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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
35/56

【暁煌】の人々

ルベライト発電所――その要たる動力室は瘴気に満ちたような陰鬱な空気に満ちている。

そこに一人の女性が居た。

蜂蜜瞳に金髪を持つ【暁煌】の代理人をも務める立場にあるブランカは、深緑の沼に沈む影……鈍色の鱗をもつ巨大蛇めいた兵器『リプラント』の背を、冷ややかな眼差しを向けて見下ろしている。

「………」

世界の害である『古烬』の生物兵器に視線を送るのは、ほんの数秒程度だ。

直ぐに切り替える。小脇に抱えていたボード型の電子端末を起動させれば、青色の光は長方形の面を作り出す。

同時に映り並ぶ文字列を前にしては、ブランカの蜂蜜瞳は流れる文字をなぞるように動いていた。


「…しかし、三代目ヴァイスハイト様が過去に破壊し損じた『古烬』兵器の対処法を遺されていたとは……。こんな重要な情報を管界の六主にも隠し通していた【ジャバフォスタ】の意図は、読めませんね………グラフィス様の指示なのでしょうか?」

ブランカからして見てみれば、三代目ヴァイスハイトのレポートは全世界において必須級の最重要情報と判断つく。

かつて『平定の狩者』が仕損じた〈残り四つ〉の『古烬』兵器について明記されているからだ。

どの兵器も破壊するにあたり、特殊な対処法を取らねばならない。

決定的かつ安全な対処法こそは記されてないものの………それら兵器の特徴や特性等は徹底的に『分析』されている。

三国と封鎖された土地『スワラン』に残された四つの『古烬』兵器破壊に一縷の望みを得られるようなレポートといえよう。

平穏を尊び守る使者であるならば、それを隠す必要がなぜあったのかは到底理解できそうにもない。

「いえ、その考察を立てるよりも……」

しかし明示されないであろうことよりも、ただ、一点。ヴァイスハイト・レポートは読み手側となれば気になる点がある。


それは、文面に宿る心。

まるで自らが滅することを成せずに後世に託すことを詫びるかのような、……後悔が文字に籠っている。

『あの子のために迷わず壊すことを選べばよかった』

残してきた子に対して、ただただ謝罪を繰り返す。

両親の愛を知らない捨て子であるブランカでも共感し、心を痛ませてしまうほど深い悔恨だ。

読み進めていくうちに、時折操作する手が止まり、自然と蜂蜜が顰められる程までに。


「……。……それだけ息子である吏史様が心配だったのでしょうか。はたまた、自ずと巻き込まれる()様の為でしょうか。いいえ、いずれにしても……彼の思いは必ず酌み取れるでしょうが……」

しかしそれも解明できずとも何も問題はない。

今、ブランカにとって重要なのは【暁煌】を巣食う『リプラント』の破壊手段のみ。サージュの想いの先を分析しなくてもいいことだ。

「それを成し遂げるのはヤマト様………三十二代目ローレオン様です」

そうしてブランカは、陰りを携えながら薄く笑う。

「……そうでなくてはなりません」

ローレオンが真の【暁煌】の代表管理者となるべき存在だと人々に知らしめる機会が、漸く訪れたのだ。無性に心が躍って仕方なく、口元の笑みも深まった。

「……本来一つの情報のみを鵜呑みにして、計画を組み実行すること自体はよろしくないことですが……まあ、『分析』の異能を用いるヴァイスハイト様の情報という絶対的な理由がある。信用しても問題ないでしょう」

こうして己が建てた計画は何一つ不備なく進んでると判断できたため、ブランカは素早くぱたんと音を立ててはボード型の端末に革製のカバーで光の放出先を遮り閉じる。

後に、吐息と共に吐露を零す。


「……ローレオン様。あなた様の優しさが報われて、正しい評価を世間から得れる。それを心から望んでおります。その為ならば…私は、あなた様に顰蹙を買われてしまう行為にも躍り出れる」

