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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
40/56

【暁煌】のアストリネ

透羽吏史が第一区『暁』に送られる数十分程前。


操作室ではガラスが砕け散るように赤が派手に舞い上がった。


「っ、…チィッ!」

それは、間陀邏の一部。――柘榴色の鉱石と、鮮血である。

動けぬイプシロンを突き飛ばし、瞬時に異能を発揮した。左腕全体を鉄成分の高い己が血液を凝固するよう鉱石に変質させて装甲のように纏わせながら防御力を上げた形で。

そうして『手』の襲撃から、庇おうとした。それまではいい素早い判断だっただろう。

――しかし、深緑の『手』は間陀邏の想定を上回る攻撃性を備えていたのだ。

貫通弾のような衝撃で纏った鉱石を破壊しながら、剥き出しの肌を鋭利なナイフを滑らせるように切り裂いた。

「…クソッタレが…!」

左手から肩、首に掛けて波を描くようにも深く切り裂かれた鈍痛が滲み、苛む。

かろうじて頭を右手側に傾けることで顔への被害は避けれたものの、横髪の一部が切られてしまい床に落ちていた。後に浮かぶ間陀邏の表情は、苦悶そのものだ。大きく歪み、険しさが色濃く出ている。


しかし、その程度の被害では、足りない。元々狙う獣は違ったのだから。

『手』は、更なる暴挙に出ようとする。床中に潜るように縮む動作を見せたと思えば、瞬時に伸ばす。

「…っ、間陀邏!右の方……」

「うるせぇよ!騒ぐな喚くな異能を使おうとするな!てめえは黙って、治すことに集中しろや!」

イプシロンに振り返らないまま、指示を乱暴な言葉で振り払う。

倒れ込んで動けないイプシロンの援護なぞ、不要だ。この場は己のみで撃退する気概で、間陀邏は『手』に立ち向かう。

「この程度で怯んで、戸惑うかよ…!」

茜色の瞳を煌めかせ、髪先を黒の獣毛に変化させては間陀邏は異能を発揮した。


傷口から流れる血が、液体から固体に変わりゆく。それは柘榴石や金剛石などの幾つもの鉱石だ。それが血液の代わりに溢れ出していた。形、大きさ含めて多種多様の鉱石は宙に浮き、鋭利な先端を向ける弾、矢と変化を果たす。

