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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
27/56

アトラクターナ上の争い

カツンと、ヒールが銀色の金属床を叩き音が辺りに鳴り響く。

接触したと同時に火花が如く白き雷が弾けたが、その白光は消えることなく、一つの蛇のようにジルの足から顔にかけて全身を昇る。

しかし、迸る電気は誰にも向かわず。矛先を迷い揺らぐばかりだ。


「おっとっと。…攻撃してくれるなよ」

そう電気を纏わせたままでいるジルに相対する青年は笑う。

外見的特徴を加味しても二十代後半と見受けられる男性だ。

頸まで伸びた跳ね気味の紫紺の髪にグリーンのサングラスを着用することで藤色の瞳を覆い隠している。皺がついたベージュのコートを乱雑に着ながらワインレッドのシャツとグレーのジーパンと合わせることで着こなすラギッドスタイルは、洒落た二枚目という印象を与えた。

彼もまた、アストリネなのだろう。その証拠には彼の手元の装飾にある。

「…此処に来るなという意味なんだが……ちゃんと言葉にしないとわからないとは。本当に獣めいてるな、貴様は」

雷と共に迫らんとする危機を感じさせる凄まじい剣幕だ。そんなジルに対してクモガタは片手を突き出して制しているが、シルバーブレスレット型に改造されたHMTと思わしいものが動作に合わせて揺れていた。


「さて。ジルコン=ハーヴァ。此処まで来る貴様の執拗さには称賛しよう。流石は蛇女。本質的な獣の性に見合った特徴がよく出てると言える。実に粘着質な女だ」

「ハッ。…なんだ、先から随分と安い挑発を投げてくるな。安心しろ、とっくに反感は買ってるよ。足らない語彙力のくせに博識だと振る舞う様はみっともなくて腹立たしい」

子供の幼稚な悪口を受けた程度だとばかりに鼻で嘲り笑い、見えない片目を覆う長い白絹の前髪をかき上げては指の隙間から溢していく。

「それと宥めてるようならお生憎様だが、こちらは穏便に済ませる気概はない。これは、アンタが先に仕掛けてきた喧嘩だろう」

隻眼は平行に据える。蛇の瞳孔を持つ紅は紫紺の髪の男とその背後に携える重装に武装した男達――。


「…じ、じる、さま…ッ」

その一人に首を腕で覆われる形で拘束されて囚われる、顔面蒼白で震え戦慄く朝海の姿を映す。


――迂闊だった。

内心でジルは舌打ちを溢す。

油断もしていたのだろう。第七区『爛』の担当管理者にして発電所の管理も担うクモガタに『鎌

夜の脱獄』の件を問い詰める必要があった、『()()()()()()()()()()()()』とジルを外に向かうよう導いたローレオンが提示していたから。

『来客者はいない』と聞いた後に向かった客室区域に居た朝海と不可解な出会いを果たし、深緑の藻で形成されたような怪物の襲撃に見舞われながらも、五体満足無事に第七区まで訪れられた。到着は遅く夜だったが、それまではいい。


だが、来ると同時に先の男に朝海を拉致されたのだ。こうして追跡劇を経て待機されていた現場に案内された。

まるで初めから、()()()()()()()()()()()()()()()()ようではないか。


ジルに情報を与えて解放したローレオンが何かしらを企ててるのは、疑いようがない。彼に付き従うブランカも共犯だろう。

何のためにジルを利用するつもりまでかは後で直接叩き聞くとしても、……今は、問題の対処に移らねばならないわけだが。


「…クモガタ。これは警告だ」

迸る電流の勢いは衰えることなく、ジルの周囲を巡りながら徐々にその範囲、白円は広がっている。


「その子を……朝海を離せ。アストリネとしての義務を捨てて、人に手をかけるつもりか」


庇護の役目を背負うからこそアストリネ足り得るのだ、異能を振るうに相応しくある。

始祖エファムに託されたものだ。平和を恒久にするために人類の庇護を果たす役目。

アストリネとして確約された使命を。

「反故にするつもりなのか」

そう、訴えながら、一歩。

武装した男たちを前に怯みもせず踏み出した。


それだけで場の空気は張り付く。クモガタの肩も揺れる。

圧倒させる絶対的自信。眼差し一つのみで恐怖を覚えさせる強さだ。


――ジルコン=ハーヴァ。

彼女は初代でありながら、代を重ねた管界の六主に並ぶほどの力を持つ。

かつて、二十五代目エファムに()()されて現れた期待の新星アストリネ。操る雷は特殊。本来物理干渉がない筈の電気を束ねて変芸自在の武器として扱い、強靭な身体を発揮して機敏に動き敵性を排除する。過去に結成した『平定の狩者』でも彼女は大いに貢献した。

