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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
53/56

冷たき銃弾

「第十九区『ピーヘン』を管理する十五代目フリッド。同行者に手をかけたことを脅迫材料にして秘密を引き出す」

それは決して声に出せないような道徳心に欠けた作戦だ。しかし、提案してきたシングドラは、本気で決行しようとしてる。


フリッドの元へと向かう道の途中、先行するシングドラの後をついていく朝海やベガオスの表情は岩のように重く硬かった。


「朝海〜結局さ、お前クモガタさんはどうしたの?連絡すんのやめた?」

「え。あ。はい。やめました…」

「ふーん…」


そんな質問の意が読めない会話を交わし、一行は無事に到着してしまう。

――第十九区『ピーヘン』現場管理を行うフリッドの下に。


建物自体は二階建ての公共施設めいていた。外装自体も整えられて、新築同然だ。

但し内装はかなり変わってる。

「ぅ、わぁ…」

朝海は思わず感嘆の声をあげていた。

目の当たりにしたのは、強烈な色彩だ。

水晶や色とりどりの鉱石で輝くシャンデリア。鶴模様を中心に複雑な模様が刻まれた壺。かつて北極から降りて来たとされる始祖エファムの威光を示す絵画……。

どれもが見事な逸品と言える品々が並んでいた。建物の広さも相まって、まるで豪奢な展示会か美術館を連想させてくる。

「うわ…わわ……なんかこう……全部すごく価値ありそう、ですね?」

「まあそうだと思うけど。鴉の特性かは知らないけど、フリッドってこういうどぎつくて珍しいものの収集癖があるんだよ」

先のことを忘れて素の反応で感心する朝海に、シングドラが横から説明を差し込む。

視線を向ければ、にっこりと笑われた。

「ただの道楽物とはいえ、どれも高い。軽率に触れない様にな」

「は、はい……わかってます…」

立てた人差し指がくるりと円を描き回される。そんな仕草を交えた忠告を送られた朝海は、どこか気まずそうにシングドラから目を逸らす。


その横で、ペガオスが先んじて周囲を見渡しており、目を瞬かせる。

「あの、もしかしてフリッド様はご不在なのでは……」

手振りを交えて、控えめにシングドラに申し出た。


なお、ベガオスの意見に誤りはない。

此処にあるのはフリッドが揃えた品々と一行の姿しかない、もっともな意見だろう。


「ハン。浅い浅い。もー少し頭使え」

だが、シングドラが小馬鹿にするよう鼻を鳴らした。


「此処にいないっていうか。滅多に出ないんだよ」

「出ない?」

「そ。基本、あいつは引きこもりだからな。会うにはちょっとコツがいるんだ。……まあ待ってろって」


シングドラが豪奢な壺が並ぶ場所に向かう。

「よっ」

突如、壺を持ち上げ位置をずらし絵画に触れて傾けたりと、何やら奇妙な動作を始めていた。


軽率に触れてはならないと朝海を注意して己は触るという率先垂範的行動だが……少しだけ距離が離れる。

それを機会だと判断したのだろう。

ベガオスは隣に並び立つ朝海に近づき、密やかに耳打ちした。


「……朝海さん……『平定の狩者』は同僚を犠牲に脅迫を主にした野蛮な手段をよく多用するのか…?」

「んなわけないですよっ。そもそもイプシロン様なら異能を使うだけで済みますよね!?」

とんでもない酷い誤解である。

『平定の狩者』ではなく、脅迫を強行するシングドラがおかしいだけだ。

そう力説するように。朝海は小声ながら強く力んでおり、目は大きく瞠っていた。


「…そ、そうか。ならよかった。…いや、別に何もよくないな……」

「ですよ。本当に。これから先が問題ですって」

「……我々は何に巻き込まれてるんだ?」


ベガオスの疑問が上がる中、朝海は口を噤む。

何故ならその答えを、先日ネルカル達との会話を交わしたことで朝海にあったからだ。


「…内輪揉め…かと…」

眉間に皺を寄せて、朝海は呟いた。

『リプラント』の破壊した事件も悪く言えばそのようなもの。

これ以上、的確に言い表せられない答えだろう。

「……内輪揉めぇ?!そんな、アストリネ様は完璧な平和的管理を約束されてるはず!そのような方々が私情を優先するなど……なんてくだらな…っ」

「しーっ!!大声!大声を出さないでくださいっ」

騒ぎかけたベガオスを咄嗟に抑えはするが、既に抑揚高い声は出てしまってる。

会話が聞かれてしまったのではないかと、ヒヤリとした冷たい汗が伝う。

心音を高めながらぎこちなくも首を動かし、二人はシングドラを見た。


「……えーっと。牡丹模様の壺を左に…だったよな」

幸い、未だ意識は壺を動かすことにあったらしい。彼の薄明の瞳は、向けられていない。


それを視認したベガオスは安堵の息を吐き、朝海に向き直り、改めて質問をする。


「どういうことなんだ、朝海さん。アストリネ様達に何が起きている?何故、我々人類にこのことを何も共有されないんだ?」

「……えっとあの、なんか……複雑なことが起きたと言いますか。というか私も全部知ってるわけじゃなくて……」

「透羽吏史は知ってると?」

「いえ、あまり知らない側なのかと。その。むしろ、多分、………利用されてます」

「……。なるほど。つまり、かの方々も心があるなら同じということか……」


人類が意見を違えた際、個々の信念で違えてしまうように。アストリネ達もまた同様なのだろう。

ベガオスは何処か納得するようにも深く頷いた。


「理解もしたし、納得もしたが…」

今はその点に注視してる場合ではない。瞼を閉じた後、否定的に左右に頭を振る。

「――朝海さん」

そしてベガオスは身を屈めることで、朝海との身長差をなくしながら距離を詰めた。

「ぃ゛…っちょ、近…っなんですか…!?」

後一歩で口づけを交わせそうな密接さだ。

引き攣った声をあげて身を硬直させる朝海に構わず、ベガオスは低い声で囁く。


「自分は同じ人類同士、朝海さんの意見を信じたい。だから教えてくれないか。この内輪揉めを把握してて憂いてる……あるいは憂える方は誰だ?」

「……え?」

「アストリネだから信じる、ではなく。乱世にならないよう尽力する方と共にして進むべきだろう?どうなんだ、朝海さん。あなたは誰が信頼できる?――シングドラ様は、信頼に値するのか?」


