『ゴエディア』の書 序章.
日記、はじめてみてる。父さんにすすめられたから。
前の日に会えたアストリネのことを書こう。
だけど深くは書けない。お話、たのしかったけど、だって、名前はしれなかった。
話してるうちにおしまいにされたから。
気になって父さんに聞いてみたけど、困った顔で「また会える」としかいわれなかった。
「運が悪かったらまた」
たしかにそういっていなくなった、あのアストリネにはいつに会えるのだろう。
(拙いビルダ語で情景が綴られている)
勉強も訓練は身を結んでる気がする。順調。
体を動かすのは楽しい。疲れてる感覚は自分の限界もわかって、まだ立てることで伸び代を実感できる。まだまだ強くなれるんだ。
強くなってあのアストリネに会うんだ。
(少し達筆し始めた筆が意気揚々を表している)
オレに母親はいないのかと父さんに尋ねてみた。
悲しそうに笑って、いたことだけを伝えられて。
オレがあのアストリネに会いたいように父さんもまた会いたい相手がいるのに。
だけどオレがいるから『恵』に居ることを知って、よりがんばろうと思った。
オレが村から出られたら、父さんも『恵』から出られる。
(また一つの想いを得たように、しっかりとした筆跡である)
月鹿に、裏切られたのだと思う。
さいきん、頑張ってる理由をただ話しただけで、助けたはずなのに村中に酷く非難された。
村人はオレを悪い奴だって責め立てた。父さんは、気にするなといっていたけど、難しい。
そしたらなんで月鹿はおかしそうに笑っていたんだろうって、考えてしまう。
どうして人を追い詰めて、苦しめて、あんなに、楽しそうに笑うんだ。
(文字が歪み筆跡が震えており、怯えを含んでいることを示唆している)
無理だ。無理だ無理だ。無理だ、『恵』にはいられない。早く、この村を出よう。
オレが出ないと父さんまで巻き込まれる。
絶対に適性検査に選ばれるんだ。選ばれないと行けない。父さんも一緒にこの村から出るために。
月鹿から離れるために。
(同じ文字を何度も書いており、焦りを孕み精神的に追い詰められてることが記されている)
父さんが死んだ。ダインラスも死んだ。
イプシロンは起きたことだって言ってくれたけど、わかってる。
あの時オレがすぐに動けてたら月鹿から父さんを取り戻せたかもしれない。あの時オレがすぐに動いていたらダインラスもナターシャも助かってたかもしれない。
だからオレのせいだ。オレが、殺した。オレが殺したんだ。オレが殺したんだ。
オレが『古烬』の兵器『ゴエディア』だったせいで。
この世に生まれるべきじゃない『古烬』だったせいで。
(最後の一文は力強く、一部の紙が破れた形で記されている)
食事は、なかなか取れていない。
報復、したい、そうしないといけない。オレがしないといけないことだから死ぬつもりは全然なくても、あの時のことを思い出すとどうにも吐き気がした。
どうにも、食べるという行為そのものに嫌悪感が生まれてたことを素直に伝えた。なぜなら月鹿が父さんを噛み潰す、あの瞬間が脳裏によぎるのだと。
「心的外傷…トラウマを発症してるのですね」
話を聞いたアルデは深刻そうな顔持ちをしていた。
それからのオレの食事は流動食。飲むという行為から慣れ始めることになる。徐々に固形物に慣れさせていこうという算段らしい。
だけど、やはり。
どうにも噛むという行為が怖くて、咀嚼そのものをオレは嫌うようになったオレは、飲み込めるものはすぐに飲み込んだ。数回程度噛んで飲み込むことはザラにあって。
「早食いするな」
そんなオレの食事を見る機会が多いイプシロンは、そう注意するけど。
けど、ごめん、心配と優しさでそういってくれてるのはわかってるけど、これは、これだけは多分、直せない。
(どこかしら哀愁を漂わせる、文字の小さい文が並んでいる)
頑張らないと。オレが滅ぼす。終わらせる。絶対に。
父さんを奪ってダインラスを殺して、それでもまだ壊そうと動く奴らを、オレが、オレがやる。
『ゴエディア』の兵器としてのオレの義務。それでも生きてるオレの意味で、道標だ。
あのアストリネの夢を見た。
