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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
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成り損ないの末路


『人類なんて全てを救う価値なんてない。数はやたら多いのだから、手に届かぬのなら捨てておけばいい』


これは奮闘し続けるジルに対して、多くのアストリネ達がかけていた言葉だ。

その度にジルは首を傾げて思う。――決して数とかの問題ではないだろうにと。

ジルは人間のことをすごい種族だと思っている。

美味しいものや、楽しいものは勿論、魅了する芸術を形にして多くを編み出す。善悪の区別もつき、思考を続け、大切なものを想い守り、手を取り合って明日に進める生き物だ。

『そう。その道を選ぶんだね』

だから始祖の系譜にどう生きるか選べることになった際、彼等を守る側を迷わずとった。

己に力があることは自覚はあったから、この力で世界をより良い方向に変えようと思って。

人を救うことに決めた。己の行為には大きな意味があるだろう。多くの命を守れば、それだけ人が増える。人が増えれば物も増えて、当たり前に感じれる喜びが増えていく。

『どうして壊さずに救ってくれるのかって?…それはね』

この世界には無駄な命なんてない。行動というのは循環する。与えていけば自分にも返るものだ、想いはそのように巡り回るのだと、ジルに生を与えてくれた始祖の系譜に教えられたから。


『そうすることで自分の心も救ってるんだよ』

兵器として生まれたからこそ、ジルは励んだ。ある種の自己肯定で、己が救われたい本心もあったのかもしれない。


『ジルコン。ジーンって呼ぶ。おれの、一番好きな鉱石だから』

一番を与えてくれた彼女のためにも、正しく生きた意味を残したいのだ。


だから己の後継人となる弟子を欲した。生きていたという証明となる存在が。

そうなればきっと一番をくれた煌瞑の傷が深くならないと信じてる、弟子が新たな友にもなってくれるはずだ。


だけど、中々そう簡単に弟子候補は見つからなかった。

時間ばかりが刻々と過ぎていき、残り五年まで差し迫ることになる。


少し焦りを覚え始めた頃に、親友に声をかけられた。

『良ければ君も師になってくれないだろうか』

三名共同式である子供を育てるという。相当、だいぶ、珍しい申し出だ。

そうは思いながらも普段から世話になってる親友への日々の礼と期待を込めて、ジルは師の話を受け持つことになる。


『君が先に助けた子供なんだが……改めて挨拶を。彼が、弟子となる予定の子供。吏史だよ』

そうして、澄み渡る夏空を想起させる異色の瞳を持ちながら絶望を彷彿させる虚を滲ませる瞳を持つ子と鉢合わせた。

目が合った途端、肌が粟立ち震えてしまう。


――なんて、悲しくて痛ましい目をしてるのだろう。


同時に胸が強く締め付けられて苦しさを帯びる。

何せ、これは、かつて出会った頃の煌瞑同様だ。心が憎悪で染まり、全ての拒絶に進み自棄に荒切っている。

目を合わせるだけで己が受けた苦痛を相手に共鳴させてくるほどまでに。

『…『古烬』の兵器『ゴエディア』を持つ子供だ』

更なる衝撃的な発言を受けてしまい、真紅の隻眼は開く。

どう見たって子供だ。今後も守られるべき対象だろうに『古烬』の兵器だったということ、そしてそれを手ずから育て上げる発言の真意に気付いてしまい、ジルは戦慄いた。

『この子供を育てる。強く、『古烬』を兵器を壊せるくらいに。……かつての『平定の狩者』までにな』

それはまだ更なる傷を負わせるという宣告ではないか。こんな子供なのに、人なのに何の謂れもない贖罪を求められるというのか。

消耗しろと?今後の人生は多くに『古烬』だと蔑まれながら、鉄頭徹尾世界と人のために命を使えというのか?

文句や弱音を吐くことを許されず、戦わせる。本当に兵器として扱い、人として当たり前の幸せを奪うというのか!


