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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
58/63

【天雷】


【スワラン】の冬は長い。

白き太陽が中天へ登ろうとも積もる雪は溶けることはなく、氷点下の雪景色が広がり続ける。


その氷土に建つエファムの屋敷に住まうオルドヌングは、窓に向かって鉛のように重い息を吐く。

吐息に含む水分で硝子が結露を起こし、窓は直ぐに白く濁っていた。

その曇りを睨みつけて手で乱暴に拭い、再び露わにされる純白の地平線を薄目で据える。


結局――

オルドヌングは闘技場にて多くの兵士たちを倒し力を証明して見せたが、今はこうして屋敷内で過ごしてる。

戦場に立てる理由へ繋げられなかったのだ。


『お前のおかげでローレオンの助力を得られるから、この先はある程度楽にはなる』

そのように『   』には感謝はされている。だから決して無駄ではないのだろうが、釈然とはしない。

強くなろうと決意した理由は、シェルアレンの隣に立つためだ。誰も守らないのだから、己が守ろうとしたというのに。


「アストリネじゃないと、視覚すら無いってのかよ…」


オルドヌングが卑屈に思うのも当然だろう。

何せ、何も変わることはなかった。

白き凍土に建つ邸に取り残されており、重い剣を握らず小さなペンを持つ。

そうしていつ活用するかも分からない知識ばかりを蓄え続けてる日々を過ごすのだから。


「……どうしたら、並べるんだ…」

しかし例え無理だと突きつけられても、簡単に諦めきれない。

そんな焦燥感に満ちた独り言を記録するように。

チャリ、と羽根を模した黄金の耳飾り――通信型機械HMTは僅かに揺れていた。


「オルドヌング」

思考に耽ってる中、不意に名を呼ばれる。

反射的に翻れば、いつの間にか背後には『    』が数メートルほど離れた距離で佇んでいた。

暗雲に満ちた冬空に相反した快晴の夏空を想起させる蒼の双眸を真っ直ぐに据えていたが、やがて顎を引く動作でオルドヌングを招く。


「来い。お前に渡すもんがある――色々な」



『門』を用いて転移を行い、『    』がオルドヌングを案内した場所は、【ルド】の第二区『ホークス』、工業施設だった。

中でも人気のない場所に移動し、鋼鉄のシャッターが降りたガレージの前に立つ。

HMTを用いた認証式開放を『   』は行わず、己の片腕一つのみで封されたシャッターを強引に開けていく。


「……なんでHMTを使わないんだよ?」

力技に物を言わせずとも、簡単に開ける筈だろうに。鍵を持ってるのに、無理に封を壊すような対応に等しい。

怪訝な表情を浮かべて首を傾げれば、『    』は無言でオルドヌングに手を伸ばす。

何をするかと身を強張らせれば、金色羽を模した耳飾り――HMTを取り外してきた。

「っちょ、!?」

慌てて手を伸ばすが、身長差で届くことはない。


「後で返す」

そう一言で制され、奪われた耳飾りが玉虫色の小箱に詰められて蓋を掛けられてしまう。

そのまま『    』は小箱を外に放り投げていた。

「………雑に扱いすぎだろ」

「こんくらいでいいんだよ。すぐ直せる代物なんだから」

直すのは自分ではないだろうに。

非難を込めて苦い顔を浮かべたが、以降の発言は行わない。

どうせ流されてしまうと諦念を含めたため息を吐き、オルドヌングは『   』の後に続いてガレージの中へ進み行く。


そうすれば開けられたシャッターが自然と降り、やがてガシャンと封鎖音が響いていた。

通信手段であるHMTはない。今やこの場は照明もない閉鎖空間にも等しい状況だろう。

