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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
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兵器『遺児』

吏史がカンデラと別れてネルカルの後を追うように移動すれば、自ずと医療室と繋がる大広間に到着した。

硝子製の正面出口に付近にて。無事逃げ仰せていたネルカルと……朝海。

二人との合流を果たすこととなる。

「あ」

雨粒が落ちるような声が漏れ出た。

何せ、朝海とは数週間ぶりの対面だ。

久しぶりなんて、気軽に喜べもしない。吏史から見て朝海の目の下には薄い隈が見えて、疲れを滲ませている。

おそらく同じ『平定の狩者』だから、窶れを覚えるほど忙しいのやもしれない。

実際、吏史も英雄の神輿に乗せられてからは会議やら式典の参加、形状変化した『ゴエディア』の実験等で超がつくほど多忙だったのだ。

……HMTのメッセージすら、まともに見れないほどに。

「……えっと、久しぶり?」

何がともあれ一先ずは挨拶かと、吏史はどこか気まずそうに頭を掻いてから軽く笑い、片手を上げる。

「…………」

怒りか、呆れ。或いは憐憫。

あらゆる感情が湧いた複雑そうな顰めっ面を浮かべた後、朝海は吏史から視線を逸らすようにそっぽむく。

「久しぶり」

ぶっきらぼうにそれだけ答えて、すぐに隣に立つネルカルに顔をあげて尋ねていた。


「あの!ネルカル様、イプシロン様の容体は…?」

「報告した内容となーんも変わらないよ〜ババアさんとアルデに任せて、暫く待ちだね」

「ば、ババア…さん……?」

「そ。今はババアさんが見てくれてる。因みにまだ、全然起きる兆しがないからね。だから無事を祈っててよ」


思わぬ罵倒じみた呼称が飛んで多少戸惑いはしたが、結局イプシロンの容態は重いことに変わらないと伝わったのだろう。

「そう、ですか…」

朝海は浮かない顔になりながらも俯いた。

今はただ、何事もないことを祈るしかない現状に打ちのめされるように。

「………」

そんな打ちひしがれたような様子を見兼ねてか、ネルカルはこっそりと吏史に近づいては囁く。

「やっぱ、朝海には見せなくて正解だったね」

同意するよう吏史は首肯した。

「ああ。多分、オレより戸惑ってしまってたと思う」

「体力は目を見張るものがあるけど、精神面は普通の人間の女の子なのは今後も意識して気をつけないと。今回の件は私でもキツかったわけだし…憧憬相手の瀕死姿なんて、直視できないもんか」

