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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
20/56

『平定の狩者』初任務実行

【ルド】第一区『イーグル』兵士合同住居、七練の五階にて。


HMTの承認経てから玄関の扉は開かれる。

先んじて家主であるイプシロンから帰宅を済ませるよう、脹脛まで覆う黒の革靴を脱いだ。

「なんか、ある意味で朝海の歓迎会みたいで面白かったかも」

「面白かったのか?本気でそう思って言ってるのか?」

「あ…。オルドはそうでもなかったか…」

ディーケも居たのだからしょうがないかと納得しつつ、同居人である吏史が背後から続いて帰宅を済ますため、薄茶色の靴を脱ぐ。

自動的に施錠される扉を放って、ふたりはリビングにある座椅子に対面するよう座り込んだ。


「さて。――朝海の前では流石に渡せなかったが、これを受け取って欲しい。これが明後日の任務で、以降でも君が使うべき物だ」

先んじて用意していた物だと、イプシロンは吏史に向けて薄氷色の小箱を机に置いて差し出す。

吏史はそれを躊躇いなく受け取って蓋を開けば、敷き詰められた赤布のクッションに埋め込まれるよう六つのガラス管がある。


「…これって…水?」

しかし、それらは空の容器では無い。総じて粘度のない透明な液が並々と詰められた。

違いがあるのならば、青、赤、緑の三色二本ずつ。区分されるように貼られた円状のシールになる。

それを不思議そうにまじまじと見つめていれば、中身の正体をイプシロンが明かす。


「これは俺とネルカル、それにディーケの〔核〕から抽出した物だ。人体には猛毒だが、『ゴエディア』を持つ君には一時的に異能を授ける効果がある。製作者であるアルデはこれを秘匿品とするため、『覚醒剤スピリト』と名付け称した」


「――――は?」

夏空の瞳が、瞠目し、喉から息が抜けるような音が立つ。

衝撃で、衝撃的過ぎて。思わず手にしていた『覚醒剤』を箱ごと床に落としかけたが、咄嗟に震えごと抑えるよう手の力を込め、堪えた。

「っ!なんでっ、こんなものを!」

しかし、駆られた激情には抗えなく、乱暴に机を殴る勢いで立ち上がる。


何故ならアストリネに於いて〔核〕は――命。其処から抽出したとなれば、命を削る行為にも等しい。


「こんなの、…いらないだろ!いらない筈だ!オレは、そうならないよう、しないように鍛えて……ッオルドはオレにあいつと、同じになれってか!?」

自身に宿る『ゴエディア』の能力を買っての行為だともわかってる。だから余計に苛立った、憤慨した。


「……月鹿と同様、あんたらの命を糧にしろってか!?」

五年前。サージュ=ヴァイスハイトを殺した月鹿と、同等になれということかと怒り心頭で荒んだ気持ちをぶつける。


「そんなの……嫌に決まってるだろう!オレはあいつのようにならない、絶対にしない!オルドたちを犠牲にするくらいなら、今すぐここで死んだ方がマシだ!」

そう、想いを吐き切った後の吏史は肩で何度も息を繰り返す。

なんとか、辛うじて、留まりはしたが、もう少し気が昂れば己の兵器。滅多なことがない限り使用しないよう心がけた黒骨の装甲――『ゴエディア』も剥き出しになっていたことだろう。

それだけ衝撃的で、驚嘆して、激昂を抱き乱れるほどの、ことだ。少なくとも、吏史にとっては。


「……俺たちはこうした理由は、君が行う今後の活動には必須だと判断したからだ」

しかしイプシロンの翡翠瞳は、異能に輝かせることなく、吏史の心の動揺ごと見据えては冷淡に現実を突きつけた。


「二十五代目エファムと三代目ヴァイスハイトでも引導を渡しきれなかった相手に、無能力の兵器を投じるほど無策には踊り出れない。……それとも君は異能無くして、彼等を超えられると宣うのか?」

「……っそれは、そう…ではない。…けれども…っ」

それは否定できる。

あり得ない。サージュの異常さの片鱗は幼少期に経験したき、二十五代目エファムは始祖の再来だと歴史に語られるほどだ。

「そうだけれども…っ」

だから、此処でそうだと青臭く豪気できるほど、現実逃避はできない。下唇を噛んで俯く中でも、イプシロンの淡々とした説明は続いていた。


「君を鍛えはした、技術も授けた。しかし、未だ君は月鹿にも劣る可能性が高い。何故なら彼女がヴァイスハイトを食して、その異能を扱えるからだ。――だから君には必要なんだよ。武器だけではなく、強力な一手となる異能が」

反論の余地もない。

間違いなく、その通りだろう。

その二名ですら『古烬』を仕留め損なっている。

未熟な兵器如きが成し遂げられるわけもない。

だけど、そうだとしても。命を削ってまでしてほしいと、果たしたいと思ってなかったから。

目を伏せたまま、小さな声でイプシロンに尋ねた。


「体とか、大丈夫なのか。ほんとうに、何も、…なかった?」

「ああ。体調に何も異常が起きないように時間をかけて抽出したから」

「……………そっか……」

そこだけは、それだけは。安心したように肩の力が抜ける吏史を他所に、イプシロンは必要な話をするべく口を動かし続ける。

「使用方法は伝えておく。『ゴエディア』を顕現した後にこれを服用するか、浴びることだ。ヴァイオラの計算では体内消費時間で計測し、持続時間は最短10分で、最長で20分。人体が飲み物を消化吸収する時間とほぼ同一だな……また、理論上では異能の組み合わせも可能と見込んでるらしい」

