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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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【天啓】

パンッと両手を合わせて、軽快な音が場に跳ねた。


「さて!これから君がこの家に住まうにあたり、絶対的に紹介しておくべき存在をここでお教えします」


木製の椅子に座り込むゼギルが目を瞬かせる中で、シェルアレンは合わせた手を開きながらひとりの大男――白金髪碧眼の男性を示す。


「じゃーん。この仏頂面のデカ男さんはね、私の双子の……兄。そう、お兄さん。『    』=エファム」

黒骨で覆われた手甲が印象的な大男の名を告げて、シェルアレンは紹介を行った。

だが、それから会話が発展することはなく。沈黙が降りいく。


ゼギルは何も答えない。

雄弁に語ることなく瞬きを繰り返すだけ。無の反応を極めていた。

満ち行く空気の重さにシェルアレンは少し気まずそうに眉を顰める。


「えー…っと。怖くないよ?四肢が重装備なやばい見た目だけど、これは単に人体化が下手くそなだけで……」

「おい。なんだその紹介は。俺を馬鹿にしてるとしか思えんぞ」

「まあまあ〜このくらいは茶化されてよ。この子に親しみを感じさせないと、でしょ?」


気に触る言動を咎めるようにも据わり切った碧眼の視線がシェルアレンを突き刺すが、当人はケラケラと口を開けて笑い流していた。


「…………ふたご……?」

「あ。そこは興味示してくれるんだ。ふたごってのはね、同じ日に仲良く生まれた家族ってこと。そっくりさんなのもあるけど、私たちのようにあんまり似てなかったりすることもあるの」

鸚鵡返しのような発言に、丁重な説明を施されたゼギルは何度も目を瞬かせる。

「………ふたご…そっくり……?」

そう呟きながら改めて、ゼギルは双子のアストリネたちを見上げた。


シェルアレンは柔らかな印象がある人形のようで線が細い端正な顔立ちだ。『    』は冷たい印象を受ける彫刻のようで精悍な顔立ちだ。

相違する印象を始めに髪色、瞳の明暗、体格。総合ベクトル的には正反対と言える。

しかし対極的な位置にあれど、揃って芸術品のように整った顔立ちだと印象を抱くことだろう。

…が、幼いゼギルにそんな美観的思考があるわけもない。


「なかは、おなじ」

だから瞳の中に映るものをそのまま、ゼギルは紡いだ。

「でも、くじゃくとゴリラみたい」

同時に自身が知る動物で喩えてもいた。


「ッング!…クッ……ッ…ブフゥッ!」

その発言を受けたシェルアレンは咄嗟に口元を抑えて俯くが、堪え切れない。

噴き出して肩を小刻みに揺らすその頭を『    』が無言で引っ叩く。

子供の純な感想を笑うべきではないと叱りつける意味が二割。ゴリラと言われて大変面白くない不愉快な思いの八つ当たりが八割である。


「――孔雀だぁ?いやいやシエルは極楽鳥と喩えるべきなんだよ。最も美しい鳥に喩えな?孔雀とか安直すぎ。っはー……これだから受動的で自ら動けない子供はダメだね。語彙は愚か、感性も欠ける……」

