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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第二章. 落陽の果て、蒼穹に嵐吹く【ルド】
45/56

叛逆の始まり

十六年前。

始祖の系譜である二十五代目エファムが世から去る事変となった『アダマスの悲劇』。


歴史では世界に動乱を生み出す忌まわしき種族『古烬』の襲撃だと記されてるが、実際は異なるとオルドヌングは知っている。


そもそも『古烬』の長たるシルファール、その討伐は果たされていた。

長が討たれたことで『古烬』過激派の活動は鎮静化し実質、脅威は去っている。

環境破壊兵器『陽黒』による【タナト】、地域汚染の記載は正しい。

彼の悪あがきで起こされたものだが……被害はカフラとヴァイスハイトの異能で抑制したはずだ。


【焼却操作を得意とする『カミュール』五代目当主をも巻き込んで……】

この記された一端も、嘘。

恐らく正しく記されてるのは至502年までだ。以降は嘘で固められている。


疑問を持った。

どうして歴史に嘘が組まれている?

何故、【スワラン】やエファムを世界から弾く嘘を紡ごうとするのだろう。


そう、おかしなことが確かに起きていたというのに。

己と同じ疑問を抱ける者は、誰も口を開かない。

皆、揃って沈黙を選び取っていた。


――あの歴史通り。最早、二十五代目エファムは消滅したも同然だろう。


一様に囁いて認めて、動かない。

間違いなくエファムの危機だというのに、皆これまで受けた恩を忘れて気楽な平穏に向かう。


「何を言ってる。エファムなら我々が手を貸さずとも勝手にどうにかするだろう」

凝り固まった偏見で関心を向けず、見捨てようとする。


ふざけるなと周囲に憤慨し、片っ端から心をぐちゃぐちゃに壊したい衝動に駆られた。

自己保身で問題から目を背ける者の醜悪さに、二度目の失望を果たした。


だけど、同時に、理解している。

怒りを抱くだけでは何も意味はないと。


感情だけでは正しさを貫けない。

今が許せないのなら、オルドヌングはひとりでも行動するしかなかった。


動き出す前の葛藤はあった。踏み入れることなく身を引く方が賢明だ、どう考えたって茨の道だろう。

すでに歴史として公表された以上この真相を暴いてしまえば、異能を持つアストリネによる管理社会も崩壊する可能性が高い。

同族として、如何なものか。その破滅行為に進む行為自体決して良いものではない筈――


「……上等だよ」

握り締めた拳の力を込めて、血を滲ませる痛みと共に決行を誓った。


必ず歴史の真実を暴く。

そうして無責任に全てを放り投げたと記されたエファムの不名誉を消す。

だって、そうしなければ。恩者は何も救われない。

「全部壊れてでも、やってやる」

正しき努力と無償の優しさが報われない世界なら、いっそ壊れてしまえばいいのだ。


そんな強固な決意を持って、オルドヌングは進んでいた。


――だから、


「隼はただひとりと決めたらその者以外とは番わない。お前もそうなのだろうな。――私のテリトリーに踏み込むという、愚かな真似も出来たのだから」


海洋区の管理者さえいなければ、オルドヌングは記された歴史の真実を得れただろう。


「……グラフィス…、っ!」

仰向けにされた後に胸元を踏まれていた。

体重を掛けられていることで、身につける靴のヒールは皮膚に食い込んでいる。

そんな圧迫感と苦痛を与え抑えてくる相手――グラフィスを、オルドヌングは鋭く睨んだ。


彼女の管轄である【ジャバフォスタ】で探る以上、このアクシデントは予測できたが、何も、できなかった。

遭遇したと同時に仕掛けられて、敢えなく敗北した。

あまりに一方的で、呆気なく、勝負という形にもならずに。

「く、そ……ッ!」

煩わしいと身動いでも無駄である。

現在、四肢は彼女の異能による操作対象たる水の杭により、床に撃ち込まれていた。

それは再生能力があるアストリネの対策も兼ねているのだろう。突き刺さった水の杭がドライバーに打ち込まれるよう捻り回っている。

そうすることで延々と傷口は塞がることなく広がり続け、凝固出来ない血が床に流れゆくのだ。

「…っ、…ぅ゛っ……」

その痛みにオルドヌングは呻いた。

脂汗を滲ませて、歯を食いしばり抜け出そうと何度も身を捩り逃れようとする。

だけどそれは余計な動作。

「がぁ゛ッ!?」

グラフィスが動作そのものを咎めるように胸元を踏みつける力を込めることで、大きな悲鳴が上がった。

「ああ……。あまりそう動かないでくれ。私もあまり無体をしたくはない。お前の異能はとても希少だから。ここで潰すには、勿体無い」

黒のヴェールで目元を覆い隠すグラフィスは、紅差す唇を動かして柔らかい声調で紡ぐ。


「それにね、お前が【ジャバフォスタ】の情報保管室に潜入した理由は大方察しがついてるよ。――知りたいんだな?あの悲劇の真実を」

「!…やっぱり…『古烬』の仕業じゃないことを知ってるんだな?!ミカ!お前……何をした!?何で、こんなことになってる!大体カフラだってまだ完全に石化はしてなかったはずなのに、どうして継承が起きてるんだ…っ゛?!」

オルドヌングの翡翠瞳が煌めく直前、その異能使用を抑制するように水の杭の回転が早まることで、肉が裂かれる痛みが増した。

オルドヌングは異様を発揮できず、意識を分散させ目を瞑り、再び苦悶に悶えてしまう。


「まず、お前は多くに直接場に立ち会ったが故に知りすぎてる。シルファール討伐までのこと……アダマスの悲劇について調査して知った全て。今後、誰に対しても秘匿にすると約束してくれるかい?」

