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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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喪失者の追いかけっこ

『ピーヘン』は非常に情報量が多い区だ。

設置された電灯は少ない。昼間なのに裏路地は闇の帷に満ちた場所も視認できる。

区民が常に決闘し合う環境が影響してか、鉄筋の塊に近い廃屋に加えて修繕工事中の現場がとても多い印象だ。

そのせいで中央部の建造物を始めに新築めいた建造物が、やたらと目立って仕方ない。

「………工事自体は流石に……此処の区民達が自給自足で賄ってるのか?」

そうした姦しい視覚情報の中、吏史はただ一人で見渡し歩み続ける。


「おい!黒色の顎仮面野郎!止まれ!」

しかし突如として前方から、視界を奪うほどの巨大な影が差した。


「お前が例の『ゴエディア』なんだろ!……なぁ!」

そこには巨人を彷彿とさせる黒鉄の義手を誇示するように両腕を掲げた男が居る。

ニッと並びの悪い歯を見せつけて笑いながら、吏史に試合を申し込んでいた。

「さあ!『ゴエディア』!おれと勝負し――?!」

発言が終わる前に、吏史は速攻動く。

助走をつけて男の機械腕を台にして、宙に跳ぶ。

膂力を乗せて風を裂く速度で踵落としを頭蓋に叩きつけた。

鋭い衝撃が地を揺らし、受けた男は身を左右不安定に揺らしていたが、意識の喪失を示すよう白目を剥く。

あとは重力に従うよう仰向けに寝転がって、砂塵を巻き上げた。


一方の吏史は、前転で体勢を整えて軽やかに着地を果たす。

気を失った男を目の当たりにするものの、足早にその場から立ち去ることを選ぶのだ。


「……ハァ。やっぱりこれ、すっごい邪魔だ」

既に関心すらないと示すように、己の顔全体を覆う仮面のズレを乱暴に付け直していた。


しかし、このような暴力沙汰が起きたというのに誰も騒がない。

倒れた巨漢を見ても悲鳴はおろか、心配の色を起こすものすらいなかった。

今し方起こされた争いなど、この区民にとっては瑣末な事、否。日常茶飯事なのだろう。

……命を奪わねば合法だと言わんばかりに。


「――今日はこの機関砲で黙らせてやるよ!こいつは戦車と呼ばれた過去の遺物も破壊する弾を放つ!」

「いいや時代は盾だ!装甲も武器にするのが新時代!このミサイルをも防げる超ハイパーアルティメット合金製盾に潰れるといい!」


そうして人々の力試しという喧騒はそこら中に上がっている。

誠に視覚と聴覚がやかましいものだ。だが、問題はそれだけではない。嗅覚情報までも凄まじい。

火薬や煙草や酒。

加えて鉄や薬の匂いまで混じり、街中そこらが酔いに浸かってるようだからだ。

此処は情報過多。過ごすにしてもあまりに落ち着かない。

無法地帯という例え自体、的確だったのだろう。


「…めちゃくちゃな街すぎるだろ…」

頭部に向けて飛来した瓦礫は首を傾けて避ける。平然と視認なしで回避しながら、吏史は仮面下で怪訝そうな顔を浮かべていた。


――本当にデータ修復を可能とする知的技術の持ち主がここに居るのだろうか?

なんて、疑念が湧いてもいたが。


「………何にせよ、地道に探すしかないか」


呟いた瞬間、周囲の破片や砂を巻き上げる突風が吹き荒ぶ。

「っ、」

更に眩い碧光まで差し込むものだから、吏史は思わず目を眇めた。


「へい、そこの少年。ちょっといいかい?」


聞こえてくるは、軽薄な印象を持たせる男の声。

怪訝そうな表情で顔を上げる。

そうして真っ先に目にしたのは、無精髭の男が乗車する物だ。

「………円?」

疑問を抱きながら呟いた。

車、というよりはひとつの大きな輪。車輪を巨大化させて平たくし幾何学的な模様が走る蒼の光輪。

そんな奇抜なデザインをした物に乗ってるのだから、吏史は目を丸くして驚愕した。


「……おっ。この『テイルヴェロシティ』が気に入ったかい?まーあ。男の子ならではだよな〜こいつは凄いぞぉ」

「別に目に入っただけで気に入っては……」

「これは最新の移動機械だ!」


発言を遮り海藻のような薄茶髪を揺らす男は、やたら自慢げかつ意気揚々と腕を組んで語り出す。

「なんといってもこの遂に完成した反重力機能!標高二千メートルまで自在に飛べるんだ。それだけじゃなくて脳から発する信号を汲みとって動くんだよ、凄いよな?凄いと思わない?」

