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アストリネの一族  作者: 廻羽真架
序章.
12/38

2-4

兵器所持者同士の激しい攻防が周囲に響く。

『古烬』の対アストリネ兵器:『ゴエディア』によって引き上げられる膂力は男女無関係にして平等であり均等。吏史と月鹿に優劣は存在しない。

もし、ぶつかった際。二者間で差が生まれるとするなら所有者の知識、技量から発生するだろう。


――現状、不利の状況下に陥ってるのは吏史だった。


五年間の鍛錬で培われた動体視力を惜しみなく発揮している。視認情報だけなら吏史から見て、月鹿は隙だらけだ。

彼女の背後という死角に周り取り、木材を剣のように振るう。それだけでいい。簡単に攻撃が入る――筈だ。

「あははっ!」

しかし吏史は月鹿に対し一撃も入れられていない。

吏史のみが武器を持つが故に一方的に攻撃を仕掛けられている、その筈なのに吏史は一撃も彼女に与えられていない。

楽しげな笑い声を上げられてるというのに、自身は両腕の装甲の反動で苦しむ呻めきを漏らすばかりだ。

「ほらほら、こっちこっち!全然、当たってないよ!?」

まるで狩りに慣れていない未熟な獣が翻弄されると同じように、兎が野に駆けるような軽やかさで縦横無尽に跳ばれる。

「――――こ、のぉ!!」

円を描くように俊敏に背後に回った。

予備動作も見せない目の前の敵を殴りつけるのみを意識して、渾身の力で手にした木材を真下に叩きつける。

だが、月鹿には体を捻り回られて、踊るようにも避けられた。

地面に叩きつけられた衝撃で折れた材木の破片を吏史が受けてしまう。

「ぐ…!!」

「もーまた反動受けたの?まったく、無駄が多いんだから。そろそろこっちも反撃しちゃうぞ」

それだけでは終わらない。宣言通り、月鹿による嫌がらせまで披露された。

それは周囲の瓦礫の破片だ。割れた硝子や折れた釘といった残骸。剥き出しの凶器とも言えるそれらを蹴り上げることで、土煙ごとぶつけられてしまいそうになる。

咄嗟に片腕で顔を庇いながら後方に飛んで避けた。だが、全ては庇いきれない。

「〜〜〜〜ッ」

鋭い痛みがいくつも同時に走った。後に、流血による断続的な苦痛が残る。

感覚が教えてくれた。頬や首筋、脇腹が傷ついたのだろう。

生暖かな血液がいくつもの赤筋を作り、体から流れた。

「っ、は…は…!」

「あーあー。お洋服が台無しだなぁ。帰ったらお風呂入らないとだね?特別に手当てもしてあげる!」

血と煤で汚れ歪んだ顔には脂汗が吏史に浮かんでいる様子を見かねて、口元に合わせた両手を寄せて月鹿は呑気な提案をする。

それは、余裕の月鹿に反し、吏史の焦りを覚え始めたことを暗示していた。

事実このままでは吏史が体力の限界を迎えて終わりだ。

《《吏史では》》兵器の使用する際、時間が経過するほど心臓の痛みは強くなっていき限界を迎えるのだから。

先んじて致命的な弱点を知っていた月鹿は楽しげな調子を隠さずに無邪気に笑む。

「疲れ切っちゃうまで後、残り1分くらいかな〜?じゃあ、もうちょっとだね!」

ギリっと恥辱を得たように噛んだ唇まで歪ませた吏史は体を戦慄かせる。


「(――おかしい!なんでだ!?なんで、月鹿もオレと同じものを持って、本当にオレも…っ、…違う)」

同じものであるならば、それをこれまで隠せ通していた事実。『恵』に『古烬』がいた事実。それらは到底十歳の子供では処理しきれない情報だ。

少なからず平穏だったはずの村に不穏分子の権化たる破壊者がいたなど、息苦しい世界で生きてきた吏史に察せるわけがない。

ただ、今は。混乱で止まらないのはきっと怒ってるからだ。思考理解を封殺してまでの感情が、父親を奪われたという憤怒が何より凌駕していたが故に吏史は攻撃に投じれていた。

なのに。押されてるのは、両腕の装甲が原因で追い詰められてるのは吏史の方だ。

「(違う。違う、違う!それもある。ある、けれど…おかしいのは、別だ!こいつ、なんで…!)」

現状スピードは負けてない。パワーだって同じだろう。何かを持って振るってるこちらが優位に立ててるはずなのに。

《《しかし》》奇妙なことに、月鹿には動きが読まれてる気がする。

軽やかに的確に素早く最小限の動きで全て躱す。

吏史の剣戟なぞ、五年間の努力など赤子が剣の真似事をするも同然に思わせてくるのだ。

そしてその感覚には覚えがある。寧ろ、吏史の短い人生において一人しか知らない。

歯軋りを強く立てて、目の前の燃えている木材という次なる獲物を熱さ構わずに躊躇なく持って、吠えた。

「なんで、お前が、父さんみたいな動きしてんだよ!!」

「そりゃあ。あたしがヴァイスハイトを食べたからに決まってるでしょ?食べたものは糧になるんだよ?だから、全部見えてるの。ヴァイスハイトの異能でリッくんのしたいことぜぇんぶ解析できちゃうの。これはあたしだから。ううん、リッくんだって《《そういうふう》》にできるんだよ?」