『ジル。俺に憤慨しても何も意味がないよ。俺()()には運良く選択肢があったけど、彼にはない』

ジルの激情は無駄だ。庇おうとしようがただの同情か偽善、無意味かつ救いも逃げ道もない。そのように冷徹な視線を向ける親友に諭された。


『それに、これは吏史が思うままに生きる為でもあるが、ある程度の赦しを得るためでもある。……兵器扱いを受け入れるしかないんだ』

あまりにも酷い扱いだと俯き、怒りと嘆きが混ざり合った吐気を催しかける。


『今の世で『古烬』はまともに生きられない』

そう、思い知って、ジルはようやく遅い気づきを得た。


全て幸せにして世界を満たすなんて、無理だ。途方もない。とても幼稚で、傲慢な願い。

叶えられるわけもない、空回って当然の難しい夢。エファムの系譜ですら全ての救済は無理だった。手の届く範囲でしか叶えられなかったではないか。

だから、どれだけジルが献身的に進み励もうと意味がない。

『いえ、いいです。畏れ多い、ですか。ハーヴァ様でいいです……周囲からの扱いとかも全然、ハーヴァ様が気にしなくていい話で。どれだけ傷つけられても別に……』

煌瞑や吏史みたいに世の道理で不幸に陥れられる子供が、ジルの知らない所で生まれ続けていくのだろう。


『だってオレが『古烬』だから』

全く、馬鹿らしい。世界を壊すための兵器から生まれたもののくせに、自分なら幸福に溢れた理想の世界を創れると信じ切った。なんて愚かしい話か。


『ジーン以外はいらないんだ。お願いだから初めから諦めて、死のうとしないでくれよ』


一番身近にいる大事な存在すら泣かせて、苦悩させるくせに。

『生きてくれよ』

――だけど、分かりきってしまっても、如何してもと、ジルは願い思う。


『ごめんね。ジル、君の終わりは今の私では変えられない』

エファムでも奇跡は叶えられないのだから、これまでが広い海に種を蒔くも同然、無駄な献身で努力だったかもしれなくても。

ジルコン=ハーヴァとして生きた意味を、誰かの救いになる形で残したい。それがかつて生まれ落ちた際に約束した通り、後悔しない唯一の道だろう、だから。


「――――ぁ゛…ッ!」

ドクン、と心臓が強く脈拍を打つ。それは深く沈む意識を覚醒させる衝撃となった。

体全体に重く響く脈動を得たジルは、目を瞠りながら痛む心臓を掻きむしる。

横になっていた体を胎児のように丸めながら、鼓動と共に高まる体温と吐き気に堪えていた。

「ぐ、ぅう゛……ぁ゛……ッ…ッ……!」

だが、無理だ。ジルはそれに耐えきれない。どうやら熱の原因は内部から生まれてるらしく、胃の奥から込み上げたものを吐き出してしまう。


「ぉ、え……げ、ぇ…ッ…」

大量の吐瀉物が口から溢れた。嗚咽を漏らしながら何度も吐いて、全て掌で受けたが髪の一部を、地面をも汚してしまう。

数分吐き続けることで少し、波が落ち着きはした。浅い呼吸を繰り返し嘔吐感を宥めて、口元を抑えていた己の掌を恐る恐ると見やる。

「………ゲホッ………」

そこにあるのは鉄の匂いを立たせる真紅の体液だ。所々が深緑の溶液が混じる掌は、血に染まり切っていた。


「再生力は元々落ち込んでた。限界の示しとして臓器の融解から起きているんじゃないかなぁ。異能を使わない方が懸命かもよ?」


不意に少女の声が鼓膜を揺らす。反射的に、ジルは体を無理矢理に起こして反応した。

「…っ、」

そうして赤眼には凄惨な光景を映るのだ。

辺りそこら中、めちゃくちゃだ。まるで竜巻が通過したような天災が起きた後のように荒れている。

天井も床も巨大な蛇によって破壊し尽くされたが、建物の被害だけでない。

二頭の蛇が間陀邏に噛みつく形で捕らえたままで、蛇の胴体に押さえつけられたクモガタは地に伏せており、横たわる吏史は背中を少女に踏みつけられて足蹴にされている。

「それでもまだ形を保ててるのは流石だねぇ。…出来合いじゃない『リプラント』の主核なだけはある」

ジルに声を掛けたであろう栗色の髪をたなびかせる翠石瞳の少女は、微笑みを浮かべていた。

「月、鹿……」

名を呼んだ後、月鹿を他所に肩で息をしながら三名の容体に視線を送る。

総じて失神してるのだろうか。

間陀邏とクモガタは直ぐに再生できないほど弱ってる可能性も高いように伺える。起きる気配はない。

念の為、雷を操り間陀邏を抑える蛇に飛ばす。しかし、電撃を受けた箇所は蛇鱗ごと衝撃の波紋を生み出し飲んだ様子を見せるだけだ。

「無駄だよー、だって普通に『リプラント』の一部だし電気吸収するからさ。助けられないって」

呆れた調子で肩をすくませて、説明を施しながら小馬鹿にする月鹿に対し、隻眼を眇めて睨みつけた。

「……脱走、したのか……吏史をまた傷つけるためか?」

「そうですーって答えたら、何か出来る?」

出来るわけがないという確信があるような笑みだ。初めから勝ちを確信した上で、月鹿は笑っているから、隻眼は平らに据えていく。

「すぐにその汚い足を退けろ。吏史を踏みつけるな。彼はアンタの玩具じゃない」

「ふーん。随分と入れ込んでる感じなんだ。……そんなに吏史が大事かな?」

「……ああ、そうだ。吏史のことが大事だよ」

そう、認めながら深呼吸して立ち上がる。

一歩前進するごとに体の全身が痛むが、お構いなしに動くことで血反吐で床を汚しながらも月鹿の正面で佇んだ。