「………」

同調の圧を受けて片眉は不快に吊り上がった。

正直、めんどくさい。吏史は強く思う。

羽音がうるさい虫に集られる気分に陥るが、それでもなお男の話は続く。

「つまりは自動のように遠隔操作が可能なんでね。俺様は美女と抱き合いながら素敵な空中デートもできるってわけ」

この通りと、実践披露するように男は両手を離して振ってみせたが、車両自体が揺れることはない。

走行が安定してるのを見せつけて、得意げに笑っていた。

「あっ……そう……」

心底どうでもいい情報だ。一層冷めた声色だったが、それでも男はめげることなく楽しげに語る。

「そう!そうなんだよ!ただ……その代わりこの機体は思考バイアスチェックが相当厳しい。現在は数十人ほどの所有許可が降りてない代物だ」

そうして懇切丁寧に『テイルヴェロシティ』の性能や所有条件まで明かした後、男は吏史に『テイルヴェロシティ』ごと距離を詰める。

そうして顔を近づけては、身を寄せてきた。


「つまり、こいつは希少。俺様と同じで特別だ。少年の『ゴエディア』もある意味でそうだからお揃いってやつかもな」


仮面越しに桑茶色の瞳と視線が合ったと同時に、男から気さくかつ馴れ馴れしいウインクを送られるのだ。


「ってなわけで……自己紹介はこれまでに。改めまして俺様はイアン。記憶喪失の天才発明家さ、よろしく〜」


尚、距離が近いことでイアンの体臭を感じ取れる。

「い゛……っ?!」

鼻腔を殴りつけるは物凄く強い酒気だ。

鼻の奥に酸を入れられたような独特の香りに、苦虫を噛み潰した顔になって引き攣った声を出す。

咄嗟に吏史は鼻を手で覆い、背を仰け反らせる。

そのまま数メートルほど物理的な距離をとり、悪臭の下から逃げていた。


「あ。ごっめーん。口臭かった?さっきウイスキーをロックで七杯飲んだばかりだし、未成年の少年には刺激が強いもんか」

そんな反応されても特段怒らず、イアンはヘラヘラと陽気に笑う。

眉間に皺を寄せて、怪訝な表情をむけてしまった。飲んだ酒量の話が不快になったわけではない。

単に、イアンが何を目的として吏史に接触してきたのかが読めなかった。

喧嘩を売るのなら初手で行う。それがこの街に於いて典型例だ。これまで撃退してきた機械化自慢の区民が証明してる。

しかし、イアンはパッと視認する限り機械化した箇所は見えない。ボタンの位置を付け違えた色シャツとよれよれのズボンから見えるのは生身の肌だ。

発明家と宣言した通り、体型は細身。――武術に秀でてるとも思えない。


「……あんた、何のつもりだ?」

だから意図を直接尋ねた。警戒心は解かぬよう、気を張ったまま。

対しイアンは、青色の何かを手で転がすように弄び始めてる。

「いやいや、別にそんな……ね。子猫みたいに毛をパヤパヤ逆立てなくても。俺様は少年と話したいだけよ?……ついでに……お願いしたいこともある」

クルクルと回す手を止めて、その何かを見せびらかすように掌を突き出した。


「―――は?」

イアンの手に有るのは青石が装飾されたイヤーカフ。

吏史がいつも身につけてるものと同じデザインのものがそこにあった。

「……は?嘘だろ、そんなはず……っ」

慌てて吏史が己の耳を掴む勢いで触れれば、――身に付けてるはずのものがない、ことに、気づく。

「――は?」

目を開き、声のトーンが低くなる。

あのイヤーカフは大事なもの。亡くなったサージュが残せた、唯一の証を用いで作られたものだ。

「……お、まぇ…!」

声が震えた。決して知らない奴が触れていい代物ではないのに、奪われたことに。

その事実と己の迂闊さに二重に苛立って、腹には煮え立つ想いに満ちる。

自然と顔には青筋が幾つも立ち、身体は戦慄いた。


「――んじゃ、ちと場所変えたいからさ。これが大切なら俺様に着いてきてねん」


そして『テイルヴェロシティ』はイアンの意に従い、発進される。

風を立たせて蒼光という走行軌跡を描き、一方的に去ってしまわれた。


「待て!……っざけんなよ…!!」

ギリッと歯軋りを立てて、吏史は走り出す。

ただ、愚直に追うことはしない。憤怒のままに追っても相手は機械に搭乗してるのだから無駄だ。


「(っがむしゃらに走ってもオレが疲弊する、不利なら少しでも頭を使って差を埋めるしかない……!)」


そして近くの狭い道幅の小道に足を踏み入れる。空を見上げ、睨むように目を細めた。

――五階程度の高さ。ならば十分。

迷いや躊躇を抱くことなく、膝を沈めて短く息を切り、跳ぶ。

左から右、壁を交互に素早く蹴り続けて、衝撃を足裏に、顔に風を感じながら上昇した。

吏史が登頂を果たすのはものの数秒のこと。

息も乱すことなく高層の屋上まで登り切り、着地を果たす。

直ぐに姿勢を正し端まで走り、街を一望した。

『テイルヴェロシティ』の蒼光はわかりやすい、すぐに見つけた後に目で追っていく。

手始めに軌跡の速度と距離を測り、何度も目を瞬かせて虹彩に映す。


分析した。イアンは此方を翻弄しようとしてるのか、動き自体は実に一貫性がない。

わざとらしく街を周回したりして吏史を煽ってるようだ。

これでは目的地とやらが完全な判断ができない。

――ただ、確かだとわかることはある。人の接触自体を避けてるらしいことが。

衝突し合ってる者達の決闘に巻き込まれることを嫌って避けている動きも見える。


だから、その傾向を導に吏史は脳裏に地図を広げて記す。

街という複雑な迷路を解く要領を発揮した。喧騒という通れない道を次々と塗り潰し、人の気配を感じれる道もまた選択から消す。

頻りにそれを繰り返し続ける。

多くの道という答えを無くし、払い除け、自ずと生まれ一本の道筋を編み出し通していく。


「――見つけた」

やがて吏史は一本の解に到達した。

場所は南南西の方角。人通りが無い薄昏い裏路地、その一点に注視する。

「……大体二十四秒後くらい、きっと通る……」

確信できたはいいが、時間はないも同然だ。

吏史は鋭い舌打ちして、瞼を閉じる。深呼吸をして荒れた感情を一先ず宥めていく。


「―――やるか」


目を見開いた後に冷え切った声で呟いて。

一歩。

躊躇いもなく踏み出しては高層から落下する。

突風に舞い上がる白差す黒髪から覗く双眸は、苛烈に煌めいていた。


◾️


――場面は変わり、『テイルヴェロシティ』で街を走るイアンは得意げにイアーカフを手で回す。


「はっはっはっ!『ゴエディア』の兵器でも所詮中身は少年だな!ちょろいもんだぜ!」

先の吏史の憤慨を思い出し、高笑いを上げていた。

大事にしてるものを強奪された以上、吏史はイアンを追わざるを得ない。

今は全力で取り戻そうと、馬車馬のように追いかけてきてる頃合いだろう。

このまま吏史が疲弊するまで追いかけっこをし続ける。弱ったところでイアンが優しく声をかけて話し合う。

精神的優位に立った状態で交渉に移るという目論見だ。

「一見普通の人間に見えはしたが……まあ、兵器で有るのは確かだろうしな」

これでもイアンなりに手心は加えてる。もっと酷い手段なら、山ほど思いつくのだから。

「俺様ったらやっさし〜」

そんな自負をして呑気に鼻歌を歌い、道を曲がる。

瞬間、裏路地の暗さが一層濃く増した。

「………うん?」

何事かと見上げる。

そうすれば、此方目掛けて飛来する黒鉄の塊が落ちてきた。


「……っうぉおお!?」


『テイルヴェロシティ』はイアンの脳信号に従い、直撃する前に車体自体を回転させ、鉄塊を避けていく。

「なんだなんだぁ?…!」

イアンは降り落とされないよう座席を掴みながら上を覗けば、まだ掛かる影に顔を引き攣らせる。

慌てて『テイルヴェロシティ』を操作する意識に戻し、次から次へと雨のように落ちてくる鉄塊の直撃から逃れようとした。

「明日は、槍が降るって、っ言葉自体は、あるけどよぉ〜!落石とか。天災でもっ、こんなこと……っ起きねーってぇ!」

イアンは必死に八つの鉄塊を避けていく。

『テイルヴェロシティ』の車体そのものを真横にするという芸当も披露し、紙一重で躱す。

衝撃で破片を散らす鉄塊の風も受けて、思わず目を瞑り唸った。

「待って待って!もう無理だって!ちょっと限か……ぃ゛?!」

