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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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【天祈】

そうしてオルドヌングは沈黙したまま、シェルアレンの案内に従い、異郷を歩み続けていく。


結晶の森を越え、奥地にある洞窟を潜り抜ける。

声をかける機会は幾度かあれど、何も言わずにいた。


静寂を携えて辿り着いた場所は――草原のようだ。


ただ、そこも普通ではない。

太陽と月が昇る空や七色に煌めく森同様、語句で喩えられない光景が広がっている。


その草原は、余光を放つ銀色の植物で満ちていた。


「……これは、純銀の稲穂か?」

「そう。それっぽーい、植物みたいなものです」


近くで見れば正体を視認できる。

のびのびと育った銀色の稲穂めいたものだった。

それが微風になびけば、シャンと高く澄んだ鈴の音が鳴り響く。

穂先からは銀の粉が噴出して透明な風を彩り、宙に光塵を広げさせるのだ。

「ね。綺麗な光景でしょ?」

「ああ。…確かに、【スワラン】にも劣らない。悪くはない、けど……」

だが、オルドヌングは素直に魅入れない。

この原には銀の稲穂よりやたらと目立つ奇妙なものが幾つも散乱していたからだ。

「……この、羊毛みたいなものはなんだ……?」

楕円状に近い三メートル超の巨大な塊を前にして、困惑を溢す。


「この子が村ね」

「は?村?……子?」

「そう。この子、是非撫でてみてよ」

疑問符を浮かべられたシェルアレンは意に介さず、躊躇いなく塊へ近付き、お手本を見せるようにも軽く触れてみせた。


「こんな感じで、驚かせないようにそーっと、ね?そしたら顔出してくるから」

「か、顔を……?」

「そ。顔を出してくる。とても可愛いよ」


人差し指を口元に宛てがって微笑まれたが、オルドヌングには一から十まで発言が理解できない。

最早、醒めた困惑しかないわけだが――シェルアレンを悲しませまいと否定を決して紡がなかった。


敢えて返事を一旦置いて、深呼吸して気を宥めつつ冷静に思案する。

そもそもを考えた。この幻想郷じみた空間では常識の概念が覆されてると見なすべきだと。

己の無知を棚に上げて、シェルアレン独自の感性が変わってると断定するのは実に早計と言い聞かせる。


「わかった」

そう噛み砕いて判断したオルドヌングが意を決し、羊毛の塊に手を伸ばす。


しかし触れる直前、白き塊からは犬科と思わしい黒鼻が突き出てきた。

即座に大口開けたソレは、オルドヌングの革手袋ごと牙を突き立てるようにガブッと噛み付く。


「………は?」

幸い痛くはない。戯れるような甘噛み程度だ。

執拗に手を噛みつかれて離れてくれそうにないという些細な…否、大問題が起きてるだけで。

下手に振り払えないのもあり、手袋は唾液で湿り行き汚れていく一方だった。


「なあ。シェルアレン、流石にこれは。……困るんだが」

眉間に皺を寄せてシェルアレンに対処法を要求すれば、苦笑を浮かべられた。


「あ〜……よし、待っててね。悪戯っ子がすぎるから、すぐに払おう」

瞬間、シェルアレンは両手をパン!と合わせて、けたたましい破裂音を場に響かせる。


「あうぅっ!?」

その風船が思いっきり割れたような音に、ソレはひどく驚いたのだろう。

獣じみた悲鳴を上げつつ、革手袋から口を離す。

だが、ソレの動乱は収まらない。前足を掻くように羊毛の塊から飛び出してしまう。

拍子で狐じみた輪郭を晒すものの、即座に稲穂の中に隠れてしまったため、全貌は知れなかった。


「……………なんなんだ?」

汚れた手袋と飛び出してきたものが消えた先を交互に見つめて、オルドヌングは疑問符を浮かべてばかりだ。


「あの子も。多分……知性は高めなんだよね。こちらの言語を理解してるみたい。別の子ではあったけど……昔、私がお腹が空いて困ってたところにご飯を分けてもらえたこともあるからさ」