そして、突然前触れなくひょっこりと窓から顔を出し、文句を紡ぐのはサージュ=ヴァイスハイト。


世の利便性を上げた文明開化を起こした実績がある、三代目ヴァイスハイトである。


「何お前サラッと普通に四階の窓から顔出してんの?」

「え?そろそろお休みの時間だからねぇ、シエルにおやすみを言いにきたんだよ」

『    』が送る冷静なツッコミに、さも当然のような調子で首を左右に振りつつ答えるが一から十まで異常しかない。


「いい?ゼギル。あれは不審者。見かけ次第では顔に向けて塩を撒くんだよ」

そっと塩が詰まる箱をシェルアレンから手渡されたゼギルだが、受け取るだけだ。

特に何も言えずに抱え込むだけである。


「………は?ってか。本当に拾ったんだ、そのガキ。既に噂になってて嘘だと思いたかったのにさぁ」

そんなゼギルを見るや否や、サージュは呆れた息と共に肩をすくめた。


「さっさと孤児院に入れてれば良かったじゃん。絶対後々面倒になるよ?―――なんでディーケの血縁を引き取ったのさ」


否定的にも告げられたシェルアレンは、浮かべた笑顔を僅かに強張らせてしまうのだ。



――結論から述べると、ゼギルは戸籍がない子供にされていた。


あの後『古烬』の施設を完全に破壊したシェルアレンは、二人の被害者を連れて帰還したのだ。

その一人たる幼女――ヴァイオラは、捜索依頼自体が出されていたのもあり、早々に十八代目アルデに身柄を引き取られる。

後日、被害者としての証言も取り行う約束も果たしたのだから、平和的な事件解決へ進んだと言えるだろう。


――だが、ゼギルの方はそうもいかなかった。

サージュが調査の元で割り出した父親と思わしい四十五代目ディーケの回答は、実に冷酷極めていたのだから。


「ゼギル?うちの息子はセレドだよ。戸籍にもそのように登録されてるはずだ」


これが、ゼギルを引き取って貰おうと赴いたシェルアレンが宣われたこと言葉である。


「っはは。そんな顔もできるんだな、エファム様は」


やたら嫌味ったらしく絡むディーケを無視し、シェルアレンは紺色の瞳を瞬かせて、隣に座する六歳と思わしい褐色肌の少年を足先まで視認する。


四十五代目ディーケが持つのは金髪に翡翠色だが、少年の外見は真反対。紺碧髪に珊瑚色の双眸だ。


「……直球的に言うね。息子さんと全然似てない。奥方もおひとりかつ白珠のような肌色だったはず。これってもしかして、エファムとして軽蔑するべき場面ですか?」

「っと……まさかまさか。いやぁ其処を覚えてるとはな。始祖の再来たるエファム様が、我々に興味を持つとは予想外だ」

「そこは間違いじゃない大丈夫ちゃんと興味がないよ」


早口で紡ぎ手を突き出して首を横に振り、明確に拒絶を示した後でシェルアレンは微笑んだ。


「でもさ、覚えてる云々はここでは全然関係なくて。……わかる?あなた随分とエファムたる私にやらかしてるよ。目は感情を現すから、嘘をつけないのに」


目は口より物語る。そんな諺こそ存在するが、シェルアレンの場合は見方自体が異なるのだと人差し指を己の目元に置いて呟く。


「私は『承認』の異能を持つ。相手の名を知ってるなら、否定を始めになんでもできるに等しい。真偽も目で見れば判断できるんだ。――だから、私に嘘は通じないよ。()()()()()()()()

チッと鋭い舌打ちが顔を歪めた四十五代目ディーケから漏れる。取り繕うなんてことはせず、不機嫌を隠さずに組んでいた腕を解いていく。


「……っんとーに、面倒で可愛げのないエファム様だな、あぁ?シェルアレン様よぉ。黙ってりゃあ完璧な美人なんだ、誰もが惹かれる美しさすらある。偶像崇拝として愛嬌ってもんを身につけることをオススメしてやるよ」