そうした会話を交えてから、ネルカルは吏史から自然と離れる。

直ぐに朝海を励ますように明るく笑って、話題を切り替えるように手を振った。


「ま。とりあえずは今は私たちができることしておこうか。到着予定のレポートを確認してその内容次第での適切な行動処理が無難だろう。………」

とはいえども。

肝心のレポート所有者であるシングドラらしき姿は未だ見えなかった。

このままだと三名は揃って出入り口で待ちぼうけとなり、無駄な時間を過ごしかねない。

それに気づいたのか多少困った様子でネルカルが自身の黒髪を摘んで弄り、唇を尖らせた。


「これさぁ。いっそ私がバビュッと空飛んで迎えに行くべきかな」

「いや、集合場所はここだって決めてるんだろ?だったら待機で良くないか?シングドラとすれ違って段取りズレる方が面倒ごとだろうし……」

風を操作するネルカルであれば、彼女が口にしたオノマトペ通りに神風で迎えに行ける筈だろう。

しかしここは下手に動く方がトラブルの元だと、吏史が反論して制したが、朝海は横からそっと片手をあげて控えめに主張する。


「あの。必要でしたら私が行きますよ、少しでもお役に立たせてください…」

「あー。それはだめ。今の朝海に向かわせたら転けちゃいそうだし」

「そこまで間抜けじゃありませんよ…」

「本当かなぁ」


ニヤニヤと悪戯っぽい猫のような笑みを浮かべたネルカルは朝海の頬を指先で何度も突っつき、戯れる。

その態度でこれから先ネルカルが何を話すつもりなのかを概ね察した吏史の目は、冷たく平らに据わっていた。


「ここ最近はさぁ〜どこか上の空って感じするんだけど?悩み多い乙女ゲームの主人公みたいなことになってるからぼんやりしてるのかな?尚更此処は慎重に動かないと」

「はい?なんですかそれ、どういうことですかネルカル様」

「憧れのイプシロンは好感度上昇の見込みなし。同僚の吏史は友情√以外は死んでいる。今のところは……クモガタ求婚√で突っ走ってるのかな?」


思い立ったようにパチンと指が鳴らす音が場に渡った。


「いいや、此処から大穴でディーケが対抗馬に入ったらおもろいとは思うね!」

「はい!?いや、何の話ですか?!馬?!」

「朝海を娶る男は誰かレース」

「そのまんま!?せめてもう少し捻ってくださいよ!原液のままお出ししないでください!というか全っっ然面白くないですから!私やイプシロン様たちで酷い妄想しないでくださいよ!」

「ははは。いいじゃない、よくあるシンデレラストーリーみたいなお話はとても素敵なものだしさ、私は好きだよ?それに朝海ならイプシロンと結婚してもいいかなー」


一瞬、許可を得られたことに固まってしまう朝海。その反応でネルカルがニヤニヤと笑んでる様を視認して、すぐに正気に返る。振り払うよう乱暴に両腕を大きく動かして主張した。


「わた、私は!『平定の狩者』に属する兵士です!確かにイプシロン様にお会いしたかったですが、恋仲になることまで望んだわけではありません!クモガタ様の求婚も今は受けるつもりはありませんから!!」

「へーーー今は、ねぇ……」

「もーーーーーぅ!」


何を勝手に人の恋愛模様を想像して笑ってるんだと。子犬のように吠えて噛みつく朝海の反応に、ネルカルは終始楽しそうに笑って頬を突っつくばかりだ。


「……ナナって昔から他人を使って妄想するの好きだよな」

そんなやりとりを眺めていた吏史は腰に手を当てる仕草を交えて、呆れた溜息を漏らす。


「えー?推しカプ生成する立場に立つの楽しいよ?神になった気分になる」

「でも、それってぶっちゃけ権力の横暴か乱用だろ?気をつけてくれよな」

ここで言っとかないとダメだと予感したのだろう。吏史の発言は終わらなかった。


「まず普通にパワハラだし、その虚言が他者に伝播して人類の創作物にまで発展流行しようもんなら普通に肖像権侵害だから雷落とされるのはナナだけだぞ。あと、こんなしょーもない話で本筋から脱線させるなよ」