出会った時のまま、同じような形で笑っている。そうして進むことしかできないオレを肯定してくれているように。
父さんの夢は全然見れていない。その代わりにあの時の月鹿が花を噛む夢ばかり、繰り返すように見てしまってる。
(必死な努力を続ける様を彷彿とさせる文が続いている)
だけど、こんなまだ成せていないオレにも、イプシロンは優しい。オレが体調管理を誤り熱で寝込んだら鍛錬を中止して休ませてくれる。動けるようになるまでは付き添って看病してくれた。
ハーヴァも優しい。オレが模擬戦で怪我をしようものなら慌てて手当をして最新医療器具を使わせようと焦る。治るまでは他のアストリネたちに休息を主張して安静にさせてくれるまで図ってくれる。
アルデも優しい。『古烬』には必要のない作法等までオレに教えてくれていた。今後生きるため、馬鹿にされないようにと、個としての誇りを忘れてはいけないとまで訴えてくれる。
なんで、みんながアストリネが『古烬』の兵器であるオレに優しくするのかわからなくて、思わず尋ねてみた。その答えは、共通していた。
「努力を評価している」
その言葉は、ちゃんとオレのことを見てくれてる意味がある気がして、オレがまだ、ここに生きてることが許される気がした。
とても嬉しかった。
(少し、心の憑き物が落ちたのかもしれない。筆跡は強張っておらず、さらりと流れる川水のように記されていた)
オルドヌング。ジルコン。ヴァイオラ。ルナリナ。
皆に名前をも教えてもらえた。アストリネとしての呼称、肩書きではなく、呼名。
まるでオレが仲間だと信用されてるみたいだった。
そんなわけがない。ないだろう。『古烬』のオレをどうするかの三国会議は未だに続くのに。
だけど、形としてちゃんと示してくれたようだから。
もう一度、誰かを大事に想ってもいいのかな。
父さんと同じように。オレの大事なもの。何も変え難い、宝物のように。
(新たな大切な存在が心に刻まれてるのだろう。だんだんと筆が進んでいく)
今日はナナが遊びに来ていた。
しかし、どうやら代表管理者としての仕事を抜け出していたようだ。
「いやー、外出る機会が少ないからね。代表管理者としてのモラトリアムは必須だよ。それにお前と話すのは楽しいしさ」
ナナはいつもそう決まって言ってくる。オレは戦うことでしか価値がないと思っていたから、こうしてただ話すだけ、関わるだけでも意味があるのだと訴えているようだった。
態度が良くないとは怒られているけれども、確かにと思うこともあるけど。ナナは悪く言われるほど酷いアストリネではない気がする。
そう、オルドに訴えれば「それ自体は知っている」と軽く返された。
安心した。オレに言われるまでもなくナナはちゃんと評価されてるらしい。
(そうした些細なやりとりをはじめに、多くの思い出が書かれている。誕生日に起きたサプライズのこと、新たな技を取得した時のこと、友達として秘密の場所に連れ出されたこと。もちろん、批判も多い立場上、彼に起きた辛いことも沢山あるようだが…)
父さんを、ヴァイスハイトを滅ぼしたのはオレのせいだ。わかってる。悪口を言われても否定されても、人として扱われなくても、仕方ない。
だけど。それでも、いずれは消えるべき『古烬』のオレでも。
価値があるうちはこの世界に居ても許されるんだって、ほんの少しだけ思ってる。
(それを当然。些事と捉えられるほど、深い傷が残る心が定まりつつあった)
嫌な夢を見る機会はだいぶ減った。代わりにこれまで受けた嬉しかったことを噛み締めるように、思い出す夢を見ることが増えている。
最近はよく寝れてるし、すごく心も落ち着いていた。
きっと五年間を経てオレは成長したのだろう。
今のオレを形成してくれたアストリネたちのおかげだ。名前をも教えて受け入れてくれた彼等のおかげ。
だから、生きるための術や理由を与えて教えてくれた者たちにオレは報いたい。彼等の優しさを返したい。
兵器であるオレが返せるのは物理的手段だろう、だから。
(彼の試練の前日、最新である日記には、強固な決意が籠った一文が記されている)
もう二度と何も奪われないためにオレが『古烬』を滅ぼす。