訴えの途中、更に速度が上がった鉄塊が空気を裂いてイアンに迫る。

顔を引き攣らせ、『テイルヴェロシティ』には回避指示を送り、すんでで避けていく。

「いだだだだだっ!?」

だが、直前まで回転させていた影響もあり、『テイルヴェロシティ』は地面についた。

そのまま抉るように地を擦りながら削り跡が刻んでいく。

「いだだ、っ待て、待て待て待て!――止まれってぇ!」

しかしそれでも『テイルヴェロシティ』の走行速度を削りきれない。高性能が故、イアンの動揺に合わせてスピードを出し続けてしまうのだ。

「止まれ……っのぅわぁあああ?!」

やがて、イアンは近くの壁に激突した。


衝撃を受けた影響で座席から放り投げられ、路上に置かれた公共ゴミ箱に突っ込むのだ。


――数秒間。静寂が辺りを包みこむ。

同時に鉄塊による猛威の雨も止んでいた。


「――んぺっ、ぺっ!あぁ、くっそ、最悪だ!」

ゴミ袋の山から起き上がったイアンの姿は悲惨だ。

顔半分は土がついただけでなく、頭から足先までゴミが張り付いている。

それに加えて口中にも砂を始めとした異物が入ったものだから、気分は急降下だ。

「ったく。どこのバカが近くで暴れてんだぁ……?空気の読めないやつっているもんかねぇ…」

しかし最悪ってものは続くもので。

愚痴先でもある犯人は、音もなくイアンの背後に降り立っていた。


「おい」


イアンがゴミ箱から脱する前、冷たい声と剣先を突きつけられる。

頸動脈を、切先で軽く小突かれた。

予感させられてしまう。下手に動けば斬り捨てられる、と。

それだけ冷気を帯びた敵意だ。真っ向から受ける事で悪寒が背筋を走り、身慄いを覚えるまで。

すっかり真っ青になった顔でイアンは声の主を見上げてく。

「返せよ。そのイヤーカフ」

冷淡を装ってはいるが、どうしたって怒気の炎を隠せない吏史の双眸と視線が重なった。

「あー、なるほど……」

直ぐに、確信する。

先の鉄雨も間違いなく、吏史が起こしたものだろう。道を阻むように投擲されたと考えれば、自然だ。

「そこらの建物は荒れてるし、まだ工事前だから。化け物みたいな腕力さえあるんなら……幾らでも投げれる、ってわけね……」

改めて痛感した。やはり『ゴエディア』は人の形をした兵器。そう言われるだけはある。

透羽吏史はアストリネと同等、人の輪からは完全に離れた存在なのだろうと。


だから、此処でイアンがやることは一つ。

そっと両手を合わせ――顎横に添える。

「ゆるちて?」

猫撫で声で許しを乞う。尚、これがイアンなりの全力の命乞いだ。

しかし四十歳超えた中年に媚びられたところで愛嬌なんか感じるわけもない。ただただ悍ましいだけ。

目の当たりにした吏史の目から光が消え、平らに据わりゆく。


「痛ぁ゛っ!」

剣を回し持ち替えて、柄部分でイアンの頭頂部をぶん殴っていた。



――無事にイアンから返してもらった形見のイヤーカフを着用し直した吏史は、息を吐く。


用事は済んだとばかりにさっさと立ち去ろうとする中で、イアンが手を口元に添えて声を上げる。

「なぁー少年ー」

そうして引き留めた後、地面に転がる『テイルヴェロシティ』を両腕を使って起こしつつ切り出した。


「俺様の渾身の作品があるんだが。少年、体験してみてくれないか」

「……………は?」

急すぎる申し出だ。

予想外の展開とも言えるため、足を止めて振り返った吏史は怪訝そうな表情を浮かべてる。


「これ自体はカサンドラ=フリッド。十五代目フリッドからの欲求でもある……わけなんだが。どうかな、少年」

管理者にして上位種たるアストリネからの欲求となれば、断れない。

それがわかった上での頼みでもあり、吏史を怒らせたのは本意でもなかったと訴えたいのだろう。

「…………」

――だが、当然、快諾しない。

腕を組んでイアンを見据えた上で「お断りだ」とはっきり申し出た。

「……あり?なんでぇ?」

「オレは三十代目ネルカルの指令で動いてる。代表管理者を優先するのは当然だ」

断られると思ってもなかったイアンが目を丸くする中で、淡々と簡潔に理由を明かす。

吏史としてはあくまでデータ修復が目的だ。イアンとフリッドと馴れ合いする為に来てるわけではない。

「……破損したテキストデータの修復をしないといけないんだよ。それが【ルド】の為に必要なものだから、急いでる」

関与しない者に明かしたくないが、これは仕方ない対処だと溜め息を吐いた。

此処までしてイアンを納得させなければ、下手に絡まれる予感もあったからだ。

「へー……」

話を聞いたイアンは目を瞬かせる。後に引く…ことはなく、首を傾げながら尋ねていた。


「それさ。俺様がやってあげよっか?どんなに長くても一時間くらいで必ず復元してあげるよ?」


吏史は肩を揺らし目を瞠り、勢いよくイアンに顔ごと視線を向ける。

「まあ、条件として俺様の作品体験が必須だけどな」

目が合った途端に、イアンは得意げなウインクをかましていた。


「………咄嗟の嘘にしては、全然面白くないな」

「いやいや、こんなんで嘘つかないって。俺様は記憶喪失ではあるが、【ジャバフォスタ】で学んだ記憶は欠如していない。電子学専攻だって合格した。証拠は……これでいいかい?」

そうしてイアンは腕時計型のHMTを素早く操作し、吏史に向けてデータを送信する。

受信通知が来たため、怪訝そうな表情を浮かべた吏史が開けば、ホログラムは身分証明書を表示した。


〈イアン age43 戸籍【ジャバフォスタ】第四海区〉

〈電子学専攻試験合格〉


「……確かに。嘘じゃなさそうだ」

数多く並ぶ資格の中で、重要となる二点のみを視認し、先の発言が真実であることを認めるよう頷く。

指で横一線を描いて画面を閉じてから、吏史は改めてイアンに問いかけた。


「何で此処に居るんだ。見た感じ、相当優秀の部類なんだろう?」

「あー。グラフィス様と馬が合わなくって?俺様から出て行った感じっぽい。記憶喪失は国出る条件でさ、俺様自身が受け入れたもんなんよ」

グラフィス信者でもなさそうだ。最後の条件も問題なしと、小さく頷いた後に質問を投げる。


「……作品とやらはどんな感じで使われる?」

「簡単に言うと冷たいベッドの上で機械を取り付けて眠ってもらい、こちらが指定する夢を見てもらう――そんな感じだな」

「…………」


悩む素振りのように、吏史は顔を上に向けて空を眺めた。


「お。青空に満ちる雲に選択を委ねる感じ?なんだか風流感じる詩人みたい」

「ちょっと黙れ」

「あっはい」


僅かに生温い風が吹き、髪を揺らす。街に漂う錆びた匂いが鼻腔を擽って眉間に皺を寄せる。


「(……早く此処から出て戻る。意見は……別に聞かなくてもいい。報告だけ済まそう)」

答えは、浮かんだ。

余計な問答で詰められる無駄も無くすように、手早く動いてしまおう。

心内で方針を決めた後、吏史は視線を動かす。

流れるように空から前へ。

静謐を携えた異色の瞳はイアンを映した。


「………で、何処に行けばいい?」

「お。有難い返事だが……もう少し疑ってくれても構わないんだぜ?何か質問とかはないの?」

逆に心配されるように眉を八の字にされて尋ねられた吏史は、瞬きをした後に小首を傾げた。

「オレの何を狙って夢を見せようとしてる?」

それに対して片目を瞑り肩をすくめて、イアンは堂々と打ち明かす。


「白状すると感情のことだよ。フリッド……カサンドラは心を色彩として見ていてな。個性という独特の色を収集したがるわけだ。――だから要するに、少年の心が見たいだけ」


明かされたとはいえ、それ自体が謎に満ちた回答だ。

カサンドラ=フリッドにとって何の得なのかは吏史に理解し難く、訝しげに片目を吊り上げて首を大きく傾げてしまう。

「……ハハッ!わかりやすくわけがわかんないって顔だな、少年」

そうした素直な反応に好感を持つように、イアンはからりと笑った。


「口紅、マニキュア、アイシャドウ。服やカバン、靴……女性ってのは色んな『色』を用いて己を着飾り輝かせる可愛らしい存在だ。カサンドラにとっては『色』も同じ。その上で新しいものに目がない」