彼女が『陽黒』を経て床に伏せなければ『アダマスの悲劇』は起こらなかったのではないか?そう、囁く者は多い。

だから、今も。手負いであろうが、ジルには何一つ支障はない。

武装兵四人とクモガタ。その程度ならば何ら問題もないのだ。

彼等が朝海を害するよりも早く、ジルは豪雷の一閃を起こし鎮圧を完了させるだろう。


「―――ハッ」

クモガタは、笑う。

なんて常識はずれの規格外――特別な存在だろうか。

始祖の血縁に救われた初代ながらにして六主に認められる実力に加えて、人とアストリネの未来と平和のために使うという高尚高潔な精神をも携えている。

「まさに、貴様は女主人公様だな」

「…?は?何を言っている。現実には主人公なんていない。皆思い思いに生きているだけだろう」

怪訝そうな表情を浮かべたまま近づいてくるジルに対してクモガタは目を据え返す。

「あまりそう強く言うなよ。全部持ってるから言えるだけだ。貴様は特別、生まれ持っての弱者には決してなれん」

「ああ、そうだろうな。()()()()()は異能がない人類とは違う」

否定はしない。しかし、ジルはあくまで守る義務立場がある存在だと主張する。アストリネである以上、弱者と言える立場ではないと。

「呆れる持論をあげるのはやめろ、みっともない。子供の駄々を晒すな。アストリネである以上、アンタも弱者の立場に立てないんだよ。自分は弱者ですなんて、腑抜けたことを吐かすな。主人公になれなかったとほざくなら、それはアンタ自身の努力不足だろ」

ジルにとっての弱者は何も持たない者ではない、持たされない者だ。何も手にすることを期待できずにいつか死ぬために生きることだけを強要される。

その立場に立たされていない以上、クモガタの主張は耳障りだと見下すようにもジルの表情は歪み、険しさが増す。

「…人畜無害な『古烬』への偏見を持たないあたり、多少の好感はあったんだがな。ガッカリした。………で、第一級重罪人鎌夜の脱獄はアンタの仕業だな?」

そう判断したジルに対し、クモガタは喉を鳴らす。

「ククッ…ハハッ。さてはて、どうかな?どうだと思う?」

「ローレオン()アンタを疑っていた。これに関してはHMTで記録して、【ジャバフォスタ】の信用できるアストリネに預けている。――それだけでも十分、強制連行してもいい」


ひとまずこの場は朝海を助けなければ。クモガタとくだらない主義主張思想を交わし合ってる場合ではない。どうしたって相反する意識を互いに変えられないのだから対話は無駄だ。

何を思って朝海を捕らえて発電塔に逃げ仰たのか、何かしらの策があろうが関係ない。


「罠ごと叩き潰す」


劈く轟音を立たせながら落雷させた。正面に降りた白雷を両手で掴めば、それは槍に形状を変えた。

ジルは空気を裂きながら大きく空を薙ぎ振るう。

迷うことなく臨戦状態になったジルを前にして、朝海を掴む武装兵は反射的に掴む力を強めていたが、一瞬でも害をなそうとすれば牙を剥きかねない恐怖から身震いしてばかりだ。


「さて、ハーヴァ。これまでの人生で困難を己の実力で全て解決してきたであろう貴様が、今回もそれでどうにかできると勘違いしているようだから…現状を説明してあげよう」

しかし、強烈な光を前にしながらクモガタはサングラスの向こう側で紫瞳を歪めて暗く、笑う。その笑みは相手の迂闊さ、無知を嘲る悪意に満ちていた。


「一つ。アストリネ同士の争いは罪ではない。それは確かにそうだ。貴様も存じている通りだとも。だから我々【暁煌】内でも派閥が分かれ、争いが絶えない。実に嘆かわしいことだと慈悲深き始祖エファムも心痛めてるであろうよ」


そしてクモガタは指を一つ上に立てる。それは合図だ。

合図を受けた朝海を捕える男はハッと息を呑むよう顔を上げる動作をする。後に、黒の短銃を取り出した。親指で素早くグリップに指をかけた上で朝海の側頭部に銃口部を突きつけた。

「ひっ」と引き攣った声が朝海から漏れたが、このまま発砲すれば命がなくすことをジルにも知らしめるよう、硬い金属部を押し付けて、朝海の硬直させてはジルにも膠着状態を余儀なくさせる。