「蜂の巣だ」

『手』を対象、的に定めるように鋭く睨み、合図のように指を鳴らせば極彩色の光雨が降り注いだ。

幾度も風穴を開けさせて、射抜く。その形を損なわせて分散させていった。


全ての鉱石は床に突き刺さるほどの威力が込められていた。ひとたまりもない攻撃だろう――


「……ア……「…ア……ア「……ア…ア「アア「……「ア…ア……」

だが、ソレは一向に沈黙を果たさない。それどころか分裂したらしい。母音の声が、重なり上がる。

姦しいとはまさにこのことだろう。


「…ア…アア「…アアア「…………「…………「…ア…ァ」

我らには物理的な手段では全く効果がない、無意味なものだとせせら笑うかのように、絶えず上がる奇怪な音階と言えた。


「こいつら…っ」

「くっ…!なんて、醜く悍ましい……いや、これらは生物なのか…!?」

間陀邏やクモガタは眉間に皺を寄せる。僅かな戸惑いを覚えながら、それらの不協和音を聞く以外の対処に悩む。


「……ッ、間陀邏…!」

その中で、イプシロンは冷静に動いた。

煌めく翡翠瞳の端からは、再び血が流れていく。異能を発揮して、また脳に大きな負荷をかけたのだろう。実に想像容易い変化だ。

「おい!イプシロン、てめえ何して…っ」

しかしそこまで無茶をした意味はある。この不可解な存在から酌みとれた意があるのだと、イプシロンは声を張り上げて伝えた。


「――間陀邏!それを止めろ!『呼んでいる』ぞ!」


聞いた間陀邏は、それ以上の苦言を零す真似はしない。すぐに対処に動いていた。

傷ついた手を乱暴に振り上げて、同時に顕現化を行いながら、負傷した左腕を紅玉の爪を持つ狼の前脚へと変貌させる。


「餌を待つ鳥かぁ?!だったらこれをくれてやるよ、クソッタレ苔虫どもがぁ!」


そして、一拍という慈悲を『手』にかけることはない。明確な拒絶を込めて殴打を連発し、金属床を拳の形に変形させて叩き潰す。

最終弾は渾身の力を込めた。拍子で破片が顔を掠めたため、片目を眇める。

しかし身も手も引くことはしない、手裏で擦り潰すよう捻り動かす。

「っち…!」

舌打ちを溢しつつ合間に硝子がひび割れる音を何度をも立てながら、間陀邏は念入りに潰す行為を実行した。


――そうして十数秒の時を経てから、間陀邏は引きずるように左腕を引く。

引けば、拳の形に凹んだ床上には、平らに近い石英めいた鉱石が残されている。


先の『手』の溶液が間陀邏によって石英の中に封じられていた。

ただ、あれだけ念入りに叩きつけられたというのに、未だ意思も残ってるのだろう。

密封された石英の檻に閉じ込められても尚、外に出ようと試みてるのか或いはまだ呼び招いてるのか。ガタガタ、と石英は左右に揺れて物音を立て続けていた。


「………。水入り水晶…か?ひとまずは、閉じ込めたと……」

「ああ。まあ、それと似たようなもんだ。忌々しいが、おれの異能じゃあこれらはまともに処理できねえらしい。……だからこうするしかねえだろ」

イプシロンに間陀邏は頷き応えて、ゆっくりと立ち上がる。


そして直ぐにしてやられた苛立ちを込めて、間陀邏は未だ揺れ動くソレに対し、忌々しげに蹴り上げて部屋の隅に転がした。

まるでサッカーボールのように軽く石英の塊は飛んでいき、風を切るほどの速度で壁に向かって突きっ切る。


「ひぃっ!?」

クモガタには真横に石英という重すぎる物に通り過ぎられる感覚と、ガン!と石英が壁に減り込んだ音という鼓膜への暴力が襲いかかったため、咄嗟に両腕を頭上に構えて萎縮した。


「………。……せ、折角閉じ込めたものを割るような真似をするなぁ!?あまりに足癖が悪すぎる!じゃじゃ馬にも程があるだろう!少しは貞淑さを身につけた方がいい!絶対に!」

恐る恐ると転がる石英を横目で確認した後に、すぐにクモガタは間陀邏に目を向けて噛み付くように大声で叫ぶ。

「ッチ!っせーなぁ……ギャンギャン頭に響くほど、騒ぎやがって…」

喚かれること自体が非常に鬱陶しそうな様子で、隠さず舌を強く打っていた。


「…別に、当たってねえから、いい、だろうが。………文句を言うんじゃあ、ねえよ…」

「…?間陀邏?」

息切れた調子で喋っている様子にイプシロンが真っ先に違和感を抱く。

己の目元に残った血涙の跡を手の甲で拭いながら、やや強引に起きあがる。


「おい。だから、てめえは、いい加減、頭の再生に集中しろと……」

同時に、間陀邏の身体はぐらりと大きく揺れる。立ってもいられなくなってしまい、床に両膝を着かせる形で崩れていた。


「ッ間陀邏!」

すぐに駆けつけて右肩に触れて倒れぬように支えた。間陀邏から接触による罵声の声は上がらない。

その様子もあって急変かつ深刻な容態の異変かと気づいたイプシロンが、未だ顕現した左腕を見てしまう。

「……っ!」

先に負った傷口の形に沿って、深緑色の血管が脈動を繰り返しながら徐々に範囲を広げていき、間陀邏自身を蝕んでいくという悍ましい光景を。瞠目した翡翠瞳が映すのだ。


「………おい……イプシロン。てめえ、絶対におれの腕に触んなよ。異能も…もう、使うんじゃあ…ねえ。こう、なったから、身を以てわかる。こいつが、何かしらの気色悪い、意識のある、集合体ってのがなぁ…っ」

