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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
28/56

『悪役』

三分前。

吏史とカミュールが現場に駆けつける前の話だ。

非常口から強引に出た二人は、まず百段以上はあるであろう長い階段を前にすることになる。それなりの運動的負担は生じるだろう。駆け足で行う分、尚更だ。だが、吏史は予測できた。

カミュールの運動能力は高いとは言えない。故に、彼女が自力で登り切れるには時間を要する。吏史の四倍の時間をかけてしまうやもしれない…が、そこまで時間をかけれるのだろうか?

故に、吏史はカミュールに意を尋ねた。

「…此処で待つってことは…できなかったりするか?」

「はい。白雪は兎も角、僕はできれば連れて行ってほしいです」

そのため、非戦闘要因である白雪を非常口前に待機させ、吏史がカミュールを背負う形で移動が決定する。

背負い込まれる前、カミュールは手早く作業を進めた。

「吏史くん」

先ずは空き瓶だ。先の珍妙な飴が入っていた透明な瓶をカミュールは吏史に渡す。


「これを使ってください。投擲物はある方がいい」

「あ、ああ。わかった。ありがとう」

「それと…」


そしてバッグの中から取り出すのは箱梱包された白百合だ。

まだ萎れていない瑞々しさを感じさせる一輪の花。カミュールはそれを摘み、吏史に掴ませる。


「此方を食してくれませんか?」

途端、吏史は険しい表情になり口を噤む。そうした嫌悪を込めた抵抗を無表情で見届けたカミュールは、それでもするべきだと推した。


「吏史くん。僕は貴方に一つの疑問を抱いておりまして。それは今後の活動に影響しそうなことなのです。検証と解消を兼ねてほしいんですよ」

「…それで、アンタの命を食べてみろってのは…ごめん。抵抗がある」

「ただ腐らせるよりはいいじゃないですか」


アストリネの命だからという理由で拒否する精神は無用。

「命に序列なんてありませんよ、吏史くん。もうこれは残骸のようなものですし未練もありません。どうせなら活用して糧にしてほしい」

無駄にする前に利用して欲しいと藍白瞳が色異なる青と黄色。夏空の瞳を見据える。


「…それに、僕の命は僕のものですので。その前提で僕は、貴方に使ってほしいと選んでいるのです。嫌でなければ使ってくれませんか?」

そうしたカミュールの主張を吏史は、やはり、許容できない。受け取ったとはいえ『覚醒剤』については今でも納得していないのだ。目を泳がせて返しを詰まらせてしまう。


自身を軽んじ合う者同志でありながら、相反した思想という表しだった。


「どうか、花を貰うように。受け取ってくださいな」


しかしそれを理解していながらカミュールは、引かない。

吏史のこれまでの人生を知らないからこそ、同情して身を引くことはない。

利用できるものはするべきだと、遠慮なくも心の域に踏み込んでいく。

「先もお伝えしたとおり。これは、貴方が奪うのではなく貴方が願われて得ることなんですよ」

拒否しながら手にされた白百合を握り潰したりとぞんざいに扱えないでいる吏史の手首を掴めば、その双眸は大きく瞠り揺れていた。


「無事を願われ、信頼を寄せられ、心を誰かに託されることは……貴方にとって苦痛となりますか?」


先天的に兵器を備えながら破壊行為に躊躇する少年の傷だらけの手を決して離す真似も素振りもみせず。

まるで、祈りを込めるように。


「苦痛でないなら、どうか、貴方の心が思うままに使ってください」


何者であろうが生きる心は自由であるべきだと、カミュールは小さな両手で吏史の手を包んだ。




――現在。


クモガタと対峙した吏史は少し乾いた喉を上下させる。無理に丸呑みした影響で若干傷ついたのかもしれないが、大した痛みではない。

大きく気にすることないと判断して、先ずは周囲に視線を回して状況を整理した。

敵対対象は四。動揺を生じてるとはいえ依然構えを解かない武装した三人衆と二十八代目クモガタ。

救出優先度は、行動制限されてるだけで封殺はされていないジルより、敵に囲まれてるも同然の朝海の方か。

「……」

拳を握ったまま、顔の前に掲げた。格闘の構え、ファイティングポーズを取る。


「吏史くん。二人は尋問用に残した上で…場を攪乱させてくださると助かります。その間に僕がジルさんを解放に向かいますから」

小さな声でカミュールが囁く。その申し出に対し、吏史は黙って首肯した。


「…カミュール嬢、貴殿が何を企んでるかは分からんが。これはおままごとではないのだよ。貴殿が力を誇示できぬ無力なアストリネであることは知っている。そして希少であることもな。だから大人しくするなら貴殿の命だけは―――」


