2-6【序章_終】
吏史が次に目を覚ました時は、見知らぬ灰色の天井で汚れひとつもない真っ白なベッドの上だった。
「目が覚めたか?」
声が掛かる。
しかし、体は相当重く、腕ですらまともに動かせそうにない。首だけを横に動かす形で吏史は声の方向を向く。
その拍子で己の黒髪が視界で揺れたが、脱色したような白が混じることに少しだけ目を瞬かせるものの意識は直ぐに声の主に傾いた。
「……イプシロン…」
己に呼びかけた者の名が掠れた声で漏れる。
唯一の光源と思わしい陽光が差し込む窓際にて、イプシロンは腕を組む姿勢で佇んでいた。
「別に無理して動かなくていい。早期再生を促す薬剤投与はされていたとはいえ、内臓が壊死しないよう緊急手術と人工血液による輸血が速やかに行われた。君の体の負担は相当だったはず。今は、そのまま眠るべきだよ」
空調を意識して開けられた窓からは穏やかな風が室内を通っている。
【暁煌】とは違う鉄の匂いを乗せた風が鼻腔を擽ることで、此処が【ルド】なのだろうと思わさせてくれた。
「ああ。でもそうだな。…そうしろと言われても一度醒めてしまった以上、多少先んじて話しておいてもいいかもしれない。では君に事実を伝えておこう」
そう呟くイプシロンの紅のダリアが咲く金糸が風に揺れ、隙間からは瞳孔に太陽が灯る翡翠の瞳が覗く。
「第十三区『恵』は事実上壊滅。負傷者二名、犠牲者は四十九名。行方不明で処理された…『古烬』に属していた二名は【暁煌】で拘束中だ」
「っはぁ…?行方不明………拘、束中?あれだけのことをしたのに?!」
「行方不明にされたのは人の中に『古烬』がいたと騒ぎにさせないためだ。……これと同じように、主犯格でありながら拘留状態を維持されてるのにも理由がある」
「…何で、何で?!…あんなに、あいつが!…っ沢山、奪ったのに……!」
「人権派の主張だよ。人を安易に処刑するべきではないという思想に染まって擁護するアストリネが処罰を邪魔立てしてる。このまま……下手すると彼女たちは保護された状態が続くかもしれないな。…それと――」
納得がいかずに不満げな表情を浮かべる吏史への話は終わらない。
ただ、先の発言は少し詰まる。小さく肩を揺らす口呼吸をしてから、イプシロンは僅かながら億劫そうに意味もなく口を開閉させていた。
そんな、ほんの躊躇いを見せつつも、平然を装った声を紡ぐ。
「ダインラスは死亡したよ。彼が身を挺して守っていたナターシャは辛うじて生きているが…彼女も無事とは言い難いだろうな。何せ、兵士としての復帰は難しいやもしれないから」
「…ぇ…」
死亡。
その2文字は、吏史を絶句させるには十分なものだ。それだけではなく、ナターシャも重傷を負ったという点も含めて言葉を喪失させてしまう。
「……じょ、」
冗談じゃないのかと、無理に笑って言いかけたが、イプシロンの翡翠瞳を見返せば何も言えなくなる。何せ厳格さすら覚えさせる涼やかな真顔だったからだ。
何度も戸惑いを含んだ瞬きを繰り返した後に、吏史は小さく口を開く。
「………それ、『古烬』の、影響で?」
イプシロンはゆっくりと首肯した。
「ああ、そうだ。おそらく『恵』に目撃者を残させたくなかったのだろうな。黒フードは…記憶にあるか?俺は、アイツの仕業だと踏んでいる。君が父親を探しに出たタイミングで処理に動いたと。俺とジルが天幕跡地に到着した時は、凄惨な現場だったよ」
「…っ」
想像もしたくないと目を瞑って顔を逸らしたが、のちに罪悪感が湧いた。
あの時、あの場で。衝動的に自己優先に動いたのだ。
吏史がサージュの安否を気にして探しに行かなければ、イプシロンが来るまで待っていれば、起きなかった事なのではないだろうか。
だが、そんな自傷めいた心境を読み解くように翡翠の瞳が細まる。
「結果論だ」
思考を巡らせたところで、無益で無意味だと突きつけた。
「もう起きてしまった。犠牲が多数生まれて終わり。過去の選択には戻れない。今となってはそれだけの話なんだよ、吏史」
思うだけで無駄。やり直しは聞かない。過去は変えられずに今が進行する。『恵』が滅んで、家が壊れ、ダインラスとサージュが死んだ。
それらが事件として残るだけで、変わらないのだ。
「生きて残った者はやるせなさを噛み締めて、先を歩むしかないんだ」
イプシロンは懐からあるものを取り出して、吏史との目の前、頭のすぐそばにそれを置いた。
円を描くように白いシーツの上でまとめられた銀色のチェーンが当たり、チャリと金属音を立つ。その中心の飾りとして青色に灯る水晶がある。
自分が送った石から放たれる光を、大きく開き揺れる夏空の瞳いっぱいに映し続けていた。