「……え?今なんて……」

聞き捨てならない情報を聞いたオルドヌングが僅かに口を開き、惚けながら尋ね返す。

「あー、いやさぁ」

それにシェルアレンはどこか慌てた様子で取り繕うよう微笑み、手を横に振った。

「ほら!私って、始祖エファムの再来〜とかよく言われるくらい容姿が始祖に酷似してるらしいでしょ?」

それ自体は大したことない過去のことだと、明るく振る舞い示す。


「それで、周囲にとても大事にされすぎちゃって。『人間が作ったものはお口に合わないでしょう』とか言われてさ。お皿の上に道端で咲いた花を並べられるとかがよくあって。超究極の自然飯しか出されなかったの」

説明するよう話しながら、シェルアレンは無意識に己の毛先を摘む。

銀河が広がるように燐光を放つ奇妙な髪裏を、左右に揺らしていた。

「――だから、まあ。ここにはよく来てお世話になってたよ。自分で融通が利くようになるまでは自給自足生活でしたから」

とうの昔に流したことだと笑い、摘んだ髪を離す。

「…………」

オルドヌングは全く何一つとして笑えない。沈黙したまま、目を据えていく。


親に実験体として売られた自分も相当なものだが、シェルアレンも大概だろう。

歪み切った理不尽を幼少期から押し付けられてたことにも等しい。


『それなら、君に分けて満たした方がずっといいよ』

なのに、何故。自身が恵まれてると真逆の評価を行い、分け合うことを選んだのだろう。

紐解けない疑念を始めに周囲への不快感が胸中に去来して、蟠りを生んでしまう。


「なぁ、シェルアレン――」


その相半ばする心を薙ぐように、風が巻き起こった。

何事かと目を細めて風元に顔を向ければ、それが羽毛で覆われたような巨大な白翅を広げたことで発生したものだと気づく。

「…………蝶?」

「多分?どちらかというと、蚕に近いかもね」

――白き羊毛の塊の正体は、蚕に近しい存在だったらしい。

繭の代わりに外皮に羊毛じみたものを纏い、その内では育児嚢のように白や黒を基調とした動物たちを包んでいたのだ。

それは、先の狼めいたものだけでない。栗鼠を始めにした小動物たちまで身を丸めて眠っている。

変わった点と言えば、体格輪郭こそは動物と同じに見えるが、通常の体毛には決してないであろう幾何学的な紋様が刻まれてることだ。

白ならば青、黒ならば赤。それぞれの基調に合わせて色が異なる点も含めて奇妙な生物と言えるだろう。

――ただ、問題はそこにない。

翅を広げた蚕が警戒心を高めていたのだ。身を戦慄かせて、頭の触覚を立たせるほどまでに。

「…っ」

もはや見てわかる。蚕がいつ暴走してもおかしくないと。

この場は異能で鎮めようと決めたオルドヌングが翡翠瞳を煌めかせたが、発揮するよりも先に、シェルアレンが片腕を伸ばして制した。

「大丈夫」

首を横に振って異能を使わぬよう指示した上で、蚕へ向き直る。


「こんばんは。『種子』を起こしちゃってごめん。でも、大丈夫。私たちは貴女に害を成すつもりはないよ」

申し訳なさそうに眉尻を下げつつ、胸元に手を宛てがった後に深々とお辞儀を行う。


蚕の警戒自体はすぐに解かれない。羽ばたきと身慄いを繰り返してる。

だから、シェルアレンは頭を下げ続けた。敵意がないと示すために、お辞儀したまま不動の姿勢を貫く。


「………………」

数十秒以上過ぎてから、漸く蚕はシェルアレンたちに敵意がないと理解したのだろう。

立てた触覚や翅を畳んで降ろしていき、緩慢な動作で己の身を包み直す。


そうして星屑の草原に、純白の塊が一つ戻っていた。


「…………。これが、此処の住民?君がいう村なのか?」

鎮静化したことにオルドヌングが息を吐き、流し目でシェルアレンを見つめながら改まった質問を行う。

「うん。そうそう」

お辞儀から姿勢を正したシェルアレンが微笑み、首肯した。

「揺籠とか繭っていうのも変かなーって。敢えて村って呼んでみてる。この子達を『種子』と名付けてたのは、ビルダとティアだけど。……意味はいくら聞いても教えてくれなかったかな」


