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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
序章.
5/32

1-3

吏史が何故【ルド】に行くことを望むようになったのだろうか。

それ自体は五年前の出来事が全ての答えとなる。


五年前の森の中。あの流星の奇跡と別れた後の話だ。


「吏史…!吏史!」

息絶え絶えの掠れ声で名を呼ばれた。

振り返れば、其処には風で乱れたであろう黒髪の隙間から、瞠る金色瞳を覗かせた父。サージュがいた。

「吏史、そこに居たのか?!怪我は?してないのか?そもそもなんで、こんな遅くにこんな場所に…」

探し物を見つけられたと心底安堵しながら駆けつけて、頭から足先まで確認する。

心配してはいるものの、状態としては酷いのはサージュの方だ。

大人では潜りにくいであろう柵を無理に通り、電気充電式のランタンを頼りに深い森奥まで来たのだろう。革靴や白衣の裾が泥に汚れており、一部が黒い煤めいたものが付着していた。


だけど、五歳ではそれを見て推測を立てられて意を汲み取り拾い上げられない。

自分より酷い状態のサージュを大して気にかけることもなく、吏史は興奮するがままに告げた。


「ねえ、ねえ!さっき、さっき星に会った。銀色の、流れ星に会ったんだよ!話してくれたんだ、オレの手のこと、笑わなかったんだ。……世界は、広いって、教えてくれたんだ」


語彙は堪能ではない。

だから、身振り手振りでの大袈裟な動作を交えた主張でこれは誇張表現ではないのだと必死に訴える。


「オレ、行きたい。外に行きたい。此処から出てまた会って話がしたい!オレみたいな、変わった。変な、……色々な!たくさん…いろんな人やものが見たい。…ほかの、アストリネたちにも会いたい!」


吏史は明確な希望を胸に抱いたのだ。

『恵』という閉鎖的な世界しか己は知らない。何故自分がこの村に馴染めないのかわからない。


けれど嫌なものを無理して順応する必要はないと彼のものが教えてくれた。

生き方は自分自身が変えられる。

世界は広く、思い通りに進むことができるのだと。


「いつか、ここから。『恵』から出て、また会いに行く。たくさんの人やアストリネたちと会う。なかま、友だちとかいっぱい見つけてそれで―――」


そう知れた吏史は、『外の世界を知りたい』という想いが込められた望みを無邪気に示す。


「オレ、あのアストリネみたいになりたい」


道に転がる綺麗な石とは違う。

世界で輝くことを当然のように立ち振る舞う銀の流星との邂逅に魅せられたが故の想い。

いつか至る理想を定めた願望を、吏史はサージュに宣言した。


「…………」


だが、話した状況は悪い。サージュは僅かに上げていた口を噤む。

「………興奮して宣言するのは結構。でも、先に反省して欲しいな」

願望を聞き受ける前に、呆れた息を交えて吐き捨てた。

当然だが、真夜中に出て行くという危険な行動を出た子供の迂闊さは嗜められるべきである。

その想いでサージュは片腕を挙げ、吏史の頬を引っ叩く。

パン!と乾いた音が夜の帷に包まれた森に立つ。衝撃で吏史の顔は強制的に横向きになったし、サージュの掌全体には痺れが走る。

事が大きくなりかけたための、必要な体罰だ。痛みで理解させなければならない。優しいだけでは完全に伝わらないだろう痛い目を見ないと完全に反省しないと、サージュは身をもって知っている。

だから、これよりも酷いことになりかけたのだと危機感を持たせるつもりで行った。

「……痛いか?理由はわかる?わからないなら説明するよ」

叩かれた頬を両手で抑えながら、吏史は一瞬何をされたのかと困惑した瞳をサージュに向けたが、静かな怒りの炎を孕む据えた金色瞳と合い、逸らすようにその場に蹲る。

この日が初めてだった。手を挙げられたことも、強く怒られたことも。だから酷く困惑した。何をするのだろうと。

「僕の断りもなくこんな夜遅くに家飛び出して森に行った事だ。反省しなさい」

しかし反論を上げる前に真っ当に叱り付けられてしまい、じんわりと涙が夏色の両眼に滲む。

「どうしていきなりこんな馬鹿なことをしたんだ」

萎縮する中で聞いたこともないような低い声で問い詰められてしまい、吏史は怯えを表すよう両肩を揺らすがもはや逃げられない状況であることを察したように小さな口を開けて、辿々しくも白状する。