長い、沈黙の後に口を開く。
「……教えて、欲しい」
「なんだ?」
「父さんは、ほんとうに…父さんは本当に死んでしまったの」
月鹿の言うことは心から信用ならないからこその質問だった。
「だって、さ。死んだら身体は残るよね。なかったらなら、見つかるんじゃないの。生きてる状態とかで。確かに、その。核とかなんか言われたし、あったけど。実際は違うとか…重傷、とか…」
もしかしたら、全部吏史を傷つける嘘で生きてるかもしれないという一縷の細い希望を以てつらつらと言葉を重ねて尋ねる。
だが、イプシロンは首を横に振って否定した。
「核を壊されて死んだんだよ。あの後、彼の残骸らしい遺灰を確認した」
「遺、灰?」
「そうだ。だから死亡目撃者として俺とジルが他国のアストリネにも報告済だよ。但し、人々の混乱を防ぐためにヴァイスハイトが『古烬』によって滅ぼされた事実は隠蔽されることになる予定で……」
「っは、………あはは!」
顔をくしゃくしゃに歪めながら、笑えてしまう。
「何?!遺灰って、何!?鎌夜も言ってたけど、普通じゃない。違う、だって、そんなのおかしい!普通、そうはならないよ!だって、死んだら残るじゃないか、普通ならさ!」
月鹿に潰された哀れな蛙のように生き物は死ねば形を残すはずだ。そう、根拠そのものがない。だから吏史は否定する。
拳を握って今にも泣きそうな顔に歪めては叫ぶように訴えた。
「だったら…だから、父さんは生きてるよね?!だって、強いんだ、父さんは強い。きっと怪我をしてるだけで何処かに上手く逃げてるよ!絶対、絶対に!!」
そう荒れる様子を、イプシロンは静謐な目を向ける。
「絶対に何処かで生きてるんだ!死んだなんて、嘘だ!っ、きっと生きてるんだよ!」
連続して強く言葉をぶつけた影響で息が乱れて咳き込んでしまう。そのタイミングで、イプシロンは自身の左手の手袋を脱いで吏史に指先を見せた。
「……………え」
唐突な行動に疑問を呟くのにも構わず、イプシロンは粛々と実行する。
「アストリネは核が本体と言っても過言ではない。肉体構築を担う核がなくなれば、この通り」
パキ、とガラスが踏まれて粉々に壊れる音。
イプシロンの見せつけた左指先から立つそれが、何重にも割れるように立て続きに鳴り響く。
皮膚や血、骨。それら含めて全てが輪郭を失い透明な砂となって形状を無くし、周囲の空気に溶け込むように霧散し始めていた。
「!な、ぁ……」
「俺たちはこの世に死を残せないんだ。後には燃え滓のような僅かな遺灰を遺すだけ。後世に繋ぐ者たちが死を悲観しないようにできている。始祖が昔、語ったらしいよ」
「わ…わかったから、わかったからやめて!とめてよ!」
一人の形が終わっていく、それは到底長く見ていられるものでもない。恐怖を覚えてしまう光景だ。
「やめてよ、もういいから!」
吏史が声を荒げて制止すれば、イプシロンの手の甲まで及んでいた崩壊が止まる。
途端、先まで形を完全に失い崩れていた指先が逆再生されるように徐々に元の形を織りなす中、イプシロンはなんてことなかった様子で手袋を着用し直していた。
その様が、どうしようもなく。同じ人間ではないことを是認させて仕方なくて吏史は項垂れる。
イプシロンがわざわざ吏史に嘘をつく意味なんて考えられない。
だから、サージュも、今同様の現象が起きたのが事実でイプシロンの主張は間違いはないのだろう。
「……さっきの……全部のアストリネが、…そうなるの」
「例外はない」
「………………本当に、…っ、父さん。父さんは、アストリネ…だった…?」
「そうだ。【ジャバフォスタ】の追跡を欺いてまで『恵』に逃げてるのは一部のアストリネを覗いて知られてなかったそうだがな。…間違いなく彼はアストリネ、三代目ヴァイスハイトだよ」
「……」
「君も何処かで、薄々気づいていたんだろう。彼の特異性に」
指摘通りだ。だから、吏史は否定できない。月鹿の時も自然とそうだと飲めていたのだ。
自分の中で父親の正体が確定した途端、これまでサージュに抱いていた違和感を持つ言動に納得がいって、全て合致した途端、両手は拳を握り、力が篭りすぎて戦慄いていた。
「…だったら、なら。なんで。父さんは、」
「………」
呼吸が詰まりそうになる中で、絞り出す。黙って質問を待つイプシロンに対し、胸中にある大きな疑問を告げた。
「どうしてアストリネが、『古烬』であるオレを育てたんだ?」
「それは、」
暫し、イプシロンは沈黙する。
吏史が『古烬』であることも無言で肯定しながらも、眉間に皺を寄せて目を据わらせるという実に悩ましげな表情を仄かに浮かべていた。