「…ぅ゛っ…ぁ、ッ゛!」

「無論。カフラの子についてもだ。これを話した場合、私はお前の[核]を破壊しなければならない……」


グラフィスは掌をくるりと回しては緩やかに下ろし、オルドヌングの胸骨の下部、肝臓部を指し示す。

――心臓そのものを把握してる。

そう、暗示する脅迫だ。


「ッ、くは、ハハハ…!」

しかしオルドヌングは肩を揺らし、せせら笑う。

苦痛の中で薄く目を開き、行儀悪さなんて気にせずグラフィスに唾を吐き捨てた。


「…っ、笑わせるなよ…!俺が……それに従う理由があるとでも…っ…!?壊すのなら構わない、此処で壊せばいい…!」

ならば、此処で終わりでいい。死を選び取る。

圧倒的な不利で命を握られてもなお、オルドヌングは気丈に意を明示した。


「お前にも、肝心な時に誰も救わない始祖エファムにも、忠誠なんか誓うか!俺は、俺を与えてくれた者だけに誓う…!」

「だけどお前としてみれば、何処にいないんだろう?」

「黙れ!居る居ないの問題じゃないんだ!これは倫理観の、っ心の問題だ…っ」


強く睨み、一歩も譲らない。

断固として譲らない姿勢だ。そう簡単に折れはしないだろうと判断できる。

視認したグラフィスは、身を屈んで腕を組む。

「……ふむ。なるほど」

手で顎を撫でてから暫し、思案した。


「ならば……アピールの仕方を変えるとしよう」

意味深に呟いた後、顎に当てた手を下ろしていく。そのまま何かを差し出すように、オルドヌングに向けて伸ばした。


「少し、秘密を開示する。先ず二十五代目エファムはまだ消滅していない。今は身を隠してる……だけだろうな」

「――――は?」

惚けた声を上げて、呆気に取られる。

咄嗟に嘘だと疑い、直ぐにオルドヌングは異能を発揮していた。

再び翡翠瞳が煌めくが、グラフィスは今度は敢えてそれを咎めない。明確に『嘘ではない』ことを心理でも突きつけるためであり、狙い通り真偽看破が済んだらしいオルドヌングは身を戦慄かせて唇を歪めている。


「今、私の心理を看破して確信したところだろうが。改めて始祖エファムにも誓っていい。……かの者は確実に生きているよ。誰も到達できぬところに墜とされて、ひとり孤独に足掻いてると言ったところだろうな」