「こいつぅ〜〜〜言うようになってきたな〜〜?」


ネルカルは浮かべていた笑顔を引き攣らせていた。

透羽吏史が自我が強くなった結果、可愛げのなさが増してしまったと言わんばかりの顔だ。

「ちょっと昔なら苦笑するくらいだっただろうに。何その詰め方。イプシロンと蛸姉さんの影響か?やめてね?」


なんてことを言って吏史を責めるのをいいことに。そっとネルカルから離れ眺めていた朝海だったが、その肩は背後から伸びた手により控えめに叩かれた。

「うん?」

瞬きして目を丸くし即座に振り返る。

――其処には、朝海と同年代と思わしい少女の姿があった。

前髪を分ける形で額を晒し、肩程度まで伸びた昼間の海面が細波を起こしたような癖のある紺碧髪。夕暮れ空の橙色に夜の帷たる灰青が掛かった薄明の瞳。

服装自体はかなりシンプルだ。

白絹のシャツに鼠色のブレザー、映える真紅のネクタイには金のピンネクタイというアクセントが飾られていた。

太腿までが覆い隠される群青を基調として赤と茶が交差するチェック柄のスカートが、漆黒のタイツで覆われた足を彩っている。

濃茶色の革製のローファーという足元まで視認した上で、朝海は自身とそう変わらない百五十程度の身長であろう少女を見つめ返した。


「…えーっと、どちら様……ですか?」

頭上に疑問符を浮かばせ、首を傾けては尋ねる。

そんな調子で混乱する朝海の横から、ネルカルが平然とした様子で少女の名を呼んだ。


「あ。シングドラじゃん」

「成程、よかった。この方がシングドラ様なんですか………って、え!?!?!?!?はっ!?!?!?」

度肝を抜かれて素っ頓狂な声を上げる朝海。その反応は至って正常だ。

二十七代目シングドラ。『彼』は『天候』を操るアストリネである。

そう、『彼』。『彼女』ではない。

どう見たって人目を惹く愛らしい十五歳と思わしい小柄な少女の風貌をしていようが、シングドラは――男だ。


「あ、あの。……私の記憶が確かなら、シングドラ様ってぇ……イプシロン様より年下の……二十歳を超えた方……でしたよね?」

「ん?そだよー」

「……!?………!!………?!?!」


ネルカルのあまりに気さくな返答、朝海は絶句し、口をパクパクと動かす。

それはまるで金魚が水面に口を出して酸素を求めるようだった。

「は?一体何ですか?」

与えられる衝撃は連続して、止まらない。

怪訝そうな表情で放たれたシングドラの声は、想像以上に低い、バリトンボイスだったのだ。

息が詰まってヒュッと喉が鳴ったし、そのまま白目だって剥きかけた。最早朝海の理解の範疇を大きく超えられている。

後頭部を鎚で殴られたも同然だ。

女の子ではなく男。子供ではなく大人。天使のように愛らしい声ではなく響くように渋い低音。

「な、ぁ………ぁ……?!……!!」

聴覚と視覚情報はアクセル全開のダンプカー正面衝突したようにぶつかり合い、思考に衝撃を与えるだけして解に到達させてもくれない。

ひたすらに平行線が続き、飽和して溢れかえりただ意味もなく川水のように流れてしまう。

この心境として近しい刑罰で例えるなら、宇宙百億年放流の刑と例えたところだろうか。


もちろん、この世界の刑罰にそんなものは存在しないが。


「朝海?」

思考の無限回廊。またの名を小宇宙を広げ漂う朝海に吏史が声をかける。……が、朝海はまともに反応できずに呆然とするばかりだ。

そんな彼女に対し、吏史は心配の色を含んだ視線を向けていた。


「……ネルカルさん、彼女は」

「ヘーキヘーキ。単に初見で得えられるシングドラのギャップ受けてるだけ。……それで?例の奴は?」

「待ってくださいね。すぐに渡しますので」


シングドラは改造されたネクタイピンに触れて、己のHMTを操作する。

合わせてネルカルも操作を行い、互いにメッセージ欄のホログラムは展開された。


「おっと〜?ローレオンのやつったら相変わらず慎重だね。テキストデータだけだってのに、懇切丁寧に第三者が開けないよう多重ロックに加えて暗号化の細工までされてるじゃん」