数秒後、解答を纏めたのであろう薄い唇が開く。
「………これ自体、君も理解していることだとは思うが…」
イプシロンは吏史から刺すような視線を受けつつ、一つの回答を提示した。
「彼は君が大事で、愛していたんだと思う。血の繋がりもなくても、家族として。…息子として」
それは、彼が感じて覚えた嘘偽り誤魔化しもない率直な感想だ。
「……っ」
だからこそ、吏史は胸を強く打たれた。感銘を受けた衝撃で目が自然と潤み、唇を強く噛んでしまう。
やはり、遠い三者から見ても吏史とサージュは家族だったのだ。彼はちゃんと己の父親だった。偽物ではない、否定されるべきではない確かなものだったのだ。
「だったら、」
故に、改めて。深く刻まれて、奪われた傷の痛みを覚えながら底で沈み潜めていた憤怒が昇るよう灯る。
「……だっ、たら…!」
食いしばるようにも歯軋りを漏らし、点滴がついた重い腕を無理に動かして、顔の横に置かれたペンダントを掴み取り握りしめた。
「だったら、『古烬』はオレが壊す。オレは絶対に奴らを許さない。その存在の何にもかもが…!今度は、オレが『古烬』を否定する…!」
「…。個人ではなく組織そのものへの報復を望むのか。……だが、君は『古烬』の子供なんだろう?そう自覚していながら、未だアストリネが手を焼いている危険な組織の壊滅を望むのか、」
「っ望む!」
淡々と事実を述べるイプシロンに対し愚問だとばかりに噛み付く勢いで、声を張り上げる。ペンダントを握る手を胸元に寄せて、己が心臓のように大事に抱えながら。
「望む!『古烬』の子であることがみんなに露呈しようが関係ない。何も、ない!オレはオレとして正しくある!そうして生きていくんだ。幸せを奪おうとする奴らの怖い敵になってやる!そうやって、オレが、オレを育てた父さんが、何も間違ってなかったって、証明するんだ!」
向こう見ずしてがむしゃらに突き進むことになるであろう決起じみた決意を受けたイプシロンは、眉を動かすことなく冷淡に呟く。
「…そうしないと。できないと。君は自分が嫌いになるからか?」
今度は、戸惑うことなく頷いた。
「……生きて証明しろと言ったのは、発破を掛けたのはイプシロンだろ。報復してもいいって、だから…だからこれがオレが目指す、正しさだ」
沈黙が降りる。
イプシロンは吏史に眼差しを送るだけで黙り込んだ。だが、適性検査の時とは違い、吏史は威圧的な翡翠を恐れることなく真っ向に見返した。
「イプシロン。言っただろ、言ってくれた!オレに才能があるって!そう言ったのは、アンタだ!オレに生きろと言ったのも、アンタじゃないか!だったら否定しないでよ、今のオレのこの気持ちを認めてよ!」
強烈な真夏の空の太陽。白光めいたその眩さを、イプシロンは一心に受けることとなる。
――やがて、沈黙の末にイプシロンの唇が開かれた。
否定が入るのではないかと、吏史が険しい表情のまま身をこわばらせる。
「いいんじゃないか?それが君の人生と決めたなら、最後まで突き進むといい。そうなれば、やはり兵士になるのが一番だろう」
しかし紡がれたのは否定ではない。寧ろ許容で、これから先のことを提案するような発言だ。
「…え…」
呆気に取られ、拍子抜けもした。目を丸くして何度も瞬く吏史を他所に、イプシロンは己の顎に手を当てがい悩みながら小さく呟く。
「では君の傷が癒え次第、特訓を開始しよう。当面の住まいは……弟子である関係上、暫く俺と同居という形になるかな。それは正式に兵士になるまでの我慢だ。耐えろ」
「……え、えぇ……?!」
「そして定期的に君の兵器としての能力はアルデに見せることにする。彼女は君の指導役にもなる人物でもあるからな、都合がいい。ヴァイスハイトですら完全に分析できなかった代物だが【ジャバフォスタ】の技術力である程度解明できればいいが…」
「それは、オレとしても助かるからいいけど……」
「……後、ナターシャとは必ず面会すること。彼女は君を恨んでいる様子はなく、身を案じていた。顔を見せるのが道理だろう」
「う、うん。それは…そうする。きっと、そうしないといけないから、全然するけど……いや、なんで…なんで!?」
認めてくれたまではいいとして、ありがたいとして。何故、吏史を引き取る気概で段取りをとっているのだろうかと疑問が湧いた。
『古烬』の子なんて存在どう考えても厄介なものだ。【ルド】では淘汰せんと掲げられ、嫌厭されるべき存在だろう。
「なんでオレを引き取るつもり…というか、これからも関わる?会う、みたいな言い方…」
