンは手を叩いて、安堵の息を吐く。

一拍だけ、僅かな間を開けて。

「だったら、ひとまずは安心だね」

言葉通り心の底から懸念が解消されたような、そんな吐息を漏らす。


「――――よかった、本当に」

花が綻び、影に飲まれていく。そうあまりにも淡い満面の笑みを浮かべていた。


「それじゃあ、私はこれでお暇しますかね。……あ!休むにしても、ちゃんとベッドの上で眠るんだよ?」

だけど取り付く暇もない。シェルアレンは用件は済んだとばかりに切り替えて、軽快な足取りで退散していく。


億劫、だったので、オルドヌングは返事もせずに沈黙し続けた。


「おやすみ、オルド。良い夢を」


どうせこんなに冷淡な態度を受けても、シェルアレンは何も変わらない。

いつもの調子で別れの挨拶を送り去ってしまう。

だからオルドヌングは黙り込み続けて、ソファーの上で瞼を閉じていた。


ともかく、今は疲れた。疲れきってしまったのだ。

惰眠を貪る欲へ思考を傾かせ、静観して過ごす。

何が起きても明日に回せばいいだろう。


――そんな不確かなものを、信じきっていた。



【アダマスの悲劇】による動乱の勃発。


【スワラン】にてエファムの血族その本住地『アダマス』。

集会開催時に襲撃が発生。


以下、被害者。


二十五代目エファム――失踪

三十九代目グラフィス――消滅

十八代目アルデ――緊急医療室に運ばれたのちに消滅

四十一代目カフラ――消滅

その他多数。八十六名。


この大規模な被害が発生した事変を『アダマスの悲劇』と命名。


重要参考者となる二十五代目エファムの捜索依頼を廃棄し、【スワラン】の国境封鎖を正式決定。

四十代目グラフィスの手により粛々と後処理が進み、エファムに代わる象徴の代理役として人類への共有報告も実行されていく。


そして、ミカエラ=グラフィスが人々へ伝えた。


「これは、シルファールの信者であった哀れな『古烬』の生き残りが起こした悲劇だ。我々は進まねばならない。エファム無き世でも」


記録されるべき真実は、ただ一つであると示すように。



夜空は暗雲に満ちており、星々が見えない。ただ一つ、満月のみが天高く昇り続けている。


「……ん?」

自室にて読書中、サージュは視界の端に何かを捉えた。


手に取っていた書物を畳み、机の隅に置く。森側に配置された窓に向かい、素早く開錠した。

夜の森から流れる冷たき風が頬を撫でて、宵闇を想起させる黒髪をなびかせる。

乱れる黒の隙間から垣間見える黄金の双眸は、月が欠けるように細まった。


「………へぇ、そうしてミカエラの思惑()通り、飼い(負け)犬になってしまったというわけかい」


映すのは、枝に立ち止まる金色の鳥。

懐かしきその姿に、乱れた髪を手で掻き上げるように整えながら小馬鹿にするよう笑いあげた。


「微塵も同情できないな。君の始まりは『シェルアレンを守りたい』という忘己利他に等しい献身からなのに。それからブレたなら、失敗して当然さ」


容赦ない酷評を受けた鳥は何も語らない。目を細めていって、虚空の瞳で諦観するだけだ。

その虚脱した反応にサージュは手を広げ、浮かべた笑みの口角を深めていく。


「でも、折れて従順になった姿はめちゃくちゃ面白い。一応君の依頼……なんだっけ?受けてあげようじゃないか。――但し、条件変更する。吏史の引取先をミカエラでなく、君であることを望もうか」


サージュにどう言われても、イプシロンとして受諾するだけだ。

この場で応答しても何の意味がない。小馬鹿にされた怒りすら湧かなかった。

どうせ、H()M()T()()()()()()()()()()()()()()も納得して了承を下すことだろう。


もう、なんでもいい。

名誉も誇りも尊厳。世界の平和や生きてる者の未来なぞ、オルドヌングにはどうでもいい。

この目に映るのは醜悪な有象無象のみ。

グラフィスの計画で多くが消えて肉体が崩れようが、何も変わらないから。


――どうだって、よかった。


もう一度、シェルアレンに会えるのならば、それで構わない。

会って謝罪を済ませた後に、また笑って手を繋いでくれるのならば。


それが、取り戻せない過去へ縋る者が望む唯一の願い。

結局、何の助けにもなれなかった愚か者の、みっともない祈りだ。


そんな募る想いを心内へ抱えるよう、鳥は目を瞑る。

サージュは嫌悪感で顔を歪めて息を吐く。

「……あーあ。くっだらないなぁ。ほんと君って間違えてばかりじゃないか」

自身で選択できない弱者に辟易するよう、吐き捨てた。


「何のために生まれてきたの?生き続けてる意味はあるのかい?」



「そんなの、誰にもわからないだろ」

躊躇わずに答えた吏史はソファーの上で横になるオルドヌングに、優しく毛布をかけてくる。


「生きて証明する。これはオルドが教えてくれたじゃないか」

仄暗い部屋に映えるは異色の瞳。

青と黄色の夏空を想起させる双眸を瞬かせ、至極当然のように言ってのけた。


「それが正しいことだって、教えてくれたんだよな?」


違う。声に出さず胸中で否定する。

そこは、ただ、アストリネ(イプシロン)として。

上手く吏史を再起させて生かすために、口八丁に紡いだ出任せだ。

別に励ましだって、心の底で思った言葉ではない。利用するため。


「生まれてこなきゃよかったって思うよりもさ、どうきっちり生きて終わらせてみせるか。――そうだろ?」


――なのに。

吏史の言葉は身に響く。

代償は進み神経が摩耗して、最早かけられた毛布の温もりすら遠い筈だというのに。



[心から笑えるように、君らしく生きてこうね?]


