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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
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紅蓮の執行者

顕現姿で馳せ参じたローレオンを前にして、鎌夜は動悸を高めていた。

決して油断すべき相手ではないとわかっている。

三十二代目ローレオン、【暁煌】に於いての現最強にして最優のアストリネであるのは専ら有名だ。

主核となって永続バッテリーの原料となる『リプラント』の溶液を操作する力を得た鎌夜にとって最も懸念すべき相手である。

何故なら『リプラント』の溶液の特徴は可燃性が高い、対ローレオンでそれは致命的な弱点だろう。


「バカがよぉ!こっちが頭空っぽにして何も考えてないと思ったかぁ!?今のお前は、飛んで火に入る夏の虫も同然だぜ!」


当然、警戒の最優先対象と判断して、対策はこの第一区に来た時点で済んだ。

パチンっと鎌夜は指を弾き、合図を鳴らす。呼応するようにもローレオンの周囲の床の隙間からは囲う檻めいた溶液の噴水が昇り始めていく。

液体はやがて、無数の水泡として宙に漂い、剣、槍、弓、鉈、短剣と…変芸自在の武器となる。

ローレオンは前脚で床を強く踏み鳴らして大地を揺るがし、炎の斧はより赤く変化し昂らせた。


「くたばれや、【暁煌】最強ぉ!」

四方八方に浮遊した武器は明確な敵意を纏う。目標はローレオン。その身を穿たんと一斉に放たれた。

炎斧が燃え上がる。一振りにして、何十のも武器を焼き払う。

柄掴む手を変えながら斧で円の軌道を描き、巨大な馬が地団駄を踏み暴れるようにも巨体を回して四方の防御を成す。

それは荒無滑稽の動きに見えて、無駄なく洗練されている。ローレオンの肉体には一本の凶器も通っていない。――数十と言わず百という数に昇る凶器を何なく振り払っていた。

「――ハッ!まあ、簡単にはやらさせてくれねえよなぁ!…知ってたよ!」

最強と称賛される片鱗を感じて、萎縮しかけた気を笑い飛ばす。

そうしてすぐに持ち直した鎌夜は、更に手を叩いて合図を送った。

しかし、更なる溶液が湧き立つ前にローレオンの炎の斧が振り下ろされて、床を叩きつける。

十数メートル以上にも及ぶであろうクレーターが生まれ、一拍置いて業火が扇状に広がっていく。その炎は鎌夜を焼こうというよりも、意思に従おうとした溶液の発生を咎めるものだ。