「…………」

「君が持つ兵器『ゴエディア』…それが、永続的に異能を使えるという本領発揮するのは俺たちの〔核〕を食することだろう。君の対たる存在の月鹿がその答えを示している。この五年間、牢獄の中で彼女はヴァイスハイトの異能を常々発揮していると報告が上がっているからね」

「…………。そっ、か…」

「………おい。謎が多い君の兵器について、判明したことを説明してるのだが…」

相槌の反応が悪いことに苦言を示すように、中断して声を掛ける。

それに反応して吏史が顔を上げれば、眉間に皺が寄ったイプシロの翡翠色の目と目があった。

「あ、ああ。…そうだな、ごめん。……ちゃんと聞いてるよ」

わかりやすく、心ここに在らずだ。気が集中できてないのが見て取れた。

何度か目を瞬かせたイプシロンは眉間に深い皺を寄せたまま、翡翠瞳を輝かせて半月状に据える。

異能を発揮して心を読むのに加え、これまで関係した際の、把握した性格含めて分析をした。


―――こうでもしないと。

月鹿にすら劣るが故に『古烬』を滅せれない事実を突きつけられて、己の無力感を覚えてやるせなさに落ち込んでるのだろう。


イプシロンに弟子として引き取られてからの五年間、吏史は誰かに『古烬』だと奇異の目や敵意を向けられたりしつつも、ネルカルなどの交流で比較的楽しく過ごせた筈だ。

ネルカルを友達だと思って、世界の一部にしていたのは態度等で見て取れる。


月鹿は世界は己のために回ってると傲慢な宣言したようだが、吏史はその逆。

世界は自分以外の存在で形成されて回っているのだろう。根本から利他的な思考に染まっている。

一度、世界ヴァイスハイトを奪われ壊された影響もあって、恐れがあるのかもしれない。

壊れた中で再構築された。絆を深めながら負った傷を埋めるように修復されて出来た。今の世界の、崩壊、欠如を。

だから、その世界の一部が欠落されかけ脅かされた行為に憤り、差し出された手段には嫌悪感を抱いて上手く切り替えずに飲み込めない。


故にイプシロンの翡翠の双眸は、今も彼の心は『何故』で満ちているのを看破する。


『奴等に二度と奪われたくない』『飲まなきゃいけないのはわかってる正しいのはオルドだ』『これから本格的に争うんだから』『でも、』

『嫌だ』

『飲みたくない』

『これだけで終わるのならまだいい。だけど、際限なくこれが必要になる事態になれば?』

『糧にしないといけないのか?オレのために?今後もずっと、搾取するように』

『護りたいのに』『絶対に報復する。奴等の存在そのものが許せない、けども』『大事にしたいんだ、もう、目の前で奪われるように消えてほしくない』

『ようやく見つけた友達を、仲間を失いたくない』


それは心的外傷を負った過去を加味して仕方ない反応でもあるが――ある意味で、一種の傲慢だ。


熟考という分析をし終えたイプシロンは一度瞼を閉じて異能の発動を瞬き一つで切り、息を吐く。


それから直ぐに机に置かれた一枚の白紙を取る。直ぐに黙々と力を込めて、一センチにも満たない塊に圧縮し纏めていった。

「……うん?…あれ、何―――」

一体何かと理解するよりも早く、イプシロンの指で弾かれる形でまっすぐな弾丸と化した紙が吏史の額に目掛けて着弾する。


「痛ァ゛ッッ!?」

速度、力が乗った紙はゴッ!と、普通出ない筈の衝突音が立っていた。


「…ぃだ……!?ぇ、痛……え!?」

「この程度も避けきれない奴に俺が守られる道理はない。馬鹿にするなよ」

「あっ。心読ん…って、してな…してないぞ!!?」

してるわけがない!と赤くなった額を抑え摩りながら、心を読まれたことを咎めるよりも侮辱行為の否定を訴える。

「そもそも今のは不意を打たれただけで、避けろと言われたら避けきれていたはずだって!ぃ゛い゛!?」

握り拳を上下に振ってまでそのように主張したが、それがイプシロンの苛立ちを更に煽ったのだろう。

問答無用で、イプシロンが動く。

座る姿勢を変えては前のめりになり、手を即座に伸ばして吏史の顔を丸ごと掴む。アイアンクローと呼ばれる格闘技の一つだ。


「いだだだだ!?まっ、待て!待ってくれ!凄く痛い!頭蓋骨、頭蓋骨が!手の形にめり込む!!」

「まず、今のが実弾だったら死んでることを反省しろ。実戦において『もしも』はない。だから最悪のケースを徹底して避けろと鍛錬で散々教えただろう。それを忘れて自我優先するとはいい度胸だな。自分の命をも蔑ろにする奴に命大事にしてほしいと願われてもな。全く心に響かないんだが。クソつまらん笑い話を振るな」