「新種の獣を見つけて新しい毛皮コレクションにしようと目を光らせる、山賊かハンターみたいだな」

「スッゲー火力高い例えだな!?カサンドラの前で言うなよ!?」


狼狽するイアンを相手にせず、吏史は真顔でHMTのメッセージ画面を開く。


[人材確保。十五代目フリッドの知り合いだった。これから修正条件であるオリジナル開発機械体験してくる]

問題解決の兆しを報告すれば、数秒後に宛先主である朝海から返事が来た。


[またすぐ変なのに首突っ込んでるよね?本当に大丈夫なのそれ。安全保証はされてる?吏史って簡単に怪我が治るからって自分軽んじてないよね?]

妙に心配されるような文面に、片眉を吊り上げる。

溜め息を吐いて吏史は返事を打ち込もうとした。…が、頭上にイアンの顎を乗せられる形で凭れられてしまう。

「なに」

成人男性の体重だ。普通に首に負荷が掛かって重いと訴えようと半目になる。

しかし、今のイアンの興味はメッセージ画面のみ。朝海だけに注がれていた。

「……ふーむ。思春期あたりの女の子かな?」

的確な年齢予測までした上で、イアンは吏史の片手首を乱暴に掴む。

そしてメッセージの入力話や行い、勝手に文を生成していく。

「っ。は。おい。あんた何して、」

戸惑う中で文はあっという間に完成した。


『大丈夫だぜ。かわい子ちゃん♡この機械俺様自身で安全確認済だから。ちょっとこの少年。二、三時間ほど借りてくなぁ。また後で会お♡』


狂気の沙汰としか思えないであろうメッセージが。


「何、知性の欠片も感じれない文を送ろうとしてんだよ!?…っあ!?」


それがしっかりと朝海に送信されてしまうのだ。

返事の速さからして、朝海はタイムリーにメッセージ画面を見ていただろう。

――しかし、送ってからものの数十秒経過したが、反応はない。


「あらら。しょうねーん。朝海ちゃんって、照れ屋ちゃんなの?」

「同僚にいきなり変な文を送られたんだ。誰だって動揺で固まるだろ……」

「いや、此処は愛情が足りないと見た。キスとハートスタンプを連打するべきだね」

「は?」


そんな身勝手な有言実行は成されていき、メッセージ画面はピンク色に染まっていく。

余計に朝海の混乱を招くであろう光景を前にして、吏史は眉間に皺を寄せては薄目になった。

好き勝手し放題のイアンを一体どう処分するべきかで思考を回す中で、ふと、呟かれてしまう。


「そういや、少年は吏史(リヒト)って名前なんだな。へーぇ……()()()()って呼んでいぃほごぉっ?!」


一拍も経つことなく、吏史の拳がイアンの顎にめり込んだ。


不意打ちで地雷そのものを踏み抜かれたことで、湧き上がる激情を抑えきれなかった。

仮面下での顔には幾つもの青筋が走っており、目も開かれている。

兵器『ゴエディア』を顕現させなかった手加減が、辛うじて残された理性と言えよう。


だが、イアンに拳が命中したのは事実。兵士でもない一般区民を、傷つけた。


「ぐ、ぉ……っ…!?」


吏史から物理的に離されて背を仰け反らし、数歩ほど蹌踉めいて、耐えかねるようにその場に蹲る。

鈍痛が響く顎骨を手で抑え、茶色の目尻には涙が浮かばせた。


「しょ、しょおねん…??」

「…………」


困惑の目線を受ける。

握る拳の力を強めて、間違いを改めて自覚した。

反射的で、つい。堪え切れず。

全身の毛が逆立ち、抗い難い殺意に衝動に委ねてしまったが。

これら全て言い訳でしかない。……過剰反応だったと認めて、謝罪を必要がある。

「……突然、」

グッと下唇を噛んで開き、吏史は頭を下げて謝罪を紡ぐ。


「……突然、手を振り上げてしまい、大変、誠に申し訳ありませんでした」


これまでの態度と反転したような、敬語調の真面目な謝罪だ。

イアンは顎を撫でて目を何度も瞬かせる。

ちょっとした衝撃でもあったから生理的な涙は即座に引っ込んだ。


「………そうだ!」

指をパチンと鳴らす。表情を悪魔のような笑みに一変させて馴れ馴れしくも吏史の肩に手を置く。

「少年よ……」

声高く嬉々として語るのだ。


「誠意が足りないな。顎骨は奇跡的に無事だったとはいえ、それじゃあ全然、割に合わないぜぇ」

表情筋は強く収縮してほうれい線が目立ち、愉悦を全面に出す悪辣な顔を浮かべている。


「俺様の言うことを聞けよ」

「…………何を」

大方、碌な願いではないことを吏史は予感した。

内容次第では身柄確保式の拉致を行い強引に修復させる方針をとるべきかと思案する中で、イアンの弧に歪んだ唇が開く。


「ネルカル様の連絡先を教えてよ。確か、少年は仲良しっしょ?あの子のサイズさぁ俺様の見立てではグレートなG……なんだけど。実際のサイズどーよ、どーなのよ。どうなのさぁ。実はお風呂とか一緒に入った仲じゃないのぉ?」