問いを受けた朝海は、暫し思い悩む。

何度か梅色の瞳を瞬かせつつ目を伏せて、口を噤み、自然と俯いた。

『リプラント』破壊からこれまでのことを脳裏に浮かばせる。

伏せた瞼を震わせて、記憶の整理という熟考を続け――やがて、顔を上げながら解を紡ぐ。


「いま、存命してる限りでなら……私が信頼できるのはイプシロン様です。危機的状況下でも人命救助を優先してました。追い詰められた状況下の行動が本心、だと……私は思いますので。……後はネルカル様も。国と人を想う気持ちに嘘はないかと」

「わかった信じる」

「早っ!えっ。一個人の意見ですよ?マジで信じるんですかっ…?!」

「信じる。二言はない。自分もその二方を信頼しよう。争いを好まぬ清き精神性を持つディーケ様も、括らせてもらうがな。……一先ず、互いにシングドラ様はない。この認識で問題ないか?」


ベガオスの迷いなき即決に仰天はしたが、後の質問に朝海は目を丸くする。

「………はい」

重い面持ちで、ベガオスの目を見つめ返しからゆっくりと首肯した。

「……なら、我々はシングドラ様がフリッド様への行動が過ぎないよう見張る心意気で立ち会おう。……HMTでも自分が仕込んでおく。やはり脅迫なんて乗ってられないからな」

