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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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『平定』の荒波

重い足音を立てて礼服を纏う二名の男性が、足早に長い通路を進んで行く。


「すまないなローレオン、隠居中だというのに」

【暁煌】代表管理者であるクモガタが白を基調とした礼服の乱れを正しながら、何処かしら申し訳なさそうにも屈強な男性に詫びていた。

「……こればかりは、ひとりで片付けられそうにない」

黒曜髪の隙間から見える表情は険しい。覗く紫紺の瞳も、焦りを滲ませている。

「構わない。【暁煌】は大きな事件と変化が起きて手が足りないからな。……グラフィスのサポートがあるとしても、だ。完全なる安全になったわけではない」

謝罪された男性……及び、ローレオン。彼はそのように心遣い不要の旨を紡ぐ。

灰色の礼服に合わせて着用した濃茶色のサングラスで覆われた榛色瞳は、眇められた。


「ひとまず、謝罪はそこまでに。……して、クモガタ。事件被害状況は?」

「被害者は『古烬』……二十三人だ。彼等の空の器たちの筋力量から推察するに、全員が何かしらの武術を嗜んでいる者達だと。更に監察班からの報告によると、凶器は細身の剣。『集会』とやらに参加していた八十四名は軽傷で保護してるが……皆、総じて錯乱状態で聴取もままならない」

酷い話だ。被害者数も百を超えるとなると大事件も同然。

だが其処まで大きな騒ぎになってない理由を解明すべく、ローレオンは片眉を吊り上げつつも質問を投げる。

「――その軽傷者八十四名も『古烬』か?」

「ああ。そうだ」

クモガタの答えを得てすぐに理由に至った。

そのことに気の重さを覚えてか、深いため息を吐く。

「……。寧ろ、世の中にとっては朗報、だからか……」

最も消えて欲しいと人類に望まれてる種『古烬』。

彼等がきな臭い集会まで行っていた中、何者かによって潰された。

人々にとって、名もなき通り魔が害虫駆除を果たした認識でしかないのやもしれない。


「第一区『暁』の件もそうだろう。所詮は対岸の火事だ。直接被害に遭わねば、人は無関心さ」

「ジルの出生に関しては無駄に騒ぎ立てるのに?」

「いや、その点については引っ掻き回したお前が根本的な原因だ。意見する権利はないぞローレオン」


釘を刺すような注意を突きつけられてしまったが、全くの正論である。

「…………」

ぐうの音も出ない。ほんの少し罰悪そうにもローレオンは口を噤み、押し黙ってしまっていた。


「…で。話を本題に戻させてもらうが、」

そんな前振りの後に、クモガタが話を戻していく。


「一名だけ、妙な空の器があった。今回主に話し合いたいのはコイツについてだ」

「いや、あいにくすまないが……クオーレ以外の『古烬』の知り合いは居ない」

「戯け。断言されずともよくわかってるし、そこについて別に聞きたいわけじゃない。お前は……ほら、『平定の狩者』がかつて大成したシルファール討伐戦の参加者だろう?」

「……………む?」


直ぐに頭一つ分差があるローレオンに対し、疑惑を含んだ目線で見上げてからクモガタは話す。


「その点を踏まえて、聞いて欲しい。鑑識でその鎧について確定していてな。一つは奇妙なことに首と手首に注射痕のような傷があって……全身の血が抜かれているミイラじみていたこと」

