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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
43/56

黒星は開きし終幕を示す

生まれ落ちた時、赤子は親の愛情を得られるという。しかし煌瞑の手には何もなかった。

だけどきっと誰かに望まれて生まれたわけでもないと早々に達観している。何せ不貞で生まれできた子供。両親に捨てられて、『古烬』に売られて当然だ。

「どこまで実験が耐えられるかな?それと……幼い身が肉体経験の精神成長を経て変化を遂げるかも気になる」

それから口語るには憚れるあまりにも悍ましい過去を得たけれど。

だけど、仕方ないことだと受け入れた。

煌瞑はヤマトと異なる。姓の誇りや家族の暖かみなど縁がない持たざるもので、この世界に不要といえる存在だったからに違いない。

そう、思い込んで、心と体の悲鳴など無視をして、生きてる意味なんてまともに感じることなく、無駄に頑丈な身体のせいで生かされる惰性と言える日々を過ごしてきた。


「こうめ、い。こうめい!これ、これで。いっしょ!」


だから、煌瞑の考えを全て否定するように、無邪気な笑顔を浮かべて苦痛が伴うであろう道を迷いなく選び取って。


「ずっと、いっしょ!」


生きる意味を与えるよう懸命に生きて示して行こうとする者を愛し、大切にするのは当然だろう。


だって、何もないはずの己が唯一持てたものだ。


◾️


弾丸のように素早く壊れた通路を駆け抜けながら、間陀邏は進む。

不安定な足場があれば、跳躍を何度も行って難なく超えていく。その度にダン、と力強い音を立てて着地していた。

膝を屈んだ姿勢で、パチンと指を合わせ鳴らす。同時に異能が発揮して、紅葉めいた髪先は黒の獣毛に変化していき宙に二本の金剛石の杭を編み出されていく。

そうして作られた間陀邏の異能による金剛石の武器は、斜め真下に切り断つ勢いで目の前に聳え立つ深緑色の壁を瞬時に裂いた。

まるで、薄布のヴェールを引き裂くようにも壁はあっさりと形を失い、水溶となりて消えていく。

それはあまりに呆気ないものだ。

違和感を抱いた間陀邏の目が据わり眉は顰められていく中で、影が差し込まれる。


「……ああ……お早いですね。間陀邏様」

ひた、と床を歩く濡れた素足の音が明瞭に渡り始めた。

間陀邏は指を鳴らして指示を送り、金剛石の先を操作して、いつでも放ち穿てるよう身構える。

何度かに渡り素足の音を立て続いていたが、やがて、その音の主が姿を現していた。


「まだ、この姿は……あまり馴染んでおりませんから、見られるのは少しばかり恥ずかしいです」


一見しての判断。人間ではない。

穏やかな声と口調のみで判断するならばブランカではあるのだが。

現れた者は到底人間とは言い難い存在だ。

先ずその生物に体毛がない。頭から全身にかけて金色の鱗に覆われており、蜂蜜色をした蛇目が覗く。両手足を生やすことで二足歩行方向に進化を果たした爬虫類の仲間とは思わしいが、それと分類し難い存在がそこに居た。

臀部から伸びる太い尻尾も爬虫類のものであるし、両手足自体は人間に沿っている。指先に鋭利な爪が伸びてるとはいえ、数はきっちり親指含めて五本健在だ。全長は目測で二メートルほどある。

故に、その姿を総評して簡易的かつ安直に呼称を与えるならば、蜥蜴の人と書いて蜥蜴人(リザードマン)となるのだろうか。


「……ローレオンの為に全部捨てれたんだな、お前」

「ええ。そうですよ。ただ、悪役にしようと思っていた鎌夜が予想外に弱く使えなかったので……彼は雑に主核に置いて『リプラント』の操作権は私が奪ってしまいました。計画まで持てばいいかなとは、思っております」

品よく口元に手を添えながら、ブランカはクスクスと笑う。但し言ってることは非道を極めてる為、間陀邏がつられて笑うことは決してない。

「……鎌夜が弱いだけじゃなくて、ローレオンが化け物なだけだろ。あいつ、馬鹿みたいに陰気だがイカれてるほど強いのは事実だからな」

「あら……まあ……お飾りの代表管理者様がローレオン様をそこまで評価されていたなんて。……或いは失ってしまったからこそ、漸く冷静に物事を見れるようになれたのですか?」


そんなことはない。ずっと、見て気づいてはいた。

ローレオンが愛する者を失ってから正しく立ち上がれず歪に折れ曲がっていくまでも。

だけどいつだって冷めた目で見過ごすように全ての物事から一線を引いた。どうせ無意味と諦めて、ジーン以外に興味なかったから、間陀邏は何もしなかっただけだ。

ただ、それを紡がない。釈明でしかないからだ。沈黙に徹してことの成り行きを見届けた以上、不可視の同意でしかないと自覚している。

下唇を噛み、茜色に煌めきごと鋭い眼差しをブランカに向けた。

異能は発揮され、金剛石の杭の先端が搾られるようにも尖り行き、貫通性が増されていく。

「別に、てめえの気持ちは否定しねえよ。ローレオンを英雄にでもなんでも仕立て上げればいい。もう、おれは…代表管理者という地位には興味がねえからな。…ただよ…」

矛先は、ブランカだ。彼女の喉元に狙いを定めて、まるで弓の弦を限界まで引くか、銃弾を装填するかのように、茜色の瞳孔は細くなっていた。

「ジーンの二十年全部を否定するのは無しだ。それだけは必ず阻止する」

「…そのために、私を討伐しに来たと。愚かにも、単独で?尚且つ傷がまともに治らない中で……」

蛇目が開く中ので指摘に合わせて、ボタ、と赤黒い血が間陀邏の腕から伝い落ちていく。

両腕の傷は塞がらない。白骨が見えるほど深くものだ。

しかし、アストリネ固有で備わっている再生という変化が起こる兆しはない。

「溶液の侵食を肉ごと割き取り除いて[核]に傷を作ってしまったのでしょう?自傷じみた行為のせいで限界を迎えてるはず。今の貴方は暫しエンブリオを用いておやすみになられないと…朽ちる羽目になるかと思いますが…」

粛々と提示して薦められるが、間陀邏はブランカに何も答えることない。

返答代わりに金剛石の杭がブランカに迫る。

ブランカの目の前からは噴水のように『リプラント』の溶液が沸き立ち、流動形に包まれた杭が勢いを殺されてしまう形で阻止をされたが、もし、何もアクションを起こすことなく杭を許せば、最も強固と名高い鉱石によりブランカの頭部は破壊されていたことだろう。


「――そうですか。では、貴方様もが犠牲になる未来を描かなくてはなりませんね」

意思表示は、成された。

話し合いに応じることなく引き金を引かれた以上、応戦するしかない。攻撃されたのならば、己の身を守るためにも殴り返すのが道理だ。

「ところで、間陀邏様。私が何故、代理人という立場であったか…存じてますか?」

ブランカはゆっくりと、両腕を上げて腰を屈める姿勢を取る。


「これでも武術を嗜んでいるんです。頭脳明晰であることはもちろん、咄嗟に自衛含めた対処を行えるかどうか含めて高い評価を得ることでやっと、人はアストリネ様の代理人に至れるのですよ」

「なるほど。……ローレオン大好きなてめえのことだ。その立場と居場所を掴むために血を吐くほど努力したって言いたいんだろ?」

「正解です」


回答したと同時にブランカは一歩踏み出した。但し行動動作は実に機敏であり、瞬く間に間陀邏の前に躍り出ている。

「っ!?」

懐を取られ、動体視力が追いつかなかったことに間陀邏の表情は驚愕に染まるが、直ぐに大きく歪む。

背筋を凍りつくほどの本能的な危機が教えてくれた。箇所がひりついている。ブランカの狙いは腹だろう。そこはガラ空きで狙いやすい、その上、速度により虚を突かれた以上、鉱石操作による防御は間に合わない。

その両拳は胴体を真っ二つに穿つのやもしれない。

「チィ!!」

舌を打ちながら、間陀邏は目の前の金色の鱗で覆われた頭に手をつける。片手を支えに後転を披露した。

空気を裂いて打ち出された渾身の拳を回避しながら、彼女の背後に周ることに成功する。

「何…!?」

だが、間陀邏は眼を開く。今、接触しながら異能を仕掛けたというのにそれが機能しなかったからだ。

「くそッ!一体、何が…グッ!」

数歩ほど跳び退き距離を取ろうとするが、大木のように強靭な蛇尾で横から殴られてしまい呻く。

その怯みを逃すことなくブランカが振り返り、間陀邏との距離を詰めた。

「この身はローレオン様に捧げるつもりです。私は彼の方以外に破壊されることを望んでおりません。なので、対策を投じさせていただいたんですよ」

地面を踏みつけて、拳を突き出していく。その膂力を乗せた速い拳は一撃ごとに風を巻き起こしていた。

間陀邏はそれと真っ向勝負をする真似はしない。

両腕の傷は深く筋力をも削がれてまともに力が入らないからだ。

故に、動体視力で見切る。左右に足を踏んで躱しながら否す形で凌ぐ。

茜色の瞳を煌めかせて異能を発揮して反撃に―――。

「ッ!?」

何か、間陀邏の中でずっと繋がってる糸か何かが突如途切れてしまうような感覚が走った。


「ッ、く…そ!なんだ、さっきから…!」

しかし、間陀邏はそれに転じれない。否、やたらと思考にノイズが走り、気が逸れる。

苛立って歯を噛み合わせた。

「(…やたらと、…皮膚がピリピリする。静電気か?まさか、息するだけで肺に発生源の溶液が蓄積して…っいや、それよりも目眩が…ひどい…っ、きつい度数の酒を飲まされた酩酊状態みたいに、おれの方向感覚が狂い始めてる……?!)」

煌瞑として間陀邏の『硬生』の異能は呼吸をするように用いていたがそれを許さない感覚が襲っている。

だから、異能を使えずに回避に徹するばかりだ。


「ねぇ、間陀邏様。異能が使えない訳をご説明いたしましょうか」

「ってめえ!何を仕掛けやがった!」

「……私、『リプラント』を通してアストリネ様に共通する事象に気づいてしまったのですよ。何名かの方を捕食した時に。……これ自体、貴方様は存じ上げていましたでしょうか?」

逃げる獲物を追い詰める勢いで拳を振るい、ブランカが烈風を巻き上げる中、その奇を解き明かす。


「貴方たちアストリネは異能を発揮する際『交信』を行なっている。[核]は、送受の役割を担っていたのですよ」

不意に大きな鱗だらけの手を開き、ギリギリで擦れた間陀邏の髪を掴み、地面に叩きつけようとした。間陀邏は即座に己の手の爪で掴まられた髪を断ち、拘束から強引に逃れる。


「『全てはエファムに連なっている』。どれだけ枝分かれようがあなた方は『アストリネの一族』でしかないとは窺っておりましたが、きっと、それはそのままの意味なのでしょうね」