冬枯れの心に一筋の陽光が差す。そんな暖かさが再び灯るよう、確かに。


◾️


「シェルアレン様からの大恩を捨てて、醜い我欲を貫くつもりなんだね。オルドヌング」


イプシロンは何も応えない。


「だからおまえは、―――――ッ!」

代わりに、声にならない悲鳴が罵倒したグラフィスから上がる。

刹那、グラフィスの左手と喉元を一閃で二箇所を斬り捨てたのだ。

彼女の喉元から横一線の傷が走り血が流れても、イプシロンは冷酷に睥睨し、足元に転がった腕を強く踏みつける。


「わかりきったように語るなよ。シェルアレンはきっと君のことを許さない。だから俺が代わりに大波を止めるしかないだろ」

低く、唸るように。己が行動の真意たる一端を紡ぐのだ。

「なる、っ、ほど。………っ、゛… !」

喉の再生を進める途中、次なる撃で胸部と肺を断たれたグラフィスは事態を理解する。


躾け、腐らせたはずの隼が、何かを起因にして息を吹き返らせたのかと。


「……っ、透羽、吏史の、影響かな……!お父様の言うとおり。やはり、情というのは、…っ、面倒で、厄介極まり、ない…!」


しかし再起の要因に気づこうが状況は変わらない。毒は継続的に苦痛を与えて蝕んでいる。

喘ぎ苦しむよう、グラフィスは何度も咳き込み吐血を繰り返す。


「遺言はそれでいいのか?」

冷淡に見下ろしたまま、イプシロンは背中を大きく切り捨てて[核]破壊行動を淡々と続けていく。


「大体、毒に耐えうる個体でもないだろう。そういうのも調べ尽くした上で、この策をとっている」

腕、肩を黙々と左右に斬り捨てた。

そうして顔を除き、上半身をあらかた網羅していく。

剣越しで手応えが感じられないため、そこにグラフィスの[核]がないことを悟る。


「……次は、足の付け根から検証するとしよう」

目を眇めて、宣言した。確実に消滅させるためにも暴虐を行うと。


「――――ガハッ!」

その執行が下される前、グラフィスは不意に痰が絡んだひどい咳をして血塊を吐き出した。


途端に、――――ピタリと。

あれだけ乱れたグラフィスの咳が、完全に止まる。

紅色に染まる唇も、歪んだ弧を描いていた。


訝しむ間もなく、イプシロンは瞬時にグラフィスの頭部を斬撃で斬り捨てる。

彼女を秘匿させる黒きヴェールは無惨に裂かれて、布切れとして床に落ちた。


(なんだ?今、斬れたのか?)

違和感を抱く。まるで、空を切ったように感覚がなかったと。

身体を回し体勢を整えつつ、更なる追撃を与えようと懐から短銃を取り出し銃口を突きつける。

「……!」

そこにあるのは目を疑う光景。イプシロンも冷徹を装えず、息を呑んで翡翠瞳は瞠目した。


「――だがな、オルドヌング。私を止めるのならば、ディーケを頼るべきだったんだ」


鷹揚に語るグラフィスの顔上部が、ない。あるのは切断面ではなく――――蠢く闇。

安易に暗雲というには筆舌し難い。

光を乱反射するという奇妙な黒き煙霧を漏らしていくグラフィスは、己もまた生命体であると証明するよう唇を動かす。


「最後まで、間違えてばかりだったな」


顕現や人体化とはまた異なる、常軌を逸脱した姿だ。

僅かに翡翠瞳を煌めかせて異能を発揮し、すぐに瞼を閉じる。

心理を読んで状況を理解した後に、銃と剣を改めて構え直す。


「間違いと偽りだらけな君には、何かを語る権利はない」


姓も異能もある意味で良く似た者同士として嫌悪と拒絶を示すよう、イプシロンは地面を蹴り上げて距離を詰めて引き金を弾き、刃を振り上げる。


「――だが、私は君をも許そう。幼き純粋な想いを胸にする弱き君を愛するとも」

飛んできた弾丸を、グラフィスは己の血という水で包み弾速を殺す。

白刃は軽やかな足取りで優美に避けていなしたグラフィスは嫋やかに微笑んで、手を差し出す。


「さぁ、おいで。波が満ち、壊れるまで踊ろうか」

イプシロンはすかさずその手を即座に斬り捨てて、敢えて遠くに蹴り飛ばす。


「ひとりで踊ってろ」

憤慨を孕む翡翠瞳で鋭く睥睨し、剣を振り回して血を払った。


ここまで読んでいただきありがとうございます。


一つ大切なおしらせとなりまして恐縮です。


私生活が多忙であるため、本作は本日の更新をもちまして【五月(GW頃)】まで一時休載とさせていただきます。


物語のクオリティ維持を行い、万全の体制で続きをお届けしたいので暫く準備期間としてお待ちくださいますと幸いです。


それではまた、五月にお会いしましょう。


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