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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
26/57

二十八代目クモガタ

第七区に於いての象徴的な公共施設である影響は大きかったのだろう。発電塔アトラクターナの閉館時間は二十一時だった。

残り一時間。移動時間含めても十分な時間だ。道中でのトラブルも起きることはなく、二人は来場の形で無事に最上階内部に潜入できた。


後は二十一時の先。

時が過ぎて警備員をも含めた人が居なくなるまでは何処かで隠れて待たねばならない。

警備員に見つかるのはもっての外。――故に、二人は監視カメラ内の死角にて待機する。

其処はアトラクターナの入り組んだ天井、床から高さ五メートル以上。梯子を使わない限りは届かないであろう鉄骨が複雑に交差した高所。

決して登り座る場所ではない。だからこそ身を潜める価値はある。


吏史の跳躍力を用いることでそこに隠れることに成功した二人は、互いに身を寄せ合う形で息を潜めていた。


「…まだ、人。居るかもしれないから降りれないな。…あっ、まて。白雪。ごめんな…我慢だぞ、我慢……」

抱えた金糸雀色のバッグから狐の黒鼻が出てくるのを何とか手で押さえつつ吏史は、小声で呟く。

改めて真下を白黒髪の隙間から夏空の瞳を瞬かせ、人の影に注視し続けたが、僅かに気配を感じるのだ。

「ですね。ここは継続して…待つべきでしょう」

報告を受けたカミュールは首肯する。待つと決めてから手に持った缶の方を開けた。

それは、此処に向かう途中で購入した缶いっぱいに詰められた個包装式の黒色の飴。

一粒。透明な包装を裂くように解いては口に頬張りつつ、二粒は包装されたまま取り出して吏史に差し出す。


「…ん?」

「此方をどうぞ。もしかしたら徹夜になるかもしれませんので、少しでもエネルギーを取りましょう」

「あ。そっか。確かに必要か……ありがと」


素直に飴粒を受け取った吏史に、カミュールはふとした疑問を呟いた。


「というかもう何時間も食べてないのに何も言わないのおかしいですよ。僕は慣れてるのでいいとしても、お腹空かないんですか?」

「食べられる時にできるだけ沢山食べてるからかな。お腹がくぅって鳴るだけで済むんだよな」

「超真っ黒不穏発言です。確実に満腹中枢が壊れて麻痺しちゃった人ではないですか、それ」


やりとりを経てカミュールは更に追加で飴を四粒ほど吏史に施す。

過剰だと思うものの気遣いは有り難い。ので、吏史は迷わず突き返さずに貰うことにした。

とっととエネルギーを摂取してしまおうと思い、六粒まとめて口に頬張り、転がした。

「………」

…若干、珈琲の苦味が感じられるが、砂糖の甘さで満ちる。しかし、その甘さを壊す勢いで鼻にも通る刺激的な酸味と辛味が後に迫り来る。

舐め回しながら、両目を瞑ってしまった。それだけ独特で変わった味とも言える飴だ。


なお、この味を例えるのならば、吏史はこう答えるだろう。

良くて酢を和えた珈琲味の砂糖。最悪で吐瀉物。


「…あの、さ。ごめん。何味?これ」

それを真顔で舐め続けられるカミュールに対し、吏史は苦い顔になりながら尋ねた。


「ハシシニッケー味です」

「なんて?」

「ハシシニッケー味です」


咄嗟的に聞き返しても二度一文字のズレなく復唱解答されても尚、答えは得れない。

聞いたこともない単語が故に、具体的な味と判断するには理解不能のままだ。


「ミックスベリーや蜂蜜とか興味を持てそうな味もございましたが、その数々の無難味の中でも異色を放ってるこの子にしました。販促POPには『食べたら癖になる魔性の味』と記載がありましたかね」


