影と踊る
少女――女性と知った途端。
イアンは嬉々として食いつき、己の顎を撫でて弾んだ声をあげている。
「……へぇ。女の子かぁ。いや、この子は俺様の慧眼では成人よりと見た。推定年齢十八から二十。結構素朴だけど愛嬌が見えて可愛いね」
横顔が綺麗。鼻から頬にかけて薄い雀斑もチャームポイントだの、何処か得意げにイアンは少女の容姿をふんだんに褒めまくるのだ。
「…もしかして…あの子は此処にある記憶の…一部かな?良い記憶じゃないか少年、最高の青春してんじゃん。羨ましいぞぉ〜」
後は揶揄うように肘で肩を小突き、いやらしい笑みで口元を歪めていた。
そんなイアンを他所に、吏史は無言を貫く。
ただ、鬱陶しがることはせず目を瞠り驚愕を現すのみ。
「…………あれ?少年?もしかして知り合いじゃない?」
「……いや、見は、した……けども」
「あ。なーんだ!ちゃんとお知り合いさんな訳だよね?なら、健全な現象だ。つまりこれは少年の記憶で…」
「いや知らない。全然。前に死にかけた時に見たくらいで、そもそも前はこんな景色じゃなかった」
「死にかけた時に見たくらいで??……どうゆことだ。走馬灯とはまた違うってことぉ…?」
鸚鵡返しして頭上に疑問符を浮かべるイアンに、吏史は具体的に答えられない。
何故なら本当に、何も知らないから。
腰まで掛かる烏の濡れ羽色のような髪。桜爛漫の春の空のような桃色かがった碧眼。
仄かに香る、潮の香りまで。
「……何も知らないんだよ。オレは、彼女の名前すら知らないんだ」
「…えぇ…こんなに。心という『色』が詰められた鮮明な記憶なのに?少年が知らない子な訳?」
「うん。そう」
即座に肯定する。
何もかもが色褪せない鮮明な色彩で満ちるこの光景自体、吏史が経験して得た物ではないのだと。
しかし前ほど――何もかもがわからないわけでは無い。
『ゴエディア』が顕現する黒骨の拳を握りしめて呟く。
「前にも思っていたけど、これはきっとオレの記憶じゃない。……多分、あの子を含めた『誰か』の大切な記憶だよ」
「うーん。聞いたことない事例だな。アストリネ様異能集団って[核]を継承しても前代の記憶や性格を引き継がないじゃん?それと同じように……俺様たち人類も輪廻転生しても記憶はないもんだ」
生物学的にも説明がつかない要素だと、イアンが悩まし気に暫し熟考に唸る。
「少年が『ゴエディア』だとしてもおかしい、か」
後に、人差し指を一つと立てて、心内に浮かんだ有力説を唱えた。
「そうだな。……もしかしたら『本能』、その類かもしれない」
例えば魚、卵から生まれてすぐに泳げる。
カメレオンも生まれてから直ぐに体の色を変えれる、身に刻まれたようなものではないかと仮定した。
「少年の脊髄、神経に刻まれたものだったりして。そう仮説を立てるなら……彼女は少年の出生に関係する存在なのかもしれないね。全部がもしかしたらだけど〜」
「……」
イアンの言葉に反論否定せず。
吏史は、目を輝かせて廻り巡る木馬を眺める彼女の姿を眺めた。
「………本能に、」
小さく呟く。これまで大して気にしてなかった、己の立場を思い返す。
「出生……」
実の両親――母親を知らない。
似てるのかは兎も角、黒髪に碧眼という吏史と同一する要素が彼女にある。
だから、イアンが建てた仮説自体、馬鹿らしい出鱈目だと一掃できずに居た。
「それは、覚えておく。……今度……ヴァイオラに、彼女の容姿と一致する存在が居たか聞いてみるよ」
どうでもいいと、跳ね除けない。
無用の記憶と捨てるにしても、目の前の景色はあまりに綺麗な世界だから。
せめて、彼女が何者であるかの答えを掴もうと心に決めて頷いた。
「――ヴァイオラぁ?」
イアンは大きく眉を顰める。
その名を口にされたことが信じられないと懐疑的な調子で、声は荒げていた。
「…え?嘘。何、もしかして…ヴァイオラ=アルデ様とも呼び捨てする仲なの?」
「知り合いというかオレの銃とマナーの師匠だけど」
「カァーッ!!」
「え。なんだよ急に。鴉の威嚇?」
イアンは男として心から憤慨し、嫉妬する。
ヴァイオラ=アルデ、彼女は謹厳実直な性格だと有名だ。師匠という枠に当てはまるイメージは、人々の間には全くない。
しかし麗しい美女だ。是非お近づきになりたかったこともあるが、彼女は男性を拒絶する傾向があった故に諦めていたのだ。
そんな高嶺の花と見ていた彼女が、年下男子の吏史の師匠になってると。特別に。
――そして、この衝撃的事実を得たイアンは悟ってしまう。
大きな輪に括り考えてみれば、吏史はよりどりみどり。大変女性にモテてるのではないか?