直接受ける形で間陀邏は理解したのだろう。念が集う群体であると。

もし正体を暴こうと異能を用いて深層心理を覗き見れば、イプシロンは再び許容を超えて脳の思考回路を焼き切られるはずだ。

「ああ、わかったよ…」

警告を受けたイプシロンは小さく頷き異能を用いないことを約束した上で、冷静に申し出る。

「間陀邏、すぐに腕を切ろう。このままでは君が危ない。左腕を摘出した方が…」

「ダメだ」


直ぐに断られて、イプシロンは何故と問いかけた。

だが、間陀邏の険しい茜色の鋭い視線には、苦い感情が滲んで揺れているのが僅かに窺える。

「……てめえなら分かるだろ、イプシロン。このダメだって意味がよぉ」

クモガタには聞こえない声量で告げられて、無事な右手の方で胸元を軽く殴られた。

一連の動作は概ね意を悟らせるのに十分なものだ。言葉通り間陀邏にとって左腕切除は、不可能なのだろう。


「………。そうか。君は、左腕のいずれかに……」

(心臓)]の切除はできるわけがない。そのように察して、翡翠瞳を伏せていた。


「――チッ。けど、わかってんだ。このまま、おれを放置だってできやしねえ。寝転がったって、ここ以外の状態が最悪かもしれないだろ」

「しかし…間陀邏、君はもう、まともに戦えるような状態では」

「うだうだ言うな。おせっかいな親戚か過保護な親か、てめえは。頭が回復したんならどうにかしておれを使う手段を考えろや」

「…………」

しかし何も諦めてはないと、イプシロンの支えを振り払うようにも間陀邏は立ち上がり進もうとする。その姿勢に、イプシロンは目を瞑り唇を噤んで押し黙ってしまうのだ。


「間陀邏………」

見守っていたクモガタは、感嘆を込めるよう名前を呼ぶ。

「嘘だろう?その状態で奔走しようとするだと…!?貴様は誰だ…?ありえん…明日には槍が…降るのか?あの間陀邏だぞ。ジルコンとかいうつまらん幼稚な思考で動くやつのことしか考えなさすぎて頭空っぽの間陀邏だ。このように代表管理者として従事しようなぞ、出来て当たり前のことをやろうとする訳が……」


しかし後に早口で紡がれたのは不信と疑念と侮蔑に満ちた発言だ。

「ん?なん――――ぬがぁあぁあああぁあ!!」

間陀邏は無言で近づき、溶液が付着してない方の右腕で間陀邏はクモガタの顔を掴む。そのまま上に持ち上げて、車椅子ごと構わずに吊るすという粗暴で荒々しい制裁を実行した。