だけど『    』には夜目が効いてるのだろうか。

薄暗い空間内でも的確に物を見つけ掴み、それを手にした上でオルドヌングに近づいた。


「なあ、覚えてるか。あの夜、俺には野望があるって話しただろ?」

不意に掛けられた質問に、オルドヌングは硬い面持ちで首肯する。

「うん。覚えてるよ」

「……そうか。なら、話が早い」

記憶が鮮明なら申し分ないと判断したのだろう。肩を上下するよう深呼吸して膝をつく。

平らに据えた碧眼は、暗所に映えている。

「だから、ここで明かす。俺の目的はシルファールの打破……兵器の撲滅――だけじゃない」

まるで己の存在を誇示するようにも、熾烈に煌めくのだ。


「俺はアストリネが敷く管理社会体制の終焉を目指してる」


オルドヌングが息を呑み、身をすくませる。

「……『   』は、崩壊を……望んでるってことか?」

だが、恐怖を抱き狂気の思想と判断するには軽率だと、辛うじて判断したオルドヌングは下手に騒がない。

臆することなく『    』へ意を尋ねれば、ククッと喉を鳴らすように笑い声を溢された。


「やっぱお前、普通のガキじゃねえわ。サージュも言ってたが、早熟がすぎる。……いや、()()、か」

何か意味ありげな発言を溢した後、『    』は手にしていた工品をオルドヌングに投げ渡すのだ。


「え?っ、なん……これは?」

――それは、幼い子供には見合わない。武骨かつ重圧な印象を持つ白銀製の脚甲だ。

「お前の武器だ、受け取っておけ。俺らがエファムというコネを全面に生かして……サージュも働かせた。完全にお前用として作りあげてる」

「は?武器?……これが?」

脚甲を掴み、大きく円を描くように回してみる。

そのように乱暴に扱って頭上に疑問符を浮かべるオルドヌングを注意することなく、『    』は頷いた。

「そうだ。俺たちで用意した、お前のための武器。これで戦え。沢山物を内包できるしサイズも勝手に調整されるらしい。……原理はまぁ、聞いてもわからんかったからそこは端折るが」


この脚甲自体が条理を覆す代物なのだが、『   』もオルドヌングも揃って科学的知識に乏しいため、興味関心を持つことはない。

「とにかくこれは俺専用で使える…ってことなんだよな?」

武器は実利がなければ、意味がないという考えが強いのもある。

だから、詳細説明されなくても問題ない様子で尋ね返すだけだ。


「ああ、そうだ。活用していけよ」

「…………うん」

そのように淡々と『    』が告げ、オルドヌングは頷き、脚甲を見つめ直す。


黙って強く抱え込むことで、金属の質量がかかり鋭い冷気を感じたが、先まで心に残っていた惨めな陰鬱な気持ちが、一気に晴れていた。


「……………その、ありがとう」

「ん?ありがとう?」

「え。あ、ありがとう、ございます……」


復唱して慌てて敬語に直すオルドヌングに、『   』がハッと口を開けて笑い飛ばす。

「いやいや、何良い子にお礼言ってんだ?そこは『何企んでるんだ』って疑っとけよ。先のお前の指摘、崩壊望んでんのは間違いないわけだし?」

指摘を受けたオルドヌングは、思い出したように目を瞠り身を強張らせて『    』を見る。

脚甲を抱きしめる力を強めて、一歩下がった。


「でも、これも明かしておくわ。俺がそうしたい理由の一つは――『古烬』の為なんだよ」


度し難い理由の明示を受けたオルドヌングは口を開けて固まってしまうが、『   』は徐に立ち上がる。


「そもそも『古烬』とは何か?お前は知ってるか。まあ、多分知ってないよな?」

「…ぁ、……いや、知ってる。サージュさんにそこはちゃんと教えてもらってる。………俺や、…ヴァイオラを実験台にした、奴等で。兵器を沢山造り出して……世を乱してる悪い奴、なんだろ?」

