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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
44/56

次なる舞台に向けて


第十七区『舞』大演劇場 専用観客席にて。


一般観客席から高い階層から見渡すことができる席に座り込んだカミュールは独り、人々が織りなす芸術の舞台を鑑賞していた。

数週間経過したこともあり両手足は無事に回復しており、長らく締め付けていた白い包帯から解放されている。


「よかったな。傷の回帰と同時に晴れて自由を手にすることができて、実に僥倖といえる」

頬杖をついて舞台鑑賞し続けるカミュールに対し、穏やかな声が掛かっていた。


カミュールは横目にその声の方向を見る。空色瞳に映るは冥色のヴェールで顔を覆い隠し、大輪の花めいた中縹色のマーメイドドレスを身に纏う優美な女性――四十代目グラフィスだ。


「……僥倖と、言い難いのでは。いいえ、貴女にとっては、ですか。何せジルさんは消滅、間陀邏も失踪。[核]の一部を破損したローレオンは弱体し、まともに表舞台に立てない。【暁煌】は戦力を大きく損なってしまい、常に他の二国に頼らねばならない状況です。国の管理内情に干渉して操作しやすくなって、さぞ満足でしょう」

目は据わらせながら棘のある言葉が吐かれた、悪意も隠されず滲み出ている。

だが、グラフィスは一切咎めることはしない。可愛い反抗だとばかりにクスリと小さく笑う。

そしてカミュールの空いた隣の席には座らず、真後ろの方にまで近づいた。


「ああ、そうだな。満足だよ。今回の件で『リプラント』が世から消えただけでなく『古き姓』の大半を一掃できた。今回の英雄となる吏史の視覚記録から、代表格たるエルナトが異能を用いて彼の行動阻害をした証拠も残っている。彼を始めに管理怠慢なアストリネに対しての処罰を行い、不要な姓には始祖の元に還ってもらえたからな」

満足だ。そう頷くような調子でグラフィスは反芻するよう言ってのけた。


「長らく積もった埃を掃く。そんな掃除ができたのはとても気分がいい。晴れやかだとも」

舞台上の華やかな衣装を纏う人々が、奏でられる音楽に合わせて、笑顔を浮かべて踊る。

演出の一環として、大量の花弁が祝福のように舞い込んでいた。


「……腐っても同胞達を、まるで粛清するのが当然の権利のように仰るとは。全知の神様になったおつもりですかね、四十代目グラフィス」

「まさか。そこまで傲慢ではないよ。…だが、私は愛する者たちのためならば、誰であろうとも相手する覚悟はあるのだがね」

その返答にカミュールの眉が歪む。

「ほうほう、なるほど?それはそれは……つまり吏史君の純粋さを利用してでも愛する者達を優先するというわけですかね?」

「互いの利になるのだ、必要な過程だろう。将来的に彼もこの選択に後悔を持たぬはずさ。いずれ来る大波の願いを遂げれば、すべての苦労は報われる」

まるで意に返さないでさも当然のように利用する宣言をかますグラフィスに対し、カミュールはひどく苛立ちを覚える。

眉間に深い皺を寄せてしまいながら、湧き立つ憤怒ごとグラフィスにとっての禁止カードを思いっきり叩きつけた。


「かつて『悪』だと始祖エファムに否定されたグラフィスが歌う大波の願いなぞ、碌でもないと思いますがね」


舞台から流れる音楽が、止まる。

嵐の前の静けさとして不穏な空気が漂う中で、カミュールは、敢えて、これ以上の地雷は踏まず。

身を引くようにもグラフィスの方ではなく舞台の方に意識を傾けた。


「………大変失礼致しました。少し、熱くなってしまいました。まあ……その愛が一方的にならないといいですね。押し付けですと貴方の正しさは、相手にとっての悪になってしまいますよ」