肩を竦めて残念がっている。

それは諦めてはいたが、どうしても知れなかったことを後悔してるような反応を示すようだ。

横顔を眺めていたオルドヌングが呟く。


「………そんなに知りたかったら、俺が心を覗いて探ろうか」

その申し出を受けたシェルアレンは、即座に顔を横に振った。


「ううん、いいよ。寧ろ使わないで。だって君、異能の代償が重いでしょ?………体の神経が少しずつおかしくなってるって聞いた」

「――――」

息を呑んだオルドヌングが溢れんばかりに目を瞠る。

シェルアレンは徐に首を傾けて、視線が合った途端に苦笑を浮かべていた。


「……知って、いたのか」

「うん。怪我もしてないのに病院行ってる回数も多いから気になって。それ、話してくれればよかったのに」

「………話しても、無駄に………心配かけるだけだろ」

「無駄じゃないよ。心配させてほしいかな。頼ってくれないのも、すごく寂しいし」


当然のように詰められて、オルドヌングはバツ悪そうに目を逸らして息を吐く。


こればかりは隠してても仕方なかった。同じアストリネなら、知られてるものだ。


六主のように元素に関わる力でない限り、強力な異能には代償が付き纏う。

『焼却』を持つカミュールは病弱短命であるように。

『心理』を持つ己もまた、味覚を始めに少しずつ全身の感覚が遠のいている。

――いつかは心無くした人形と成り果てると、予期させるように。


「俺は、いいんだ。もう受け入れた。そう簡単に壊れないよう気をつけてもぃ…―――」

だけどそれは無用の心配だと伝えようとする最中、ふと、オルドヌングはあることに気づいてしまい、瞠目する。


「なあ。もしかして……シェルアレンにも代償があるのか?」

咄嗟に尋ねた。

このように受ける代償を察して詰めるのだから、シェルアレンも持つ可能性が高いのではないかと。

下手をすると己よりも強力な分、より重い代償を背負ってる可能性も否めない。


「まさか、俺以上に酷い代償なんじゃ……」

途端にシェルアレンの夜空を彷彿とさせる紺色瞳が伏せられていく。

空が暗雲で澱むように双眸に翳りが生まれていた。


「――あるけど。ある意味最悪で、酷い代償だよ」

ポツリと初雫が落ちるような言の葉が紡がれる。


「異能を使うたびに汚す。環境を悪くする。毒性の強い細菌繁殖で草木が腐り、酸性雨で大地は枯れて、汚染された油が湧き出て棲まう生物まで死滅させるんだよ」

「………それ、は……」

内容を聞いて、息を呑んだ。

それは区が終わるどころの話ではない。星を壊すも同然の重き代償と言える。


絶句しかけてどう返すべきかに悩み、眉間に深い皺が走らせてしまうオルドヌングに、シェルアレンが頷く。


「そう。本当に酷いでしょ?しかも生物や人に迷惑をかけるだけに止まらない。こうして汚染された土地まで作るから、カフラが浄化対応に追われて……彼女の命まで削ってしまうんだよね」


軽い調子ではあるが、語るシェルアレンはどこか苦しげだ。口元こそは笑えているが微笑みで取り繕えず、眉は歪み始めてる。


「けど。すごく強力なのはそうだから。皆、私に期待して任せるんだ。代償で多くの命が絶えても構わないって……私の意は何も通らない。それもまた始祖の系譜としての責なのかもね」