身を戦慄かせるオルドヌングに、グラフィスは穏やかに微笑んだ。

それから先、まるで気が立つ子供を宥めるように、甘く優しい声で提示する。


「『アダマスの悲劇』で何があったのか。何故、あのような偽りだらけの歴史を記すことにしたのか。夢が終わった後、お前に全てを教えてあげる」

しかし巣に誘い込んで貼った罠に絡めとるように、蠱惑的に囁き誘い込む。

「だから代わりに……付き合ってくれないかな。私の夢は、お前の力があると助かるんだ」

「………………つまり、お前の夢とやらの、悪事に加担して、……全てを……騙し切れと……?」

身震いが続き、声帯まで揺らいだオルドヌングの胸元を抑える脚が退いていく。

しかし、ただ単に退いただけではない。

「っ、何……っ!?」

グラフィスは身を屈め、オルドヌングの顎を乱暴に掴み上げる。

「善悪なんて見る側で変わるものか、実に嘆かわしい」

苦痛を帯びて歪むオルドヌングの顔を、グラフィスは強引に己に向かせる形を取っていた。


「先ず、私は私の夢を悪だとは思わないんだ。何十年と長丁場になったとしても苦しむ人々の為に……この願いを叶えたい」

焦点が揺れる双眸の目元から、顔の輪郭まで。親指の腹でなぞり、甘言を囁いていく。


「だから、お前は多くを騙すんじゃない。内緒にするだけさ。してもらいたい協力だってその程度なんだ。事が動くまで――真相に繋がる全ての沈黙を行うだけ」


重く受け止める事態(問題)ではなく、大きな事象とは至らない。

そうオルドヌングの気が軽くなるように明示する。


「……………っ、」

多少は、迷う。祝福を受けた金色の瞳孔は振り子のように揺れている。

「……っ断る!」

幾許の葛藤の末で目を強く瞑り、迷いを振り払うように吐き捨てた。

「お前の慈悲は全てを呑み込む傲慢だ!救済対象ではないものたちは皆切り捨てるつもりだろう……!?そんなことは望まれてない、断じて!」

迷いはしたが、これが結論だ。オルドヌングはグラフィスを受け入れられない。

彼女が叶えようと目論む碌でもない夢には付き合えなかった。

支持数が多いから許される問題でもないのもあるが、きっと――二十五代目エファムは、彼女の夢を認めはしないだろう。


「……切り捨てるつもりはないよ。皆、ひとりでは生きていけないからね……そう。全ては支えられて生きている」

だが、断られてもなおグラフィスは否定を交えて捕まえようと掛かる。

ただし、今度は決定打となる言葉というナイフで、仕留めるつもりで。


「だからね。ひとりで寂しいって気持ちは、かの方にもあるはずだよ」

「――………」

不意にかけられた言葉のせいで、オルドヌングは絶句する。すぐに、嫌なことを思い出した。


愛されてる者は暖かいのだ。

晴れ渡る空のようにとても綺麗に輝いていて、落ち込んで暗くなれば多くの雲が寄り添い雨粒の涙を流すが、いつか晴れて虹のように眩く笑う。


それを彼の者はどこか羨むように眺めていた。

夜空の化身だと揶揄されても尚、持てない輝きに羨望の眼差しを向け続けた。


きっと「始祖の血縁だから特別」なんてことはなく、優しすぎたからずっと誰かに搾取され、心身を削られてしまったのだろう。


「決して冷たい合理的な機械で在ればよかったのに。ほうなれなかったから、エファムであり続ける度に傷ついていたね。痛ましい方だよ」

「――――っ……」

「……それは隣に立とうと追いかけたお前が、一番よく知ってるだろう?」


軽く首を傾けたグラフィスの問いも、確かな真実を突くものだから余計に心を震わせ言葉を失うばかりだ。


「……っ、しってる、から。それが、何だというんだ……っ」

なんとか気を持ち直すように、声を掠れさせて鋭く睨むが、ただの虚勢だとグラフィスには分かりきっていた。


「……本当にいいのかい?お前だけなのに」

だからこそ更に突ける。


「救わんとするのはお前だけなのに、ここで命を散らしても構わないと?」

救われなければ、報われもしない。死を飲めば孤独に終わるだけだと。


「お前だけだよ。――皆、エファムなど世界のためなら犠牲にして当然という考えだからね」

「――――――」

オルドヌングは息を詰まらせ、ただ、押し黙るしかない。それもまた事実でしかないのも見てきたからこそ、何も言えなかった。


「そうなれば、恩を仇で返すも同然だな。全部、与えられたというのに恩知らずな者だ」

だからこそグラフィスの囁きは――オルドヌングにとって争い難い誘惑に匹敵するだろう。


「………っ、……くっ……!」

あらゆる感情が湧き立ち交錯した翡翠瞳は、頻りに揺れていた。


合間にグラフィスは立ち上がる。そうしてオルドヌングからゆっくりと離れていく。

もう、泣き崩れる寸前の子供のように見えたから。

抑える必要も感じられなくなったのだ。


「――でもね、いいんだよ。これからは世界ではなく自分の気持ちに従いなさい。どうせ誰も咎めはしないから」

迷い揺れて荒れた気を宥め、そうすることだけが正しいことだと言い聞かせていく。

更にグラフィスは弧を描いた唇を動かした。


「これからお前は、傍観者に徹するだけでいい。時が満ちるまで、な」


其処まで言われてしまえば、オルドヌングはもう、何も紡げなくなった。


「…………」

脱力感を覚え、反論や相槌を打つこともせず。代わりにゆっくりと瞼を降ろしていく。


「時が満ちたら、お前に教えてあげる。――暦の真相と、悲劇の全てを」


この先の全ての抵抗を放棄し、己が目的のため彼女の夢に従うことを暗示するように。


◾️


[此処に][ここにいて][寂しい][そばにいてほしい]

泣きじゃくる子供の声が、暗い洞窟で反響するように脳に渡り行く。


[ひとりはさびしい]

己の選択した道への批難のように、ずっと絶えず、嘆き続かれていた。



始祖エファムの降臨から至五百年と続く異能を用いる種族アストリネが管理する世界体制は、未だ盤石だ。


九十日前。

自然に恵まれた区【暁煌】にて、『古烬』が遺した文明兵器である『リプラント』が暴走。

透羽吏史を中心とする『平定の狩者』たちの活躍により、完全破壊が成される。


人類側の被害はなかったものの、【暁煌】第一区が消滅するという結果に陥った。

事態の混乱を防ぐため、海洋区【ジャバフォスタ】の代表管理者である四十代目グラフィスが、着用義務が設けられた携帯用通信機器H(ヒューマン)M(マネジメント)T(トークン)に向けて世界放送を流し、残された区民達の住居問題等の解決を迅速に行ったため、大きな騒動まで発展しなかった。