蒸発に焼却まで一気に追い込まれた溶液は表すことはない。辛うじての名残として、猛烈な勢いで深緑の煙が割れた床から沸き立っていた。

「…っ!くっそ!」

「溶液が可燃性が高いのが仇になったようだな」

相性が悪いという次元にはなく、正に天敵。

舌打つ鎌夜に向かうよう、ローレオンは蹄を鳴らして煙を突っ切って、迫る。

せめてのもの抵抗に鎌夜は手を象った溶液で瓦礫を投げつけるが、所詮、有機物であるもの。斧を振る動作は必要としない。炎の身だけで、それらは融解する形で弾かれた。

「くっ……そが!!」

秒もかけることもない。すぐに、鎌夜との距離一メートル以内にローレオンが踏み込む。

『気』を、焼き切ってしまおうと決めていた。

発電所で吏史にしかけたように、ローレオンは炎の異能を極めており物質を焼くのではなく精神という概念をも焼くことも可能としているのだ。


【心灼】と呼称する炎に変質したことを示すよう、斧は紅蓮から黄金色に変化した。


「……このまま大人しく眠るといい」

斧を振り回して天に掲げ、鎌夜の胴体に目掛けて下さんとする。

しかし、振り下ろされる直前、――最中、鎌夜は不敵に笑う。


「――お得意の炎で焼き切ってりゃあ、無事で済んだのに」


これだけ不利に強いられているというのにも関わらず。勝ち誇っているように笑っていた。


「(……――なんだ、今の発言は?)」

鎌夜の発言の意図を探るべく、ローレオンは思考を巡らせる。

斧を振り下ろす手は止めはしない、だが、決して無視して置けない発言だと判断した。


「(罠か?いや、罠があっても顕現した今、私自身が炎のようなもの。全身を穿たれて[核]が傷つけられなければ…大した攻撃にもなりはしない…)」

所詮は悪あがき、或いは遠吠えのようなものだろう。斧を掴む手を強めて鎌夜を断ち切らんとする。


黄金の炎が接触する直前で、ローレオンの脳裏には白百合を抱く藍白の少女の姿が過ぎった。


「(――しまった!カミュールの安全を確保していない!)」

それは、一瞬の躊躇となる。

鎌夜が自棄でカミュールを道連れる可能性もあると判断したが故に、ローレオンの炎の先に迷いが生じた。

斧の速度が僅かに落ちたことで、直撃までの時間が、伸びる。


――大きな隙にして好機と言えるだろう。


「こうした発言に対しての深読みが無駄を産むってのも、最優がハマりがちな失敗の定石だよなぁ」

元より鎌夜の目標はローレオンのみ。此処で勝負に出る、指を鳴らして合図を送った。

「っぬぅ…!?」

ローレオンが強く踏み込んでいた前脚を着けた床が、溶液によって崩れてしまう。

足場を取られたにも等しい。前のめりに態勢が大きく崩れて、斧の軌道が逸れてしまった。鎌夜には当たらず、すぐ真横を通り過ぎる。

精神干渉起こす性質のある炎でできているが故に、僅かに接触していた鎌夜の髪の一部は燃える事はない。


「花も咲かせてやらねえ、[核]ごとまとめて、新しい芸術品(アート)にしてやるよ!ローレオン!!」

パチンと指を弾き、音が立つ。ローレオンが体勢を整える間もなく、溶液が浸かってしまった前脚を介して、蒸発を起こさせながらもローレオンの体内に溶液を侵食させていく。


「(アストリネは異形ではあるが、何処の個体に於いても[核]の関係上一部の器官等は健在なんだろう?だから、ローレオンも炎の塊じゃない筈だ!内部に潜入させてまとめて――破裂させる!)」

水蒸気爆発に等しい。熱することで溢れた蒸気が圧迫されて外部に出ようとする作用だ。

刹那にて起きるだろう。そうなればいくらローレオンでも対処も間に合わず、爆散する。到底無事では済むまい。

[核]をも傷つける行為にも等しいのだから。


「(ご自慢の炎が原因で、派手に散れ!)」

力を介て、ローレオンが溶液を内部潜入を許してしまうのが感じられた。

後は狙い通りになるだろう。

「この世界は人間のものだ…!」

予兆としてローレオンの炎、馬を模る胴体が一瞬、膨れ上がる―――


しかし、何も起きなかった。


下半身は確かに崩れかけるように揺れるのがは見えはしたが、結局起きたのは鎧を象る炎の猛者のフルフェイスの隙間から深緑の煙が噴出するだけに止まる。


「―――…は?」


何が、起きたのか。鎌夜は理解が遅れて目を丸くする。

何故、想像通りに物事が動かなかったのか?

性格も異能も把握していた上でできる限りの最善行動だったはず。

なのに、何故、ローレオンは健在なのだろう。


予想外の展開を前にした鎌夜は瞠目し、身を戦慄かせていた。

その中で、ゆっくりとローレオンが身を起こす。

満ちていた溶液も前脚を動かして払い除けるように、一瞬にして炎の異能で煮え立たせて蒸発し切っていた。


「なん、なんでだ…?!今…何をしやがったんだ!」

「…私たちの肉体は、どうせ、いずれ……全て再生する…[核]以外なら、全てを失っても、問題ない。限界に気をつけながら、肉も骨も断つのさ。……だから、簡単なことだ。侵された部分ごと…いいや、[核]以外の自身の肉体を焼き切っただけだ…」