そのためにブランカはヤマトへ裏切りに近い行動を起こせたのだと深い、心からの想いを込めながら、彼女はゆっくりと瞼を閉じていく。

呼吸を繰り返し、時を経て【暁煌】を変える計画最高峰を万全を期して迎えるため、暫しの瞑想に投じるように。



「…ふふっ」

しかし、訪れた暗中で熟考を巡らせてる最中、どうにも笑えて仕方ない。

ブランカとしては非常に愉快でしかないことが脳裏を掠めてしまい、つい、肩を上下させてまで笑っていた。


「本当、可愛い方ですこと。きっと、何も気づかれてないのでしょうね、鎌夜様。――私、あなた様には期待しておりますが。期待もしていないんです」


ブランカはレポートに記載されていたもの全てを鎌夜に明かしてない。

それは必要箇所だけを提示して自身の肉体を捨てることに興じさせるように誘導するためでもあり。

「……だって、あなたは害がある方。この世界で存在否定されるべき『古烬』ですもの」

何よりローレオンの邪魔でしかない疎ましき『古烬』に対しての侮蔑をも込めていた。

「もし、適合したとしてもあなた様が本来の主核たるハーヴァ様を超えることはありませんよ。せいぜい、ローレオン様の栄光の糧となる演者(道化)になってくださいな」

所詮、鎌夜は代理程度。オリジナルに勝るわけがないと確信されてることは露知らず。

蛾が蝶になれると絵空事を信じている実に愚直な『古烬』をせせら笑うかのように、嫋やかな笑みが暗闇で揺れていた。



鼻腔を掠めるのは花の臭い。甘やかで、柔らかな。芳醇であるが爽やかな草原に立つ心地を覚えさせる、草木に満ちた独特の香り。

それらの匂いを乗せた穏やかな風が髪を靡かせ頬を撫でては過ぎ去っていく。

夢現から目覚めようとする覚醒前が故か、どれもやたら明瞭に感じられた。


「…ねえ…起きるかな」

「見たところ怪我はないけど、下手したらお亡くなりになったんじゃないかな…」

「これ。あまり変に揺さぶるんじゃないよ…見えない怪我してるかもしれないじゃろ…」


その中で、半端に聞こえる誰かの声がする。

「――ッハ!?」

自身以外の存在を認知した途端、朧げだった吏史の意識が一気に覚醒に促されて息を呑んだ。

青と黄色、夏空を想起させる異色の瞳を溢れんばかりに瞠る。

「(まずい!どれだけ寝てた?!)」

直ぐに様々な考えが巡り回った。

なぜ気絶していたのか。今、何故土上に横たわって、『門』は『門』同士で繋がるのではないのか。しかし一体此処はどこで、発電所の鎌夜たちは今は何をしていて、どのくらい気を失っていたのか。

不安と疑問が幾つも重なるように錯綜し、結論としては異常事態の中で気を失うという失態を起こした己に、脳裏によぎった鎌夜の頂上に苛立つよう、歯を強く噛み締める。

「くっそ!!」

焦りと憤怒を覚えながらすぐさま上半身を起こした――が。


「ひゃっ!」

「うわっ!?」


そんな吏史を近しい距離で覗き込んでいた影響もあったのだろう。飛び起きたことに驚き、拍子で尻餅をついてしまったらしい、幼い声による悲鳴がその場にあがっていた。


「…………え?あ。ごめ―――」

反射的に謝罪をしながら、吏史は声の主たちを見る。

白シャツに緑の半ズボンと丈の長いスカートという一見質素かつ普遍的な服を纏う、金髪碧眼の男児と茶髪緑瞳の女児がそこに居た。

「……え?」

当然、知らない顔。初見の子供達だ。

疑問の声を上げた後、吏史は、忙しなく目を瞬かせながら気づいた。

どうしても視野に映り込んでくる――特徴的な芳香を立てて風に揺れる、周囲一面に広がる紫花の存在に。

「…は?え?……どこだ此処…」

子供たちの方を気に掛けられず、そのまま静かに立ち上がり、体を回しながら三六〇度、見渡した。


青空の下に広がる丘である。

だが、一面は緑ではなく紫色だ。開花した紫花で染まる広大な花畑が広がっている。

そよ風に煽られた紫花は振り子のように茎ごと左右に揺れ、場に居る者たちには爽やかな香りを提供していた。

「………本当にどこだ、ここ。見覚えがない………」

見事な光景、ではあるが。

いきなり鮮明な色、自然という生命の輝きを前にした吏史は呆然とその場に佇んでしまった。


「――ここはですね。第十区『豊』。年中かけて気候が穏やかな区なので栽培にうってつけの場所で知られております。ここは…新薬になるかもしれないと品種改良した花を育ててるエリアですかねぇ」