わざわざハーレムに誘い築く必要もないほど、一定数のアストリネという美女達に好意を寄せられてるのはほぼ確実だ。
「だから何。ヴァイオラが師匠でなんか文句あんのかよ」
但し、当人はそれに微塵も興味がない様子。
それがいっそうまた腹立たしい。
「カァアアーーーッッ!」
イアンは両拳を握って腰を屈める姿勢を取る。
あれやこれやの言葉を詰め込んだ嫉妬の叫びを、痰ごと吐き捨てた。
「何?召喚の儀式でも始めようとしてる?」
色恋沙汰など興味ない身としては、イアンの咆哮など不可解な感情なもんだ。
吏史は動揺を覚え、批判するしかない。
やがてイアンは吏史に説明せずに両手を下ろす。
そして、地面に全て投げるように仰向けに寝っ転がった。
「あーあ!やってらんね〜!アストリネ様たちの好みって年下男子だったりするのかなぁ!まじでやってらんね〜!生物学を学び直して若返りの機械作るべきかぁ?…バカが、何年掛かるんだよぉ!誰かそのままの俺様を愛してくれよ!」
急に怒りを晒した後に、悲しさに耐えかねてうつ伏せてしまう。
地面に熱烈なキスをかましていたが、指摘する者は誰もいない。
「はー!もう都合よく今ここで寝て起きたらド好みの爆美女が俺様のこと好き好き♡って迫ってくれねぇかなぁ!」
ある意味での怒涛の開き直りと言える。
それを目の当たりにした吏史は最早何も語らない。ただ、冷ややかな目で見下ろすばかりだ。
「……で、景色とかに変化が起きたわけだけど。機械操作自体はまだできないのか?」
「へーへー、わかりましたよぉ。『ハーレム兵器』さんのために試して見ますよー」
「ほんとなんだよ」
操作を促されたイアンは、寝転がりながら渋々と手を動かす。
「……おっ!?」
幸い、操作ができるようになったらしい。顰めっ面が破顔して喜色の声が上がる。
「よっしゃあ!操作できるぅ!起きようもう起きよう!このあとはカサンドラに髭を撫でるように褒めてもらって、甘〜い酒でも飲まなきゃやってられないって!」
「飲酒するのは勝手だけどデータ修復してからにしてくれ」
「わかってますよ!朝海ちゃんにも会うの楽しみだしぃ〜〜〜」
「別に会わなくていい。オレが持ってるんだよその破損データは」
満面の笑みを浮かべたイアンは聞く耳を持たず、鼻歌を歌いながら機械の電源を落とす。
記憶を再現する思考空間を作り出す周波は絶たれてしまった。
後はパタンと絵本を閉じてしまうかのように、深層心理の世界が消えていく。
◆
「あふ!」
「っうぉわぁ?!」
大きな音を鼓膜にぶつけられる衝撃で、イアンが目を覚ました。
「いつつ……なん、だぁ………?」
顎痛む顔を左右に動かし、体を起こす。
そうして周囲を確認すれば、先の雪のように真っ白な毛並みを持つ青目の犬と思わしい獣が、尻尾を千切らんばかりに振っている。
「あれ……美人さんだね〜鋼義街にはすごく珍しい子だなぁ。キミ、どっから来たのー?」
イアンは犬に触れようと手を伸ばす。だが、犬は身を屈める形で避けてしまう。
「……あれ?なんだよ、つれないなぁ……」
「――あふ!」
しかしイアンがそのまま引こうとすれば、動作を咎めるようにも尾を立てて吠えられた。