「離せ離せぇ!痛……あああ゛あぁあ!」

頭蓋骨の軋む音と共に悲鳴が上がるが、御構い無しに続く。

口が過ぎる年上の舌への躾も兼ねてるやも知れない。普通に逆鱗に触れたの可能性もある。兎も角もその気迫には、鬼を彷彿とさせる般若の影があったのだ。

「待て、間陀邏」

そんな間陀邏に対して、イプシロンは片手を上げつつ声をかけて制止した。


「君を『使う』だけの手段ならば思いついている。それにはクモガタの協力が必須だ」

「あ゛?」

「イプシロン!何をしてる!?早く説明しろぉ!このままではわたくしの頭が!頭が、割られる!早くしろぉ!!」


まさに蜘蛛のように細い手足をジタバタと動かしつつの命令じみた催促だ。

イプシロンは、若干、発言自体に躊躇いを覚えたものの、そこは意地悪く勿体ぶるという無駄動作を取らずに人差し指を立てながら己の提案をすぐ口にした。


「…【ルド】では欠損した肉体を補強するため機械化計画が進んでいてな。機械と人体を神経接続する際には脳から流れる電流線と繋げる必要があるんだよ」

「はぁ?相変わらず生命冒涜的としか思えん事に没頭してるのかよ【ルド】の連中は」

「いや、これはクモガタにしてほしいことへの前置きで、ただの説明も兼ねてるんだ。……別に、計画への感想は言わなくていい」


顔を顰める間陀邏の反応を手で振り払うような動作を交えて、イプシロンは案を紡ぐ。


「神経接続…電流『線』。これを紐で代用しないか?クモガタには極細の糸を編んで貰い、口内から潜入させる形で四肢をメインに紐を体内に侵入させる。そうして内部から肉体の神経を掌握させて、君の肉体コントロール権利を彼に預けるんだ。そうだな……内蔵式のマリオネットのようなものを想像してるつもりだよ」