「………す、すいませんでした………」

チクチクと針先で突かれるような説教だ。瞳孔が開ききった真顔であることも合間って、恐怖すら覚えそうになる。

吏史は汗を垂らして謝罪するしかなく、眉を下げて怒り心頭の波が収まるのをただ待つだけだ。

「それに、少なくともディーケは君のため行ったやけじゃない。彼はそれだけ『古烬』討伐に命をかける覚悟があるという証明だ。勝手に妄想して想像で病んで落ち込んでどうする」

「…はい…」

一先ずはパッと手を離して技から解放してやりながら、イプシロンは怪訝そうな表情を浮かべて言う。

「大体、ネルカルが君のことを一心に思い、命を削り糧となることを行う――このような殊勝な真似をしたと訴えるのか?」

「………………。」

吏史の表情が強張り、引き攣った後、緩やかに首が横に振られた。

「いや、ごめん。絶対してなさそう。そこは…………大きく笑いながら楽しそうに抽出作業受けてそうで……」


むしろ、彼女の場合は堂々と代表管理者としての仕事をサボれる名目になれるとばかりに進んで行い、抽出作業を新感覚だと感想を宣って楽しんでた筈だ。

そう予感して表情が引き攣ってばかりな吏史に、イプシロンが首肯する。


「そういうことだ。よかったよ。今度は奇想天外の権化である彼女への理解が浅いと説教をするところだった」

「…確かに…ナナがそんなことするわけないよなぁ。なんか。悪い方に考えすぎてたみたいだ、ごめん。オルドはオレよりずっと強いのに…偉そうに、我儘で、怒ったりして」

そうして納得と理解を得た吏史は息を吐き、指摘通り己の考えすぎだったと改めて自覚し、反省を得て眉尻を下げて笑う。

「ありがとうな、これ。…えっと、上手く使わさせてもらうよ。状況に応じて」

「……」

ガラス管が入る箱の蓋を閉じていく吏史を無言で見つめていたが、逡巡を経て一つのことを決めたように小さく頷いて翡翠を緩やかに細めながら告げた。


「君の声を聞いた。気持ち自体は、少し、わからなくもなかったよ。そう、だから…昔、俺が教えられた言葉を君にも共有しよう」


それは昔話ではあるが、いつかの吏史にも必要になるかもしれない。己が信条にしている、教示を。


「生きていれば何かしら選択を必ず迫られる。迷うような選択を前にした時は、誰かの笑顔を優先しなさい」


それは、最後に誰かが笑うことを、幸せを選び取れという教示だった。

受けた言葉を噛み砕いた後、吏史は目を彷徨わせる。

「(そんな何かを切り捨てる選択なら、オレが、)」

「吏史」

逡巡する前に名を呼ばれて前を向いた。

そうして合わさった祝福が灯る翡翠瞳は、静謐を携えて吏史を映し、見据えてる。


「先はああ言ったが、ネルカルは君がいなくなれば、三日位は笑わずに静かになると思うよ。置いていかれる方は、いつだって寂しいんだ」

置いていかれるのは寂しい、それは正しく真理だろう。奪われる形で世界に一人置いて行かれた身の上としては、心臓が軋み痛むほどよくわかった。

「………オルドもか?」

同じなのだろうかと不意に尋ねた質問に、ハッとイプシロンは笑い返し手で払う動作をする。

「死を引きずると周囲に見せるようなやつだと思うか?」

「……そ、だよな。……強いなぁ、オルドは」

「ああ。そうだろうな、だけど。……心を封殺するのは息苦しいよ。周囲に打ち明けずに抱え込んで進む道は、途方もない」

ぎこちない笑みを浮かべた顔が緊迫したものに変化したが、それでもイプシロンは発言の撤回はしない。

まっすぐに見据えたままで、迷いが生まれるように僅かに組んだ指が僅かに強張り、しかしハッキリと告げられる。


「それで生きていても辛いだけだ」

決して此方に合わせるなと明確に突き放し、流されることなく我を保てと指し示す。


「だから君はかつて抱いた理想の自分の夢をも叶える道を選び進むといい。そう、生きれることを願うくらいには、俺は君に情があるよ」

『古烬』を憎むが故に、そうである自身ごと嫌い蔑ろにする。そんなコンプレックスを抱えてしまうほど素直すぎた弟子に対して、イプシロンが贈れる言葉は――このくらいだ。


受け取った吏史は、何かを言おうとした口を開閉し、唸るようにも俯いて低い声で呟く。


「…なりたい自分のために、オルドたちの命をも利用しろってことなのか?」

「皮肉として捉えるならばな、そうなる。だが、……改めて『覚醒剤』は、俺たちの期待と願い、信頼として受け取ってくれないか。――『古烬』とは違うと思い、二度と奪われたくないと願うのなら尚更だ」