「そういうふうって、なんだよ。お前が言ってること、全然何もわかんねえよ!!!」

「理解することをリッくんが拒んでるからだよ?でも、あたしはちゃんとわかるまで、受け入れてくれるまで言い続けてあげるからね。あたしは善人で、――リッくんの可愛い幼馴染だから!」

何度も木刀のように木材を必死に振るい、全て避けられてしまう中でのやり取りで吏史は思う。


月鹿は常軌を逸している。きっと何を言っても分かり合えることはないだろう。


そう、率直に思えた。

嘗て始祖たるエファムは言語の違いから生まれる言い争いをなくすために共通言語を敷いたというのに同じビルダ語を用いても、吏史は月鹿のことが何一つ、一切。全然何もわからないのだ。

唯一わかることは月鹿が吏史の幸せを、家族を奪い壊したことだけ。

「何が……っ」

だから、吏史は煮詰めた蜜のようにドロドロで甘やかな視線をナイフのように鋭い視線で睨み突き返す。

高らかに歌うその存在邪悪と思える全てを、拒絶するような眼差しだ。

「何が善人だよ!何が…幼馴染なんだよ!お前なんか…っ人殺しだ!絶対に…許さない!!」

罪の意識なんてない悪魔のような怪物の蛮行を糾弾するよう、憤怒に叫んでは月鹿の頭目掛けて木材を振り下ろした。


「―――ふーん?そういうこと言っちゃうんだ?」

月鹿の大きなペリドットの目が、据わる。

喧騒で満ちた場が、途端に音を失ったかのように静寂に満ちた。

辺りは炎に包まれて熱気で満たされていたというのに、唐突の雨風にさらされたように冷えたようなものだ。

月鹿から醸し出された異常性を吏史が汲み取るより早く、腹部に目に見えない速度で虚空から取り出された巨大な鋏、その灰色の刃が迫る。

「(やば、)」

咄嗟の、行動には、出た。両腕を交差する形で装甲を盾とし防御を図ろうと。

判断自体は悪くなく、行動動作だって遅いわけではない。

「ぜーんぶ、見えてるよ〜」

しかしそれ以上にどう選択するかを解析できている月鹿が、より早く動けていた。

突如として編み出された体躯以上の灰色の鋏が吏史の右腹部に衝突、強打する。

一瞬、肋骨の下の柔らかい何かまで(ぐちゃり)と潰されたような感覚を覚えた後、吏史の未発達の体は数十メートル先まで飛ばされた。

「ガッ…、ぁ!!」

砂塵を巻き上げる形で土壌の上を何度も転がり衝撃まで与えられた。

肋骨は愚か、その下にある肝臓も部分的に破裂した。体全体まで叩きつけられた影響で肺も心臓も含めて全身に痙攣、麻痺を覚えてしまい、呼吸がままならなくなり息が詰まる。

「ヒュッ」と何度も吃逆とは異なる生理的な声を漏らし、黒い地面を様々な体液で濡らしてしまう醜態を晒した。

「もーう。発言には気をつけてよね?傷ついちゃったんだからっ」

そんな瀕死に近しい状態に吏史を追い込んでもなお、月鹿はさも当然のばかりの態度で、愛らしく頬を膨らませた。

「口の悪さは父様に治してもらうべきだよ。そんなんだから皆から見てもらえなかったんだから。リッくんは良くない思考に染まった悪い子すぎるよね。あーあ。ほんと、迷惑。サージュさんもいい加減な教育しちゃってさ」