「そう、ですね。これ以上余計な争いの芽は巻きたくないです」

物事を行うならば、正しい道に向かうべきだ。

考えは同じだと、互いに頷き合った。


「おーい。お前ら。何いちゃついてんだ?」

そうしてる間に諸々の作業を終えたのだろう。

シングドラは振り返り、二人の親密すぎる距離を揶揄ってくる。

「いいえ、違います。不純異性交遊に浸ってません」

ベガオスが朝海から一歩退くようにして、速やかに距離を取っていた。


「ふーん?じゃあ、何をコソコソと話してたんだよ」

「互いに尊敬するアストリネ様のお話をしておりました。…大声で話すものではないでしょう?」

「あー。まあ、確かに。普通はここでするもんじゃねえしな」


眉を八の字にして愛想笑いを向けるベガオスの発言に、シングドラは納得する。


「ただ、おかげで大分緊張は解れましたよ」

「へぇ。なら、お前がこの後の仕事やってみるかぁ?」

「そ、れは………ご勘弁を…」

「そ。まあいいけど。とりあえずフリッドがいる部屋は開いたからな〜とっとと向かうぞ」


ごく自然な会話だ。シングドラも訝しんでる様子もなく、ベガオスから背を向けて離れゆく。


「……?」

しかし横で黙っていた朝海は気づいた。

横顔の、口元が、弧を浮かべてたことに。

ただ何かと言われない以上、気にしても無駄な意識だと頭を左右に振り、胸に手を当てて前を向いた。


その間にシングドラが絵画を斜め右に傾ける。

ガゴン、と壁奥から凹凸に嵌め込む重音が響く。品々を飾る壁全体が回転し始め、展示物が収納されて巨大な扉へと変化した。

「この先だ」

シングドラはその鉄製の取手を躊躇いなく掴み、引く形で開く。

通路に飾られたウォールライトの仄かな灯りを目印に、先に進む。


妙に募る緊張を生唾ごと飲み込みながら、朝海も先に行こうとした。


「…ところで朝海さん」

「はい?」

途中で声をかけられ、ベガオスに振り返る。

黒曜石の瞳と視線を合わせる形になりながら、唇を僅かに開かれて紡がれた。

「……先の話…なんだが。存命、ということは、居たのだろうか?」

その話をされた途端、朝海は口を開ける。

「尊敬に値する方が」

「ジルコン=ハーヴァ様ですよ」

発言の途中なんて、悩む素振りも見せずに言い放ち遮った。

ベガオスが『兵器』ではないかと疑惑と蔑みを目を向けて罵倒したアストリネの名前を、確かに紡いだ。


〈言わないほうがいい〉

なんて、先日クモガタに釘を刺されていたけれども。声は上げたほうがいいに決まってるから、結局、聞かずに口にした。

「…ジルコン=ハーヴァ様ですよ」

硬直するベガオスの目から視線を逸らすことなく凝視したまま復唱し、決して冗談ではないと強調する。

「…何故だ?」

そのままの意味だ。

何故世を乱す兵器を評価するのか、ベガオスは半ば信じがたい。動揺と同時に嫌悪感や不快感も覚えてるのか、表情は険しくもある。

それに呆れ返るように首を振りながら、朝海は理由を告げた。


「もっとお話したかったから…とかですかね。勝手ながら私の人生の師にしてるところもありますけど……」


消えられたと言われても現実感が薄い。だけどそれが本当だと見つめ考えると、胸が締め付れられるような悲しさが湧く。


「居なくなられて寂しいんです」

多分。朝海はジルコン=ハーヴァと種の垣根を越えた友達になりたかったと、気持ちを込めて紡いだ。


「…………。それは……」

ベガオスは理解を得る。なまじ優秀だったものだからわかってしまった。

己が兵器だと聞いて嫌悪を示す相手。ジルコン=ハーヴァは、少なくとも朝海に慕われる品性を備えてた――アストリネだったと。


「……知らなかった、のか……」

思わず、己の額を手で抑えた。

新たに知った情報で気まずさを覚え、俯いてしまう。

記憶が真新しいのもまた大きい。

闘技場アレイオスでの決闘で、ベガオスは大声でジルを罵倒した。観客席には朝海が居て、見学して聞かれていたはずだとも。


――自分が尊敬されている者を罵倒されるのは誰であっても不愉快極まりないし、許し難い行為。

そう、理念のように強く思うくせに。最も忌み嫌うべき行動を自らで行なっていた。


自覚は罪悪感に変わり全身負荷の重荷となる。ベガオスの心身に加重し、頭を項垂れさせるばかりだ。


「……その…」

だけど、出かかった謝罪は紡げない。その先だけはと己の自尊心が強く拒んでいる。

吐き出すことを、堪えるように。ベガオスは唾ごと息を飲んだ。

ジルを罵倒したことは申し訳なくは思う。しかし、詫びるという行為は、擁護する吏史を認めることに直結するではないか。


兵士は『古烬』に対抗するための守護者、人類としての誇り高き希望。

そうしてこれまで生きてきた自分を否定する行為を、今のベガオスが許容できるわけが――なかった。


「……今後の、発言には気をつけるとするよ。なるべく。朝海さんの前では……」


だから、これがベガオスの精一杯の誠意。

心からの謝意でもある。

受けた朝海は僅かに梅色の目を眇めていく。

「…過剰な気持ちが行きすぎて加害者になるかもしれないって、怖いですね。私も気をつけます」

それだけベガオスに伝えてから、扉の先に足を向かわせてしまった。

「………」

言い訳は紡がない。言ってはならないと数秒間は沈黙して、ベガオスは佇んでしまう。

――だが、振り切った。此処は兵士として進まねばならないからだ。


纏わり付く憂鬱を無理に振り払い、気を保つようにベガオスは勢いよく顔を上げる。


そうして、シングドラと朝海の遠ざかる足音を追うように、早足で駆けた。



扉先の通路を抜けていけば、また別の扉に到着する。

シングドラは躊躇なく金色の取っ手を掴み、木製の扉を押して開く。


「こんにちは」

馥郁たる香りが流れ行き、艶やかで柔らかな女性の声が鼓膜を揺らす。

声の主たるその女性は、応接間に配置された椅子に座していた。

掌にも満たないサイズの青羽の小鳥を肩に乗せたまま、立ち上がり、纏う墨色の羽織と薄香色の髪をフワリとなびかせる。


「……ってあら。シングドラか。久しぶりじゃん、あんたがウチに対面望むのも珍しいね。若い子たち連れて何の用?」


そうして一行は『ピーヘン』を管理する十五代目フリッドと対面を果たした。


再び朝海は生唾を飲んだ。

これからこの者を脅す、らしい。秘密を引き出すために。

なんとか止めなければと思う朝海同様に思うベガオスが、言葉を発しようと口を開く。

しかしシングドラが一歩、割り込むようにも前に踏み出した。


「あー、フリッド。此処に来るまで色々考えたが……面倒なやり取りは無しだ」

片目を瞑り両手を上げる。パッと掌を見せるように開き、ひらひらと左右に振っていた。


「単刀直入に言う。お前、二十五代目エファムと最後にやりとりしたよな?その情報をありのまま全部吐け」

あまりにも威風堂々にして宣戦布告。

引き金を引いたに等しい申し出は、場に冬将軍を乗せた吹雪を吹かせ、張り詰めた空気に凍りつかせた。


「んなっ…!」

何の話もなく決行された。最早、不意打ちも同然だ。

朝海は声を上げて空けた口が塞がらなくなり、ベガオスは溢れんばかりに瞠った双眸をシングドラに向けて硬直する。

「……フゥン?」

一方でフリッドは冷静だ。

僅かに片眉を釣り上げながらも涼しい表情を保っている。寧ろ、手で口元を隠すという淑やかな所作を行っていた。


「確かにエファムとウチはやりとりしたよ?そこは事実だから否定しない。……でも、別に世界にとって有用な情報じゃないよ。すっごくプライベートな話なんだけどな」

「口先だけなら幾らでも宣えるだろ。だったら明かせ。…お前、吏史にだって手をつけたんだから」

「それ、やってるのウチの犬。ちゃんと安全なのも保証付き」

「安全保証がついてるのも口では簡単に言えるからなぁ」


挑発するよう何度も指摘されて僅かに声は荒げるものの、フリッドは感情を乱さない。

「フゥ………」

ただ、耳元で鳴らされる蝙蝠の羽ばたきが耳障りだと迷惑がるような調子で、瞼を閉じて深い吐息を零す。


「何度も言うけど、ほんとプライベートなんだって。それを内緒にするって…約束したから、絶対言わない」

「律儀に守る必要あるのか?居なくなって責任放棄したも同然のエファムに義理立てするのかよ」

「するでしょ。だって……『平定の狩者』がなければみんな、シルファールに蹂躙されてた。逆になんで感謝しないの?あの方のみんなの為の頑張りは当然の権利だと思ってるわけ?……それこそちょっと意味わかんないんですけど」