酷な押し付けではある。月鹿の件もあり簡単に飲み込めないだろう。

しかし争いというものは力が強い方が勝つ。そしてこの争いは勝たねば意味がない。

負けて欲しいと願わないからこそ多くの武器を渡されてるのだとも、伝え切る。

「ただの兵器として扱われるのではなく、俺たちと同じ志を持って立ち向かうのだと。他ならぬ君自身が証明してほしい」

「………」

その説得を経て。ようやく、少しだけ、無理矢理心の抵抗を飲み込めた吏史は、苦々しい表情ではあるが――信頼の形である六本のガラス管、『覚醒剤』を自身の方に引き寄せた。


「……これの追加生成とかは、いいから。ほんとうに、いらないからな。それだけは、やめてくれ」

「それは今後の君次第だな」

「…わかった。そうならないよう、頑張るよ………絶対に」

吏史は箱を掴む手を僅かに強めていたが其処を敢えて追求はせず、イプシロンは話を切り替える。

時計の方を横目で確認すれば、すでに長針は零時を上回っているのが見えた。

「さて。湿っぽい空気になってしまったし。ここで渡せるものは、渡したからな」

これ以上睡眠時間を削るわけにはいかないと判断し、巻きで済ます。


「……『ゴエディア』についての報告は口頭から書式に変えよう。出来次第共有するので、必ず目を通すように。それと君の武器だがこれは最終調整中でな。また、明日の朝に…出発前に渡そう。この後には明日の任務用の報告書も送るつもりだ。内容を確認してから就寝してくれ」

もう眠っていい、と促すような発言に応じるよう吏史は頷いた。

「うん。…………………………あれ、寝ないのか?」

このまま自室に戻ろうとする吏史だが、不思議そうな声をあげてしまう。

しかし、イプシロンは戻る気配がない。

むしろこれからソファーの上でゆっくり過ごすつもりなのか、黒の手袋を取り、半端に羽毛で覆われた手甲を晒し、両腕のシャツのジッパーをあげては両腕を翼へと解放している。

そのまま、長椅子にかけて背を伸ばすように羽を大きく広げていた。

「なんかすごくリラックスしてるな?」

「………まあ、今日はだいぶ疲れはした。………此処で残りの作業を軽く済ませてから、仮眠をとるよ。明後日、いやもう明日か。…うん、明日の朝の出発の見送り役も俺になりそうだしな……」

疲れたと聞いて吏史はふと。思ったことを率直に声にする。

「…そういえばさ。なんか有給だったはずのに全然休みじゃなかったよな?」

試練終了から以降まで、会議やら手続きやらで色々連れ出されており、出勤日とそう変わり映えなかった気がした。

「…ハッ…」

そう感想を呟けば、窶れが孕み枯れ切った自嘲の笑みがイプシロンから溢れる。


「もうな、俺は……うん。慣れてしまったからいい。仕方ないんだ。だけどな。ただ、これに関しては、君は同じ過ちを得ないようにしなさい」

「…うん」

心の中で合掌しつつ、頷き応えることしかできなかった。

そんな疲れ切ったイプシロンを見兼ねてせめてひとりで過ごさせてあげようと思い、吏史は箱を両手で抱えながら自室に向かう。


「それじゃあ、…おやすみ」

「ああ。おやすみ」

リビングで気を抜いているイプシロンに就寝の挨拶を送ってから、速やかに移動した。

リビングに隣接してる三つのうちの一つの部屋、自室の扉を開き、閉じて。

『覚醒剤』の入った箱を勉強用の机に置き、身に纏っていた服を脱いで寝巻きに着替えてからベッドに寝転がる。

瞼を閉じて眠りにつく前に、吏史はHMTを起動した。

仰向けの姿勢に自動的に合わせた青光は、天井の黒面をスクリーン代わりに送られていた明日の任務を表示し始める。


〔現在、【暁煌】第一区『暁』にて。第二級犯罪者である鎌夜が脱走〕

〔かの者の手によって【暁煌】第一区に保管されていた『古烬』兵器『リプラント』が放たれてしまう。その混乱を制するため、活動しながら『古烬』を徹底排除し殲滅することを強引に決行した現代表管理者である間陀邏と、保護を優先しようとして相対するローレオンを筆頭に派閥が分かれて内輪揉めが勃発〕

〔その混乱の中で『リプラント』の問題を国内で片付けようとしている〕

〔しかし兵器『リプラント』の危険性は高く、真髄は電磁保有体の複製にあたる。一定期間を経たら周囲に電磁波を放つ電磁爆弾製造機にも近い。三国ともに電気エネルギーを多用する現国体制では大事故になりかねない〕

〔そのため、起動した『リプラント』が安定し複製体が蔓延する前。民への隠蔽が間に合わない事態に発展する前に破壊すべきと、【ルド】と【ジャバフォスタ】二国のアストリネが秘密裏に会議を行い、協力して早期解決を図ること決定〕


〔『平定の狩者』目的:兵器『リプラント』の破壊。間陀邏、ローレオンの対立解消〕


〔厳重注意:透羽吏史の会議でも処刑を推進していたことから、間陀邏は『古烬』への嫌悪感が強い〕

〔追記:現時点、間陀邏によりイプシロンの早急の派遣が要求されているが、目的等詳細は不明なため、未受理対応を行なっている。『平定の狩者』について参加希望をカミュールが上げているが、彼女との直接的な通信は不可能だった〕