しかし【暁煌】の現代表管理者の失踪や候補者の隠居が決定する。

その空席を埋めるように、代表管理者には二十八代目クモガタが着任。

『管界の六主』以外の姓が代表管理者に成るという前代未聞の展開のため、サポート管理にグラフィスが入る……など、慌ただしい変化が【暁煌】では起きていた。

だが、これらはあくまでアストリネ側の話であり、人類側の平和は何一つ変わらない。


寧ろ不安の芽が摘まれ、解消したと言えるだろう。世の発展のためという名目で【暁煌】に置かれていた兵器は、今は何処にもない。

犠牲もなく事変現場に居合わせてない以上、人類は管理者に意を唱えることはせず、平和を享受する日々に戻り始めていくだけだ。


――暫しひとときの間は、『古烬』や兵器騒動に、【暁煌】の人々が見舞われることはないだろう。


もし、再び盤石たる世を揺らす事変が起こるのならば、きっとそれは(兵器)の元がある場所。

それを悪用する意思から熾きる。



【暁煌】とは離れた別の国。

過酷な環境で強靭に育つ人々を兵士として育て、民間軍事産業を中心に働く――【ルド】。


その第一区『イーグル』は、現在晴れ模様。

積乱雲に溢れた青空に昇る太陽が中天に差し掛かろうとしていた。


『イーグル』は地下一万メートル地盤陥没を免れた形で建造された塔を中心に、地下設備等が展開した【ルド】の中心となる区だ。

軍事産業の中心となる兵士が主に住まう区でもあり、地下では工業展開がされている。

また、最上層となる地上では兵士たちのための施設が多く建設されており、訓練用の決闘場も存在した。


その一つは『アレイオス』。過去の人類史……失われた古代文化遺産。

かつて剣闘士が腕を競い合ったという闘技場、灰色系色の石造物。数百人以上収容可能な広さを有する建物である。


現在『アレイオス』にて、百にも到達する群衆が集まっていた。


「――さぁ!望み通り全員で来てやったぞ!透羽吏史!この『アレイオス』で雌雄を決する!」


まるで己が代表と誇るように。

兵士制服を纏う淡褐色髪の少年ベガオスは、晴れ渡る空に己が声を響かせる勢いで胸を張り、大きく吠える。


「我々が勝った暁には!その傲慢なる態度を改めて人々に『英雄』ではないと表明しろ!」


脱いだ手袋を地面に叩きつけ、決闘の宣言を行うと同時に勝者の権利を要求した。


「……なんでわざわざ此処にしたわけ?」

中世紀の騎士を想起させる白を基調とした礼服を身に纏う透羽吏史。彼はベガオス一派という群衆から相対する位置に立っている。

建物を見渡した後、怪訝そうな表情でベガオスに理由を尋ねた。

質問を受けたベガオスはフン、と鼻を鳴らし、己の胸元に手を当てる。

「『古烬』でしかない貴様にはこの『アレイオス』の用途は知らんだろうな。此処は主に兵士同士での決闘や大規模な鍛錬によく用いられる素晴らしき場所だが…」

突然始まるのは、説明だ。

吏史は気怠そうにも溜め息を吐き、頭を掻く。

「いや……別に建物の説明は聞いてないし。わざわざ此処に移動した意味聞いてんだよ。訓練場だから?それが何?どこでもいいだろいちいち大袈裟だな」

「はぁ?!」

横柄すぎるその態度にベガオスの顔は一気に発火して、憤怒の赤に染まる。

「自分は無知な貴様に説明してるのだ!どうせ碌に物事を知らないだろうと……最低限の慈悲で教えたのだぞ?!」

わなわなと身を震わせて、無礼な態度を取る吏史に向けて指を突きつけては大口を上げて噛みついた。

「余計なお世話。施しは要らない」

やたら声は大きく勢いも激しい。その有様に、獰猛な野犬を思い出す。

吏史はハッと小馬鹿にするよう鼻で笑い、嘲笑を浮かべていた。

「というか説明されなくても此処は知ってたよ。閑散した起因となった三代目ヴァイスハイトは……オレの父親なわけだしな」

「そんなわけあるか!!貴様は世を乱す有害種族『古烬』で!三代目ヴァイスハイト様は敬愛すべきアストリネだ!親子関係だっただと?嘘に決まってる!誰にでもわかる妄言を吐くな!『古烬』風情が!」