どれだけ嫌に思っても逃げられず、結局己の最悪な異能と向き合わなくてはならなかったと、低く呟いた。


そんな重き吐露に反応したのだろうか。

蚕の体毛の隙間が動いたと思えば、子猫の形をした『種子』が這い出てくる。

「んみぃ」

黒猫の形をしたそれは、小さく一声鳴く。まるで、挨拶するようだった。

「………」

それにシェルアレンが淡く微笑んで、膝を曲げて屈み手を伸ばす。

指先で触れて、小さな頭から喉を優しく撫でていく。


「私、生きてる人たちや生き物が好きなんだ。綺麗に輝いてるから、守りたいなぁって思ってる」


慈しみを込めて、猫の輪郭をなぞる。手の動きは甘やかで優しいものだ。


「だけど、それは傲慢な想いだよね。結局異能を使ってしまって地域汚染をし続けてるんだから。そう思うならせめて使わないように活動するしかなかった。……それくらいしか、できなかったんだよ。酷い傷を受けても――咎として割り切って」

不意に黒猫を撫でていた指の動きが、唐突に止まる。


「その傷を君に見られたのは、一生の失態かも」

大きな欠伸を漏らした黒猫は動かぬシェルアレンの指から離れゆく。

身じろぐような動作で、蚕の中という暖かな場所へ潜り直していた。


「余計な心配をかけさせて、巻き込んじゃった。痛いのはもう嫌だっただろうに」

シェルアレンは悲壮感を込めて語るのだ。

この黒猫とは違う。もうオルドヌングは暖かな場所に戻れないと。


「私のせいで平穏の道を閉ざされたも、同然」

他ならぬ己が、アストリネとして傷を負わせる道へと進ませてしまった。

平穏に包まれた優しい揺籠には帰れないだろう。


「――自由に生きててほしいなら、無理に引き取らずに人の道を歩ませるべきだったんだ」


長年心内に秘めた独白を語りきった後、シェルアレンは伸脚し、立ち上がる。

ゆっくりとオルドヌングの方を向いて、首を傾けた。


「…………話を、変えて申し訳ないんだけど。質問してもいい?」

夜空の双眸を細めながらに問われたオルドヌングが、無言で頷く。


「ビルダ爺の質問で、どうして『私のために』って言わなかったの?」

質問の意図をすぐに察せれた。

シェルアレンは真意を求めて疑問を投げていない。

咄嗟に言い留めた対処した責任転嫁、その許諾を与えようとしている。


「責くらい私に押し付けて良かったのに。全然、背負えたよ?何もかも私のせいにすれば、君の心の負担は軽くなる。――そう言わなかったのは、なぜ?」

異能は必要ない、簡単に意を汲み取れていく。本当にそうすれば良かった程度にしか思っていない。

それもまた汚染を招く異能を持った、己への罰と見做してるのだろう。

代償が己に降りかからないから、誰よりも恵まれたアストリネだと考えて背負うべき責を増やそうとする。

――そんな、複雑で仄暗い真意を。

オルドヌングはようやく理解して、確信した。


この想いは何も変わることはない。


「……絶対に君のせいにしない」

否定と共に、銀色の突風が舞い上がり、白銀と金糸とそれぞれの髪をなびかせる。

先の吐露に応えるよう、オルドヌングも目を細めて唇を開き、秘めた想いを明かしていく。


「君を守りたい。そこから全部始めたんだ、後悔してないよ」

何もかも、自分で決めたことだと。


あの冬の夜。

どうして傷つくのかと嘆き、そうせざるを得ない状況に置かれてる世の流れや周囲の無関心さに憤怒した。

だからこれまでの全てが自分の選択で得た痛みで、ひとつの誇りだったのだ。

瞼を閉じて息を吐き切るように、しかと紡ぐ。


「シェルアレンが生きてくれてたら、それでいい」


吐露し切った後に息を吸い込む。

徐に、雲一つない空に昇る眩い満月を見上げていた。


「―――っは、はは!……ねぇ。自覚、ある?今の発言、すごかったよ?」

噴き出すような笑い声を聞き、すぐに元であるシェルアレンの方に向き直る。