「んー、マナーに欠けた人に愛嬌の指摘をされる日が来るとは思わなかったかなぁ」

「口の減らねえガキが……」


堂々と不躾かつ横柄に、机上に曲げた足を叩くように乗せては気怠げな表情で後頭部に手を回す。

「………まあ、余談は置いといてやる。一旦ここではっきりさせておこうや」

苛立ちを飲み込んで、気を切り替えるよう口角を吊り上げた。


「四十六代目ディーケに相応しいのは、セレドだ」

その確信は、ディーケの欲求を満たすのだろう。

見出した才の高揚を包みかけすことなく、笑みは悪どくいやらしく歪んでる。


「セレドなら確実に“継承”にも耐えられる。最強のディーケになる。わかるか?簡単に『古烬』程度に連れ去られて売られるような弱者なんざ要らんってことよ」

剥き出しの本性を晒されつつもシェルアレンは細めた目元を僅かに痙攣させるだけに留め、己の激情を抑制させていた。


「セレドならディーケが求めた境地にも立てる筈だ。それでいい。だから、ソレは不要になった名すらないガキだ、面倒だと思うんなら孤児院辺りにでも引き渡してくれ」

そんなシェルアレンの抑えをディーケはある種の許容と捉えたのだろう。意を汲み取ることはせず、懐から葉巻を取り出して咥えて着火させる。

深く息を吸い込めば赤色の燃焼部が広がっていく。後に、シェルアレンに向けて白煙を吹きかけた。


「ただな、一つだけ聞かせてくれよ。売ったガキはまだ顔は潰れてなくて……母親似に育ってるか?だったら、使い道がある。引き取ってやってもいいぞ」


喉を鳴らして嘲る発言を皮切りに、シェルアレンの心内で沸々と溜まっていた不快感の堰が決壊する。

微笑みこそ崩れなかったが、目許だけは鋭さを帯びていた。

「おいおいどうしたぁ?そこはいい子に黙ってないでちゃんと教えてくれ……よ、ぉ?!」

突然、ディーケの身がひっくり返される。

それは、シェルアレンが彼の顎に激突するよう机を蹴り上げたためだ。

――即座に椅子ごと身を引いたセレドは、派手な転倒に巻き込まれることはない。

「っ、だぁ!」

ディーケはひとり情けなく、椅子ごと床に横転し、仰向けに倒れてしまう。

拍子で、後頭部を強打した。走る強い痛みに頭部を手で抑えて幼虫のように丸まっていく。

再生力があるといえども苦痛は残るから仕方ない。――とはいえ、それは強さを追い求める六主の一とは思えぬほど無様な姿だった。


「ディーケは強さを第一にしてるんだよね?……だったら、こうした不意打ちくらい対処できてほしいかな」

嫌味を含めつつも普段通りの声調で告げたシェルアレンが立ち上がる。当然、ディーケに手を差し出す施しはしない。


「そっちの目的なんて別になんでもいいけど、とにかくあの子は私が引き取るから。その辺はご心配なく」

「……っ、……はぁ?!」

正気を疑われるような荒声が上がる。しかし、シェルアレンは意に返さずに部屋を後にした。

「ちょ、待て…………おい!」

ディーケは慌てて身体を起こす。

ガタンと椅子が床を叩く音を場に響かせた。


「おい待て!何、勝手なことを…!」

「え?いいことでしょ?だって、あなたが見捨てたとはいえ“始祖の再来様”が引取先になるんだもの。これ以上ない名誉……違うのかな?」

白銀髪をなびかせながらシェルアレンは振り返る。その合間から覗くのは、鋭く据わった夜空の瞳だ。

ディーケとの身長差は歴然で体格差だって明白だが、シェルアレンは臆さない。

侮蔑を含む鋭い眼光で、ディーケの心臓を突き刺すように見据えるだけだ。

「……………あ、…………っと」

肩を掴もうとしたディーケの手は行先を見失い、下ろしてしまう。――否、下ろす以外の選択肢が許されなかった。

「子ども、売り飛ばしたことや職権乱用して戸籍を勝手に弄ったことは黙っててあげる。でもあの子への干渉は禁止。触れることも、この私が一切許さない」

何故なら立場的にも二十五代目エファムであるシェルアレンの方が格上だ。

『承認』の異能含めて、完全に反感を買うのは得策ではない。アストリネならば逆らえない存在なのだ。


「二度と、あの子に関わらないでね」

不意に険しい表情を解き、一変してにっこりと微笑むシェルアレンに、ディーケは顔を大きく歪めて見届ける他なかった。


「……」

それを、セレドは黙って見上げる。

彼は何も語ることはない。しかし、アストリネの異なる有り様はしかと記憶に刻んだように、ゆっくりと目を伏せていた。



――それが数日前に起きた出来事だ。