燃ゆる身の内部に溶液を潜入させた時点で鎌夜の狙いが[核]を巻き込む蒸気爆発を誘発されたことには気づいた。


「おかげさまで、一瞬だけ、意識が飛んでしまったがな」

だから、溶液自体が全身に回る前に、ローレオンは自らを焼いて対処した。溶液が侵食する先を失わせるために[核]以外の全てを焼いたのだ。


「嘘だろ。……いや、嘘だろ?……イかれてんのか……」

だが、その対応は常人の発想ではない。

幾ら異形へと至るアストリネであろうとも、普通に躊躇する行為だろう。彼らは確かに肉体再生はするが、負傷の苦痛は付き纏う。決して無痛ではない。

内部を焼かれる痛みなど想像を絶してしまうし、健常な精神なら恐れを抱いて、実行に移せない筈だ。そもそもその反応をも織り込んだ攻撃、選択だったというのに。

しかしローレオンは躊躇いもなく、即座に実行した。常軌を逸した判断を下したのだ。


「…成程…()()()()で怯えを抱くか。随分と可愛らしいものだな。いや、きみが我々アストリネへの解釈が甘かった、というべきか…」


口元を引き攣らせて顔を青褪めさせながら蹌踉めき尻込む鎌夜に対し、ローレオンは一歩踏み出して距離を離すまいと近づく。

「…チィ!くっそ!こっちに来るんじゃね……っ」

ダン!と炎の蹄が床を強く踏みつけたと同時に、深緑の煙が散布される。

「……っ、…この、」

鎌夜が呼び出そうとした溶液を先んじて察知し、蒸発し切ったのだ。そのことに気づいた鎌夜の顔は焦りとほんのわずかな恐怖で、大きく歪む。

「この、このぉ!バケモンがぁあぁ!!」

萎縮という隙を晒した鎌夜を、ローレオンは逃さない。

「――して、鎌夜。力を受けて見て、わかった。残念ながらきみは少々、『古烬』と定義するには、あまりにもかけ離れ過ぎている」

強靭な手に握られた黄金の炎で出来た斧が瞬時に紅蓮に反転変化を果たす中で、宣告した。

鎌夜を『リプラント』の新たな主核として認める。断じて、このまま許容してはいけない相手だ。

何度も抵抗に溶液を招かれようとも、それら全てを踏みつける動作のみで炎を操り、煙に帰して行きながら敢えて一歩ずつ、詰め寄った。

「故に、気絶(慈悲)は無しだ」

遂に、壁まで追い詰められて、背が当たる。

そのように袋の鼠となった鎌夜に対し、ローレオンは紅蓮の斧を振り上げた。


「ローレオンの姓に於いて、此処で処す」


――刹那。

宣告を下したローレオンから、縦一線に紅蓮の軌跡が走る。

避ける暇という慈悲は与えられず、斧は鎌夜の身体を的確に、狙い通りに、裂いた。


「ガ、ア゛ァ゛……ッ!」


左側の体を。目を潰しながら肩から先の腕に掛けてまで容赦なく機能と四肢の一部を断ち切る形で奪ったのだ。


「ぁ、あぁ…………ぁあぁあああぁあ゛ッ!!」


血は吹き出ない。斬ると同時に焼かれて塞がれていた。火傷という形で止血したのと同義だ。

じくじくとした蝕む痛みが鎌夜を蝕み、苦痛で膝を突かせて呻かせる。生理的な涙も流れていたが、炎を浴びた左目から液体が漏れ出ても房水ごと蒸発し切るのみ。


「おれの腕、…左側が…あ、あぁ、目、目、目が、どうなって……どうなってるんだよぉ?!」


これは炎を定着させたようなものだ。焼印にも等しい行為。

その代のローレオンが次代に代わるまで続く、腐敗の火傷とも呼称される。目が見えず動かせる手がないことに動揺するだけではない、再生しても一方的に焼き続ける痛みが生じるもの蝕むという点において、正しく呪いだ。

だが、ローレオンは鎌夜に対して情報明示という救いも与えない。


「……やはり、脚も断ち切っておくべきだったな」

無意識に恩赦を与えたことで、つくづく己の甘さに辟易するよう、無貌じみたフルフェイスの鎧の隙間から、溜息のように火の粉が勢いよく舞い上がる。

「封じられるのなら同じ方向がいいだろう。次は左足でも構わないかな?」

質問を投げながら、ローレオンは蹄で床を鳴らし紅蓮の斧を掴み直していた。

「っ、ふざけ、ふざけんなよ!お前らみたいにぃ!そう簡単に再生しねぇんだよ人間は!!くそ、くそが!どうしてくれんだぁ!目と、腕が…!!ぎゃ゛…?!」

再び、一閃の紅蓮の軌跡が走る。但し、足を落としたわけではなく実際傷付けたのは右手の指の方だ。

「て、めぇ゛……っ?!」

すぐに信じられない光景が鎌夜の右目に映る。

今度は敢えて、火傷を刻んでなかったのだろう。第一関節部から切断された先からは血と深緑の体液が流れ始めていたが、それは菌糸類が連なり成長するかのように元の指を形成しようと蠢いてるのが見えた。