意図としては吏史への嫌がらせとかではなく、単に物珍しいから購入しただけらしい。

もうオーラが周囲と違ってたんだと身振り手振りを行う様でも悪意がないのは伺える。

「っそ、そうか…まあ、カミュールにとって美味しいんなら、よかったんじゃないかな…」

「いえ……別に………全然…味は…普通、ですかね。ティアの無駄使いとはこのことかもしれません」

無駄使いと称するくらいには後悔しているらしいので、これ以上発言という追求はせず吏史は飴を噛まずに口の中で転がし続けて我慢した。

そのように黙って舐め続ける吏史に反し、カミュールの方はポリ、と飴を噛む音を僅かに立たせつつも呟く。


「しかし、改めて考えると時間には恵まれてましたね。僕たちは」

「ん。…そうだな。そこは喜べるところで…そう間に合わせてくれた白雪に感謝しないと」

二十一時を過ぎて潜入する方が難易度が高いのは明白だろう。だからこれは多くの時間を持たせてくれた白雪のおかげと表せる。

褒められたことを感じ取ったのか、金糸雀色のバックから出てる黒鼻からは誇らしげにも「ふんす!」と大きな鼻息が出ていた。

咄嗟に耳を澄まして周囲を警戒するが、追加の物音は、聞こえない。先に見かけた警備員は巡回のためにこの最上階エリアを降りたのだろう。あれから数分経過はしていたが、戻る気配もなければ懐中電灯の灯りの端も見えなかった。


「…ここはひとつ明日の予定でも立てましょうかね」

「いや、その前に…」

時間を有意義に使おうとする提案をするカミュールに、吏史は片手を頭横の高さまで挙手して申す。


「はい。なんでしょうか」

「二十八代目クモガタの話でも聞かせてくれないか?差し支えなければさっき言ってた。…弱みも含めてさ」

「ほう。その意図は?」

「何処に行っても俺は『古烬』だろ?誰でもあまり歓迎されてないのは絶対的だ。だから、明日交渉等に回るんなら、先に性格とかを把握していた方がオレも上手く気に障ることない対応がしやすいと思う」


忌み嫌われるのが前提としてる以上、できるだけ相手の反感を買わない方がいいだろう。

そう思っての申し出だ。

『古烬』である以上、生きてるだけで敵を作りやすい立場。なるべく相手の怒りを買わないように立ち回ることイプシロンを始めに教えられた処世術である。

「オレの何が相手の怒りを買われるかも…わからないし、知っておきたい」

「…そうですねぇ…」

納得した後、カミュールは己の顎に手を当てて暫し考え込んだ。得た情報をまとめるような思考が終えたのだろうか、顎に当てた手を下ろし天井に向けて人差し指を立てた。


「二十八代目クモガタ。…確か名はホクト…でしたかと。口調が独創的な方ですかね。この第七区の住民が好む例えをするなら『序盤の中ボス。総合HP:現在の通常攻撃×12回分』程度といったところでしょう」

「ごめん。カミュールの例え方が独特すぎてオレが追いつけない」

「これは失敬。ですが、これならクモガタも怒らない表現技法だと思います。彼はそれだけゲームが好きなんですよ。ゲームは人生、人生は遊戯というのが彼のモットーです。そう考えるようになったのは……そうですね。異能がきっかけかな。…所で、吏史くん」

「うん?」

「六主に囲まれて過ごした貴方にお聞きします。糸を操作するだけの異能って、実に地味な能力だと思いません?なお、自分が編んだ糸だけが対象です。どうでしょうか」


発言は、できない。地味であることを否定できなかった。

風と重力、炎と鉱石、水と薬毒。

その六つの代表格の異能の後に、限定的な糸を操作できるだけどなると――ただ、それだけでは世界を管理しかねるだろう。

ボリ、と。飴玉一つを奥歯で噛み砕いてしまいながら、そんな感想を持ててしまうのだ。


「そう。否定できない。それだけ地味な異能を持つことが彼はコンプレックスである。故にいろいろな異能を擬似的に体験できるゲーム世界に魅了されて行きました」


異能はアストリネしか持たないが、望む異能を持てるわけではない。

糸を操作できるだけの異能、地味と言える。炎を持つローレオンのような破壊、鉱石を編む間陀邏のような華やかさには欠ける。

やはり六主級でなければ…代表管理者にも届く巨大な力や権利がないだろう。

だからこそ、それに大きな劣等感を抱え込んだ。

「電子世界であれば、完全無欠の主人公になれる。ないものが持てる…虚空の全能感にどっぷりと、のめり込んだのでしょうね」

すべての異能を操作できる物語に溺れ、世界が自分を中心に巡る特異、全能たる高揚を覚えてしまい、沈むように傾倒し、飲まれるように没頭した。

現実が儘ならないからこそ、空想に進むのは自然かもしれない。


「誰だって自分に優しい世界にいきたいものです」

そうした心理を吐き捨てたカミュールの胸元の白百合はさざめくように揺れていた。


「……ですが、ある日。間陀邏は表現が自由すぎるゲーム文化を規制し始めたのです。キッカケは、創作。アストリネへの反感を持たせるような反逆物語を描いたこと。たかが作り物、妄想だと訴えれば…その通りですが。人の思考は海のように広く深く、自由ですから。だから、間陀邏は制限をした。泳ぐ区域を抑えるような形で禁じたのです」

