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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
33/57

『リプラント』開

吏史が目覚めた時は既に修繕が済んだのであろう、HMTがベッド横にある机上に置かれていた。

腕時計を取り装着し、機能を確かめる。

持ち主である吏史を承認したのだろう。HMTは速やかに起動された。

青色の光面が宙に浮かび上がり、イプシロンやアルデ、ネルカルの状況確認等の通知が大量に流れていく。


「うっわ。こんなに沢山…心配かけすぎたかな…」

百にも登りかねない勢いのメッセージを受けて驚きつつも、ひとまずは無事であることをこの場に来てくれたイプシロン以外には返信していった。

イプシロンには例のティアへの不可解な点を贈る形で、尋ねるのだが。


「……あ。ディーケやシングドラからも来てる」

殆どがネルカルから受信された大量のメッセージの数の中でも、実に珍しい面々の名を一通ずつ見かける。

もちろん、吏史はこれらも対応していく。


『そちらの状況とイプシロンは?』

ディーケの短い文面に対しては『合流したけど、すぐにローレオンに依頼された別件で第一区に向かうみたいだ』と返す。

『なあもしかして我が雨とか降らしに向かったほうがいいか?』

どこか文脈がズレたような心配と応援をしてるシングドラには『晴れたほうが動きやすいから平気だ』と遠慮を示した。


これで全部だろうかと安堵の息を吐いて、メッセージ画面を閉じる。

ベッドから降りて着用していた服を脱ぎ、パッと素早く着替えを済ましていく。


「……よし」

最後にはイヤーカフを絶対に落とさぬようにしっかりと付け直した上で、吏史は病室から出た。


通路では既に準備を済ませていたのであろうカミュールや、どこかバツ悪そうな様子の朝海が佇んでいる。


「おはようございます。吏史くん。昨日は、散歩楽しかったですか?」

「ああ。おはよう。うん、まあ…もしかして狙ってた?」

「さあ一体何のことやら。偶々…別の方が起きてるなと思い出してのことではありましたがね」


カミュールからウインクを贈られた。

つまりは、確信犯。昨夜の提案は朝海も起きてるのを見かけた上での案。

「あー……なるほどな…」

そう読み据えてしまえるほどまでに白々しい返答ではあるが、吏史は苦笑を返すだけだ。

実際、朝海の心境を知れたきっかけになったわけではあるし、カミュールなりの意気なのだから文句は言えない。


「…おはよ」

会話を交わした後、吏史は朝海からも軽い挨拶が送られた。だけど、挨拶だけではなかったようで。

どこか気まずそうな調子で尋ねられる。

「……あのさ。HMTが直ったなら、ちょっとした質問…なんだけど」

密やかな耳打ちをするように、吏史しか聞こえない声量で朝海は確認する。


「なんかさ――すごく荒々しい…乱暴な文面…来なかった?というか知り合いにいたりしない?雄々しい男言葉口調の方…」

「え…」

記憶を掘り返して…多少それに該当しそうな者は知っている。――ただ、先に確認した際に該当者からのメッセージは受信していなかったし、気軽に連絡し合うような間柄でもない。

だから、吏史は首を横に振って正直に答えた。

「来てない。口調…だけだったら【ルド】以外なら居るけど。オレは連絡を取り合ってないし、お互いに知らないと思う」

「そっか…」

納得を得た朝海は目をうつ伏せて悩ましげに顎に手を当てる仕草をする。

「吏史にも届いてないか、んー…なら。何かの間違いなのかな?ありがと」

「――おはよう諸君」

そう呟く朝海の話題が切り上げられるよう、ローレオンの重い靴音が診療所の通路を鳴らす。


「では、早速だが。ルベライト発電所に向かおうか。イプシロンは既に第一区に向かったが、ジルは『門』前で待機している。長らく待たせるわけにもいくまい」


すぐに向かうとを促すよう手招きを行い、診療所の外に向かおうとするローレオンの外套の端をカミュールが掴み引っ張る。


「うん?」

「すいません。白雪は連れて行っても良いですか?」

「ああ。…なるほど。白雪くらいならば構わないとも」


要望こそは叶えられたものの、最低限の条件と言わんばかりに白雪は青い首輪とリードが着用された。

それがとても煩わしく鬱陶しいのだろう。白雪は邪魔だとばかりに噛みちぎろうとする。だが、己の肉が障害となり、床に転がり埋もれて短い手足をジタバタと振って暴れるだけだ。