「……いいや、構わないよ。彼の変化自体、お前も複雑だろうから。可愛い八つ当たりとして受け止めておくともさ。……その警告自体は肝に銘じておこう」

割り切るような会話を交わした手前だが、どうせグラフィスに言っても無駄だろうとカミュールは薄々と感じてる。

覚悟が決められた者の思想を柔軟に変えさせるのはひどく難しいものだ。実際間違ってると直面しない限り、誤った道に進み続けるのだろう。

「はい。そうですか。わかりました、お気をつけて」

そう何を声掛けても意味がないとわかり切ってるカミュールの態度は終始心あらずで、そっけなかった。


「……では、そろそろ失礼するよ」

汲み取れぬほどグラフィスは愚かではない。

元より【ジャバフォスタ】の代表管理者として多忙の身である彼女は、これ以上の会話は無駄だと判断した上で早々に退散しようと背を向ける。


「彼はすっかり有名になった。だがお前なら吏史に会う機会はあるだろう?気が向いたらでいい、伝えててほしい。これからの活躍大いに期待しているよ、ヴァイオラと共に」


そんな如何にもきな臭い言伝を残して、グラフィスは去っていく。

舞台の演出として観客席含めた電源全てが同時に落ちたと同時に、姿をくらましていた。


驚きはしない。確か『門』がHMT同士で繋がるように開発してる段階に進んでいただろうから、用いたのだろう。

「……神出鬼没になってはならない方がそうなるのは、開きっぱなしの心臓にも悪いことですね」

カミュールは幅が小さい肩をすくめて細く長いため息を繰り返し吐く。

HMTのホログラム画面の明るさを抑えた上で開き、メッセージを確認した。


〔吏史くん、返事をください〕

三日前の夕方。

〔約束の件なんですけれども〕

昨日の夜。

〔第十七区『舞』で新しい舞台劇が始まるらしいのですよ。良ければ観に行きませんか?〕

今日の朝。


何度かに分けて送っていても、それでも送信先である吏史からの返事はない。

先のグラフィスの警告が意味なさないような一方的で、なんともまあ、実に空しい画面だ。

吏史から相槌めいた反応すら、ないからいっそうそのように思えてしまう。

ただ、彼の性格上を鑑みて、無視をしているのではなく。今はそれだけ見る余裕がない。きっと限界まで棍詰める難儀な生活を日々送り励んでるのだろうと予測できた。


「………馬鹿な人」


嘘を吐かれたように約束を反故にされた怒りはない。性格上、最も合わないであろう道を選び走り抜けようとする様に対して、カミュールは透羽吏史に対して呆れと哀れみを抱いてばかりだ。


舞台の明かりが点灯する。

一人の少年が体格に見合わぬ剣を掲げ、剣に振り回されながら見えない立ち向かい、踊らされるという滑稽なシーンを描いていた。



緑一つもない果ての荒野にて、枯れ割れた大地を踏みながら軽快な鼻歌を辺りに流す少女がいる。


正にご機嫌良い調子で、月鹿は栗色髪を靡かせながらあてもなく道を歩いていた。


「いや〜『リプラント』だけでなく、鎌夜もブランカ、無事両者処理されたと。良かった良かった。なんか生きてたとは言え、鎌夜はローレオンのトラウマで使い物にならない。ブランカは精神壊れちゃって廃人だ。[核]を一部喰われたローレオンも隠居したとはいえ【暁煌】はすっかり平和になったねぇ…」


腕を組んだり手を振ったりと、言動も激しい独り言と思わしいが、月鹿は明確な意思を持って誰かに会話を振っている。

但し今はその者の影がなければ予兆もないだけだ。だから引き摺り出すかのように月鹿は告げる。


「聞いて見てるんだろう?分かるよ、分かっちゃうんだよ。君のことなら、なんでも」


その見抜くような発言に合わせてか、彼女から一メートルほど離れた距離の空間は突如として揺らぐ。

まるで熱砂の大地に昇る陽炎が現れた後、その者は姿を世に踏み入れていた。

「………」

銀河を彷彿とさせる束ねた白銀髪を抱く者。シェルアレンはゆっくりと瞼を開き、夜空を覗かせながら現界する。

その姿を見るなり、月鹿は露骨に満面の笑みを浮かべて片手を上げた。


「やぁ!今回は残念だったねぇ」

送るのは気さくな挨拶だ。

しかし、シェルアレンは反応を返さない。微笑みは浮かべず無表情を貫いて、暗き夜空の双眸を月鹿に向けるのみだ。


「わぁ!何がすごく言いたげだなぁ?でも、それも分かるよ。……ジルに死をあげたかったわけじゃないんでしょ?」

月鹿は内緒話を持ちかけるように手を口元に添えて、囁く姿勢となる。そして浮かれた調子で饒舌にシェルアレンの真意を語り始めていく。


「だって、ジルは初めて君が助けた相手だ。相当思入れがあったんだよね。幸せになってほしいと願い大事に見守っていたつもり……だった。そう、彼女には長く生きてて欲しかったのが君の真意」