的確に救助を狙っていた拳の連撃を、変えた。

両拳から身を回すことでしなる尾をも打撃法の一つとして用いながら、間陀邏への負荷を更に掛けていく。


「創作において、魔法を発動する際に呪文を紡ぐ必要があるようなものかと。あなた方の超再生や顕現や人体化などの個々の異能自体は[核]が見えない線で接続されており、使用時に送付先の異能の主である者に申請を送り、許可を貰うことで異能を発揮するのだろうと。そう、私は憶測を立てました。異能を発揮する際に目が星か信号灯のように煌めくのも……承認申請を送る反応みたいなものではないでしょうか?」

すんでのところで避けていたところに数が増えたようなものだ。

「ガ…ッ!?」

遂に、尾の殴打が間陀邏の腹部に当たってしまう。

唾を吐いて苦痛の声を上げさせると同時に、ブランカは全身の筋肉を収縮し、意識して躍動を行い力を込めて吹き飛ばす。

数メートルほど派手に飛びながら、壁に激突した。其処は激しい煙を巻き上げて凄まじさを現している。間陀邏は床を殴りながらも起きあがろうと試みるが、両腕の傷に加えて今し方負った腹部の傷や背中の痛みも引きそうにない。

元々回復力自体落ち込んでいたとはいえ、全く体は再生されなかった。限界だと訴えるよう、鈍痛が間陀邏を苛んで、目が眇まる。


「……間陀邏様。これらの情報で私は思いましたよ。隠されていたエファムの異能が『承認』ではないかと。先の言葉通りの意味、説明になる。半年で人類を敗退させて世を制したエファムが全ての異能の根源である。アストリネはそれに承認を貰わねば異能が使えないよう連なっているが故に一族にされるのだと」

「だったら、……なんだっていうんだ?!あ゛ぁ?!」

血反吐を吐き捨てながら心折れることなく気丈に睨む間陀邏に対し、ブランカは胸元に手をあてがい丁重な所作を交えて告げた。


「……ですから、私は[核]が発生させる独特の交信信号パターンを阻害する電磁波を編み出してしまえばアストリネは異能を使えないと判断して作ってみたのですよ」

そして人差し指で溶液に包まれた壁を指し示す。

よく目を凝らして見ろと促すように指し続けるものだから、間陀邏は睨んで薄まった目の視線を木の根のように広がる不気味な形状で張り付く壁に向ければ、その色が濁り切った苔色ではなく玉虫色に発色してるのが、見えて、茜色の双眸が瞠る。


「……結果は、今、体感してる通りに」


そう。ブランカの試みは成功している。

現在は狙い通りに間陀邏は鉱石を編み出せない。顕現化も叶わない。

防御も攻撃も封じられた上に再生も儘ならないが故に出血が続く。本来ならば瀕死に至る重傷を負った鈍痛が、筋力を動かすことすら咎められるせいで動けない、無力で非力な女だ。

[核]が致命的に傷ついてるわけでもない。だからこそ、彼女の憶測と対処が正しいという証明となる。

特殊な電磁波を発生する場に置かせてしまえば、アストリネは異能に必要な承認申請――送受信を遮られてしまい、只人になるのだと。

「てめ、ぇ…なんて、もんを…っ」

あまりに革命的なものだ。

アストリネを無力化させるには十分すぎる。管理社会は完全に崩壊し、現在の儒教は失われて再び大戦が起こり得る可能性も捨てきれない。

「ご安心くださいな。全て終わる前に捨てる予定ですよ。これ自体は『リプラント』の操作権利がなしでは生み出せないでしょう。無論、ローレオン様が到着した際には即座に撤去いたしますから」

間陀邏が血の気を引いて顔を引き攣らせる中で、ブランカはフッと笑う。


「仮に私の憶測が外れ上手くいかずに異能を使われたとしても、今の私は全身の神経感覚が向上しておりますので……弱った貴方程度なら赤子を捻るように伸しましたでしょうけど」

「……マジで、ローレオンを代表管理者に置くために。手段問わない形を取りやがって……」

「はい。私は……かの方に命を捧げる覚悟ができておりますので。最愛になれなくても、役に立てたと一生の記憶に残して貰えるのは幸せでしょう?」

「……んなこと、聞いてもねぇよ」


間陀邏は再認識した。

やはりブランカは徹底して気持ち悪い、芯からのローレオン馬鹿だ。

「(………いや、馬鹿だと何処でわかっているくせに、こいつに喧嘩売ったおれも、大概か)」

だから、そう。この弔い合戦のような抵抗も無意味になる。

ローレオンが到着したら解決する話でもあるのだろうに、向こう見ずに飛び込んで挑んだ。

どうしようもなく整理つかない感情を前にして、迷いに迷った末に、勝手に決意して発散させたい我欲を優先した。

「(ダッセェな……せめて、こいつに勝ったら、最期くらい示しがついただろうに)」

想う覚悟が違うと見せつけられるように、ブランカにしてやられたことがまあ、何とも情けない話か。

胃の奥から迫り上がり口の中で広がる血の味を感じながら、間陀邏は唇を噛み締めて吐くのを堪えつつ、拳を強く握る。


「(なぁ、ジーン、やっぱよぉ。おれは、お前以外何もなかったんだ)」


同じ六主であるローレオンとの力の差は歴然で。頼れる家族もいない。周りには間陀邏というだけで祭り上げるだけの連中しかこぞって来ず、ジルに迷惑かけるから、無駄に関心を買わせてくるから煩わしい『古烬』が滅びるのを良しとして全面に出した。そのせいで国は二つの派閥という思想に別れてしまい、荒れ切った末に誰かの愛する者を奪うことになったのだ。

当然、これまで信頼できる友も仲間もなくて、閉じきった世界に生きてきた。

何もないにしても、心底、つまらない結果だろう。無関心を貫き失わせてしまったから、失わせられても仕方ないのやもしれない――。


「だからこそ、貴方は罪深い。罰として愛する者を他者に奪われたのですよ、間陀邏様」


突き刺すような厳しい口調で発したブランカは、間陀邏の目の前に立つ。

「私、霊性説はあまり信じておりませんが……天国も地獄もない虚無のあの世でありましたら、再会したハーヴァ様と仲良くお過ごしくださいな」

そのままとどめを刺すために、渾身の力を込めて構えを取る。

狙うは左腕だ、[核]の場所は特定できないとはいえ大凡の場所は予想がつく。

「侵食してきた溶液を剥ぎ取った際ということは否定なされなかったので、骨ではなく筋肉部にあるのは想像つきます。より侵食が深かったであろう腕橈骨筋辺りでしょうかね」

肘から下、指先まで纏めて粉砕する気概で打ち込もうとする。

見据えた際に間陀邏が着用していたはずの銀色の指輪がないことに気づき、一瞬、ブランカの蛇目の瞳孔が開いていたが。躊躇らしいものを見せたのはそこだけだった。


「……せめて、一撃で終わらせてあげますよ」

間陀邏は何も答えない。声を発しないで沈黙を選び取る。

そんな彼女に対しブランカは、強靭な膂力が乗った拳を振るった。


刹那。

腕は破壊された。

金色の蛇鱗に覆われた腕が、二つ。ごとんと音を立てて地面に落ちて転がっていく。


「――っ、ぐぅ…!?」

一拍遅れて、傷口からは大量の溶液に染まった緑色の血飛沫が噴出していた。


ブランカは苦痛に顔を歪めながらも騒ぐことなく溶液を招き、突然の出来事に対処する。

残された上腕の根元、脇部分を紐状に変化させた物質で縛り付けて止血してから、一体何がと混乱のままに斬られたことで感じれた気配の元に視線を向けた。

感じ、取れなかった。神経感覚は高まっていたというのに、何も。数百メートル以上のコインが落ちる音だって今のブランカなら聞き取れたはず。

だけどそれは気配を感じ取られることなく素早く現れて、刹那の内に両腕を斬り払ったのだ。

「(……これはローレオン様、アストリネではない!一体、何者が来たのですか!?)」

正体を確かめるべく、現れたその者の背中を――何も起きないことに疑問を抱き、顔を上げた間陀邏と共に見た。


「………透羽、吏史」


黒色の骨で造られた手甲型の兵器『ゴエディア』を纏う白黒交わる髪を揺らした少年、吏史は、ゆっくりと振り返る。

青と黄色、澄み渡る快晴の夏空を想起させる異色の瞳を煌めかせていた。


「――――――」

 

ブランカはその目とあった瞬間、生まれて初めて本能的な警鐘を聞いた。

後に全身の産毛が、否、金の蛇鱗が裏返り逆立つような感覚も覚えてしまう。


正体を、確かめるため。

ブランカは尾を動かす。纏う水を払い投げ飛ばす要領で溶液を投げつけて、数十センチ小蛇に変化させながら吏史に襲わせる。


だが、それは見えない速度で弾けた白の雷撃に穿たれてしまい、形も残さず破壊された。

アストリネの異能が発揮できないはずの場所で。吏史は白雷を起こして撃退したのだ。


疑問が湧いた。

何故、異能が使えてる?

此処では異能が発揮されない筈だ。吏史の異能の類も所詮はアストリネが元となる一時的なものでしかないはずだから原理上は使えない。

だが、吏史は周囲の雷を操作してる。かつてのジルを想起させて仕方ない。何せ、自ら発電器官を持つかのように――轟く雷の勢いはまさに天災だ。


「――なる、ほど。『ゴエディア』の名の起源は『ゴエティア』、かつて空想として語られた魔術書であるのではないかとレポートで推測を立てられてましたが、そういうことなのですね」

深緑の煙が立ちこむ中で、ブランカは目を薄めて『ゴエディア』という兵器の、本質の一部を悟る。


「貴方の異能は貴方自身のみ、単独的。最早アストリネの枠組みから外れた存在で異能を持ち発揮できる。だからこその『ゴエディア』という訳だと」


吏史は何も答えることない。

煌めく目を据えて、『リプラント』が立てる霧に満ちた場を一掃するよう剣で斬り払う。

呼応するようにも白雷が奔流し、周囲の『リプラント』の溶液を破壊していく。

閃光が瞬き、ブランカは思わず目を瞑るが、それは大きな隙となった。

「速――」

一瞬の内に数メートルほどの距離を詰め切られてしまう。

懐に入られたことに焦り、蛇尾をしならせて蹴り上げて払おうとしても、吏史は身を屈めることで二重の攻撃を避け切っては剣を、構える。

それ以降は、ブランカでは対処しようがないだろう。何せ、次なる手は白雷により加速動作を補助された神速の剣が迫るのだから。


白雷を纏う剣で上弦の月を二度描き、首と頭部を切り捨てる。

深緑色に染まった血が、ブランカから四散した。



『警戒すべきはブランカだ。鎌夜は私が心身共に叩き折った、脅威ではない。いいように使われてるだけだと思ってもいい』

数分前に話していたローレオンの言葉通りだと、吏史は目を据える。


今し方、頭と首を叩き切った。

手応えも確かにあったのだが、ブランカの蛇目は未だ死んでいない。

真下にいる吏史を鋭く、殺意を込めて睨みつける。蹴りが眼前にまで迫った。


『…主核としての役目は発電器官。そして『古烬』にはHMTに認知されない特殊な体内電流が流れてるらしい。だからブランカは主核を鎌夜に任せて操作権を奪って自己強化を図り、人ではない強き存在に進化してるだろう。変芸自在の『リプラント』ならば可能だ。全盛期のジル並みの再生力を備えて武術を達人級に嗜んでいる。厄介な敵だろう』