「あぉん!あふぅ……うぅ……ふわん!」
毛を逆立たせながら、頭を振る。とても忙しない動きだ。
頻り何かに訴えるようで、何かに対して酷く怯えている様子とも言える。
「……んー……?」
どうしてそんな反応をしてるのだろう。
イアンが理由に到達する前に、白犬は何度か左右に跳ねてから颯爽と走り去る。
「あっ、ちょ……」
太ましい体格に見舞わぬ機敏な動きで、思わずイアンは咄嗟に追いかけようとした。
そうして立ち上がった瞬間、ひんやりとした感覚が背筋に走る。
「えっ……」
得たのが悪寒だと気づいた時、視界の端から奇妙な刀が差し込んだ。
白骨が連なった形状にして、白刃は血めいた朱色に染まりきっている。
正に妖刀と呼称するに相応しい刀。
それが断頭台の刃が如く、イアンの眼前に差し迫る。
「ぅひぃッ!?」
情けない悲鳴を上げて目を瞑り、一拍遅れてガギン!と鈍く重い金属音が場に鳴り響く。
――但しそれは、イアンの首と胴体が別れた死音ではない。
「ぁ、あるぇ…?」
己に痛みがないことに不思議がりながら、イアンは咄嗟に瞑った目を慎重に開く。
今し方上がった激音は、白骨めいた刀と黒骨めいた手甲がぶつかり合ったものだと知れた。
「……しょ、少年!」
間一髪で起き出して介入に成功した吏史が、顔を大きく歪めている。
振り下ろされた刀を全力で押し返そうとしているが……刀を持つ主。全身が薄金色の鎧で覆われた武人とは腕力が拮抗してるのだろう。
両腕に渾身の力を込めてもなお、相手は不動。
所謂膠着状態に陥ってしまっていた。
「…チッ!」
鋭い舌打ちを溢し、吏史は後の対処に思考を回す。
相手の正体は不明。アストリネや人の気配自体は皆無。但し『リプラント』を想起させる不気味さを加味することで、目の前の存在は兵器に関する類と判断するのが自然。
ギリッと力が籠った歯軋りが立つ。
「……だったら、確かめてやるよ…!」
一歩、後方に足を下げる要領でイアンの腹部を蹴り上げた。
「痛ぁ?!」
強制的に離れさせた後、合わせて身を屈める。
受けていた力を斜め下方向に流して、跳び退いた。
狙い通り刀は逸れてイアンが横になっていた寝台へと向かい、派手に拉る。
体を転がす形で体勢を整えて、立ち上がりながら武器を取り出し、銃口を突きつけた。
狙い定めて、三発。
引き金が引かれて火薬の匂いと共に放たれた弾丸は、鎧の隙間を掻い潜り、頭部、頸部、心臓という急所に着弾した。
「………」
しかし、鉛玉を撃ち込んだ程度では、それに大した意味はないのだろう。
薄金の鎧武士は凶弾を受けても倒れ伏せず、悠々と寝台にめり込んだ己が刀を持ち直す。
やがて吏史に振り返り、両手で掴んだ紅き白刃を上向きに構える軽の型を取られていた。
「………。まあ、想定内か」
被弾しても血が流れず、人体の急所を撃っても終わりにならない。
となるとやはり、この鎧武者の正体は【ルド】に置かれた兵器『遺児』と見做すべきだ。
猛者を模った意味や、どういう形で生物の寄生を図るのか、何故イアンを狙ったのか――数々に浮かび上がる疑問はひとまず頭の片隅に投げ置く。