「ハッ。ただの自己満足、大義のようなものだろ」

「―――は?しんじらんない」


問答の末。冷静を保っていたフリッドの顔が苦々しく侮蔑に歪む。

「今この時が続いてるのは……かの方のお蔭。それに感謝もしないわけ?」

せせら笑ったシングドラを心底嫌悪するように、毒を吐き捨てる。

「……あんたみたいな溝みたいに濁った『色』を持つ奴が跋扈して周囲を乱し汚すから、荒れるんだ」

その罵声と睨みを正面から受けたシングドラは、神妙な表情で両腕を組む。

僅かの間で思考を巡らせて、結論に至ったのだろう。ニヤリと得意げに笑っていた。


「なーんだ。やっぱお前なんか知ってんじゃん。この時が続いてるからとかさ、意味深。完全に知ってる側の発言だろ」

「…………だったら、何」

最早フリッドは嫋やかな淑女の仮面を羽織らない。それは今、この瞬間で叩き割って捨てた。

相手を威圧するよう声を低く、凄むように目を据える。

己の庭を土足で踏み荒らした野蛮な賊と対峙するように、強い敵愾心を向けた。

「何度も言うけど吐く気はないから、もう帰りなよ。データ修復可能な技術者紹介だったら全然いいしそこまでなら協力したげる。だけどこれについてはネルカルちゃんでも話すつもりはないの」

明確な拒絶。敵意を剥き出しにされた以上、聞き出すことは不可能。

「例え銃で撃たれて尋問されても、爪を剥がされるような拷問受けても、ウチは話さないから」

フリッドの意は硬い。最早宣言通り、害された程度では折れないだろう。


それは、場数を踏んでない朝海でも汲み取れることだった。


「あの…シングドラ様。もう、このまま退散しませんか…?」

胸元に両手を握り締めた朝海が控えめに撤退を促す。

これ以上は良くない。

口論の末、争いを生む。

大体第十九区『ピーヘン』に訪れた目的は、破損データ修復だ。

「そもそも…もう、吏史が任務の技術者、見つけてくれたみたいですし…フリッド様の仰る通り、本当にプライベートな秘密だと…思いますので…」

厳重に鍵掛けられた秘密を、無理にこじ開けることではない。

此処は個人間の決め事でも屈せず沈黙貫こうとする彼女の意思を尊重すべきだ。


「やめましょうよ。これ以上は不毛です」

道を踏み誤らないでほしいと懇願するような、そんな申し出だった。


だが、シングドラは振り返ることなく返事を返さない。

「……怠。時間だってそんなないのに……」

そう気だるそうな調子で頭を掻き、重い溜息を漏らす。


「つーか反論するなら大人しくついてこないで、初めから意見しろよ。弱っちいくせに」


――どうやら地雷を踏み、反感を買ったらしい。

刺々しい声調で朝海は察した。

「ぁ、すみませ……」

身を萎縮させて咄嗟に謝罪するよりも、早く。シングドラは朝海達に振り返ることはせず、懐からあるものを取り出す。


「え?」

呆気に取られた声が朝海から漏れた。

取り出されたのは黒色の拳銃だ。深淵の底が如く昏いその銃口は、朝海に突きつけられている。


「まあ、別に逆らってくれても命令で此処に連れてきたから。どーでもよかったけどな」


拳銃を認識した隣のベガオスが姿勢を崩して動き出し、血相を変えたフリッドが発砲を制止しようと手を伸ばす。


それら全てを後手にして、シングドラは引き金を引いた。


切り裂くような銃声が三度。居合わせた者の鼓膜を震わせ、耳鳴りを与えていく。

遅れて、壁を穿つ音も二度、鳴り響いた。

崩壊招く爆破にも似たその音に、フリッドの肩から小鳥が飛び立つ。

放たれた凶弾は的確かつ悪意的だ。朝海の左大腿部、右上腹部、右胸部を貫いていた。


私服という強靭性もない布を敢えなく破き、肉を貫き穴を空けて、破壊しながら。


「…っ、ぁ゛…ッ゛!?」

掠れた声が、朝海から溢れる。

胸に、穴を開けられたこともあり、数拍遅れてから迫り上がってきた暗赤色の血をゴフッと咽返すように勢いよく吐き出してしまう。

「……ッ、……゛…―――」

出血に伴い泡沫伴う喀血を起こし、昏迷状態に陥った朝海は意識を失い、前に倒れ伏せるようにも敢無く床に崩れ落ちた。


「っ朝海さん!!」

しかし、既に動き出していたベガオスが朝海に腕を伸ばしてる。

間一髪で撃胴に腕を回し筋力で支える。朝海が床に頭を強く打つけることだけは、何とか防いでいた。


「…っシングドラぁ!!何してんのよ!?」

とんでもない暴挙だと強く責めるように、荒々しくフリッドが顔を歪めて吠える。

髪を振り乱すような様子にシングドラは構わない。粛々と、次なる目標に対して冷たい銃口を向けた。

「っ!?」

朝海を抱き支えるベガオスの頭部、その眉間。然と向けている。

顔を引き攣られようが構わず、引き金に指をかけた。


「やめ…なさいよ!撃つのをやめなさい!こんなことして、許されるとでも……!?」

「ハッ!言っておくが、HMTなんかなーんも意味がないぞ?なんせ情報保存先である【ジャバフォスタ】とは既に話をつけてるからな」

「…何を、言って…」


唇を震わせて戸惑うフリッドに、シングドラはせせら笑う。


「わかんねーの?言わなきゃ責任はお前になるってわけだ、フリッド。秘密明かせば事故処理、この二人もできるだけ助けてやる。沈黙するならとっとと処理して有罪判決。――で、どっちを選ぶんだ?」


紅が差す唇を開けたまま、硬直する。最早気丈を保てず怯えを滲ませていくフリッドに対し、シングドラは容赦無く詰め寄る。


「アストリネらしく失いたくないなら、教えてくれよ。二十五代目エファムは……どうして全てを捨て去ったのかを」


フリッドは汗を滲ませながら、苦々しく顔を歪めた。

「どちらを取るか、三十秒だけは待ってやる」

揺れ惑う中で無情な制限まで仕掛けられてしまい、眉間の皺はより深まる。


「三十、二十九、二十八……」


急かすカウントは刻々淡々と紡がれて、フリッドに決断を迫らせた。


「二十七、二十六、……二十五…」


カウントダウンが着実に進み行く。

フリッドは焦燥感に駆られながら狼狽え、逡巡するよう顔を横に振り、自然と朝海たちに視線を向ける。


「……っ、……くっ!」

ベガオスは出血が止まらない朝海を抱えたままだ。

銃口を突きつけれたせいで応急手当すら許されない。己の腕の中で命が溢れるのを無理に感じさせられて、どうにもできないこの現状を悔しそうに歯噛みしている。


「……ッ……」

フリッドは迷い、大きく揺れた。

果たして自らの名誉と若き者達を捨てても尚、約束を果たすべきなのだろうか?