回想で語るローレオンの言葉通りだ。

ブランカが繰り出す蹴りの速度は、風を切る音が立つだけあって速い。今し方、首と頭と致命的な箇所を斬られたというのに機敏だ。

このまま直撃を許せば吏史は頭蓋骨を破壊され、首もへし折られることだろう。


『だが、恐れることはない。人であることを捨てて、第一区の区民を犠牲にしてでも、私を代表管理者に必ず置くという目的しかないからだ。そうすることで私に刻みたいのだろう。この世界にブランカという女の子が生まれた。ある種の誕辰を。…ブランカは、そんな子なんだよ。狂信的だが、ただの、好かれたかっただけの女の子だ』


回想のローレオンは怯む必要はないと教えてくれていた。

吏史は躊躇なく、寧ろ、剣を掴む力を強めながら恒星のように煌めく異色の瞳でブランカを鋭く睨みつける。

前進するよう駆けた。

白雷と共に一閃を描きながら足を斬り捨て、ブランカの立つ自由をも奪う。

「っ、ぁう!?」

片足にされたブランカはバランスが崩れて倒れてしまうが、攻撃の手は止まらない。

進んだ先の地面を蹴り上げて高く跳び、鮮やかな後転を披露しながら宙を回って体勢を整えて、片手で剣から槍に武器の形状を変える。

槍の柄を掴み体重を乗せた落下速度。身を回すというドリルに見立てた動作も含めて、ブランカの背に槍を突き立てた。

「ガッ…!?」

鱗ごと容赦なく穿つ一撃となる。ものの見事に貫通されてしまい、槍先は地面にも食い込んで、緑の血を吐く。

「〜〜〜!吏史様、…無駄、ですよ!この身は、再生する!永続的エネルギーを備えた兵器の特徴を備えているのです!」

だが、この程度では終わりにならない。ブランカは未だ健在だ。

片目を薄めながらも顔を上げて、強気に吠えるほどの余力がある。突き刺さった槍も再生し始めた筋力により、砕こうとされてるのだろうか。

固定化して動かなくなり、実質武器を封されたも同然である吏史は眉間に皺を寄せた。


「ハーヴァ様の[核]を、食したから…今は電撃を使えるのでしょうが……!内部に雷を通されようが、『リプラント』と融合と進化を果たした私には、通用しない!」

無駄な足掻きだ。吏史には決してブランカを処理できないだろう。

「ハーヴァ様が死んだと同時に優秀な性質を吸収し、『リプラント』に返還させたのですよ!彼女の異常な再生力は存じてるでしょうに!」

勝ち誇ったように高らかに主張する―――。


「だろうな。わかってる」

全て、理解しているように、吏史は冷たく見下ろして言い返す。


『憶測ではあるのだが、一つだけわかりやすい弱点をわざと設けてるだろうと判断してる。炎、だと思ったのだがな。こだわりを見せてくるだろう』


胸に手を当てながら目を伏せて呟くローレオンが脳裏に過ぎる記憶として掠める。


説明された『ただひとつだけの手段』が、倒さねばならない相手に通用するか否か。

今すぐに試すべきだろう。

貫通した槍から電流を伝導させて、接触してる体内に走らせる。電気を通して感じた通り先に、熾すイメージを込めて柄を掴む手の力を、強めた。


『ブランカはローレオンが扱う〈千度以上の炎〉の弱みだけを残す。但し、ご丁寧に。操作される前提で内部のみに』

ローレオンが告げたことを、吏史は粛々と実行する。

紅蓮の異能は発揮され、篝火のように槍から発生した。

体内を焼く苛烈な炎の勢いを表すよう、槍から火の粉が漏れて舞い上がる。


「―――ぁぁああああぁああああぁ!?」


焼ける痛みで悲鳴が上がった。

その凄まじい苦痛にブランカの思考回路に混乱が生じたが、それはほんの一瞬だ。

すぐに様々な憶測が次々と彼女の心内で行き交い、優秀な頭脳がこの現象の答えを導き出す。

「っ信じ、られない。信じられない!」

苦痛に塗れながらも、恐ろしい答えを前にして声を震わせたブランカの目には、吏史に対して明確な殺意の色が差し込んでいく。


「ハーヴァ様だけなら、まだしも!――ローレオン様の[核]まで食したのですね!?」


吏史は何も答えない。


「(――本当に、通用してる…!ふざけんなよ!っこの、狂信者が!)」

代わりに、心内では憤怒で染まった。

炎が通じるのであれば、ローレオンの語った憶測が正しかった証明だ。傍迷惑な信仰と狂気から始まった事件ということに他ならない。

吏史はブランカに対して臆さず、寧ろ、鋭く睨み返す。

命を絶やして、幕引きを図るべきだと決意する。

正面から己が放出する熱を浴びる痛みを受けつつも歯を食いしばって耐えながら、青と黄の瞳を煌めかせて炎の異能を使い続けた。


「(よくも、よくもこんなくだらないことに、ジルを巻き込みやがって!犯罪者共も外に出るのを許して、メチャクチャにして!此処で終わらせてやる!自分がしたことに後悔しながら、夢を果たせずに燃え尽きろ!!)」


だが、怒りの炎は続かない。

三肢を失って燃やされたブランカは即座に最終手段を取る。

「!」

吏史は周囲の溶液から起こる波紋の揺らぎで何かが来ることを察知するが、槍は抜けない。

筋力で固定されているのもあり、引き抜くには相当苦労するはずだ。

「…っく…!ナターシャさん、ごめん!!」

武器の製作者であるナターシャに謝罪しながら槍を回収せずにブランカから飛び退いて離れる。

後に現れた大蛇の口が、『リプラント』の本体が両腕で床を突き破りながらブランカを飲み込んでいった。

「あっぶな…!?」

若干血の気が引いて目を眇めた。一秒、判断と動作がいずれかが遅れていれば吏史は食われていたか、割れた床に落下したことだろう。


『透羽吏史!よくも、ローレオン様を、私の希望を…!このような蛮行、許しておくべきものか!』

「何が蛮行だよ!それやってるのは、アンタだろうが!被害者面をするな!!」


憤慨に対して反射的に威勢よく怒鳴った吏史は迎え討とうとするが、手は虚空を掴む。

改めて武器はないことに対し、顔を歪めて鋭く舌を打つ。

「(行けるか?!『ゴエディア』だけで、雷と炎だけで……いいや!ぐずぐずと迷うな、やるしかない!ここでやる!!)」

対抗手段がない状態で挑発したことに等しく、ブランカが振り上げた巨大な拳が迫っても臆することなく拳で応戦しようと身構えた。

「―――ぃ゛!?」

其処に、素早く地を駆け出した赤爪の黒狼が飛び出す。

黒のヴェールを羽織ったような三メートルほどの狼は、吏史の首元を噛んでから強引にその場から連れ出していく。

同時に吏史が居た場所には拳が叩きつけられ、床が粉砕されてしまい、砂煙が巻き上がった。

「っ、けほ…!間陀邏!?」

顔にかかり咳き込みながら、介入した狼の正体である顕現時の間陀邏の名を呼ぶ。

間陀邏は即座に吏史を己の背に放り投げるようにして乗せたため、「う、わ!?」と困惑の声を上げる。

「捕まってろ!」

下ろすことはしない。

このまま『リプラント』が振るう拳から逃れ、翻弄せんと赤爪を鳴らしながら四方八方、縦横無尽に駆け回り続けていく。

間陀邏たちを捕えるために鞭のようにしなる溶液まで飛ばしてくるものだから、直撃を避けるために秒も経つことなく瞬時に飛んでばかりだ。


「間陀邏!〜〜っ!間陀邏、待て!戻ってくれ!俺はまだ、ブランカを仕留めきれてない!アンタの体だって万全じゃ…!」

「うるせえなぁ!完全じゃねえがこうして顕現できたんだ、多少は傷も治ってる!てめえは反省しろ!あのまま武器無しで強行したら、羽虫みたいに潰されてただろうが!」

「だけど、っこのまま逃げても、なんの意味がないだろ!?ブランカをどうにかしないと!」

「わかってるわ!クソが!」


どうするか、何があるか。策はないかと思考を巡らせて手段を模索しながら、間陀邏は大砲を打ち出すような速度で何度も跳躍し続ける。

その動きにより与えられる揺れは、とても激しいものだ。荒海を突き進む漁船よりも酷い。

「…っ、間陀邏!」

吏史は、少し青い顔で手元の黒獣毛を強く掴みつつ名前を呼ぶ。

「あと、少し速度だけ落としてくれ…っ!密着しないようにしたら…っ振り落とされそうなんだが!」

「喧しい!!コアラを真似て引っ付いてろや!!」


作戦提案でもなんでもなかった抗議を込み上げた苛立ちを怒鳴りつける形で黙らせて、間陀邏は改めて部屋の周辺を見渡して把握した。


人でもなければ大蛇とは言い難い巨大生物兵器『リプラント』は、口や鱗の隙間から自身の溶液を垂れ流し、周辺に根を張るように建物にへばりついている。

それは間陀邏の過去の記憶とは一致しない光景だ。

ジルの時とは、違う。彼女の場合はこのように溶液を垂れ流すことはなかった。

不定形だった時代でも、自分の意思で試験管に入るなどの切り替えは可能としていたのは覚えてる。

「(――恐らく、主核が鎌夜だから完璧ではないんだろうな。再生力もエネルギー量もジルの時より大きく劣る)」

ジルという主核が抜けた時点で、『リプラント』の生物兵器としての脅威は削がれてるのだろうか。

断定はできないが、間陀邏の目から見てすれば弱体化は疑いようがない。

それにブランカも気づいてしまって弱体を補う為に自らの回復リソースであり攻撃手でもある溶液を建物に根付かせるよう這わせて、有利となる領域を編み出してるのならば第一区に対して働いた行動に納得がいく。