こうして目の前に世を乱す兵器が現れたならば、力を振るい討つことで平和を維持する『平定の狩者』の仕事が始まったも同然だからだ。
それを、最優先に行うべきだろう。
「とっとと潰す」
低い声で唸りながら、平らに目を据える。
銃を弧を描くように手回し、組み直すようにも指先を動かせば、ガチャンと硬質な音を立てて銃は剣へ形状を変えた。
その柄を掴み持ち替えて、破壊対象に向かう。
息を切って地面を蹴り、鎧武者までの距離をゼロまで詰めた。
刹那の内に広がるは五連、瞬きの合間にて六連。
剣と刀の太刀筋が光速で走り、まるで止まらない花火が立て続けに昇るように、激しい剣戟が繰り広げられる。
「のうぉあわぁああああっ!」
壊れた寝台を壁にして体育座りで縮こまり、隠れることに徹するイアンが、瞑った目尻に涙を浮かべながら大きな悲鳴を上げた。
起きてるのは猛烈な嵐。
黒と白の装甲を纏う者たちを風の目として、二色混合の暴風が巻き上がってるようだ。
それだけ両者の力が拮抗した激しい鍔迫り合いと言えた。
但しここは二十畳程度の部屋。闘うにはあまりに狭すぎる。その上、イアン程度の動体視力では到底追いつけない速度で縦横無尽に動かれてしまうもんだから、部屋中はぐちゃぐちゃだ。
「いやぁああ!!俺様の二年間詰めに詰めた研究データが!!」
更に甲高く上がるイアンの悲鳴に構わず、吏史が机上に着地しては妨害を図り紙束を蹴り上げて鎧武士に吹っ掛ける。
それを正方形を描くように四連。
刀の軌跡を走らせ紙を無惨に斬り払った鎧武士は、視界妨害の応酬として足が曲がり壊れた椅子を乱雑に掴み、吏史に投げつけた。
「待ってやめて!その椅子ちょっといい奴なのぉ!ボトル四本分の酒我慢して買ったものだから!」
懇願が抑制となった訳ではないが、斬るという無駄な動作で吏史は応じない。
身を伏せて直撃を避け、ガン!と音を立てて椅子が壁にめり込む。
躱した後に、すかさず机から降りる。円を描くように身を回し左右に機敏に動き攪乱を誘う。
鎧武士の追撃である空の試験管や皿などの投擲の回避を交え、数メートル離れていた距離を詰め切って、真下から斬りあげた。
「!」
そこで鎧武士は敢えて刀を掴まぬ腕を突き出す。
吏史の剣により肩まで真っ二つに裂かれてしまうが鎧武士から出血は起きず、それどころか摩擦による抵抗で剣は肩部で刃が、止まる。
同時に鎧武士の全身が力んだことを示すよう膨張し、吏史が掴む剣が固定されてしまうのだ。
「チィッ!」
その為に敢えて受けたのか、『遺児』は五歳児の知能しかないとレポートで記載されていたからこそ仕掛けたというのに。
この反応は想定外だと、眉間に皺を寄せて舌を打つ。
合間に鎧武者が斬られた腕の傷も、とうに再生を果たしている。
武器を取り押さえられた状態で、チャッと赤の白刃の向きが変わり、鎧武者の刀が吏史の頸に迫った。
「……〜〜ッくそ!またかよ!」
悪態を吐いた吏史は剣を手放し、背を仰け反らせて太刀を避ける。すんでだった為、白が混じる黒の髪の一部が斬られて宙に散う。
横に転がりながら、刀の間合い外まで距離を取る。
ここから先をどうするか悩むように双眸は泳いだ。
――ひとまず回避に徹して機会を伺うべきか?