「虐げられていい存在なんて何処にもいないからな。彼は一人の、尊重されるべき人間だ」

「……『ゴエディア』の兵器。世間的な評価としては、そうだけど?」

「いいやその認識はいつか絶対に変わる。人は思考して判断できる生き物だし、吏史も、少しだけ、変わってくれたから」


そう。きっといつか必ず受け入れられるだろう。

第十区の住民が認めたかつてのクオーレのように。クオーレの悲劇を知る者ならば学びを得てるから、吏史に対しても『古烬』への認識を撤廃し寄り添ってくれる筈だ。

彼等だけじゃない、この世には『古烬』の全てが悪だと思わない人が多く居るに違いない。

人々が本質を見ようとする力もあると、ジルは信じてる。優しい心は『古烬』にもあると気づいてるだろう。

『ジルって呼びたい。呼んでもいいか?』

そう、人は必ず変われるのだ。どれだけ心を傷ついても素直さは損なわない、考えを改めて懸命に前に進める不屈がある。

初めに抱いた印象と変わらない、人間は素晴らしい種族だ。


『オレ、これからはジルたちを守れるように頑張りたいんだ』

これも嬉しさを滲ませたぎこちない笑顔を浮かべた吏史のお蔭で知れたこと。


だからジルは思った。己の夢、世界を変えて幸せに満たすのはジルコン=ハーヴァじゃなくてもいい。

何せこの世界はひとりのものではない。

これまでジルは信じて救い続けた人たちの、心が、意思が。きっと世界をより正しい形に変えれると信じるべきだろう。

誰も、寂しさと悲しさを抱えない夢物語と気づいた理想が叶う筈だと。


「足を退けろ」

だから、血反吐ごと強い言葉を吐く。立ってるのがやっとであろうとも月鹿を威圧する。


「すぐに退けろ。侮辱するな、懸命に生きてるものの尊厳を踏み躙るな」


吏史は決して足蹴にされていい者ではない。尊敬に値する今を生きる人だ。

「吏史から奪っていいものはどこにもない」

怒りの焔を隠すことなく月鹿と対峙して、即座に身構えていく。

一動作で臓器の融解が加速し悶絶する苦痛を走らせても尚、ジルは真紅の隻眼を煌めかせて異能を発揮する。

己の残された発電器官から白雷を束ねて槍と編み出し、力強く掴み取った。


「それでも傷付けるつもりなら……私が処する」

目の前の月鹿だけは認めない。肌が粟立つような得体の知れなさもが、そのように感じている。

本能が頻りに警鐘をけたたましく鳴らすのだ。彼女は異様だと。

――ならばこそ此処で、仕留めなければなるまい。


隻眼を平らに据えて月鹿を虹彩に映し捕らえながら思うことで、全身の力が籠るのだ。


「…へー、この世界は善が溢れてるから皆幸せにするしできるっていう幼稚な妄想は捨てたのかなぁ、要らないものなんてないとか甘いことも宣うくせに、救わないんだ。月鹿は」

「…世の中には救えないものもあるからな。……それと、単純に不快なんだよ」

「ッアハハ!それもそうだねぇ!」


発言を受けた後、月鹿は花が綻ぶように満面の笑みを浮かべる。

しかし細められた目は嗜虐的な色を含んでいた。


「……同じ気持ちだよ」


互いへの嫌悪が示されて、先に動いたのはジルからだ。

雷光を纏いながらジルが披露した初撃は、瞬きの合間に繰り出される。生半可な動体視力では到底追いつかないであろう速度による槍の牙突は月鹿の頭部を的確に狙うが、月鹿は首を傾ける形で避けた。

「ほぼ死に体の血袋の癖に……この速度かぁ……でも」

但し、完全には避けきれず、頬を掠めて横一線に赤筋が生まれて血が流れてしまうが、月鹿の笑みは歪まない。

「殺気って、やっぱりどうもわかりやすいんだよねぇ。……どうせだったら、こうやって、」

月鹿は冷徹に反撃を実行していく。

華奢な身を屈める。両腕を交差するように下げて、時計の長針を彷彿させる金色の剣を取り出す。

地面を踏み締めて、全身の力を込めた。

両腕には白骨を連想させる装甲を纏わせながら、居合抜刀の構えを取る。

「…分散させないと!」

描くは刹那の内に六撃。首から心臓下腹部にかけてそれぞれ急所を的確に狙う花咲くような殺意の軌道が走った。

「……っ!」

軌道の隙間に掻い潜る形で避け切るものの、ジルの白絹髪の一部は斬られて地面に落ちる。

それだけでは止まらない。月鹿はすぐに持ち手を変えて切り返す。ジルの真下から顎に目掛けて、刃を振り上げられた。

後方に跳び距離を取ることで直撃から逃れながら、槍を回しつつジルは反撃体勢を整え直す。その隙を逃すまいと躍り出られて更なる連撃が飛ぶ。

「(…なんで…)」

血生臭い呼吸を浅く繰り返しながら剣を避け続けるジルの内心は、蛇を彷彿とさせる細い瞳孔ごと揺れる困惑に満ちていた。

「(なんで、ここまで戦えるんだよ、こいつ…!どこで覚えたんだ!)」

月鹿は鎌夜同様だ。五年間の投獄生活を強いられている。

擁護派のローレオンの計らいにより、拷問等に晒されずに済んでいたのだ。

彼女たちに強要される内容は世の善を説く宗教聖書の読み上げと教会での祈りのみ。二、三時間程度で終わるものだ。運動とは関係ない行為だろう。

腕力自体は『ゴエディア』が成させていると想定できるが、練り上げられた流麗な剣技自体は説明がつかない。何故、彼女が此処まで、場数を積んだ剣士のような動きが披露できる?