「世間的にはそう。一部のシルファール一派が起こした事実でもある。………だけど、全員がそうじゃねえって話だ」


それは広まった一般的知識だと『    』が否定を紡ぐ。

淡々と、機械的に。それがどうしようもない事実だと突きつけていく。


「――いいか。『古烬』は、アストリネが人類に指定してる“基準”を超えただけの()()なんだよ」


彼等もまた、守られるはずの人類。そう、毅然とした態度で明言した。

「は?人、間………?」

俄か信じがたい不信と戸惑いで揺れ、オルドヌングが一歩後方に退く。

しかし、すぐに気をも強く持ち直し噛み付くようにも眉間に皺を寄せ、身を乗り出し口を開けた。

「いや、もし……そうなら、おかしいだろ…!アストリネたちや兵士が……守るべき人間を片付けてるってことになる!」

「そうなるな?敢えて、淘汰すべき外来種のように区分表記することで処分が進んでる。そうするメリットがアストリネ側にあるんだよ」

「はぁ?!……メリット?!…っいったいなんの目的で!?」

動揺で焦燥感をむき出しにし始めたオルドヌングに向ける碧眼は、鋭く細まっていた。


「強い人類が生まれることを避けるため。理由は、アストリネ管理社会を安泰にしたいからだ。……己が絶対的高位種族であるという古臭い考えから生まれてんだろうよ」


俄、信じがたい。

だが、オルドヌングにはそれが嘘ではないと直感的にわかっていた。

――何せ嘘をつく悪い者は目を見ればわかる。墨に染まるように濁り、醜悪さすら醸し出すものだ。


しかし『   』の碧眼は、この薄暗い部屋に呑まれることなく煌めている。


「本当に優秀な奴が無用だって、馬鹿どものクソ安いプライドで片されてるんだ。そんな話を認められるか」


やがて、黒骨めいた手甲を纏う手を天に掲げるように上げられ、強く拳を握られた。


「だから、シルファールだけじゃなくて、今の社会ごと壊す必要があるんだよ。――奴等が異能に誇示してるなら……異能で変える」

目には目を。歯には歯を。

異能を持てば管理者という天に立つ原理ならばこそ、異能を持って天を制するべきだろうと。

『   』は力強く過激な主張を続けていく。


「数も、増えすぎたからな。エファムの権利を使っての平和的解決は望めない。何せ二十四代目エファムが平和的改革に失敗したしな。……俺は自分の力を以て、成し遂げてみせるさ」

語りゆく際に、動機となった先代の無念を思い出したのだろうか。

細められた碧眼には、青空に暗雲が立ちこむように影が滲んでいた。


「手始めに騒動を起こしたシルファールと兵器を破壊する。裏で奴等に協力して兵器に手をつけ始めたアストリネを一斉粛清だ。次に、関与した姓に連なる血縁を一掃し、人類に事の真相を全て明かす。不信による暴動は抑えきれずにアストリネによる統治管理社会が終わるだろうが、――それでいい」