腕を振りながら、ベガオスは嘘だと即座に否定する。

それに同調するよう、他の兵士たちも「そうだ!」「アストリネ様を侮辱するのか!」「『古烬』のくせに!」と口々に喚く。

「…………」

中には騒ぎに付き合ってられないと、真顔で佇む中年男性兵士も居はしたが、吏史が『古烬』だから不満を持つ大多数に埋もれていた。


それを一瞥した吏史は、冷め切った息を吐く。

この展開自体、予測していた。


災禍を振り撒いた種である『古烬』が『英雄』扱いされてるのは大層気に食わないのだろう。

それだけではなく吏史が装甲型兵器『ゴエディア』を所有してるのも、不満加速させてるに違いない。


「嘘ばかり吐けないのか!所詮兵器でしかないお前が存在すること自体が過ちだろうに……!!」

自身の胸ぐらを強く掴み、頬に青筋を立てたベガオスは吏史を睨む。

「お前が存在すること自体が過ちであると自覚しろ!!」

存在すら間違いだと突きつけていた。


だが、それでも吏史はひとつ動かす事はせず、ただ息を吐くのみ。


「――この立場に立ってから、より思う機会が増えてきたな。朝海とナターシャさん……ダインラスさんだけが、特別なだけなんだって」


誰に聞こえぬ小さな声で低く呟いて、吏史は片肩に掛かる己の外套を払う。

その手を差し出すように伸ばしては、ベガオスを軽く手招いた。


「もういい。全員まとめてかかってこいよ、薙ぎ倒してやる」

「…………後悔するぞ」

「するのは、そっちだと思うけどな?」


吏史は息を詰め、全身の力を込める。今や、トリガーはそれで十分だ。


指先から肩にかけてを覆うために無から突如と現れたるは、揺らめく蒼炎に黒曜の骨。中指と肘にかけて生まれるは、刀を想起させる黒に染まる刃。

所有者たる吏史の意思で顕現する上部装備型兵器『ゴエディア』は姿を現した。


吏史は、それを嫌悪する者たちへ向ける。切先を突きつけるように。


「使うのはこいつだけ。……ちょうど良いだろう?オレを否定したいならさ、壊してみせろよ」


堂々と兵器を見せつける上に相手を見下すような挑発だ。

吏史はベガオスを始めにした兵士たちの怒りを買い、鋭い視線の猛攻を受けることとなるが、それでも平然とした態度を崩さなかった。


――そうして、非常に一方的になるだろうと予測される決闘が『アレイオス』にて開幕する。


観客席は埋まってない。相変わらずの閑古鳥状態だ。

そもそも決闘場自体起きるのであれば第一区の区民に向けて自動放送されるのもあって、誰かが直接訪れる必要がない。

「……ここ、需要がないから広いだけの観客席になってません?」

『その認識は間違いではないな』

そんな場所に、少女の声と機械音が立つ。

但し出入り口に近しい端の端、放送用カメラにも映らない目立たぬ位置で座り込んでいた。


「……はあ……落ち着かないなぁ………」

『古烬』殲滅を目標に掲げる新生『平定の狩者』に属する少女兵士――朝海は、球体の機械を抱え込んでため息を吐く。


「どうにか、ならないんですか、ねぇ……」

憂鬱の元となる決闘は既に開幕した。もう、後は行末を見守るしかない。

わかっていても気の重さが増すばかりだ。


『残念ながら、どうにもならないな』

そんな朝海の会話相手は球体状の機械である。

【ジャバフォスタ】の海底通信機器に記録されないように独自の通信波を利用して作られた通信機械『KSMT-01』。

レンズ横に設置された赤いランプを点滅させては、音声機能を発揮して、朝海の不安を汲み取るよう現実の電子音を紡ぐ。


『わたくしとしても手を貸しづらい問題だ。しかし透羽吏史はこれでいい』

声主であり、通信相手である。

二十八代目にして【暁煌】代表管理者――クモガタは、素気ない態度で朝海に指摘を続けた。


『しかし、彼を心配するのだな?貴女は確か彼を羨んでただろうに』

「え。……何でそのことを知ってるんですか」

『調べ上げることなぞ簡単だよ。わたくしはアストリネ、貴女は人間だ。得られる情報には差が生まれるさ』

「……アストリネ様にズルいって思ったの、初めてですよ……」


得意げに言われた朝海は、やや罰悪そうにも視線を闘技場内に向ける。


場内では吏史が縦横無尽に駆け回っていた。

背中は物理的にも概念的にも遠く見えてしまい、複雑な感情を抱いて梅色瞳は伏せてしまう。

「……そりゃあ、まあ、羨ましかったですよ?強かったですし、その上……イプシロン様にも特別視されてましたし。だけども、……私は、今の吏史を見ても、全然羨ましくないかなって……」

そう朝海は吏史のことがあまり羨ましくない。

――三ヶ月前。

透羽吏史は『ゴエディア』という兵器を所有する兵器である反面、六百人の区民を襲い第一区『暁』を壊滅に追いやった兵器『リプラント』の破壊を成し遂げた。

四十代目グラフィスから正式に発表されたことで一躍有名となり、今や、最も人々の関心や注目を受ける存在である。


文面だけなら華やかで眩い英雄譚に見えるだろうが、その実態は薄暗い。


――敬愛していた対象を失い、『古烬』の兵器であることを世に晒してる。


『…世の中の都合のために英雄という呼称で祭り上げられた見世物の動物と何ら変わりないだろうな』

「何でわかってて意地悪い質問するんですか。―タチ悪いですよ、もう」

朝海はため息を再び溢した。

今後だって予想できる。間違いなく、今回の百人の兵士に限らない。世間は未だ、『古烬』に対して厳しい目を送り、嫌悪感を強く抱いている。

敵意は連鎖して吏史に舞い込むだろう。


「まあ、そう。だからこそ。これでいいのかなって、よく考えてしまいますけどね?」

『……どうせ、百程度の兵士。()()透羽吏史が負けてる様子もないのだろう?』

心配は無用だと確信を持った調子でクモガタが冷淡に告げれば、朝海は俯いてしまった。


「……はい。信じられないくらい、一方的です……」


そう、一方的だ。

ベガオスを含む百の兵士に対して吏史一人が戦場を制している。


長物を扱う兵士たちに襲撃を受けても見切り、軽やかに避ける。

からぶって空を切る槍の柄を掴み、兵士ごと力づくで振り回す。

人の身で地面を抉らせ、大きく月を描くようにも周囲を薙ぎ払う。

複数に背中に飛びかかられて強引に抑えられても、重量でうつ伏せることはない。

百キロ越える程度では止まらず、一発背を仰け反らし、組みついた相手に頭突きを喰らわした。

その衝撃に怯んで力が抜けた者の片腕を掴み、投槍が如く投げ捨てる。

「……寧ろ、百人相手では準備運動でしかないってくらい軽快ですよ」

朝海の説明通り、吏史は動くたびに徐々に動作速度を増していた。

兵士が地面に倒れ土つける数は増して行く。宛ら、風を切る燕のように見える。

――ただ、光景を的確に例えるのならば、鰯の魚群を上位捕食者が喰らうような光景だろう。

何せ数を減らされて群を形無しにしてるようなものだから、過言ではない。

「…ひどい光景」

兵士たちとの力の差は、歴然かつ圧倒的。

薙ぎ倒される兵士たちは総じて苦悶を見せてるというのに、吏史は傷どころか息すら乱してないのも相まって、より強く思えた。


「あんなの、過剰な暴力ではないですか。戦う手段を教えたジル様も現状を見たら嘆かわしく思うのでは……」

『朝海嬢、これは警告だ』

制止を兼ねてるのだろう、クモガタの声質が威圧的で、低くなっている。

『悪戯に人前でジルコンの名前を出すのはやめておけ』そのように釘を刺された朝海は、不満げにも唇を尖らせた。


「……そりゃあ……亡くなられたばかりの方の名前を出すのは、不謹慎かもしれませんけども……」


一体何が悪かったのかとまるでわからない態度を晒せば、機械越しでクモガタは息を吐く。


『……まあ。そうか。貴女は情報を多く受け取れる立場にはないのだな。或いは、気を遣われてるか……』


クモガタは何かに座して通話してるのだろう。

発声に混じってトン、と。

指先が木製の机を叩くような、熟考を示唆させる環境音が僅かに聞こえてきた。


『朝海嬢。まず、初めにこれは覚えていてほしい。貴女は恵まれてる』

「は、い?…恵まれてる…?」

『そうだ。更に悪く言うなら呑気すぎる』


手始めに自覚させるような指摘を踏まえた上で、クモガタは本題を告げた。


『……だから気をつけてほしい。どこから漏れたかは出所が不明だが……今、人々にとってジルコン=ハーヴァは兵器破壊の為に殉死した誉れ高いアストリネではないのだよ』

「……え?……そ、んな……いや、めちゃくちゃ人格者といいますか、よくできた方でしたよね?私相手でも、すごくお優しくて……」

『率直に言うと、彼女が兵器の主核であったことが人々に漏れている』

「ぇ………?」


今は、ジルの話題に出す行為そのものがタブー。その正体が生物兵器『ゴエディア』ではないかという噂が人々に蔓延してる状況だと。

クモガタが語った内容に朝海は絶句した。


『人々は彼女から受けた恩を忘れて掌を返し、悪噂を囁いてる。わたくしでも気分悪くなるのだから、慕っていた者は尚更だろうよ。貴女の同期は利用されてでも、止めようとしたのだろう』