語られる通り、奇妙な事だ。

何故、死因とは無関係な傷がある上に血が抜けてるのかと誰でも判断しかねる。

しかしその情報を元に何を求められてるのかと疑問を抱いたため、特に返事もなくローレオンはクモガタの二つ目の語りを待つ。


「――その男は、シルファールの血縁者だったことだ」

やたら唇がゆっくりと緩慢に、一文字づつ紡ぎ語るように動いてるように感じた。

知った内容に、ローレオンは顔を不快に歪ませる。


シルファール。『古烬』の長にして、百年以上存命した存在。

寿命を超え、多くの兵器を生み出して世に嵐の暴風を起こし、世に落胤を刻ませた者だ。

過去の討伐で彼の死まで見届けた身としては、血縁が残っていたこと自体に忌々しさを感じて仕方ない。


――だが、顔を歪ませた理由はそれだけではなかった。


「その血が抜かれた意味を、存じてるか?」


何故ならローレオンはクモガタの予測通りに、碌でもない理由(意味)を知っているからだ。

黙り込んでしまうが、紫紺の瞳が鋭く向けられてる。

さっさと吐けと促すような視線だ。

元より隠すつもりはなかったが、観念するような調子で肩を竦めたローレオンが打ち明かす。


「……一滴でもシルファールの血を兵器に接触させれば、ヴァイスハイトの手腕で鎮静化させても兵器は必ず暴走を果たす」


あまりにも重要で、深刻な情報だ。

知らなかったクモガタが目を瞠り言葉を失う中、ローレオンは明確な犯人像も提示した。


「だから……恐らく、犯人はこの限定的な情報を知ってる者で、シルファールの血縁を探れるような立場にあった者だ」

そのまま手を己の顔に伸ばし、何かを葛藤するようにも口元を覆い拭う。

予想された犯人像にそれに違いはない。クモガタも同意できるものだ。

つまり犯人は、シルファール討伐という偉業を成し遂げたアストリネ関係者であるに加え、巨大な情報を探れる立場にある者。

「ならば、……この事件を起こした可能性が高いのはは……」

アストリネであり――【ジャバフォスタ】に関係する者が有力候補だ。

しかも血をとられたことは、此処以外にも事件が起こるという犯行予告に他ならない状況である。


「ッああ。くそっ。分かったというのに、何も出来ん!支援を受けてる身としては、それを表立って止めることも難しい…!」

クモガタは頭を抱えるように掻きながら、これから先への不安を感じ、得れた情報の重さに動揺を覚えるばかりだ。


「………つまり、また、アストリネ同士の争いが始まる可能性が高いと考えるべきではないか……!」

「それに関してなら、きみも私同様何も言えるまい。嘗て同じ相手に楽しそうに悪者ぶって事件を起こした側だろう?その時にこっ酷く負けたのはいい薬だったかな?言うなればまるで[核]が変わったようでもあるが……」