口元を手で抑えて笑っていた。


「あーあ。なんかすっごく複雑。いつの間にそんなに口が達者になったんですかね」

なんて、一頻り笑った後、顔を隠し逸らすように背を向けていく。


蚕たちを避けるように草原の中心へ足早に向かい、純銀の稲穂が薄い場所に踏み入れる。

衝撃で銀粉は広がり、竜胆めいた花が天に向けて咲き、一拍経たずに散っていく。

まるで開花と散花という輪廻を紡ぐようだった。


「……色々言いたいことも話したいことも沢山あったはずなのに、今ので一気に解決させられちゃった気分だ」


そのように呟きながらシェルアレンは草原の中心に立ち、向き直るように振り返る。

「―――でも、ありがとう。すごく嬉しかった。これから先、前向きになれそう。私でも、ちゃんと生きててもいいんだって」

太陽と月の下、白銀髪が風に揺らぎ、流星のように波打たせて微笑む姿は異郷によく似合う。

正に瀟洒という喩えが相応しい。


「――なぁ、シェルアレン。全部終わったらでいい。俺と旅に出よう」

だから、これは無意識の呟きだ。

オルドヌングは反射的に紡いでいた。


「え?」

「……俺も、君が大事にしてるものを大切にする。そうして守り切って、異能も使わなくてもいいくらい平穏になったら旅を始めよう……だから、」

我儘を紡いでる自覚はあれど、声を止めない。

湯水のように溢れていく衝動に身を任せるように、懸命に声帯を動かし、紡ぎ続ける。


銀河を渡る眩い流星へ、この願いが届いてほしいと切に祈るように。


「だから、俺と同じ夢を、望んでくれないか」


いつ、己が終わってもいいと思うことがないよう、自身が平穏に生きて幸せになることも許せるように。

淡く遠いやもしれぬ願望を、手向けた。


「――――――」

願いを聞いたシェルアレンが目を瞬かせる。

紺色瞳が動揺に揺れるものの、込み上げる何かを堪えるように唇を噛む。

数秒が過ぎて、ついぞ返事が紡がれるように薄く口が開かれる。


だけどシェルアレンが起こすのは言葉ではなく、行動だった。

思い切るようにも地面を蹴り、稲穂の銀を散らす。

そのように跳び立って、オルドヌングの前で軽やかに着地しては両手を掴んでいた。


「こういう時は相手に近付いてさ。手を握っていいんだよ。変なところで慎重で臆病なんだ?」

指摘された内容に、オルドヌングは面映そうに目を伏せる。

目を逸らしてしまうものの、掴まれた手は振り払わずにいた。


「……慣れて、ないんだよ。そもそもこの先も、接触が必要だと……思わなかった」

「んー……そうだね。オルドが慣れてたら世の中の女の子が大変そう。ある意味で知らない方が、いいのかもね」

「ならいい。不要のものだな」

「えー?それ。いざ好きな子ができて、口説けないと困りません?」

「要らない。恋仲の終着点は家族だろ。必要とする家族なら、もう目の前に居る。―――それで、返事は?」


おちょくるような対話を区切り、真っ直ぐに夜空の双眸を見返してオルドヌングが解を求める。


「シェルアレン。答えてくれ」


名を呼んで、決して手放すまいと想いを込めるよう強く掴む。

シェルアレンは目元を緩めて、微笑みを深めては頷いた。


「うん、いいよ。――いつか一緒に、遠い旅に出よう」


快諾した後、不意に降りる瞼で掛かる影が色濃く掛かる。まるで夜空に暗雲が立ちこむように。


「………………ありがとう」

違和感を感じつつも、この場では礼を紡ぐだけに留めた。オルドヌングは決してその心を読み取らない。

ここで異能を用いて深層を覗くのは無粋だろう。若き心でも理解できた。

同じ夢を見てくれると答えてくれたのだから、それで十分だ。


それに己は、これから背負うべき咎に向き合わねばならない。


――明日すぐにでも、心を壊して手を汚す。

終幕に繋げて、この夢へを結ぶために。



サージュの書斎は、大量の資料で溢れかえっていた。