惚ける吏史に対し、嗄れた声がかかる。

すぐに振り返って、吏史は声の主の姿を見た。


そこに佇んで居たのは七十代前後と思わしい男性だ。

よく焼けた小麦色の肌に、顎にかけてやや伸びた白髭。頭は坊主だがおそらく自身で刈り込んだのだろうか、波めいた模様が刈り込みで描かれている。

彼の黒色の双眸が吏史と目が合った際、目元のシワを深められて微笑まれた。

そんな仕草含めて、ひどく温厚な雰囲気を携えた老人だ。


「…えっ、と。どちら様…というか花って…?」

当然、彼も誰かはわからない。初見にして初めて見る顔だ。

困惑しながらも一先ずは何か話題をと悩みながら、咄嗟に見てしまっていた花に対してズレた質問をしてしまうが、老人は嫌な顔をせずにゆっくりと頷いて答える。


「これは……薫衣草(ラベンダー)を元にして解消された花ですな。高い鎮痛効果と炎症抑制する成分がより多く含まれていて…お前たち。名前は…仮名で『フラベール』……だった…よな?」

「そうだよ!」「違うよ!」

「全く相変わらず揃って訳のわからん答え方をするのぉ…」


片手を上げて各々答える自由奔放な子供達に苦笑を浮かべたが、それを強く咎めたりはしない。

「まあ、よいか。さてさて」

後に重い腰を上げるような息を吐いて、老人は吏史に訪ねていた。


「突如として此処に現れた貴方様は…一体何者ですかな?…見たところ…間陀邏様やローレオン様、彼等に連なるアストリネ様とは雰囲気が異なるようなので、紹介いただけますと幸いです」