「ほらほら!どうしたんだい!?受けて流すだけじゃあ、月鹿は仕留められないよ!」

しかし月鹿はジルに思考没頭させはしない。脅威の剣技を連発し、その余裕を奪っていく。

「お得意の速度と槍で、反撃してみなよ!」

常人では行きつかないであろう速度、上背もないから無いはずの膂力もが乗っている威力の居合。説明がつきそうにない数々の技を繰り出して、ジルを追い詰めた。

幸い、ジルは軌道が見えている。天地左右に迫る白刃を弾き、白雷の火花を散らして応えていた。

――だが、反撃まで転じれない。月鹿に押され続けてしまう。


「(くっそ!避けて合間に打ち返して凌ぐのが、やっとだ!反撃…できるほどの余力が…!)」

何せ下腹部の内臓はもうない。先に溶け切ったものを吐き出してしまった。

残るは筋肉と骨と胃と肺に心臓。体を動かすに至って必要な器官と部位は残されている。だが、それも融解し始めている。そんな状態の体だ、今のジルでは六主に届くと評価された全盛期とは程遠い。

「(まず、い。息も直ぐに上がって、意識まで………っ!)」

遠のき始めている。少し、一歩動くだけでも融解が加速するのだろうか、足の骨が溶けて足元が覚束なくなり、循環が滞り目眩が生じて、視野の狭窄も始まってた。

「………っ!」

だが、ジルはしがみつくよう奥歯を噛み締める。

ダン!とその場を強く踏み締めて地面を割り上げながら、踵を減り込ませた。

「(…言い訳を、するな!今できるやれることを、全力でやれ!ジルコン=ハーヴァ!)」

そうして、根性で、途切れそうな意識の糸に縋りつき激しい電流を起こして己の壊れかけの全身に巡るよう走らせていく。

「(終わるなら、せめて繋げろ!未来の為に使い切れ!)」

溶けかけた骨は具現化を可能とする特殊な雷で象り補強する。その反動で口端から血と共に白雷が漏れ出させながら、恐らく最後となるであろう深呼吸をする。

酸素を溶けかけの肺胞に限界まで溜め込んで、更にその上で皮膚が稲妻形に裂けるの構わず己に強烈な雷を浴びせるように、過剰になれど構わず流し込む。


この雷は、己の筋力を活性化させるためのものだ。

出せる限界まで起こすため、箍が外れた身体能力を、手にするために。

狩り取る獲物を映す赤眼は鋭く据えていた。


「おっとぉ?何か来るのかな、――」

地面を蹴り上げた拍子で砂塵が舞い上がる。

心音だけがやたら明瞭に感じられる中で、駆け出していけばその度に白の閃光が、激しく瞬くのだ。

「っと!!」

同時に、白い火花が散る。眉間を的確に狙った雷槍の突きが飛んでいたが、それは月鹿の剣によって防がれていた。

橄欖石の瞳は僅かに開き、煌めく。両者譲らぬ鍔迫り合いの中で、頻りに瞬いた。今のは、まるで転移したかのような速度だ。

瞬時にジルと月鹿との距離をゼロにされた、予め予測出来なければ月鹿の頭部は破壊されていたことだろう…。

「ヘェ〜そう、そうかい。今のは血迷った行動じゃなくて特異の利用か。雷で色々補填したり活性化させたりして強引に全盛期に近い形で体を動かせられるんだねぇ。……面白い」