紙束の山に支配されたような雑然とした部屋だ。

過ごすにしても決して快適な場所とはいえない。


ただ、どれもが大事な資料であるため、整理整頓を行う時は機械に任せずサージュ自身が取り行っている。


机を埋め尽くす紙束を前にして、HMTを横に置く。

素早く操作して通話へと繋ぎ、整理対象となる資料を捲り始めていた。


『――え?はい。四十一代目カフラで……ぇ、え?……急になんですか?』

「どうもどうも。いやぁ、どうしてもカップル……の話がしたくってさ。関係はなんか…家族に近いんだけど。そいつらの関係、メチャクチャにするにはどうすればいいと思う?」

『ハァ?!ダメですよ!何を言ってるんですか!そういう所がラミナさんに嫌われてるんですよ!?』

「ラミナは関係なくない?」


対話の片手間に整頓を進めていけば、一枚の論文が目に映り、そのまま広げていた。


〈石英の大樹。――名をビルダ〉

〈薄氷の細氷。――名をティア〉


書かれてるのは過去の歴史。記録者たるマハマタルが色鉛筆を用いて記された資料。

――真偽不明として秘匿処分されたものだ。


『本当にやめてくださいね?それは絶対に素晴らしく尊い関係なんですよ。だって、その方達は辛いことも苦しいこともお互いのためなら何でも越えられるんですから』

「んー……まあ現に君も、そうだもんねぇ?爆弾型の兵器抱え込んで海に身投げしたんだっけ」


ククっと喉を鳴らしてカフラを揶揄う反面、黄金の瞳は侮蔑を秘めた刃のように資料を睥睨する。

雑に放り投げて、不要と分別する箱へと送り出した。


『あれは、その。とにかく必死で……彼が危ないとわかったから、守られてばかりのボクがどうにか……。限界見えたなら、ボクが頑張らないといけないじゃないですか』

「ふーん?そういうものなんだ?疲れた時は疲れたで、適度に休んだらいいのに」

『もう!みんな、サージュさんみたいに簡単に休んで甘えられたら苦労しませんよ!沢山頑張って相手を幸せにして、自分も幸せになりたいものなんです!』


彼女の必死な発言の後、サージュが備える異能『観測』が始まり、黄金の瞳が先を読み取るようにも煌めいた。


「……ふむふむ。つまり、近くにいるからこそ互いを想い合う。必死に頑張って幸せにしようとする。……と、いうことかな?」

理解するように頷くサージュに、通話先のカフラは多少間を開けて押し黙ってしまう。


『……え、ええ。見解自体はおっしゃった通り…ですけど。……なんかサージュさんがいうと碌でもないことに聞こえてきますね。何か企んでません?というか今、異能使いませんでした?』

「……あー。使ってないかも〜?」

『使いましたね。最低です。これでカップルの不幸を招こうものなら、ボクが執念でアナタを破滅に追い込みますからね』

「あ。断定するんだ。やだなぁ、決めつけじゃん」


笑いながら資料の分別作業を終えたサージュは紙束を一気に袋に入れて、不要分を廃棄する。


「大抵の奴が君のように僕のことを勘違いしてくるけどさ、僕は僕のためにしか異能を使わないよ?」

そうして広くなった机に灰色の箱を置いて、中にしまっていた青色に灯る水晶を取り出す。

原理不明の発光物を机に転がし、眺めていく。


「常に最高の結果を求めて、最善を尽くす。この異能の正しい使い方さ」

どこからか現出したのかも不明な物質を弄ぶ。

この世ではないことが確かで、鉱床らしき場所も断定できないもの。

『この世にない幻想がある』という仮説を現実にする――奇跡の極上品だ。


「そしてこの僕の夢が叶った時に、全てがサージュ=ヴァイスハイトを天才だと崇め奉るだろう」

呟いて水晶を指で摘み、レンズのように天井を越して眺めていた。


『あの。キメ顔は、ご勝手にどうぞ。………ただ、どれだけカッコつけても、アナタがシェルアレンさんの悪質なストーカーであることと妻子持ちという最悪な肩書きがついてますからね?自覚はあります?』