「ええい、喧しい!深刻な問題だろうが、このことは!」

「……だとしても、先に呟いた通りきみもわかってるはずだ。最早我々にできることは少ない」


唇を歪めて吠えるクモガタをやんわりと払うよう、ローレオンは前方に視線を戻してから静かに語る。


「……ならばこそ、できることを速やかに行おう」


たとえば、被害を受ける可能性が高い国。【ルド】に機密情報を内密に手渡すなどは必要だ。


せめてもの一手を打つためにも、まずは目の前の精査から執り行うべきだと示すようにローレオンは先を見据え、歩調を早めた。


◾️


そうして其々が動き出す間にも、【ジャバフォスタ】代表管理者、四十代グラフィスは優雅なひと時を過ごしてる。



場所は【ジャバフォスタ】の第三海域区の端。

水深四十メートルという有光層に当たる範囲にて、透明な強化素材を主に建設されたサンルーム。

『日海の園』と呼ばれるグラフィスの秘密の庭だ。



「――ふふ。やはり此処に薔薇を植えて正解だった」

中央に配置した白のガーデンテーブルセット。

その椅子に座り込むグラフィスは、柔らかく微笑む。


目線の先には赤色を始めに白や黄色、青や緑など。本来ならあり得ない色の薔薇まで庭に咲き乱れている。

少しの工夫で出来上がった花畑だ。

色彩が溢れかえってることから、虹の麓に咲く園なんて例えても過言ではない。


「自分が手塩にかけて育てた庭が、今や立派な園になったのは、実に感慨深い…」

咲き誇る花に惚れ惚れするグラフィスは、徐に園外を見上げる。


「……今日、回遊してる魚群は……鰯たちか」

透明な素材で建設された屋上を見上げれば、珊瑚礁を通り蒼海を泳ぐ魚たちを仰ぐこともできた。


豊かな海や七色の色彩が視覚を満たし、甘い花の芳香が嗅覚を癒やす。

幻想的な空間は至上の安らぎを齎すだろう。


だからグラフィスが静か且つ穏やかに過ごすにはこれ以上ない良き場所であり、彼女自身もこの場所を大層気に入っていた。

――何かと大仕事を成し遂げたら、必ず。ここで紅茶と共に寛ぐ習慣がつくほどまでに。


「さて………」

グラフィスは丸型の机に並ぶ、ティーセット一式に手を伸ばす。

ポットを傾けて、紅茶をカップに注ぎ入れた。

砂糖とミルクはなし。

まずは茶葉の芳醇な香りを楽しむ。それが彼女のルーティンだ。


一気に煽るよう嚥下して飲み切ってから、グラフィスは紅茶の香りが混じる吐息を漏らす。


「漸くだ」

安堵の息を漏らしながら、空になったカップをソーサーに置いた。


「漸く、ひとつが終わった」

既に【暁煌】の方針移行は済ませている。

ここにいるのは、それを成し得た己へのご褒美にして労りも兼ねていた。


この後権利譲渡承認書類をクモガタに送り、捺印締結を済ます。

さすれば【暁煌】の民、その干渉を経て『リプラント』活性化で起きた動乱は完全に沈静化に進むことだろう。


「また一歩ずつ着実に。いや、……確実に進んでるな」

己の目元まで覆う黒いヴェールを吐息で揺らしながら、唯一晒された薄紅差す唇が不穏な言葉を吐く。

その唇は実に満足そうに、歪んだ弧を描いていた。


「後は【ルド】も私の管理下に置けてしまえば、『大海の願い』を……となると問題は……やはり、三光鳥か。……彼等をどう乗り切るべきかな…っと、」

裏の支配を示唆させるような発言だ。思わず咄嗟に口元を手で覆い隠してしまうが、遅い。


もし、これを誰かに聞かれて拡散されれば彼女の立場が危うくなるだろう。


「ああ。よくないな。油断だ、とてもよくはない。ここに居るとどうにも…気が抜けてしまう……」

ただ、そう呟く反面。グラフィスは此処に己以外いないことを確信している。

そもそも『日海の園』自体がグラフィスの許可が降りなければ、次元干渉転移式最先端移動技術たる『門』は開通されることはないからだ。


「私以外は誰も来れないというのに……」

そもそもこんな辺境と言える場所、潜入する輩もいないだろう。

確信したように肩の力を抜く。


「――久しぶりだね、ミカ」


しかしその認識は、たった今。ひとりによって破られた。


片手を上げて気さくな挨拶と共に、自信に溢れた不敵な微笑みを浮かべたるは第一級犯罪者にして脱獄者――月鹿である。


彼女は『門』を発生せることもなく、突如、現れた。

どうしたって不可解なことを引き起こしてみせた栗色髪の少女だが、グラフィスは特段大きな動揺を覚えない。

「おや……」

寧ろ何かを、感じ取って勘付いたように。綺麗な弧を描いた薄い唇を開かせる。

彼女には少女の心身が一致しない歪な存在だと、瞬時に見抜いたのだ。


「サージュか。久しいな」

「お。大正解」

パチンと軽快に指を鳴らされる。

月鹿は、透羽吏史の養父であった三代目ヴァイスハイト。サージュ=ヴァイスハイトであると、あっさりと認めていた。

「いやぁよくわかったねぇ。やっぱり昔からの顔見知りなだけあるのかな?……今は全然違う顔どころか肉体まで変わってるのに」

すぐに己の正体を暴かれたというのに、サージュはどこか楽しそうな調子で会話に興じる。

「ちなみにエルナトじいさんはさ。ちょっと違和感持つだけで気付かなかったよ」

トントンと軽快なステップを踏んで、座り込んで動かないグラフィスの前に立つ。

そうしてごく自然と、彼女を見下す位置に佇んだ。


「なんでじいさんはダメで、ミカはわかったんだろうね?」

煌めく緑瞳でめいっぱいに映し、首を大きく傾けて問いかける。

それにグラフィスは口元の笑みを深めていた。


「……『前代の記憶を引き継がない』という常識が我々には染み付いているからだ。その知識……先入観が彼の思考を凝り固まらせて、真実を曇らせたのだろうよ。仕草や喋り方の癖と独特の雰囲気といい、お前は何も隠してないというのにな」