朝海が何も返せない中で、バキン!と重い金属音が辺りに響く。

それは百人目の兵士が掴む剣が、吏史によって叩き割られた鋼鉄の重音だった。


『いいかい。半端な同情で心傷の決意を壊すのは、実に不粋だよ。それでも、暴力はいけないから止めたいと良識を訴えるなら、貴女が彼の人生を背負う覚悟を決めるべきだ。――だけど、その責まで貴女は背負えないだろう?』


クモガタが語ると同時に――百人目の兵士であったベガオスの険しい顔には、折られた剣の金属片が飛ぶ。

「……ッ゛ぐぅ?!」

鼻から額にかけて斜め一閃。赤い線が走り、流血が始まり唸り声を漏らす。

拍地面には数滴の鮮血が落ちた。

かなりの深傷だったが、ベガオスは痛みに悶えることはない。

苦痛を遠く感じるほど驚愕に心飲まれ、瞳を揺らしていた。

「……うそ、だろ……!?」

起きたことを鵜呑みにできず、目を疑う。

ベガオスの武器は頑丈に特化して作られていたのだ。最も硬い鉱物を更に加工して、決して折れぬ強度を誇る相棒だった。


なのに、吏史の手によって軟弱な木材のように叩き割られた。

誇りとしていたのも相まって、大きなショックを受ける。口は開いたままだ、閉じきれない。


そしてそれは思考停止。ただの隙でしかない。


「何、戦闘中にぼーっとしてんだよ」

吏史は決して見逃さず、距離を詰める。


「やる気あんの?」


蔑みの言葉を送り、素早くベガオスの懐に踏み込んで、片足を軸に体を回す。

腕を曲げて半円を描き、遠心力を乗せた『ゴエディア』を纏う肘鉄を一撃を繰り出し、ベガオスの脇腹に深く減り込ませた。

「ガハ゛…っ?!」

内臓を中心として全体に衝撃を受ける。

ベガオスは顔を歪めた後に唾を吐き出し、胃から迫り上がった嘔吐感に耐えかねて、蹲り。

そのまま激しく咳き込んで吐瀉物を地面に撒き散らす。


「…………」

不様としか言いようがない姿を、吏史は氷点下より冷め切った瞳で見下ろしていた。


「…っ、」

朝海は、身を萎縮させて目を逸らしてしまう。

そうして怯えを抱く様子を通話越しで汲み取ったのか。クモガタはゆっくりとした口調で語らった。


『いいかい。……誰かの危機を救うということは、その者の先の人生を抱えてしまう。覚えておくんだよ』

「……。クモガタ様がお好きなヒーロー物語は、沢山の人々を、……助けてるじゃないですか」

『同じことだ。人は窮地を救われればその者に希望を抱いて依存する。…貴女が己の危機に、イプシロンが駆けつけてくれると信じてるようにね』


異を唱えれば、嫌な比喩で返される。

朝海は顔を大きく顰め、通信機械を抱える手の力を無意識に強めていた。


「………私、やっぱり、クモガタ様のことあんまり好きくないです」

『そうか。わたくしは好ましく思うよ。弱くて脆くて流されやすい貴女をね。……ああ、そうだ。婚姻の件は是非慎重に考えてくれて構わない。『古烬』の件が完全に片付くまで、わたくしは待てるから』


浮立つような話を持ちかけられた朝海は、両肩を跳ねさせて口元を引き攣らせる。


「そぉ〜〜の件が、ねぇ?あなたが嫌いな要素なんですよねぇ?お陰様で私のお父さんは『いつどこで挙式を』が定型分発言マンになりまして。わかりますか?すごく迷惑ですよ?」