「それはそれ。これはこれ」

『デザートは別腹みたいな返しはやめてください!』


カフラの憤慨が酷くなってくるのを他所に、サージュは顎に手をあてがい、思考する。

こうして自身にはない感性の持ち主と話すことで、無事最速の『観測』異能を発揮し最適解の分析を行うという目的が済んだ。

「……となれば、もう通話はいいか。そんじゃーね、カフラ。『   』によろしく。身重な身体なのに相手してくれてありがとう。それじゃあ、お大事に〜」

『え?!ちょっと!急に呼び出して唐突に終わるんですか?!………もう!覚えててください!絶対仕返しして――』


問答無用で通話を切る。

臨月状態でも元気なのはいいことだと頷いて、サージュはHMTを懐にしまう。


「――さて、と。珍しいね。君から僕の元に尋ねてくるなんて」


そんなサージュの背後には影が伸びていた。

忍び寄るよう音もなく現れた者の気配を感知したよう瞼を閉じて、口角を吊り上げる。


「どうしたんだい?こんな夜更けに。急ぎの要件でないなら明日にしてくれると嬉しいかなぁ」

いつもなら敢えて猫撫で声で煽るが、生憎今宵はそんな気分ではない。

常識を説き、あくまで正しさは己にあるよう振る舞うのだ。


「サージュ。数年前に提示していた[核]干渉強化と改造案について……正式に承認する」

来訪者たるシェルアレンはそれを気にしない。能面めいた無表情のまま、粛々と紡ぎ続ける。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。進化して異能『承認』の適応範囲を広げれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

これはずっと前から起こしていたこと。

()()を求めて改造に付き合ってきたが、全てを許可するまでは踏み切れず、長い間停滞していた案件だ。

「それを実行するために、ここで全ての承認を下す」

――これは信頼できない相手に心臓を渡すという自殺行為にも等しい。

だから、ずっと、シェルアレンは躊躇っていた。

欺瞞と誠実の間をずっと歩き、巧妙に裏をかく男を許して良いのかと。


だけど、今はいつかの夢を抱いてしまったからこそ、不信を呑み込めてしまう。

疑念と確率を超えた先に得られるものの価値の方が、強く感じてるのだ。


「たとえば、イプシロン。彼の心理操作も私が使用可能になる。その上で卿の次元転移術を用いれるのなら……長年難航していたシルファールの場所特定まで時間を要さない」

それにサージュは手が早い。元より、ずっとシェルアレンの本承認だけを欲していた。

許せば、即座に実験を施していく。きっと()()()()()時間を要するはない。

「……かつてお前が言った通り、これは平和のために必要なこと」

確信を持った上で、シェルアレンは胸元に手を宛てがい前を見据えた。


「賭ける価値も十分にある。……私を()()へと進化させてほしい」


決断した想いをしかと聞き届けたサージュは、摘んでいた青色の水晶を机に転がす。

床を蹴って椅子ごと身を回し、照明の無い部屋の壁際――宵闇に佇んでもなお余光を放つ白銀髪に、黄金瞳を歪ませた。


「任せてよ。君という芸術品を必ず完成させてあげる」


楽しげに言ってのける悍ましき言葉に、シェルアレンは苦々しく顔を歪める。

肺まで詰まり切った嫌悪感に耐えかねるよう、吐き捨てた。


「とっととやれ、気色悪い」

「はーい。仰せのままにぃ」


黄金の双眸で三日月を浮かべるように、サージュは不敵に笑んだ。




【陽黒によるヤヌス崩壊まで 残り2日】


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