「ハハッ。仰る通りさ、僕は何も隠してない。そうしても上手く事が運ぶと『観測』しきってる。君は今気付いたけれど……どうせこのことを誰にも語らないだろう?」

「……」


グラフィスは否定しない。柔らかく微笑んだまま、無言の肯定を示す。

その態度にサージュはフッと、軽く噴き出して笑っていた。


「なら、やっぱり変わらないねぇ?……全ての真を知るのは『天』だけだ」


勝ち誇るようにも胸を張って宣うサージュに、グラフィスは笑みを崩すことない。

ゆっくりと嫋やかかつ優美と言える所作で、片手を動かす。


「……ところでサージュ、時間はあるかい?」

やがてその指先は、グラフィスと対面する位置にある設置された席を示した。


「良ければ、お茶でも如何かな?」


誘いを受けたサージュは、翠瞳を細める。

「甘いものは?」

「見ての通りだ。それはない。――けれど、美味しいものはあるかもしれないよ」

その回答を聞いて傾けていた首を真っ直ぐに正し、聞く姿勢へと直す。


「いいよ。少しだけ付き合ってあげよう」

そうして快諾した後。サージュは、案内された椅子に足を組んで座り込んだ。

合わせてグラフィスはティーポットの取手を掴み、空いたカップを手元に引き寄せる。

「砂糖は角砂糖二つ。ミルクはひと回し。……だったな。お前の好みは覚えてるよ」

「ああ。そこは別に全然……忘れても良かったけどねぇ。必要栄養素が取れればなんでもいいしさぁ」

食事に無頓着な一面を垣間見せるサージュに、グラフィスは慣れた様子で微笑む。

「お前はそう言って食事をあまり摂らないから、良く奥方に叱られていたな」

過去を噛み締めるように語り、ティーポットを傾けてカップに芳醇な紅茶を淹れて始めていた。

「………本当に、懐かしい」

適量まで満たした後は、花模様が刻まれた陶器に詰められた角砂糖に手を伸ばす。

添えられていた銀のトングで二つ摘み入れ、すぐ近くのミルクピッチャーを手にしては傾けて、円を描くように紅茶に回し入れていく。

其処をティースプーンで掻き回すことで、紅茶全体にミルクの白色を馴染ませていった。


「…君は相変わらず、過去の窓をよく開くよねぇ」

「そうだな。多分、一番充実して幸せだったと実感してるからだろうな」

他愛無い会話を交えつつ、十分に混じり合ったのを視認したグラフィスはティースプーンを引く。

そうしてまろやかで甘いミルクティーが完成した。


「はい、どうぞ」

後はそのまま、ティーソーサーごとサージュに向けて差し出した。

「………」

この場面に於いて、毒という可能性も普通ならば疑り考慮するだろう。


『古烬』とアストリネ。

ましてやサージュはジルコン=ハーヴァに直接的に手をかけた者でもある。

関係性を名づけるならば、アストリネの敵だ。


「――どうもありがとう。いただくよ」


しかしサージュは躊躇しない。

カップの持ち手を掴み遠慮なく口をつけて、中身を嚥下する。

「…………うーん。ぬるいかなぁ」

やや首を傾けて不評寄りの味の感想まで溢して、残りのミルクティーを飲んでいく。


「あれさぁ、造らなかったのかい?保温機能に優れた機械。僕が欠けても問題なく機器開発が進むように設計図は沢山残してあげたのに」

「……。残念ながら、な。ヴァイスハイトに代わる文明の利器を生み出し発展加速させる異能を持ったアストリネは未だ生まれてない」

「ふーん。別にアストリネじゃなくても人に任せれば?」

「……民に、これ以上負担をかけられないんだ」

「それは甘やかしすぎ。……ハァ。ただでさえアストリネの質も堕ちてるだけでなく人も成長の機会が失われてるなんて。嘆かわしいことだよ」


世間話じみた会話を締め切るように、サージュは手にしていた空のカップをソーサーに置く。


「――じゃあ、早速本題といこうか」

両膝を机につけて前乗りに凭れる姿勢をとって、話を切り出した。


「君が望むのは保有してる兵器の強化だったよね。頼み事を聞いてくれるなら……引き受けてあげる。そもそもこの世界に残された兵器は全て僕が改造したものだし、強化するのもそう時間はかからない」