〔推測:精神干渉異能を欲しており、カミュールの参加を阻止してると判断〕

〔推奨:吏史単独時での間陀邏との遭遇を極力回避すること。しかし目的遂行の為、彼の持つ焦操を利用し信用を勝ち取る必要はある。彼の腹心であるハーヴァを味方につけた方が成功率は高いだろう。可能な限りカミュールとも合流し、彼女の助力を求めるのも一手ではある〕


「…間陀邏、ローレオン。カミュール。…………ジル…―――鎌夜」

会議では声のみ参加で面識こそはないアストリネに、何度か顔を合わせた程度のアストリネ。互いに名しか知らないであろうアストリネに、世話になっている敬愛すべき師と。


心底恨むべき相手。

世界を、仲間を。また、壊し奪いかねない敵。憎むべき破壊者。


「鎌夜。『古烬』兵器『リプラント』解放者。第二級犯罪者。脱走者」

まとめられているその内容を何度も、何度も。何度その前を口にした。

そのように反芻して名前ごと噛み砕きながら目を通し続けて繰り返して記憶層に刻み全て、一文字単位で暗記する。

その間、終始、吏史は異色の双眸を大きく、溢れんばかりに瞠目させていた。


「次はオレが追いかける番だ。絶対に逃さないからな」


その動作は狩りに構える肉食獣。テリトリーに入り込んだ獲物を前に瞳孔を開く、獣の本能的衝動に近しいのだろう。



そしてさらに一夜が明けた【ルド】第一区、第一階層『門』。


多くの電力を消費して起動される性質上、『門』を格納する部屋は無駄に放電がされないよう対策がされており、特殊な加工を施された白石の建造物で内部が覆われている。

その関係もあって部屋全体は白く、『門』が放つ青以外の色はない。これはどの国においても共通している『門』の仕様だ。


当然だが、その『門』には監視員となる人間は配置されている。が…中でもアストリネの承認を行うことでしか開かれないより強固なセキュリティをかけられた『門』も存在していた。

其処は【ルド】以外の場所。他国と繋がる『門』。


早朝五時。

吏史と朝海は共に指定された時間通りに集合した。

【暁煌】という遠い地に足を運び『平定の狩者』としての任務を遂行するため、『門』の前に。


「――ついたよ。ここから先が【暁煌】第一区『暁』に繋がる場所だ」

案内役をも受け持っていたイプシロンが振り返り、二人に声をかける。

ただし先には同行できないことを示唆するよう『門』の前に佇むのみだ。

原則、基本。

他国に配属されたアストリネが来訪するには申請手続きとその国の代表管理者の許可が必要となる。

現状を鑑みて応援要請されてるイプシロンも[様子見]の択を取ったが故に、『門』を進めるのは申請受理された朝海と吏史の二人だけだ。


「…………ふぅ…………」

支給された『平定の狩者』専用たる白色の軍服を纏った朝海は、胸に手を当てて何度か深呼吸をする。

だけど、それだけでは到底凍りつくよう付着した緊張感が解けることないため、両頬を覆っては己の肺胞を空にする勢いで深い溜め息を吐いていた。


「はあああああああああああああ…あー…初任務緊張してくるなぁ…」


ちゃんと護身用として希望した武器も支給されたとはいえ、戸惑いと不安と迷いで目が泳いで不安を募らせるのは仕方ないだろう。

何せ、彼女が人生において握ったことのある凶器なぞ馬鈴薯を剥くために使った料理用の小刀くらいだ。武術などまともに学んだことはなかった、完璧なドブの素人である。

…恐らくは、その要因も含めて試練では『見込みなし』と断定されたのだろうが。


しかし素人とはいえ、『平定の狩者』に選ばれたのは事実。

HMTに送られた任務の個人追記にも『推奨:前線に出ず、基本は透羽吏史のサポートとして立ち回ること』と記載されていたのだから、その通りに、無力なりに。足を引っ張らないようできる限りのことは尽くそうと心保つ。