シェルアレンは何も答えない。代わりに、左手の指が僅かに何れかの武器を掴むようにも揺れ動く。

僅かな感情の機微を決して見逃さなかった月鹿の笑みは、愉悦に深まった。


「異能なんか使わなくてもわかるよ、君の心が。恐らく新たな歴史(選択)を刻もうとした筈だ。わざわざ無理に閉ざされた『彼方』から出てきてまで、吏史たちに協力した。彼等には内緒に、『時空』に影響しない『次元』を潜らせたんだろう?全てが壊れるリスクを作りながら、それでもジルが生きれる未来を獲させようと『二時間前の過去』に遡らせたんだ。……ま、こうしてちゃんと無事、無駄で無意味な苦労!徒労に終わったようだけど!」

両腕を広げて堂々と。勝利宣言を行うかのように、月鹿は捲し立てた。


()()()、おめでとう!よかったね!これが君が足掻いた未来(結果)だ!世界は真なる平和に近づいたんだ!人が憎む兵器が壊れて消えて、新たな希望が生まれている!人々は安心して笑うのさ!『世界の平和は守られる』と!」

瞬時に高揚を抑えて、悪意に満ち切った囁きを月鹿に施す。

「それにジルが満足して消えたのなら、僥倖だ。君の自由(容量)も増えるのだから」

そのあらゆる感情が入り混じり、傍迷惑そのものに特化した想いをぶつけられたシェルアレンは、とても長く、沈黙する。

徐々に平らに据える夜空の瞳が嫌悪に染まり切る前に、ゆっくりと伏せていた目を開きながら、月鹿を見下すように顎を上げた。


「…………おかしいと思った」

今の会話で、確信を得る。

月鹿の肉体という皮を被った『中身』に対し、非難を込めて指差すようにも剣呑な態度で言い放つ。


「おかしいと思ってた。養子である吏史はあんな純粋ないい子に育ったんだろうって。……でも、わかりました。育て親が異常だと知る前に消えちゃったからなんだ。無知が幸せとは言われるけど……まさしく、その通りだよ」

苦々しく唇を歪めて、噛み締めながら、忌まわしさを込めてシェルアレンは吐き捨てた。


「今度は何を仕掛けるつもり。()()()()


月鹿の表情は、喜色に満ち溢れていく。

「……ハハッ!」

恍惚の笑みを浮かべ、唐突に黄金の長針を模した剣を取り出して。

目の前に佇むシェルアレンに向けるのではなく、己の女らしさを表すような長い栗色の髪に白刃を掛ける。

そして、躊躇いもなく。頸晒すまでの短さにまであっさりかつバッサリかつ堂々と。

頸を晒すまでの長さに髪を斬り倒しては、そこら中に木の葉が如く栗色を広げ散らしていた。


「もちろん!ちゃんと続いたのなら、予定通りに始めるだけさ!」


堂々と、指摘したその正体が正解と表すように。

月鹿の肉体を持つサージュ=ヴァイスハイトが、大きく笑い上げていた。


「……へぇ。そうですか。その子の心を壊してから肉体の乗っ取りをかましておいて、何を?」

「いやいやそれは誤解だよ。この子が勝手に壊れたのさ。オルドヌングとジルに一回負けた程度でさ。まあ、たかが十数年生きた程度の我儘小娘程度が、[核]に宿したこの僕の精神が飲み干せるわけもないって話だけど」

舐めてかかられては困るものだと、手早く剣をしまうと同時に胸元に手を当てる所作を交えてサージュは雄弁に語る。


「僕を喰らうんなら世界そのもの、全てを壊す混沌となる覚悟をしてほしい。そのくらい強い自我が無ければ、このサージュ=ヴァイスハイトは消えてやれないさ」


嬉々とするサージュに、シェルアレンは眉間に皺を寄せて、ひたすらに不快を表していた。


「ハァ……。本当に終わってる。どうせきっちりその子の心が壊れるように、オルドヌングに声をかけた時点から目論んで仕掛けてたんだよね?」

「光栄だな。僕の行動パターンを把握してもらえるほど君に深く真理を理解してもらえるなんて」

否定されない粘度高い執拗な絡みつきに、シェルアレンは額を手で抑える。

「……ただでさえ吐きたいほど悪い気分なのに、頭痛がしてきた。もう『果て』に消えていいかな?」

「えー?せっかく十五年ぶりの再会なのに。シエルったらつれないなぁ」

眉間に皺を寄せて嫌悪感を一切隠してない。だというのに、そうした反応にも愉悦を覚えてる様子で、サージュは敢えて無邪気なステップを踏みながら瞬時にシェルアレンの背後に周り、耳元で囁いた。