ダン!と金属床を蹴り上げた音を置いて、一瞬にして姿を消す。

それは瞬きの間、刹那のこと。

ベラベラと戯言をほざくクモガタの顎の真下、懐にまで入り込んだ吏史は腰や上体を拗らせ真上を穿つ拳を放たんとした。


「――っは?」


それを、認識したところでクモガタは避けれない。もう遅い。吏史の拳は既に振り上げられている。

回避不可の距離間だ。


「ぼごぉ!?」


顎に、『ゴエディア』の装甲が深く減り込む。

骨が砕ける感覚を感じて吏史の表情は一瞬歪むものの、直ぐに下唇を噛み顔を引き締めた。

減り込ませたまま、クモガタを外の夜景に向けて、勢いを殺さぬまま吹き飛ばす。

鍛え上げられた膂力も乗せた一撃を踏みとどまれるほどの体幹は――クモガタには備わってない。

間抜けな声を上げて狙い通りに発電塔外に突き落とされるだけだ。


「…!?く、もがた様!!クモガタ様ー!!」

「嘘だろ呆気なく落ちやがった…」

「Shit!!一体何だこいつ!!一撃でアストリネ様を飛ばしやがったぞ!?妙な装甲を持ちやがって…!どっから出してきた!?」


悲鳴じみた声を上げる者。呆気ない退場に呆然とする者。舌打ちしながら吏史に対して警戒心を高めて銃口を向ける者。

十人十色の反応。だが、意思は一つに染まる。

吏史は危険だ、まともに動けなくなっているジルよりも対処すべきは吏史。最早計画は破綻した、朝海をわざわざ狙う必要性はない。

自分たちの依頼を完遂できないのであれば、害を及ぼす存在に刃を向けるのは至極同然だ。


銃を握った男は躊躇いなくトリガーを引く。銃口から数発。

吏史に向かって銃弾が放たれた。

それは夏空の瞳は捉えている。

身を翻して自身の腹に迫る弾丸を避けていく。

足を素早く機敏に動かし、稲妻形を描くよう縦横無尽に駆け出しては立て続けに撃たれる銃弾を避けながら男との距離を詰めた。


「は、ぁ!?嘘だろ…!」

信じられない身体能力だと驚愕する。発砲された銃弾より早く動けるなんて、そんなの――到底人間が成せる芸当ではない。

「δ!!」

「!」

しかし、男が動揺してる最中でも時間は経過する。否、寧ろ、声を上げたという時間を吏史に与えてしまった失態を犯したのだ。

気づく前に結果は示される。

男の真下には夏空を連想させる瞳があり、動揺に身を揺らした己が映った。

「――ゃば」

い。と全ての声は紡げない。

直接腹部を殴られて、体がくの字に曲がり胃液混じりの吐瀉物を吐き出す音が漏れた。

「ぐ……がはっ!?」

一撃だけのみならず、吏史は続けて二撃目も放つ。躊躇せずに男の腹部に与える。響く鈍痛により姿勢を正せない。

そう、男は自ら頭を差し出すような姿勢で硬直した。

「が……クソ、が…ぁごっ?!」

吏史は機会を逃さない。


まずは膝を曲げて、伏せた顔面を殴打する。打撃で反撥するが体勢は変えない。

吏史は真っ直ぐ足を上げて伸ばす。

「ッフ!」

短い息を吐き、風を切る速度で直線に振り下ろした。

ゴッ!と、鈍い音が辺りに響く。

「――ッガ…ッ!」

それは出された後頭部に向けて、踵落としが炸裂した音だった。

たとえ屈強な男といえども、立て続けに二度も急所たる頭部を殴打されれば耐えられる道理はない。脳震盪は引き起こされる。

男は白目を向く。受けた衝撃を流せることもなく、地面に向かって強く、叩きつけられた。……わずかな痙攣を起こた以降。地に臥せたままピクリとも動かなくなった。


「!」

それを悠長に見下ろし続けてる間も無く、チリッと肌に静電気が走る感覚を覚えて反射的に背後を振り返る勢いで横目に見る。

差し迫るは黒と銀、警棒とナイフ。

交差するように振り下ろされた、左右に逃げることを許さぬ二つの武器。月光を受けて輝く獲物を淡い黄金色が浮かぶ瞳が、視認する。

吏史の瞳孔が恐怖に惑い、揺れることはない。

迷いなく即決で動き、身を伏せる。殴打と斬撃を避けながら床を踵で引っ掻くように足を回して円を描く。

「ぅお!?」

そうした足払いを起こして二人の男の転倒を誘発させるものの、動きに気づいた男達も咄嗟に地団駄を踏む形を起こすことで避ける。

だが、それだけで終わりはない。

吏史は身を伏せていた。故に、伏せている状態を維持したまま、グルン。と体を捻るように回す。二人の男の間を潜り抜ける。


「…んな…嘘だろ、こいつ!器用か!?」

「動揺するな!」

「わかってる!」


後方に跳び退き男達から距離を取った吏史を、ナイフ、警棒を其々の片手で回し持ち直した男たちが同時に追う。

顔、首、胸。そして脇腹と、多くの急所を狙った突きや振り上げを連続で同時に放つ。

元々警棒の軌道は風の動きで読みやすい。左右に揺れるようにも最小限の動きで避けた。ナイフは軽やかではあるが、白刃を『ゴエディア』に当てる形で対処して弾く形で対処できる。

