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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
第一章. 白雷は轟き誕辰を示す【暁煌】
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プロローグ

これはかつて生まれ落ちた時のお話だ。


何一つ纏わぬ濡れた体で、横たわっていた。

寂れた金属製の床に身を投げ打つ形で、無様に這い蹲る状態で。

一尾の蛇尾を畝らせても、まともに立ったことのすらない肉体では上半身すら起こすことができない。


そんな無様を晒す中、真下から見つめていた者がひとり、佇んでいる。

やがてそれは穏やかな木漏れ日の中で鳥が唄うように、柔らかく透き通る声色を落としてきた。


「君は人間でもない、アストリネでもない」


覆しようもない事実にして真実を謳う。

たとえ、この先を進み生きたとしても自身に付き纏い、苦難を齎す棘となる。

色の薄い形良い唇が宣告し、続けて紡ぐ。


「だけど、何方でもないからこそ、何方にも成れる。生き方は選ぶことができる」


しかし全てを悲観す必要はなく、己の歪んだ出生をも利に変えるべきだ。

選べるということは自由意志があるも当然だと啓示を与えられ、体を小さく揺らしながら、その者の目を見上げたが、見えた光景に喉から空気が漏れる。


其処には、金色の恒星が輝く涅色の夜空が広がっていた。


「選べるのは二つ。庇護を受けるか、守護に徹するか」


夜空の双眸が柔らかく細められ、動作音も立つことなく無音で近づかれる。

膝を床についた姿勢で、手を、差し伸べられた。


「選んだ道に応じて必要なものを君に授けよう。だから、どうか。後悔がない選択を」


意味することは、説明されずともわかっている。

手を取らずに塞ぎ込めば守られ続ける日々を享受し、足掻きを示すよう手を取れば守り続けて日々身を削るのだと。


―――しかし、そんな究極の二者択一を前にしても躊躇し悩むことはない。


「おれ、は、」

冷たい水に満ちる狭い棺を壊して、世界に生まれ落ちた時から答えは決まっていた。



白髪赤瞳の女性が、眩い陽光の中を歩んでいる。


胸元にまで伸びた横髪を揺らし、庭園と繋がる白を基調とした木製の半屋外通路を進んでいた。

そこからは花の香りが乗った風が絶えなく吹き、彼女の片目を覆う長い前髪や纏う織られた椿模様が描かれた紅色の着物の袖を靡かせる。


彼女はジルコン=ハーヴァ。

【暁煌】に配属されたアストリネにして『古烬』の少年、透羽吏史の槍術指導役兼監視役を引き受けた一族だ。


現在ジルは数刻前に開始された【暁煌】のアストリネのみ召集させた重要会議を済ませたばかりになる。

長きに渡る否定と同意を交えた話し合いを踏まえて、漸く両派閥共に推進できる草案が決定しとはいえ疲弊は免れない。

今、ジルの吐息は酷く重い鉛のようなものだ。

『休息を挟め』と間陀邏に強く勧められたこともあり、こうして一本道を進んで自室に向かっている。


そんな彼女に唐突に通信が流れ込んだ。


『…ジルさん、すいません』


左手薬指にある黄金の指輪。ジルが希望する形に改造されたHMTからは、周囲の風にかき消えそうなほど少女のか細い声が聞こえてきた。


『あの、突然の通信……大変失礼します。…先の会議の件なんですが……』


ジルは通信先の間が誰か判別した途端、嫌な顔を浮かべることなく、むしろ通話相手と会話しやすいよう左手を上げては指輪を口元に寄せる。


「うん。大丈夫だ。……言いたいことは察してる」

相槌のような頷く動作を交えながらも、ジルは進む足を止めずに告げた。


「でも悪い。今は……動かせられない。だけど、時期の目処事態はついてるんだ。【ルド】の試練が今日だからな。先の会議で話した…『古烬』の兵器…『リプラント』の件で動けるようになるなら、その後になると思う」

『……。わかりました。なら、もう少し大人しく待ちましょう。いい加減、空中庭園内に住まう穀潰しに徹するのも飽き飽きしてた頃なので……ちゃんと自ら動けるようになるのであれば、助かります』


自らの行動を起こそうと積極性を見せる少女に対し、ジルは尋ねた。

「……本当にいいんだな?……そこで過ごした方が、安全だけど…」

その意に偽りや迷いはないのかと確認を兼ねた質問だったが、通話先の少女は葛藤を覚えることなく応じる。


『はい。僕の気持ちは……十五年前から何一つ変わりませんから。むしろ真の安全を掴むためにも、『リプラント』を始めにした『古烬』を根絶やしにします』

ジルは、ゆっくりと目を伏せた。

彼女の通話越しの声は凛としていた表明した決意が固く、何人たりとも冒せないことを示してるのだろう。もはやそれが一部として形成されてるだから、止めたって意味がないに違いない。