どの形で広がってしまうかわからない。ならば、先んじて芽を摘むべきだ。多くに広がり、他を食い潰してしまう前に実行する。

人嫌いにしながら人への理解も深い故に下せた判断だろうか、と。吏史は無意識的にも口元に手を当てがいながら思う。


「間陀邏はわずかにでも、人々に疑念という平穏を乱す芽が生まれる可能性を許容しなかったのでしょう。五年前の第十三区『恵』の件もありますから。…今後の物語創作に規制が入るだけで、完全に全面禁止にしたわけではない。まだ優しい対処だとは思います」

「………」

「まあ、それでも表現の自由は狭まったようなものです。クモガタは間陀邏に相当不服不満を申し上げたらしいですよ。どの妥協案を提示しても、強行採決決行で跳ね除けられたそうです」

「それがクモガタがローレオンに着いた理由なんだ」

「はい。ローレオンは創作等には寛容で、規制の意を持ってなかったので。彼がローレオンに着くのは自然だと思います」


とはいえローレオンもゲームの理解が高いわけではありませんが、と付け加えた上でカミュールは立てた指で円を描く。


「現実はアストリネであることしか誇示できないのだから、空想の中だけでも主人公で居たいのでしょう。手先は器用という特徴があっても、彼は己に自信がないのです。六主やエファムというわかりやすい天上ではなく…同じく戦闘技能が高いわけではないヴァイスハイトに物作りに置いて徹底して敗北の辛酸を舐めさせられて心が折れたからでは…と伺っております」

ヴァイスハイト――名前を聞いた吏史は覚えた動揺で口の中の飴を飲みかけてしまい、合わせてイヤーカフの装飾……青色に灯る石も肩と同時に上下に揺れた。


「三世代にかけて、ヴァイスハイトは世界を飛躍させて変えたのが事実でありますが戦闘要員ではありません。しかし、三代目ヴァイスハイトは十八代目アルデという最大手の相方候補を差し置いて二十五代目エファムの相方になりました」

曰く、強引に進めてその立場を得たらしい。語るカミュールの目は、どことなく呆れを孕んでいた。


「それについて誰にも苦言されないよう、クモガタを含めた六主以外のアストリネを己の異能と才で黙らせたという逸話があります」

「……それって、具体的には、どんな手法で?」

「力です。異論反論をあげたアストリネ全てに対して、三代目ヴァイスハイトは決闘を申し込み、勝利を収めました」


結局、権力で得たとしても最終的に試されるのは単純な力だったらしい。

それをあのサージュが成し遂げたことについては、なんら不思議でもないことだ。吏史はあまりそう驚くことなかった。

強いて不思議に思うことを上げるとすれば、生存してることだけが確かにされてる行方知らずの二十五代目エファムの心境についてだが、……今の話題の中心はエファムにはないので、吏史は詳細を尋ねない。

現状の重要な点、説明の中心となる者の名を上げる。


「つまり、クモガタも……ヴァイスハイトに異論を挙げた側だったんだな」

「はい。それで。そこそこ大変な事態になりました。代数が碌に重ねられてない新参者である[三代目]ヴァイスハイトが『長き暦に居ただけでは偉業になり得ない。エファムの威を借る狐同然』と敗者に言い放ったらしいので。多くの者が自尊心を折られしまい、次代に継承を繋げたそうです」

「………」


だから、クモガタは余計にゲームの世界にのめり込んだのだろう。

僅かに残っていた、『二十代目を超えるアストリネである』というプライドごとボコボコにへし折られて。弱ったクモガタはゲーム生活に溺れていった。


ゲームなら自由だ。空想だとしても没頭さえすれば最強という理想の自分で有れる。


「そのように直接的な暴力では叶わなかったため、クモガタは彼の才に対抗してゲーム開発で改新を図り挑もうとしたのだと思います。そのようにヴァイスハイトをライバルと認める形で己の矜持を保っていたのでしょうね」