『   』は目を閉じて息を吐き、ゆっくりと瞼を開く。

「俺は弱者の都合で強者が搾取されるこの構造(連鎖)を止める。世界に必要なのは――優れた強者だ。歪んだ今を、正す」

既に心は定まった決して変わることはない、彼の真。

実に生まれ持っての強者である『   』らしい方針だと、オルドヌングは身を強張らせる中で思い、生唾ごと緊張感を呑んだ。


「………。それが、『    』がエファムだから知れた真実で……」

「知って、悩んで、時間掛けても成し遂げると決めた野望だ。……こうして腹割って打ち明かしたのは、シェルアレンとカフラと……お前で“三人目”か」


三人目、という意味深な発言を経て。

オルドヌングの脳裏には月めいた黄金の双眸と黒猫を彷彿とさせる、小憎たらしい笑みが過ぎる。


「……サージュさんは、このことを知らないのか?」

『平定の狩者』に加入しているそいつの名前を戸惑いながら尋ねれば、『    』は肩をすくめて否定的に首を横に振っていた。


「ああ。彼奴には何も話してない。どうせ死んでも俺に協力しねえよ。あいつ、自分が認めた美しいものとやらのためにしか全力出せないし」

「?………シェルアレンの為なら、進んで協力しそうだけど」

これまで散々粘着してる姿を見てきたのだ。きっと話せば勝手に協力するだろうと尋ねても、『    』は苦い顔を浮かべてる。


「………いーや、しないね。昔馴染みとして断言する。あいつが動く根本的な理由は全部、四十九代目カミュールのためだ」

ただ、サージュはその姓を冠する者の為に在るのだと見解が示された。

「は?」

オルドヌングが惚けた声を上げて、パチパチと目を何度も瞬かせる。


「……じゃあ……。なんだよ。それだと、サージュさんは想う相手が居るのに好きでもないシェルアレンに対してやたら粘着してる変なやつ……ってことに……」

「そういうことだが?」

「え。好きでもない相手に、毎日いの一番に挨拶をして、等身大純金像まで贈るのものなのか……?」

「それはな。奴がシェルアレンが嫌がることに対して余念がないからだ」


数々の質問を終えた後、オルドヌングは口を開けたまま絶句した。

正直、野心(真意)を聞いた時よりも動揺と困惑が生まれたのだ。

サージュ=ヴァイスハイトを紐解く式は、無理に振られた重力場の方程式よりも難解な気がしてならない。


「気になるんなら後で四十九代目カミュールにも会わせてやるよ。【ルド】に在住してるし、そいつもお前の顔を見たがってたしな。……それはまあ置いといて、話を戻すが」


閑話休題。話題を切り替えるようにまた空気に緊張感が走っていく。


「オルドヌング」

名前を呼ばれながら、『   』の手が肩に置かれる。

黒い鉄塊めいた重さと吸熱される感覚が、心臓を直接握られたような錯覚を与えてた。


「今、俺は、お前に武器を渡して最終目的を明かした」


オルドヌングは無意識に生唾を飲み込んで、降り落ちる言葉を受け続ける。


「お前はどうする?意思を聞かせろ。同調できないならそれでもいい」


――『    』が、こちらに信頼を寄せて仲間に引き入れようとしてるのは、辛うじて伝わる。


そこは喜ぶべきことだろう、普通ならば。

望んでいたことだと受けるべきやもしれない。

しかし、どうにも、素直に受け入れられず払えない疑問が脳裏によぎる。


〔――だいじょうぶ、すぐ治るから〕

酷い傷を受けても笑うシェルアレンの凄惨で鮮明な姿が、警鐘のように思い起こされるのだ。


「………オルドヌング?」

瞳孔ごと揺らす中、『   』から案じるような声を落とされる。

オルドヌングは瞼を強く瞑り、ゆっくりと開く。

瞬きを繰り返す碧眼を真っ直ぐ見返した。


「……………ひとつ、教えてほしい」

震える声で搾り出す。

小骨のように喉に引っ掛かり、決して飲み込めない想いを吐き出した。


「シェルアレンは、どうなるんだ?」


彼の中では、弱き者だった。強者とは、扱って無かっただろう。

「捨てるつもりなのか?」

もしそうならば、許容できない。

何せオルドヌングはこれまで鍛錬の数々も頑張って来れた理由は、シェルアレンにある。

少しでも受ける痛みがなくなって助かればいいと望んで行ってきたのだ。


「もし、『   』が望む世界の先で、シェルアレンを不要と切り捨てるつもりなら。いらない」

改めて、決して全面的に賛同できない思想だと突きつけるように拒絶を示し、抱えていた脚甲を肩に置かれた腕に押し付けた。


「……………」

『    』は僅かの間、目を伏せる。

しかし、沈黙は数秒と続かない。前を向いた後にオルドヌングの手を掴み、押し返す。

「なっ?!…くっ…!」

力の差は歴然だ。オルドヌングが顔を歪めて抵抗しようとしても、呆気なく押し返される。


「――っ、ぅ、わ…?!」

そのまま胸元を掴まれて、強引に押し倒される形で仰向けで床に伸されてしまった。


「先も言ったが賛同はしなくてもいい。そこまで求めてない。けど、逃げるな。この武器を使ってお前も兵器と戦え。これが望んだことだろオルドヌング。――シェルアレンはお前が救え」