それは大変、【ルド】代表管理者への不敬にあたる行為のため、今度はちゃんとした意思を持った上でイアンの頬を引っ叩く。

パァンッと冴えた音が周囲に響いた。

先とは違い皮膚が染みる痛みに晒されたイアンは、目を丸くして手で頬を抑えてしまう。


「とっとと早くその作品とやらに案内しろ」

「はい………」


真顔で強気に申し出て先を促せば、イアンは打って変わって萎んだ様子で先行し歩き始めた。

寂しい背中だ。どこか哀愁漂ってるように見える。

しかし吏史は異色の目を吊り上げて、刺すようにも睨み続けた。


「しょ、しょうねん〜……揶揄いすぎた、ごめんてぇ……」

途中、犬がか細く鳴くような情けない声がイアンから上がっていたが無視を決め込んだ。

仲間への侮辱発言をした以上、心内にイアンへ罪悪感が微塵も湧くことはない。

なんなら先に真摯に謝ったことへの後悔を覚えるほど、不快が募っていたのだから。


――結局、移動道中。

吏史がイアンに向ける視線の鋭利さは、決して削がれることはなかった。



一方、その頃。

朝海は区民から勝負を挑まれることはなく、平和的に過ごせていた。


その理由は区民から直接的に明示されている。

銃を販売する店主から、ついでとばかりに見定められつつ語られた。


「うーむ。機械化(マシナリー)もされないようですし、あなたには力を試す気にはなりませんね」


頭から足先までしっかり見られての感想だ。

つまり、ここの区民は総じて血の気は多いものの見境なしではなく、挑む相手をきちんと選ぶらしい。

「……耐毒性を確かめるために開発したのに、より弱い毒だけしか対応できないなら無意味ではありませんか。それと全く同じですよ」

始めから想定していた通りか期待値以上が生まれるか。他者も用いる物を作るならばこそ、下回った結果で満足してはならないと店主は雄弁に語る。

「強くなれるか、なれないか。あくまでそこが重要なので。……此処では兵士になりきれなかった者たちが、夢の続きを追い駆けてるのですから」

頭以外の機械化が進んだ体で店の銃の手入れを進めていくたびに、ぜんまい仕掛けに等しい体節から軋む音が聞こえていた。


「だから、力を試すのなら上位である方が良い。より己を誇示できる。………ハァ。いつか機会があればディーケ様に挑戦したいものです」

なんて。命知らずなことまで語られた上で。

軽んじられてしまった朝海は、鼻で笑う店主に手払いされて退散を促されたのだ。


「何にせよ。うちの武器はあなたには無相応だ。出て行きなさいな、お嬢さん。……お尋ねしてきた技術者も、存じ上げておりませんので」



―――此処までコケにされて悔しくない。

なんて、宣うのは虚勢となる。


現在朝海はとても不貞腐れていた。

喧騒等で煤や傷がついた公共の長ベンチに座り込みながら、項垂れている。


「直接的に弱いって言われないのが、余計に心に来る……」


言われなくても自覚していた。

そもそも朝海には誇れる強さがまだ備わってないから、今は強くならなければならない段階なだけで。

小物と見られるのは事実にして現実。

馬鹿にされるのも仕方ない。粛々と当然だと受け入れ飲んで、此処は悔しさをバネに成長への道に励むべきだろう。―――


「あーーーー!もう!だからって言いたい放題言われていいわけじゃないもん!!」

だとしてもそれで納得行くほどの殊勝ではないもので。朝海から咆哮は上がる。


「私だって『平定の狩者』ですけど!?あのネルカル様に認めていただきましたけどぉ!?」

周囲に誰もいないのをいいことに、朝海はベンチの上で転がる。

ゴロゴロと寝転がる勢いで暴れ出す。

さながら打ち上げられたアザラシの暴走めいていたが、現在、彼女をみっともないと嗜め制するものはいない。

その勢いのまま俯いた顔を勢いよく上げ、握り拳を天に振り上げる。

「というか吏史、そうだあいつは何!?ほんと何だぁ!?何気なく任務遂行できそうだし!変な機械試そうとしてるのは頭おかしいけど、見つけられなかった私が無能って突きつけてたりするのか?!………っ、」

突如、過去吏史に降りかかったであろつ人生情報が、朝海の脳裏に流れ出す。

凄惨としか言いようがない内容に、燃え上がった炎に水をかけられ鎮火を果たした。

「……いや、無理だ……しない…っそんな性格……してないだろう…っけど!でもずるい!その運を私が持ってたら…っ」

頭を横に被り振りつつ、口を噤み黙り込む。


「………………。羨むこともやめよ……吏史の人生とか、私に耐えられる気がしないし……」


小さく呟き、嫉妬の炎を絶やして意気消沈のままベンチに横になってしまった姿勢を正していく。

上半身を起こして座り直し、むしゃくしゃした気持ちで軽く地面を蹴り上げた。


「――ほう。あの『古烬』の人生がどうかしたか?」


ただ、そんな暴走した独り言の一部が知り合いに見られたらしい。

「っ!?」

聞き覚えのある声が掛かったことに肩を大きく揺らし、弾かれる勢いで後ろの方に振り返る。

そうすれば、両腕を組んで佇むベガオスと視線が交差した。


「……ん?すまない。もしかして自分はただの独り言を拾ってしまったのだろうか」

何か気まずさを覚えたらしい、ベガオスは眉尻を下げて首を傾けた後、詫びるように頭を下げる。

「ならば申し訳ない。せめて声をかけずに見過ごすべきだった……」

何処か申し訳なさそうな調子で謝られてしまうのだ。


「あ、いえ。そんな…そっちが気にしてないなら別に…お構いなく」

謝れる謂れがない。寧ろ、みっともないところを見せたのは朝海の方だ。

ベガオスが気にしないなら何も問題ないまである。

意を伝えるように手を横に振った後、朝海はふと思った事を口にした。

「……ところで、何故このような場所に?」

単独行動を強要されて別行動をしていたはずだ。合流するのもおかしいという指摘である。

「…ああ。目的の人材は見つからない上に、区民たちに勝負を挑まれすぎて多少疲れてしまってな。休憩も兼ねて人気がない場所に移動していた。…朝海さんは?」


頷きを交えて語られた説明の後、眉間に皺が寄せた朝海が答えた。


「私も店を中心に回りましたが全然見つからなくて途方に暮れてただけです。舐め腐られて勝負は挑まれてませんけどね」

「無駄な体力消耗がないのは素晴らしいことかと」

「あ。はい…そうですね…」


鼻で笑われずに褒められてしまった、ので。

尖った気持ちの矛先を見失い、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべてしまう。


「そう、ですね…普通はそっかぁ…」

ある意味合理的な考え。

しかしながら複雑な心境に陥りはする。そんな少女心をベガオスは当然汲み取れない。

汲み取れるわけもないまま、真面目に思案するよう顎に手を当てがう。

「………なら、後はフリッド様へ直接お会いするしかないのだろうか…?」

そう先への打開策を考え、口にした。


「……んー、それもいいと思いますけど。多分二、三時間後に解決しますよ」

「…なんだって?」

「あ、わ。吏史が人材確保成功したみたいなので……無理せず、待機もアリなんじゃないかな、とは……っ」


初耳とばかりの反応で眉を吊り上げるベガオス。もしや気を損ねたのかと思い、朝海が慌てて手振りして理由を明かした。


「何ぃ?!あの『古烬』がか?!……クソ!どうせ自分の身の上も碌に語らず言葉巧みに相手方を騙してるんだろう!なんてやつ!!」


返されたのは凄まじく偏見的な決めつけだ。

憤慨して顔を赤くし荒ぶる感情を抑えきれず拳を強く握るベガオスに反して、朝海は一気に心が冷めていく。

思わず真顔になり、振っていた手を緩やかに膝に下ろしていた。

「………あのー、ベガオスさんはどうして、そんなに吏史が嫌いなんですか?」

心から紡がれた疑問の声は、秋空の微風のように肌を冷たく撫でる涼やかなものだ。

「これからチーム組むにあたって常に空気悪くなるのはちょっと…きついので。ベガオスさんの支障なかったら嫌いな理由を教えてください」

ベガオスは驚愕し、虚を突かれたように目を丸くする。

投げられた問いを熟考するよう、悩ましげに片眉を顰めては腕を組んでいた。


「……」

それから数十秒程度の沈黙の後に、ベガオスは口を開く。


「尊敬している人がいるからだ」

「……尊敬してる人、ですか?」

「ああ。自分が生まれてすぐ世界のために亡くなったと言われてる兵士の両親と……孤児になった際に世話を焼いてくれたラグダールさんを尊敬してる。兵士になるために……自分は生まれたようなものだからな」