決意をも込めて、『門』に踏み込む前、初めて【ルド】ではない土地に踏み込む覚悟を振り絞るように、朝海は胸の前に両手を強く握り合わせた。

「私は強い…私は強い…強すぎて歴史を作り上げた女…!そう、歴史を作ったから世界のための任務だってこなせる…ふ、ふふ…余裕余裕…」

自然と笑みを溢すという自己を高める肯定的鼓舞を隣で浴びた吏史は、その仰々しい光景を前に目を丸くして首を傾げる。

暫し、首を傾げていたが、やがて手のひらを拳で叩くような思いつきの動作をしては申し出た。

「朝海はやる気はあるけど強いイメージがないからな、あんまり前に出なくていいしオレの後ろにいてくれよ」

「はぁ?」

それは優しさではある。しかし悪意がなくとも『お前は弱い』と突きつけ喧嘩を売る挑発同然である。

ここに来て五年での交流関係の狭さが浮き彫りになっている――とイプシロンは真顔を保ちながら思った。


当然、後者を強く認識した朝海は頬に青筋を立てて吠える。

「はぁ!?守られなくても何とかできますしぃ!素人でも私は【ルド】の民ですから舐めるなぁ!?」

「え?そうなんだ。何にもしてなくても身を守れるのは相当凄いな」

素直な関心ではあるが、『何もしてこなかったくせに』と煽りのように捉えられても仕方ない。

相手を煽るのに長けているネルカルとの距離感の無さが敵を生み出している――とイプシロンは一度瞼を閉じて額を抑えていた。


案の定、当然。朝海は顔を真っ赤にして憤慨する。

「何よ!もう!もう喋るな!その口を閉じろ!縫い合わせてやる!!」

「え?え!?アレ…何か悪いこと言ったか…?」

狼狽えつつ困ったように吏史はイプシロンを見るが、イプシロンは合わせることなく目を逸らす。

無言ながらの『悪いことをした』という通達だったため、慌てて吏史は朝海に謝罪する。

「なんかごめん!ごめんなって!」

「うるさーい!喋るなと言ったばかりだー!」

拳を握り上下に振り、後には気になったことを指摘するように吏史の胸元に向けて人差し指を突き指す。

「というか、なんで制服じゃないの!?」

「え?」

「服装!服装がおかしい!え?じゃないよ!え?じゃない!私服自体おかしいでしょ、新兵の自覚ないのか!バカ!」

現状、吏史は軍服ではない。

前ボタンを閉めた白のフード付きのジャケットを羽織り、足元まで隠れる黒のスラックスやグレーの運動靴という、とても身軽そうな服装だ。

『古烬』とはいえ新兵であることには変わりないはずなのに規則違反ではないのか、と罵倒交えに訴えたが吏史はさらりと答える。


「いや……俺は確かに兵士にはなったけどさ。別に服装の指定ないんだよ。朝海と同じような服も用意されてない」

「はぁ!?なんで!?軽装がすぎるでしょ!舐めすぎじゃない!?」

驚愕する朝海に横槍を入れるよう、イプシロンが告げた。


「服装こそは不真面目だろうが、アストリネの指示通りだ。その方が群衆《兵士たち》の中でも目立つからな。それにちゃんと耐熱、耐寒、衝撃まで織り込まれた特殊素材で製作された服ではある」

彼女の中では憧れの相手が決めたこととなれば反論の余地もないのだろう。

途端に膝から崩れ落ちて両手を床につけて伏せてしまった。


「……ず…ずるい…こいつ…こいつぅ…何も、かも…っ!…だったら私も可愛い服で、挑みたか…った…」

そして気にしなくてもいい点で落ち込んでしまった少女の小声まで聞いたイプシロンは、即座に朝海から翡翠瞳を向けるのをやめる。

胸中では性根は逞しいと改めて評価しつつ、同時に判断できた面を吏史に伝えるべく、密やかに声をかけた。


「いいか。彼女は戦い慣れてないようだから、争いになればきっと混乱する。君が強引にでも前に出ろ。だけど、それは程々でいい。これは間陀邏を初めに全てのアストリネたちに言えることだが、…直接人間を叩き潰すような真似は働けないはずだ」