「……ねむ、眠れ、なかった、から。また、石。見つけようって」

そう眠れない夜だったから。寝付けないことを報告できなかったから。ならばもう一度、贈って喜んでもらえたあの石を見つけてようとした。

「同じ石を見つけて。また、お父さんに喜んで、わ、笑ってほしくて。そこで……さっき、会って、」

そうして、そこで偶々、獣ではなく。銀の流星に出会って別れたのだ。

伝え切った後、サージュは深く息を吐く。

「………そうかい。まあ、運がいいんだか、悪いんだか……いや、もう。交錯する定められた運命だったのかも知れないな…」

サージュはそう己の中で結論つけてから、その場でランタンを置き、地面に膝をつけた。

その動作は吏史と目線を合わせるためだったらしい。

しっかりと同じ高さで金色と金と青と異なる虹彩の瞳孔が交差しあう形になった。

その中でサージュから手を伸ばし、動かぬ吏史の両肩を掴んでは、強く訴える。

「吏史。確かに僕はお前からあの石を貰えて嬉しかったよ。久々に欲目ない贈り物で、凄く昔を…思い出して、懐かしめた」

気持ち自体は嬉しくはあった。喜んで欲しいと思う心の否定はしない。なんであれ相手を思い遣った吏史は決して間違いではない、と。

「だからって。お前に危ない目に遭ってまでそれがほしいとは思わない。常に物書きしてる僕に気を使って、遠慮しなくてよかったんだよ。兎に角一緒に探しに行こうと言ってよかっ、――」

別にそれに固執して無茶をするほどでもない。負荷になる事を恐れずに甘えてよかったのだと説明したが――目の前には表情が曇り浮かない顔を浮かべ始める吏史があるものだから、何も言えずに飲み込んだ。

少し、黙り込んで数秒。後に瞼を閉じてゆっくりと瞼を開く金色の瞳を開く。

「そう、だねぇ。……この行動に進ませたのは僕の落ち度だ」

これでは子供に対し責め立て捲し立ててるも同然ではないかと自覚し、数秒の沈黙を得てから尋ねる。

「吏史。僕に話しかけ辛かったかい?」

その質問に、吏史はこくんと頷く。

一動作で理解した。自分の落ち度でこのような愚行に追い込んだと。

「………そうかい」

反省するのはこちら側で、話しかけづらい雰囲気を作りあげたこと自体が失態で、この過ちを産んだのだ。

だから今度は決して怒鳴ることはしない。サージュは一度ゆっくりと瞼を閉じて、首を垂れる。

「叩いてごめん。これまでずっと、寂しくさせてごめん。吏史にとっていい父親じゃなくて、本当にごめんな」

謝罪を受けた吏史から、ひゅっと喉から息を詰まらせた音が立つ。

こうして探しに来てくれたのだから、いい父親じゃないと否定したかったのだけれども。言われてみれば思うところができたのだ。

吏史は寂しかったのだろう。

何せ農作業という必要業務を終えたサージュは、吏史が声を上げないのをいいことに食事等以外では構う事はなかった。

就寝を共にすることも会話もない。常にペンを片手に紙と向き合い執筆に忙しそうな背中を見せるばかりで、こちらを見てくれなかったことが。

「…さびしかった…」

花が萎れ、枯れたように寂しかったのだろう。気づいていなかった心のかけらを拾い上げられたことで、それがわかって。

「さびし、さびしかった、お父さん」

何度も頷くが、何と言えばいいのかはわからない。

その中でもサージュの謝罪は続いていく。

「うん。ごめんな。寂しがらせて、ごめん。僕が悪かった。お前は心がある人間だっていうのに、ちゃんと見てやれなくてごめんな…」

心は次々と湯水のように溢れさせた。

動揺、不安、安堵。父を落ち込ませて悲しませたという悲しみの同調と、ちゃんと構ってほしかったと非難じみた欲求と、謝られてしまった事実という数々の想いが、複雑に絡み合った心境になる。