「今もこうして無茶を顧みずに来たということは、それだけ僕を止めたいからなんだろう?君はまだ捨てきれてない。この世に大事なものを残してる証拠だ」


とうの昔に見え透いている図星を突き、足掻こうとする心を引っ掻き回すように。

「………」

悪意が隠っていて、悪印象しか抱けない。何せ、それをこれから壊すことを予期させるような発言だった。

シェルアレンの平らに据えた夜空の瞳は動き、背後に回ったサージュを鋭く睨む。


「とっとと目的明かしたらどう?昔からの悪癖晒さないでくれるかな?お題だけ明示して相手がどう足掻くのかを試して困らせるのが、何が楽しいの?」

回りくどい話は、無しだ。不愉快はこれ以上続かせない。

早急に此方の用件だけ済まさせろという物言いに、サージュはにっこりと笑う。

「そうだなぁ。方針自体は昔とは傾向変わってるんだけど……敢えて名付けるのなら、そう」

意味ありげにも一度シェルアレンから背を向けて離れていき、数歩程進む。直ぐにくるりと身を回して振り返り人差し指を立てては示す。


「――君と吏史の成長物語ってところかな!」


が。しかし、そこにはシェルアレンの姿はない。

たった数秒の時間で、空間ごと切り取られて追い出されたかのように一切の名残もなくかき消えられていた。


「……。あれ?あれぇ〜?」

すっかり虚をつかれたサージュは目を瞬かせる。


「えぇ?嘘でしょ?いやいやははは。話の途中だから無いよねぇ。実は吏史ったら間違いばかりで『ゴエディア』ですら活かせてないから『リプラント』に戻ってたジルの意識を壊した挙句、無駄にしてたことを聞いて愕然とするところだよ?シエルったらうっかりなお茶目さんなんだから……」

笑って立てた人差し指を回してから手を下ろし、何度かにかけて目を擦ったりしたが、結局、シェルアレンの姿は何処にもない。


「……本当の本当に帰られた?」

そのことに口を開け、暫し惚けて。ポツンとその場に取り残されて。

徐々に湧き上がってきた情緒の荒波をぶつけるが如く。目を開き腹に力を込めて、その場で吠える。


「ねぇ!何してんのさ!まだ話の途中!!この流れ、これからじゃん!そんな急に忽然と消えられることあるぅ!?嘘だよな、シエル?!?!始祖の系譜にして始祖の再来にして最高傑作なシェルアレンさん?!!?重要な議会の途中で飽きたとほざいて帰るお茶目で飽きっぽいノンデリさんかなぁ!!?」


ひとしきり騒いだ後、顔を俯かせて肩を上下し呼吸を繰り返す。乱れた息を整えてから、サージュはすんなりと顔を上げて前を見た。


「ま、いいや」

充分発散したものだとあっさりと気持ちを切り替えて、口元に指をあてがう。

唇を撫でて、次なる目的のための思考を回しながら今度こそ考察等をまとめるような独り言を繰り返す。


「心底嫌そうに歪む君の顔は網膜に焼き付けたかったけど今の君は次元から出ること自体、まだ自由が効かない域なはず。忽然と消えてしまうのは必然だろう。……深海生物が地上では生きられないのと同じだ。君の大きすぎる容量は世界が拒絶する。許容しない環境では負荷が起こる。今頃は……全身の筋肉と内臓が膨張して苦しんでる頃かなぁ」

シェルアレンは報われない。どれだけ苦痛を伴う苦労を経ても、繋ごうとした望みは無意味となり泡沫のように消える。今回の『リプラント』にて起こした通り、力があれども叶わないことが多くあるのだ。


「頑張り、意味無いねぇ。可哀想に」

なんて、全く心にもない煽りじみた同情を呟き、サージュはほくそ笑んで目を細めていく。


「でも安心しなよ。今回無事『リプラント』が壊れたわけだから、世界の容量自体は増えた。着実に君の存在することが世界に許され始めていく。今の不安定な現界自体も、安定し出すはずだ」