「それ、代表管理者じゃないと正しく開封できない仕様らしいです。開いてもらっても?」

「OK。……都合よくも周辺に人はいないわけだし、見ちゃおうかな」

「……そうすると思って、予めここら辺の人掃きを済ませておきました」


話が早いとネルカルは指を鳴らし、そのまま流れるようにシングドラを指差す。


「ぐう有能。やるじゃん。じゃ、開けていきますか」


ニッと薄笑いを浮かべ称賛を送ってから、自身の髪飾り型のHMTを操作した。

二つの機器間での交信を示すように光が何度も点滅する。

――やがて、一つのデータを受信した。


ネルカルが手早く画面を操作すれば、ロック状態のデータだと赤色の警告ダイアログが表示される。

其処に指紋認証として必要な親指を画面に押し付け、「三十代目ネルカルが承認する」と声帯認証を果たしていく。

そうすれば、多重ロックが掛けられたテキストデータは速やかに解除されるのだ。

「さてさて、中身は――」

並ぶ文字列が、ネルカルの碧眼に映される。

内容を反芻するよう何度も瞬きを繰り返して、読み進めていた。


「………。んー、これってさ、データ手配したのはローレオン、なんだっけ?」

「はい。勿論、ぼくは見れてないですよ。権限がなかったんで」

「こいつの中身、見たとか言ってた?」

「いえ。……むしろ下手に怪しんでて開封すらしてなかったとか」

「なるほどねぇ。なら……仕方ないか。内容見てたならもっと早く渡せって怒ってたところだったよ」


肩をすくめて話す理由はすぐに明示される。

ネルカルは、画面操作を行いホログラムにハッキリと映る一文を見せた。

シングドラだけじゃなく、吏史や朝海にも突きつけるように。


[『遺児』――【ルド】にある生物寄生型機械兵器について]


瞬間、場が凍りつく。

その現象が起きるに十分すぎた衝撃的な文だった。


「【ルド】にも、兵器があったみたいだね。……アハハッ。いやー、代表管理者的な立場にあるけどさ。情けないことに全然全く知らなかったし……気づけなかったよ」


氷点下まで下がり切った重苦しい空気の中でネルカルは薄笑い、とんとん拍子に話も内容文章も進めていく。

持ち前の器用さを披露しつつ、HMTを操作し続けた。


[『遺児』の特出すべき特徴は自立型思考パターンが宿ることだ。生物対象を選別して寄生することを可能とする。症状は五感の支配]


「…ご、五感…ですか?あれですよね。味覚…視覚とか聴覚とか…」

「そだねー、それだね」

「それの支配って、とてもまずいのでは…」

「うん。普通にやばい。この書き方的に対象がアストリネであっても無関係っぽいからね。まーでも、思考が支配されてないだけマシな話なのかも……判別材料がめちゃくちゃになるってだけで、個々人の意思は強制されないってことじゃない?」

「まあ判断力はこちらに委ねられてるのなら、確かに……?」


内容に動揺し狼狽える朝海に『何も最悪な状況ではない』と説明を投げて安心させたネルカルは、人差し指で画面を弾き、次の文を表示する。


[ソレの外見は例えられない。なぜならばそれは一粒3ミクロン程度であり、数百万個以上にも及ぶ集合体式電子機械だからだ。だからあえて言うなれば、磁石に群がる砂鉄だろうか]


「……なんだろう。なんか、集合体恐怖症には悍ましい兵器ですね。なんか……えーっと、例えるならノミかダニの群れみたいな……?」

「……っっ、」

「もー、シングドラ。虫とか変な例えしないでよ。感性普通寄りの女の子がいるんだから」

「は?え。……あー、はい。すんません……」


シングドラはネルカルに非難されたことに苦い顔を浮かべては、朝海に謝罪する。

それに朝海は慌てて手を左右に振って「いえ、私の方こそ、すみません…」と申し訳なさそうに小さく謝罪を返した。


[一粒には思考が宿っている関係上、対象者の脳に寄生し神経系を掌握する。もしも破壊を望むのであれば一つ残らず『遺児』を消し去る必要がある。一個でも残れば『遺児』は自己増殖作業を行い、元の数に戻りゆくからだ]