そのように、慌てることもなく吏史は剣戟と棒術をいなす。

「…くっ、そ」

苛立ったように舌打ちが漏れた。

何故ならそれはある種の露骨とも言える時間稼ぎだいやでも肌で感じ取れる。

現在、男たちの数は残り二名。カミュールの指示通り意識がある状態で残し、時を待つ。

吏史は回避に徹している。


「くっそ…!こんなガキに!」

わかっていた。舐められてるようなものだと。腹が煮えくりかえるというのに、男たちは全く押し切れない。

数のアドバンテージはとっている連携が崩れてるわけではないし経験だって自信はある上に手加減は初めからない。

ただ、単におかしいだけ。

『失敗するかもしれない』という不安と躊躇が欠如したように、迷いなく紙一重の動きを即断し即決できる吏史の身体能力が、並外れてる。

「――――ッ」

真上から振り下ろした警棒を避けられた拍子で目と鼻の先まで近づいてしまった男の肩が、揺れた。

「ッ、…チィ!」

両手でナイフを掴み渾身の力を込めて突き出したが呆気なく前に翳された黒骨の手甲に阻まれた拍子で、目があった男の舌打ちが漏れた。


それら二人の反応を冷徹冷静に、白が走る黒髪の隙間に覗く据えた異色の双眸が射抜く。

マスク越しの視線だというのに、夜の帷にも飲まれぬ煌めきを放っているのだ。まるで、眼前に鋭利な刃を突きつけられた感覚に見舞わさせる。

本能的な恐怖を抱き、背筋が震えてしかたない。


まさに蛇に睨まれた蛙。食される前に捕食者に弄ばれる獲物の心地とはこのことだろう。


「っ舐めるなよ…」

ナイフ、警棒を掴む男たちの握力が、屈辱で強まる。


「舐めるなよ!俺たちも…()()だ!」

己は浅学短才ではない。そう思い抱える矜持を、見せる威勢をも殺さぬよう、僅かな虚勢のようにも。

大きく吠えるように、武装兵は獲物を振り続けた。吏史をどこかで格上だと認めつつも、攻撃の手は決して止めずに。


――此処が確実な頃合いだろう。


離れた距離で戦いを見守っていたカミュールが、トンッと小さな足音を立てて駆け出す。

朝海とジルの方から反対方向に争い場を変えて行動機会を編み出してくれた吏史の気遣いを無駄にしてはなるまい。

その途中、粉々に砕けたもののわずかに残っていた瓶の破片を拾いながら、高い弾性を持つ絶縁体の糸に苦戦するジルの元に駆け寄った。

「ユエ…っ」

「ジルさん!お待ちください、今すぐこの忌々しい糸を切り外しますので…」

こういうタイプの物質は断ち切る力に弱いのが道理だ。ガラスの切り裂き、鋭い面を押し付けてから引いていく。

――――が、傷が一切つかない。

「んなっ」

そう、カミュールでは力が弱すぎるのだ。引く力はそこまで力を要しなくても、それなりは要求するほどの耐久性がこの糸にある。

「こ、このぉ…!」