強い葛藤を覚えながら、下唇を噛んだ。


「二十四…二十三」


鼓動が昂る中で、脳裏に、十年以上前でも嫌に忘れられない声が聞こえてくる。


『――明かしていいよ、カサンドラ。命には代えられない。少しでも救える方に』

そう、きっと。もしエファムが今の状況下に出会せば、きっと眉を八の字にして微笑んで、仕方ない事だとフリッドを許すのだろう。

そんな想像は容易にできた。


「二十二、二十一」


だけど、簡単に飲めない。

人命は確かに大事だけど、実のところ秘密はプライベートで済む問題ではないと判断していた。

もし、この情報が周知されればフリッドが懸念する事態に陥る可能性が高い。


強者が評価される国【ルド】は、資源が豊富でない貧しい国だ。

だが、医療機器エンブリオに必要な鉱石資源がある。

その上、最上部による無駄な出費もない。それらは全て区民に還元されていた。

こうした条件が揃ってるからこそ、貧困層の支援が潤沢で管理体制に不満上がらず成り立っている。


そう、最上部たる三光鳥が成立してからは、昔ほど不満の声が起きず平和を保ててた。


だから、もし。

牙城が崩れた場合どうなる?

奉仕精神に欠けた自己保身に走る卑しい精神を備えたアストリネが上につけば、この国はどうなるか?


答えは単純明快。忽ち破綻して不満の声が上がり管理体制は崩壊するだろう。

【ルド】は力を評価する国。下手なアストリネより力がある民も多いが故に。


「(問題視されていた貧困の差が……また生まれたら、一度優しさを知った人々に叛逆の意を持たれてしまうわ。革命、起こるかも。……絶対に、よくないこと……)」


そのことに気づいたフラッドは目を瞠り、汗を吹き出す。生唾を飲めば、顎にまで伝っていた汗の雫が床に落ちていた。

結論、話すのは危険。

こうして強引に事を運び聞いてきた態度を鑑みれば、聞いた上でシングドラは大っぴらに民草に公開して裏切る可能性が高い。

明かすのは………憚れる。


「十。……九」

「…っ」

残り十秒を切られた。フリッドは焦りで身を大きく揺らす。


「……く、ぅう…っ…!!」

瞼を震わせ、汗が滲む掌を固く握りしめて唸った。

迷ってはいけない。人命を優先すべきだ。

撃たれた朝海を救いたいなら、銃口を突きつけられたベガオスを恐怖から解放するには、どんな秘密であっても打ち明けないと。


「待ってくれ!せめて、朝海さんだけでも手当させてくれ!……どうか!」


今、誰かの命が危うい状況が続くのは。

カサンドラ=フリッドには、耐えられない。


「――わかった、言うわ。だからその子を撃つのはやめて頂戴」


遂にフリッドは観念したようにも両手をあげて、降伏の意を示してしまう。


「…っフリッド様…!」

「いいねぇ、聞き分けが」

ベガオスはただ見る事しかできなかった己の無力感に歯噛みして、シングドラは勝利を確信するようにニヤリと不敵に笑った。

ひとまずの提示として、カウントだけは止める。

「HMT。録音を開始しろ。ぼくがいいというまでは続けて、全ての音声データを例の相手に共有すること」

素早い発言と指示対応に、フリッドは顔を歪めた。


「……【ルド】を裏切ったこと、もう、隠さないわけね」

「この世はどこもかしも泥だと知ったんだ。舟の形ができてる方に乗るのが、賢明じゃね?」

「どう言ったってウチには理解できないから理由とかは喋んなくていいわ。……で、言うのは良いとして此処で?その子達には聞かれる形でもいいの?」

「そうだ。時間も惜しい。とっとと喋ってくれ」

「……はいはい……」


急かされたフリッドは、お望み通りに秘密を明かすために息を吸い込んだ。



「――グラフィスも困ったお方ですね」


しかし、其処に突如として。

凛と鈴が鳴るような声と共に八つの脚による異形の影が伸びる。

次第に昏さが晴れて行けば、桜の花びらを攫いながらなびく風が舞い込んだ。


「いえ、みっともない、が正しいやもしれません」

跳び入るように割り込んで現れたるは、桜の化身めいた風貌の女性。

しかしながら完全にそうとは言い切れない部分がある。


「女性の秘密を知るために……このような粗暴者を使うなぞ、全く品に欠けておりますこと」

呆れたような調子で憂鬱な吐息を溢すその姿は、形態異常、正に奇形と言いようがない。多肢症を想起させる両腕を抱いている。

桜色の蛸脚めいた四つの触手で別れていたのだ。

ただ、それぞれを意思を持って動かせることを示すように、触手は波打つように畝らせている。


「アルデ」


呆気に取られたシングドラに己が姓を呼ばれたアルデは、陽光灯る桜色の双眸を細めた。

パンツスタイルのアクセントとして飾られた白絹のラッフルレイヤードの裾を二本の触手で掴む。

優雅なカーテシーを魅せるように披露し、束ねられた艶やかな鴇色の髪をサラリと前に流す。

「ごきげんよう、シングドラ様」

その優美な挨拶の後、低く唸るような声で囁く。

「誠に残念です、貴方は、選択を間違えた」

――囁く?