「…それってセーブが掛かる的な?」

「トリガーセーフティシステムにも似ているよ。俺の精神系異能は例外的だろうが……アストリネは害を持って異能を人類に向けられない。これも一種の始祖の呪縛の類だろう」

「…わかった」

ならば問題ない。吏史は頷いて納得する。今回の任務で一番の懸念であるアストリネとの衝突となっても、朝海の安全は保証されているようなものだろう。

「だったら、それなら基本は昨日送ってもらえたやつ注意通り、オレは自分の安全第一にしつつ…ってところでいいんだな?」

「ああ。それでいい。先の話も『古烬』は例外になるからな。…それと――これを。以前から君がオーダーしていた特注の獲物《翼》だ」

そして吏史はイプシロンから、赤や金…紺色の装飾線が織り込まれた剣のようなものを手渡される。

見た目こそは長身の剣…には見えた。

だが、複雑な形状で銃が織り込まれているらしく、引き金や槍の長柄らしきものもが伺える。

とても複雑な組み合わせだと一見で判断でき、試しにそれを扱っていく。

まず、手で引き金を掴んだ。そうすれば剣は刃を自動的に畳み、銃に必要な部分が装備者の手を中心に展開された。

次に長柄を掴めば、銃は銃口からの分解を自発的に行い一本の槍へと変わる。

変化を確認した後、片手で器用に回しながら風を切り、長柄を石突部分を手のひらで押すようにすれば長柄が折れて忍ばされた剣の刃が顔を覗かせ、また剣に戻った。

「え…すごい。言った通り三種類の武器だ…絶対無理だと思ってたけど本当に叶うなんて…」

希望通りにもらえるとは、と感動を抱くよう三種に変形する武器をしっかりと握りしめてから吏史はイプシロンの方を見る。

「これって誰が作ったんだ?」

『古烬』ということを伏せて【暁煌】の職人に依頼したのだろうかと、そう予感しながら確認すれば、イプシロンは製作者の名を教えた。


「ナターシャだ。君の手に合うよう一から手がけた。彼女の心血を注がれたものだよ」

「―――――」

言葉を。失う。

それは、嘗て、吏史の選択の過ちで、兵士を引退することを余儀なくされた女性だった。

現在の彼女は、兵士たちの武器受注生産役の監督を務めている。自らの経験を活かし、現場において多くの兵士たちに必要な武器を手がけていた。

だから、ナターシャが製作したことには何ら違和感はない、だが。


「………オレが『古烬』と、伝えられたはずなんだよな?」

「ああ。それでも尚、君の武器を製作する任を快諾してくれたよ」

吏史が『古烬』と知ってもなお、応じたことに吏史は驚愕した。

だから、複雑な表情を浮かべながらも。吏史はイプシロンに尋ねる。


「―――ナターシャさんは、なんて、言ってたんだ?」

元より伝言自体は頼まれていたのだろう。質問に対し、イプシロンは即座に応じる。

「『必ず『古烬』を滅ぼして欲しい』」

「……そっか」

小さく頷く。その願いをしかと、承諾するように。しかし、吏史は返事の言伝をイプシロンに依頼しなかった。

彼女に直接礼を言うにしても、成し遂げてからの方がいいだろう。それがきっと、あの時『恵』で身を挺して庇ってくれたナターシャや…ダインラスへの正しい報いとなる。

更に渡された革のバックルを受け取り、ベルトを回す要領で腰に着用してから武器を仕舞い込む。

荷重した感覚自体はあったが、吏史には大した重みには感じない。何度かその場で小さくジャンプして、着用感覚を確かめた。

「重さは?」

「違和感はない。これならいつも通り動けると思う」

これで、吏史に必要な全ての準備は完了した。後に必要なのは『門』を通り【暁煌】に向かうだけだろう。

「私……私もできたはずだよね……あれ、おかしいな……いやでも、この軍服は実質オンリーワン……」

このやり取りを経ても、未だ床に蹲っている朝海を見下ろしては、吏史は手を伸ばしてその手首を掴む。

「朝海。怒らせた上に待たせてごめん、ごめん。なんだけど。そろそろ行かないと」

「…。……わかってる…わかってる…」

「…いや、わかってるなら起きろって。ほら…」

「…ぁあああああああああぁ…」

まだ落ち込んで起き上がれそうにない朝海の片腕を掴み上げるという、氷海に沈む子アザラシを回収するような構図で起こそうとした吏史に、イプシロンは片手で控えめに挙手をして割り込む。

「あれ?どうしたんだ、オルド。まだ何かあるのか?」

「敢えて記録として残さないよう報告書にはまとめなかったことがあるんだ。最後に口頭で伝えておこうと思ってな。……今回、大きく関係するであろう二十三代目間陀邏なんだが……」

その言葉を皮切りに、イプシロンの翡翠瞳がゆっくりと半月状に据えて告げた。


「間陀邏は生粋の人間嫌いのアストリネ。人体化を取っていない。故に、彼は人には到底理解し難い形状をしている。俺やヴァイオラで見慣れてるなんて、生ぬるい考えを捨てて任務に望んでほしい」

「……どういう形状をしてるんだ?」

「見れば分かる、としか言いようがない」

つまり当てはまる言葉がなく、形容できない姿形をしている。そんな通達だ。

「あえて言うならば…爪が凶悪…だろうか。報告書にも記載していることだが、相当…いや、かなり気性が荒い。存分に警戒してくれ」

そんな説明を受けた朝海が、恐る恐ると片手をあげて質問する。


「……。あのー。私も、どのくらい警戒度を高めた方が良いでしょうか…?例えば街で見かけるような歴戦のボス猫とか…迂闊に近づいたらいけない的な…」

「え。報告書にも書いていたけど、朝海はそこまで気にしなくていいと思うぞ。姿で…すごく驚くかもって話じゃないのか?多分、何かいざこざがあるならオレにだろうし」

「……あ。そうなんだ…?」

「うん。でもさ、爪が凶悪だけで二十三代目間陀邏をボス猫扱いするのは……すごいな?」

「え、……え!?違……例え!例えだから!例えです!違います、他意はありません!決してアストリネ様を馬鹿にしているわけでありません!―――イプシロン様は私にとっての太陽ですが!」


吏史の指摘を受けて、ギョッと目を丸くして慌てふためき、必死に首を横に振り誤解であると謎の告白を交えながらイプシロンに訴えるが、彼は特段反応することはない。


「【ルド】電力管理室へ依頼。イプシロンの姓を以て申請する。これより【暁煌】行き『門』の起動しろ」

むしろそれだけの度胸があるなら十分だろう。と、内心で冷静に判断を下し、己の左耳にある耳飾り状のHMTを操作し始め、『門』起動準備に取り掛かっていた。


――やがて、送られた起動申請は受理される。

通電が始まり、ガコンと金属同士が嵌まり込む重音を立てて、モーター特有の音が鳴り響く。数秒と経過することなく『門』は薄氷色に発光し、転移の境界となる電磁波の膜が生まれ始めていた。