先ほどと宣言の勢いと打って変わって控えめに訴える吏史に対し、手を下ろして考える姿勢を崩したイプシロンは瞬きながらに語る。
「俺は君の未来を応援する。一度決めたことを撤回しないという個人の信条もあるが、理由を具体的に言語化するならそれだけだよ」
「………」
嘘は感じられない、此方を肯定する言葉だ。
表情や声に感情が乗っていなくても心から案じている温かさは感じられる。
絶対にイプシロンの迷惑になるだろう。存在そのものがデメリットだ。
なのに、応援したいという一つの純粋は本物で真摯の善意で、吏史の気持ちをバカにすることなく受け入れて、寧ろ背を押そうとしてる。
「ああ。一つだけ先に教えたい。『古烬』を恨むのはいい。好きなだけ幾らでもそうしろ。やると決めたならば最後の報復までしっかりと、だ。――だがな、決して自分も同じ『古烬』だからと己を貶めないように。君は彼らとは違う。そう俺が否定する」
喪失感という傷を覚えて空虚で満ちつつあった胸の内に熱が広がる中で、頭にそっと手を置かれ、撫でられた。
「…………なんで、」
わからない。何故、ここまでするのだろう。
気遣うような言葉まで投げて、情を、愛を分け与えるような真似を、吏史にしてくれるのか。
その真意を探る疑問は問い返されることはない。直ぐに掬われて、明示された。
「一番弟子を身内のように大事にするのは、当たり前では?」
溢れんばかりに夏空の瞳が瞠目する。
「………………え、っと」
それだけ驚いた。心底。心臓が強く跳ねたような感覚がある。
「身内って言っても、その、オレは、『古烬』…」
「ああ。知ってる。知った上で言っている」
戸惑うのだ。
吏史は村で月鹿の嘘でレッテルを貼られてしまい、忌避されていたから。
その境遇から、とある諦めと恐れが生まれていた。
所詮、家族以外の他者間の関係など互いに傷つけることが根本に根付いてるのではないかと。
「…………オレ、は…ちゃんと、証明、したいけど。…父さんの、…自分のためで。関われば、迷惑を…」
「全て承知の上だ。その上で、あの時も瀕死の君に発破をかけた」
だけど、違う。違っていた。
翡翠瞳を見返しながら強く思える。
ちゃんといたのだ。無償の優しさを他者に分け与えられる夢に見た存在が。家族以外にもいた。
「………………、本当に?」
「このような嘘を言うほど残忍な性格をしてない」
あったのだ。自分が、世界に存在していい理由が、壊れてない夢が。
『直ぐにできるさ。お前が思うよりも、世界は優しい面もある』
不意にも聞こえて木霊する。今とは思い出となってもう二度と聞けない過去の声。
それも相待って、イプシロンの手に、その存在にひどく安心を覚える。視界が潤み輪郭が歪み始めていた。
「っ、……ぅ゛…………ふ、ぐっ……」
ポタポタと、幾つもの透明な滴が白いシーツの上にこぼれ落ちて染みを作り上げている。
この先希望もなくひとり。死を慎みながら進むことしかできないのだと。
そう思っていたからこそかつて父が語った通り己を否定しない存在との邂逅は、十の子供にはひどく有り難く、深く沁み入るものだ。
「とお、さ、…父さ、……おれ、に、おれ、居、いた…゛…言う、とぉり…ほんと、に…すぐに、みづけ……」
だけど、安心して気が緩み、理解した。そこで漸くしてしまった。
感動を伝えたい相手は世界の何処にもいない。
「…ぃう゛とおり、だったん、だ…信じて、いきて、ょがっだ、で…」
ずっと心から感謝していた。共に笑い日々賑やかにしてくれて嬉しかったことも、シチューなら一緒に楽しく作れたから好きだったことも、見て欲しいから我儘に付き合わせてしまったという後ろめたさも、全部いつかちゃんと伝えたい想いで。
「ひとり、で、できるよ、に゛…なったら、なれたら、いつ、かって…ぇ゛……」
全てが『だった』という過去だ。いつかはない。空になった。今となっては伝えられなかったという過去の、無意味な想いだ。
「なにも、なにも、伝えられてないのに……っ」
強く悔やむ度に苦しさでいっぱいになる。自覚が溢れる。失ってから気づくなんて、皮肉すぎると溢れる感情を噛み締めながら吏史は何度も思うのだ。
「父さん…っ」
大好きだった。生涯、代わりはないだろう。サージュはたった一人の大切な家族だった。
「ああ゛ぁあ゛……ぁああ゛ああぁ……」
そうして父親の死を受け入れてしまったことで、慟哭が心を呑む。
ペンダントを握り締める力を強めながら、吏史は頭に置かれたイプシロンの指先を縋るように掴んでいた。
「……………ん?」
「っ、ひぐ…ぅうう゛…ぁああぁ゛…」