噛み締めるよう少しの沈黙を経て、伏せた瞼を開いたジルが言う。

「…わかったよ。なら、もう、止めない。…だけどあまり無理はしないでほしい」

『……それを他ならぬ貴方が言うのですか、ジルさん』

「そうだなぁ。年上なりの心配ってのは?」

『あまり面白くない冗談ですね。食事もそこまで取られてないと聞いてるんですよ』

「……まあ、私の身体は蛇に近いからな。取るべき時は取ってるさ」

『嘘。ついてませんよね』

「っふふ…」

噴き出すようにも笑ってしまった。

尋問的な言葉をぶつけられてしまったが、あまりにも素直でまっすぐな物言いだから、大して怒る気持ちも湧かない。

「いいな。その率直な感じ」

むしろ、好感的だ。先の話題に僅かに出した相手。…自身の弟子にもあたる透羽吏史のことを思い出したジルは柔らかく微笑む。


「件の彼もさ、凄く素直で正直なんだよな。監視通信聞いてる感じだとイプシロンなんかよく振り回されてるんだ」

『はぁ…そうですか』

大して関心も持たない調子を隠さず、少女はジルの態度に思うところがあると指摘する。


『…お気に入り、ですよね。僕が言うのもなんですが…あんまり年下の異性ばかりかまけてると間陀邏が拗ねちゃいますよ?』

「確かにセンス良くて教え甲斐があるから気に入ってるところはあるけど…間陀邏も別にそんな表立って拗ねるタイプでもないって。それに、継子がいて安心してると言うか。教えるのが楽しいのも大きいんだよ」

『うーん。…やはり拗ねてしまうかと』

「え?そこまで言われるのか!?」

『いえ、別に……彼を好ましく思う心は自由ですから、強くはいいませんよ。だけど、そうですね。僕としては【暁煌】は実質貴方が保ってくれてるようなものであることは認識してほしいです。自分を一番大事にしてくださいな』

彼女にとっては、ジルの方がずっと大事だ。

顔も知らない吏史なんか知ったことではないし、此処にはいないアストリネたちも大して宛にしていない。

『貴方に居なくなられたら、困ります。…とても』

【暁煌】や少女にとっても。ローレオンや間陀邏よりもジルの存在が最も大きいと主張して、優先順位を誤らないでほしいと、警告じみた願いを口にする。

『僕には、何故……貴方が強く在れるのかはわかりません。分かりませんけども。文句…苦言は言わさせてもらいます。その献身的な無視無欲。赤の他人には至上の美徳でしょうが、身内には最悪のエゴですからね』

経験上も兼ねてるのであろう少女の重いながら痛み居る言葉に、ジルは緩やかに瞼を一度閉ざしては深く息を吐いた。

「……うん。ありがとう、よく覚えておくよ。『五十代目カミュール』」

『…。では、ご対応ありがとうございました。そろそろあの子の餌の時間なので…僕はこれで、失礼致します』

「ああ。白雪にもよろしく。また餌をあげすぎないようにな」

『わかってます。僕なりに抵抗してやりますよ』

そして黄金の指輪からの声は無くなる。

通話が終わったことを確信したジルは口元に寄せた手を下ろしては、隻眼の瞳を開く。

また冷感を与える風が白絹の髪を凪いで頬をも撫でる。ほんの少し心地よさを覚えて薄目になりながらも歩み続け、やがて通路の先に辿り着けば硝子性の扉に到着した。


その前に立つ。数秒も経過することなく扉から数度ほど赤色の光が点滅する。

写影機能を自動的に起動した扉は、ジルが通すべき部屋の主であると認証を果たし、開門して招き入れた。


広がるのは多角形状で形成された部屋だ。

しかし部屋というには家具や本棚を初めにした娯楽もない。中央に眠るためのベッドと覆う天蓋が一つあるのみという質素すぎる部屋になる。

但し全てがそうではなく、眠る際には星を見られるようこだわりのデザインが施されており、天井全体はガラス張りで構成されているため、真昼間の今はいっぱいの蒼穹が広がっていた。