煌めくペリドットが観測の異能を発揮する。

【このまま迷わずに行けば、間違いなく目的は完遂されることだろう】

そのように分析を果たした後のサージュの三日月浮かぶ口角は大きく歪んだ。


「さぁ、シエル。世に蔓延る残りの兵器は3つだ。それらもこれから、ちゃんと、きっちり壊してあげるからねぇ」

サージュはHMTを起動した。エルナトから強奪した銀のネックレス状のものだ。

『古烬』の肉体であろうとも、改造をすればいい。そもそもヴァイスハイトはHMTの製作者だ。十分な知識も有してるのも要因の一つだが、何より、今は、必要な異能を手にしている。

一度目を瞬かせて浅く息を吐けば、白骨が手甲として形取る『ゴエディア』が両腕に顕現した。

数度に渡り、白き電流が迸る。


「強引な調整だと穴があるから、この異能は必要だったんだよね。今後のためにも」


電流操作を受けたHMTからは青色の光が溢れて、カルテ状にホログラムが浮かび上がる。

街に配置された監視カメラのアクセスを試みていたが、擬似ID登録を経てアストリネとして介入してるため、無事に弾かれることはなく接続は果たされた。

数多くのカメラに映し出された映像が、複数の窓として広がって行く。

平和を享受して区を過ごし行き交う人々や、クモガタを中心としたアストリネの議会の様子、休暇を過ごしてテラスで過ごす者達など。

鮮明に映るその画に向けて、サージュは両手を上げた。

指先同士を合わせては長方形を型取って撮影フレームめいたものを作り、レンズの代わりとしてペリドットの瞳を覗かせた。


「さてさて…とは言っても、破壊する順番をどうするかだけども。今度は……そうだなぁ。此処は慎重かつ大胆に……」


ズーム機能を用いるように眼球を近づける。注目するのは、普段とは異なり軍服を纏わず私服で過ごす青年たちの一時の姿。

一つに束ねた金青髪に珊瑚瞳を持つ青年と、臙脂色が差し込む金色髪に翡翠瞳の青年。

何れかの区に建つであろう喫茶店のテラス席で過ごす画が収まっている。


「無難に邪魔で気に入らないやつからぶっ壊そうかなぁ?」


自信に溢れた笑みを浮かべ、ディーケとイプシロンの二名に対しシャッターを切るように、くるりと両指のフレームを回した。



その日の【ルド】の第四区『ピジョン』は、よく晴れていた。

気温も二十度前半程度で、風も穏やか。

雑踏はない。どの道も数名が乗り物に乗って移動する程度でいい感じにはけている。

比較的、陽光に恵まれやすい地区なのもあって住宅街が比率は他の区よりも多い。

厳しい環境でも営業を可能とする適正があったがゆえに許可された朝海の実家とは事情が多少異なるが、自身の趣味の一環として行いたいという希望が叶えられて開店していた店が多々あった。