「……」

異色の瞳が、何度も瞬く。

先ほどから感じていたが彼らにはアストリネ特有の空気感はない。腕時計(デフォルト)型のHMTと思わしいものを手首に着用されている。

つまり、彼等が高確率で人間。アストリネの守護対象であることが判断できた。

……今現在起きてる発電所の問題を、認知させて猜疑心を募らせてはならない存在だ。

「…オレは、」

だから、吏史は喉奥から込み上げる焦りを唾ごと飲み込む。

喉仏を撫でてしまう動作を交えては、口を開いた。

「オレは吏史だ。【ルド】から派遣された『兵士』で任務途中のトラブルで、此処にいる」

嘘はつかない、しかし起きたトラブルは伏せる。

そんな態度の吏史に対し、純朴な子供達は若干不思議そうに首を傾げるものの、多くの人に触れてきた老人は概ね内心を察したのだろう。


「――そうですか。それはそれは…大変でしたなぁ」

一言。眉尻を下げて答えた後に、子供達が詰め寄らないよう敢えて緩やかな動きで吏史に近づき、目の前に立つ。


「では、早急に此処を出発せねばならないということですね」

「あ、ああ。そうだな。もしよければ此処ある『門』とか――」

「もちろん、案内しますとも。ですが、ひとまず儂の家でお茶でもいかがでしょうか。そこで…それについてもお話しできればと思います」


吏史の発言を遮って強引に老人は家に誘った。

「いや、時間が…」

そのまま断ろうとする。

老人が何を考えてるかもわからない、警戒も兼ねていた。

しかし、後に痛いほど刺さる視線に気づく。

元は子供達だ。吏史に非常に興味があるのだろうか、何かを聞きたそうな様子を隠さずソワソワと身を揺らして機会を窺っている。

「(……子供たちの前では、ってことなのか?)」

そうして察した。

老人の言動は、子供達には吏史(異端)の情報を与えないようにしてるのだろうと。


「…わかった」

吏史が老人の意に応じて頷けば、傍で待機していた子供たちが一斉に渋顔になる。


「えー!?じいじまたぁ?また外の人と二人きりで話そうとしてる〜!いつもジル様やヤマト様とは独り占めしてるくせに!」

「ずるい、ずるいよぉ!私たちにも会話する権利ある!!」

「じゃがしいわい。お前たちにはまだ早い相手だわ」


自分たちだって外からの来訪者と話したいのだと、声を荒げて文句や抗議を立てる子供達に、老人はツンとした態度を取るばかりだ。


「ぼくたちだってもう七才だ!アストリネ様と会話できるもん!そんな頑固だから頭に髪が生えないんだ!」

「頑固頑固!岩山頭!」

「ええい!やかましい!この頭にしてから一度たりとも困ったことない!七歳のおこちゃまはあっちいってなさい!」


しっしっと手払うような意地悪い動作まで老人が行うものだから、既視感が浮かぶ。

――まるで、二匹の子犬に絡まれ吠えられるような構図だ。


「ふっ……」

和やかとも言える光景を前にして、吏史は思わず緊張感が抜けた笑みを溢してしまっていた。



老人の名はハント。どうやらこの第十区における長老的立場にあるらしい。


「意外だ。長老…ならさ、もっと大きい家に住んでるものかと」

彼の家を前にして吏史はそんな感想を思わず漏らしていた。

木造建築であるその家は一人で住むにしても幅狭い印象を受ける建築デザインなものだ。それがあまりにも慎まやかすぎる。

「周りの花が豪奢すぎて埋もれそうな…」

包み隠さないならば、倉庫小屋と間違えそうなものだ。朝海ならば声に出していたかもしれない。

区を纏める立場に近しいなら、もう少し周囲に誇示するような建物に住んでもいいだろうに。一意見もしては思う。

しかしそんな吏史に対して、ハントはカラカラと笑っていた。


「この持ち家は二軒目でしてね。一軒目は…老朽化で壊れてしまいまして…再建造される際に、儂がこの形がいいと希望しましてなぁ。狭いながらいい我が家が良いと要望を起こした結果です」

「…満足してるのなら、それでいいと思う」

腑には落ちたし、本人の希望通りならそれ以上追求する話題でもない。頷いて話題を切る。

「さあ、どうぞ」

そうした会話を終えた後、ハントの手により解錠されたドアノブが回されて扉が開き、案内するような手の動作も交えられて、招かれた。

「……お邪魔します」

会釈まで踏まえて訪問者としての礼儀を挟んで、吏史はハントの家に踏み入り、リビングの方に案内されていく。


長方形の机に並ぶ木脚の丸椅子に座らされて数分、何を待たされてるのだろうとそわつく中で、あまり嗅ぎ慣れない紅茶とは違う茶の煎じた香りが鼻腔をくすぐってきた。


「――今年採れたての新茶ですが、よかったらどうぞ」

白のティーカップを二つ持ってきたハントは、入れたお茶を吏史の目の前に置く。

「へ?……え?」

少し、戸惑うように肩が揺れた。まさかこのようにもてなされるとは思わなかったのだ。


「いや…オレは、別にアストリネじゃないから。そこまでもてなしたりして、畏まらなくても」

「まあ、そうでしょうな」

思わずそのように主張されても、ハントは驚きもしない。流れるように吏史に対面するよう椅子に座り込んでから、アストリネではないのは承知の上で行なっていると手振りを交えて言う。