関心を持った様子で、月鹿は再び剣技を披露する。

しかし今度はジルの反応が異なった。

攻撃を繰り出す月鹿より上回った速度でジルは五連、七連の連撃を打ち返す。

全て弾いた後には必ず、天地を割く白雷が如くの神速の一撃を繰り出した。

「…ッ゛…あはは!」

それは月鹿の動体視力では捉えきれない。肩の一部の肉が抉られて数ミリ程の傷を受ける。

「速い速い!今だともしかして全盛期よりも、速いんじゃないのかな!?」

それでも怯むことなく、月鹿は大口を開けて笑ってジルに応戦した。

月鹿の剣技に適応しつつあるのだろう。瞬発力だけでなく速度が格段に上がったジルの動作は無駄が削がれている。

一撃の反撃には留まらず、二撃と手数が増えていく。場は白雷で満ちていくのだ。


それだけではなく、月鹿はジル自身からから迸る広がる電流を受けてしまう為、手の痺れをも得る。これではまともに受け続けるのは厳しい。

そう判断して月鹿は、一先ず距離を置こうと判断して跳び退く。


今度は、ジルが後を追う。

横壁に走られようが構わない。壊れた壁や瓦礫、伸びる蛇の胴体ごと割るほどの力を込めた踏み込みを行い、槍で穿ち割り続ける勢いでジルは雷槍を走らせていく。

「(速い!どれだけ駆けても瞬きの内に追いつかれる!まさに豪雷。四方八方縦横無尽に巡る雷、天災と言っても過言ではない……!)」

そんな感想を抱きながら月鹿は、その速さと剛力に翻弄された。

彼女は目で見切れても、身体能力がついてこない。適応は不可。完全には避けきれず、頬や肩を抉られ、脇腹を数センチほど掠められて穴が開く。

体中に生傷ができてしまい、少なくない量の血が落ちて床を汚していく――が。

未だ致命傷を受けてないが故に、それでも月鹿は笑みを崩さない。

「…無茶苦茶だ!死にかけの獣なら普通はこんな動きはしないよ!まあ、(本能)に執着してる畜生だと無謀には踊り出れないから、ねぇ!」

好奇心に満ちた橄欖石の双眸が煌めいている。

それを視認して違和感を抱いたジルは、赤眼を据えた。不意に横髪を後ろに流す仕草と同時に、分散した雷の短剣を編み出しては月鹿に向けて投げつける。

だが、それは直ぐに弾かれた。視覚から側頭部を狙ったのにかからず、初めからそうすることを見え透いていたように月鹿は剣で弾く。

乱れる栗色の髪から覗く橄欖石の瞳を、煌めかせながら。

まるで『分析』しきって動作予測を見極めてるかのように、ジルを映し見ていた。

「(……こいつ!そういうことか!……『観測』の異能を使えている!)」

この『未来視』めいた反応でジルは気づく。何の教えもない筈のここまで月鹿が応戦できるのも、ヴァイスハイトの異能を使えている故だろう。

……情報の先入観があって油断していた。

同じ『ゴエディア』を所有する吏史の場合、物を食べて消化してしまうと同様なのか、永続的に異能は持てれない。

だから月鹿の『ゴエディア』も同様と考えていたのだが、それは浅はかな判断だった。

同じ姓だとしても性格や個性が異なるのだから、特性が違うと考えるのが妥当だろう。


「……おやおや?その目。気づいちゃったかぁ。そうそう。月鹿は特別だから『観測』を使えちゃうの、だっ」

即座に目を潰しに掛かる蹴りをジルに起こされ、辛うじて避けれたとはいえ鼻を掠めたのだろう。一筋の冷たい汗に加えて、鼻血が流れていた。


「っとと、…あっぶな、これは流石に驚いたかな。要が視覚だからって秒で潰そうとするなんてさぁ」

「チッ!」

回避をされたことに鋭い舌打ちを漏らし、蹴りを繰り出した勢いを流すように体を回す。

今度は槍を交えて狙いを目に定めた上で、集中的に連撃を繰り出した。

だが、風を切る俊速の体術も雷を放つ神速の槍術も、紙一重で躱されてしまう。

「狙いが分かってたら避けやすいよぉ〜?」

どれもが見切りやすい当たらない攻撃だと、挑発的に舌を出されて小馬鹿にしてきた。

何もかもが小賢しくて癪に触る女だと、ジルの頬には青筋が浮かぶ。

「(こんな奴が『観測』の異能を使うなんて……まだ尚、ヴァイスハイトの誇りを食い潰すつもりか…!)」

既に数メートル離れてしまった吏史が起きる前に、月鹿を仕留めなければならない。ジルは執念を燃やす。

やがて、踵を踏みつけ、仕掛けに合図を送る。

先に足先だけ接触した際、月鹿に与えたものを――起爆した。

「…ッぁぐ!?」

それは遅れて走る電流の暴発。

神経を焼く伝導衝撃だ。鼻から、裂かれる痛みが生じてしまい耐えかねた月鹿は片手で鼻血ごと押さえながら仰反る姿勢を堪えつつ、追撃を起こすジルの攻撃の回避に徹した。

しかし、月鹿の動きが鈍い。それはようやく見せた隙だ、ジルは見逃さない。

「(ここだ!此処で決める!)」

渾身の力を込めて大振りの動作を遠心力も乗せた一撃で月鹿の腹部を殴りつける。

重心を崩させ、容赦なく壁に飛ばし床に転がした。

しかし此処は詰め寄らない距離を保つ。その場に足をめり込ませるが如く強く踏み締めて、腕を大きく引く。


【飛雷万象】

一撃必殺の威力を乗せた雷を投擲し、着弾点を破壊をし尽くす爆雷を拡げる。ジルの異能の境地にして強力な手段。

その為には己の発電器官だけでなく、辺りの電力全てを異能で集約させる必要がある。

あればあるほど威力が上がるものだ、『リプラント』の巣になってる場所である以上、無限の電力があるも当然。威力は無限に増幅していく。

ジルの持つ雷槍には数多の電流が走り、集う。八首の蛇のようにうねる電気に溢れかえっていた。