擦りまくる勢いで同じ箇所を硝子片で引っ掻いても摩擦で熱くなるだけだ、切れる傾向は見えない。

「そこまで非力だったのか!?」

「ほんと、信じられません!自分でも吃驚です!確かに生まれ持っての強制温室育ちではありますけどねぇ!?」

ジルが嘘だろうと声を上げたのもあり、カミュールにも焦りが生じて声が荒げてしまい顔が歪む。

己の虚弱が悪さして無駄な時間を消費する。なんて情けないことだろうか……。悔しさに溢れて下唇を噛んだ。

「し、失礼します!」

そしてそこに、何者かがカミュールの手を覆うよう掴み、横槍した。

カミュールが咄嗟に声方向を見上げる。乱れた象牙色の髪を風に揺らし、涙で潤んだ梅色を僅かに据えた朝海だった。

「お手伝いします!…い、いざとなったら、私っ。私が武器を持ってますので!」

声を震わせながらも彼女は破片を取りジルの糸に手をかけた。鉄並にまで硬質化されたゴムを前にしたような硬さを感じ取り、眉間に皺を寄せて渾身の力を込める。


「いや、武器があるのならそちらを…」

「申し訳ありません!その、私の武器、刃物系じゃなくて!」

力を込めて腕や首筋、頬に青筋が浮かばせながら答える朝海を見て、カミュールも手を貸すことに動く。

「それ、っならば!致し方ありません…ねっ!」

破片にあてがわれる糸周囲を掴み、自身の体重で引っ張るような仰け反り態勢になりながら強引に引っ張って伸ばす。

少しでも耐久性を下げるために試みてのことだ。

それを見たジルも動く。

不躾だのなんだの。行儀などの体裁は最早気にしてられない。

二人の努力を無駄にしないよう、鋭い蛇牙がある口を開けては糸に噛みつく。蛇が獲物の肉を強引に引きちぎるよう顔を引き、大きく引き伸ばす。

その動作を前にした朝海は驚愕しながらもときめきを得たようにほんのり頬を染めていた。

「じ、ジル様…そんな、流石に。それワイルドすぎません!?」

「んん゛!」

そんな感想を言ってる場合じゃないから早く手を進めなさい、と。低く唸るように指示を送られ、慌てて意識を糸の方に戻すのだ。


その女性陣が行う拘束との悶着模様を吏史は見て、即座に目の前にある男達の方に視線を戻した。

ハッと短く息を吐いて同時に繰り出される攻撃をいなす。擦りもせずに躱し続けられたことで、苛立ちが表面化し乱暴な軌道になりつつある軌道を徹底して、避ける。

もう少し、あと少しでジルは解放されるだろう。そうすれば『尋問用』に泳がしてる二人の男がジルにより鎮圧されるはずだ。

そのための時間を稼ぐ。いけるだろうか?


いや、否、全く問題ないことだ。


早鐘を打つ心臓と、胃。それらの器官が肯定するように熱を感じさせてくれた。


―――ドン!!!


「!?」

場を一変させる区全体に届くであろう大きな金属音が、響く。それ自体は発電塔から鳴動するように生じてるものだ。


――ドン!ドン!ガンッ!