「ないな」
そんな背を見せて逃げ出す選択肢は始めから、ない。
「ここで、破壊する」
武器を手放してしまい無防備も同然だとしても。どの武器を手にするより身軽になれただろう。
吏史は床を蹴って、跳んだ。ザッと革靴が擦り切る音を置いて、氷を滑るようにも素早く鎧武者の背後に回り込む。
「うぉ?!すごっ!今、瞬間移動でも使った?!」
驚愕するイアンは無視して、鎧武者に向かう。
自身が保有する兵器。黒骨めいた物質が鈍く輝く『ゴエディア』の装甲纏った拳を握り構える。
風を切る速度で乱打を繰り出した。
猛攻に応えるよう、鎧武者は行動を変える。
しかし先のように体で受ける真似は、しない。刀で拳をいなすことに徹した。
「(?……なんだ?)」
無論、その違和感を吏史は感じ取れる。
頭から胴体に掛けて十発以上打ち込み、全て受け流されながら、訝しむ。
同じ兵器同士の接触を嫌うのか、或いは『ゴエディア』から放出される何かの成分があってのことか。――否、今はそうだと断定するに足りえない。
「(仕掛けてみるか)」
思考を回したあとに吏史は、くんっと顎を引いて後方に跳ぶ。
その場から近くの壁に後転し即座に蹴り跳ぶというアクロバットを披露する。体重という物理を加算した左拳を突き出しては、迫った。
但し――殴打を目的としていない。
再び防御姿勢で取られていた刀との接触直前、握った拳を開き、刀を着地点にするよう掌を置く。
限界まで赤色の白刃に『ゴエディア』纏う手を滑らせて、金属を擦れ合う音を立てては刀の鍔元を掴み、左腕を軸にして体を宙で一回転する。
曲芸めいた動きで両足を開く最中、白差す黒髪から覗く煌めく異色の瞳が獲物を据えていた。
「ッシ!」
短い息を吐いたと同時にブォンと風を裂き、大きな半月を片足が描く。
まるで鈍器が振るわれたように、遠心力を乗せた重い蹴りが、鎧武者の頸椎に炸裂した。
パァンと砂塊めいたものが弾けて四散する。破裂音が部屋に響く。
「んぎゃあ!?!え?く、くび?!首が取れ…っ!!」
どうやら凄まじい力を受けて頭がもぎ取れてしまった、らしい。
ゴロンと鎧武者の頭部らしいものが床に転がってきたことで、イアンは引き攣りつつ後ずさる。
その最中で吏史は体を回し体勢を整えて、刀から跳び退いた。
確かな手ごたえ自体はあったとはいえ、まだ気は抜けない。次に備えるよう腰低い姿勢で身構えている。
「ちょっと少年!蛮族すぎでしょ!今時頭部破壊スプラッターは最悪!物理的な顔確認とかマジでどうでもいいから!悪い文化はいらない!ほんとやりすぎ…」
冷や汗が止まらないイアンが早口で捲し立てて吏史を責める――が。
喉に物を詰まらせたように、その発言が止まった。
「ぅお、ぉ、おぉおぉ……?!」
凝視する。
目の前で理解し難いことが起きてるが故に、そうせざるを得なかった。
「――首が……ない!?」
イアンは限界まで口を開けて喚く。
まさに鬼若。頭という思考元を損傷しても尚、武者の残った身は地に崩れ伏せることはない。
「…さ、再生もしない?もしかして過去の神話で語られた妖精デュラハンか?いや、東洋戦国時代の単語……落武者……じゃなくて、アストリネ様以外の奇想天外な存在がいたなんてぇ…」
「違う。多分、あいつの体は集合体だ。武者の形に群をなしてるんだろ。……だから首なんかなくてもどうにかなる。その代わり衝撃に弱いから、打撃はちゃんと防御してた」
そう会話を交わして分析を果たす二人に対し、明確な弱点を看破された首無し武者は、次なる行動を起こす。
今度は下段で刀を構え直して、再び吏史に向か――わない。
「は?」