「はぁ!?エグくないですか?!」

目を瞠り口を開けた朝海から大きな声上がる。

全くふざけた性能だから、先に抱いた恐怖も掻き消えていた。

目視でも不可能とするサイズの兵器を完全破壊するにしても、一つも残してはならない。

なんて。……どうすれば適切な処理方法になるか、検討もつかない。

「一匹見かけるだけで千匹いるみたいな、そんな。ますます虫を思い出すというか……いや、そもそも本当に今回の件、原因がコレなら、いったいどうすれば…」

動揺のままに握りかけた手を上下に振ってしまう動作をしており、動乱に陥ってしまう。

それに同意するようネルカルは首肯した。

「うんうん。わかるよ。それは全くその通り。どーしよっかな」

「そこは認めちゃうんですか…!?……でも…」

ふと、顎に手を当てて、妙に納得を得る。

その内容を朝海は頷きながら声に出した。

「確かにこれは…ちょっと、無理ですよ。過去にエファム様たちが壊せなかったのは……納得かもしれないです」

其処にある全てを何処かにまとめて飛ばしてしまう以外には、処理不可能だろう。

過去の『平定の仮者』である二十五代目エファムや三代目ヴァイスハイトという、至高に近しかったアストリネ達が手を焼いて、破壊まで成せなかったのも当然。

そう紡いだ朝海は何度か頷いた。


「……いーや、ね」

しかし、ネルカルはそれには賛同しかねるのか、憂げに目を伏せた。

「残念だけどそれは違うっぽいよ」

「―――え?」

思わぬ解答に、朝海は口をぽかんと開けて惚けてしまい、吏史は目を丸くして、シングドラも薄明の瞳を大きく瞠る。

そうした三種三様の反応を一瞥したネルカルは、口元に弧を描かせた。


「結局、『リプラント』もそうだったけど。この世界に残された兵器は……大体がアストリネの都合で残されたみたいだよ」

そして疑惑の基を包み隠すことなく、ネルカルはとある文章を明示する。


[『遺児』の精神性は単純だ。人間年齢推測五歳児並である。意思疎通は望めた。集結するよう誘導させて完全破壊に及ぶまで比較的簡単だったが、あえて、僕たちは『遺児』破壊を選ばなかった]

これは、過去の真実。その一端。

旧『平定の狩者』たるエファムとヴァイスハイトは『遺児』の破壊を選び取らなかったという。


[残した理由を此処に記述する。それはこれから先で【ルド】で浮上するであろう大きな災害対策を実行するためだ]

それはある種の未来投資。そうせざるを得なかった理由の詳細は明かされる。


[現在の【ルド】全区の環境は劣悪だ。尚且つ『陽黒』の侵食汚染は他国の土壌にも侵食を広げている。特に第一区『イーグル』は地下一万メートルを掘り起こして展開した区。太陽光による自然自浄効果も期待できない。既に齧歯類数匹の骸から人獣共通感染症(ズーノーシス)となりうる病原菌を発見した]

あらゆる情報を以てして過去のサージュは『観測』し、深刻な『分析』結果を見出した。


[感染先のDNA構造に合わせて変質し、免疫細胞を破壊する最低最悪の特性がある病原菌だ。そうなれば、自己治癒能力に依存するエンブリオが通用しない。【ルド】の第一区を始めに、不治の病が蔓延するだろう]

問題を直視して、兵器被害よりも深刻となる病的災害を予見した。

だからこそ選んでしまったのだろう。


[そこで僕たちは『遺児』の寄生時による恩寵。『遺児』に寄生された個体は身体能力の他に免疫力をも飛躍的に向上させるという要素に注目した]

先に不穏の種を残すという、選択を。


[病というものは不確定だ。適切な抗原がすぐに用意できない、ならば。初めから感染できないほど免疫強化してしまえばいいではないだろうか?人体感染型が発見されてからの十分な時間稼ぎにはなる。それが強毒化する前に【ジャバフォスタ】を中心に特効薬を開発させて根絶させればいい。疫病の撲滅自体は可能なのだから]

まるで読み手に対して説得するよう語りかけるような文面に続き、更に衝撃的な内容が提示される。


[だから決行自体もスムーズに進んだ。【第一区の民には『遺児』に寄生させる】。これは、三十九代目グラフィスや十八代目アルデ、四十五代目ディーケと会議てわ話し合った上での結論。決定事項だ]


エファムもヴァイスハイトだけでなく。前代のディーケやアルデ、グラフィスと言った六主たちが納得した上で。――兵器『遺児』は残された。


[至503年以降、生まれる人間やアストリネは強くなる。それ自体は歓迎すべきことだと前代のディーケは大いに喜んでいたが……懸念点はある。そもそもの話、『遺児』と名付けられて『古烬』に放棄さるほど対処が面倒な兵器だ。五歳児は簡単に泣く。親と看做した十八代目アルデはもういない。放置子はいつまで存在しない待ち人を大人しく待てるのか―――]