全くおかしな感覚だとシングドラは違和感を得た。

何故、己は囁かれる感覚に陥ってるのだろう?

彼女との距離は無駄に広い部屋のせいで数メートルほど離れてるはずだ。そのような錯覚を抱くわけがない。

「なんの選択…」

そう、シングドラが己の聴覚へ疑問を感じる中での答えは、刹那にて明かされる。


「い゛…ッ?!」

喉を引き攣らせた。

いつのまにか眼前まで距離を詰めたアルデの桜色の目と視線がぶつかったからだ。

「…チィッ!」

シングドラは忌々しげに顔を歪め、舌打ちを零す。真下から顎目掛けて振り上げられたアルデの四本の触手を一本ずつ的確に、銃創で弾き払った。

しかし、片腕分をいなしたところで触手の追撃は迫る。

アルデは踊るように身を回し、もう片腕側の触手を鞭のようにしならせてはシングドラを刺し貫かんとした。


しかし、その予備動作の蠢きをシングドラは視界の端で捉えている。

冷静なる対処に移るため、直ぐに状況判断を行う。

「(……この間合いはぼくが不利だ!っやむを得ない……!)」

顔を歪めたまま、意を決して後方に下がる。

人質にしていたベガオス達から大きく離れてしまうが、反対側に跳び退くことでアルデが伸ばした触手の突きから辛うじて逃れるのだ。

しかし、完全には避けきれなかった。シングドラの顎から頬に掛けて触手が掠めてしまい、皮膚が擦り切られてしまう。

だが血は流れない。アストリネという種に備わる超回復が即座に癒していた。

「……あら?此処でちゃんとやられてくださったほうが……楽でしたのに」

数メートルほどの距離を取られたアルデは少し乱れた鴇色の髪を触手で正し、僅かに残念そうな調子で小首を傾げてる。

「……ハッ。箱入り海底住まいのお嬢様風情に易々と殴られるほど、腑抜けてないんで」

鼻で笑って返すが、それはシングドラの虚勢でも、あった。

アルデは、侮れない。

そもそもアルデという姓は管界の六主の一角。アストリネという種族に置いて代表格なのだ。神話の天使で例えるならば熾天使相当に該当する。

戦闘経験が浅かろうと関係ない、扱う異能自体が脅威そのもの。

決して警戒を怠るべきではない。


「たかが、腕、ですよ?殴られても大したことはありませんのに……」

「……両腕の触手から毒や薬を捻出するのは知ってんだよ」

今もギリギリ、危うかった。

もし皮膚組織下まで触手が入り込めば、毒が染み込んなことだろう。

その予感は的中してるとばかりにアルデは微笑む。

「残念。まだ苦しめないで済みましたのに」

舌打ちで答え、次なる手にシングドラは転じた。

此処は間合いを保ったまま、一掃鎮圧を図るべきだろう。

素早く拳銃をしまい込み、両手を合わせる。そのまま力を込めながら身を屈めた。


「さっき制圧って、言ったなぁ?アルデのお嬢様が一体何が出来るか、お手並み拝見と行こうじゃん」

そうしてシングドラが己の異能を発揮する。

薄明色の瞳が、煌めいた。


シングドラの異能は『天候』。

対象は主に空間。一区内の天気を一律に操れる。範囲規模は最大の異能と言えるだろう。

だが、何も屋内は対象外というわけではない。

「――瞬間風速50mなんてどうだ?」

展開範囲が狭ければ何の反動もなく、台風や竜巻という災害を起こす自由もある。

ニッと不敵に笑ったシングドラの両手から、台風の目として自然災害が編み出されていく。

周囲には突風が立て続けに溢れて、彼の青髪はしきりなくたなびいていた。


「……あらあら。いけませんね。異能の行使なんてそんな……」

そんな室内台風発生を、何も抵抗せずに受け入れるほどアルデは優しくない。

両腕の触手を蠢かせたと思えば、隠し忍ばせていた銃を取り出していく。


「――は?」

瞬時に広がっていく光景に、呆気を取られたシングドラは目を丸くした。


「……は?」

惚けた声を置いてガチャン、と重々しい鉄音が四つほど連続で立つ。

銃身は黒曜石のように、弾帯は黄金のように美しく光っていた。――まるで天を穿つ槍か弓のように。


「は?」

そうして、あっという間にアルデの二脚に一つずつ。

どうしたって過剰でしかない速射式機関銃が構えられた。

その圧倒武力を前にしたシングドラは呆然と口を開けて固まるばかりだ。


「こういう時こそ落ち着いて、穏便に行きませんと……ね?」

真顔で小首を傾げて穏やかに言うアルデに、シングドラは空いた口を閉じて歯噛みする。

わなわなと身を戦慄かせて、やがて、噴火を起こす勢いで大きく吠えた。


「…ッッざけんな!これの何処が穏便だよ!蛸女ぁ!」


穏便に語るなと比較的真っ当な叫びは無視をされ、アルデの桜色の瞳が煌めく。


「では、ごめんあそばせ」

触手により引き金を引かれた銃撃砲が火を噴き、銃弾の雨を放つ。


「…っくそ!!」

悪態をつきながら、シングドラは無理矢理に異能を発揮して雨風吹き荒ぶ嵐を編み出した。


「(此処はせめて台風…いや、風圧で相殺するしかない!)」


部屋内には連続的な銃撃による武力と、異能で編み出された台風の二つが激しくぶつかり合う。

その中心に立つシングドラは顔を歪め唇を強く噛む。


「(風なら、なんとかなる。ネルカルも似たようなことができてたんだ!銃の軌道を変えて、跳弾のように……人間は始末して、アルデが()()()()()()()()()()()()()()()()!)」