「おぇ?」
地面を蹴った同時に、扉を切り裂いて逃げ出した。
「いったぁ?!……逃げたぁ?!」
同時に真っ二つに斬られたカルテが頬に飛んできて、それに叩かれたイアンが悲鳴と驚愕の声を上げる。
だが、吏史は構わず『遺児』の後を追うことを優先した。
「はい!?いや、嘘だろ少年!アレを追うの?!」
危険顧みずな吏史へのツッコミがイアンより飛ぶが、吏史は振り返りもしない。
己の視界から取り逃さないよう追跡を継続した。
しかし扉先の通路。
地下から地上に上がる階段を駆け上がり、店の通路を越えられ、酒場内にまで。
追いつけずに逃げられてしまう。
「…おわ!?」
「うわぁ?!な、なんだぁ、あれ。……何かの機械かぁ?」
机などの障害物も切り裂かれて進まれてしまうため、何事かと人々の声が上がる。
幸い、彼等が傷をつけられることはなかったので吏史は奔走と跳躍に意識を集中させた。
だがしかし、それでもやはり武者との距離は縮まることなく追いつけない。……力だけでなく、速さまで拮抗していたということだろう。
そのことに短く舌打ちを漏らし、吏史は武者を追いかけ続ける。
やがて、店外の道まで『遺児』に逃げ仰られてしまった。
「……っ、メッセージを起動しろ!」
吏史は次の対処に移る。
自身の腕に着用してる腕時計型の通信機器HMTを声帯認証で起動させた。
視覚妨害にならない程度に片目だけの範囲で、青色のホログラムが半透明式にて浮かぶ。
「送信先は三十代目ネルカル、朝海!これから先、十秒間の音声を録音して送ってくれ!」
早急に情報を信用できる者たちに、報告するべきだと判断した。
不利状況に置かれた自覚を持って逃亡の選択を選び取れるなど、【兵器『遺児』は五歳児程度の知能】の説明がつかない。
確実に、異常事態が起きてると言える。
幸い人混みには紛れられなかったが、薄暗い路地裏に向かわれた。
曲がり角を曲がった瞬間、眼前には投擲されたであろう鉄塊が迫る。
「っ、第十九区『ピーヘン』にて、協力者イアンを狙った『遺児』らしき存在に接触した!」
報告を紡ぐ口は止めず、咄嗟に身を屈めて直撃を躱し続けていく。
避けた鉄塊は背後の壁に激突し水道管を破裂させ、スプリンクラーのように散水が起きていた。
「……見た目は、薄金色の鎧を全身に纏った…首無しだ。全長含めて全体的な身体能力は……オレに近い…!」
油香る水により濡れた髪と服や心地悪さに眉を顰めたが、できるだけ簡潔的に情報を音声に記録する。
決して取り逃さないよう、ひたすらに。路地裏を掻い潜って逃げる『遺児』を追いかけ続けた。
「多分、体が砂のようなもので構築されてる影響からか、衝撃に弱い。代わりに他の攻撃は通用しないかもひれない。現に剣や銃は効かなかった」
有用な弱点の報告も忘れずに。
ただ、決して『遺児』に振り切られぬよう、走るだけでなく跳躍も交えながら先回りを図ろうとする。
「っそれと、もう五歳児程度の知能じゃない!殴打の直撃を嫌って防衛したり、不利になったら逃走を図って………っ!?」
だが、吏史が勢いよく飛び出してしまった先は現場工事中の場所だ。
「が、ぁっ!?」
派手に転倒し、整備したてのセメントに頭から突っ込んでしまった。
幸い、衝撃による怪我はない。
だが吏史の全身が水に濡れていたことで、害が起こる。
セメントは剥き出しの首や頬に付着し、湿ったことで化学発熱を起こし、灼きつく痛みを与えるのだ。
「……くっ、…そ…!」
間抜けな負傷に苛立ちを覚えて片目を瞑る。低く唸りながらも、無理に立ち上がった。
「………メッセージ。今、オレの目の前の写真を撮って、先と同じ送付先に送ってくれ」