後は怒涛の勢い。必要な引き取り手続きが正式に受理され、ゼギルを自宅に迎え入れた冒頭へと繋がるわけである。


そして改めて何故、ディーケの血を引き取ったのかという理由をサージュに問われたシェルアレンは、目を細めて首を傾けた。

「んー……なんだか、愛着湧いたんだよね」

ゼギルへ近付き、満面の笑顔を浮かべて肩に手を置く。

「それに、下手に放っておくよりもこっちの方が平和そうでしたから」

後に、長い溜息が流れた。

「……お前なぁ、子どもは犬や猫じゃねーんだぞ。そいつの意思だって確認してねぇわけだし…」

決定自体は未だ納得してない。そう言いたげな様子を隠さず、『   』が堅い面持ちでゼギルに近づく。

目の前で屈む。巨体による威圧感は凄まじい。ゼギルの肩は大きく揺れて、身を硬直させてしまった。


「『   』、怖がってるからゴリラ抑えて」

「は?ゴリラ抑えるってなんだよ。常にドラミングでもしてるように見えんのか俺が」

「してる。…ような見た目だよ?何もしてなくても圧があるんだから柔らかく笑……あっやっぱりいいです。無茶言ってほんとにごめん」

「おう。この世には向き不向きがあるからな。……んで、お前」


顎をくい、とあげるような仕草と共に、改めて『   』は意を尋ねる。

「此処に居るのは自分の意思なのかよ。孤児院に行くんなら、今のうちだぞ」

ずい、と顔を近づけて詰問するようにも問いかけていた。

「行きたいのならそう言え。言わなきゃ、そのまま流されるだけだ」

『   』は全長二メートルに近い大男だ。屈んでいようが幼子には威圧感しか与えない。

しかしその自覚は薄いため、距離間は詰められたままだ。

「おい、どうした?早く言え。…いいか、俺たちと居れば自ずとアストリネの道に行くんだよ。人とアストリネ、どちらが良い?自分の人生だ。今すぐここでお前が決めろ」

解を発するまで解放しないという尋問に等しい。

「……っ、…………!」

だからゼギルは、まるで毛を逆立て怯える猫のように瞳孔ごと見開き硬直してしまっていた。

「…………」

シェルアレンが笑んだまま、身を乗り出す。

「痛っ」

先ずは硬すぎる『    』の頭を引っ叩く。

何か言いたげに視線を寄越す碧眼を無視して、ゼギルから距離を取るよう広すぎる肩を強めに押した。


「は?」

「は?じゃない。威圧しないで抑えてってば。それに難しいことばかり言わないで」

「あぁ?別に難しい話じゃねーだろが。六歳なんだろこいつ。そん時のお前は…」

「条件が違う。この子は二歳半ばから実験施設育ち。何年も過ごさせられてた。産まれてすぐ知識をバンバン与えられて過度な教育させられていた私たちとは、全然違うよ」

逆に知識から離されてしまい、遮断された。ビルダ語の読み書きだって危ういのだと遠回しに伝えられ、『    』は目を開き、気まずそうに頭を掻く。


「……其処を早く言え」

「というかさぁ。四時間七分四十二秒前にシエルがちゃんとその旨纏めてメッセージで送ったんだけど、それを見てなかったの?」

「そこ、秒刻み監視報告発言しないでくれる?気持ち悪いから」


さも当然のように告げたサージュによるシェルアレンの真っ当な感想暴言はともかく。

言われてすぐに『    』は己の耳飾りに手を伸ばす。シンプルな黒曜石と思わしい宝石から青色のホログラムが放たれて面を象り、文字列を浮かべ始めていた。

「あ。そっか、後でこれも手配しないといけないね」

見慣れない光景に戸惑い目を瞠るゼギルに対し、シェルアレンが優しい声を掛ける。


「これは、HMTって言って………小型通信………んー、これから必要になるものだよ。そうだ。折角だから特別に作ってもらわない?好きな形に変えて選んじゃおっか」

肩に手を置き、首を傾けて顔を覗き込む。

白銀髪の隙間からは黄金の羽根を模した耳飾りが擦れ、チャリと音を立てては左右に揺れていた。


「あー………悪い。バカ暴れてた時だったからスルーしてた」

そんな軽いやり取りを交わす間で、件の報告書の確認が終えたらしい。

実際にあったことを現すよう、気まずそうに薄目になりつつも頭を下げた。


「これは完全に俺の落ち度だわ。すまん」

「あのさ。……メッセージは定期的に見直してって何回言えばいいの?もしかして破壊活動に思考が染まってたりしないかな…?」

「ほんと兵器だけ破壊するのが得意なゴリラだよねぇー。昨日だって二十六個……処分したんだっけ?うーん。ごめん、文明を理解できない君向けのHMTを早急に手配するね……電子音声ガイダンス流れる方針でいい?」