「(遺せば、何を起こすか、わからない!こいつは此処で私が持っていく!)」

確実に仕留めんと頭部に狙いを据えて、放つために踵を踏み締める拍子で地面はひび割れる。


その一撃必殺が決まる寸前にて、月鹿は鼻血を手の甲で拭い取りながら、片手でまずは上半身だけ起こしていた。


「――やっぱ、さぁ、強いね。危機的状況下でも適応力が半端じゃない、やたらあのローレオンと比較対象になるだけはある。……でも、肉体の限界はどうにもならない」

ジルの力量を認めながらもどこかしら否定を含んだ発言を行い、その白雷を束ねる雷神が如く姿を両手の指で長方形の枠を作って、収める。

まるで撮影か、記憶するように。月鹿は間際でも橄欖石の瞳の双眸に映していた。

「残念だけど、ちょっと馴染みも兼ねて遊んでみただけなんだよね。ちゃんと上手く使えるか試したかったんだ」

悠長なことだ。ジルは怪訝そうに表情を歪めてにらむ。逃げもしないで良くも宣える。もうジルの槍は月鹿を捕捉した、飛雷に飲まれゆくだけだ。


「百パーセント、だよ」

そう、月鹿が呟いて、盤面を変えるかのように両指のフレームを回す。

途端。不意に、唐突に。

ジルの身に影が過ぎる。何かと理解する前に――崩れた瓦礫が雪崩のように襲いかかっていた。

体勢を崩せない中での死角による落石事故も同然だ。ジルは背中を殴打されながら問答無用に地面に叩き潰される。


「――――ッ゛……!」

悲鳴は、声にならない。

代わりに掴んだ雷槍は手から零れ落ちていく。操作主から離れてしまえば束ねた雷は形は保てない。

まるで、花火が散るように。白い静電気が放散していた。


「無理やり動いてこちらを狩りにかかるのも折り込み済。この展開になるよう『観測』して着地位置の誘導、倒壊まで時間調整。それらを同時にこなして逃げ動いてた。自らの力で破壊された瓦礫に潰されてしまうように。……まあ、無理に動いた反動で加速する己の時間切れに焦っていたのもあるだろうけど、月鹿は異能が使えると気づいた時点で逃げなかったのが……主な敗因かな」


そう『分析』しきっていたことだと呟く月鹿は立ち上がる。

瓦礫に潰されて完全に伏せた姿勢から動けない、ジルに近づいた。

最早、指先一つすら、動かせない。咳という呼吸動作すら起こせていなかった。元より限界を突破してたのだ。

今では、肺も融解しきっている。

ジルの開いた口からは赤黒い血液が流れるばかりだ。


「(嘘。だろ。もう少し、あと一撃だけだった、のに…!投げるまでが、間に合わなかった…っ。『分析』されていたことは、分かってたけど、――)」


――サージュが得意としていた『分析』は、本来文明発展を加速させる異能の応用術。決して戦闘向けではない。


彼自身の類稀なセンスと修羅、場を掻い潜り培った経験があって、戦闘面でも発揮されていただけだ。

だから月鹿が扱う異能なぞ、高が知れている。計算されていたとしてもジルの飛雷が速く彼女の心臓を貫いた筈だ。

そう判断はしていたが、間に合わなかった。『分析』の計算は狂いないと示されるように。


「(サージュさんと同レベルで『観測』を使いこなしてたというのか……!?)」


ある意味でジルは侮ってしまったのだろう。

思えば初めから感じていた警鐘に従い、月鹿の言う通り様子見も兼ねて撤退するのが正解だったのやもしれない。

失敗したことに瞠目し、瞳を揺らすジルに対しら一歩ずつ悠々と月鹿が歩み寄っていく。

「逃走は別に厚顔無恥じゃないよ。生きれば官軍というしねぇ。寧ろ、考えなしの勇猛はただの愚直さ…っ、アハハ」

噴出した笑い声を上げながら、月鹿はジルを蔑んだ。

「あーあ、馬鹿みたい。愚かしいなぁ。自分の欲を優先した結果、ここで消える。主核権を鎌夜に譲るから既に飲まれた六百人の区民は犠牲になるし、大好きな間陀邏も助けられない。尻拭いにローレオンやイプシロンに迷惑をかけて大事にしていた吏史も巻き込んで、危機を晒すんだ」

返事は、できない。ジルの顔色は青を通り越して白色だ。弱りきって虫の息すらない今間際の蛇に、月鹿は徹底して踏みつけるように言い放つ。


「結局、誰も幸せにできずに不幸を振り撒いたわけだ。……何のためにアストリネになったの?命に意味があったのかな?」


赤眼を大きく瞠らせて戦慄くジルの反応に、月鹿の瞳は満足げに細まっていた。

「さて。……そろそろ終わりにしよう」

そうして抵抗する気力も最早絞り出せないジルに対し、月鹿は緩やかな動作で剣を構える。

「始まりは兵器だとしても、アストリネだから[核]をちゃんと処理しないとだからねぇ」

とどめを、刺すつもりだ。

処刑執行する処刑人のように、ジルの生に幕を下ろすのだろう。

「(……なんで……ここまで……?)」

目を眇めながら、ジルはまだ動く思考回路で意図を考えた。

最早勝負はついている。肉体は限界だ、維持も困難で再生はできない。[核]の再生力は個々の差があるもので、ジルは非常に恵まれていたが、その恩恵も余力も、今はない。今の状態で放置しても肉体が融解し[核]は晒されて花を咲かせながら自然と朽ちゆくだろう。

理解、できなかった。

今の交戦を経たことで月鹿からは五年前の報復という激情は感じられなかったからだ。むしろ、月鹿は実験的だった。発言通り、ジルを相手にして異能をどこまで使えるか試していたのだろう。

それが成された今、何故、月鹿は直接下そうとしている?その行動理由に意味があるのだろうか?