以降、レポートは続いていない。中途半端に文が途切れていることは明白だ。


おそらくカンデラが危惧していたようにデータが破損したのだろう。

とはいえ、それでも。衝撃を受けるには十分すぎる内容だ。

「…………」

吏史の異色の瞳が自然と下を向いてしまう。


――一歩、間違えれば平和崩壊になりかける危険な兵器のはず。それが『古烬』が生み出した兵器の共通点。

しかし今回の『遺児』は利用しようと決められて、敢えて人々に寄生させることを容認した。

それが守護者たるアストリネ側の、サージュ=ヴァイスハイトとシェルアレンの決定。

「…………」

決定までの、理屈はわかる。

万人を救う為だ、事前に蔓延しかねない不治の病魔を事前に防ぐため。


だけど、されども、どうにも。

感情が納得できなくて、喉奥に沸々と煮えたぎる思いが湧いて仕方ない。

「……何を考えて、こうしたんだよ」

どうしても、考えてしまう。

後世に遺すならば、もっと上手くやってほしかった。『リプラント』も『遺児』も暴走させることないように封印するべきだった。

これでは過去の負債を払わせられてるも同然だ。

ちゃんともっと先々を見据えて未来に残すことがないよう対策すれば、何も計られることもなく―――救えただろうに。


「……どういう気持ちで、残したんだよ……」

全ての兵器を壊すという判断さえ下してしまえば、月鹿なんかに命を奪われることなく、家族と共に穏やかな余生を過ごせたのではないか。


「吏史」


非難じみた気持ちに駆られかける中で、吏史はネルカルに声をかけられる。

一拍遅れてから、肩を掴まれた。

「そう決めた大体の奴らはもういないから。しても意味がないことに怒らないで、暗い気持ち流してよ」

振り返れば、ネルカルが硬い面持ちを向けて止めてくる。

「ね?」

心の曇りごと見透かすような晴れ渡る蒼穹の瞳が真っ直ぐに向けられていた。

瞬間、無意識に昂った心拍が急速に落ち着いていき、高まった体温も下がっていく。

肩を落とすような調子で熱い息を吐いた。


「………悪い、……わかってる」

澱みかけていた意識が徐々に明瞭になっていき、嫌な気分に塗れた吏史は謝罪を紡ぐ。


「……起きた過去は変えられない……もんな」

そう、己に言い聞かせるようにも呟くばかりだ。


「ごめん、悪かった……」

自己嫌悪を重ねて謝罪を繰り返す吏史に、ネルカルは目を細めて息を吐く。

「…………」

以降、吏史は何も語らない。喉奥に溜まる熱を飲み込もうと沈黙してる。


「まあちょっと落ち込んじゃった吏史君は〜……置いといてさ」

ひとまずは場を締め括ろうと吏史の肩に置いた手を離して、ネルカルはシングドラや朝海に振り返った。

「一旦、明日から君たちが行うべき活動は私で決めたいと思います」

不穏な空気に気遣い黙り込んでいた二名が目を丸くする中で、ネルカルは胸元に手をあてて微笑んだ。


「データを修復できる人材がいる可能性が高い『義鋼街』に向かってもらおうと思います」

「義鋼街?」

「義鋼街……?ですか?」

発言の真偽を問うようなシングドラの物言いに反し、朝海は街名自体を聞き慣れてないのか疑問符を頭上に浮かべて首を傾げる。

見かねたネルカルはすぐさま教示した。

「『鋼の正義の街』。軍事系に特化した我が国ならではの製造区の一つ。――人類機械化が進行してる区、って言えばわかりやすいかな?」

「…人類機械化が進行してる区、ですか…」


パチパチと丸くした目を瞬かせて、朝海が復唱する。

それに対し、ネルカルは人差し指を上に立てて朗らかに微笑んだ。


「そ。義鋼街――第十九区『ピーヘン』は、大まかに言うとそんな感じ。欠損を補うために義手義足、脳の一部まで機械化してる人ばかりだ。……その方が力が増すからって精神性が私たちの国らしくはあるよね」


先に立てた指で自らの側頭部を小突き、ネルカルは説明を進めていく。


「ただ、問題点は結構あるよ。フリッドが提示してる入区条件は厳しい。転移先の『門』も区内じゃなくて区外にある。条件の一つとして【十八歳以上】だ。だから本来ならシングドラ以外は入区自体断られるだろうけど……今回は特例を用いる」