『失礼。これまで二次元ではない年頃の女性とは真剣交際を望んだことがなくてな。今度は……真摯に花束を持ってご挨拶するようにしよう』

「それはそれで嫌すぎます!マジでやめてください!!」


そうした気の抜ける会話を交わす者たちを置いて、一方的な戦いは終わりを迎えた。


ベガオスという主導にして百人目の兵士まで沈めきった吏史は力を抜いて臨戦状態を解き、黒骨の手甲『ゴエディア』纏う両腕をゆっくりと下ろしていく。


「……これで終わりか?誰か他に挑むものはいないのか?」

そう呼び掛ける吏史の顔には、焦りどころか汗一つかかずに息も乱れもない。

余裕綽々とは正にこのことだろう。

しかしそのような煽りを投げられてしまっても、生意気だと吠えて少年を叩くために再び立ち上がり挑む兵士はいない。


一人を除き、総じて。武器や骨の一部ごと自尊心をへし折られてしまっていた。


沈黙が続き、ひとときの静寂で場が満ちる前。

返事がないと見なした吏史が息を吸い込んで、はっきりと宣言を下す。


「ならば、態度を改めるのはアンタらの方だな。……二度とオレの力を疑うな」

歯向かうことを許さない。牽制するにも等しい、正に釘差す行為の発言だ。

異論はないだろう。【ルド】では強さが主に評価される、正義は強者にあるのだから。


「っ誰が……誰が、認めるか!お前のような英雄気取りの詐欺師風情を…!」


――しかしそれでも、未だ折れぬ者が噛み付いた。


吐瀉物まで出し切っても尚、痛む腹を抑えてベガオスは立ちあがろうとする。

目の前にいる吏史を忌々しげに、憎悪を孕む目で睨み続けた。

「……『古烬』の…兵器の、くせに…っ!」

しかし、此処まで言われてもなお、やはり吏史は何の感慨も湧かせない。

異色の瞳から冷徹な視線を向けて見下ろし続けている。

それがより一層、ベガオスの気を荒立たせて仕方ない。


「……やめとこーぜ、なぁ?おれはぁ……降参だ。認めるぞ。透羽吏史は確かに強い、英雄的だ」

これ以上の衝突そのものを避けるためだろうか。

呆れた調子で中年兵士が頭を掻き、ベガオスに申し出る。

「っラグダールさん!何をおっしゃいますか、こんな偽物に騙されないでください!」

諦念も垣間見せてきたラグダールを咎めるように、ベガオスは鋭い眼光を向けた。

手を大きく払うよう横に薙いで、力強く訴える。


「違います!『リプラント』を破壊完遂できたのは、他ならぬディーケ様のお力があってのことだ!……こいつはいてもいなくても関係なかったはずだ…!」

どうしてもベガオスは吏史を認められない。

偉業を成し遂げたのはディーケだ。己の武術の師こそが、正義にして英雄。

他国の危機に馳せ参じて見事解決した誇るべき守護者である。

そう心から信じてやまないベガオスからしてみれば、吏史は盗人同然。

例えディーケが幾ら『破壊は事実』と語られようが、賞賛を掠め取り自らの成果として嘯く姑息な『古烬』でしかない。

両手を握り振りながら必死に訴えていた。


「大体!こんな噂もあるんですよ?!破壊された兵器『リプラント』とジルコン=ハーヴァは繋がりが…いや、その正体がハーヴァだったとも!」

だから勢いで、失言も果たしてしまう。

発言を聞いた吏史の身が揺れるのに構わず、ベガオスは逆鱗まで踏み抜くのだ。


「滅んで当然の存在が何故、此処まで美化されてるんですか!それもおかしいでしょう!アストリネ様たちは騙されてるんだ!」


吏史の表情が不動の無から、一変する。

「……………」

眉間に深い皺が刻まれて、異色の瞳は眇められた。


刹那。

突風が巻き上がったと思えば、ベガオスには昏い影が落ちる。


「……――――な、」

ベガオスが影の元を辿れば、吏史と視線が交差した。

踵は既に真っ直ぐに突き上げている。それを、問答無用で振り下ろす。

まるで対象を破壊する鎚のように、風を破る重い音が立っていた。


「……チッ!」

座り込んで力を抜かしていたラグダールが、舌打ちを零す。真ん中から柄が折れてしまった槍を持って間に割り込むよう躍り出る。


――ガキン!!


再び闘技場には重く鈍い、金属の破壊を下した音が響き渡り、居合わせた者の鼓膜を揺るがせた。


「―――………ッぐ、がぁ…!?」

遅れてラグダールからは苦痛の悲鳴が上がり、更にもう半分と折れた槍が両手から溢れ落ちていく。

たかが、踵落としの一発。

しかし、身体能力向上を果たす『ゴエディア』を所有する透羽吏史による一撃。

異能者達の下で限界まで鍛え上げられた膂力による撃は、頭蓋骨粉砕を果たす凶悪な鎚が振り下ろされたにも等しい。


当然、槍もラグダール自身も衝撃に耐えられなかった。


「…っ、…ぁ゛…」

両肩から腕にかけて骨が粉砕されたラグダールは、悶絶する痛みに呻き、地に伏せてしまう。


「っ、ぁ…!ラグダールさん!!」

慌ててベガオスがラグダールに駆け寄り、手を添えるよう丸まった背に触れる。

それを吏史は見下ろし、冷厳さを携えた真顔で告げた。


「世界の為に殉職したアストリネを悪く言う権利はない。立場を弁えて口を慎めよ、負け犬」

「……っ!……」

投げつけるは直球的な蔑称。

ベガオスが再び顔を真っ赤に染め上げて、下唇を噛み戦慄く。

だが、吏史は敗者にこれ以上の関心は割かないと示すよう瞼を閉じる。

「……今もそいつに庇われ、助けられたんだ。何が兵士なんだか。質が悪いことこの上ない」

それからは敗北者たる彼等に価値はないと言わんばかりに。

外套をなびかせて身を翻し、颯爽とその場を足早に去っていく。

振り返る気配なんてない。

弱き者は置いていくと示すように背中は遠のいていた。


『……しかし。まあ、些か気分は悪くなるな』

一連の流れを聴取しきり、終幕を通話越しで感じたクモガタは、ポツリと水滴ひとつ落とすようにも呟く。


「……?先まで肯定的だったのに、急に否定的ですね。口も態度も悪くてやばいのはそうですけども」

おかしなものだと思うよう、朝海は首を傾げて訪ねていた。

『そう、だな。彼奴の義理の父である三代目ヴァイスハイトを彷彿とさせる。奴も多数を前にしても恐れることなく、わたくし含めて全ての相手を打ち倒したからな。数で言うなら……一対五十という不利の中で勝利していたよ』