そんな白雪を朝海はじっと見つめている。

「…可愛い…」

ポツリと呟いたその言葉にカミュールがそっと告げた。

「でもこの子の体重、百貫クラスはありますよ」

「ぇ」

嘘だろうと愕然とした声が朝海から漏れて梅瞳が向けられるが、吏史は薄目で苦く笑うのみ。決して否定したり擁護しない。

何せ怪我がひどい時は苦労したし、バッグに詰めて担いだときも大変重かった経験がそうさせた。


「ずっとこの子を吏史君に持たせてばかりだったので今日からは歩かせます。ほら白雪。頑張りなさい」

「ァゥ…」

「なんですか。不満そうにして」


嫌がる白雪のリードを引っ張り、歩くことを促すという微笑ましいやり取りを展開されながらも『平定の狩者』一行は『門』へ向かおうとする。


「白雪ちゃん、歩く時は結構早いんですね」

「まあ、やる気を出せば。そういう異能の子ですか」

「…え?え?…この子アストリネなんですか…?」


カミュールの前を朝海が立つ、そして吏史は最後尾だ。

吏史はジルに質問がある。ただ、直感的なものだから皆の前で問い詰めるような真似をするわけにはいくまいと、少しカミュールと朝海から離れた位置を選んでいた。

「私、白雪って初めて聞きました…あ。様ってつけたほうが良いですかね…?」

「僕が畜生とたまに呼ぶので…どちらでも良いかなと…。それと、こういう初めから人型を取る気もない子は結構居ますよ。頭数こそは『アダマスの悲劇』を経て相当減ってしまいましたが…未だアストリネの数自体は百を超えてますからね」

会話は弾むが並び順は変わることなく進み、朝海とカミュールが診療所の扉をくぐる。

追いかけるよう吏史にも扉を通る前に、影がよぎる。

直ぐに背後を振り返りながら見上げれば、影の元らしいローレオンが立っていた。


「吏史。HMTの調子はどうかね?コンディションの方も万全だろうか?」

「あ。はい。良さげ…です。ありがとうございます。体調も、今は特に問題は…」

「そうか。ならよかった」


モノクルを付け直す仕草を交えて、ローレオンは報告を行う。

「修理ついでに()()()()()は消しといた。多少動かしやすくはなってるはずだよ」

「あ、ありがとうございます」

そこまで気を遣い施してくれたのかと動揺を覚えながらも礼を返す。

何故、ここまで色々丁重な親切をしてくれるのか疑問符が浮かびそうになる中で、ローレオンがどこか、懐かしむように呟いた。


「やはりきみたちは無償の施しに慣れていないのだな」


どこか傷が深い悲しみを滲ませたその声色に、夏空の瞳を瞬かせて見上げたが、ローレオンは目を合わせることなく己の目を手で抑え隠している。

「…失敬。独り言だ、これは…おくびのようなものだ」

背後に立つことをやめ、吏史の隣を通り先に進み行く。


「……行こうか」

全く不思議なことだと、吏史は疑問にも思う。

ローレオンは大きい体格だ。誰よりも逞しい。――なのに、時折あのカミュールよりも背中が小さく見えてしかたないのだ。


「……おや、吏史君。どうかしましたか?」

そうして歩みを止めていたところで、カミュールが声をかける。

「ああ、いや。ごめん。…何でもない」

慌てて首を振って呆然とした心地を払いのける形で反応を示し、早足で進んで皆の後を追いかけた。



『門』を超える形でしか到達できないルベルライト発電所は、広大な平地に建設された【暁煌】の要と言っても過言ではない大規模な施設だ。

昔建設されていた古き工場を建設し直したらしい。今は白を基調とした瀟洒な外観をしている。また、全体的な広さは第一区『暁』と大して変わらない。もし数百人が住むとしても全く問題ないだろう。

【暁煌】の要――と言われる所以はHMTを始めにして多くの電子機器の要となる永続性備えた蓄電池を唯一製作できる場所でも大きいが、【暁煌】全体の電力供給を担っている点もある。