「…行こっか」

さめざめと泣くように顔を手で覆う朝海の肩を軽く叩いて、吏史が『門』に向かう。

足取りは床を引きずるように重いものの、一旦は促されるままに朝海も一歩遅れて『門』に触れた。


そして、二人の転移者に反応して『門』が起動する。

「…!」

酷く驚いて喉に空気が詰まる音が、二人から零れた。


普段であれば『門』の転移は簡易完結的だ。花火か雷が走るように一瞬の煌めきのうちに転移が果たされる。

しかし、現在はそれに当てはまらない現象が起きていた。吏史と朝海の周囲には、放電が連続的に起きており白光の静電気が激しく弾けていく。

「え?え、え?これって国が違う『門』だとこうなるの…?」

どうしたって不穏を煽る現象だ。今にも爆発することを暗示されているようである。

そのため、弱々しく朝海が尋ねれば、吏史は表情を険しいものに変えてつぶやいた。


「いや、オレさ。国が違う『門』は…何度か経験してるけどこうじゃなかった」

「…は?なに?つまりこれは新規仕様?特典ボーナス?」

「そんな初回限定演出みたいなのはなかった気が」


惚けた朝海の声と同時に、白色の放電が赤に変化する。

「なになになになに!!??これ、これは、…明らかに不味くない!?」

動揺と困惑に朝海が涙目で何度も首を横に振る中で、放電量は増していく。

明らかな異常事態だ。

そう判断したイプシロンが短い舌打ちを漏らし瞠目し、即座に身構えて行動に躍り出る。

両翼を解放することで強固な力を惜しみなく解放し、自身の武器たる弓を取り出しては足で重い弦を弾く。その矢尻を『門』に向けた。

このまま放てば強弾により破壊は可能だろう。

着弾時の被害を被らせないよう、イプシロンは二人に指示をする。


「屈め!今すぐ『門』を破壊して、強制的に転移を止める!」

しかし、そう促されて身を屈めるよりも早く、吏史は転移自体がもう始まっていることに気づいてしまった。己と朝海の足先の輪郭が、掠れている。

正しく機能してるかもわからない状態で、『門』の転移だけは確かに起動しているようだ。


「オルド、待ってくれ!今破壊したら逆に不味い!」

制止した。基本的『門』は転移実行中で止める方が危険だ。今止めてしまえば二人揃って片足の欠如…切断が起こりうる危険性が高い。


「っ、しかし…!」

それを察したイプシロンは身を強張らせ、発射手前で止まってしまいながら表情を歪ませたが、吏史は安心させるように胸を叩いた。


「一旦、飛んだ先でもオレたち二人でなんとかする!後のサポートは頼んだ!」

すぐに転移先で下手に逸れないよう対策として朝海の手首を掴む吏史を、イプシロンは険しい表情を浮かべたまま見送ることしかできない。


「…っ、ああ。すぐに取り掛かる。気をつけろよ…!」

その歯痒さに歯軋りを立ててしまいながら、せめてものとばかりに激励の一つを送るしかなかった。


「始めての国移動がこれとか聞いてな―――」


そして赤の電流が二人を囲う檻になるまで流れ切り、白目を向いた朝海の不安で満たした声をも掻き消す赤色の放電が炸裂する。


「!」

イプシロンはその余波を正面から受ける前に曲射の姿勢を解きながら後方に下がり、両翼で顔を覆う形で直接的な被害を被ることは避けた。

前に払うような動作で風を巻き起こし屈んだ姿勢から真っ直ぐに正す。可動源となる電気を失ったように抜け殻めいた『門』が一つあるだけだ。


「…一体、何が起きている…?」

片腕だけを人化を取り、耳飾りのHMTに触れる。せめて事態をネルカルに報告共有するべきと思っていた。

しかしイプシロンが報告するよりも先に、緊急通知が送られる。

メッセージを受信したことを示すようHMTは手紙の表示の後、文面を型取り虚空に広がろうとしていた。

相手は、ネルカルではない。


「―――ヴァイオラ?」


【ジャバフォスタ】に属するアストリネ。『門』開発にも着手するアルデからの姓署名付きのアストリネに向けての連絡だ。

信用できる相手からの通知のため下手に勘繰らず、即座に封された中身を操作して開く。


そして、そこにはたった一文ではあるが、今起きた異常事態を説明するに十分な内容が記載されていた。


〔現在、全世界の『門』の転移先が【暁煌】第一区より操作されているため、御使用をお控えください。〕


「…ッチィ!」

大きな舌打ちを零し、空の『門』に背を向けて出ていく。

HMT操作では現状の対処方を尋ねるべくアルデに個別連絡を行いながら、直接的にネルカルに連絡せんと奔走し始めた。

………………………〔核〕

・アストリネの生命にして心臓。異能を司る源にして種の象徴ともいえる。

長きに渡る管理時代を血縁者に与える継承にて、彼らは種と歴史を続かせていた。


但し、心臓と例えても皆総じて核が心臓部にあるわけではなく、継承時にいずれかの部位に宿る。

核自体は空気に触れるとその者を現す花となって開花する性質があり、同じ名前の人類でも個性と個体差が生まれるように同じ血縁と姓名を持つアストリネにも個人差ができるようだ。


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