此処は【暁煌】の配属するアストリネ専用の部屋の一つ。ジルに与えられた休息場所だ。


「……ふぅ」

ジルはそのベッドの淵に座り、圧迫する金色の帯を緩めては窮屈な状態を解き、横になる。

横になった拍子で胸が弾み揺れて服は乱れたが、そのまま力を抜いて身を任せていった。

じきに肌には蛇鱗が浮き出始め、長い足もしなやかな蛇尾になり始めていたが、人から離れる変化自体は気にしない。

どうせ、此処にはジルしかいなかった。…着替えだって後でいいとも考えている。服の皺も気にせずそのままごろん、と横から仰向けに寝転がる。

――いや、そもそも礼服を始めに着物など専用の衣類は山ほど有るのだから破れたっていいのだろう。

アストリネが纏う服とならばと、【暁煌】に住まう服職人たちが気合い入れて納品してくる。

気に入りでもしない限り、その都度新しい服に着替えた方がいい話だ。

そうすることで彼らの努力の還元となるのだから。

「ふ、ぁ…あー………んー……っはぁ………本当、疲れた」

柔らかな羽毛の枕を手繰り寄せて顔を埋めていれば心身ともに覚えていた疲労感で欠伸を覚え、蛇のような長い舌が垣間見せた。

後に何度かの呼吸を繰り返し、埋めた顔を上げては天の蒼穹ではなく部屋の横壁、窓外に伸びる緑を細い瞳孔を眇め見た。

「………。相変わらず、すごいなぁ、スクスク育ってる…。あ、花も咲いてる…」

【暁煌】の第一区『暁』は浮遊石を用いて三千メートルの空を浮遊する関係上、低下した酸素濃度を調整し地産地消を成立させる為に多くの草木や花を植えた状態だ。

ローレオンが用いる異能の炎…熱操作により気温は定期的に調整されてるものの、草木にとって過酷な環境であることには変わりない。

だけど草木や花々は決して枯れることなく適応し、まっすぐに伸びて生き続けている。

「…………逞しいな」

なんて、不意の感想を漏らした後。ジルは、今度は少しだけ長く目を瞑った。

瞼の裏側の暗闇で思い返すのは、先に交わした通話内容。


『何故貴方が強く在れるのかはわかりません』


彼女の疑念に対し咄嗟には答えきれなかったが、ジルの回答自体は決まっていた。

十八年前に救われてから、定まった真理でもある答えが。


「……それはな。この世界が、自分だけのものじゃないからなんだよ」


唇を窄めながら呟かれた声は、環境音で簡単に消え入りそうなほど微かな囁きだった。

何度かの呼吸を繰り返してるうちに穏やかな揺籠のような眠気が訪れてきたが、そこでは眠らない。

蛇のような細い瞳孔を持つ紅玉瞳をゆっくりと開いては、ベッドに身を投じるのをやめて体を起こす。

そして流れるように薬指につけたままの指輪状のHMTを起動させた。


青色の光が宙に広がり伸びて、面を描いている。

やがて〈連絡先〉と表示されたビルダ語に続くよう多くの文字列が並ぶ。

指先を伸ばして『監視対象』の文字を見つけては叩き、繋ぐべき通信先を指定した。


「まあ、録音自体はされてるだろうけど…。吏史が今日の試練無事に乗り越えられるか、師匠として聞き届けないとだしな」

接続する瞬間には僅かなノイズが走り、此処ではない暴風の音に交えて若き少年の声が流れ始める。


「ああ。よかった。いいタイミング。丁度、頑張ってたのか」

目元を緩めて微笑んだジルは、音先に意識を傾けていたが故に――窓の外に映る昏い影には気づけなかった。




【暁煌】、監獄室。


其処は灯一つもない宵闇に満ちた牢、暗中と喩えるに相応しい密封された空間だ。

その場所で散々暴れ叫んだ影響で、すっかり老人のようにも嗄れてしまった声が、虚しく反響する。


「馬鹿正直に見下しながら、まあ、簡単にベラベラと話してくれやがって…」


恨み言を呟いた後に、クク、と喉を鳴った。

声は枯れていても今は心が満ちている。

五年前――自由を奪われ世界に無用と廃され、犯罪者の烙印を刻まれたが、彼は叛逆の精神を折らず、むしろ、研ぎ澄ませていた。

決して錆びさせ折ることなく、狩り取るための鋭利な刃を。

虎視眈々と水面下で密やかに、ほんの少しの隙と機会を伺いながら尖らせ続けていた。


「漸くだ、」

そうして漸く報われる。機会が、訪れた。数多な花を切り落とす、その為の鎌を振り下ろす時が。


「偽りの平和を築いて人類の支配を目論む怪物どもが。今に見てろよ」


やがて、彼の両腕の自由を奪っていた紅色の蝶番型の電子認証式の手錠から、骨が砕ける音が響いていた。


………………………【暁煌】

・電気飛晶を活用し宙に浮遊させた都市を第一区(主区)とする農業生産を中心に行う総合二十区の国。

現在の代表管理者は二十三代目『間陀邏』である。

人類分類される際は器用さを重視されており、かつての世で東洋人と分類された人種が多い。

農協関係の研究や食品開発、衣類装飾品などの芸当品の製作を中心に行い発展させている。


………………………【暁煌】第一区『暁』


これ自体は当時、代表管理者に属していた『ローレオン』の希望により計画されたものである。

地下一万メートルの掘削を行い地盤を緩ませた【ルド】への意趣返しを込めた報復の計画であったが、高所の影響で低下した酸素濃度の解決が課題とされていた。

結局、彼等は【ルド】に配属された『ネルカル』を頼り、定期的な空調調整と第一区を守る風の防壁を編み出してもらうことで維持を繋ぐことになる。


のちに『ヴァイスハイト』の知恵を借りて自動調整化がなされたため、『ネルカル』を頼る定期的な酸素濃度調整の供給を行う必要がなくなった。


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