「(くそッ!第一区に住まう六百人喰らった理由がそれか…!)」

人類には総じて「パルス」と呼ばれる微弱の電流が流れてる。数を集めて代わりの発電器官にしようと取り込んだ。

彼等が死んでないという確信には至れるとしても、それだから、どうしろというのか。

『リプラント』に本体に、どう抵抗しろと。

徐々に逃げ場を失いつつある。足をつかせる着地場も無くなってきた。時間ばかりかけても余裕をなくすのはこちらではないか――。


「(――待てよ、ここは確か、浮遊装置が配置された場所のはずだ)」

ふと、間陀邏は思い出す。

第一区の要である浮遊装置室は炉の温度の関係もあって最下層に配置されており、此処の壁を撤去してしまうと空中となる。


領域を奪う効果的な手段を、思いつきはした、が。

ある懸念も付き纏い、ギリ…と歯を噛み合わせた。

「――奴に対して有効そうな手段がないわけじゃねえ、が、……諸刃の手段だ…!第一区も墜落する……!」

それでは本末転倒ではないか。弔いも兼ねて守りに来たのに、犠牲だけは、塞がなければならないというのに。


「……大丈夫だ、間陀邏!出来るならそれをやってくれ!」

背を軽く叩かれながら促されてしまい、「――ハァ?!」と、らしからぬ素っ頓狂な声が間陀邏から上がる。


「墜ちてもいい!大丈夫だ、なんとかなる、オレを信じろ!」

「………っ」

信じる。――わけがない。

正直、「何を言ってるんだこいつ」が間陀邏の本音である。

ローレオンの[核]食べたから思考回路寄ったのかと、ジョークの中でも最低最悪な罵倒をぶつけそうになった。

ただ、吏史が言いたいことはわかる。此処は早々にやらなければならないだろう。

こうして葛藤して動揺する時間も、被害を加速させる要因だ。

殺されておらず飲まれてるだけとは言え、第一区の六百の区民に溶液の悪影響が出る前に解決しなければならない。


「頼む!オレのためじゃなくて……ジルの名誉を守るために、動いてくれ!」

そうして心の天秤が大きく揺れる中、決定打となる重さを持つ言葉は投げられて、傾いた。


間陀邏は即座に眼球を動かし、部屋内の要点を的確に割り出した上で、不意に爪を壁に貫通させる形で張り付きて黒狼が毛を逆立たせて目を大きく瞠る。

「何、全部、自分が背負ってる気になってんだ、あぁ゛?!テメェ、本当にムカつくガキだなぁおい!!」

その双眸は茜色に煌めいて、封されたはずの異能が発揮された。

扇状に広がるは十二本の金剛石。杭は再び宙に編み出されていき、間陀邏が狙い定めていた壁に向かって一斉に飛んで行く。

全てが的確に、深々と、節目に突き刺さった。

『何、ですって!?何故、あなた様まで異能を使え―――キャア!?』

的確に楔を砕かれた建物は、崩壊する。浮遊機械

足場をなくした『リプラント』は、烈風舞う空中に墜ちていった。


「――間陀邏!」

軽く背を叩き、吏史は追いかけることを要求する。

「いちいち言うんじゃねえよ!」

荒々しくも了承し、敢えて真下に急降下した。


同時に間陀邏の前には五角錐の柘榴石を連ねては聖樹の形を成していく。

そんな障壁生成を行いながら、風の抵抗を極力受けずに加速して、墜落した『リプラント』を追う。


「おい!溶液の範囲を広げるだけだ、地上につかせる前に決着つけろ!……ってか、このまま考えなしに自爆特攻するつもりじゃないだろうな!?」

「しない!こうなる展開もあり得るってローレオンが予測してて、教えてもらった打開策がある!」

間を置いて、「…打開策だぁ?!彼奴が?テメェに?!」と間陀邏は驚愕した声をあげる。

「そうだ!あっちでオレが仕留めきれなかったのは…っよくなかったけど……『ローレオンの高温の炎』が弱点だった、なら!ブランカごと『リプラント』を打ち砕く手段だ!」

「それは何なんだよ!?とっとと早く言え!」


すぐにそれが何であるかを要求した。

内容次第でもあるだろうが基本的に協力する姿勢である間陀邏に対し、吏史はローレオンの言葉を、一句違えることなく紡いで間陀邏に伝える。


「『すぐにきみの境地に至れ。思い通りの特質を持つ鉱石に変質できる異能はどうだろうか』」


それは、とんでもない提案だった。

内容を聞いた間陀邏が数秒間、茫然自失に陥り、絶句するほどまでに。


「………っぁ、あの、野郎…!無茶振りのカスみたいな遺言を残しやがって…!」

開けた口を戦慄かせて、間陀邏は頭痛を覚えるばかりだ。


その反応自体、無理もない。


アストリネの『境地』とは、姓に連なる異能の限界値のことを指す。

ヤマトの対象者の精神をも焼く【心灼】やジルの神速の撃を放つ【飛雷万象】が代表例だろう。

ただ、編み出して操作するだけの異能ではない特質。

そして以前以降の代は彼らを決して超えることはないという究極の示しとなる。

尚、四十六代目ディーケや二代目イプシロン、十九代目アルデや四代目郷は既に『境地』に至っているという。

―――つまりは、存在自体が希少。かつ、それでも多くのアストリネが代表管理者以外に生きて志す導だ。


但し、到達するきっかけや起因はアストリネ管理時代から五百年経過した今でも不明。

四十年間、次代になるまで、到達するためだけに心身を鍛えたが『境地』に至れなかった…。

なんて事例が起きて当然の話であり、辿り着けることが奇跡に等しい。


(この『境地』という到達点があるからこそ、継承の力を利用するのは悪法と罵られるとも言えてしまうわけだ。――アストリネの中でも一握り、真に選ばれた天上視点評価に他ならないとしても)


「…マっジで、ふざけんなよあいつ…!」

だというのに、間陀邏はローレオンと違い何も持ってなくて、たった一つも失ったばかりなのに。

この土壇場で掴めと宣われた間陀邏が動揺するのも仕方ない。


「〜〜〜っ馬鹿がよ!実技試験だけで全部がどうにか上手くいくと思いやがって!下々舐めすぎだろうが!こちとら参考書もなかったから実技技術どころか知識もねえよ!!」

持つ者からの指示に目くじらを立ててひたすらに憤慨する。


「クソ!これ終わったらあいつの墓を作って『自惚れの極み』と名前の代わりに刻んでやる!!」

「だけど、そうするしかないだろ!『リプラント』の外皮は炎や雷を通さないんだ!貫通は可能でも、オレには武器がない、導線がなきゃ起爆もできない!」

「うるせえ!簡単にできるもんと思うなよ!どいつもこいつも簡単に異能の『境地』に至れたら、アストリネはもっと管理完璧だったわ!事件だって起きてないだろうよ!『陽黒』の事件も『アダマスの悲劇』もねえ、てめえの『恵』襲撃もな!」

「…っ!」


地雷と心内外傷を踏みつけられたに等しい。

グッと息を呑んで押し黙る吏史を感じて、若干、罰悪そうに舌を打つ。


「………悪かった」

その呟きは暴風にかき消されるほどか細い。「え?」と思わず聞き返してしまう吏史に、間陀邏は大口を開く。


「悪かったって言ってんだよ!今しがた怒鳴ったことも、前に襲撃したこともな!…おれは、ジーンと過ごす貴重な時間を奪われたからってだけで、『古烬』を憎んだし嫌った。全員悪者だと思いこんださ。玩具取られたガキみたいな理由でな」

猛省と、後悔をも兼ねていた。

操作室でイプシロンに「謝れ」と言われていたことも要因ではあるが、吐露でもある。

このような行動自体が、これまで過ごした彼女の贖罪だ。

吏史やクオーレのような善良な者たちに八つ当たりしたって、何も変わらない。しかし独占したい方を優先して、見てるだけを貫いた。

間陀邏はジルに対して一緒に手伝うと伝えるべきだったのだ。

だけど間陀邏は彼女の本意と本質に気づいていながら、行動を制限し不自由を強いた。

選ぶ道を間違えてしまったと言えるのだろう。


「悪かった。馬鹿にして。てめえの方が、おれよかずっと立派だよ」


だから、また何もなくなったのは、自らが招いた事象に過ぎない。ある種の報いか罰。

ようやく、今更、それに気づいたような。反省と謝罪だった。


「――詫びも兼ねて、命賭けてやる。が、全部思い通りにうまくいくって信じるんじゃねえぞ。奇跡なんてそう簡単に起こるもんじゃねえからな」


それから先の返事は聞かずに、間陀邏は加速する。

鉱石を編み出して己の両足に付着させた。そのように加重を行う形で落下速度を上げて、『リプラント』の元に追いつこうとした。


『…手段も何もなく、よくもまあ来れるものです!間陀邏様、吏史様、存じ上げてるでしょう!?ローレオン様と貴方たちでは違う!彼でなくては、この生物兵器『リプラント』を破壊できない!寧ろそのようにしているのです!――そうでなくてはならない!』

溶液が飛び出していく。それらは鞭のようにしなり、蛇と変化を果たして襲いかかる。

しかしそれはただの投擲ではない、鉱石にも伝導性があるのを利用した攻撃だ。柘榴石の障壁に電流が通った際の流れを断つように電気を弾けさせ、破壊していく。

「っ、ぐ…!」

尖った破片が間陀邏と吏史の頭部や肩、四肢にぶつかり流血する。[核]を食した影響で一時的に再生力を身につけていた吏史は瞬時に傷が癒えるが、限界を迎えつつある間陀邏の傷は治らない。