突然の行動で驚かせてしまっても、吏史は止まれない。声を上げて大泣きしてしまう。
夏空の双眸の涙腺は最早決壊していて、とめどなく涙が零れ頬を伝い落ちるばかりだ。
「…。……すまない。そこで、泣かれてしまうと………とても反応に困る」
「だ、…だ、っでぇええ゛……ぅ゛、ぅう…わあああ゛あ゛……」
「……ああ、そうか。今の君はそこまで体を動かせなかったな。……何か拭くもの……」
そう言いながらイプシロンは周囲を見渡し顔を拭くものがないかと探すものの、隔離室の部屋である関係上ティッシュは置かれていない。
「ぅあ、ぁああぁ゛……ぁあぁぁ゛……」
「…………」
僅かに眉間を顰めて困り果てた。しかし、号泣し始めた吏史をイプシロンは邪険にできない。
その涙の意味をどことなく気づいてしまってるからだ。
認められ、愛されたい。持って当たり前の感情を越して、愛を返そうと努力に進んで傷を負った子供がその相手を失ったのだ。
身体ごと引き裂かれるような喪失の痛みは、良く、理解できる。
「…………」
だから、イプシロンには涙を拭うことになる手を離し、冷たく払うことはできない。
「君はまだ……」
その痛みが涙で流れきって落ち着くまで手を貸すことに決めたのだろう。
翡翠瞳の瞼が緩やかに降りる形で細めてられていく。
「まだ、子供だな」
包めるほど小さくありながら皮膚が硬い努力の手を労わるように、そっと優しく握り返していた。
――吏史が散々泣いて、泣き疲れて。すっかり寝入った後。
イプシロンは寝かせてやろうと決めて、速やかに医療室から退室した。
自動扉が音を立てて閉まる拍子で前を向けば、通路の壁にもたれて待機していた者がいる。
そいつは目当てであったイプシロンに対し、気さくに手を振られて挨拶をした。
「やっほ。」
吏史と同年齢と思わしい体格をした少女だ。
毛糸の帽子で髪を覆い、鳶色のサングラスで両眼をも隠しきっている。
「んも〜性癖破壊キメラったら、今度は何をしようってのさ?いたいけな少年を誑かしちゃったりして」
青のシャツに白のロングパンツとカジュアルな服装に反して容姿秘匿性から奇妙さと異様さが醸し出された少女ではあったのだが、イプシロン相手には遠慮はいらないとばかりに少女は手を動かした。
「でも、お前の案自体はいいね。悪くない。あの『古烬』を弟子にするなんて、凄く面白そうじゃん」
帽子を取れば前髪の一部が薄青色のメッシュが走る腰まで揺蕩う黒曜の長髪が溢れ、鳶色のサングラスを取ればサファイアを彷彿とさせる碧眼を世界に覗かせる。
幼いながらにして咲き誇る大輪の薔薇が如く華やかな顔立ちの少女。イプシロンは彼女に見覚えがありすぎた。
――否、【ルド】の民であるならば、彼女は知って当然と言える象徴的存在だ。
「…ネルカル。君への報告は済ませてるはずだが」
「あははははっ、めっちゃ嫌そ〜〜。このあだ名だとお前の表情筋生きてるってわかるから、すごくいいよねぇ」
「勘違いするなよ。単に君たちの前では全く笑えないだけだ」
「え〜それっていいの?圧倒的ポジティブな私はともかく、人間一年生の権化みたいなディーケは傷ついちゃうよ?あいつお前のこと大好きなのに、」「やめろ悍ましい鳥肌が立つ」
「それって鳥だけに?」
「センスが悪いと最低評価をつけてもいいか?」
両手人差し指で指す動作を込まれたネルカルに心底寒いギャグをかまされてしまい、イプシロンは平坦に目を据わらせてしまう。呆れ返りながらも、わざわざ訪れた理由をネルカルに尋ねた。
「…それで、ここに来た本題は?」
「あー。そうそう。吏史君…だっけ?ネルカルの名において申請許可しますオールオッケーって話を直接しにきたわけ。私は新しい風と面白い要素は大歓迎だしね。こんな世の中なんだ、『古烬』くらいでうだうだ言ってられないよ。寧ろ彼をエースとして仕立て上げて、奴等を牽制するのも悪くない」
ニッと悪巧みを思いついたように口角を吊り上げてから告げた後は、立ちっぱなしだった体を伸ばすように両手を組んで伸ばし始める。
「んー……ただ、お前大好きディーケと過去の栄光大好き頭でっかち老害どもは嫌そーな顔するかも。懸念をあげるならそこだね」
「これくらいなら別に端末での報告でよくないか?」
「え。でも、お前私の連絡受信拒否してるじゃんね」
「………。してたか?」
「そうだよ?してるよ?三十二日と三時間四十五分三十八秒前、私が真面目なお前に送るちょっとした気分転換にってことで気を使って清楚系Gカップという矛盾背徳属性の画像送った時にさ、こんな顔もできるのかってくらい無の能面晒して受信拒否登録したじゃん。…ん?」