十秒が過ぎて録音機能が終えたHMTを起動させ、再び片目が青色のホログラムで覆われる。
少し離れた距離で仁王立ちで佇む首無し武士を写す。指示通りに撮影共有を終えたホログラムの光が、緩やかに流れるように閉じていく。
合わせて吏史はゆっくりと、拳を握った両腕を上げて構え直した。
「……『古烬』の兵器ってやつは、なんでこうも面倒で……楽に壊せられないんだろうな」
異色の瞳を据わらせて、忌々し気に吐き捨てながら。
――今、火傷したことで多少動きが鈍るだろう。
足場であるセメントは相当深いのか、少しずつめり込むように沈む。
そのせいで体勢が不安定だ。
先の刀による連撃を完全に防ぐのは難しいかもしれない……だが、やるしかない。
意を結するように異色瞳を据わらせる。
来る剣戟に応戦しようと待ちの姿勢を取るが、――『遺児』は、来なかった。
吏史から一定の距離を保ったまま、数秒間何もせずに直立で佇む。
白骨めいた紅刃の刀は真下を向いている。
それに奇妙さを感じて、片眉を吊り上げた。戦意喪失したのだろうか?と僅かに疑う。
――しかし、それは否だと突きつけるように。
誰も居ない工事現場を通り抜ける風が吹いた瞬間、武者は実行に移る。
刀を、宙に投げた。
弧を描くように回り、刀を構築していた骨は節を解きバラバラになる。
しかし瞬時に別の形へと接合が果たされた。
瞬きの間に刀は弩級と呼称できる弓へと変化する。
それは、両腕で扱うには到底身に余るような弓。弦を用いるに相応しい矢自体も欠如していた。
だが、オールクリア。条件は達成済だ。
『遺児』は先の争いで肩で押収した吏史の剣の柄を掴んで、抜き取る。
始めから三種変化式の武器であることを理解してるかのように、武者の指が巧みに動く。
鈍く重い金属音を立て、剣はたちまち槍へと形状が変わり……巨大な弓に相応しい矢が武者の手元に補充された。
そして武者は身を回す。それは弓を引くためだけの構えである。
弦を引くのは手ではなく、脚。槍の矢を添えて対象を狙い澄ます。
「――――――ぇ……?」
一連の動作を視認した上で、茫然とした声が吏史から漏れた。
己の武器を悪用され、常識外れな弓術を目の当たりにし呆気に取られたからではない。
寧ろ、逆。独特の武術に見覚えがあり過ぎた。
相手の頭部は空だ。未だ再生の兆候も見えない。
だけど、刹那の錯覚が過ぎる。まるでそれが答えだと本能が訴えるように。
「……なんで……」
紅花が咲いたような金色髪。合間に見えるのは旭輝が灼きつく翡翠の瞳。威を発するが如く、双眸が鮮明に煌めく。
そんな最悪の錯覚を武者相手に垣間見て、一気に全身の毛穴が開き冷汗が噴き出した。
「なんで……オルドと同じなんだよ……っ」
身は戦慄き、声が震え、愕然とする。
『遺児』の構えは己の恩者にして師範である二代目イプシロンと同じであったから、ひどく動揺を覚えてしまったのだ。
しかし、それは大きな隙。思考放棄、紛れもない大きな油断となる。
突くべきだと『遺児』は判断を下す。
「発射」
先の錯覚に加えて、イプシロンの口癖たる幻聴まで。吏史は明瞭に聞こえた気がした。
矢が容赦無く放たれ、空気そのものの壁をいくつも叩き割りながら迫る。
吏史が咄嗟に両腕を交差するように胸元を庇うものの、防衛と同時に矢は、中った。
ギィン!!と矢となった槍先と『ゴエディア』がぶつかる重音が場に渡る。
「ぐっ…!」
砲弾がぶつけられたも同然の矢勢だ。
耐えきれない。
そもそもこの場は泥濘んだセメントの上。足場としては不十分、踏み止まれるわけがなかった。