形成する異能も精度が落ち込み、新たな障壁が出来上がる前に溶液の蛇が矢のように飛ばされた。

それは無防備になった間陀邏の片目に刺さる。

「――――っ!!」

強酸の性質に変えられていたのだろうか。白煙を上げながら焼かれてしまうが、間陀邏はそこで悲鳴を上げて怯むことはしない。

ギリッと歯を噛み食いしばって耐えて『リプラント』への接触を最優先、強引に突き進む。


「(チャンスは、一度きり。それ限りだと考えろ!一回しかない、後がない!この焦燥感も含めた全てを利用する…!)」


溶液を相殺することなく飛んできた溶液の全て、間陀邏は己の身で受けた。

片眼のみならず、耳や口、鼻など、肩を始めにした両腕や腹部に焼かれる痛みが走るが、お構いなしに接近を図る。

「…っ間陀邏!」

その身を削るほどの無茶に背に乗る吏史から案じる声は上がるが、無視。


否。実際には、認識できないほど間陀邏は集中してた。


乖離して離れている。己では決して届かぬであろう領域に片足だけでも踏み込むため。

何もない者なりの足掻きを行う。

無意味かもしれなくても向こう岸に渡る為に何度も遠くの先にある場所に繋がりを求めて伸ばす、何もない先でしかないとしても、ただそれだけを望む。

意識して、意を捧げ、左腕に潜む己の[核]以外の感覚をも捨てていきながら、頻りに到達を図ろうとした。


「(応えろ。あの話が本当で、おれの声が聞こえてんなら、一度だけでいい力を貸せ…!)」

『倒す』ではなく。

『繋がり』を編むために。


「(全部持って行っていい!だから!)」

金剛石より勝る強度でありながら、起爆性もある星に存在しない鉱石を、『リプラント』に打ち込めるほど長槍として、生成することだけに一点集中する。


「(繋げろ!!)」

隻眼の茜色が、煌めく。


意に応えるかのように異能が発揮された。

何もない空中には、全体的には真珠のように白色で光沢を放ちながら、真紅が縞模様に交わり走る鉱石の杭が編まれている。

「…っ!」

出来た。

何の鉱物であるかも意識せずに生成してみせた。が、実際、この鉱石に望んだ効果があるかは間陀邏にもわからない。

――だが、

「透羽吏史ぉ!おれに合わせろ!!」

血反吐を散らしながら大きく吠えた。全てをこの白き杭に懸けるのだと。


意を汲んだ吏史は、懐から最後の『覚醒剤』ネルカルの異能を嚥下する。

感じられた甘さの極みに口の渇きを覚えながらも咽せる行為すらせずに、背から降りて宙に飛ぶ。

風の異能を発揮して空中を掌握し、雷を起しながら瞬時に左右に一閃を描きながら下降していく。

間陀邏の編んだ杭を打ち付けるべく、同時に流し込む炎の異能を込める。

首元まで覆うまで成長した黒骨の『ゴエディア』の拳や節目の隙間からは、彼自身の特質を示すような蒼炎が溢れていた。


『なんて、無謀な……!無茶苦茶な!』

打ち込まれる直前、ブランカは思考する。

間陀邏如きがローレオンのように境地に至れてるわけがないだろうが、あの杭と吏史が危険であると本能的に警鐘が鳴り響いて察知した。

真偽はともかく、リスクヘッジは必要だろう。

対処自体既に思いついている。

急所となる部分――己と鎌夜。『リプラント』の内部を操作して手厚い壁に硬質化させて保護すればいい。体内の弱点自体も撤回して、特性や性質を変えてしまえば盤石だろう。

狙っているのは内部爆発だろうから、もしもが本当にそれが起きたとしても、耐えてみせる。凌いで地上に着けば回復は図れるのだ。

結局、全て、無駄。


『ローレオン様を否定して、尊き心を傷つけた全てを破壊し切ってから死に果ててやる…!』


そうして内部の溶液の操作を、ブランカは図る。


⬜︎


「いいや、全部叶わない」

そして、ブランカは何もない真っ暗闇の空間に立たされた。


「このまま。此処で終わりだ」

宣告するように告げて目の前に佇むは白髪赤眼の女性。

ジルコン=ハーヴァだった。

「な、ぁ…!?」

月鹿の手で、狙い通りに消滅させられたはずの姿に酷く動揺を覚えて一歩下がってしまう。

何せ幻覚には見えない。少し困るような微笑みも含めて、あまりにもリアルすぎる。

一体何を見せられてるのかと即座に思考を回す。

此処はどこだろうか。吏史の――否、心理を操作するイプシロンが仕掛けた精神世界への誘いか?

そう疑いながらも反撃を測るため、『リプラント』の操作を意識してジルに指を差そうとする。


「……え?」

しかし、ブランカは目を丸くしてあることに気づく。

「……ぁ…?なぜ…こんなことが……?!」

現在、己の手は蛇ではない。

小さいが鍛錬を重ねた影響で細かい傷が多い、人の手だ。『リプラント』を操作するために融合したはずの、強靭な肉体姿は何処にもない。


「もう終わりなんだよ、ブランカ。『リプラント』は主核が欠けた兵器じゃない。誰の心にも付き従わない」

その言葉は嘘ではないと示すように、ジルの皮膚には蛇鱗が現れており、足元からは噴水が溢れるように多くの蛇の姿が群れていた。


「一体何をしたのです…」

「今間際に気づいたんだよ。カミュールが教えてくれた鎌夜の情報でこうなるんじゃないかって。だから、『リプラント』の内部を変えた方がいいと思って雷で具現化して伝播させた。――『私の記憶』そのものを」

執り行った選択に絶句するブランカに、ジルは柔らかく微笑んだ。


「結果は、ご覧の通りだ。彼等もこの世界の良き部分を理解して恨みつらみで壊さなくてもいいって気づいてくれた。今は、解放と眠りだけを望んでる」


片や多くに囲まれており、片や何もないただ一人の孤独。

そんな各々が過ごした人生の抽象を表すような光景の中で、ジルは己の肩にまで這って昇ってきた一匹の蛇を優しく撫でて穏やかに告げた。


「永遠は、永続は、此処で終わる。ヤマトもあんたも何もなし得ないで、終わるんだ」


ブランカには、もう何もできない。

『リプラント』は此処で吏史と間陀邏の手により破壊されて、世界から一つの兵器が消えるだろう。


「く…っ、この…っ……!」

憎々しげに眉や口ごと歪め、頬に青筋を立てるという悔しさに染まり切った表情を浮かべるブランカに対してジルは口を開いた。


「……私を見逃すつもりで離れた区に転移させながら、来た途端に月鹿に交渉を持ちかけて、襲撃させた理由は何だ?」

行うのは質問だ。一度行った慈悲を撤回するような行動に出た理由を、確認する。


「……此方も質問がありますよ。まずは此方から答えていただきたい。『門』は閉じていたはず。なのに何故、貴方様は第一区に居たのです」

「二十五代目エファムの干渉があった。私と吏史にだ。私達にやるべきことを成させるためだろう」

「っ、…エファムに余計なことをされなければ、死なずに済んだものの…」

「いいや。ただ終わりかけていたこの命に意味を与えてくれた。私にも変えることもできると知れる機会を得たから感謝してるよ。……それで、月鹿を脱獄させてまで使った理由はなんだったんだ?」


素直に答えたのだから吐いてしまえと促されてしまい、ブランカは戦慄く。拳を強く握り、下唇を強く噛み締めた。


「貴方が!幸せそうにしていたからでしょう!私が、こんな…愛が叶わないで惨めだというのに、こんなに努力しても、こうすることでしか愛するものに刻めなかったのに!貴方が常に前向きに笑って、今生きてることが最高だと信じてやまない姿が、苛立ったんですよ!」


ジルの努力は、認めてる。努力する苦労は誰よりも痛感していたし、世界を良くするため尽力したことでローレオンの負担を緩和させたから。

だが、裏では、その姿に無性に腹を立てていた。

不幸せだと感じながら苦渋を飲みつつも掴もうと努力する横で、陰りを見せることなく突き進んでいく眩しいジルの姿に。

妬ける痛みが生じたのだ。

「貴方のようにあれれば、って考えれば考えるほど今の私が惨めになる。代理人という名誉あふれる地位を得ても、満たされない私が、愚かだと突き付けられてるようなんですよ…!!」

わなわなと震える拳を握った手を大きく振るいながら捲し立てた。


「…っもう見たくもないからせめて、遠くに置いたのに、向こう見ずに来られたのならそうするしかないでしょう…!ローレオン様の特別になりつつある上に、どうしたって私の思考ノイズになる貴方を!ぐちゃぐちゃにして消し去ってやりたかった…!」


第一級犯罪者の月鹿は自己認知バイアスが過剰、精神異常が認められている。

吏史に執着する彼女を使えば、貴方を徹底して傷つけて、残虐に仕留めることは推測できたと。

頭を掻きむしりたい衝動に駆られながらも炭のように真っ暗な、心を吐き出していく。


「何よりローレオン様は間陀邏に罰を与えたいと願っていましたから。私個人の想いも込めて、月鹿を向かわせたんですよ!見せつけられた吏史様にはお可哀想なことはした、と当時は思いましたがね。…だけど彼も、そのまま死ぬべきだった!やはり『古烬』は存在してならない!害ある存在です!」


胸に手を当てる仕草を交えて、明確な悪意を堂々と紡ぎ切る姿は、まるで自身に酔いしれてるようだ。

そんな高弁を見据えたジルは――ゆっくりと微笑むことをやめた。


「アンタに誰かを否定していい権利はないことが、よくわかったよ」

蛇を思わせるジルの赤色の瞳は見開かれて、ブランカに対しての侮蔑の色に染まりきっている。

彼女の沸き立つ憤怒に呼応するよう、蛇たちも一斉に牙を晒すよう威嚇した。


「私よりもずっと賢いんだから、誰かを傷つけることはアンタにとってのローレオンを奪う行為に等しいって気づくのは簡単だっただろうに…」

気づかなかった時点で、ブランカの末路は定められたのだろう。


「――ッ!」

ブランカは全身の毛穴が逆立つような威圧を前にして息を呑む。

鳴り響く警鐘を認知して引こうとしても最早、遅く、踏んではならない逆鱗に触れてしまったブランカは逃げることを許されない。ジルから伸びた両腕に掴まれた。


「ッぅぐ?!……ァ…!」

そして左手で首を、右手で頭を。

目に見えない速度で素早く掴まれて、強い力で捕らえてしまう。

「なに゛…っが、ぁ…゛…」

ジルは、容赦無く骨をへし折るつもりらしい。

徐々に、強靭な力が徐々に籠っていく。苦悶の声を漏らしても決して力が弱まることはない。


「代理人ブランカ。初代ハーヴァの…最期となる我が姓に於いて処罰を下す」

白蛇は慈悲を見せず、胴体で絡め取った獲物を締め殺してから捕食するように、虎視眈々と冷徹に見据えるだけだ。

腹を蹴ったり腕を引っ掻いたりとブランカが抵抗する。

しかし大木を殴りつけたように固く、びくともせず動かない。


「……なんで…っ」

何故、だろうか。何故いつもこうブランカは何もかも上手くいかないのだろう。

またもやこうもアッサリと掻っ攫われるように。選ばれることなく幸せになれないのだろう。


「なんで、何でなのよっどうして!」

苦労が報われなかったことへの悔しい思いが湧いて、これ以上なく心内を満たしていく中で、ブランカは冷静さを失い大口を開けた。

「畜生、畜生畜生畜生っ!」

ずっと出会った時から一心に見ていたのに、だけどぽっと出の、『古烬』の娘に最愛を奪われたように。

また、苦労して計画を立てて動いても、結局、幸福を謳うような女に壊されて取られるというのか!