何かに気付いたようにネルカルは顔をあげて、碌でもない内容を先んじて察したイプシロンの目が暗くなるが、ネルカルは反応構わず我のままにパチン、と閃きを示す指を鳴らして主張した。
「もしかして、あれから解除してくれてたの?え?嘘。なんだかんだで私のこと大好きなツンデレって…こと?!」
「いや、今後もこのように直接でいい。春画を重要機密書類だと勘違いして保管する無駄な時間を過ごすのは勘弁願いたいからな。君の度が過ぎた悪戯とストレスの捌け口にされないだけ、この拒否登録には意味がある」
つまり受信拒否設定解除をしない宣言であるし、大好きではなく好ましくはないという否定が込められてた発言が早口で行われる。淡々と業務的でありながら好意を持たない意思が伝わる反応だ。
「うわ〜〜〜これでもかってくらいの拒絶で傷つく〜〜〜」
それがしっかり伝わったため、ネルカルはわざとらしく床に崩れて泣き真似をして悲劇のヒロインじみたことをかますが、どうせ真似事だと理解してるイプシロンは手を貸したりして手助けすることはしない。
いつもと変わらない絡みを披露されて、溜息が漏れた。
「はぁ…俺に好かれたいなら、慎みを持ってくれないか。今の君の態度では『嫌われることが特別』と宣い相手に徹底して粘着し切った結果、死ぬほど嫌われたがそれに達成感を得たように悦に浸っていた奴を思い出してしまう」
「キッツ。え、きっつ…。ごめん、治すわ。というかそこまで嫌だったんだ?ほんとごめん」
「わかってくれたのなら何より。……反省の三日坊主は、よしてくれ」
最悪の例を出してくれたらどれだけ不愉快かを理解したらしい。
スン、と冷水をかけられたように真顔になったネルカルは素直に受け入れてくれた。
「はぁーい…というか、そこまでだったら早く言ってくれたってよかったのに…」
不貞腐れたように頬を膨らませつつ床に崩れた姿勢を自力で正し、立ち上がる。
「さて、と」
膝についた埃を払う動作の代わりにパチンと指を鳴らして、真下から風を巻き起こす。
そうしてネルカルは身支度を整え始めていた。
「そろそろサボ――」
「サボ?」
「エ゛ッ゛ホン!!…まぁ。用事も済んだわけだし?帰りにミルクティー買って執務に戻らないとだね」
何度も指を鳴らして風を用いて長い髪を団子のように編み込んで纏めては毛糸の帽子の中に仕舞い込み、仕上げにサングラスを着用する。
「よーし!お忍び姿も完璧、元通り。さすがは私!」
「…………」
その近くにいたせいで余波をモロに受けたイプシロンの金糸はひどく乱れてしまった。
ただ、文句は言うことはなく無言で乱れた髪を手櫛で直すだけだ。
「あ。そうだ。一つだけ大事なこと聞きたいんだけど」
そんなイプシロンに対し、立ち去る前にネルカルが問いかける。
「随分と肩入れしてるようだけどさ。吏史君は将来的にお前より―――私よりも強くなれそう?」
それは間違いなく、常に強者のみを選り好み望むネルカルに取って重要な質問。
故にそう聞かれてしまうと察していたイプシロンは返事で逡巡する素振りもなく、直ぐに答えていた。
「いずれはきっとそうなる。何せ《《あの》》ヴァイスハイトが育てた子供だから」
断定的な意見だ。
だが、ネルカルは懐疑的になり発言の裏を探らない。寧ろあまりに説得力があると納得し、同意したのだろう。
「……ぷ、…ッアハハ」
ネルカルは心底愉快そうに笑っていた。
「まっ、それもそうだね。《《あの》》三代目ヴァイスハイトが育てたのなら、そうなるに違いない」
「そうだろう?だから、この話は終わりだ」
ただ、そうは答えてるものの。
イプシロンはこの発言の裏…内心ではそれだけではないと思っている。
此方の提示した条件を呑んだサージュに薦められて吏史を弟子にするか否か見定めるべく、木の上で五年間の努力を見届けてきた身だからこそイプシロンは吏史をそのように評価していた。
『きっと』なんて、らしくもなく、血の繋がりもない他者に期待を乗せてしまうほどに。
だが、それをネルカルに告げたところで贔屓目だと指摘されるのがわかりきっていたイプシロンは、これ以上は不要な発言を控えるように瞼を閉じた。
――――――
――――――〈至531年〉《五年後》
産業革命の要だったヴァイスハイトを喪ったが、人々は知ることはない。
それでも世界は廻り廻る。アストリネと人類と共に。
地下千メートルごとに階数を刻み、十階層の地下街を形成している最下層一万メートル、軍事を中心に発展する【ルド】…第一区。
中心となる天の街を支える支柱の役目も担う塔は高々と地下に住まうものたちに聳え立っている。