「…っ」

攻撃順をクモガタではなく向こうの武装兵にするべきか、と初手の目標を変えるよう思考を組み立てるジルに対し、雑念を与えるようなクモガタの声が続く。


「一つ。それは人間同士も同様。不幸でとてもかわいそうなことなんだがね、事故自体はよくあることだ。事情があるのならば、人は人の命を奪っても罪には問われない」

何が言いたいというジルからの返事を受けず、クモガタは自らの薄い唇に立てた人差し指に当てがう。


「だから、こんなシナリオはどうだろうか」

ジルの左薬指に装着された真紅の宝石が埋め込まれた指輪とクモガタが着用する銀細工のブレスレット、HMTは僅かな電波を拾ったことを示すように灯る。


「反逆者ハーヴァ。貴様は国家予算を浪費した隠蔽工作のため、第一級犯罪者『古烬』鎌夜と共に【暁煌】を転覆しようと目論んだ」

「…は?」

こいつは何を言ってるんだと言いたげな怪訝な表情を浮かべるのに対し、クモガタは人差し指を立てて突き出して左右に振る。

「理由なんてこちらからしたらなんでもいいんだ。事実、貴様の電気操作の異能さえあれば、発電管理者でなくても奴の脱獄には手を貸せるだろう?」

そう理由はなんだっていい、大袈裟でも壮大でも。単に理由があってジルだからこそ可能だった事態で、事実であると謳えば疑われないようにすればいい。そしてこの理由でも十分だろう。

何故ならそれだけハーヴァの異能は自由万能だ。彼女の才なら可能だと認める者の方が、多い。

クモガタは突き出した手を下ろし、サングラスのズレを正す。

「しかし、鎌夜はかつての貴様に投獄させられた恨みもあり手を取らなかった。故に、貴様は傷つけられた。被害者として捉えた間陀邏に保護されていたが…かの者に目論見が露呈されるまいと第一区から逃亡。その際に人質として【ルド】の新兵の少女を巻き込んで第七区『爛』に逃げ仰る」

聞いたジルの顔が大きく歪み、抑えられた朝海も顔色が青から白に変色するほど血の気が引いた。

真実としては単に出会って同行を望み望まれた関係だ。第三者による悪意の歪曲でしかないが、先に名乗り上げてしまわれれば真実として認識される可能性が高い。

ジルの人柄を知らぬ者であれば、尚更だ。


「我々の必死の奮闘は虚しく、不幸にも彼女は反逆者の凶刃にかかり死亡してしまうが貴様は無事に捕えられる――どうかな?それなりに上手くできてるだろう?」

「ああ、嘘物語にしても三流の出来だ。反吐も欠伸も出る」

「……因みに此処の発電塔は証拠となる監視カメラがない、発電塔ではどうしてもHMTの送受電が乱れてしまう」


突如、話を切り替えられて語り始められた情報に瞬きながらもジルは不可解さからクモガタの聞き続けてしまう。

「そう。どうしても電波が乱れしまうようでね、剥き出しの機械なら録音機能もまともに働かない」

それが重要だとばかりに語り切り、まるで勝利を確信してるように目元が歪む。


「さて、ジルコン。こちらには証人が四人と居るが、貴様はどうなんだろうな?」


クモガタがゆっくりと片手をあげれば、朝海を抑える男も合わせて動き出す。

側頭部にあてがうトリガーが、ゆっくりと引かれ始めて、擦れる金属音が微かに立つ。


「貴様の証人は、他国の娘ただ一人だな?もし、それが損なわれてしまえば、どうなる?」

ジルが息を詰まらせて瞠目し、身を揺らした反応を示した途端、クモガタは哄笑を上げた。


「ハハハッ!そうだなぁ!間違いなく詰みだ、証拠が無いが故に第三者は貴様を裁く!私を疑ったローレオンも、貴様を寵愛する間陀邏ですら、貴様を咎人と認めるしかないだろう!」