特に恩恵を受けてるのは空中浮遊し続ける第一区『暁』。

かの代表区は膨大な電力を消費する。故に、それを賄える電力を編み出すルベルライト発電所は切り離せない施設といえよう。


その施設内を特にトラブルに見舞われることなく、一行は進む。

足場となる菱形の網目状に加工された金属床の下には配管が通っており、そこには大きなエネルギーを通してるのだろう。移動時に立つ足音とはまた別に、大小様々で平らに整列した配管からは高圧された水が噴射されるような稼働音が絶えずに上がっていた。


「まだ奥に進むのですか?」

順番的にはローレオンを先頭にジル、朝海、吏史とカミュールという並びである。環境音の影響もあり最後尾から先頭へとかけるとなると声は多少大きくなければかき消されてしまう。故に、声を張り上げる形でカミュールはローレオンに尋ねていた。

「…僕たち、もう十分以上進んでませんか?」

施設内に大分進んだはずだ、だがしかしまだ歩みは止まらない。しかも光景の変化もないただの発電所と思えないような変哲の中を、どこまで進ませ行くつもりなのかという質問だ。

「きみたちに見せたいのは最深部とも言える動力炉、この施設の中心となる場所だ。まだ、掛かる」

案内を務めるローレオンは振り返ることもなくそのように答え、一定距離ごとに設置された入念な電子セキュリティロックがかかった扉を解除していく。

そうして奥の道を開き、深い底まで誘っていた。


「しかし、電力って聞いたら【ルド】では風力発電のイメージが定着してたけど…ここではそうでもないんですねぇ」

「……まあ、実のところ僕もこの発電システムの詳細はよくわかっていませんよ。何かしらの手法で大量に発電されるくらい認識です」

「カミュール様でもそうなんですか?」

「ルベルライト発電所の立ち入り自体ローレオン、間陀邏を始めにした六主にしか許されてません。例外は…エファムくらい…だったかと。ですよね?」


朝海との会話の合間にカミュールがその真偽をローレオンに投げれば、背を向けられたまま小さく首肯される。


「そうだ。かの方のみが例外で、此処は原則六主以外の立ち入りを禁じている。施設内のセキュリティ自体は……今は、私か間陀邏でなければ開かないがな」

「今は…」

「エファムは行方知らず。――ヴァイスハイトはもういないからな」

吏史は思わず息を飲みかけたが、そこは、耐えた。自分の父親が管界でも相当重要な立ち位置であったことをひしひしと感じながら、ふと。星が浮かぶ翡翠瞳が脳裏に過ぎった吏史は呟く。


「……オルドでもダメなんだな?」

『陽黒』を超えて、『古烬』壊滅まで追い込んだ『平定の狩者』の協力者であるイプシロンは功労者といっても過言ではない。多大なる世界貢献を果たしただろう。エファム同様、例外枠に入っても良いだろうに。

素直な疑問を持つ吏史に、カミュールはすかさず突っ込む。


「それは【暁煌】の機密も同然だから当然ではないでしょうか?ただ、彼の場合は別に潜入とか不要で。心読んで探って終わりでしょうけども」

改めて明示されてずるい異能だ…と吏史は内心で思い知る。

その上[核]を再構築操作する特性まであるのだから厄介極まりない。

「……だから、オルドは厄介払いみたいに第一区に向かわされたのかな」

ふとポツリと呟いた疑問に合わせるよう、隣に居たカミュールは小声で返す。進みゆくローレオンには聞こえぬ声量で。

「……ええ。それもあると思います。居るだけで厄介ですから。ですが、正直絶対的味方が一名いなくても貴方とジルさんだけでも戦力としては十分かと」

戦力とかそういう問題ではなく。今、そのジルの心を計りかねてるから吏史は困り果てている。

結局ジルに聞けてないのだ、昨日の違和感を。手段がない…わけではないが、直接的に話した方がいい気がしてならないというのに。

「………そうだよな。きっと大丈夫なはず」

ただ、これは己の直感だ。カミュールに尋ねたとしても何のことかわからず戸惑わせるだけだろう。だから懐疑心を明かすことはしない。

「なぁ。カミュールはオレが…先に構えておくのはアリだと思うか?」

だから――密やかに耳打ちするよう確認をした。


「……全然アリだと思います。僕、正直三十二代目ローレオンのことあまり信用していないので。因みに『ゴエディア』を継続して顕現することに貴方の身体的な不備はないのですか?」