「〜〜〜ッなによ、なにが、なんで、なん、なのよぉおおぉお!!!」

「この場にて心無くし夢叶わなかった世界で、虚に生きて過ごすといい」


しかしどれだけブランカが荒れ叫ぼうが決して自由は与えられず、一つ以外を削いで捨てた応報が巡った因果の幕引きは初代ハーヴァにより下されるだろう。


「――まあ『せいぜい、吏史たちの栄光の糧となる演者(道化)になって』くれよ、な?」


そう笑いながら言い放ち、夜明けの太陽を想起させる真紅の蛇瞳が煌めき、白き閃光は迸った。


⬜︎


「!?」

ふと、唐突に『リプラント』からの抵抗が失われる。

矢のように多数の蛇を模した溶液を放っていたというのに、電源プラグが抜けたか、或いは糸切れたか。微動だにしなくなってしまった。


「(――なん、だ?)」

違和感は、覚える。

終わりを受け入れた姿勢。その口元が僅かに柔らかな弧を描いたような、錯覚に。

だが、吏史が怪訝そうな表情を浮かべて迷いを生んだのは、ほんの一瞬のこと。

止まることはしない。

「(…っ何でもいい!これはチャンスだ!)」

終わらせると決めたのだ、最後まで貫き通す。

そう意を結したと同時に、間陀邏が生成した白き宝玉の鋭利な杭の先端が『リプラント』に突き刺さり、吏史は双眸を見開く。


「此処でっ、壊れろぉおおぉお!!!」


間髪入れず、『風』を発揮して空気ごと抵抗を払い、『雷』で思うままの速度を存分に発揮しながら、『ゴエディア』が纏う『炎』の拳で、己が持つ全てを乗せて杭に打ち込んだ。


直ぐに杭全体には亀裂が走り、内部に炎が行き向かう。

誘爆を果たした兆しとばかりに杭がひび割れて僅かな膨張を見せる。

「!」

爆発する。

そう判断して吏史が身を屈めた瞬間、強酸を受けて全身焼き爛れた黒狼が吏史の前に割り込み、身を挺する突進を行う。


「――……間陀邏!?なんで!」

動揺する吏史が行動に出た間陀邏の真意を聞けることはなく、鉱石は起爆する。



激しい閃光が青空を包んだ。

――ドォン!と遅れて空気を震わす豪雷が轟き、迸る白雷が聖樹を広げるように伸びていく。

【暁煌】に住まう人々にもその白雷の鮮烈な輝きが届く事だろう。


それほどのエネルギーを有した兵器。

直接手を下した代償は、爆発による衝撃と電撃を身に受けて意識が途切れてしまうことだ。


何もせずに地上への激突を許せば即死は免れないが、揃って意識が欠落してる以上、最早避けられない運命だろう。


――――吏史。


しかし暗闇に沈む意識の中で、吏史は聞いた。

鍛錬の後、疲労困憊で仰向けに倒れたところを腰に手をやる姿勢で見下ろされている師匠との光景。

己の日常。楽しかった記憶。遠ざかる過去。


――――吏史。私に追いついてみせるんだろ?


だから今はこんなところで眠ってる場合ではないと、背中を押す声が聞こえてきた。


「――カハッ!?」


痺れで停止していた心臓と弱まっていた肺が急速に動き出し、肺胞に満ちる酸素の勢いに咳き込みながら目を覚ます。


「(間陀邏に、庇われた。それで、オレが受ける衝撃や電撃も緩和されたのか…!)」


目を眇めながら早々に自身だけ覚醒した理由を判断し、数メートル先で己と同様に落下していく間陀邏の方を見る。

顕現も保てずかなり弱まってるらしい。今は通常の狼とそう変わらない百センチ程度の大きさで、全身をバナーで炙られたように毛が黒灰のように崩れてるひどい状態だ。

自力で起きることはないと容易に想像がつく。


「――クッ!!」

歯を噛み締めて全身の力を込める。

吏史の体は痙攣が抜けず、指先まで満足に動かない。全身を金槌で殴打された程度の痛みは残ってる、が。

「…っ、この、くらいなら…っ!」

この程度の痛みならば、吏史は問題ない。無理矢理に動くことはできる。


風や炎、雷の力がまだ『ゴエディア』に消化されることなく残ってるのならば尚更だ。


「([核]を二つ食べた責任を取れ!少しでも、何かを成し得るんだ!)」


拳を握りしめる決起に呼応するよう、青と黄の瞳が煌めく。

雷が生まれて強制的に四肢を動かさせて、風を巻き上げることで体勢を整えた。

すぐに吏史は空に白雷の奇跡を一直線に描き、間陀邏の側に駆けつけてはその身を、両腕でしっかりと掴み抱え込む。

「間陀邏!っ間陀邏、しっかりしろ!絶対に死ぬなよ!!」

ジルのことを正しく覚えてる間陀邏は失わせない。その一心の想いで呼びかければ、――ふと。

彼女の骨まで貫通して空いた傷が、まるで砂時計の砂が落ちるように、欠けた骨の端から徐々に再生してるのを視認した。


「!再生、して…!?」

それは、間陀邏の姓は終わりではないという示しである。

ブランカとの対峙時では弱ってる姿が印象に残ってからこそ魅せられた生命力に驚愕した。

理由は不明、判断もつかないとはいえ。

事実のみ注視するならば、間陀邏は希望の芽を紡いでいる。

危機に瀕してることにも、違いないが。


「(っこのまま異能を使って、地上に急降下して着地する!間陀邏を『エンブリオ』に運べば、絶対に間に合う!)」

なら此処は風。速度ではなく安定感を優先して用いよう。足を軸にして風の壁を纏う形で――


しかし、風は意に応えない。

唯一[核]を食してない異能の発揮、その使用限度が来たことを示すように。


「ぅ、わ?!」

風を操作して保っていた姿勢も崩れてしまい、頭から落ちる体勢に変わってしまう。

「クソ!なんで、っこんな時に!」

右往左往するように視線が頻りに迷い泳ぐ。


どうすべきか。強引な手を取る?地上接触時に炎か雷の衝撃相殺の手段として使う?

いいや、ダメだ。今それを行えば腕の中の間陀邏を巻き込んで余計な傷を与えてしまう可能性が高い。

炎も雷の何方も破壊に長けているのだ。ただ、相手を護るのには向いてない。


どうするのか。頭を回せ。回して最適な答えを掴み取れ。


しかしどれだけ思考を回し求めても、決定的なアイデアは湧かず、雲が晴れて地上の緑が見え始めてしまう。

最悪なことに着地点は森に寄っており、白樺の木々の衝突することが予期できる。

間違いなく、串刺しだ。

「(なら、っ!)」

一つの選択を迷わず選び取る。

死に瀕する可能性も高ければ、今度こそ即死になりうるかもしれない。

それでも吏史の覚悟は決まっていた。


「(ジル、ジル!ジルが守りたかったものはオレが守る、守るから!)」


思い切った吏史は間陀邏を抱きかかえながら背中を地上に向ける。

今度は、己が肉壁になって衝撃を緩和するために。


決意を固めて目をキツく瞑る瞬間。


太陽に照らされて輝く巨大な翼腕が差し込んで、吏史は目を大きく見張る。

煌めく翡翠瞳と紅が走る金色髪。

鋭き嘴という覆面を纏うまでの顕現を果たしたその姿。吏史が見慣れきった顔が、弾丸が如くの勢いで滑空してきたのだから。


「――――っオルド!?」

颯爽と飛翔で駆けつけたイプシロンは目を険しく平らに据えて、顕現していた両翼で吏史を間陀邏ごと抱え込む。

物を掴めぬ状態が故の回収法だ。足を顕現させて鉤爪で掴むことも可能だが、それでは吏史を傷付けてしまうため、苦肉の手段を取ったのだろう。

当然ながらイプシロンは飛翔継続不可状態に陥る。

更に、重さという加速要素が加わった上で三名まとめて真っ逆様に落下した。


「っ?!」

木々による串刺しは、イプシロンが体を回すなどの対処でうまく避けれたとはいえ、このままでは地上激突コースだろう。


「オルド!何を考えてんだよ!流石に説明して…」

「黙ってろ、動くな!!」

心中か自滅を狙ってるのかと荒げた声を上げるが、イプシロンに鋭く睨まれながら咎められてしまい身を竦める。

「黙ってろって!こんな状況で黙ってられるわけがないだろ!」

「黙ってろと言ってるだろう!この…死にたがりがっ!」

「痛゛、だぁ゛っ?!」

イプシロンの噴出した怒りは怒鳴った程度では到底収まらなかったのだろう。制裁する勢いで、頭突きが飛ぶ。

あまりにも理不尽だ。ジルのことも話されなかった苛立ちも相俟って、反抗して突き放そうとする。


「自分が犠牲になれば解決できると思うんじゃあない!」

だけど命を擲つことを良しとしない、否定的な言葉に、吏史は強張った。


「君が死んで俺たちが救われるとでも?勘違いも甚だしい……!エファムもヴァイスハイトもそうだ!居なくなっても何も変わらない、誰も救われないんだよ!君に死なれたところでも、同じだ!」


硬直してる間にもイプシロンの嘴は忙しなく開閉し、捲し立てる勢いで訴えていく。


命には優劣はない、全て平等だ。人、動物、アストリネ、『古烬』であろうとも。

例えアストリネの始祖の系譜であるエファムが失踪し、産業革命の要であったヴァイスハイトが欠けたところで、この世界の暦は止まる事はなく、回り巡り進み行く。

何者であろうとも特別な命なぞ何処にもない。

「――――!」

訴えの意を理解した吏史の異色の瞳が、大きく開く。

頭突きを経て額同士は合わさったままだったもの、だから。

ふと、意識して見上げる。

落下の暴風で金糸が激しく乱れる中でも鮮麗に煌めく翡翠瞳は、本気で怒り、悲しくなるほど心配する色を宿す色に染まっていた。

それに気圧されてる自身の情けない姿までもが映り見えてしまい、息を呑んだ。


「そもそも、本当は死にたくないだろう…っいつ死んでいいって自分に言い聞かせてる悲壮感匂わせするな、鬱陶しい!生きたいならそれでいい話じゃないか。そう言っても俺は、否定しない……!」


開き切った瞳孔や声の荒げようで、イプシロンはすごく怒っているのだと本能的に理解する。

するしかなかった。それだけ業火じみた憤怒と言えた。


「どう死んで残し満足するなんて半世紀前の古臭い思考は捨てろ!どう願いを叶えて生きるのかを望め!」


そもそもオルドヌングは明日死ぬための兵器なぞ育てたつもりはない。この難しい世界で人に上手く生きて貰うために強く、育てたのだ。


「そうして自分の意思を、思いを、尊重するために君は強くなったんじゃないのか!?」

ずっとはっきりと、面と向かって吏史に言えなかったことをも明かして、ジルの死に連なって行こうとするのを手を掴み止めるように、考えを改めるべきだと必死に説得にかかる。