「ですが……貴方は第一に客人ではありますでしょう?」

そうだとしてもハントにとっては吏史は客人。気を遣い畏まるには十分に値するのだと。

「どうかこのお茶は、こちらの歓迎の意として受け取ってください」

「…………………。…………いただきます」

そう言われてしまうと『古烬』の兵器である吏史としては断り難い。

ゆっくりとした動作で対面の椅子に座るハントを見守りながら、素直に出されたお茶を呷る。

一口含むと摘立ての若葉の香りが鼻を掠め、豊かな旨みと仄かな甘みが感じられた。吏史でもとても飲みやすい味だ。

恐らく、きっとこれが美味しいお茶というものだろうかとあまり馴染みない味に首を傾げながらも、納得を得た。


「よいしょっと…ふーー…やれやれ、この歳になるとどーにも、なにかと腰に来るなぁ……」

老体の愚痴をポツリと溢したハントは、自分の分として淹れたお茶を飲んでいく。

湯気立つ温かなお茶を口に含み、ごくりと音を立てて嚥下しては、ふぅと力の抜けた息を吐いて安堵を零す。


「うん。今年のも美味い」

なんて天を仰ぐようにも味の感想を呟いた後に、ハンスは吏史に向き直り、はっきりと物申すようにも尋ねていた。


「ところで、貴方様がカミュール様のお恋人ですかな?」


突如投げつけられた唐突すぎる質問だ。

吏史は椅子から派手に横転しかけた。


時速八十キロメートルで走行する電動自動車に衝突された心地では合ったが、机に腕を叩きつけしがみつく形で無様な横転を晒すことだけはなんとか、耐えて、事なきを経る。

しかし動揺自体は余波が残るほど覚えており、汗腺が壊れたように滂沱の汗が流れてくる上に心臓は喧しい鼓動を奏でていた。

「なん、…なんで、そんな突拍子もない質問を…?」

思わず頭を抱えた。何故、カミュールと己との恋人関係疑惑が立つのか非常に不可解で仕方ない。

問い詰めたい気持ちはあれど、そこは下唇を噛むことでグッと感情を堪え抑えた質問を吏史は投げた。


「ああ。いえ。儂は個人的にカミュール様とは連絡し合う仲でしてね…『もし見つかったら即座に連絡を』と少し前…大体二時間前くらいに貴方様の外見的特徴共有された捜索願いの通達がありまして。あまりにも必死なご様子を見かねて、つい、確認したのですが…」

どうやらハントはカミュールとは個人的な仲があるらしい。そう聞いたのだと自分の記憶を噛み締めるように頷きながら、ハントは残るお茶を飲む。


「…二、時間……そうか。それで、アンタがそう思う何かしらの発言が、カミュールからあったのか?」

二時間という時間を消費した己の体たらくには頭抱えそうになりながらも、吏史は続けて訪ねたが、ハントは嫌な顔をすることはなかった。


「『これからに於いて絶対に必要になる大事な方』だと…」

「……ああ。なんだやっぱり。そっちか」

含みなく、ただ目的に於いて必要である。暗に伝えられるカミュールの発言に吏史はホッと胸を撫で下ろす。

安堵する反応に不思議がる視線をハントから受けながら、片手を上げては否定の意を込めるよう何度も左右に振った。


「それは誤解。本当に関係ない。カミュールとオレはそういう仲じゃ…いや、ある意味で発言自体は間違ってないけど。恋愛関係にもならない。彼女に失礼だ」


第一、カミュールもそんなあらぬ誤解されたら迷惑が過ぎるだろう。

透羽吏史と恋人など、[核]が枯れ自身で代目が尽きるとしても絶対になりたくないはずだ。

机に伏せかけた姿勢を真っ直ぐに正しながら、ハントに向き直り、自身の心の動揺を落ち着かせながら改めるようにも告げる。

「今後、オレたちがそういう仲に発展することもないよ」

そんなことに気を注ぐ暇がないとも言えた。

両者にとって最も重要なのは『古烬』を滅すること、未だ蔓延る『古烬』の兵器を破壊することなのだから。

「オレたちにはやることがある………………」


――そう、『古烬』の兵器『リプラント』の主核であるジルを、破壊することである。


そう思うと、否応にも吏史の表情には翳りが生まれた。

発電所で荒ぶる感情をむき出しにして正しさを解くローレオンに噛みつき抵抗した通り、兵士に徹してその破壊実行できないだろう。

できる、はずもない。

そもそも『古烬』を滅すると決めた理由が吏史自身のエゴから始まったことだ。

家族を奪われた恨みは未だ根深くある。しかし、今は幸せになって欲しいと思う代え難い存在が居た。

五年間を経て、変わったのだろう。

ジルを始めにイプシロンやアルデ、ネルカルといった己を認めこの世に留めてくれた者たちが変化を産んでくれたのだ。

生かしてくれた礼をしたい、『古烬』に翻弄されてる立場ながら吏史を大事にした彼等に、報いがあって然るべきだ。

『古烬』がいない未来にいて欲しい。

その願いが今の透羽吏史の行動原理と言える。

だから、吏史は、ジルを破壊しないで済む別の手段を考える道を選ぶだろう。

何せジルとて『死にたい』と自死を望んだ訳ではない。ローレオンに刻限を宣告されて直面したからこそ思い悩んだ末に、あのように自らの処刑を申し出たはずだ。

きっと、そうに違いない。

「…カミュールがオレを探してるのなら、早く会って合流しないと」

ぽつりと目を伏せて呟いた。

兎も角も二時間の気絶というタイムロスを起こしたのはよろしくないことだ。カミュールもジルを壊すこと自体、『道徳的にできない』と吠えて不快感を剥き出しにしてローレオンに倫理を問い訴えていた以上、きっと対策を考えてくれている段階に違いない。