「〜〜ッックモガタ!おまえ!!」

全てジルに擦りつける形で地位評価を貶めるため。

それが狙いだとクモガタが宣言したのに合わせて、ジルは前足を大きく踏み込み雷槍を振り上げる。

律儀に黙って聞いたことを後悔しながらも、思案する。現状不利なのは明らか、全てを覆すには朝海の保護と奪還を成し遂げるしかない。

――だとしても、そもそもやり方が卑怯で、許容できないものだ。

今のジルには使命感に溢れてる、クモガタを否定しなければならない。

アストリネであるのならば人を庇護しなければならないのに、自分の勝手で人を始末しようなど言語道断。


「裏切り者が!始祖の慈悲に反する罪、此処で贖え!」


ジルの激昂に呼応して白き雷撃は迸る。弾ける音をいくつも立たせていた。

彼女という雷撃が走り出そうとしている、一度放たれたら止まらないだろう。


「…愚直だな。ジルコンよ」

無論、それはクモガタにもわかっていた。


「しかしその素直さ、慢心が貴様の弱点!能力特性条件は解析済だ。つまり、対策も容易だということなのだよ!」


そして懐から取り出したるは、一見して一メートルにも満たないであろう毛糸と見間違えかねない素朴な白糸。

しかしこれはクモガタが特殊素材で編み上げた糸、絶縁体の性質を持たせた強度な糸だ。

耐熱性もなく断裁にはひどく弱いが伸縮性に特化していて、どれだけ腕力があろうとも引きちぎれない。身体強化を得意とする異能持ちであろうとも不可能だったのは実践済である。

そして、クモガタの目元から鼻にかけて横一線には紫色の単眼が幾つも開き、その全てが煌めく。

クモガタの異能は発揮した。彼によって編まれた糸は大きく伸びる。

まるで生き物が泳ぐようにもジルの両手首に向かって絡み、同時に首から全身にかけて幾重にも重なる形で。たった一秒間で厳重にジルの自由をも縛りあげた。

「っ!…く!」

胸も潰されるようにキツく縛られてしまい、呼吸も苦しい。関節を抑えられたせいで腕の力が緩んだ、手にしていた雷槍を落としてしまう。

操作主を離れた電気は金属床に電流を散らしながら分散し、かき消えてしまっていた。

太ももの根も抑えられた影響もあり、立ってられなくなるようジルの身体もよろめいたが、転倒だけしないように踏ん張り耐えた、が。……ジルは床に膝を付いてしまう。

「この、程度で……幼稚な策で、アストリネが……捕えられるとでも…!」

だがそれでも折れる理由にはならないと、ジルは悪態を吐きながら剥き出しの肌全体に蛇鱗を浮き立たせながら赤眼を煌めかせた。

異能を発揮し白雷を束ね直して外そうと試みる、――が。

「………っぅ?!」

雷が形として纏まらない。ほんの僅かに集まるだけですぐに花火のように弾ける。

片目を瞑って焼ける痛みに痺れる皮膚を感じながら僅かに俯き、いまだに力が篭って己を抑えようとする忌々しい糸を肌で感じた。触りがいいとは思えないざらつきある材質に、特有の悪臭が鼻につく。

それが何かと理解したジルに対し、敢えて、クモガタが勝ち誇るようにも笑う。

「その糸にはな、天然ゴムだけではなく油や金属も混ぜているよ。絶縁体にしても特殊なものだ。それは電力の断路器同様の効果を発揮するようにしている。――薄々は感じてるのだろう?」

人差し指を立てて挑発的にも円を描き回し、サングラスの向こうでウインクを送る。

「最早、今の貴様は雷を操作できない。脊髄にある発電器官から捻出して電気を操る特徴があるのだったな?首から上半身を集中的に抑えれば貴様の強みも異能も封殺される。使ったとしても、一箇所に集う形の過充電状態に等しい。雷を用いた御得意のご想像も上手く纏まるまいよ」