「違うのか!?透羽吏史!そうならば、そうだとはっきりと言え!!」


自分の思いを持つ兵器ではないのだと、その閉ざした心を打ち明かせと、促した。


「言え!自分は『古烬』の兵器だからと言い訳しなくていい!そんな馬鹿げた常識ごと変えて行くつもりなら、尚更だ!」


吏史の息は、詰まり。

心内から無性に溢れ出る申し訳なさの後に、形容し難い感情が喉奥から湯水のように湧く。


「オルド、〜〜〜っっオルド!なんでジルのことを何も言ってくれなかったんだよ!オレは!ジルがいなくなったことが、悲しいし、辛いんだ!今でも苦しい!だって、オレのせいだ!助けられたのに、肝心な時に起きてなくて、その場にいなくて助けれなかった、守れなかったんだよ!」

込み上げた思いが堰を切ったように師の名前を呼び、歯を強く噛み締めることを交えながら、吐いてくれなかった怒りと奪われた悔しさや失った悲しさをぶつけていく。


「だったら別の意味で守るしかないだろ!?ローレオンの言う通り、兵器だってこれまでのジルを否定されたくないから……人にもアストリネにも…誰にも…!間陀邏も絶対に助けないと、例え命を賭けてでも…っでも、でも…っ」


失い、傷つき、葛藤を得ながらも己という犠牲を払い責任を果たさねばならない。

しかしそれでも尚と、少年が叫ぶだろう。


「でも、オレは、死にたくはない!オルド達が生きてる今を、もっと生きたいんだ!!オレが、生きてることを感じて、幸せになれるのは、みんなと過ごす時間だけなんだよ!」

そうした素直な心からの吐露を聞き届けたオルドヌングは、深い息を吐いた。


「――それでいい。もう君自身の本心を二度と殺すな。これから先も君の道は険しい。だから、こうして我を出すことを決して忘れないように」


僅かな安堵が滲む優しく柔らかな声に、険しさが抜けた静謐な瞳を、受けて。

一度も見たことがないオルドヌングの表情に、吏史は惚けてしまう。

しかし、浸ることは許さないと森の木々の根が見える地表が視界に映る現実が差し迫っていることから、顔色は青白いものに変化して狼狽えさせていた。


「いやっ、あの、待ってくれ!でも、でもさ!どうするんだ!このままだと俺たち揃って…ぃ゛!?!」

しかし地面に着地する事はなかった。

途中で差し込まれた、白い糸で編まれたような投網によってイプシロンごと何か捉えられたようだ。

「なん、なんだ!?え!?何…!」

戸惑いつつも未だ目覚めぬ間陀邏を抱き締めながらイプシロンの翼腕から強引に這い出て、顔を左右に振って周囲を見渡し確認する。


そうすれば見えた。木の幹に佇み、自身達を捕縛した相手が誰々であるかを。


投網を用いて掴むのは、二名の男女。

足から太ももにかけて白い包帯が巻かれた負傷状態。余裕ない必死の形相で両手で網を掴む朝海。

怪我一つもなければ汚れもない軍服を纏っている。余裕綽々の涼しい顔かつ片手で網を掴む――四十六代目ディーケだった。


「……え…?」

何故、こんなところにディーケが居るのかと。混乱が生じてしまう。

ポカンと口を開けて惚けていれば二名の横には反重力装置で浮遊する球体上の機械が浮遊しており、状態確認を図るように宙を旋回し始めた。

カメラ機能が搭載してるのだろうか。時折シャッターを切るような音を何度か立てて、現場把握済ませたらしい者の声が上がる。


『――よし。無事に最終手段を使わなくて済んだようだな。此方も首謀者の回収自体は無事に終えているが、両者共に酷い状態だから回復に急がさせてもらおう。イプシロンには『足に埋め込んだ紐は取っていい』と伝えてくれ』

やたら落ち着きのある声色に違和感はあるが、クモガタの声とは判断ついた。

更に吏史に混乱が生じかける中で、ディーケは一度目を瞬かせてイプシロンを見下ろす。


「聞こえたな?」

「聞こえたよ」

手短な会話を交わした後、イプシロンは身を捩らせた。

左足を上げながら太ももから尾のように伸びている埋め込まれた紐を嘴で挟み、強引に引き抜くという毛抜きじみた処理を行う。

その間、朝海は目を眇めていっぱいいっぱいの様子で吏史に向けて言った。


「よーし……これで、っ……あの時の借り!少しは、返せた、つもりだからね!」

「え?」

「は!?何、目を丸くしてんのバカ!!あの時は私助けて落ちたでしょ!!少しは借りを返した、返したんだから!!」


眉を吊り上げられて怒られてしまったが、惚けた感覚は抜けない。心当たりがない、というわけじゃなくて。全く心にもないことだからだ。

間陀邏襲撃時の時の行動は、吏史にとって別に大したこともない。して当然の行為でしかない。


「もう!少しくらい人助け頑張ってよかった〜!ってなったらどうなの!?いいこととか助け合いって、こうして、ちゃんと巡るものなんだから!ってぁあ!?や、ば。手が滑る…っっ!」

「貸せ。オレなら滑らない」

限界な朝海を気遣ったのかもしれない。

口数少ないながら木から落ちかけた朝海から網を強引に奪ったディーケは、やや乱暴めに三名を地上へと下す。

既に珊瑚色の目は煌めいており、腰からは翼が大きく広がっていた。

『重力』の異能が発揮されて、無重力に等しい状態だ。

ふわりと軽く浮くように、吏史たちは安全に地面に足をつけることとなる。


そして背中に背負い込んだ等身大以上ある槍は使わず、懐から取り出した短剣を取り出して網を断ち切って解放した。


「あ、ありが…」

「間陀邏の容体は?」

礼は無用。ディーケは報告だけを吏史に求める。少し身を揺らした後、吏史は伝えた。


「生きてる、けど。辛うじてだ。安全とは言えない。早く『エンブリオ』を使わせないと…」

「そうか。ならばイプシロンに彼女に渡して診せさせろ。片すまでは何処にもいけない」

「………?」


どういう意味だろうか。どこにもいけないなんて、そんなことはない筈だ。

『リプラント』は破壊した。間陀邏の協力もあって跡形もなく、白雷を散らして爆散した。

寧ろ終えたのだから直ぐにでも移動して、間陀邏を治療する必要があるだろうに――

そう思考を巡らせる吏史の前で金青の髪を風に揺るして佇むディーケの姿は、差し込み始めた影に覆われ始めている。


「透羽吏史。目を凝らして、見ろ。上を」

理由を示すかのような指示に従い、吏史は空を見上げた。

白い大樹を想起させるほどの白雷は、未だ消えず空に刻み残り続けてる。


だが、それを一気に突き抜ける巨大な石盤があった。


「…ッッ…!」

直ぐに思考が解答に追いつき、喉が引き攣る。


正体は浮遊機能を失ったことで地上落下し始めている第一区『暁』であると。


――第一区『暁』について。その区の広さについてを改めて、供述する。

六百人の人類や複数のアストリネ達が快適に住まえる程度、面積は約14500坪――47900平方メートルほどだ。


つまり浮遊機能をなくして地上落下に至る今の『暁』は、まるで星を破壊する隕石そのものと喩えても過言ではない。

誇張なく、堕星。地上を滅ぼしかねない終焉の災厄と例えられることだろう。


「…う、嘘でしょ…」

「…っく…そっ!最後の最後でこんな…!」

朝海も吏史も、揃って。汗腺が開き冷たい汗を吹き出させる。脈動は高まって迫る恐怖に身慄いする。


「(だけど今のオレに、アレの破壊は…っ)」

吏史は内心で酷く焦っていた。

風の異能はもう使えない。炎と雷の異能は……ちゃんと発動できるか今は、危うい。理解してることは破壊を望めないということだろう。

まさしく、詰みだ。

絶望感で体を萎縮させ、迫る星を見上げたまま、呆然と滅びを受け入れて待つことしかできない。


「…………。うーん、いや、これは、下手に異能を使って無理に治すよりは自然に寝かせたほうがいいな。『エンブリオ』が必要なのは、全くその通りだが……」


しかしイプシロンは動揺一つ覚えておらず。

悠々とした態度のまま、吏史に抱えられた間陀邏の身を回収し、その左前足に触れて[核]を確認して診断を下す。


「ディーケ。一先ず手早く最後の処理をお願いしたい。アレなら君だけで充分、問題ないだろう?」

後に、ディーケに破壊の任を与える。それに対してディーケは目を閉じるようにして頷き応えた。


「ああ、問題ない」


決して熱持たぬ鉄のように冷徹そのものの表情で、快諾した。


そして背に抱えていた己の獲物たる等身大以上の槍の柄を強く、掴み構える。

群青色の槍『アポローン』は主に呼応するよう内蔵された刃を、自動的に展開する。

更に長く、鋭さを増させるように、鎬を連ねては間合いと威力が増す形状と変化した。

しかしそれは加重したようなものだ、振るうにはあまりにも重過ぎるであろう。


しかしディーケはその為に異能を要するまでもない。

自らのフィジカルのみで、難なくとその槍を振るうことができる。


予備動作も兼ねて薙刀を扱い円を描くように周囲を斬り払えば鎌鼬が如くの突風が生まれ出た。

それは木々を容赦なく切り倒し、数百メートル先の地面まで深く抉る。


「一掃する」


そうしてディーケは自らで木が切り倒した場所に立つ。

迫る墜星を真っ向に打ち砕くために、腰を屈めて大地を踏み締めて、深く、息を吐く。


見据えた狙いはただ一つ、第一区『暁』。


「あ、あの。ディーケ様、あの、本当に貴方様だけに任せても問題なかったのでしょうか?もしあれでしたら今すぐ応援を……!」

「必要ない」


朝海には振り返ることなく手短に返して、目の前のことに集中した。

イプシロンも慌てふためき狼狽える朝海を宥めるよう肩に手を置く。振り向かれた際に、余計な心配は無用だと首を左右に振った。


「ディーケはどの姓に於いても力に拘った姓だ。四十六代目にして漸く、念願の『境地』に到達した。気にしなくていい。直ぐに終わる」

「……『境地』て、どのような……」

「【窬】。ディーケの持つとある天体の再現は、そのように呼称されている」


『重力』の極みとしてディーケが手にした特質は、黒い穴。ブラックホールの再現だった。

高い重力を持つ影響で凡ゆる物質を始めに光すら逃れられない性質を持つその天体を、四十六代目ディーケは自由に展開することができる。

尚、ディーケには起こした場合の反動等のデメリットは一切なく、同時にいくつも天体再現させることも可能だ。

その上、異能時の際限もないため最強の殲滅力を誇る特質と言っても過言ではない。


「そ、そう、……なん、ですか。……あれ?それってもしかして広範囲……だったりします?だ、だったら私たちも逃げて離れたほうがいいんじゃ…」

「君は心配しすぎだ。俺が自身の顕現に合わせて『アルティミス』を手にしたように、ディーケの持つ武器も似たようなものだよ」


イプシロンがした説明通り、アストリネたちは武器で自ら所有する異能の弱点を補填するものが多く、異能によっては武器を介して発揮可能な類もある。

四十六代目ディーケの場合、それに該当した。

また、彼の境地の特出した強さの解決にあたり、必要とされたのは〈間合い〉だ。

故にディーケはどれだけの重量があろうが構わず、広い間合いを誇る武器を特注させた。持ち主にどれだけの負荷をかけようが問題ない。それを運べるほどの恵まれた筋力や上背、薙ぎ振るう膂力も四十六代目ディーケは備えている。