「顕現なしで『覚醒剤』を先んじて飲むのは…大丈夫だと思う。『ゴエディア』も、昔と違って切り替えも容易だし持続時間も伸びてるよ。なんなら最深部前でこっそり出すつまりで、どうだ」

「……ああ。確か、三光鳥の……。でしたら、例の動力炉前に到着する直前でそれを飲む形で行きましょう。顕現も良いかと。服は丁度和装なので…袖とかで隠せますから」


そうして秘匿的な作戦を決めてから互いに頷き合い、カミュールが敢えて吏史から離れて白雪を連れて先に進み行く。

恐らくはサポートだ。彼女は敢えて自分が音の元として物理的に近くなることで、吏史が陰で作業しやすいようにしてくれてるのだろう。


有り難く思いながら吏史は後を追いながらも隠し持っていた『覚醒剤』を取り出す。

それを握りしめて、――普段通りに見えるジルの背を眺めていた。


そして一行は更に発電所の奥地、最深部まで進む。真っ直ぐな道だけではなく、電子昇降機も利用して地下に降りては更に進む。

――道の終わりは、金属床ごと断ち切るように来訪者を拒む白壁だ。行き止まりと思わしい壁を前にして朝海は周囲一帯を見渡し狼狽える。


「あれ。ここで終わり……ですか?」

「いいや、違う」

そう疑問の解を示すよう、ローレオンの手が壁に向かって伸びた。


「此処が最後のセキュリティだ」


そうしてローレオンの手が壁に設置されたディスプレイ――白色の電子テンキーに触れる。


十三桁の番号を的確に打ち終えて、青白い光が向かい伸びたが、それを避けることなく受ける形で指紋、角膜の認証を済ます。

モノクル型のHMTをも通し、四段階の認証が済んだ重い扉が左右に開かれた。


「この先が、【暁煌】の電力の元になる」

「……それにしては、暗くないですか?」

「暗い方が都合がいいんだ」

「暗い方が都合がいい…?」


発電所の動力室であるのに、照明もなく真っ暗闇な理由にはならないだろうと疑問の声が吏史から上がる。

「…空っぽだとしても、見た目がな」

しかし追加で得られたのは奇妙な説明だけでローレオンには進まれてしまうため、これ以上の会話は弾まない。

其々が歩み、踏み込むことを余儀なくされる。


「……」

ジルは一瞬、進む歩みを止めてしまっていたが、それでも緊張感を解くように深く息を吐いて済まし、前を見据えて進んでいた。


そして。


「………(飲むのなら、このタイミングしかない)」


最後尾である吏史は、忍ばせていた『覚醒剤』を一本取り出して、捻るようにして蓋を開き唇にあてがう。

『ゴエディア』を顕現しながら中身を傾けて一気に煽り、全て嚥下した。


「……ッ゛……ッ…」

青々しい雑草と青虫を摺鉢で潰し濾した、そう形容してしまうほど不快すぎる苦渋の苦味が襲う。軽度の毒を飲んだように舌の痺れすら感じられて悶絶し吐気すら催すものの、吏史は下唇を強く噛んで、何とか声を出すことを何とか、抑えきって。

溢れかえった唾液で口端が汚れかけたところを手の甲で乱暴に拭い、吏史はイプシロンの『覚醒剤』異能を飲み切った。


「……ッ、ハー……」

息を短くも深く吐いて、胃液ごと込み上げた不快感を流していく。

このような形で切り札の一つ…最後のイプシロンの異能を使うのは悪手かもしれないし、ジルの反感を買うやもしれないが――吏史は昨夜の違和感がどうしても、無視できない。喉に引っかかってばかりだから無視という形に落とし込めないのだ。