故に欲求を満たす物語に魅入られていたクモガタは負けたとは諦めない。

対決する内容、ジャンルを変える。物理的に叶わないのならば開発力で画期的な物を創り出そう。それならば自分が人生でも、物語の主役となれる。

そうして己の意味を、価値を。見出そうとした。


「そのリベンジを望めるゲームが出来上がる前に三代目ヴァイスハイトが亡くなられましたし、間陀邏には……先に説明した開発規制をやられてしまいましたしね」


しかしながらクモガタが対面し合うと決めた相手は最早何処にも居らず、用意しようとした舞台は狭まれてしまったのだ。


「このことにより彼が相当、気が荒れていることが予測できます。…僕が把握してる現主クモガタについては…以上、ですかね。『古烬』に対してのエピソードは特にないかな」

そうしてカミュールはクモガタの説明を終えたのだが、吏史の眉間は悩ましげに皺が寄る。

話を聞いてどうしても解消しない不可解な点があった。ローレオンに属する理由も、屈折した性格であるには過去が起因してることも判明したのだけれども、彼について深く知れても尚、解せない行動が行われていた。

「なあ、なんでクモガタはアンタを襲撃したんだ?今の話を聞いた上で、特にそうする必要もないと思うけど」

「いえ。する意味はありますよ」

筋があるのだとカミュールは呟き、淡々とした口調を続かせて、束ねた藍白髪を軽く揺らしながら告げた。


「今は『リプラント』の脅威が迫っているのはもはや隠しきれそうにもない。それを完全沈黙させるという偉業を成したいのであれば、僕の異能を用いるのが最適最善でしょう。逆説的に言えば、僕を止めてしまえば『リプラント』をのさばらせることが可能となる。だから手を伸ばしたのだと思いますよ」