「やめろやめろ。お前は憐れむな。そしてお前はバカにすんな」


シェルアレンの額を軽く小突き、サージュの肩は素早く殴る。

後に鉄で叩かれたような鈍音が立つ。

「ッつぅ!?」

「痛……だ…ッッ……こ、この鉄腕ゴリラぁ…!」

音に見合った痛みも生じたのだろう。

揃って悶絶するように口を噤み、叩かれた手で抑えてしまって蹲った。


「………まあいい。そういう話ならわかった。ひとまず、こいつの自己意識が育つまでは最低限の面倒見るでいいな?」

「ぃつつ…。そう、だね。その時にまた問答を改めて行うでいいんじゃないかな?」

「そうだな……。だけど同情一つで考えなしに引き取って、家族に迎え入れるだなんて特別待遇を取るのはこいつで終わりだ」


なんとか立ち上がったシェルアレンに対して釘を刺すように指先を突きつけ、金輪際は認めることはないと強く明示する。


「先も言ったが、畜生とは違う。俺たちには思い通りに世界ごとひっくるめて全部救える力はない。神様でもないんだぞ」


――そう、真摯かつ真っ当な警告を受けたシェルアレンは、僅かに目を伏せつつも同意するよう首肯した。


「うん。わかってる。約束する。善の意味を履き違えないよう、行動責任は必ず取るつもり」


シェルアレンの返答を聞いたあと、『    』は溜め息を吐く。

後に、ゼギルを改めて横目に見てから思案するよう顎を撫でた。


「…で、お前。名前はゼギルのままでいいのかよ」

「っ、…ぇ……」

戸惑いを覚えて顔を横に振り、問われた意味を理解できないと目を丸くする。

そんな疑問符を浮かべてる反応に『   』は頭を掻く。


「あー。……この先、自分を何年も探しに来ないで売り捨てたクソ父親が決めた名前抱えて生きるつもりか?うちに来るんなら、そう流されてばかりいないでその辺の気持ちくらい、ちゃんと言え」