巨大な機械の集合体としての側面も持つため、昇降機などの機能まで搭載されていた白黒や黄色などの色彩で形成されており、普段は食料の運搬等でしか稼働していないはずだが、この日の塔には特別なことが起きようとしていた。
その兆しとして千メートルを示す印。
合計十台設置されている第一区に住まう人々に向けての情報発信も兼ねた暗色の巨大モニターが、信号の受信を示すように何度かの点滅を走らせ起動を示す。
一瞬、ノイズという兆しを垣間見せた後に鮮やかな四色の色彩が交差しては、ある画を映し出そうとしている。
先んじて、音声が流れた。それは若い女性の溌剌とした声だった。
『我が民よ!回りくどい挨拶は無しだ、今年も始めよう!』
滅多なことがない限りは起動しないモニターだが、今日は特別かつ恒例であることは【ルド】に住まう人々であるならば皆総じて存じていることだ。
今か今かと待ち侘びながら、どの階層でも若き人々が塔の付近で集まり待機し、徐々に小さな喧騒で満たされていく中で、やがてモニターはある一族たちを鮮明に映し始めていた。
紅、紺。そして白とそれぞれが異なる色を基調とする軍服を纏う男女三名がいた。
中心となる白の玉座に座するは黒髪碧眼の少女。そして、後方にて色彩異なる両翼のように佇む男性が二名となる。
褐色肌に一束に纏めた青髪が腰まで滝のように流れた赤珊瑚色の双眸を持つ男性は、身丈以上の大剣を片手に持っている。
襟首に黒の毛革が鬣のように豪奢に装飾された紅色の外套を片肩に寄せるよう掛けており、金色の刺繍が施された両袖が風切り羽のように傾かせていた。
頸まで覆う長さの波めいた臙脂色が交わる金髪に太陽が灯る翡翠瞳を抱く男性は、身丈以上の弓を片手に持っている。
襟が立ち首元までが隠れるデザインをした袖が地に着きそうな裾に合わせられて通常よりも長い紺色の外套は、折り畳んだ羽根のように流れていた。
二人揃って体格も良く、身長差は多少あれど拮抗してるのが窺えるほど鍛錬を積んだ歴戦の猛者という雰囲気が醸し出されている。
【ルド】が誇るアストリネの一族、『三光鳥』の二翼。ディーケ、そしてイプシロンだ。
そんな巨大な力の象徴とも言える存在を左右に置き従える図としてあるのは、黒髪碧眼の十代後半と思わしい細身の少女だった。
彼女は僅か数秒の沈黙という間を開けて鎮座していたが、やがて、彼女は動き出す。
玉座から立ち上がり、大きく腕を振るい立つ。
白を基調とした腰丈までの外套をきっちりと纏う彼女は艶やかな黒髪をマントのように翻し、その隙間から覗く広大な空を示し蒼穹の碧眼という麗しき相貌を自覚してるよう惜しみなくモニター越しの民を魅せるよう妖艶に微笑んだ。
そんな咲き誇る白薔薇の大輪めいたアストリネ―――三十代目ネルカルは、僅かにズレた軍帽を正す仕草と共に、高らかに歌うよう宣言を告げた。
『さあ、有望なる少年少女たちよ!今年の試練を開始しよう!』
今年の【ルド】の『試練』の開始の合図だ。
同時に地下と天頂を繋ぐ唯一の柱を台風の目として、周囲にネルカルの異能が発揮する。
モニター越しに映る彼女の碧眼が蒼の陽光として煌めいた途端、猛烈な暴風が吹き荒ぶ。
そしてそれぞれの開始地点に立つ数多くの兵士候補者たちが、天頂に挑み始めるのだ。
「よっし…いくぞ!兵士になるんだ!アストリネ様と共にこの国を守ってみせる!」
「必ず登り切って、英雄になってやるぞ!『古烬』を駆逐し切って俺が平和を成すんだ!」
皆、総じて自分自身の想いをのせていた。
試練を成せる自信や、将来への希望を胸に乗せて天に昇り詰めようと向かう。
――だが、その中で一人。
とある少年だけは民衆たちの流れに逆らう動きを取っていた。
頸が若干かかるまで伸びた白が差し込む黒髪を動作で揺らし動かして、徒歩で移動するパーカー付きの臙脂色のジャケットを羽織る彼は、やがて塔の昇降機に辿り着く。
兵士以外は誰も使用することもないであろう下層に向かう下層路のカゴに何の躊躇いもなく乗り込んで、直ぐに着用していたHMTを操作しては地下へと降りる信号を送った。
「あー失敬………」
そこ同乗したのは、試練に於いての監視員の業務を引き受けた一人の兵士だ。
雑に剃られた無精髭と目元に走る皺や掻き上げたような濃茶の総髪が特徴的な四十代ほどの男性兵士だが、その少年の顔を見るなり、ギョッと仰々しく目を丸くしては訝しげな表情を浮かべて眉を顰めていた。
「…ハッ。『古烬』も参加するってことは事前に聞いちゃあいたが……わざわざ降りるとはぁ、何のつもりだ」