そうして彼以外はまともに振るえないであろう『アポローン』が完成された。


「だから、俺たちはするべき対処はこれから起きる彼の異能に引き摺り込まれないよう、少し地上で踏ん張ること。それだけで十分だ」

そこまで全て把握してるイプシロンが二人に告げたと同時に、地上に迫る質量の暴力がディーケの間合内に入り込む。


伸びた木の天辺を折り始める瞬間に合わせて、ディーケの珊瑚色の瞳が激しく鮮烈に煌めいた。


巨大な大地にして区であったが今や隕石という天災に変化した『暁』に向けて、短く鋭い息を吐き大きく腕を振るい、横に薙ぐ。

『アポローン』の連なった鎬は金属糸で繋がる刃の鞭として変形しながらしなり、数百メートル以上先にある空中ごと、第一区『暁』を大きく裂く。


そうして【窬】が指定される。黒き天体が意に従い口開いた。


猛烈な吸引が、始まる。真下から風に吹かれるように、髪を巻き上げられて二人の体は少し宙に浮いてしまう。


「ぅ、わ!?」

「きゃあっ…?!あ!や、ば…っ!」


吏史や朝海は戸惑い声を上げた。

蹲るよう身を屈めてしまったり、咄嗟にクモガタが用いる通信機械が虚無に吸い込まれないよう両手で掴んでは必死に地面に踏ん張ったりする。

各々対処にかかる中、イプシロンは不動だ。間陀邏を抱えたまま佇んでいた。



「……くっ、…ぅぐ…!」

黒き穴による吸引の勢いは猛烈な風にも等しい。気を緩ませれば持って行かれる予感すらあった。

このまま蹲るのが正解だろう。だとしても、吏史は呻きながら視線を空に戻す。


そうして一線状に広がる黒き星が、『暁』の外観が空間ごと捻じ曲げる終幕を見た。


無常の勢いで、全て虚空に飲まれていく様を。

第一区『暁』のみならず、周囲の雲や空気『リプラント』から起きた白雷までが虚無の彼方に消えていく強大な力が明示されたその景色を。


「吸引力が弱い?……いや、範囲を狭めて第一区を破砕する形で処理してる。力を抑えているのか……」


凄まじい光景を広げられてると言うのに、本気ではない。

そんなイプシロンの発言を聞いた吏史はつい、勝手に唇を動かし呟いた。

「なら、初めからディーケが来ていたら、全部終わっていたんじゃ、」

「……それはそうだろう。もっと言えば、俺たちが居ない方がいい。今のように時間を使わず一瞬で解決していた」

そうではないと擁護することも否定もせず、イプシロンは肯定を示す。


「そもそもの話、第一区の墜落を想定してなかった。この破壊任務についてディーケは過剰戦力と判断されていたところはある。他ならぬジルが受け入れ態勢だったのはあるからな。其処にブランカやローレオンが事態を複雑に、大袈裟に。発展させてややこしいものに捻じ曲げたんだよ」

「……捻じ曲げた……」


―――だけど、そのローレオンは、クオーレの件が無ければこのような暴走を選ばなかった。


ジルを吏史に殺させようとして、彼女を追い詰めたローレオンのことは許さない。一生かけても許容できない。

しかし、それでも、純然な疑問が浮上するのだ。

後悔してる様子だったハントといい、クオーレは『古烬』だったが好かれるものだったに違いない筈だろうから尚更、浮上する。


根本的な原因は?

始まりの過ちを生んだものは?

正しく回る歯車を狂わせたものは一体誰だ?


『リプラント』を作り上げた『古烬』か。

世の発展を謳い『リプラント』の機能を利用しようとジルを生まれ落としたエファム等か。

『古烬』が故に正義を掲げて子を孕ったクオーレの命を奪い裁かれなかった人々か。

それを奪われた痛みから誤った道を進み抜き複雑な事件に発展させたローレオンか。

乗っかって周囲を顧みずにローレオンが正義だと通そうとしたブランカか。


こんな一区を失う虚空を広げてしまう事態にまで、事を運ばせたのは、誰だ?


「……なあ。オルドは、この任務は、事件は……誰が、…誰のせいだと、思う?」

吏史は異色の目を大きく瞠り虚空を見上げたまま、オルドヌングに問いかける。


「命を奪った者だ」

煌めく翡翠瞳を横目に向けたオルドヌングは、吏史に迷う素振りもなく応えていた。


『変えるために、人々を魅せろ』

その返答はローレオンが吏史に突きつけた条件を思い出させるには十分なもので、自然と深い息を吐く。


「…もう、どこにも、ない…けどさ」

「うん」

「どこにもいない、何もない、んだけど。それでも…誓っても…許されるかな」

「星に願う祭事もある。別に気にせず、君の好きにしたらいい」

「…うん…そうする」

オルドヌングが否定しないならば、それでいい。俯いてしまいたくなる気持ちを堪えながら、彼女の象徴とも言えた白雷を飲む虚空を眺め、吏史は宣誓を心に決めていく。


「ジルも……きっとオレにそう言いたかったんだろうな。やっと、わかった。これまでオレに教えてくれた全部がそうだったんだ。自分の気持ちを嘘ついて殺さなくていい…そういうことなんだろ?」


イプシロンは不動の姿勢で沈黙する。但し、否定も示さなかった。

間陀邏を抱え込んで、吏史を横目に見据えるばかりだ。


「…なら、もうしない。だってオレが笑って誤魔化して偽り続けたところで、今の世界じゃ何の意味もなさないんじゃないか」

「……あの。吏史。これからは軸決めて生きますってことなら私的には別にそれでいいと思うけど……さっきから、何の話をしているの?」

目を丸くして混乱が生じてる朝海には、詳細説明は施されなかった。

その場にいる誰もが、彼女のために口開くことはない。

「吏史。何を、始めようとしてるの?」

冷汗を頬に伝わせて、戦々恐々とする彼女の心ごと遠くに置いてしまうように、吏史は瞳孔まで開き切った状態で紡ぐ。


「これからはオレが変えていく。正しく見れない奴らの認識を否定する。何もかも決めつけられて優しさばかりが当たり前に食い潰されるのが、平和な世界であってたまるかよ」


そうすることで、ジルの名誉も守っていくために。苛烈な怒りが秘められた決意が透羽吏史の中で定まり固まった。

――同時に第一区『暁』が完全に潰える。


視認したディーケが瞼を閉じていき、合わせて空に展開した黒の口も結ばれ始めていた。

生まれていた境目が編まれるように消え行くのに合わせ、今一度地面に渦巻き広がる『アポローン』を円を描くように振り回し、しならせて、伸びた鉄糸をしまい込むようにも槍の形に戻す。


最後に石突部分を大地に叩きつけてその場に響かせれば、空に浮かんでいた黒き天体の影形は消え失せていた。


次第に陽光も広がり、風の流れも自然に戻りゆく。

ディーケの金青色の髪を始めに、その場にいた者達全ての頬を撫でるようにも突風が通り抜けていき、青々とした緑は、サァと葉同士で擦れ合う音を奏でていた。

第一区『暁』墜落による破壊の脅威は去ったことを示す、長閑な空気に満ち始める。


ディーケは『アポローン』を片手したまま、静かに振り返った。

各々の想いを抱える一行に反し何の感慨もない淡々とした報告のみを送る。


「………第一区『暁』処理、完了した」


小鳥たちが木々から翼を広げ飛び去って、蝶がどこからともなく現れて羽ばたき舞う。

生きし生きるもの達は、雲も白雷もない澄み渡る蒼穹に向かい、前へ進むのだ。


その光景を見た吏史は、飲み下す形で腹に蓄積したものが溶け行く感覚を得ながら深い息を吐く。


目を閉じれば、瞼の裏にジルが居て。吏史や間陀邏とは反対岸に在るように遠く離れたところで佇んでいた。

屈託のない笑みを浮かべては軽く手を振って。


『元気でな』


背を向けて遠ざかり、決して届かぬ遠い場所となるだろう光溢れる先へと向かい、消えていく。


―――そんな、やけに明瞭な白昼夢を垣間見た気がした。



至532年

新生された『平定の狩者』たちにより、『リプラント』は無事、破壊は完遂された。

その途中浮遊装置を損失した影響で地上墜落した第一区『暁』は、四十六代目ディーケの異能で消失。

(『門』異常時でも駆け付けられた理由は、初代ハーヴァが継承の悪法を用いて強引に開いたのではないかと推測されている)

但し【暁煌】の第一区の区民約六百人は総じて保護されており、命に別状なし。


しかし完全なる被害0とは言い難く、初代ハーヴァの消失に加えて二十三代目間陀邏は消息不明。三十二代目ローレオンの隠居宣言など人々に不安を招くほどの管界変化が発生する。

(三十二代目ローレオンは『ゴエディア』の兵器に自らの意思で[核]を差し出したが、二代目イプシロンの異能処置により存命した。『噛み砕くことをせずそのまま飲むのは、消化に悪そうだ』と謎の語りを残している)


【ルド】【ジャバフォスタ】のアストリネを交えた緊急会議が連日行われたが、数度の会議を経て此度の事件貢献者であることから次なる代表管理者を二十三代目クモガタに認定した。

(五十代目カミュールの名も候補として上がったが、彼女は即座に拒否を申し出たらしい)


そして、ある程度の今後の運営方針が決まり、『リプラント』の事件が終息していくことになる。


――後日、四十代目グラフィスにより世界に生きる全区の人々に向けた放送演説が開かれた。


『この度の事件で人の犠牲はない。強き意思を持った者たちにより守られながら、解決されたことだ』

『そして世に残されていた兵器による脅威は去った』

『しかし、ゆめ忘れないでほしい。此度、最も貢献したのは『古烬』。兵器を以て世を乱す兵器を破壊した偉業を果たした少年だ』

『そう、人々よ。心は全てにある。そこに種族は関係ない』

『彼は『兵器』であるが平和を望んだ心ある勇敢なものだと讃えられるべきだ。……透羽吏史という『古烬』の名を覚えながら、改めて、己を見つめ直すように考えてほしい』


彼女は以下の通りに、強く訴えながら締め括ったという。


『平和を愛し謳う私たちの本当の敵は、何だ?もしそれが傷を遺す破壊であるならば、汝らは行ってないと胸を張れるのか』

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