送った後に浮かべるのは、歯を見せて目元を歪めきった嘲りの顔。

それは実に悪辣極めていた。

「ふ、…フハハハ!つまり、今の貴様は腕力だけのただの女というわけだ!ハハハハハ!」

高らかに笑いあげられたあとに、掌を突き出す仕草を交えて宣言される。


「実に滑稽、実に無様だなぁ!ジルコン=ハーヴァ!自らの異能を惜しみなく使った影響で、呆気なく封じられる気分はどうだ!!」

ジルのみでは、決してこの糸を引き剥がせない。

これはジルコン=ハーヴァ専用特化して特攻の戒めの鎖にして檻だ。


「これが、わたくしなりの努力だとも。弱者なりの抵抗を堪能してくれたかね?」


「っ、こ、の…!…クモ、ガタぁああ!!」

動けば余計に絡む糸を掴み、皮膚の一部が裂けて血が流れる。その傷は徐々に癒えるだけで、解放の兆しにはならずに、むしろ余計に食い込む。

「何が、…っおまえをそこまで動かす!?富か、名誉か?……煌瞑への復讐か!?」

「敢えて答えよう。全て、だとな。私の愛する世界を規制した間陀邏を許さない。しかし私は私の愛する世界を維持させる。――それは貴様の転落だけで成せるんだよ」

喜悦に口元を歪めて高らかに目的を明かすクモガタに対し、忌々しげにジルが睨むが、それすらも今の彼にとっては高揚の材料でしかない。

「多くを持っていた貴様が堕ちるのも、また笑えて仕方ないがな」

「…ッ…!このまま、私が!黙って屈する殊勝なアストリネだとでも!」

骨が外れてもかまわぬ勢いで体を捻り回そうと試み、もがき暴れる素振りを見せ始めるジルへ、クモガタは冷やかに告げる。


「無論、全く思っていないさ。ジルコン=ハーヴァ」

素早く片手を上げては振り下ろし、クモガタは男たちに向けて合図した。


「もういい!今だα、その娘を撃て!」


雇った武装兵に対して指示を送り、引き金を引くことを促す。

指令を受けた武装兵は動き、トリガーにかかる指が動く。


「―――!」

いっそ此処で、朝海を巻き込んででも。奥の手を使うべきか?

ジルは思い悩む。

だが、絶望し切った表情を浮かべる朝海を見てしまって、下唇を強く噛んだ。そうした逡巡は無駄だ。即座に迷いを捨てて、決断する。

巻き込んで危機に瀕させてしまうかもしれない。この発電塔ごと破壊しかねない。だが、やるしかない。

命を落とされるよりは、幾分かマシだ!

「――ハーヴァの姓に誓い、【霹、」

ある行為を決行しようと意を決したジルが口を開く。

糸が絡む手を動かしながら、強引にも己の心臓を力強く掴んだ――その直後。


ブォン!と風を切る音を立たせて、透明な瓶が飛ぶ。

それはアストリネたちの間を突き切ってきた。空瓶を中心に巻き上がった風はクモガタの紫紺の髪を乱し、ジルの白絹の髪をも浮かせていく。


「ごばぁ!?」

そして、的確に。朝海を抑えていた武装兵の頭部に命中し、衝撃に耐えかねた瓶は派手な破壊音を立てながら辺りそこらに硝子の破片を撒き散らしては霧散した。

それだけ強靭な力が込められていたのだろう。巨大な硬質なボールを頭部にあたったも同然。脳震盪に近い症状が起きて、男はふらふらと左右に振り子のように揺れては、白目を剥いて真横に倒れてしまう。


「………は?」

突然すぎる介入展開に、惚けた声を上げたのはクモガタの方だった。

ジルは素早く瓶が投げ飛ばされた方向に振り返れば、隻眼が大きく瞠目する。


「ナイスピッチャー。これで、ティアの無駄使いにならずに済みましたね」

「でも、一発限りだったな。いっそ真っ二つにしてから投げた方が良かったか…」

「いけません。それは流石に殺意が高すぎますよ、吏史くん」


ジル達が対立する場所から数メートルほど離れた場所には隣り合い並ぶ少年少女二人。

手を叩き拍手を行う胸元の白百合の束が特徴的な藍白髪の少女と、投球フォームから姿勢を正す白混じりの黒髪の少年が居た。

「―――――!」

「吏史!?本当に生きて…って誰ぇ!?儚げ系美少女…の、アストリネ様!?」

一時的に解放された朝海の声が元気に張り上がっていた。その反応には安心を覚えたよう、吏史は息を吐く。

しかし再会を喜ぶのは後だろう。今は緊急事態、解決せねばならない。

どちらもアストリネではあるが――吏史は恩のある師を信用し、尊重する。


両拳を叩き合ったと同時に黒骨の装甲兵器『ゴエディア』を現出させては、クモガタに向けるよう型を構えた。


「き、貴様ら…!」

場を荒らした介入者に対し、クモガタは戦慄く。

顔が大きく歪み、湧きだった憤慨を見せる者に対し、吏史に並ぶカミュールも目を据えてクモガタを睨むが、敢えて、カミュールは体を一転させて丁重に優美な所作を見せ付けるようにもカーテシーを披露する。


「失礼、僕たちは平穏を守る役目を担う者。『平定の狩者』と申し上げます。この下劣な思想が混じる諍いに於いて…最も正しき者――ジルコン=ハーヴァに助力致しましょう」


丁寧な挑発を顔面に叩きつけられるよう受けたクモガタの横顔は、紅潮を帯びながらも大きな青筋が浮かんでいた。

……………………………クモガタ

・【暁煌】に配属された生まれ持った己から編み出す糸を操作するのを可能とする物質操作系の異能を持つ一族。

顕現時は蜘蛛に近く、異能発揮する際は八つの単眼が見開かれる。

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