「おや、それは有難い。これに関してはどうしても……誰にも見せられなかったからな。お前が私が望む形に直してくれるのなら万々歳だ」

「……引き受けた一番の理由も、明かしておくよ」


サージュはゆっくりと首を傾けて、不敵な笑みを浮かべてる。


「君の目的が最終段階を迎えるまで、僕の計画に支障はないからだ」

「……成程」

その説明で、グラフィスは納得を得た。

この世に残された兵器が邪魔なのは、互いの共通認識なのだろう。つまり利害の一致というものである。


「つまり、お前からしてみれば、私たちが食い潰し合うまでには時間があって……施しを与えてやれる余裕もあるというわけか」

「そういうことさ」

「……ふふ。面白いな。自分がいつまでも優位に立てると思ってる様が滑稽だよ」


グラフィスは手で覆い隠し、微笑み返して毒を吐く。

手を下ろしたサージュは、応酬のように笑みを三日月の形に歪めていく。


「そうだ。こんな話を知ってるかいグラフィス。かつての王政が革命で崩落したように人の天敵は人であった。……僕らもまた同じで、天敵はアストリネなのやもしれないねぇ」

「……確かに。目には目をとも言える。私たちの滅びのきっかけもアストリネになるのだろうな」

一見して和やかに互いは笑い合っていた。

そこに海底に届く日光が差し込む。

其々の影が映し出され伸びていき、象られたのは鯨とイルカだ。

片や巨体。片や明敏。

各自異なる強みを持つ[核]で至った本体に近しい姿が影に浮かび、揺れている。

無論、双方己が負けるとは毛頭思っていない。

だから笑い合っている。故に園に放たれて漂う重圧は凄まじいものだ。

一触即発とは、正にこのことを言うに違いない。

もしその場に無関係な第三者が居たのならば、きっと不可解な緊張感で息苦しさを覚え、謎に動悸が早まり脂汗を掻いたことだろう。


「…………っと。楽しく笑い合ってる場合じゃなかったな。一旦話を戻そうじゃないか、サージュ。それで、お前の頼み事とやらはなんだい?」

そのようにグラフィスから不意に送られた一つの質問で重圧的な空気が霧散する。

問われたサージュはパチっと目を瞬かせた。


「――ある物を渡してくれるだけでいいよ!」

すぐにパッと両手を広げて差し出し、己の欲求内容を提示する。


「最近、君が完成させた簡易式小型『門』。そしてグラフィスとしての『門』永久通過許可を頂こうか」

「ふむ。……………」

望みを聞いたグラフィスは沈黙し、暫し間を開けた上で答えた。


「エルナトのHMTを押収して改造しただけで飽き足らず、確実な移動手段も求めるのか?」

「ああ、そうとも。僕は道具は自力で用意できても、移動手段が乏しい。()()()()()()()()()()()()()()()本当に面倒だった。だから、少しでも正規手段で楽がしたいのさ」