そのうちの一つである一見して住居と思わしい隠れ家の様な店があり、イプシロンは貸切で予約して訪れていた。

カジュアルな私服に合う様に着用した変装用青色フレームの伊達眼鏡の位置を付け直しながら、白のパラソルで影が作られたテラス席に座る。

先んじて注文していたアイスコーヒーを片手に、プライベートな時を過ごしていた。

ただ、別に、単に暇な時を過ごしてるわけではない。相変わらず彼は多忙で、現在進行形でHMTは通話起動を起こしている。

但し青色のホログラムで象られておらず、最新の映像技術を用いられたものだ。

通話相手である女性の姿は、色鮮やかにその姿を映し出されていた。

横髪や髪先の一部が薄金に染まる一つ束ねられた鴇色の髪に、黄金の月が走る桜色の虹彩という変わった双眸を持つ二十代前半と思わしい外見の女性だ。

和装をベースにデザインされた服を身に纏うことから、桜の精霊か天女を想起させる。

画面向こうでも礼儀正しく佇んでいることも相まって、神秘性をも感じさせるのやもしれない。


『…オルドヌング。聞いておりますか?貴方が吏史を決起させたことについて、多くのアストリネが非難轟々です。連日嵐のように訴えが絶えず起きております』

鈴の音の様に響く声で詰め寄るが、彼女自体は特に憤慨してないのだろう。刻々と事実のみを伝えるばかりで、感情は篭っていない。


『三光鳥といえども許し難いという声まで上がっております。どうされるのですか?』


単純なる問いに合わせて、イプシロンは机に置いていた手の指を動かし、トン、と叩き鳴らす。


「何かしらの形で俺を罰したいのならば受けよう。仕事は辞めたいと思ってた頃合いだ。早期退職なら歓迎してやるよ、心から」

『好戦的ですこと。なら、そのまま望み通りに辞めさせた後に私が貴方を雇い直してあげましょうか?』

「いや、それはない。【ジャバフォスタ】に身を置くくらいなら世捨て人として放浪したほうが幾分かマシだな。……よくもまあ(イプシロン)を誘えるものだよ。ヴァイオラ」


透羽吏史の師にして監視役を兼任するヴァイオラ=アルデは己の名を呼ばれた瞬間、仮面を崩す様にも少しイタズラっぽくも仄かに笑う。


『九割は本気ですよ。貴方自体は色々と器用かつ便利なので、抱え込むのは悪くない』

「忠誠心は皆無なのに?」

『ええ。そうでしょうね。でも、貴方は誰にでもそう。心を看破する貴方が心を許す相手は、後先にもただひとりだけ』


沈黙が走る。アルデの発言に、イプシロンは特段否定を示さなかった。


『……だから、意外だったのです。貴方も吏史を大事に思っていたのが意外でした。ずっと、あの方の代わりをすることで、自分を慰めてるのかと思っていましたので』

ヴァイオラとしては責め立てるつもりはない。イプシロンがせずとも、同じ状況下となれば彼女も吏史にそう叱咤激励した自覚があるからだ。

アルデが非難される前に、イプシロンが出た。出しかけた杭を先に打たれた。アルデにとって今はそんな心境に近しい。


『ですから今回の件は見直しました。アルデの姓の下に、私は貴方を擁護します。同じ穴の狢、よしみもありますから』


アルデは画面越しでイプシロンに目を真っ直ぐに向ける。

桜と翡翠。各々の虹彩に宿るは月か太陽を連想させる黄金、鏤脳(ろうのう)(れい)を宿す者同士の輝きが交差した。


『ジルが残せぬ死に沈んだ関係上、吏史の精神は非常に不安定。確証バイアス許容判断も私たちに傾倒して依存している。……元より私はそのつもりですが、貴方も是非、心がけてくださいませ』

そうしてアルデは己のこめかみを、瞳の方を指差す。何かを暗示する様な所作を示してからはっきりと忠告を告げた。


『あの子のためにも私たちは簡単に退場してはなりませんよ、オルドヌング。私たちは死という形残せぬ種族ですが、どうしても……思い出が残ってしまいますから』

「……君に改めて言われると、前兆の様に思えてしまうものだな」

イプシロンは結露がつきまくったアイスコーヒーのカップを掴み煽り、砂糖が入れられてない中身を嚥下する。

口の中に広がる苦味で若干眉が顰められた。


『私を建築士の様に語られても困ってしまいますが……あら?』

返された言葉で、悩ましげな表情を浮かべて頬に手を当てがっていたが何かに気づいた様に目を丸くして瞬かせ、画面越しでアルデはくすりと笑う。


『そうですね。貴方にとっての因縁の回収は、今、なされそうですよ』

「うん?」

意味ありげな発言と共に何者かの視線を上から感知してイプシロンは見上げる。

そうすれば、珊瑚色の瞳と目が合った。

「…………は?」

白色のシャツに深緑色のマウンテンパーカー、デニムを着用という明らかに私服姿なディーケが佇んでいる。

口を開けて惚けてしまう。

何故、ここに居るのか。三光鳥として区民に知られてる顔だというのにまともに変装もしてないのか。まさか片手に持つ帽子だけで済ませようとしていたのかという、心内で立て続けに上がるツッコミの数々は動揺で声にならない。