――早く、合流しなくては。

そう、焦る思いが連なるばかりだ。


「あの、結局。第十区の『門』はどこに……」

募る想いにつられたように吏史が伏せ目がちだった目を開けば、微笑むハントの黒の虹彩と合わさっていた。


「……何ですか?」

「…いやぁ、はっはっはっ。これは大変、双方に対して失礼しましたなあ。まあ、歳を取るとどうしても…少年少女の恋愛模様。ぼーいみーつがーるというのは気になってしまいましてねぇ」

「はぁ……。いや、それはもう。オレの方では気にしてない。とりあえずここの『門』はどこにあるのかだけ、教えてほしい」

「いいや…いいや、……まだ、お茶が残ってますでしょう。そう、焦らなさんな」

年老いた者特有の落ち着いた雰囲気を携えて、下に降ろすよう手を動かしてから吏史をこの場に引き止める言葉を掛ける。

その言動で、なんとなく、何かを察知したように吏史が瞬きをしては呟いた。

「もしかして、時間を稼いでいないか?」

「……ああ」

僅かに瞠目した後にハントは小さく頷く。その反応に疑問を持つよう、吏史は首を傾ける。

「なんでだ?それは……普通に困るんだけど…」

それから包み隠すことなく目を細めて目尻の皺を寄せて柔らかく微笑んだハントは打ち明かす。

「聞いてほしいことが、あってなぁ。どうしても…【ルド】出身の者ならばこそ、知ってほしい…」

どうしてもと懇願するようだ。

現状を知らぬ、国を超えた若者に、ひとひらの欠片でしかない意見を酌んでほしいと託すようにもハントは告げていた。


「【暁煌】の人間たちは、皆。別に『古烬』の者たちが嫌いではない。寧ろ…好ましく思っている者が多いんだ。いや、ちゃんと礼儀正しく規則に従う者たちに対してはそう、思っているよ」

「……え?……ん?」

至極真っ当な意見。……だと、吏史には思えない。寧ろ、意外かつごく少数派の意見だとばかりに、吏史からは惚けた声が漏れてしまう。

そもそも【ルド】では『古烬』というだけで憎むべき敵、嫌悪対象のレッテルがあるのが大きい。

当然、他国であろうともそれが覆らない共通認識だと思うのも一つの要因だが。

思わず吏史は前のめりな姿勢になりながらハントに反論する。


「なぁ、ちょっと昔に『古烬』の女の人が…子供と一緒に暴行されたって話があるんだろ。…アストリネたちにも特に咎めなかった。その実行者は無罪放免で、裁かれなかったって」


ローレオンが愛した『古烬(クオーレ)』の死は【暁煌】の人々が持つ正義感が起こした話といえよう。

少し事故だと思える点は、六主の一たるアストリネに深傷を与えたことくらいで。

兎も角そのような例が前提にある以上、到底、ハントの俄か信じがたい。


「だからそれは……ハントさんだけがそう思ってるだけじゃないのか?」

ハント自身の個人的感想でしかないようにしか思えなかった吏史は、眉間に皺を寄せて言う。

「…いやぁ。それを知っていたかぁ。…聞いて、そう思われるのは…まあ、無理もないのぅ…」

ポリポリとハントは刈り上げた己の頭を掻いて、どこかしら罰悪そうに俯いた。

「……クオーレのことを言ってるのなら、弁明させてくれないか…」

「それをオレに言ったところで、なんの解決にもならないと思う」

実際にそうだろう。吏史に対して詫びるように『古烬』には好意があると訴えたところで、現状は何も変わらない。

アストリネが決めた管理法や発令、世界の人々の印象を変えるなんて、そんな力や権力は吏史にはないし、悲劇なのは間違えではないいが、起きても仕方なかった事故だったというのが、『古烬(吏史)』の認識だ。