兵士同士の間に生まれた優秀な遺伝子。兵士になるべくしてなったと呼べる孤児。

それがベガオスだと語られる。


「両親に倣おうとしたんだ。同じように、世に尽くす兵士でありたかった。……だけど、この世界に明確な()がいない。心の置き所が見つからなかったんだ」

研鑽された思いがあれど、向ける矛先がなければどう歩けばいいのすらわからないも同然だ。

平和な世で研がれた刀が無用の産物であるのと、そう変わらないやもしれない。


「……やがて自分は生まれた意義にすら、迷いかけてしまってな。完全に見失う前にラグダールさんが教えてくれたのさ。……『矛先を見出せないのなら、上を向いてテッペンを目指せばいい』、と」

そうして迷走して狂い果てかけたベガオスに、新たな気づきと共に夢を教えてくれたのはラクダールだったと。

僅かに目を細めて、心からの謝意を抱いてるよう優しく語られてるのだ。

「―――自分は、その言葉に確かに救われた」

得られた言葉はまさに天啓。

どうせならばと、気を切り替えられた。

より高みを目指し己を磨き、いっそ世に尽くせる存在と並ぼう。守れる形が変わるだけだと、心の方針が定まったのだ。


「だから、自分にとってラグダールさんは人生の師にして恩人なのさ」

想いを語るベガオスの表情は、ひどく穏やかなものだったが――

すぐに笑みは抜け落ちて、真顔に戻る。


「そんなラグダールさんなんだが……義足でな」

「え。そう、だったんですね……」

「ああ。しかも原因は…『古烬』の兵器。その被害によるものなんだ。酸で……片脚を溶かされてしまったらしい。それでより奴等を許せなくなった」


だからこそベガオスは、一層『古烬』への悪感情を募らせて、許せなくなったという。

両親だけでなく恩人の歩く自由を奪い、先の人生を曇らせたなど、到底許せる余念がなくなってしまった。


「何故自分は……こうも奪われるのか。『古烬』さえ居なければ、兵器もなければ、両親も無事だったと思うとどうしても。――憎らしくてたまらない」

それは誰にも甘やかされることなく兵士としての道に進むことで、真っ黒に染まった心内。


「やはり、許し難いよ。奴らは人類の敵だ」

直面した朝海が何も言えず押し黙る中、その顔は徐々に皺が走り、険しさが増していく。


「存在そのものが、気に入らない。見るだけで虫唾が走る。きっとこれからも奴らは多くを奪い不幸に落として、また新たな悲劇を招く。……何故、そんな存在がこの世に生きているんだ?」


アストリネ様の慈悲だというのならば、仕方ないと考えてるのだろう。

しかし、一意見としては『古烬』を野放しにするべきではないと訴えたい心がある。

多くにとっては『古烬』は害獣も同然。世の害としての自覚がなく、周囲に適応し合わせて殊勝に生きれぬ個体は平和を乱す種でしかない


「『古烬』は危険だ。間引けないなら、永久的に牢屋にでも入れて一生過ごさせるべきだろう」


そんな過激的発言までしっかり聞いた。朝海はすぐにベガオスに意見を返せない。

梅色の瞳が薄目になる。釘を刺されたように心臓が軋んで痛む。


一理あると、思ってしまった。


感情を優先して生きる者の自由を謳うより、万人の平和を維持して安心を取り持つのが統率者としての最低限の義務。

安全圏に居る綺麗事は何の抑制もない。本当の危機も懸念できないのならば、事態が起きる前に黙って処分してほしい。

悲劇の種であるのが分かりきってるならこそ、群衆から隔離して封じるべきだと思うのも当然だ。


瞼を閉じて数回、呼吸を繰り返してから緩やかに開く。


「…………。えっと。色々話してくれてありがとうございます」

ひとまず、目線を合わせてから礼を述べる。

それに構わないと手を振ろうとするベガオスに、朝海は申し出た。


「聞いた上で、私の意見をお伝えしたいです。……それは……構いませんか?」

「……ああ、構わない。寧ろ、知りたいから教えてほしい。……朝海さんは『古烬』に肩入れする理由を」

「いや元々別に『古烬』の肩入れしてるって、わけではありませんけどもね?」


否定しながら朝海は息を吸い込む。

胸に手を当てて小さく頷いた後にベガオスと目を合わせたまま、はっきりと告げた。


「まず始めに、ベガオスさんの言うことは間違いありません。再犯防止も兼ねて犯罪者は厳重隔離するべきかなと」

答えを受けて何処か満足げにもベガオスが頷く。しかし朝海ははっきりと明示する。


「ですが……それは犯罪者ならのお話、かな。吏史は違います。別にまだ何も悪い事をしてない」

「………朝海さん。奴は『古烬』だが……」

「だとしても別に、悪いことはしてないですよね?私が思う悪いことは……ティアを払わずに物を奪う盗みとか、誰かを理不尽に傷つけ奪うとか……その類、……な、ので」


互いに善悪の定義が異なるとはっきり線引いて、深呼吸を一つ。

街に満ちる鉄錆の香りごと飲み切るように、湧き上がった緊張を嚥下した。


「私だって……怖いですけども……でも。ベガオスさんの…は、……一方的な偏見かと………」

そう、ちゃんと意識しないと身を竦めてしまう。

ベガオスが気を立ててるのは間違いない。少しずつ肌がひりついている。

頑張らないと、変に息を詰まらせてしまいそうだ。

朝海は一度強く目を瞑ってなんとか振り払い、勢いで糾弾するようにも捲し立てていく。


「……生まれたのは、罪、なんですか?原罪とかそんな類?なんでベガオスさんは相手の立場に立てないんですか?自分がされて嫌な事を平然とできるほど偉くないですよね?そもそもそれは子供にもダメだって、判断できることですよ。……ラグダールさんには教えてもらえなかったんですか?だったらそれは彼の怠慢――」