「…………。ええ……えーっと。ヴァイスハイト様って、どんな方だったのですか?」

強烈な伝記内容に引きつつも、朝海は更に問く。

兵士になってからエファムに次いでやたらと姓を聞く機会の多い――ヴァイスハイト。彼についての詳細を深く知るように語るクモガタに為人を知ろうとした。


『…………』

問われたクモガタは、暫し沈黙して間を開ける。酷く悩ましげにも、重苦しい溜息を吐く。


『好奇心……その権化だ。己ならば世界を望み通りに創れると信じてやまない絶対的自信をも備えている。二十五代目エファムに対しては、行き過ぎた態度も目立っていたな』

「な、るほど?それは……大分癖が強そうな方だったんですね……」

『ああ。だが、そんな奴でも慕われる父親になれていて……消えてしまったんだよ。――六年前、かな。息子の目の前で[核]を食われた形でな』

「え………」


梅色の瞳が瞠目する。

嫌な想像をしたことで心の揺れと共に心音は上がり、汗をわずかに滲ませた。


「あの、まさか……」

『ご想像通り、月鹿と吏史のことだよ。……同じ相手に同様のシュチュエーションで、二度奪われたわけだな』

弾かれるように朝海は立ち上がり、決闘場の出口に駆け出す。

勢い余って手摺りに腹を当ててしまったが、構わず昏い通路に視線を向けた。

――しかし、見えるのは暗闇だけだ。

立ち去ってしまった吏史の背中は既に遠く、目を凝らしても見えそうにない。


だけど、そこから逸らしたり伏せることもできず、朝海は機械を握り締めて吏史が向かった先を見つめ続けるのだ。


『……『古烬』にして『ゴエディア』所有者同士。異なるのは、信ずる者だけだ。実に因縁深いとは思わないかな。朝海嬢』

「…………其処には、流石に…同情を禁じ得ません」


育て親である父も奪われ、慕っていた師匠を同じ相手によって奪われる。

それのなんて、やるせないことか。

朝海はジルコンとの関わりは短期間とはいえ彼女自身好ましく思えていたからこそ、同情心が重くなる。胸がチクチクと針で刺されるように痛んだ気がした。


『ジルコンの為だけでない。これから先はより一層、イプシロンやアルデ、ネルカルの為に必死になるのだろうな。だからわたくしは彼を止めて変えることは推奨しない。だが、此処は貴女が追いつくことはお勧めする。――貴女も『平定の狩者』だろう?並ぶ方が理想的だ』

「そう、ですね……」

変えてはいけないし変えられない。朝海には権利もないと突きつけられて俯いてしまう。


多分、きっと、同じだ。

迷いに迷うだろうけど、朝海も吏史の立場なら同じ選択するに違いない。

大切だった存在なら誰にも悪く言われたくない。思い出を穢されたくないから。


「それなら、自分が悪く言われた方がマシだからなぁ」


小さく呟いて選択を認めてしまっていた。


知らない他者を傷つけることになったとしても、自分の想いを守ることを選ぶ。心の支えである家族と見知らぬ万人、前者を捨てて後者は選び取る。

物語のヒーローのように身を捧げれる高尚な想いはないのだ。


そうして吏史の心境を同調する度に、朝海は目を伏せて思い知る。


「……やっぱり、私、『古烬』だの兵器だの言われても、同じ人間にしか見えないです」


拍子で伸びた象牙色の前髪が憂いを帯びる梅色瞳にかかり、鉛のような息を吐く。

〈――未来で笑えるように〉

完全に気落ちする前に、かつて笑顔で励まして貰えたことを思い出せて、陰鬱とした気を払い前に向き直す。


「……まあ、なので?吏史には過剰にしすぎるなって面で言えるくらいを目指しますよ。その方が私の気も紛れますし、ジル様もきっと安心してくださると思うので…!」

『やる気なのはいいことだが、ジルコンの名前は禁句だと……む?――つまり、寄り添いたいということか?ならばわたくしは奴に嫌がらせをするが…』

「はっ?!やめてくださいよ!」


思わぬ勘違いに慌てた朝海は声を荒げて目を瞠る。


「そんなんじゃないです!断崖絶壁に進む人見るのはハラハラするじゃないですか!それと同じ感情ですよ!」

寄り添いたいとは決して思わない。

だけど好きにしろとほっとけるほど非情になりきれないだけと朝海はクモガタに意を紡ぐ。

しかしどこか納得いかない様子で、クモガタは低い声で呟くのだ。


『それは王道の恋愛物では……』

「ダー!!違いますーーーっ!どちらかというとこれは奇妙な友情?ですから!!」


――だが、彼等の賑やかな会話も終わりを示すように。通信機器HMTは前触れもなく起動した。


「え?」

長方形のメッセージ画面が朝海の目の前で展開されていく。

緊急通知であることを示すように、ホログラムは普段の青色と異なり、黄色だった。

「え、なになに…?」

戸惑いながらも通知内容を読了した梅色の瞳が、大きく瞠る。


〔二代目イプシロンが襲撃に遭い意識不明の重傷。現在集中医療室にて治療中。犯人について話し合う必要がある、指定場所に集合。――三十代目ネルカル〕


「……っ!」

『平定の狩者』等は其々ですぐさま動き出す。

慌ただしく気を焦らせ、指定された病院に急いでいた。



『アレイオス』

・第一区『イーグル』に最上部に建設されている建て直しされた決闘場。

現在は兵士たちの訓練場としか使用されていない。

昔はアストリネ同士の決闘が盛んであったが、三代目ヴァイスハイトが二十五代目エファムの相棒権利を賭けて『旧き姓』をまとめて敗北させたことをきっかけに廃れてしまったという。


『KSMT-01』

・クモガタから朝海に贈られてしまった球体状の通信機械。

なお、クモガタとしか繋がらない。毎日おはようからおやすみまで声が朝海に届けられている。

朝海視点は大変迷惑極まりなくても代表管理者のアストリネという権力故に断れない状況。

つまりパワハラに等しい。苦情を入れるべきだとネルカルが判断し、被害報告書類が丁重に纏められている模様。

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