文字通り、吏史は槍に穿たれて宙を飛ぶことになる。
その身体で建築途中の鉄柱を破壊するだけでは止まらず――六軒の壁を貫くまで、矢の勢いは止まることはなかった。
着弾を果たした際、派手な爆発音めいた音が『ピーヘン』一区を揺るがす。
「…ッゲホ…」
様々な欠片や砂塵が巻き上がる中、割れた床に転がり、埃立つ中で吏史は酷く咳き込んでいた。
どうやら鍛冶屋で勢いが止まったらしい。手入れ途中の刃こぼれした槍や刀等も崩れてしまい、身を殴られて切り傷ができていた。
そもそも何軒もの壁を貫通させられた時点で背中を中心に全身を殴打されたものだ。
吏史は横たわった状態から、動けそうにない。
「なんだこいつ………ん?…こいつまさか……『ゴエディア』の……」
「一体何が起きてるんだ…?」
何事かと鍛冶屋の店主や客といった人々は戸惑う。しかし敢えて吏史に近づかず、見守るだけだ。
そんな騒めきに囲まれた吏史は、目の前で転がる己の武器、槍の柄を掴む。
下唇を噛み、痛む体の悲鳴を無視して指を動かす。重く鈍い音と共に銃に組み替えてから、引き金に指をかけた状態の銃口を『遺児』側に向けた。
だが、目を細めても遠くに佇む『遺児』の姿は、もうない。
――否。
無いというよりも、自壊するように武者の形は砂塵と消え始めている。
やがて一陣の風に煽られ、あっという間に姿を掻き消えさせた。
「……っなにが、起きて、んだよ…っ…」
破壊対象が消えたことで、深く息を吐けてしまい、一気に脱力感が舞い込む。
吏史は掴んだ銃を落として、再び地面に倒れ伏せた。
「……なんだ、倒れたか?」
「流石に此処は……通報かな…」
同時に離れて吏史を見守っていた周囲が響めき、総じて対処に困り果てる中――
「はいごめんね!失礼…失礼するよ!ちょっと、ごめんね…!」
イアンが人混みを強引に割って現れた。
「少年!おい!…っ少年!しっかりしろ!!」
イアンはすぐに駆け寄る。傷が浅い肩を掴んで揺さぶり、まだ意識が残ってるのをいいことに己の肩に腕を回し支える形で吏史を起こしていく。
「……怪我……」
「いやないよ。少年のおかげ。寧ろ、こんだけやばいやつに単独で挑んだ少年が無事で何よりだ、本当に。…まあ……ただ、俺様の機械は直せないくらいめちゃくちゃになったけど。命あるだけ儲けもんかぁ……ハハッ……」
端的に尋ねれば、礼の後に機材が壊されたことを悲壮感を込めて伝えられて、吏史は目を眇める。
そうなれば武者の狙いはイアンが開発した機械だったと判断すべきだろう。
「一先ず手当てだ。なんで先のやつが消えたのかは後にして、少年の傷を治すことから優先しよう」
促すイアンの発言を否定せず、無言で受け入れる。
支えられながら移動し始める中。
吏史は流れるように床に転がる己の銃。形状変化する前は、槍の矢として用いられてしまった武器を、見つめた。
風により掻き消えた『遺児』が取った、弦を引く特徴的な構え。イプシロンと同じ型を取った姿までが、脳裏に走る。
「(――なんで、あいつはオルドと同じ構えを取ったんだ)」
後の思考を支配するのは、己の師であるオルドヌングへの拭えぬ疑惑。
ありえない。心内で否定した。『遺児』に関係するような立場にはなかった筈だ。
しかし、吏史は不意に思い出してしまう。
師である二代目イプシロンのことはよく知ってる。五年間、共に過ごした仲だから。
だけどイプシロンは自身を語らない。
戦う意味も、人を守る理由も。ただ、『アストリネだから』という一点張りで片付けて、自らを明かさない。
それは彼の根幹を、何も知らないも同然ではないか。