「ほう?やはり、再生能力まで身についたか。元の主核であるジルが他のアストリネより再生力が優れていたのもある。きみもまた、主核として永続的なエネルギー源の片鱗をみせてるのだろうな……」

それを視認したローレオンは、実に興味深いとばかりに見下ろして告げた。


「――もはや人間ではない。ならば、足ではなく首を落とす方が正解か」


炎の身に反して、冷酷を極めた言葉と零天下を備えた低い声で。

「ヒッ!?……うぁ、あ、あぁ……!」

その一言を以て、鎌夜には恐怖が完全に根付いてしまった。

三十二代目ローレオンは別次元に立つ存在だ。力を持ったとしても挑んではならなかった…そう痛感し、猛省を抱く。

しかし現状は変わらない。紅蓮の炎を纏った化身は、容赦なく迫る。


「ああ。今、きみが考えてることが、よく、わかる」

鎌夜は目を溢れんばかりに見開き身震いをし、汗が流れて顎に伝い落ちている。だが、ローレオンは無慈悲に告げた。


「折角、力を手に入れたんのだろう?再生力だって備わっていそうじゃないか。ならば、この程度で心折るな。まだ使えるだろう、動けるはずだ。始めのように私に噛みつき、歯向かって見せろ。……さあ、」

カツン、と前脚の蹄を敢えて強く鳴らしながら近づいた。


「さあ」

両肩を揺らして怯えの色に染まる鎌夜に構わず、炎の斧先で床を叩き場を揺らす。


「さあ」

それでも鎌夜が抵抗しないのを御構い無しに首に狙いを定めて、両腕を上げる。また新たな炎呪を与えるため、紅蓮の斧を振り落とさんとした。


「きみが燃え尽きるまで、付き合ってやるぞ」


「――――ぅ、ああああああ!!!」

此処で、鎌夜の精神力の限界が訪れる。

大いなる存在を前にして正気を大きく削がれてしまうように、自身の肉体への変化の理解や苦痛が、いまさら思考回路が回り追いついて、完全に錯乱状態に陥った。

「来るな、来るな来るな来るな来るなぁああぁあ!!!」

発狂したまま、痛む手や目を押さえつつ無事な両足で、必死にその場から逃げ出していく。

駆ける足は混乱で若干縺れている、素早いとは言い難い平均的な速度だ。


――だが、ローレオンは鎌夜を追わない。


彼が逃げ出した先に用があった。この事件を引き起こしたブランカが居るだろう。

今の鎌夜は発信機のようなもの、己が植え付けた蝕みの炎は追跡を可能とさせるのだ。

故に此処で鎌夜だけを粛清するのは赤子を捻るように容易いことだ。しかしそれでは何も意味がない。ブランカごと止めなければ、根本的な解決に至れないだろう。

だからローレオンは敢えて、見逃すのだ。

幸い、軽い手合わせ程度の交戦で鎌夜の戦意は折れたのだから、利用しない手はない。

…五年間の投獄期間で拷問は行わずにできるだけ快適な生活を提供した優しさが、生ぬるさが、強烈な苦痛で折れるに至れたのやもしれないが。

その点だけ前向きに見れば、ある意味自分の甘さは良かったのだと言えるのだろうか。

そう色々と思考を巡らせながら、ローレオンは横を向く。鎌夜が逃げた先を見つめるのをやめていた。


「……カミュール」

そうして声をかけながら、カミュールが潰されている瓦礫に近づく。

両腕や斧を使い、瓦礫の山を崩していくことで、直ぐに見つけた。

四肢を潰されてしまい、虫の息の状態で横たわる少女を。

酷い状態だ。鮮血や溶液などの汚れで白のワンピースや藍白髪が荒れている。服は必ず着替えないといけないし、おそらく髪は切らないとならないまでに傷んでしまっただろう。

「…カミュール、しっかりしたまえ」

そんな彼女に優しく声をかけた。炎の手では触れないように、手の先だけを人体化して対処しながら小さな身を揺らす。


当然、返事はない。少女の再生自体はされているとはいえ、その速度は実に緩やかだ。失った血の回復は瞬時に行われるものではない。間に合わずに[核]が限界を迎えて壊れる可能性もある。