「特例?」

聞き返す朝海に、ネルカルは指先を側頭部から流れるように己の胸元へと移動する。


「私の権力。代表管理者の立場を使って押し通す」

「………。『ピーヘン』の区民は癖があると聞きますよ。探すとしても、相当な時間は要するでしょうね。足りますか?」

冷静に物申すシングドラに、既に考えていると悩む素振りもなくネルカルは返した。

「今回は新しい『平定の狩者』も同行させる。正確には捜索の頭数は四つだ。入れさせるとしてもこれが限界、フリッドを怒らせないラインかつ限界だよ」

「………ぅえ……?あ、あのー、ネルカル様は来られないのですか?」

恐る恐ると朝海は尋ねる。

ネルカルは胸元から手を下ろした後、どこか申し訳なさそうに眉を八の字に浮かべていた。


「うん。そう。私は来れないの。ごめんね。そもそも私自身が第一区を長いこと離れられないから」

「………あ。……なら、仕方ないですよね。……………ん?いや、でも。ネルカル様が直接候補者を呼び出せば良いのでは?」

「良い着眼点。これについても説明するよ」

その疑問は間違いではないと肯定してから、ネルカルはパッと両手を広げる仕草を見せる。


「【ジャバフォスタ】の代表管理者グラフィス。あいつなら――全HMTの情報に手を伸ばせる立場なんだよね」

その発言に意を示すものはいない。

ネットワーク接続の要たる海底サーバーファーム自体は【ジャバフォスタ】に管轄下である。

国の代表管理者が確認できるのは、ごく自然だ。


「だから今、私がレポートを読んでしまったことは伝わることだろう。……さて、ここで朝海に質問です。もし自分が隠してあった秘密が書かれたものがバレた場合、どうする?」

「え?……見られた内容は確認できます?」

「ううん。そこは不透明だね。でも、一部は確実に見られたって認識かな」


ネルカルの細められた蒼穹の瞳を見返し、朝海は怪訝そうな表情で考え込む。

少し悩んだ後に、己の考えを打ち明けた。


「……秘密を読んだ者にどんな内容だったか、確認を……望みます。でも通話とか…HMTに記録を残したくないから、直接お話を持ちかけるかも。他の作業は…別の人にお願いすると思います」

「そうだね。グラフィスはそうすると思うし私も同じだ」

行動は目的を示すという性質上、下手に動くとより墓穴を掘りかねない。

「だから私の仕事は体張っての時間稼ぎ。レポートを下手に取り上げられる前に、裏で君達を使って『遺児』の情報を掴む。安直で雑な作戦かもしれないけど……行動を止めたいなら有効的な筈」

技術力では劣ってるのは明白だ。

だからグラフィスには情報戦ではなく、物理的な手段で臨む。力を評価する国ならではの強みとはいえよう。

「一番知りたいのは何故暴走してる兆しがあるのか、そのきっかけだ。単に時間切れか……別の要因かは知っておきたい。だから、ある意味でみんなに最も重要な件を任せてしまうわけ」