そんなイプシロンを他所に、ディーケは対面の席に座る。


「……………何故だ?」

『では、後はごゆっくり。私への要件がございましたら【ルド】にお邪魔させていただきますのでその時にでも』

「待てヴァイオラ。君、露骨に通話を切ろうとする、っ嘘だろ…!?」

引き止めようとしたが問答無用で通話を切られてしまい、イプシロンはこの謎状況に置かれてしまう。

途方に暮れたい気持ちになった。

風が吹いて、金糸と青金を靡かせる心地も今のイプシロンには虚しさと気まずさしか感じられない。

店で注文したのだろうか。ディーケは山盛りに積まれたピーナッツを天辺から摘み、派手に崩さぬよう一つ一つを丁寧に食し始めてる。

どういう感情で咀嚼してるのかも理解できないが、異能は使う気になれなくて腕を組んで天を仰ぐ様に顔を上げてため息を吐いた。

元々、イプシロンはディーケと1対1で話し合おうなんてことは微塵も考えてもいない。

確かに彼とは過去に関係があった。しかしもう過ぎたるもので、今はイプシロンとディーケである。

腹を割って話すべき話題や感情もなければ、昔話はタブーだろうという自覚はある。

……かといって、このまま互いに会話なく沈黙を貫くのはおかしいだろう。

「ねぇ、あれって…ディーケ様と…」

「イプシロン様…だよね?」

すでに人目にかかってることを示す内緒話は聞こえてきてる。

だから暫し、話題のネタを考え込んで。イプシロンはディーケに尋ねてみた。


「何故、『平定の狩者』に支援表明をした」

兵器破壊にあまり興味を持たない印象がある。どちらかというとディーケは使命を志す兵士ではなく、我を極める武人気質と言えた。

ストレートな対人戦の方を好む以上、あらゆる思想が絡む兵器破壊活動に進むとは思えない。

そんな問いを受けたディーケは、ピーナッツを食する手を止める。


「お前がやってるから。やりたかった」

「……は?」

「話す機会が増えると思ったからやった」


数秒間、イプシロンは沈黙した。


「………………………………………………はぁ……………」


はい、そうですか。


そんな感想しか抱けない。そう思うほど非常に反応に困る理由とも言える。心理看破の異能といえども何が正解なのかわからないとなると、アストリネでも反応に困るものだ。


「どうしてお前はそう昔から…。というか、もう、俺が隣にいない期間の方が圧倒的に長いだろうに。何故此処まで俺に拘………いや、やっぱりいい。全然話さなくていいし俺はお前の心は覗かない」

口を開く前に片手を突き出して、ディーケの行動を制しながらイプシロンは机に肘をつき手を組む。


「……信用できる相方はできなかったのか?」

せめてそれくらい出来て居て筈だ。そう希望を持って問いかけてみる。しかしながら物事というのはそう都合よく円滑に進まないものらしい。


「?」

真顔でディーケに首を傾げられて、イプシロンは額を抑えてしまった。


「交友関係すら広げなかったのかよ…」

「必要ない」

「必要だろ。お前『が』六主なんだから、参謀役くらいは作れ」

「お前も、いないだろう」


それはイプシロンにとって手痛い返しだ。饒舌に動いていた口が空いたまま止まってしまうまでに。翡翠瞳が伏せられて、翳りが生まれる。


「………。信用も信頼もしてる存在は、俺にもいる。生きてることだけが確かで……」

これ自体は別に語らなくていい。無駄な話だ。だけどイプシロンは多弁に放つ。


「生きてることは、確かなんだ。それは間違いない。昔の知識が証明してる」

こうした自分語り自体は珍しいと彼を知る三者は思うだろう。

相手が寡黙なディーケであるのが影響してるのだろうか。それとも反応と対処に困る、どういう感情を持てばわからない相手だからこそ、距離の測り方を誤ってしまい、重く蓋を被せていた本心を開きかけてるのだろうか。


『今から全部捨てるつもりだけど、一緒に来る?』


同時にまだ幼かった頃、十五年以上前の会話が脳裏によぎり、そこで自身の失態と失言を自覚して、咄嗟に歯を噛み締めて堪えた。


「……やめだやめだ。この話自体、俺たち三光鳥がするべき話題じゃない」

溜め息を吐いて、すぐに切り替えようと手で払う。


「探したいのなら。オレはそうしてもいいと思う。別に止めない。お前は頑張ってきただろう」

だけどディーケは真顔で宣う。これまでずっと見ていたと示すように、珊瑚色の瞳を向けながら。


「アストリネも含めて、全ての生き物は自由であるべきだ」

責任や使命という重石となる制約の鎖を抱えて本当の意味で飛べきれてない。

不自由を強いられる隼と鷲を示唆する様に指摘して、本来はあるべきでは無いかと訴える様に静謐を携えた双眸が向けられた。

その視線を真っ直ぐに向けられて受けたイプシロンは俯き、片手で己の目元を覆う。


「どうした」

「…………いや……お前と思考が似通ってると痛感して、頭痛が……」

すっかり参ってる様子のイプシロンを見かねたディーケは眼球だけを動かして、テーブルの端に置かれたサービス品である白の角砂糖が詰まる瓶を手に取り、イプシロンの方に寄せる。