「…きみは此処で、朽ちてはいけない」

それでもローレオンは繰り返して呼びかけた。

ここで眠り、終わってはならないと。冷たい骸にならぬよう、燃ゆる体の一部――己の炎を切り分けて、カミュールの近くに浮遊させて灯していく。

「母君と……ラミアさんと、同じ極楽に向かうにはまだ早いだろう」

彼女が愛した母親も決して終わることを望まぬはずだと呼びかけながら、ローレオンはひたすらに、カミュールを生かそうとした。

「それに……」

――生かさなければならない。たとえカミュールが、この思い通りにならない世界で生きる目的が復讐であろうとも、生かせなければ、ローレオンも果たせぬことがある。


「……吏史には、きみが必要なんだ」

かつてグラフィスと話した通り、この世界の人々を巻き込む大きな変化を齎すには、光芒を背負えるものが必要なのだから。


しかし、介抱するローレオンに魔の手が迫る。

「!」

それはまるで弾丸のようだ。それほどの速度で、風を突き切って目標を穿たんとした。

突風が起きる感覚と、纏わり付くような気配を以て、存在の接近にローレオンは気づいている。

すぐに対処を取らんと、斧を掴む握力を込めてそれに対峙した。

「……ぐ、ぬ……っ!?」

紅蓮の斧とそれが接敵し、思わぬ力強さに唸るもののローレオンの膂力が勝り弾き返すことが出来た。

そして、その正体を見ることとなる。

蛇の尾を模した部分的顕現された存在だった。

恐らくは先の鎌夜が操っていた溶液の一種なのだろうか。蛇鱗の隙間からは、それらしい水滴が滲み落ちている。

ただ、大きな問題点が二つ。今し方対処して、気づいたことだ。

この蛇尾は可燃性が損なわれているのだろう。炎の斧に弾かれる形で触れてもなお、火が燃え移る気配はない。

そして、狙い自体はローレオンではなく、カミュールであることだ。


瞬時に蛇尾は引くことなく、再び迫る。意識が損なわれたカミュールを穿つ為に。

直ぐにローレオンは身回して、弾いて阻んだ。

尾は何度も弾かれながら、執拗にローレオンの斧の軌道の隙間を掻い潜ってカミュールを穿とうする。ローレオンはそれら全て見切り、斧を回しながらタイミングを合わせ切っては、接触を防ぐ。