神経に直接接続する応用で、クモガタの糸を用いる。編んだものを操作する異能を全面に使う手段であるが、操り人形同然になれという提案だ。

理解した間陀邏の顔が不快の色に染まり、歪む。


「てめえマジかよ。その発想はやばすぎる」

「だったら、やめるか?俺としても推奨する手法ではない」

「……ハッ。いいや、此処で怯んで大人しく縮こまっておけってか?それはないな。一番、ない」


批判こそするが、異を唱えるのはせずに鼻で笑う。豪気に満ちた態度で挑発に応戦するようであり、それだけは絶対にないと宣うような否定だった。


「…おい、クモガタ」

「っぐぅ!」

そして間陀邏は頭を掴んでいたクモガタを手放し、床に下ろしてから告げる。

「今の、聞いていたな?とっとと準備しろ」

半強制的な指示だ。肉体内部に糸を入れ込むなぞ、想像を絶する苦痛が伴うのは間違いないだろうに、間陀邏は実行を望んでいた。

それに呆れるように、かつ、恐るように。僅かに口を開けて惚けた表情をクモガタは晒す。


「…正気か、貴様」

「ああ。黙っていても終わりかけてる状況なんだ。やらねえ選択肢はないだろうが」

「……。ジルコンのためか?」

「そうだ。それ以外には何もない」


まるで黎明の解答だ。真っ直ぐに差し込み酷く眩いもので、一片の曇りもない。


「絶対になんとかしようって此処に来ちまうだろうからな。もし来たとしてもジーンが無理しなくていいように、おれで片付ける」


全く実に愚かしいものだと、クモガタはつくづく思う。

お調子者だから利用されるのだと先に文句を言われたが、間陀邏も大概だ。

間陀邏煌瞑にとって、ジルコン=ハーヴァが世界で、全てではないか。


「……だから貴様も、……ただ一つだけで良いと望むものだから。……わたくしと同じように利用されたんだ……」


だけど罵詈雑言は吐き捨てることなくクモガタは目を伏せる。

自身もまた第七区『爛』に心を捧げている。その為に何もかもを裏切れたのだから、同じ穴の狢というやつだ。



傀儡化までの時間はそう掛からなかった。

鉄より強靭な糸が喉を通り内臓器官を破って、指先までの身体内部に渡るという苦痛を得ても、徹底して間陀邏が暴れなかったのも影響したのかもしれない。


「間陀邏。流石に人型のままで操ろうとは思わん。顕現化してくれ、貴様の心境としてもそちらの方がいいだろう」

「…ああ」

すぐに顕現化した間陀邏に乗馬するよう、クモガタが跨っていく。


「よし…。流石に異能まで操作権は握れんからな。此方の動きに合わせて使ってくれないか?」

「わかった。…まあ、連携くらいはしてやるよ」

首を傾けてながら協力宣言する間陀邏に、クモガタは淡々と告げた。

「先に言う。此方は貴様の手綱を掴んだつもりは毛頭ない。基本、貴様の思うままに派手に暴れろ」

宣言めいた発言に、間陀邏はハッと噴き出すようにも笑う。


「へぇ。その辺の意識はしっかりしてんのな。『これで手駒も同然だな!』ってお得意の高笑い決め込むと思ったぜ」

「安心しろ。貴様のような地雷を手駒にするわけもない。今のわたくしはこの縛りプレイ格闘ゲームをどうこなすべきかという攻略法しか考えていないとも」

「ほーう?ゲーム同等の扱いか……なるほどね……」

「ん?おい?…間陀邏?……おい!!おい!!此方を振り落とす気で壁をぶち破るな!速…!おい!!おぉい!!」


言い争い自体が起きるものの、操作室を出てからは乱暴な移動式によりクモガタが落馬仕掛けたのみで、実際の操作自体に大きな問題は発生しない。

順調……に、ふたりは進んで行った。


「っ、これは、『リプラント』の襲撃と思わしいんだろう!?だったら、鎌夜とかいう青年の捜索はもちろんだが、それはイプシロンが戻ってからのが効率いい!上空からの情報精査もできるしな!まずは人々の安否確認からだ、それでいいな間陀邏?!」

「ああ。それでいい。ついでにローレオンのやつにも報告できたらするぞ」


溶液で構成された群を蹴散らしながら、第一区の住まう人類たちが避難している避難所に影響が及んでいないかの確認に急ぐ。

イプシロンには増援要請を依頼してるが故に、保護対処の安全確保に向かっていた。


「もう既に最悪は想定しているが、犠牲者は少ない方がいい。急げるか?」

「わかってる。そのほうがジーンの心労少なくて済む。鎌夜もいるのなら仕留めるぞ」

「……透羽吏史にとっても、その方が安心だろうな」


この時点でジルと吏史の参戦は考えてられていない。ふたりが駆けつけること自体、絶望的な状況も起因している。

大きな理由は電力問題。

ブランカにより第二十区と第十区に飛ばされたと思わしい二名は『門』を使用しなければならない。電力が落ち込んでいる状況下と言える。『門』がまともに機能しないのだ。

遠隔簡易転移式『門』自体は幅三〇センチが限界。顕現時に小鳥まで小さくなれるアストリネしか、応用利用できないだろう。


――だからこそ、クモガタも間陀邏も言葉を失った。零れんばかりに大きく瞠目した。

吏史とジル、解決して『門』が安定するまでに会えないと思っていた者との再会と遭遇に。


「まさか……嘘だろう!?どうやってここに来た!?ジルコン=ハーヴァに…透羽吏史!」

「寧ろ此方が聞きたい!一体どういう状況なんだ!?何故、クモガタが煌瞑の上に跨って、ふっ、不埒な真似を…!?」

咎めるような物言いでジルが雷槍を掴み構えてる。顔色も若干悪いように見えた。

その良いとは言えない顔色から放たれた発言で、クモガタはあらぬ誤解がジルの中で生まれてることを一拍の間を置いて察し、片手を素早く高く上げて主張した。


「待てぃ!誤解だ!勘違いをするな!これには訳が…ええい!逐一説明してる場合ではない!!」

説明より行動。クモガタは紫目を煌めかせて異能を発揮し、紡いだ糸を操作して間陀邏の前脚を動かす。

合わせて、間陀邏の瞳も煌めいた。宙には金剛石を浮かび突き出す前脚と共にジルたちを囲んでいた深緑の怪物たちを薙ぎ払う。


「見たか!この連携を!互いに合意の上でこうしてるのだ!わかったか!?」

間陀邏自身の意思も感じれる動作だ。目にしたジルや、吏史も目を丸くして何度も瞬いて起きた光景にひどく驚いていた。


「わ、わかったけど…!」

「わかったのならいい!では、この電力問題がある中で、何故お前たちは此処にいるのか説明しろ!」

「オレは第十区に居たけど、シエルが此処に送ってくれて…」

「シエル………?シエルだと?まさか、シェルアレンか?!」

聞いた名前にクモガタは噛み付くように声を荒げて驚愕する。まさか、その名前を此処で聞くとは思わなかったのだろう。

開いた紫紺の瞳は瞳孔ごと揺らいでいた。


「…………シェルアレン………二十五代目エファム……!まさか、転移の異能を持っていたのか?……ええい!だとしても一国の危機的状況なのだからこんな時まで雲隠れせずに手伝えば良いものの…!」