「……そうか。なるほどな。しかしどうしたものかな、お前がより厄介になりそうだ」


顎に手を立てて撫でて、グラフィスは悩む素振りをする。

そのわざとらしい態度に対し、サージュは「ハッ」と鼻で笑った。


「君は断る理由もないだろ?なんとしてでも僕に改造強化はしてほしいから。そういう悩んでまーすって善人ぶる前振りはいい、とっとと渡してよ」


満面の笑みを浮かべては、差し出した手で招き催促する。


「それに、僕がわざわざこうして顔を出すほど欲しがるとわかった上で簡易式小型『門』を完成させたんだろう?――わざわざ釣ろう餌を垂らしたのは、君なんだ」

意図も分かり切ってる。

そう宣えられてしまったグラフィスは、すかさず「失礼」と口元は柔らかく微笑みながら謝罪を送った。


「そう、だったな。その通りだ。本当にお前という存在は……とても厄介だよ」

建物の外では、また新たな魚群が回遊し始める。

陽射しを遮る斑の影がふたりに掛かり、白か黒かも断定できぬ形に染めていく。


穏やかな波に揺蕩う海月が数匹ほど『日海の園』から遠ざかってしまい、淹れた紅茶が冷めるまでの静寂が続いた。


――して、漸く、長い逡巡を終えたのだろう。

グラフィスはサージュに青く輝く水晶が十字架に象られた物を差し出した。


「――此方が、例の品だ」


これがサージュが望んだもの。

簡易式小型『門』。

四代目郷の異能により次元転移の力が永続的に発揮するよう工夫して込められた、移動革命に繋がる代物だ。


「……初めから素直にそうしてればよかったのに。僕が機動力を得たとしても、何も変わらないよ?」

サージュは伸ばしていた手でそれを掴み取り、己の懐に入れる。


「『リプラント』だって、僕は直接関わらなかった。誰かが便乗して、勝手に複雑な事件に悪化させただけさ。――そうだろう?」

認めるように黙したままだ、グラフィスは何も答えない。

ティーポットを手に取って、自分のカップに冷めてしまった紅茶を注ぎ入れていく。

砂糖もミルクも入れることはせず、生温さを噛み締めるかのように嚥下した。


「………なあ、サージュ。話を大きく変えてしまうんだが、支障がなければ、……私の質問に答えてくれないか?」

悩ましげな吐息を交え、ふと、質問を投げつける。

それにサージュは軽く首を傾けて笑んだ。

「まあ、質問次第にはなるけど……聞いてあげるよ。どうぞ?」

許可を貰えたグラフィスが、謳うような優しい調子で言葉を紡いでいく。


「お前は、私と相反する存在だ。終幕より革新を求め、無知なる弱者や『古烬』を『停滞する臆病者』と罵倒し嫌悪する。しかし後者に関しては……不思議でならない。それは、お前の子供達が該当するからだ」


この質問が開示されるかはわからないとしても、聞かざるを得ない。

きっと多くが疑問を抱き、解明を求めるであろうと確信された問いが確かに紡がれた。


「なぁ、サージュ。お前は我が子を愛していたか?」


――唐突、何の脈絡もない質問ではある。

だがこれはグラフィスにとって一番の疑問で不可解な点。もし教えてもらえるのならば、是非知りたいと望む謎だ。


ヴァイスハイト。時代を革新させたアストリネ。

これより目的のために世を荒らす台風の目と至るであろう者が、渦中になる場所に置いた我が子たちを一体どう想っていたのだろう。


「義理の息子である透羽吏史と、実の娘であるユエル=カミュールを愛していたか?」


質問を受けたサージュは一先ず足を組み直す。一拍の間を開けてから、慈しみを込めるよう柔らかく微笑んで、堂々と答えた。


「そりゃあ、愛しているよ。馬鹿な子ほど可愛いもんだ」


緑瞳は眩く煌めかせて、先を『観測』し続けた上で、宣う形で、答えるのだ。

予想とは多少違う答えを受けたグラフィスは「…そうか」と繰り返し頷くしかなかった。


「――じゃあ、此処は折角だからさ。君には質問返し……いや、『観測』で見たものを教えてあげよう」

「……いや、私は……」

「そう遠慮せず。所詮は可能性な訳だし、天啓とはまた別に選択の助言にはなるよ」


そんなグラフィスの反応に興が乗ったのだろうか。サージュはやたら強引に話を推し進めていく。


「知ってるか知らないかで未来は変わりゆくものだ。是非、参考程度に聞くといい」

異能は絶対的な未来を『観測』できるわけでもない、警告にもならないだろうが。

しかし、いつかきっと辿り着く末路を敢えて、人差し指ごと突きつける。



「ミカエラ。君は最悪の敵となる」


穏やかな声色で放たれた『観測』を受けたグラフィスは、息を飲む。

しかし、感情のままに捲し立てて問い詰めるような真似はせず、僅かに唇を開く。


「多くを救えるのであれば、それで構わない。本懐を遂げるとは……そういうものだろう?」


確かな意志ある澄み渡る声で、決意の宣言を紡ぐのだ。


その間に、陽の光が緩やかに傾く。

宵闇めいた昏い影が掛かり始め、グラフィスを呑むよう覆い隠している。



――各々の意が進む中で、火が灯ろうとしている。

【ルド】の郊外地。陽光が届かぬ地下の路地裏にて。


影に身を潜めるように少女がひとり、佇んでいる。短い髪は風にたなびき、隙間から覗く煌めく双眸は倒れ伏せた女性を見下ろしていた。 

彼女の全身は鮮血に染まっている。だが、その身体には傷一つ見当たらない。

これは返り血だ。


そんな女性を見下ろす形で佇む少女の手には、口が下を向いた試験管がある。

詰められていた鉄の匂いが香る赤褐色の液体が一滴、地面に滴り落ちていく。


「――さぁ、起きろ。『遺児』。アルデに会いたいんだろう?」


呼びかけのあと、少女は無造作に空の試験管を投げ捨てた。

壁に叩きつけられたガラス製の試験管は衝撃に耐えかね、バリンッと先の崩壊をも暗示するような砕け散る音が鳴り響く。


渡る音が静まる頃、倒れ伏せていた女性の瞼は震えてゆっくりと開かれる。

浴びせられた血が額から頬にまで流れ落ち、まるで血涙を流してるような顔で佇む少女を見上げるのだ。


「さびしい」


何の前触れや脈絡もなく、積もり積もった心を吐露するような言葉を紡ぎながら。


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