見下ろす碧眼は平らに据わり、黒骨纏う拳は肺を圧迫するほど重く押し付けられる。

目を眇めて呻くオルドヌングが身動いだが、敷かれた拘束から抜け出せそうにない。


「俺が目指す新たな秩序に、あいつの居場所はない」


残酷な断頭台の白刃めいた剣呑さを宿す目が煌めき、鷹揚にして語る。

その言葉は嘘ではないと。


「だからお前が引き取ってくれよ。要らねえんだ」

視線を含めて、何もかもが鋭利な刃そのものだ。

正面から突きつけられたオルドヌングの背筋は凍り、身慄いを覚えてしまうほどに。


――しかし、決してそこで萎縮して怯むことはしない。


勇気を振り絞り恐怖を払うよう、息を詰めて脚に力を込め、跳ね上がる要領で風を斬る速度の蹴りを放つ。

『    』は寸前で首を傾けることで直撃を避けていたが、掠めていた頬の皮膚が擦れて赤らんだ。


「………っ!要らないって……それでも、家族……兄貴、なのかよ……っ!」

傷を付けた罪悪感がオルドヌングに湧くことはない。

平然と身内を捨てると宣った者への激情が収まらないまま、二撃目を放とうと脚を回す。


「――っぐ!っが…!」

しかし先手は打たれてしまう。

オルドヌングの身は『   』に楽々と持ち上げられて、床に叩きつけられた。

衝撃は全身に重く響き、拍子で白銀の脚甲はオルドヌングの手から離れてしまい、遠くの壁まで転がっていた。


「………兄貴……だからだ」

『    』は低く唸る。威圧を惜しみなく曝け出して吐き捨てる。


「俺が強いエファムだからそうするんだよ。()()()()()方を、もう要らねえって処分するより………この方がまだ、数倍マシだろうが」


その冷徹な発言は、オルドヌングに荒波めいた激情を湧き立たせて奮起させるには十分すぎるものだ。

「………っ!」

眉が、憤怒に吊り上がった。

即座に全身の力を込め、黒骨纏う腕を両手で掴む。

「………爪、割れるぞ」

淡々と『    』から忠告が下されるが、そんなもの承知の上だった。

何度も執拗に爪を立てる。あっけなく割れて、赤い血が流れていく。

だけど、オルドヌングは『   』への抵抗をやめない。

「訂正、しろ…!シェル、アレンは……!不要じゃない…!」

決して不要な存在ではないと噛み付くように主張した。


瞼を閉じなくてもオルドヌングは鮮明に思い出せるのだ。


雪が降積する冷たき鋼鉄の実験場。

そこは照明はなく宵闇のように暗い。

中から群れて現れるのは数々の影で、与えてくるのは終わりが見えない苦痛という、ある種の地獄のような場所だった。


そこへ流れ星のように降り立ち全てを光で薙ぎ払い、暗き夜から連れ出してくれた白銀(シェルアレン)が不要になるわけがない。


この先もずっと、必要だ。少なくともオルドヌングにとっては代わりなき、変え難い存在なのだ。


「自分の、立場を良くするためにっ、家族ごと破壊を選んだ、っ、その…考えの、…ほうが…!」

しかし『   』の抑圧は強靭にして不動。いくら訴えても撤回は愚か、考えを変えないという明示がされているようだ。