「朝海さん」


気に、障られたのだろう。

ピリッと電気が走り、場の空気が重く張り付くのを朝海は片目を眇めて感じてしまう。


「言葉が……少し、過ぎるな」

ラグダールを話に持ち出したのは、失態だ。そう悟った。

怒りを押し殺したような低い声で発せられてしまい、喉元にナイフを突きつけられる錯覚すら生まれてる。

重圧までかかり、冷汗が滲んで背中を伝った。


だけど、――朝海は、謝らない。

高圧的なベガオスに怯えて萎縮はしないし、今更、発言撤回だってしない。

このくらいなら全然怖くない。

『リプラント』の事件にて対峙した、災害の化身じみた大蛇より断然マシだ。


「(……このくらいで怯えるのは、ダメ。言いたい事は、此処で言うの。後回しは無し、今絶対に言うの)」


頑張って未来で笑おう、そう励まされたのだから。

ちゃんと進むべきだ。

しっかりと胸を張って背筋を伸ばし、堂々とした態度を保つ。

一呼吸、整えを済ませてから上がる心拍をも抑えた朝海は、ハッキリと自分の意思を紡いだ。


「だから…ベガオスさんはこれから先、吏史を監視するように見届ければいいと思います」

「……む?……………見届け……?」


その提示は、ベガオス自身に熾こされた憤怒を鎮火させるものだ。

思わぬ返しでもあるため、茫然と口を開けてしまう。

しかし改めて考えても意図が読めなかったのか、不可解そうに目を眇めて訝しんでいた。

「今、聞き間違いでなければ……その、見届けろと申し出たのか?」

「はい。言いました。見届けたらいいと思います」

朝海は小さく首肯して、それがすべきことだと復唱した。


「だって、私からして見たら吏史は打たれ強い変人なんですから……そうした方がいいです」

「何を言う。奴は世界の癌、『古烬』だろう」

「……ベガオスさんは絶対納得いただけないともわかってます。だからここはもう、直接見届けて貰うしかないかなと」

「………」

「というか。平和を乱されたくないならそうしてください。自ら争いを作ろうとしないでください。今の所すっごい迷惑なんですって」


眉間に皺を寄せて強気に訴え、目を平らに据わらせては睨む。

「思うところがあって、不満なのはわかりました。わかりましたよ。ですけどね、今のベガオスさんは我儘で喚き散らす子供と何ら変わりません。このままでは両親やラグダールさん……ディーケ様の名誉にすら影響するんじゃないんですか?」


あくまで冷静に、目的を優先すべき。

憎悪で我を忘れてるのがおかしいことだ、それは優秀では言い難い。


「本当に『自分は兵士となるべくして生まれた存在』と自負できるんですか?」


真正面にして真っ向、強烈な意見。

それを受けたベガオスは茫然と口を開け、考え込むように目を伏せた。


「……なるほど」

数秒、数十秒とかけて、思考を回し終えたのだろう。

複雑な思いを現すように唇を歪めてはいたが、何かを納得したように頷いた。


「……朝海さんの言うとおりだ。自分は、平和を愛し護るものの自覚が薄かったらしい。自ら火種になるのは愚かすぎる。それは恥ずべきことだ……」

年下の異性に指摘されて気付かされたことも含めて、面目も立たない。

「優秀な兵士ではないな………」

あまりにも道化が過ぎていたと、漸く自覚したベガオスは目を伏せることなく前を向く。

先程と打って変わったように、目は正気に満ちていた。


「確かにそう、間違いない。選ばれた以上チームの雰囲気は保たねばならない。迷惑をかけてすまなかった。……その対策として提示も助かるよ」


『古烬』は平和を乱した破壊者である。

それが歴史に記された周知の事実。人々に根付いた印象だ。

しかし、現実は違うと訴える者が()()居る。その中で頭ごなしに認めず憤慨をぶつけ続けるのは――やはり優秀な兵士とは言い難い。


「憤慨に思考を曇らせ、争いを生むことを認めず上になろうと欲で進むのは愚の骨頂だ。……正さねばならない」

頻りなく頷いて噛み締めたベガオスは、朝海を真っ直ぐに見返す。


「百聞は一見にしかずともいう。その言葉通りに。真は、自分の目で見届ける」

手に胸を当てて拳を握り、決意表明が行われた。


「奴が自分が思うような平和を乱す破壊者か、それとも朝海さんが訴えるように『古烬』の因縁を断ち切る平定者となるか……確かめてみせよう」

「……………………ええ……?」

決意表明を明かされた朝海とベガオスの間には、夏と冬並の温度差が生まれている。

空気が抜けて萎む風船のような声を出し、その頭上には大きな疑問符が浮かんだ。


「なんか、話が壮大に飛躍して……え?私、別にそこまでの活躍を吏史に期待してるわけじゃ……」

――というか。

あれだけの憤慨を吏史にぶつけておきながら、向ける期待値自体が重すぎないだろうか?

呆気に取られたように、朝海の口は閉じきれない。


「……いや、しかし……そうか。なら、自分と違って朝海さんは透羽吏史への対抗心ではなく…彼への同情心で『平定の狩者』に居続けてる形か」

そんな中で勝手な解釈までされてしまったものだから、最早ツッコミが追いつきそうになかった。

「はぁ……まあ、…あはは……」

曖昧な調子で笑い、ベガオスへの説明を放棄する。

本音としては吏史に抱いてる感情は一言ではいい現れせないものではあるが、同情心は微塵もない。


だから、説明を放棄した。

もう朝海なりに頑張ったのもある。

此処で何かしら言おうものならば、きっと何故だと納得するまで聞かれるだろう。

それが大変、面倒くさくなったとも言うが。


「ははは…まあ、はい。そうですね………」

一先ず愛想笑いで誤魔化して波風立てず過ごそうとする朝海の頸に――氷のような瓶が押しつけられた。


「っうひゃ」

小さな悲鳴が朝海から上がる。

直ぐに慌てて両手で首を覆い隠して、氷の持ち主に振り返った。


「よ」

そこにはシングドラがいた。

彼は空いた手の方でひらりと横に振り、押しつけたばかりの真っ赤な液体が詰まる瓶を口元に寄せている。


「何さ。お前らなんかすごく楽しそうじゃん」

蝙蝠のような鋭い牙を覗かせるよう、目を細めてへらりと微笑んだ。


「――シングドラ様、お疲れ様です」

ベガオスは素早く姿勢を真っ直ぐ正し、恭しくも頭を下げる。

「おー、おつかれー。……おい、トマトジュースだけど飲むか?」

「えっ。え?い、いやいらないですぅ…」

唐突に押し付けられかけた朝海は、戸惑うようにシングドラと飲みかけのトマトジュースを交互に見て首を横に振り断った。

「あ。そう」

何故か、少し残念そうにもシングドラはあっさり引いた後、一気に中身を嚥下する。

「………ぷはっ。で。あれか?透羽吏史に嫉妬してる同士で気が合う感じ?」

全て飲み干した後に、そんな揶揄いの言葉を二人に投げつけた。


「いいえ違います。今後チームメイトとなる上での問題の指摘と適切な助言をいただいてました」

「別に気が合うなんてなくお互い意見主張自体は思いっきり相反してます」


動揺の機微すらない毅然とした態度でベガオスが首を横に振る。

熱を感じさせない冷め切った真顔と氷点下めいた声調での否定が朝海から上がる。

なお、寸分違わず同時に行われていた。

互いに全くそんな甘い馴れ合いなぞしてないという、断定的な明示とも言える。


「………ネルカルさんもなんか、嘆かわしいって言ってたけど、最近の若者ってこんな感じか?恋愛とか興味ゼロ?恋人とかはいいのか?サトリ世代って奴?」

「えっと……朝海さんとは出会って間もないので異性意識も特になく……それと、自分は成人と同時にHMTにて紹介される女性と婚姻予定ですので」

「おお〜、そこで決める将来の相手タイプだったか〜……今は、愛のない婚姻自体が別に珍しい話でもないしな」


HMTへ家庭所有希望申請を提出することで、適したパートナーが選出されて見合い場を用意されて交流を始める。これがこの世界のスタンダードな交友手法だ。


――これを何かに例えるならば、希望条件に合致する相手とマッチングして交流していくアプリケーションに近しいのやもしれない。


「しっかしベガオスよ。ほんとおまえは生真面目だな。世の中これから何があるかわからんのに……朝海の方、は……どうした?なんか、十六歳の乙女がしちゃいけない顔してんぞ」