「……なんだ?」

「ひとまず、これを飲め。緩和しろ」

「ふざけるなよ、角砂糖は飲み物じゃない。頭痛薬にもならない」


心内では到底収まりきれずディーケへ瓶を突き返しながらダメ出しを入れてしまったが、指摘されても理解しきれない様に目を丸くするばかりだ。

つまり、それは角砂糖を頭痛薬として扱う常識外知識を備えていたことを示すわけで。


こればかりは勝手な自己の誓いでしかない心理看板の異能を用いるべきか否か、イプシロンは本気で考え込むよう腕を組んで長い溜め息を吐いた。


「……お前は同じで悩ましいのだろうが、オレは嬉しくは思う」

「……嬉しい?」

「ああ。オレはお前以外の友は不要で。唯一だから。同じなら嬉しい」


その発言を経て、イプシロンは心に決める。

今年の抱負は『四十六代目ディーケに友達を作らせる』で、ネルカルに提出しておくことにしようと。

あらゆる意味での先々への危機感と不安を覚えながら軽くなっている口を封じるようにも唇を一の字に噤んだ。


「しかし、お前はよかったのか?謹慎処分を受ける可能性も高いのは予測できただろう。なのに、弟子の……透羽吏史を、あのように後押しして」

ピーナッツを摘む手の動きを再開しながら、ディーケは尋ねる。

その話題に幾許か逡巡を経てから、イプシロンは硬く結んだ口を解いた。

「いいんだよ。悪い大人たちの画策によって縛られる前に自らの意思で変えていければいい」

吏史は自由であるべきだ。

ヴァイスハイトに育てられた事、エファムに邂逅して憧れてる事、黒骨の『ゴエディア』を持つ事。

あらゆる縁が絡みついて、彼を縛り、雁字搦めに留めようとしかかってる段階だろうから。

決起させたことは正しいと思っており、自分の行動には微塵も後悔していない。


「……俺は彼が兵器じゃなくて、ただの人間にしか見えないからな」

側から見てきた感想。オルドヌングが吏史に抱いた印象は守るべき純朴で純粋な人類だ。

そうした結論が、オルドヌングをイプシロンらしくもない行動に掻き立てるのだろう。


「……透羽吏史に感謝しないといけないのかもしれないな」

「……何が」

訳がわからない発言の意を尋ねるように、イプシロンが片眉を釣り上げてディーケに目線を向ける。


「故意はなかったとはいえ、オレが居場所も名前も奪ったから、今でも何処か恨んでるのかと思った。だけどお前自身が言うとおり、別にそうではなかったんだな」


心理看破の異能による影響を懸念したエファムによって送られた視認変化の祝福、鏤脳(ろうのう)(れい)

心の醜さを表面化させるものだ。誠実でなければ、認めなければ、人の形に見えない。

つまり対象者の心境の印象変化に依存する祝福だ。

これまで顔に黒靄がかかっていて虚を覗く気分だったとしても、変化を果たせば一気に視覚外見も変わりゆく。


「話、しないか?改めて…今のお前のことを教えてほしい」


歩み寄る声をきっかけに、その顔にかかる黒靄は晴れていく。

そうして、ようやく、二十数年ぶりに。

イプシロンは幼少期の風貌を残すディーケの柔らかな微笑みが見れてしまい、驚嘆に翡翠瞳を溢れんばかりに瞠る。


「――――、」

そして、そのまま。

椅子を蹴る勢いで立ち上がってはディーケに手を伸ばす。


僅かな気の緩みが油断を産んだに違いない。

ディーケの背後には、複数人の区民と思わしい者達が並んでいた。

しかし彼等はただの一般人でない。

何故ならば唐突に前触れもなく黒色の銃を取り出しては両手に持ち、粛々と引き金を引こうとしていたからだ。

体中を撃ち抜き蜂の巣にすることで、[核]を破壊する準備ができていることを揶揄するように。


「クソッ!」

イプシロンは悪態を吐く。

意気地にならずに心を読む異能を発揮すれば、防げた事態だった。

後悔を抱きながらも迷わず伸ばした手は、ディーケの肩を掴み、体重を乗せて地面に押し倒す。


それ以上の動作は許されることなく、直ぐに銃声が数十回に掛けて辺りにこだまする。


硝煙を香らせる白煙が余韻のようにも立ち昇り、風に掻き消え渡る間も無く――人々の劈く悲鳴が怒涛の勢いでけたたましく上がって、満ち始めた。

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