だがオルドヌングは抵抗を諦めることはない。


「壊して、めちゃくちゃにして、捨てる事を選んだことが………」

ぐぐもった声を紡ぐ唇を強く噛んで、歯を食いしばる。翡翠瞳が瞠り、暗闇にて鮮烈に煌めく。


「――その方が、おかしいだろっ!!」

腕に掛けられた手を離し、渾身の力を込めてオルドヌングは両腕を振り上げた。


それ自体は本能的とも言える感情動作でしかなかったが――オルドヌングの身体にかかっていた、とある解除を兼ねる行為に繋がる。


ガキン!と金属同士が激しくぶつかり合う音が、薄闇の空間に響く。

音速を超えた衝突で衝撃波は生まれ、圧力という風が広がりそれぞれの前髪がなびいていた。


「な、……ぁ……?!」

オルドヌングが驚愕する。

己の手が相手の首元にまで届いたこと。――手が、扇のように広がる金羽の翼と変化したことに。


「これはエファム。いいや、『平定の狩者』全員が知ってることだが……」

己の首元を本体たる黒鎧を顕し、翼による衝撃を完全に防いだ『    』が冷静に語る。


「アストリネはな、“感情が昂ると本体が露出する”。……俺が人体化が下手なのは、常々この世に対して怒ってる所以かもしれねぇな」

その語りは、よく聞き取れなかった。何せ、オルドヌングは目の前の現象が信じられない。

これはどうしたって、人ではない。しかし己の意思に合わせて鳥の翼は、風切り羽は動く。

異形でしかない両腕が己のものだと理解させられて、ただただ、絶句するばかりだ。

「…っ、……ぁ……」

身を震わせて首を横に振り煌めく瞳を揺らし続けるオルドヌングを、『   』が見下ろす。


「わかるか、オルドヌング。お前は人間じゃない。アストリネの一族なんだよ。搾取される側の奴ってことさ」

静謐な蒼穹を彷彿とさせる碧眼が惑う小鳥を映し続けながら、ゆっくりと瞼が降りて伏せていく。


「この歪んだ搾取が続くなら、お前も破壊を厭わなくなる時が来る。――いつか必ず、確実に」


そうして、遠い未来の確信を預言を下していた。



白を基調とした部屋には、無機質で乾いた電子音のみが立つ。


少ない家具の一つである卓上は資料の山が築かれていた。

その山々に囲まれる形で座するサージュは、己の前に展開する浅葱色の電子版を鋭く睨む。


「……………………なぁーる、ほどねぇー」

耳に装着したカナル型の機械を取り外し、白衣のポケットに戻してつぶやいた。

「あいつ。こそこそとHMTの通信を遮断する頻度を増やしてると思ってたけど……僕に内緒でそんな目的を決めて進んでたわけか……」

神妙な顔を浮かべる口元を手で拭い、両肩を竦めて長い息を吐く。

「うっざ」

キャスター付きの椅子に背もたれてから地面を蹴り、何度も回転をし続けた。

「これまで散々、僕に手助けされておいて肝心なところは内緒にされるのも癪だなぁ。……一番のムカつきポイントは、このサージュ=ヴァイスハイトを知ったような口の聞き方だけど」