「(…ごめん、ジル。もし、これが過剰な心配で、オレの杞憂で。見られたくないものを見てしまったら…。だけど、)」

彼女の心を汲み取ることでそれが解決できるのならば、使うのは吝かではない。ローレオンの目的を看破する為にも都合が良いし、決して悪くない手だろう。


「(…オレは世界が壊れるより、今大事な存在が、ジルが居なくなる方が怖いんだ)」


黒骨の装甲『ゴエディア』が顕現する手を握りしめ、暗中の最深部に向かって歩を進めていく。


其処は照明がない地下空間。沈殿した多湿に満ちている。発電所なはずなのに妙にまとわりつくような生臭さが鼻腔をくすぐり、場に居る者には不快感を覚えさせる。

「……あれ。今なんか青白い光が…」

「アレは違うな、『門』の方だよ」

「…結構此処の入り口近くに設置されてるんですね…?」

「ああ、何かあった時のために置いてある。近づかないほうがいい。私か間陀邏、あるいは承認された者しか通れない仕様だ。そうでないものは弾かれてしまうんだ」

そんな対話を朝海とローレオンが交わす中、更に奥の方に進んでいけば、来訪者を迎入れるように白光が灯り始めた。

暗中に灯る唯一の光に誘われる灯蛾のように、元を知らぬ三の視線は光源に誘導され、皆、一様に。声も上げずに言葉を失う。


「………これは、」

開幕を上げるのは眉間に皺を寄せたカミュールだ。一歩と、よろめく様にも下がった彼女は長い藍白髪を揺らして頭上に括られたものを見上げ続ける。


「…一体何ですか、これは」


吏史と朝海と他の二人が驚愕で瞠目し続け、血の気の引いた青顔で絶句する中、もう一歩、動揺を覚えて後方に下がった後にカミュールは立ち尽くす。

部屋全体を飲みかねないほどの黒曜の影を編み出す存在を、藍白の双眸で見上げていた。


「巨大な……蛇?」


一見印象としてはそのような印象がある。

皮膚全体を覆う鈍色の鱗を持つ人の巨腕が交じる蛇形の生物らしき存在が天井で磔にされるように吊るされていた。

胴体から伸びた巨腕は最深部全体まで届くであろう大きさだ。もし動かせるのであれば吏史達に重量の暴力を振るえるであろう。しかし、両腕共に関節を赤色の杭で打ち付けられておりそれに自由はない。波打つ蛇形の下半身も丁重に大量の杭で打ち付けれてることから、まるで地獄の下層で杭打ちの劫罰を受ける邪神めいた光景だ。


しかし、ただ、罰を受けてる構図なだけではない。

それは口内を強引に開かれており、皮膚、肉を容易く穿つであろう鋭利な四本の牙をむき出しにさせられている。

その牙から漏出し出してるのは毒と思わしい深緑色の液体だ。制御がつかない蛇口のように垂れ流しており、真下に設置された器はその液体を集めており、何かを圧縮する作業を行う様に渦巻いていた。


カツン、と金属の床を立てたのは誰か。

同時にカミュールが髪を振り乱す勢いで振り返る。

手をこまねき佇むローレオンに対して、無感情な彼女には珍しい動揺に溢れて荒げた声が上がった。


「なん…ですかこれは!何故、発電所にこの様なものが…!」

「これは『リプラント』の抜け殻だよ。今は、二十年前に…主なる核と書いて、『主核』と呼べる存在を無くしてしまってる影響で仮死状態ではあるのだがね」

「………今、何と」


冷静を保ったまま、ローレオンは冷徹にもモノクルを掛け直す仕草を交えてカミュールに、吏史や朝海に宣告する。


「これが、『リプラント』。二十五代目エファムの手によって主核を失った……『古烬』が生み出した永続的な発電器官を保有する人造生物にして破壊兵器だ」


吏史の夏空の瞳が揺れた、多湿に塗れた宵闇の中でも煌めく。

精神干渉異能のイプシロンの異能が突きつけた。心理の裏は何もない故にローレオンの発言には、嘘偽りはないと。


「…………永続、発電器官……嘘でしょう?まさか、」

何に気付き、思い至ったのか。カミュールは思わず白百合の花束に隠れた装飾品を握りしめる。その小さな手の内に収まる金枠で飾られた青石のアミュレットを握りしめながら、表情は大きく苦痛を帯びる様に歪み始めていた。


「…っ、かつて、二代目ヴァイスハイトが軸となって開発されたHMTは……初期型は取り返し式でしたよね。ですが、人体に流れる電流のみで補填し蓄電池がほぼ永続するHMTの新型は二十年前から流行し全ての電子機器もそれを基準として趨勢しました。第一区『暁』も、そうですよね?ネルカルの力を借りずに……浮遊都市として完成したのも、大凡二十年前のはず………っ」