ゼギルに対して碧眼を向けて『    』は語るが、あまりにも遠回しだと見兼ねたシェルアレンが肩をポンと叩く。

「ようするに。この先も私たちを始めにいろんなところから“ゼギル”って呼ばれたいの?って聞いてるの」

説明を受けたゼギルは唇を噛み、ギュッと力強く両手を握りしめる。


「…………いやだ。ぜんぜん、いらない」

断りを、紡ぐ。ゼギルからすれば顔も覚えてない父親は、ずっとあの嫌な空間に閉じ込めてきた原因なのだ。


「あっちにかえるのは、いやだ」

それから授けられた名前を抱えたくないと、目を瞑り顔を横に振って示していた。


「――よし!それでは早速、名前を考えましょう!」

しかと聞き届けたと現すように大袈裟なまで意気揚々と、シェルアレンは腕を振り上げて宣言を行う。


「………おい、お前はつけようとすんな。ネーミングセンス壊滅的だろ」

「わぁ!シエル、今日はいつになく元気で輝いてるねぇ〜曇らせてあげたいなぁ!」

それに対して片割れは冷たく言い放ち、サージュは満面の笑み手を叩いてはしゃぐ。


敢えて反応せずスルーしたシェルアレンは、人差し指を立てて一つの名をゼギルに提案する。


「ね。イプシロンとか強そうじゃない?」


決して、名前というものではないズレた感性が晒された。

ゼギルが目を丸くする横で、『    』の碧眼が怪訝そうな表情と共に大きく歪む。


「……お前、さぁ……それ、単語だろ?ギリ姓であるかないかくらいなんだよ……つーか、安直すぎだし、こいつの名前としてならそんなん合わんわ」


やや優しめの指摘。しかし、同様に聞いていたサージュはまた別だ。

笑むことすらやめ、真剣な表情で熟考している。

「………………よし」

のちに頷き、ビシッと勢いよく指先をシェルアレンに突きつけた。


「……………1点!だけど、ドヤ顔の良さによる加点100000000点!」


センスゼロ。しかし、顔の造形はいいので加点を与える。

全くふざけた評価だった。

得意満面の笑みまでセットなのも合わせて無性に腹立たしさを覚えたシェルアレンの紺色瞳が、冷たさを帯びて据わりゆく。


「黙れ」

その剥き出しの感情を目の当たりにしたサージュが、一気に頬を紅潮させて破顔した。


「ストレートで荒々しい命令ありがとう!じゃ、+加点しておくね」

「ねぇ気持ち悪さがマイナス通り越して虚数だよ?」


淡々とシェルアレンは真顔で罵倒するが、それはサージュを余計に喜ばせるだけだ。

興奮で高まる動悸を抑えて悦ぶサージュの様子に、シェルアレンの目の色が暗い軽蔑に染まりゆく。

そんな構図を前にして、ゼギルは地上にのたうち回るミミズを思い出すのだ。


「……ったく。しかたねえな。こういうのはな。古風っつーか。洒落た名前がいいんだよ」

そんなやりとりを割り込んで止めるよう、肩をすくめた『    』が徐に紙と筆を取り出す。

勢い良くインクを飛ばす勢いで白い紙に筆を走らせて、堂々とした命名候補が晒された。


『金太』


――――威風堂々、唯我独尊的独特思考。

それを正面から浴びたシェルアレンやサージュは真顔になって押し黙り、場が静寂に包まれた。


「……えっーーーと。『    』って自分のペットがミドリガメなら、緑って名前付けるタイプなんだ?奥さんに怒られるから家庭持った時、子どもの名前は考えないほうがいいよ……?」

「シエルのこと何も言えない脳筋センスすぎてちょっと……あ。ここはマイナスは付けとくね」


脳内審議を終えた者達から、容赦ない憐憫と蔑みが飛んでくる。

「……………………」

無意識のうちに『   』の手には力が籠り、筆は一瞬で真っ二つに折れてしまっていた。


「喧しい!!だったらお前が考えろ!!」


頬に青筋を浮き立たせた『    』がサージュに折れた筆を勢いよくぶん投げる。

顔にぶつかりかけたものを、サージュは涼しい顔で片手で払いのけた。

「はいはい。まあ仕方ないなぁ。ヴァイスハイトたる僕がちゃんと相応なものを提案してあげよう」

既に考え自体は済ませてたらしい。

実に怪しい笑みを歪めては、首を傾ける。

動作に合わせて揺れる黒髪から覗く黄金瞳は、煌めきを放っていた。


「――“オルドヌング”、でいいんじゃない?」

迷いなく紡がれた名前だが、これまでの中では圧倒的マシ。

その上、ゼギルに見合いそうな名と言える。

この名を選んだ理由もちゃんとあるとばかりに、サージュは口を開けて笑い、パッと大きく手を開く。


「確か古代言語で、“秩序”って意味もあったはずさ!というか君たちの家族??になるなら、それなりの意味を冠した上で、文字数が同じ。近しい要領であだ名をつけられるとか……そうした工夫した名前じゃないとダメじゃないのかい?」