「だけどこうしてオレたちを送ってくれただけ手伝ってくれたようなものじゃ…」

「馬鹿者!足りん!貴様らを送られただけで何にも解決の手立てにもならないから文句を言ってるんだ!間陀邏は持続ダメージ継続中、イプシロンは異能縛りで制限されて、元より手負のわたくしは論外、カミュールは戦力として換算しないしできない!貴様とジルコン=ハーヴァとローレオンだけで足りるかぁ!」

「そ、其処まで怒らなくても……よくないか?」


怒涛の勢いで憤慨しながら文句を言うクモガタに、吏史は困り顔を浮かべてしまう。

どう宥めても良いかもわからず、下手な擁護しかできなかった。

「ガキみたいに騒いでガキを困らせんなよ。マジで何歳なんだてめえ」

間陀邏が心底呆れる横で、ジルは周囲を警戒してるのを視認する。

「(……まだ、……元気そうか。…よかった…)」

来たこと自体は不満と不安があれど、問題なさそうな様子に幾つもの赤目を細めて安堵を覚えながら、合わせるように間陀邏も四方に気を張った。


「――っ!!」

瞬間。全身の毛が逆立つような気配を感じ、息を呑む。

「(なんだ、この気配……何かが近づいてくる!)」

それがどこから来てるのかとすぐに確認した。

左右は、ない。上からもない。そうなれば選択肢は一つだろう。

「構えろ!真下から来――」

同時に鋭利な四牙を晒しながら大口を開ける巨大な蛇が、真下の床を突き抜けて間陀邏に差し迫っていた。

「(こいつ、マジか!速い!)」

クモガタの反応速度は追いつけないだろう。間陀邏は咄嗟に異能を発揮して対処を起こす。

己に噛み付かんとする蛇に向けて、金剛石の杭を編み出し打ち込んだ。

「――煌瞑!!違う、そっちだけじゃない!()()だ!」

血の気が引いたジルの叫びが響くと同時に、間陀邏の胴体は真上から降りた蛇の牙に突き立てられる。

「ガッ…ァ゛?!」

意識外、死角からの攻撃だ。当然回避不可避。鉱石による防御も間に合わない。

「煌瞑ーーっ!!」

劈く悲鳴がジルから上がり、間陀邏の喰われた胴体からは肋が軋み折れた音とともに血飛沫が飛ぶ。

「っ…間陀邏ぁ!直ぐに異能を使え!口の中から攻撃しろぉ!」

クモガタは血反吐を吐く間陀邏に、異能を使えと促した。

かろうじて、巻き込まれずに済んだとはいえ、手足を動かす権利しかないクモガタでは深く食い込んだ蛇牙を振り払うことはできないからだ。

「っ!……この…!」

吏史が援護しようと剣を取り出し、身を屈めてから飛び出した。間陀邏を噛む蛇の首を切り落とそうと、斜め上に一閃を放つ。

しかし、蛇鱗は衝撃を流すように半固形物状態なのか、剣の白刃はすり抜けてしまう。

「(……まるで泥の固まりを斬ったみたいだ……!こいつ、まともに斬れない!)」

膝を曲げつつ着地する吏史にも反応しはじめたのか蛇は畝り始める。先に二体現れたように他の個体もいるのだろうか、また一匹と吏史の真横の壁を突き抜けながら顔を出して襲わんとした。

「ッチ!間陀邏!これ以上はやばい!早く!」

舌を打ちながら、兎が野を駆け出すように素早く、跳躍しながら縦横無尽に駆け回り他の者を巻き込まぬように対処しつつ間陀邏に異能の行使を促す。

「…る、ぜぇ゛…わが、…でんだよっ!」

だが、しかし間陀邏は血反吐を散らしながら叫んだ。うまく振り解けないのだと。

――異能は初めからずっと使おうとしてる。

だけどどうしてか、間陀邏は発揮できていない。できないのだ。

「くっ、そたれが……」

恐らくは集中、できないからだろう。原因は苦痛だけじゃない。酷い吐気と眩暈がする。酩酊するとはまた違う、体の全身が蝕まれて骨が溶けるような感覚が起きていた。

何かと判断できない中、一番近くにいて彼女の操作権利を得ていたクモガタが異常に気づいたのだろう。目の前にある胴体の傷、牙の隙間から漏れる深緑の溶液を目にして息を呑んだ。