ローレオンはカミュールを据えたまま、ジルは僅かに目線を逸らす。

「答えてください!」

その雰囲気を一掃するよう手を払う動作を交えながらカミュールは噛み付く様にも激昂を上げる。


「『リプラント』を、『古烬』の兵器を用いていたというのですか!?こんな生物兵器を破壊せずに、人理に反する様な手法で利用していたと?!」

「そうだ。利用した。あの体液は実に便利だ。永続的な発電性質がある。ヴァイスハイトがその性質を利用して新たなる新型を開発しより文明を発展させ――」

「そういう…そういう問題ではありません…!道徳的に終わってると主張してるのです!…っこれでは『古烬』と何も変わらないではありませんかっ。一部のアストリネを捕え、肉体を切り刻み、個が持たないのであればと多くの継承を重ねさせて非道を重ねた奴等と何も相違ない!」


カミュールは彼等を心から嫌悪し憎悪していた。

五十代目という最多の継承者になるよう代を刻まされた彼女だからこそ、同程度に堕ちることへ怒り心頭になるのは仕方ないことなのやもしれない。


「…我々は…秩序を破る破壊者を滅し、世の平和を護る種族ではないのですか!」


吏史は何度も輝く目を瞬かせる。

機能した異能が暴く。カミュールのアストリネとしてのあるべき姿。勧善懲悪を謳う糾弾もまた、真の悲鳴であると判断させた。


「――そうだ。こうして利用する形で我々が世界の管理を続けてるが故に、文明は発展し平穏が保たれてるだろう?」


このローレオンの返答自体、カミュールに於いての残虐行為だとまで、心理看破の異能が射抜く。

「……クッ…!」

歯を噛み合わせ、ギリと歯軋りを立てて藍白瞳が据わり、仇敵と相対したかの様にローレオンを睨みつける。それは彼女が『リプラント』を許容できないという示しであった。


「……きみの気持ち自体過ちではない。寧ろ正しい。もし正義はいずれかにあるかと秤にかけ裁定するならば、きみの判断が正だと万人が謳うだろう」


ローレオンは静かに淡々と返す。兵器を隠蔽していた立場でありながらカミュールの追及に応じ肯定する態度だ。

「は…?」

戸惑いが生まれたカミュールは思わず虚をつかれたような声を漏らして咄嗟に、吏史を見てしまう。

嘘がないかという確認作業をする露骨な行いだ。されは吏史が『覚醒剤』を用いて隠れて『ゴエディア』を用いている証明にもなる。

藍白瞳の視線が交差した際、吏史は二つの意味で動揺した。二つの意味カミュールの露呈行為と――ローレオンの発言には一切裏がないと異能が示したことに。

「ッ、」

失態を犯したことにカミュールが気づくが、もう既にローレオンの榛色瞳は意味を汲み取っていた。


「そうか。何やら二人で結託して隠れて行ってることには気づいていたが…『ゴエディア』を顕現させイプシロンの『覚醒剤』を用いていたか」

「……これは、僕が命じたことです。吏史君に非はありませ「いいや、責めるつもりはない。寧ろ都合がいい。見えてるのだろう?私の発言に嘘はないと」


すかさず庇おうとするカミュールの発言を制して、ローレオンは言い放つ。この状況は寧ろ好都合。自身の信用を超心理による異能で勝ち取れるのならば細かい説明を要さない。


「今、イプシロンの異能を用いてる限りは真実であるときみは否応に信じざるを得ないのだ。透羽吏史」

そして、カミュールも朝海も吏史が何も言わないならばそれが揺るがぬ事実だと信用せざるを得ないのだ。


「心を見破られるということはどれだけ残酷な話をも飲まざるを得ないことだろう。向き合いたくなくても、逸らすことはできない。強制的に教え諭されるも同義」

ローレオンは数歩程、吏史に近づいていく。

重量の乗った歩みが鼓膜を揺らすのを、どこか遠い意識で聞くだけで、体は金縛りにでもあったように動けなかった。

そうして、夏空の視線だけがまともに融通が動く中、ローレオンの影が差す。冷淡な榛色瞳に覗き込まれる。


「よかったではないか。きみは此処で、敬愛する師匠たちの長年の苦悩を知れる」

「………たち?」

イプシロンだけではないその物言いに、反射的にも尋ね返す。それをローレオンは跳ね返さない。

啓示するように人差し指を立たせて掲げ始める中、同時に静観の姿勢を貫いていたジルの赤眼が、僅かに歪んでいた。


「では端的かつ簡潔的に、真実を伝えようか。――ジルコン=ハーヴァが『リプラント』の主核だ」

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