眉は歪み、平らへ据わる瞳の視線が横に泳ぐ。

不快を現した表情のまま椅子回転を続け、眩暈を生じさせることなく延々と思案に耽っていく。


「……んー。いや、まあ理解してなくても当然か。あの鉄腕ゴリラは大好きなカフラ以外、割と何も見えてないし。それがまた都合いいからなんともまぁ、なんだよねぇ……」

不快を得たのが確かである中で、サージュは“もしも”を熟考した。

数秒。集中する事で自然と脳内にて択が明示される。


これからサージュにできることは二つ。

①誤解だと真摯に打ち明かして和解を得る。

②侮辱されたと応酬を与え、目的を打ち砕く。


「いいや、そのどちらでもない。目的を把握しただけで十分。干渉はしないでおこう」

第三の選択肢――放置。

選択を下すと同時にサージュが片足で床を踏み、椅子を回す行為自体をやめていた。


「……これから先も兵器を壊し尽くす都合のいい掃除屋でいて欲しいからね」

少し乱れた黒髪を摘むように手直して、薄笑を浮かべる。

隙間から覗く金の双眸が、熾烈なまでに煌めいた。


「――さてさて!気を切り替えないと。今日は本命作業だぞぉ〜!かなりの数の兵器が潰れて世界の許容量が増えてるんだから、承認されてる範囲で構築していかないと」

不快な顔から一心するよう満面の笑みへと切り替えて、軽く蹴ってキャスターを床に滑走させるように移動する。

そうすることで即座に電子画面前に戻れたサージュは、画面に向けて手を伸ばす。


【――[核]接続(コンタクト)完了】

【DNA、分子構成基盤を開示】

数多くの画面が同時展開されたが、それにサージュが迷い混乱することはない。

両手を使い同時操作調整をこなしていく。


手始めに行うは、安定性の確認。時間経過による変化の記録と保存。

「分子干渉力を向上した弊害で再生力が弱体化したのは予想外だったな。…いや、でも。そうだ、ハーヴァ……あれがいい。アレは再生力に於いては最高峰だ」


段階を踏まえた上で、特異体質による法則性の抽出。細胞への基本コードの変換。

【確認・ハーヴァの再生機能を複製し対象の[核]へ上書き反映しますか?】

画面に提示された内容を読み解くことなく、指先は無用で承認へと動く。


【Error!機能反映するまでの容量が不足しております!】

――しかし、実行は果たされなかった。

鋭い舌打ちがサージュから溢れ出ており、行儀なんて気にせず足を組む。


「……ふむ。ハーヴァ自身が容量を食ってるのか?……いや、『リプラント』そのものが重いと判断すべきだな……」

問題には気付けたが、現時点それを破壊するは軽率だ。

永続エネルギーというのはサージュから見ても魅力的なもの。『エンブリオ』やHMTの一般普及に繋げるため、必要不可欠な存在だ。


「だけどいずれは処分すべきだな。……ちゃんと図っておくか。そもそも人体化可能期間も残り十九年な筈、慌てなくてもいい」


その点について注目すべき情報もある。

今代の間陀邏がハーヴァに依存気味だということだ。小鴨の親子めいた形で、離れず共に過ごしてるらしい。

「……なら……」

サージュは自身の口元を手で覆い、何かを思いついたように目を細めてはククッと喉を鳴らす。


「利用しちゃお」

どれだけ長引いても残り十九年。それは絶対的だ。

自由になれるひとときの手段を与えたエファムたちによる推測と、サージュの計算に狂いはない。

元よりハーヴァもいずれ来る終わりを受け入れた上で、アストリネとしての道を進んでる。


だけど、間陀邏は終わらせまいと執心するはずだろう。


アストリネは[核]を持つ前は人だからだ。

ある程度の情緒を持たねば[核]継承の儀式も成り立たない性質もある以上、アストリネは例外なく、総じて心と情が付きまとう種族と呼べる。


「だから僕らは民草と同じ。強固な意志が備わっていなければ都合の悪い真実を直視できず、嘘を一縷の希望として縋り付く。枯れる寸前の数滴の水は……さぞかし甘美なことだろうねぇ」