金属音は一度では終わらない。地響きを起こす騒音が、立て続けに起こる。

下から上へ、人ではない巨大な何かが鉄骨に身をぶつかりながらよじ登り、近づく。

そんな異様事態たる動きと悍ましい気配が振動から感じられた。


「っ!?何事だ!一体全体さっきから何が起きてる!」

「Shit!魑魅魍魎のいざこざだったら、この依頼受けなきゃよかったぜ…!」

体勢が崩れかけた男達は床に手をつけて振動をやり過ごそうとする。


「うっ!?」

「わ、わわ!…っ、ご無事ですか!!」

ジルを助けようと試みていたカミュールは転倒仕掛けるところで、朝海が咄嗟に肩を掴み支えて尻餅をつくことを防ぐ。


―――ドン!


一際強い金属音が鳴る。発生源はかなり近い。

大元から一メートルにも満たないのではないかと、音と振動で判断した吏史が警戒にはいるが――。

同時に紫紺の細毛に覆われたかぎ爪めいた鋭利な節足が目にも止まらぬ弾丸並みの速度で差し迫る。

「―――――!!」

回避は、間に合わない。何故なら既に構えを取ろうとしていた。動作という隙を晒している瞬間を突かれてしまうのだ。


節足の先端は吏史の腹部にめりこんで、端の鉄骨にまで激突させた。


「っちょ…吏史?!大丈…」

大丈夫なわけがない。その瞬間を目に入れてしまった朝海が、絶句する。

同時に叩きつけられた吏史の口元から、深く傷ついた腹部から迫り上がった赤黒い血液が嘔吐され銀の金属板が汚れていく。

「吏――」

カミュールが駆け寄ろうとするものの、そんな彼女達には巨大な黒い影が過ぎる。

朝海は咄嗟にジルの糸を断ち切る手を離してしまい、彼女の保護を優先しようと両肩を掴み止めてから影の方を見上げていた。


形状は紫紺の細毛に覆われた巨大な蜘蛛。だが、到底それだとは形容できない。


何故なら頭部には単眼はなく、代わりに両腕を欠如した人の上半身と思わしいもの。胴体同様、紫根の体毛で覆われた人の形と融合していたからだ。

三六〇度に捻れ折れ曲がった首上には顔と思わしい場所には黒色の歯が並ぶ口がある。そこから二股に別れた長い鞭のような赤い舌が伸びており、触覚のようにしならせる様はひどく悍ましい。


「……ッ、はぁ…はーっ………わたくしを、舐めるなよ…!」


蜘蛛とは決していえない存在からクモガタの声が吐き捨てられる。捻れるよう折れ曲がった首を強引に戻そうとして、ぎこちなく回し動かして、正面に、向けていく。


「わたくしが、わたくしを、正しいことを証明、する、には…!ぁあ、そう。ジルコン…ジルコン、以外…以外をぉ……ここで、ここで全部、不慮の事故で、亡くすっ…!」


纏まらないが衝動だけが明白な不気味とも言える言動を繰り返しながら、無理やりに元に戻していく。

やがて、首の捩れが正された頭部から、瞼が開くように体毛の中からは整列した大小さまざまな紫色の八つの単眼が浮かび上がり、強烈な光に煌めいた。


「――クモガタの、姓に誓い――【連結】を、成す」


その宣誓に応えるよう、さらに変化が訪れる。

開いた口と思わしい箇所……並びの良い黒歯の奥には鮮やかな紫花が咲き始めていたのだ。

「おまえ、」

信じられないとばかりにジルの隻眼は大きく瞠目し呆然とした声を上げかけたが、最早クモガタは止まらない。走り出した歯車は回る。時の流れに触れた[核]の開花は止まらない。

茎が伸びて、幾つもの小さな紫花が密集して咲いていく。みるみるうちに総状花序状のヒヤシンスが顔を出し、この世に完全開花していた。

「ッ――――舐めるなよぉ!この、わたくしを!」

人の形状を解き、己の本質をも晒したクモガタは、息絶え絶えに声を上げる。

大きさが異なる八つ目は何度も紫色に煌めいていた。――まるで、夜に示される灯台のように。

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