一介の民に責任を持たせること自体心苦しい。

本来ならば共に行ければいいができないこと詫びるように、ネルカルは苦笑を浮かべて朝海に問いかけた。

「……できるって、期待してもいい?」

朝海は息を呑んだ後、神妙な顔で小さく頷く。

「……わかりました。がんばります」

その小さな決起にネルカルは実に満足げに口角を深め、後に未だ顔が晴れない吏史に声をかけた。


「……てなわけだけど。吏史もそれでいい?」

「オレは全然別に。……けど、グラフィスの相手……できるのかよ」

吏史に積もる不安は大きい。年齢を鑑みて、グラフィスの方が確実に経験豊富だ。

情報というアドバンテージの差もあって、討論に発展すれば確実に流れを掴まさせてくれない筈だ。

その経験不足を補ってくれるネルカルの補佐役……イプシロンが不在同然である以上、完全に直接対面を任されられるとは言い難い。


「お前ひとりで、なんとかできるのか?」

だから吏史は苛立ちというよりも心配を向けていた。


ネルカルは一瞬、蒼穹の瞳を丸くする。

己に向けられた情を理解した途端、直ぐに手を腰に添えて笑い飛ばした。


「当たり前じゃん。私は三十代目ネルカル様だぞ」


これから先、上手くいくと胸を張るような宣言を行うように。


「……そっか」

だが、吏史の心境は変化しない。

不安が拭えずに心残るのが大きくて、軽口で返せなかった。

僅かな懐疑心を携えて、口を噤むばかりだ。


◾️


暗黒に満ちる景色の中、変色した紅光だけが唯一の光源として差し込んでいる。


全てが鮮血に塗り潰されたような仰々しい世界にて、舞台と思わしい場所に、中央に立つ男が居た。

舞台外では百を超えるであろう人々が集い、男を観客している。


横髪を掻き上げて中央部に束ねた特徴的な灰色髪に黒の双眸を持つ男は多くの視線を受ける中、屈強な腕を力強く天に振り上げた。


「支配者たるアストリネに虐げられし者たちよ!」

聞き、注目し、刮目せよ。

そう高らかに主張するように声は張り上げられ、渾身の力が込められた拳は怒りに戦慄く。


「我々は長きに渡る差別による苦痛、世に生きる権利を剥奪されてきた!訴え叫ぶ必要がある、これが平和なのかと!吠える主張する必要がある、これが平穏であってはならないと!これは、暴挙にして暴虐だ!奴らの所業を決して許してはならない!」

絶やしてはならない。

尽きてならない。

虐められた側は一生の傷を受ける、復讐を放棄するなど言語道断。

一度やると決めたならば完遂するべきだと突き上げた拳を己の胸元に当ててドンと力強く叩き、辺りに重く響かせた。


「この管理体制を覆す、叛逆の時が来たのだ!アストリネを狩る兵器を以てして、我等が『古烬』が真の人類にして天に立つ者となる!」

これまでの苦労全てが報われ、解放されるのだと男は頻りに訴えている。

確信にも近い豪気に人々は感化されたのだろう。歓喜、期待による熱の予兆が生まれ始めていた。

それを感知した男はニヤリと不敵に笑んだ。


「偉大なるシルファールの血を引いている私が、其方達の希望となろう!」


かつて、『古烬』を築き上げた創世主たるその名を聞いた途端、怒涛の歓声が湧き上がる。

最早熱狂的な盛り上がりだ。

誰もが舞台に目を奪われている。唯一の救済の光として見て取れただろう。

創世主の血筋の男に、全身に機械を纏う男や腰にまで走るスリット深い艶やかなドレスを身につける女性。彼らが浮かべる自信に満ちた笑みに惹かれ、神秘を感じ、信仰へ昇華させ、心酔し始めるよう男女限らず多くが頬を赤く染めていた。


……そんな群衆の合間を掻い潜る、一人の少女が居る。


彼女は淡々と舞台に向かって前に進んでいく。

耳元まで隠れた短い栗色髪を揺らし、演説する男たちに向けて、真っ直ぐ近付いていた。

数十から数メートル。距離が縮まる。

やがて、位置が少女が定めた射程圏内に到達した瞬間、大きく手を天に振り上げた。


「――え?何?」

「何、あの子――ひっ?!」

その手には長針を想起させる金色の剣が握られいたため、場が騒然とする。


彼女の開かれたエメラルドを彷彿とさせる鮮やかな翠瞳は煌めいており、黒と赤しかない二色の世界においてはいっそう眩く映えていた。


「おい、いきなりなんだ。何をしている……っ!?」

男から上がる困惑の声を少女は意に介することなければ、言葉をかけない。

流星は誰の命に従う事なく宇宙に流れるものだ。


そう示すようにも少女は舞台に向けて、真っ直ぐな翠の軌跡を描く。

誰にも追いつけないであろう光めいた速度を披露した後に、天に向けた金色の剣を振り下ろした。

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