強き風を受けて指の皮が破れてもなお、異能を使い続けた。自傷にも近いこの行動だが、きっと意味はなくはない。事例だって見ている。

かつてネルカルが物理法則を超えた所業を風の異能でやって退けたのだ。

似たような技法を活用さえすれば、己もそれを成しえるだろう。

「……海底住まいのお嬢様に、異能の正しい使い方ってもんを見せてやるよ!」

範囲を極力まで狭めていき、シングドラは圧縮した最大限の台風を展開してみせた。

瞬間風速は倍増され、歴史的に観測されなかった前代未聞の120メートルにまで到達するのだろう。


「ぼくにも風はある。銃弾を逸らすくらいできるんだよ!蜂の巣になるのはそっちだなぁ!アルデ!」


しかし、そのような宣言を受けようがアルデは感情の機微すら見せない。真顔だった。

冷徹無慈悲の鎌を振り下すように、その触手は引き金を引き続け乱射し続けていく。

夥しい数の空薬莢が雨のように転がり落ちて、絶えず火を噴く銃口からは白煙が何度も立ち昇る。

銃弾はシングドラ側の壁を穿ち、破片という砂塵を巻き上がらせていた。

「ッ!」

危険だ。今は銃口通りに向かっていても、弾丸が跳ねる可能性が高い。

行く末を眺めてる中で判断したフリッドは、一部人体化を解く。

腰から伸びるは数メートル以上ある烏の翼。否、可変翼が連なった機械翼。

冷たい鉄の塊と言えるものが広がって、ベガオスたちの全身を包み込む。

現状では銃弾を防ぐための盾と慣れるだろう。

だがこれは、自らを差し出すような行為に他ならない。

「ッ、おやめ下さい!自分は構いません。此処は朝海さんを連れてこの場を……フリッド様!」

「ダメ!ダメよ!貴方も顔を出さないで、お願いだからウチに守られてて…!」

そうして身を挺して庇うことにベガオスが声を荒げるが、フリッドは一切引かない。

二人まとめてその身を守るよう包み込み続けていた。


そして――数十秒後。

風が分散して広がり、弾帯が尽きたように空薬莢が転がり行く。

静寂が始まることで、台風と弾丸の嵐、そのついたのだろうか。


炸裂する銃撃と荒ぶる暴風が落ち着いたのを見計らい、フリッドが恐る恐ると翼を下ろしベガオスたちを解放しながら、部屋の様子を見上げる。


「…あ……れ?」

胸元などの己の服を見て、驚いた。

血の跡がない。つまり、傷を負わなかったということである。

その事に目を丸くしていれば、ゴトン!と重たいものが床に落ちる音が響く。

肩を大きく揺らして音の元をすぐに視認した。

「…ッ゛…ァ゛…」

膝から崩れていたのは、全身に銃弾の傷を受けたシングドラだ。

一方、アルデは無傷である。

堂々と佇んで、シングドラを見下ろしていた。

シングドラは[核]という心臓たる肝心の箇所を守れたが、再生が追いつかないほどの傷を負ったのだろう。

「がふっごふ……ゴホッ!」

肺も喉も破られてしまい、大量の喀血が起きる。

口から漏らす呼吸は弱く、気管から迫り上がる音と共に激しく咳き込む。

しかし、薄明の瞳自体は苦痛一色で染まってない。

「なん……で……」

疑念に、満ちている。

何故、ここで己が倒れてるのかと終始理解できない様子で瞠る瞳が大きく揺れた。


「元より風では銃弾を弾けない。せいぜい、できたとしても停滞でしょう」

ネルカルが成し得てシングドラができなかったのか。

アルデは触手を畝らせながら、その理由をシングドラに突きつける。

「ネルカルはわかった上で、風の性質を変化させた芸当を披露したのです。物理干渉を高めることで銃弾を跳ね返していた」

風の性質を鎌鼬という斬撃に変えた。そうして叩き落として銃弾は止めたのだ。

「貴方の場合、天候を変えて風を吹かすだけ。できなくて当然でしょう」

冷酷に真実を突きつけた桜色の瞳は侮蔑を孕み、平らに据えていた。


「そもそも私……貴方が天候を操るとわかった上で質よりも量で攻めましたの。停滞自体はありますので、貫通力に欠けてしまう可能性が高い。ならば、前方の弾丸が停滞しても――後方は如何でしょうか?」