「その事故の中心に居たローレオン、か……代表管理者の間陀邏にでも言ったほうがいい。絶対に」

だから無駄だと念押しするように発言するものの、ハントは首を横に振る。真剣な眼差しを向けていた。

「『古烬』のお主だから、話したいんだ」

一瞬。不可解で首を傾げかけたものの、すぐに理解した。

恐らくそうだと伝えたのはカミュールだろう。

ハントは彼女と個人的なやり取りをする仲。先ほど吏史を捜索依頼を投げる際に詳細を伝えた可能性もある。

だから、なんら不思議なことではない。


「…………なんでだ?」

余計に混乱を招くことにはなるが。

ハントは吏史を『古烬』と知りながら、お茶をもてなした上に嫌悪感を持たないと訴えた。

先の主張に対してのそれなりの証明にもなるが故に、吏史は頭上に疑問符を浮かべて呟く。


そうすればハントはどこかしら観念するような調子で、それでいて落ち着いて、窶れた様子も隠さずに告げていた。


「終活期の……この歳になってくると、どうしても、未練を捨てようとしてるのか……過去を思い返して、迷走も多くてな。……時折、な。わからなくなるんだよ。絶対的な正しさと言うものは、真なのかと…」


絶対的な正しさ、真。

長らく生きていながらもそれが定まらず、抱いてしまった疑問に惑い揺れるよう、ハントは目を伏せていく。

皺だらけの枯れた手を震わせて、カップを掴む力が強まってるのが見えた。


「……。よほど話したいのはわかったけど。オレには時間がないから、また、今度にしてくれ」

よほど聞いてほしい話であることは伝わりはした、が、それは別に、何も今でなくてもいい筈だろう。

今は時間がないのだとそう返した吏史は話を切り上げるようにも立ちあがり、この場を去ろうとする。


「ッ、ぅぐ!」

だが、足元を踏み外してしまい派手に椅子から転げ落ちるかのように転倒してしまう。


「……ぇ、ぅ………?なに、……?」

床に、うつ伏せてしまっていた。木製の冷感を触れた皮膚で覚えながらも、吏史はそこから体を起こすことがままならない。

――力が入らないのだ。

どうやら全身の筋肉が麻痺して弛緩しているらしく、舌の羅列もまともに回らず開いた唇からは辿々しい声と呼吸が漏れてしまう。

何とか動かそうと踠く指先が床を引っ掻く音が、微かに立っていた。


「……こうするしかないんだ。こうするしか…」


言い聞かせるように繰り返して呟くハントを、吏史は唯一勝手が利く瞳を動かし見上げる。

穏やかな雰囲気は一掃され、今は危うげな空気感を携えていた。

「こうするしか、ないんだ」

不穏さを纏った状態で溢れんばかりに開いた己の目を両手で覆い隠し、乾き切れて荒れた唇をハントは無機質にも動かしていく。


「……ごめんな、ごめんな。だけど、もう強引にでもことを運ばねば、あの子への償いにならん……」


現状の理由を。アルデの訓練で慣らされていたことでこの感覚に覚えがあった吏史は判断する。


――そもそも第十区『豊』は新薬開発のために花の品種改良を進めている。

薬を摂取し過ぎれば毒となり、一部の毒が薬となるように。『豊』では毒を得ようと思えば様々な種類の毒を簡単に取れてしまう環境だ。

だからお茶に盛られたのだろう。神経麻痺を引き起こす毒を。

初めからそのことに気づき、ハントにもてなされた時点で疑念を抱いて警戒すべきだったと己の迂闊さに悔しさ滲ませながら、力が抜けていく中でも吏史は目元を僅かに歪ませた。


「クオーレ。どうか許してくれ…お前のように……見送る形で死んでしまう『古烬』は、二度と出させないからな。……絶対に、絶対に」


毒を盛るという罪を起こした自覚を持ちながら呟くハントのその誓いは、表情まで含めて酷く虚なもので。

どこかしら邪を崇拝する狂信者の宣誓じみていた。

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