到底五歳の語彙力では、言語化しづらい。

口を何度か意味もなく開閉させて掠れるような言葉にならない母音を漏らし、まごつかせるばかり。なんだか無性に泣きたくもなって、涙も溢れそうになる。

「……吏史。先の話に戻そうか」

そんな、どうしようもない感情に振り回される吏史の頭の輪郭をなぞる様、サージュは撫でた。

「僕はね、その夢を応援するよ。とてもいい夢だ。憧れた相手を求めて進める素晴らしい夢だ。かつて、僕も良く似た夢を見た」

告げた夢を笑う事なく同調して肯定し、しかし、それは敷居が高い事を示唆する様に金色瞳を伏せる。

「…ただ、ねぇ。それは前提がないんだ。アストリネと対等になれた人間は歴史上存在しない。そもそも殆どの人が出会う機会が少ないせいと言えるけど、アストリネも人も互いに対等に見れない認識の齟齬も価値観も異なる。だから、ただの人なら望み薄、叶わない夢だろう」

知っている事実を告げた。

異なる種として分かり合えることはないだろうと、種族間の違いを優しい嘘で隠すことはない。

「だけど、お前にはちゃんと他人とは違うものがある。お前しかできないことを証明しよう」

そう、事実を告げて、サージュは両肩を掴む手を下ろし吏史の小さな手を掴んだ。

特別は此処に有る。現実を帯びてない子供の夢を笑わせない要因が確かだと示す様に。


「だから僕にも同じ夢を見させてくれないかな?」


――始まったばかりの情緒や思考力でも、それは理解できた。

サージュはきっと謝りたいのだろう。

ある種の約束を結ぶことで、これまで寂しくさせた詫びも兼ねている。

だけど、夢を応援すると決めたのは子を喜ばせて絆を繋ごうとした即興ではなく、発言通り夢に同調を得た本心だと感じれた。

確信的な要素はない。言葉に重みを感じたからか、灯が一つだけしかない宵闇でも一筋の光として輝く黄金の瞳は吏史一身のみを映していたからだろうか。

先は、口は、無意識的に呟いていた。

「…むずかしい、じゃないの?」

「だけど、決して無理難題ではない。それに、僕はお前の父親だ。難しいことでも、何としてでも乗り越えさせてやる」

俯き気味だった目が、目蓋が開く。その答えが吏史の後押し、決定打となった。

此処では、吏史の味方は、サージュだけだ。

彼だけが繋がりがある相手、唯一無二の家族。これまで黙々と机に向かれて放置されたことは悲しかったけれども。

こうして抜け出した真夜中には追いかけて靴を汚しながら見つけてくれた。

その絆を、見えない線を。信頼していい筈だろう。

だから覚えてる限り、初めての我儘を吏史は紡ぐ。

「……わかった。お父さん。…父さん、それを教えてよ」

また会いたい。名前を知りたい。だけど目の前の人に褒めてほしい。今度は夢を追いかけることで認められ、喜ばれたい。

そう連ねた想いを重ねた我儘を、吏史は吐いた。両手を包んでくる手中で拳を握り返しては何度か頷きながら。

「オレ、なんでもする。夜の森にも、もう行かない。いうこときくよ、なんでもするよ。だから、」

スラスラと自然に言えていた。

今度は石を探して心配を負わせるのではなく、夢を追う形で父に喜んでもらいたい思いが、幼い声帯を動かしたのだろう。

「これから一緒にいて、教えてよ。どうしたらいいのか、ちゃんと教えて」

そんな無意識な。本能的とも言える振る舞いに対し、サージュは頷く。

黄金の月が下弦に向かうよう緩やかに、柔らかい雰囲気を携えて目を細めていた。


「嗚呼、勿論だ。これは僕とお前の夢だ。叶えよう、必ず」


………… アストリネ

・始祖『エファム』から始まり生まれた種族。

姓を冠するもの全てが該当し、総じて何かしらの異能を持っている。

実体は何かしらの動物に似かよりながら実に形容し難い造形をしているが、人類に恐怖を与えないよう人体に変形して過ごす特性を持つ。

二種の継承式で異能と種を続かせており、管理的立場にありながら五百年以上支配先の人類とは友好的な関係を築いていたが、至516年にて発生した人類絶対主義過激思想集団『古烬』により二十五代目『エファム』とその一族が被害を受けた『アダマスの悲劇』を起因に、関係が悪化。

人類に課す法を改正し、他国への移動が厳しくなりティアの配布や食料供給への条件が発生するなど強制力が強まった。

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