「なんで?兵器なんていらないだろ」

「脅せるじゃないですか。僕を使わせさせたいなら、提示する欲求を全て飲めって」


この行動が名誉を得るためには当然の算段で、どうしようもない負の感情と欲に塗れた行為ではないかと呟く。


「――それに、親が憎ければ子も憎い。僕が止めたいと願うのならば妨害したくなる。その意地悪さが湧くこと自体、不思議な感情ではありません」

「……え?」

そこまで推測を立て明かしたカミュールは相変わらず、無感情だ。表情の色も機微をも感じさせないが故に能面を彷彿とさせてくる。

その事実に対し、感慨一つも感じないという振る舞いのようにも思えた。

だけど、吏史にとっては、どうでもよいことではないものである。こればかりは問い返さなくてはいけないと感じるままに。

「なぁ、」

吏史は追求すべく大きく口を開く。

「待ってくれ。今、」


―――だが、その発言を遮るよう。大きな物がぶつかり合うような激しく重い金属音が、空気を震わせる勢いで甲高く響き渡った。

「!」

咄嗟に口を閉じて緊張感を覚えながら真下周辺を見る。

周囲には人影すらないことを確認した上で、吏史は素早く天井から降りた。

担いでいた白雪が詰まるバッグを肩から下ろしつつ、即座に床に耳をつけては澄まし、聞き耳を立てていく。

そうして鼓膜が揺れる。一つ、二つ。立て続けに鳴る金属の音を的確に拾っていった。


方向は、最上階エリア外。――非常口。

発電塔アトラクターナのオープンエア外階段に繋がる方面だろうか。

そこから物音が立て続けに聞こえてくる。

ヒール音がカツンと頻りに鳴った。これは恐らく女性と思わしい誰かが駆けているのだろう。

また、別方向では誰かが空中を高速で移動してるのか、奇妙な風切り音に交じり時折大きく鈍い着地音が立たせている。

これらの情報を精査してまとめれば、現在は跳べる誰かが女性に追われて逃げ仰せていると判断がつく。しかし現在は夜。それが恋人同士逢瀬か戯れとは呑気な判断はできない。

そのように吏史が警戒心を覚えるもう一つの要因として挙げるのならば、騒音立てる二人とは少し上。最上階エリアの真上に近しい場所にある。

其処からは足音と思わしい振動が、四つ。四人ほど待機している。

だからこそ、物騒な事態が起き始めてるのだと吏史は聞き取れてしまった。

「……。…合計……六人?」

神妙な顔を浮かべて非常階段方面に顔を向けて立ち上がる吏史に、カミュールは問う。

「……あの。突然……っ一体、どう、…されたの、でしょう。か…っ」

なお、彼女は一向に降りあぐねていた。現在片足だけ宙に出して膝を曲げて上下させており、慎重に飛び降りることを試みているが難航している。

見かねた吏史がカミュールの真下の方に移動して、受け止める意を込めて両腕を左右に広げれた。

「……ああ。そういうことなんです、ねっ」

カミュールは迷うことなく吏史に向かってとん、と天井から飛び降りた。

それを難なく、服の乱れもない形で綺麗な横抱きで受け止める。

そうして着地劇をスマートに手伝っていた。


「…ありがとうございます。すいません。登る時もそうでしたが、降りる際でもこのような…お手を煩わせてしまって」

「いや、謝らなくていいよ。寧ろ配慮できてなかったのはオレの方だしさ。…それよりも、さっき聞こえた内容の共有なんだけど」

「はい」

「外階段の方で女の人が誰かを追いかけてる。けど、その上の方で…多分四人ほど何者かが待機してるみたいだ」

「成程。つまりこんな夜更け前に出待ちありの追いかけっこですか。…それは大変物騒なお話ですね」

「現時点でどっちが被害者なのかわからないけど。…どうする?」


片足ずつ床につけて立ち上がるカミュールに先に拾い上げた状況説明交えて尋ねれば、悩む素振りを見せる事なくカミュールは非常口の方を見て頷く。


「事件性を感じるのであれば、すぐにでも現場に行きましょう。状況確認するだけでも……きっと意味がありますから」

此処はトラブルの匂いがしたとしても赴くべきだろうという、善行の誘いだった。



第七区を象徴する発電塔アトラクターナの外階段では、激しい追跡劇が行われている。


全身に黒の防護服を纏う屈強な男が逃げ仰せていく。顔全体も隠せるフルフェイスマスクを着用するなど厳重な装備をした男が必死に逃げていた。

天の救済、地獄に降りる蜘蛛の糸が如く。己に伸びて腕に絡む白糸を何度も掴みながら、男は時折鉄骨に着地しての上昇移動を繰り返す。

「、…なして、」

――しかし男は一人ではない。

その片腕には少女がいた。肩から首にかけて、男の腕に抑えられる形で囚われた【ルド】出身の少女、朝海が。

「っ離、離して!離してよぉ!」

朝海は、踠き必死に抵抗した。

男の大木のような腕を殴り、服の上から噛み付いたり爪で引っかけたりするものの、筋力差で抜け出せそうにもない。


「朝海!」

それをジルが追っていた。

階段を用いながらヒール音を立たせ、数段を跳び超える脚力を発揮しつつワイヤーガンに匹敵する速度で移動する男に追いつこうと図る。

しかし数百段を超えたものの距離は縮まることはない。他の追随を許さない非常に優れた持久力で息は上がらないとしても、追いつけないもどかしさは着実に蓄積し募るため、ジルの表情は焦りと苛立ちで歪む。


「どこまで逃げるつもりで…!」

誘導、されていることは薄々感じ取っていた。だが状況が状況だ、朝海を放ってはおけない。

故にジルは発電塔の最上部に向かう。向かってしまう。


そして、夜景を一望できる最上階展示エリアの屋根にまで到着した。


そこでは朝海を担いで逃げた男も三メートルほど離れた距離で佇んでいる。

――だが、ジルが予期していた通り、誘導先の終着点だったらしい。

待機していた男が三人。黒の防護服を纏う男たちが朝海を捕える男の背後から現れて、各々がジルに向けて銃口やナイフを構えていく。


「…私をアストリネだと理解した上で、敵対するつもりか?」


問いかけの返事は、ない。

肩を竦めてからジルも戦闘意思に呼応するよう身構えようとした。

そうする手前で一歩。踏み出す形で青年が躍り出る。

黒で統一された集団では異色を放つ服装。グリーンレンズのサングラスを着用することで欺瞞者な印象を与える青年が紫紺の髪を揺らすよう、挑発的に顔を上げる仕草を魅せた。


「ご機嫌よう。ジルコン=ハーヴァ」


よく響き渡るテノールを吐く青年に対し、ジルは不快を表すよう眉を吊り上げて顔を顰める。


「…で。これは一体、何の真似だ。クモガタ」


……………………………発電塔アトラクターナ


第七区『爛』の象徴。鉄骨建築物。

名の通り発電の役目が主だが、街全体に色鮮やかな最新映像を投影する機器や、総段数千段のオープンエア外階段まで設置されている。電波塔と呼称されるような建築構造に非常に近しい。

世界一電力消費が激しい区である『爛』の現状を解決するために二代目ヴァイスハイトによりデザイン、建設された。

HMTの主電源にしており、永続的に電力が生成される状態。

但し発電塔の関係上か塔全体は常に微弱の帯電状態であり、HMTの電波を乱し通信を悪くする悪影響が出るが、発電塔に滞在している時に発生する現象なため、特に大きな問題となってはいない。

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