双子のエファムは互いに目を瞬かせる。夜を想起させる瞳も、昼を彷彿させる目も、目から鱗とばかりに瞠っていた。

後に、互いを合わせ見て、同時に肩を落とすよう長い溜め息を吐く。


「……なんか……ほんと、ムカつくな。お前の面しか見ねえストーカーのくせによぉ……」

「うん。ほんとにね。こんな風に無駄にスペック高い無ければ、強引に引き摺り剥がせたのに……」

「悪いが、諦めてくれ。こいつは地下深くに生き埋めで葬ろうが自力で這い出てくるタイプのバケモンだぞ。……苦い顔すんな。喜ばせるだけだ」

「わかってる、わかってるんだけどね、今は……エファムに生まれた最大の不幸ってやつを噛み締めてる……」


実に嘆かわしいことだとばかりに双子たちは話し合い。


「シエル!怒り狂った君になら僕は封印されてもいいよ!暴風のような激情に荒れて歪む君の顔を見てみたいなぁ!」

自分の見たいものをあっけらかんと明かした上でサージュは割り込んだ。

彼等にとってはいつも通りの日常光景である。


「…………」

それらをよそに、“オルドヌング”と新たな名を与えられたゼギルは胸中で名を反芻する。

「……オルドヌング……」

何度か両手を握って繰り返し、つぶやいた。

秩序を意味してる名前。冠するもの。サージュが言ってること全てが難しく、理解はあまりできていない。


「新しい名前、気に入った?」

噛み砕けない中で声をかけられて、肩を大きく揺らす。

恐る恐るとぎこちなく振り返れば、シェルアレンが小首を傾げて顔を覗き見てきた。


「嫌なら嫌って言っていいよ?どうかな?」

「………――っ、と……」


そう言われても、よく、わからない。

あの実験施設では――真っ白な服を着けてるけど、中身が真っ黒な奴らに囲まれて過ごしたからだ。

痛いと泣けば五月蝿いと殴られ、無駄に問い掛ければ面倒そうに鬱陶しがられた。逃れるように抵抗すれば、罰と宣われてより暗い場所で長く苦しむ羽目になる。


だから、このままではと生命の危機を感じ、本能的な敵愾心に身を委ねたのだ。


そこでシェルアレンと出会い、とんとん拍子で引き取られて色々与えられて。

――あまりにも早すぎる。流れに追いつけていない。

本当に自分が忌むべき暗闇から抜け出せたのか、曖昧な感覚が残ってる。


「………わからない。しらない、なんでもいい……」

だから、ゼギルは戸惑いながら投げ出すようにも返してしまう。

「そうなんだ。じゃあ、ひとまずはオルドヌングで進めていこう」

だがシェルアレンは怒らない。怒るどころか綺麗に微笑んでみせた。


「改めて、嫌な気持ちになったらいつでも言ってね。私がなんとかするからさ」

暖かな場所にゼギルを導こうと、惜しみなく与えようとしていく。


「――――なん、で、いろいろ…くれて、……おこらないの」

それがあまりにも不可解なものだから、思わずゼギルは尋ねてしまうのだ。


「おい!シエルの優しさに甘えん、なぁっ?!」

サージュの口元が動いた瞬間、咎める発言を察知した『    』がその胸ぐらを問答無用で掴み、宙に浮かすことで強制的に黙らせた。


「………考えてみて、そもそも君は悪いことしてないじゃない。怒る必要は全くないよ?」

シェルアレンが長い横髪を耳にかけ、はにかみながら尋ねられた真意をゼギルには明示していく。


「色々あげるのは、私が分けれるくらい持ってるから。幸せを独り占めしても、重いだけじゃない?」

大した執着もなく、大きな損や負荷とは思わない。

性善説を信じ理想を常に見据えてるシェルアレンらしい回答と言える。

だが、当然、ゼギルには何一つ理解できやしない。


「それなら、君に分けて満たした方がずっといいよ」

向けられる笑顔は酷く眩しくとも。微塵も汲み取れそうになかった。

どうにも笑顔を長く直視できなくて、気まずそうにも翡翠瞳を逸らしてしまう。


「……やっぱりよく、わかんない………」

そんな素直な本音を聞いたシェルアレンは、肉が薄いゼギルの頬を指先で突っついた。


「大丈夫、大丈夫。いつかちゃんとわかる」

「…え……」

何故か確信的に断言され、ゼギルは訳がわからずに戸惑いを漏らす。

「だって、もう施設はどこにもない。君はここに居る」

そんなゼギルにシェルアレンは突っつく指を離し、頭を優しく撫でていく。


「これから先は明るい場所で心から笑えるように、君らしく生きてこうね?」


日向のようなと暖かな手で、これまで受けた傷を労るように慈愛を込めて、撫で続けるのだ。



【陽黒によるヤヌス崩壊まで 残り7年】



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