そう、物理法則は無情。

銃弾を連続で撃ち続ける事でスリップストリームを発生させる。前弾が空気抵抗を受け止めて停滞する代わりに、後弾は加速した。


「……まあもちろん。私の武器は大変危険ではあるので、対策を投じてましたよ。制圧とは宣言しましたが、あくまで彼らの保護が第一目的ではありました」

初動で撃つことはせず単純に殴りにかかったのもそのためだったとアルデは静かに語る。

「情報も割れてるでしょうから毒も仕込みましたがね。弱毒性ではありますが、皮膚接触だけで神経麻痺を起こせる代物で、貴方の異能を弱体化したのですよ」

それらの条件を揃えた上だからこそ、アルデは遠慮なく撃ち込めたと。


結果は現状だ。

無数の雨嵐めいた銃弾は、ベガオスたちに向けて跳ねることもなくシングドラとその背となる壁に穴を開け、部屋に飾られた家財を破壊するのみに留まっている。


「なので、貴方様に感謝を。……こんな子供騙しのような手法にかかってくださり、ありがとうございました」

思い描いた通りの展開が広がったと。アルデは優美に微笑み、煽るのだ。


「っこ、いつ………ゲホ!」

「ああ。あまり、動かぬ方が賢明かと」

手をつける床に爪を立てて引っ掻くシングドラを他所に、機関銃を仕舞い込むアルデは煌めく目を据えた。

「先に発砲した銃弾にもアストリネに有効な神経毒を塗りつけております。此方は激薬とも言えるものですよ」

語らいながら触手から数滴の粘液が落ちる。

「ッ、……ぐぁ……ッッ」

わずかな粘度帯びた薄黄色の液体が垂れて床を汚した瞬間、毒の本効果が発揮された。

シングドラがてんかんをじみた痙攣を起こし、口元から血泡を噴き出す。

「ンブッ゛、!…、ッ゛…っ!」

胸元を抑えて床に倒れ伏せてしまってもなお、アルデは氷土よりも冷ややかな目をシングドラに向けるだけ。


「六十七発以上は確実に打ち込みましてよ。低く見積もっても……毒量は50mlかしら。いくらアストリネの再生力があれど、三十時間相当は匍匐前進すらままならないでしょう」

そもそも強力な神経毒は1gで数万人の犠牲を生み出す。単純計算で換算すれば、今、五十数万人を殺す毒がシングドラを蝕んでいるも同然。

「………最、悪…。……だからって、っんな、バカ、みたいな手段使うかよ…」

シングドラは苦しげに血泡ごと声を吐き捨てるのみで、それ以上の動作は起こせない。

重度の神経麻痺が起きる以上、本体を明かすことで一時再生能力向上はおろか、異能発揮もままならないだろう。

不様としか言いようがない状態で睨まれたアルデは、クスクスとおかしそうに笑った。


「あらあら。これが人体化が下手な海底住まいなりに良さを存分に活かした戦いです」

嫌味ったらしくもシングドラの罵倒を敢えて受け入れて、十九代目アルデは波打つように触手を蠢かした。


「……経験不足のお嬢様にしては、よくできましたでしょう?」

後に棍棒を扱うように触手を振り下ろし、シングドラを強く叩きつけることで意識を狩り取るのだ。



「ヴァイオラちゃん゛〜〜…!」


気を失ったシングドラの拳銃が触手により粉々に握り潰された後、完全に場が落ち着いたことを飲み込めたフリッドが泣きそうな顔で両腕を伸ばし、アルデに駆け寄っていく。


「ほんとありがとう!ありがとう!最高のタイミングでの登場だったぁ!」

しかし、抱きつかれる瞬間。

アルデは身躱す形でフリッドを拒絶したため、フリッドは正面から転倒し倒れ伏せた。

「……なんでぇ?」

「今の私にはアストリネ特攻の毒が分泌されているので……寧ろ、近づかないでくださいな」

避けたのは冷たさではなく、優しさからだ。

だから痛む鼻先を撫でて唸り起き上がるフリッドにも手を貸せてやれないのだと、桜色の触手は悩ましげに畝っている。

「そっか。なら仕方ないよねぇ……」

「です。一先ず、私はこれよりすべき事を優先いたします。カサンドラ。貴女は私の愛弟子に連絡してください」

納得を与えた後、アルデはベガオスたちに振り返ると同時にフリッドに指示を送った。


「え?この状況で……子犬くんを?」

「ええ。早急に直接伝えしたいこともありますので、ここに呼び出す形でお願いします」


何故吏史なのかとわからないと首を傾げる。

だが、フリッドとしてはアルデが言うのならば特に断る理由もなかったし、今は都合よく自身と繋がってるイアンが傍にいたことを思い出した上で頷くのだ。


「OK、わかった、ウチに任せてっ!」

満面の笑顔で快諾し、フリッドは自身の通信機器を起動し始めてコンタクトを取り始める。


それを一瞥したアルデは、手負の朝海に向き直り、自らの触手を伸ばし触れようと試みた。

「……っ!」

しかしベガオスは、触手から庇うように朝海を抱き上げて、警戒心をむき出しにアルデを見据えてる。

毒、という事前情報が彼をそのように動かした。


「……先も申し出たように、アストリネにだけ有効な毒です。人体には問題ありません。どうか信じていただけないでしょうか?」

アルデは憤慨することはない。

ごく当たり前のことだと受け入れるよう、丁重に、優しい声をかけてベガオスを宥めていく。

「私はあなた方を助けたいのですよ」

「…………」

そのように申し出されたベガオスは大いに悩む。アルデを信じるか否かで選択の天秤が揺れていた。

しかしいずれに傾かせるかを決め切れず、眉間に深い皺が寄る。判断材料自体はあまりに乏しいのが大きい。


しかし、危機的状況で本性が顕になるという法則を鑑みれば、自身を身を挺して庇おうとしたフリッドは信頼すべきだろう。

アルデの行動自体もまた、ベガオスたちを軽んじない憂う慈悲精神に溢れてると言える。

目を瞑り、顔に苦悶を浮かべるよう歪ませて、恐る恐ると探るようにもベガオスは問いかけた。


「……貴方を、信用してもいいのだろうか……?」


しかし、問いにアルデが答える前。

ゴホッと、むせ返るような激しい咳き込み音が朝海から響く。

「っ!」

ベガオスは息を詰まらせた。

今は迷ってる暇なんてなかったと、朝海の容態が悪化した事を直に触れる形で悟ってしまう。


「…っ、お願いします!アルデ様……どうか、彼女を助けてください…!」


救済を求めるようにも両腕を上げて朝海の身を差し渡し、ベガオスは勢いよく首を垂れた。


「……」

わずかな沈黙を経て、桜色の瞳にベガオスたちを映したアルデが静かに告げる。


「わかりました。どのような形であれ、助けてみせましょう。――始祖エファムに誓って」

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