「まず、い。こいつ、……こいつ!間陀邏の体内に毒か『リプラント』の溶液を注入してる!」

「!!それってまずいことじゃないのか!?」

「ああ!そうだ、まずいことに他ならないな!…間陀邏ぁ!聞こえてるか!?自身の[核]を![核]を守れ!早くしろぉ!!」


[核]以外の全てを除去する。

そのような芸当自体、生まれ持って数々の才覚に恵まれなければ成し得ない。

該当しない間陀邏は溶液に蝕まれ続けて弱る一方だ。

「間陀邏!貴様聞こえてないのか…っ!」

更に危機的状況は悪化する。好機を逃すまいと、四方八方から蛇が現れはじめた。

数にして八の蛇。無限大の形を描くように床や天井などに穴を開けて顔を出し、胴体を畝らせていく。


「(ッ…足場が…!?違う!こいつら自身が壁になろうと…!壁になろうとしてる!?分断が狙いなのか?!)」


一頭の蛇の大口を後方に跳躍する形で軽やかに避けた吏史は、気づきを得た。

このままだと間陀邏とクモガタ。ジル、そして吏史。強制的に三組に別れてしまうだろう。

直ぐに手早く武器を銃形態に組み替えて引き金を引き、連射を行なった。

だが、対象は半固形状態の蛇。着弾した所で蛇鱗は水面に雫が落ちたよう波紋を広げるだけで、大したダメージにもなりはしない。


「(ダメだ、此奴に物理は全然通用しない!)」

短く舌打ちを漏らして、懐に忍ばせた『覚醒剤』を取り出そうとする。ここが使い所だろうと判断を下し迷わず、飲もうとした。


「(ここはディーケの異能を使う!)」

しかし手にした『覚醒剤』は容器ごと派手に砕け散る。

掴んでいた手の甲ごと、細い鉄串に穿たれて、粉々に砕け散ってしまった。

「な、ん………っ、」

ジクジクとした痛みが傷口から広がるのを感じながら、吏史は刹那に思考する。

今のは蛇による攻撃では無い。別の誰かの手によるものだ。異様に貫通力がある、だからこれはアストリネの異能だと考えるのが妥当。

一体、誰が行なったのか。


しかし吏史に周囲を見回す余裕は与えられない。当然、ジルやクモガタにも平等的に事が起きる。

壁となり始めていた蛇鱗が突如、全て同時に裏返って剣山のように隆起した。

「…は?」

何事かと判断するよりも先に、何の前触れもなく破裂を果たす。

それは爆破が起きたも同然の衝撃を生んでおり、目の前で受けてしまう形となるのだ。


「…ぐぅ゛ッ…!」

吏史の身体は派手に吹き飛ばされ、後頭部を強く床に打ちつけながらバウンドし、何度も転がらされる形で壁に叩きつけられた。


「(まずい、起きないと、起きろ、起きろ起きろ…っ――)」

何度かひどく咳き込んだ。横隔膜が硬直し痙攣したのだろうか。呼吸が苦しく、酸欠状態を余儀なくされる。後頭部と背中の衝撃もあって、耐え切れる道理はない。

「(こんな所で、寝てられない、の、に)」

吏史の意識は容赦なく狩り取られ、暗闇に落とされる。


――そうして失神した吏史の姿を、長い栗色の髪と橙色のワンピースを靡かせながら何者かが現れて見下ろす。


「良いサポートでしたよ、エルナト様」

橄欖石の双眸に吏史を映したまま、ゆっくりと。三日月を描くようにも大きく喜悦に歪めては、その手に刺さる鉄串を引き抜いた。

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