世の中に疲れ切ったような表情を急に浮かべた朝海に、思わずシングドラが指摘する。

より塩をかけられたようにしょぼくれた朝海が、真面目に返していた。


「私はまず、クモガタ様を……どう、対応するべきかの問題がありますので……それを思い出すと胃の痛みが……」

「な……る……ほど。あー、まあそれは、どんまい?諸々落ち着くようならイプシロンに彼氏役お願いして、誤魔化してもらったらどうだ?」

「何を!仰るのです!!そんなことされるわけないでしょうが!!!イプシロン様が!!!!!」


提案した途端。

朝海はとんだ解釈違いだと激情を込めて大口を開け、溢れんばかりに目を瞠り吠える。

「…………えーっと。はい。おまえの中でのイプシロンって神様かなんかなの?」

一転して般若が如く激しさを披露した朝海に対し、シングドラは薄目ながら片手で挙手しては物申す。

「……イプシロンはそんなことしないって、さ。だいぶ夢見てるっていうか思想が強いと思うけど?実際そこはどうなんさ」

それに朝海は瞬時に真顔となり、俯いてしまう。

以降は沈黙し、顎に手を当てて真剣に熟考し始めていた。

「……ごめん。聞いたぼくが悪かっただから無理に話そうとしなくていいからな」

シングドラは即座に制止を投げる。

今の朝海は圧倒的危機を前にして、打開策を編み出そうとする真剣な兵士と同じ雰囲気だ。

きっと最適解のために全力で脳を回しているのは窺える。

だから、長話に発展させないよう、シングドラは対策したのだが…。

「イプシロン様からしたら私の出会いなんかただの偶然のはず、だってあの方は助けることを当たり前にできるアストリネの鑑……私、私は、だから貴方様に憧れてるんです…っ嘘じゃなくて、私、貴方様のようになりたくてぇ…っ!」

どうやら全く意味はなかったようだ。

超早口で、己の纏まらない感情に戸惑い混乱し、この場に居ない危篤状態の相手に対して謎に謝罪し、謎に葛藤するという朝海の独り言芸が披露される。


それにシングドラは憂いを孕んだ生暖かい目を向けた。

敢えてそれ以上は露骨に反応することはせず、流すことに徹する。


「すみません、シングドラ様。今回の任務の人材探しについてですが…」

そんな緊張感のカケラもないやり取りを他所に、眉間に皺を寄せたベガオスが話を戻そうと横槍を行う。

不服な報告の共有を行おうとしたが、それに及ばないとシングドラは手を横に振った。


「大丈夫、もう聞いてる。吏史が候補者見つけたんだってな。名前も教えてもらった。まあ、いいと思うし都合がいい。一旦、あいつに任せてぼくたちは別件を済ますとしよう」

「…別件、ですか?」

「そ、別件」


目を丸くするベガオスに、シングドラはピースの形をとった指で己の頬を突っつく。

自ら笑みを取り繕ってから提案する。


「この後はフリッドのところに向かわね?」

「ああ、それは自分もすべきかと考えておりました」

その案にベガオスは抵抗なく同意するよう頷いた。


「お。なら話は早いじゃん――なら、彼奴を脅すか」


「お、…脅すぅ?」

己の耳を疑うような発言だ。

思わず朝海は独り言を止め、裏返った声を上げた。そんな朝海に同調するようベガオスも口を開けて惚けてしまってる。


「うん。そう。脅す」

各々で異なる驚愕を示される中、シングドラは笑みを深めた上で復唱した。


「理由はある。なんとあの二十五代目エファムが最後に接触したアストリネは今代のフリッドらしい。三十四分程度と……相当長い話をしたと調べもついている」

顎に手をあてがい、考え込む様な仕草を交え語る。

「以降、フリッドは十三年間イプシロンの対面を避けるほど秘匿にしてるらしいしな。そんな情報なら……是非教えてほしいところだろ?」

「お、お言葉ですが……それが、プライベートな情報の可能性もありますし……何より脅迫は罪にならないのでしょうか?」

ベガオスは狼狽えた。上下に振るような手振りを交えて、真っ当な意見で良くないことだと訴える。


情報が欲しい気持ち自体はわかる。今は危機に見舞われてる状況だから。

『遺児』や兵器に関する情報ならば、喉から手が出るほどほしい。

だが、そもそも根本的から誤っている。――脅迫は非道行為ではないか。


「……アストリネ内で争ってる場合ではないとネルカル様も憂いてたことです。事の発端を、自分たちが作るわけには……」

「んー。……フリッドの部下により同僚が傷つけられたことへの責任追及なら、どうだ?それなら優位に立って白状するまで追い詰められるだろう?」

「――――え?」


思わぬ提案にベガオスは目を丸くする。後に勢いよく朝海に対し視線を向けた。

「え。わわっ。いや!転んだとかも全然無いですし、被害といってもバカみたいなメッセージ送られただけですよ!?」

しかし朝海は目が合った途端、両手をあげて首ごと左右に振り、怪我はないと全力否定する。

「……無論、自分も無傷です。一体どういう意味なのですか、シングドラ様」

思考の迷路に陥る様子を見て、シングドラは「ふはっ」軽く噴き出すように笑い上げた。


「吏史が捕まえたイアン…だっけ?あいつさ。やばいやつなんだよ」

目元を緩めてどこか機嫌良さげにシングドラは、はっきりと告げていく。


「実験の末、グラフィスさんに激昂されて国を追い出された奴なんさ。そんな奴がお願いする機械体験なんて………無事で済むわけないじゃん?」

「…………っじゃ、じゃあ。なら、助けに行かないとまくないですか?」

危険だったら救助を優先するべきだろう。機械の使用を止めて、危機を回避しなければ。

手をまごつかせて訴えた朝海に、シングドラは心底不思議そうに首を傾げる。


「何言ってんだよ。吏史は『古烬』の兵器、『ゴエディア』じゃねえか。壊れたんならそれでよし。寧ろ喜ぼーぜ」

至極同然のように語られる冷酷な物言い。

朝海が息を呑んで言葉を失うが、シングドラは構わず今後の方針を突きつけた。


「んじゃ、一旦決まりだな。これからフリッドのところに行くぞ」


そうして半ば強制的に作戦が決定し、強引に進まされてしまう。

有無を言わさせぬ流れに違和感を抱いても、アストリネからの命に逆らえぬ立場である二人は、ひとまず命令に従う他なかった。


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