「(――あ、)」

だけど。月鹿のこれまでの言動を加味すれば、自然と答えに行き着いた。

隻眼を瞠り揺らして、ジルから離れた距離にある存在を感じる。

吏史や間陀邏、彼等は未だ目覚めない。

だが、ずっと失神するほど柔ではないだろう。覚醒までそう長くもないはずだ。

「(…………もし此処で、目を覚まそうものなら、――)」

目覚めたふたりに対して、最悪の見せしめにはなるだろう。

そう悟ったジルは瞬時に顔を上げ月鹿を見上げる。予兆、あるいは胎動のように静電気が何度もバチバチと音を立てて弾けていた。

「ん…!?」

赤眼が煌めく。意志途絶えぬ主に応じるよう白雷が奮起する。

「!痛っ、…なん、何……!?」

剣を振り下ろす寸前だった月鹿は、『観測』してこの異常事態を看破した。


ジルは此処で人間化を解き、顕現を図っているのか。

まさかと困惑した。この状態で決起することは予想外すぎて、月鹿の微笑みが解けてしまう。

何せ動けること自体が奇跡。『分析』も驚愕する光景である。今のジルは肺も心臓も溶けて[核]しかない同然の状態だから、異能どころか意識も落ちたと踏んでいたのだ。


凄まじい執念。敗北しながらも未だ心折らず、目の前の敵に立ち向かい、首だけになれど食らいつかんとする気概を激しく溢れる雷が表している。


「でもさぁ、」

――橄欖石の瞳は平らに据えた。


「もう遅いよ」


ジルの強みであった速さは損なわれていると指摘を交えた宣告を下し、最後の抵抗は許すことをせず下弦の月を描きながら、金色の剣を振り下ろす。


白骨の『ゴエディア』の力も乗った一撃は的確に、雷ごとジルの喉元を深く、頸骨まで切り裂いた。


血が、扇状に広がり四散する。

その中からは真珠を彷彿とさせる[核]が真っ二つに裂かれた状態で零れれば、ジルは糸が切れたように倒れ伏せた。

しかし、今度は二度と上がらないであろう。

証拠に、頭は傾き首が歪な方向に曲がっているのもあるが、熱が引いていく骸は少しずつ、白の砂塵と還るよう身が、輪郭が、解けるように消え始めている。

死を残せないアストリネ特有の現象、明確な終わりの兆しが起きて始めていた。


「………さて、」

視認した月鹿は彼女の本体であった[核]、半分の[核]を剣先に突き刺して、天に掲げる。

酸素に触れることで反応し剣弁咲きの桃色の花を咲かせる変化を、目を眇めて見届けた。


「…ふーん。ピンクのカーネーションか。割りと似合いの花なのかもねぇ」

花咲かせる[核]を開けた口に近づける。そのまま食らい、噛み砕くために。


「……っ、ぅ……」

同時に――吏史は、重い瞼を震わせながらゆっくりと開く。


己がどこまで気絶していたのか、頭と背中に痛みを感じながら、未だぼんやりとした意識を覚醒させる為に頭を横に振る。

「一体、何が………」

謎に焼き焦げた匂いが立ちこむ周囲を、薄目で確認した。

そうすれば、吏史は自然と、嫌でも映り込むたなびく栗色の髪を視認してしまい息を呑むことになる。


見覚えあるその姿にも瞠って注視してしまうが、問題はそいつの足元だ。

うつ伏せたまま、動かぬ者が居た。壊れた建物の土埃や塵を被り、自ら流す溜まり血に浸かる形で赤黒く汚れてしまう白絹髪の者が。


「――――――ジル?」

無機質な調子で、その者の名を呼ぶ。

当然、返事は返らない。代わりに見えていた彼女の指が形を無くして砂塵に還りゆく瞬間を、見た。

死を残せないアストリネ特有の終わり方、その一部始終を。


「…ところでさぁ、五年間しっかり鍛えて力をつけても、肝心な時に発揮できないと意味ないと思わない?『ゴエディア』をまともに使いこなせないから、仕方ないかもしれないけどさ」