さすれば自ずと手を伸ばし求めて続けるだろう。

何を差し出すことも厭わずに必死に首を垂れて、間陀邏は積極的に協力を行う筈だ。


多感で幼稚な心ほど都合のいい優しい嘘に縋り、盲信する。


「――うんうん。やっぱり、僕は馬鹿な子が好きだなぁ」

このくらい顧みずに行動できる無知を相手するのが、サージュとしても楽なものだ。

そう改めて咀嚼するようにも首肯して、指を動かす。


【『リプラント』の消滅を条件として自動更新予定機能を保存します】

一先ず、ここは保留処置を下した。

実行までに相当時間を要してしまうのは明白だ。それまでに本体が壊れぬよう保護と対策を行う必要がある。

サージュは組んだ手を天に突き出して、大きく背伸びで姿勢を正す。


「さて、と。始めますか、保険」


そのまま、容量不足と指摘されないようにできる限りの対策を施していく。


主に強化するのは緊急時に於ける対策だ。


アストリネの要となる[核]の硬質化。

衝撃を受けた際は三時間ほど金剛石並みの強度になるよう、本能のリソースを定義する。

弾丸を始めにした落下による破損事故を未然に防ぐために必要な機能だ。


【警告・痛覚神経の異常】

感覚を失う可能性があると明示されたが、サージュは躊躇いなく実行を押した。


そして次に状況対応力の強化。

危機的状況に必要なのは判断力。数や情に揺れることなく、より良き結果に繋がる選択ができるように前頭葉の回転率を最適化する。

老いた者より若き者を選ぶ。しかし損失した場合の経済被害が大きい場合は技術力を優先し、それを定義つけるにあたり自身の存命を絶対的に取る思考を持つように。

この設定で本体は生き残りつつ、世に必要な人材の確保は可能となるはずだ。


【警告・感情機能の低下】

適切な判断を下せる代わりに情が希薄になるだろうと暗示されたがサージュは無視して指を弾き、実行を済ませた。


最後。

これは、初めから付けるべきと決めている。

毎日コードを見直して、一つも誤りがないかを見直していたものだ。


それがようやく、仮とはいえ試作段階まで完成した。


「全ての異能は承認制…超常現象や力には許容量があり、存在するに辺り限界がある」

譫言のように呟きながら、笑みを深める。


「何かを進化(アップデート)させるには、現界してるものを破壊して星の容量を軽くする必要がある」

その真理を経て、サージュは大きな可能性を見出した。それが全ての始まりだ。


だからこそ、この機能は、いずれ世界をも変えるに相応しい画期的な機能だと自負できる。


【Error!!!】


案の定、予測通り。

容量不足だと提示されてしまうがサージュは気にすることない。

口角を深めつつ、自動機能更新に至るための条件を打ち込んでいく。


指定された条件を読み込んだ操作盤は、浅葱色から真紅に色を染め上げて、忌避を示し突きつけた。


【危険・倫理基盤の崩壊】

三日月めいた笑みを崩す事なく、僅かな苛立ちを込めるよう低く呟いた。


「とっととやれ」

警告を一蹴してから実行を下し、直ぐに操作面から基本設定へと切り替えて早急に組み替える。


『サージュ=ヴァイスハイトがシェルアレンの[核]の機能更新操作する際、警告文を提示しない』

今後一切煩わしい機能が発動しないようにした後、息を吐いた。


「まったく。何も間違えてないのに逐一警告されても面倒なもんだよ。……プロトコル設計を間違えたかな?」

その点に於いてどうすべきかをサージュは理解している。認識コードの制作が必要だろうと。

だから、今後は機能更新の進捗を見直しつつ、より利便性の高い機械開発に勤しむのも悪くないものだと噛み締めるように頷いた。


「……ま。やってこうかな。改革に挑み、世を創り上げるのがヴァイスハイトの真髄だからねぇ」

そして創り上げていく新たな設計図へ想いを馳せるよう、サージュは緩やかに煌めく目を瞑る。


「ああ、楽しみだ。――早く見てみたいなぁ、全て揃い完成した“未来”を」

やがて、密室空間には軽快なハミングが流れ始めていた。


そんな軽やかなリズムを聞いたものがおり、ぷすっと黒鼻を鳴らして呼応を示す。

四足歩行の前足を動かして、床を引っ掻く爪音を立たせてからサージュの足元へ身を寄せた。


「ん?……ああ。なんだ、君か」


疑問符を浮かべたサージュが視認するのは、白く長い獣尾を左右に揺らし見上げる白狐である。


冷たく払うことはせず、寧ろ慣れた様子で手を伸ばし、頭を撫でる。

狐は口呼吸ながら目を細めて触れ合いに喜ぶのだ。


「はいはい。()()()()、ご飯は我慢ねぇ。さっき食べたでしょ?」




【アダマスの悲劇まで 残り5年】



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