刺々しい言動に、なんてことない調子で少年は兵士に答える。
「今回の試練で一万メートルから昇ってこいと指示されたから、ちゃんとそうしてる」
「…へっ、そうかよ」
その返しに兵士は鼻で笑った。何せ、この少年は兵士間でも嫌厭すべき存在だ。
突如としてアストリネの弟子として現れておきながら、『区別すべきだから』と仮の姓名まで与えられている。
その上、数多くのアストリネに目をかけられるという寵愛を受けていた。
彼が兵士たちの嫉妬の対象になるのは自然なこと。なぜならば、それは贔屓で自分達や努力が報われないような感じれたから。
何故ならば、少年は世界的に人間ではない。咎のあるべき出自だからだ。
「…一時期なんでお前なんかなって思っていたからよ。なんなら俺含めて一部の兵士はアストリネが人に平等で在る信念が欠けてるんじゃないかって、疑っちまってた」
畜生以下に対して慈悲を見せるのかと関心を持ち得ながら、何故人間として登録されてない者に注目するのかと疑念が沸いていた。
強き者が評価される国。平穏を守る高尚な兵士たち。継承者として選ばれて、いずれアストリネとしてなりうるかもしれない。
その期待も栄光も、悉く覆されて潰されてしまうのかと多くが勘繰った。
「――やっぱなぁ。『古烬』の癖にアストリネ様の寵愛を受けるわけがないんだわ」
だから、これは、兵士にとってみれば安堵の嘲笑だ。やはり人類は皆平等で、『古烬』が特別などなかったのだと。
「ま、一万メートルから登れた人間なんざ記録にもねえけど、登り切れたら拍手くらいしてやる。精々死ぬ気で頑張んな」
できればそのまま、試練で落ちて死ねばいい。
そんな悪意と嫌味を含めて吐き捨てたが――少年はなんてことない様子で笑い返す。
「えーっと。激励あざっす。マジ感謝。それじゃあ、期待に応えるんで…拍手の用意…よろしく?」
「あ゛?」
挑発的な言葉だと捉えた兵士の表情が裏返り、不快と怒気に満ちた。
しかし、少年は真っ向からの凄みを受けても怯むことない。寧ろ不動な心持を見せつけるように背筋を伸ばした綺麗な姿勢で、感情を乗せない静謐な瞳を向けていた。
太陽が昇る蒼穹と琥珀。少年が持つ異なる虹彩を前にした兵士が怪訝そうな表情を浮かべていたが、やがて少年はそれを映したまま目を細める。
「悪いがオレはこの試練程度で止まれない。むしろ、余裕ぶっこいて乗り越える気満々だから。…盛大な拍手喝采、お待ちしております?」
「……なんか、妙に馬鹿にされてる気分なんだが」
「…っはは。かもな。これ、ちょっとある奴の口調を真似てみたところあるし」
眉間に皺を寄せて険しい表情が崩れない兵士に対し、『古烬』の最新兵器を生まれながらにして持つという世界の敵でありながらも多くのアストリネの一族と関わり育てられた少年――透羽吏史は、親指の先を己に向ける仕草を見せた。
「まあ、見てくれよ。オレが『古烬』を淘汰したい気持ちが本気だって、まず始めにこの試練で証明してやるからさ」
元より悪感情を抱かれるのはわかっていた。きっとこの兵士に限らないだろう。
散々そのようになると彼等に先んじて教えて貰えていた。
だから、この程度の態度反応では心を病ませて折れる理由には足りえない。
いいや、否。この先は何を前にしても折れてはならないのだ。
「(――そう。すごく、頑張らないといけない。そうしてオレ自身の証明をしなくてはならない)」
そう、約束交わすように別れたのだから。
逆境を前にしても思いっきり羽を広げて、先の未来に進むべきだろう。
風に煽られ絹白が混じる黒髪が靡き、横髪で隠れていた左耳が晒される。
其処には青色に灯る水晶が装飾の一部として作られたイヤーカフがあり、陽光を受けて煌めきながら僅かに揺れた。
「(オレを見てくれた、認めてくれた。アストリネ達のためにも、――必ず『古烬』を)」
そして強固な決意を抱えた少年は不敵に笑い、宣戦布告のように告げる。
「全部、オレが終わらせてやるよ」
報復の下に行われた淘汰の誓い、今は遠きかつて抱いた流星への夢。
それらが交錯して全てを巻き込む透羽吏史の人生は、ここから始まると示すように。
………………… 透羽吏史
・ヒト科人種にして『古烬』の兵器『ゴエディア』を宿す異端の少年。
他の人類《吏史という名の人類》との区別をつけるため、透羽の姓名を与えることが彼が十才の時に行われた三国会議の決議で決定した。
第一級犯罪者/月鹿とは異なり『古烬』を滅する思想が強く未だ罪を犯してないことを汲み取り、要警戒対象として生かされている。
現在の監視管理担当は二代目イプシロン、ハーヴァ、十九代目アルデの三名。