花咲く[核]を口に含む寸前、月鹿は話を投げていく。

刺すような視線を向ける相手に対し、和やかな声をかけて笑いかける調子で告げた。


「無能で可哀想で可愛い……りっくん?半分は、遺しててあげる」

憐憫を込めた嘲笑を向けた月鹿は半分の[核]を喰み、奥歯で噛み潰す。

ガリっと咀嚼音を立てて何度も噛み砕き、花弁ごと形を無くすようぐちゃぐちゃにすり潰し、やがて、喉を上下させて嚥下し飲み込んだ。


「……ごちそうさま〜、ま、そんな美味しいものじゃないけどねぇ。味的には甘かったかな?」


吏史の額から頬にかけて、ビキリと血管が浮き立っていく。

煮え滾る激情の波が迫り上がるのを、破裂しそうなほど早まる鼓動と共に感じながらも、脳裏では、記憶が流れた。


紅葉が舞い散る景色の中で太陽のように眩い笑顔を浮かべるジルの姿が。


『そんなこと思ったら駄目だ』


そう告げて、自らを顧みず無茶をする吏史に優しく触れてはこの世界に繋ぎ止めようと手を差し出して掴んでくる。


『自分から傷つこうとしなくていい。もっと、自分を大事にしよう』


どうしてこんな、父を、ヴァイスハイトを世界から奪った『古烬』である自分なんかにそう言えるのだろうかと今でも思う。

吏史はいつか死ぬべき『古烬』の兵器。明日必ず生きてるなんて保証がなくて当然の存在。都合よく使い倒されて壊されるべきだ、大事にされなくたっていい。

そう、世が定めた正論で彼女の優しさを突っぱねようとしたけれど。ジルは少し困ったように笑って手を繋いだまま、吏史を離さない。


吏史の、アストリネを壊すための『ゴエディア』の兵器の手を忌々しいと振り払うことなく、慈しみを込めて掴んでくれているのだ。


本当にどうしてだろう。酷く戸惑いを覚えて俯いたのはよく覚えてる。

妙に身が震えるほど緊張したのも鮮明だ。

だってあり得ない。こんな争いを産む兵器。拒絶され否定されて、当然なのに。

なのにジルは決して吏史を大事な宝物を手放さないように離そうとはしない。

『吏史、覚えていてくれ』

やがて緩やかに片手だけが離れて、直ぐに頬に触れられて額を合わせられていく。

目と鼻の先の距離で、真紅の隻眼に見つめられながら諭すように優しく声をかけられたものだから。心臓が跳ね上がって強く脈動した。


『この世にいらないものなんて何処にないんだよ』


柘榴石より透き通る透明感が極まった虹彩に見つめられて、明けの太陽のようにとても綺麗な方だと。審美眼が未熟な幼心なりに思ったものだ。


――だから、きっと。

思うことができた。この世界に必要なのはジルのような存在だろう。

吏史なんかでも、一人として認めてくれて、誰しもが笑顔で幸せに生きれるように試行錯誤しながら大切に想い愛そうとできるのだから。


だけど、吏史は知っている。

そうして他者に誠実に向き合い想い施せるものは稀少で、優しいものほど早く居なくなってしまう。

……かつての父やダインラスのように。

だから、決めた。ジルの名を呼ぶと同時に、誓った。

吏史はどうしようもない滅びるべき兵器だけれども。奪われた苦痛を和らいでくれたこの優しくて綺麗な存在を守るために使おう。

正しい理想を抱いてるものの未来のために命を賭せるのならば、悔いはない。

彼女を始めに自分を個と見てくれる者達が進めるように、全てを使おうと。本気で思って。

尊いもの達を守ることを行動の主軸に改めることで、どうしようもない己が、生まれた意味を見出せたというのに。


視界には壊れて物言わぬジルがいる。


なんて、体たらくだろう。奪われない為に強く鍛えてもらいながら一つの誓いですら果たせないのか。

全く無価値で役立たずな兵器。無能なこと、この上無い。


「(――ごめん。ジル、ごめん)」


吏史は深く、頭を垂れて詫びるよう謝罪する。

心内の、紅葉の驟雨で朗らかに笑う記憶のジルに向けて。

死を残せないが故に砂塵に還り行く冷たい骸のジルに対して。


「どうしたの?ほら、起きれるんならチャチャっと動きなよ。まだ半分ちゃんと残してるんだから」


何せこれから吏史は優しい彼女の主張を否定する、その謝罪も兼ねていた。


「(ジル。この世には不要なものがあるんだ)」


吏史の世界には、幸せを奪う悪魔がいる。

そいつは本当に厄介なもので、不幸にすることを糧にして愉悦を貪る存在だ。

破壊することで喜悦に浸る嗜虐の体現と言える。


だけどそれが見えなくなったからとて、放置したりして許してはならなかったのだ。先んじて真っ先に消すべきだった。

何せ、奴は強奪することで幸せそうに笑う。


「あれー?食べないなら……勿体無いし、残り半分も食べちゃおうかなぁ」

大切にしていた、綺麗なものを壊して、哀しみや苦痛を振り撒いておきながら。


「折角、りっくんのために用意してあげたのになぁ」

――――自分が正しいことをしてやったと、満足げに笑うのだ!


「だって、好きだったんでしょ?大好きだったんでしょう?この猪突猛進の蛇女……ハーヴァのことが、さぁ!」

月鹿は心底楽しそうに、崩れかけていたジルの頭を踏みつける。

その尊厳を踏み躙り侮辱する行為を視認した瞬間、吏史は己の全身の毛が、神経が、逆立つような錯覚を得た。


「月鹿ぁあああああああぁああぁああ!!」


黒骨の『ゴエディア』が顕現させたと同時に剣形状の武器を持って掴み、駆け出していく。


「お前は!お前だけは!オレが否定する!お前の存在だけは、認めない!!」


憤慨と憎悪に溢れた吏史の動きは機敏だ。絶叫じみた咆哮を上げながら、瞬きの内に数メートル以上離れていた月鹿との距離を一気に詰める。


「穢らわしいお前が!ジルに触るなぁあ!!」

拒絶と激情を込めた白刃が、生命ごと断つために振り下ろされた。

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