剣戟にも等しい激しい乱撃だ。周囲に火花が何度も散る。

そのように熾烈な争い、数十以上の撃だ。だが、ローレオンは尾の侵攻を許さなかった。決して怯むことなく、殴りつける手段をも用いて塞ぎ切る。


「(――斧より打撃の方が怯む。痛覚はあるのか?それとも衝撃の方が耐性がないのか?)」


そして斧で弾き、切り付けるよりも……打撃の方が蛇尾には通用するのだろう。そんな確かな感触をもローレオンは感じれた。

「(いや、それよりもここは)」

蛇尾の一部が床に這いずっているのをローレオンは視認する。

直ぐに半馬の前脚を上げて、炎の蹄の形状を鋭き槍に変化させた。

そして、体重という負荷を乗せて、ダン!と強く床ごと貫通する勢いで踏み抜いていく。

狙い通り、蛇尾は貫通された。妙な痙攣を起こしてるような小刻みな動きは見えた。その中でローレオンは更なる手段を用いる。

「…外皮には耐性があるようだが、内部は如何かね」

質問の答えを得る為に、蹄を介して蛇尾の内側で炎を熾し、昇らせた。

流石に内部耐性はなかったのだろう。忽ち蛇尾には紅蓮が舞い上がる。

「―――――――――!!」

燃えた蛇尾が紅蓮を纏わせながら、地上に置かれた蚯蚓のようにのたうちまわていた。

それを他所に、ローレオンは直様身を引く。極力炎を抑え込んだ片腕でカミュールを抱き上げ、颯爽とその場から去ろうと図る。


「(……これが何か判断するのは後でいい。まずはカミュールの安全確保からだ。[核]の心配もある、尚且つ飛翔可能なイプシロンに預けねば……)」

今、彼は操作室にいるはずだと、目標地点を踏まえた上で蹄を鳴らし駆け出していく。

嫌な予感を感じて調整室から飛び出した際に遠隔的に異能を起こしたまま気温を保ってる状態にしてるとはいえ、そう長くは持続しないだろう。あらゆる意味でローレオンは急がねばならない。

それに、鎌夜は先で戦意喪失させたのだ。残り脅威はブランカだけとなる。彼女さえ止めて終えばこの騒動は沈静化するだろう。

その旨も操作室に居る面々に伝えなければならないと、ローレオンは先を急ぐ。


「……なんだこれは」

――だが、到着と合流は叶わなかった。

ローレオンが向かった先の通路は、蛇の胴体が渦巻くように壁となって塞いでいたからだ。

すぐに炎をぶつけるなりして払おうとするが、中々どうしてか、簡単に燃え上がらない。

その対処に多少手間取ってしまう最中で、ローレオンの背後に影を差す。

――また、新たな蛇尾が現れたのだろう。

今度は多勢で無勢で有利を得ようとしてるのか、無数の影が重なり合ってローレオンの身を暗く覆っていた。


「…………参ったな」

それを視認して呟き、ローレオンは意識のないカミュールを床に寝かす。

同時に炎の鳥籠でカミュール自身を防護しながら、紅蓮の斧を掴み、それらに刃を向ける勢いで振り返る。


「此処に私を留めるつもりときたか」

両手で斧の柄を強く握り締めながら蛇の意を憶測を紡げば、まるでそれが正しいと認めて笑うかのように、多くの蛇尾が左右に揺らめいた。




息を切らせながら鎌夜は通路を走り続ける。

形振り構わず、駆けていた。その後には深緑の溶液が成長する藻のように壁にこびりついていたが、今の鎌夜はそれすら認識してもいられない。

「ちくしょう…ちくしょうちくしょう!あいつは、…いない?まだきてないのか?っ!」

いやまたすぐにくる。あれだけ速かった、追いつくのも直ぐだろう。また逃げ場のない場所に逃げ込むのを図ってるのかもしれない。

「くそ、くそ……!」

継続し続ける目と腕の焼けるような痛みが、そう思わせてくる。

そうしてずっと鎌夜はいつローレオンが追いついてくるかもわからぬ恐怖に、晒され続けていた。

「ちくしょう、ちくしょう、ああ!なんで、こんな!」

錯乱する脳は六感すら狂わせてるのだろう。踏み鳴らす蹄の音という幻聴まで聞こえてきており、彼の精神力は狂気の中でも蝕むように削れていくばかりだ。


「――おい!ブランカ!ブランカぁ!何、黙って見てんだ!」

遂には噴出するように憤怒した。自身の協力者にして、この事件を起こそうと動いた主犯格の名を、怒鳴りつけるようにも呼ぶ。

真横の壁を殴ったところで大した意味はない。寧ろそれは焼けた傷口の痛みに響く行為でしかなくて、苦痛に目を瞑り悶えてばかりだ。


「…くそっ、くそぉ!なん、…とか…なんとかしろよぉ!!発案者は、お前だろぉがぁ!!」

大きく吠え叫んだと同時に、カツンと、ヒール音が辺りに響く。


「……………………構いませんよ。何とかして差し上げましょう」

鎌夜は直ぐに場を制する足音を立てて応えた主に対し、見張った目ごと顔を向けた。

そこには想像にして予想通り、ブランカが佇んでいる。――但し、彼女は目を平らにして暗く濁った蜂蜜瞳を向けてばかりだ。


「では、これより先は全て私の指示に従ってください」

威圧を感じられる重く低いその声は、まるで憤慨の感情を隠せていない。冷静さに欠いたものだった。

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