「…っ、うる、…さ…」

「自覚はないの?ろくな鍛錬をしてないあたしに喧嘩、負けちゃったのにね」

蹲って動ず悪態すら吐けないのをことをいいことに、軽やかな調子で近づかれてしまう。

動けそうにはない。今の吏史では目の前に見える足首すら掴もうと伸ばせる余裕がなかった。

「五年間、サージュさんが教えたことも全部無駄だったの。だからサージュさん自体が無駄だったのかもねー、リッくん」

土に爪を立てて、五本線の深い跡をつける。

激しい動悸に苦しむ中でも足掻くような動作だ。それだけ許せなかった。許せそうになかった。火が集い炎となるように黒色の憎悪が募っていく。

「今のリッくんが間違い。アストリネになりたいって夢も絶対無理慣れるわけがない。だって、寧ろあたしと同じだもん。とっても素敵な仲間なの」

「オレは、……『古烬』じゃない…っ」

自分の所業を全て正義に立てて承認し、他人の夢を否定し父の存在を貶すような悪魔に。

「でも、あたしとお揃いでしょ?」

否定返したところで、正論を投げて追撃し苦しむ心を折らんと追い詰めて花綻ぶよう笑う悪魔に。


「(――――何で、)」

悔しい。悔しくて仕方ない。同じ両腕の力を持っていることが、忌々しい。五年間の努力を真っ向から否定されたことが、不甲斐ない。

強く目を瞑って唇を噛んだ。

無力感から悲しさが押し寄せてきた。きっと、噛まなければみっともなく泣き叫んでいたことだろう。

「(何でオレは、アストリネじゃないの。異能を、使えないの)」

あの時出会った銀の流星が脳裏によぎる。

『特別』と認めてくれた穏やかな微笑みが。淡い蛍火として暗闇に消えそうになる。

それに追い縋りたくなって、手を動かそうとしたら全身に痛みが走り、酷く喉が切れてしまいそうなほど咳き込んだ。


「(――教えて、よ。力を、この、力は。何で、どう使えば。どうすれば、父さんを――守れてたのかな)」


少年に力を教えてくれた存在はこの場にはいない。

ただ、残る記憶の中で銀の煌めきを見せるだけ。宵に映える閃光花火のように幽かに淡く微笑むばかりだ。


「ゲホっ!…ゴホ、ゴホゴホっ!!」

口内に血の味が広がってしまい、えづく。

気管が詰まりかけたことに耐えきれなくなり腕の装甲の展開も解けてしまっていた。

「姫様。これはちょっとまずめの咳だ。そろそろ吏史くんは回収しないと」

「そうね。でも、医療ポットは使わないで。逆に病気になるって話聞いたからダメ」

「え。いやこれは流石に…」

「若いから寝ていれば治るの!放っておけばどうにかなるの、人間には自然治癒力があるんだからっ」

「そうは言ってもだな」

横槍して制止したはいいが、とんでもない持論をお見舞いされてしまい鎌夜は口元を引き攣らせた。

「何?なんか文句でもあるの?」

「…うんや、そうじゃないけど」

とは言っても、月鹿の機嫌を損ねる方がまずい。月鹿は爆弾のような女児であることは『古烬』内でも浸透していることだ。基本は導火線に火をつけさせることなく、波浪が起きてるようならその嵐が過ぎるまで適度に構い好きにさせる方が平和なのである。

「悪いな、吏史くん」

見る限りは、深刻だ。冷や汗と呼吸不全に虚脱という症状が見受けられる。最悪肋骨は折れて内臓が一部破裂したのやもしれない。『ゴエディア』の反動も相まってか顔も唇も血の気が引いて蒼白だった。

だから、このまま緊急医療ポットを使用せず治療をしないならば吏史は長く苦痛に苛まれるのだろう。だが、それも仕方あるまいと鎌夜は頷く。

「せいぜい弱すぎる自分と、そういうふうに育てた三代目ヴァイスハイトの存在を恨めよ」

手を伸ばす。せめてなるべく動かさぬよう運搬を図った。


触れようとした瞬間――


「!!!」


ゾッと、全身の毛という毛が粟立ち、猛烈な恐怖感で身の毛がよだつ感覚が走る。


「ちょっと!何をしてるの!?馬鹿!!」

吏史を反射的に投げ捨ててしまったことを咎められてしまうが、謝罪どころか返事すらままならない。鎌夜の心臓は破裂寸前までに跳ね上がっていたからだ。

乱れた呼吸を繰り返し、瞠目したまま転がり微弱な痙攣が伺える吏史を一心に見遣る。冷や汗を伝い落としながら呟く。

「…ぃ、いったい。何、だぁ。今の……!」

明確に理解したのは今、恐怖を得た先は《《吏史から放たれた》》ものであること。

しかし理解不能にして不可解で奇妙なのは、まるで死神の鋭利な鎌を首元にあてがわれたような感覚を覚えたこと。

一向に震えが収まらないため、手首を掴んで抑え込もうとする。近くで月鹿に騒がれても、尚、鎌夜は遠い感覚に感じて吏史から目を離せないで佇んだ。



そして、その思考停止が、彼等の到着を間に合わせる。



「オルド。あいつらにとっての正義は、村を破壊し民を虐殺。更に子供を嬲ることらしいな」

「今更じゃないか。手段を選ばず犠牲を正当化する連中であることは、十年前から身に染みていただろう?」

「―――そうだな。知っている。だから、奴等がこの世で最も唾棄すべき存在だということも」


『ゴエディア』により身体能力が向上していた月鹿には届いていた。


「!!鎌夜兄さん!!そこからすぐに退いて!!」


月鹿の叫ぶような警告と同時に、空気を割いた雷撃の轟が響く。

呆然とする鎌夜と自失し始めていた吏史の間に立ったのは、白い肌に蛇のような鱗を浮立たせた女。ジルコン=ハーヴァ。


「暴虐を起こし平和を乱した罪、今すぐここで償うといい」

場に立つだけでも醸し出す異様さで制する彼女が、侵略者に対して白髪の隙間から赤色の隻眼を覗かせた瞬間、彼女を中心に白く眩く複数の雷光が天に走った。


…………… ハーヴァ

・【暁煌】に配属された電気操作の異能、エネルギー干渉系の能力を持つ一族。

顕現姿は蛇に近い。異能を発揮せずとも口内は蛇の形状をしている。

ハーヴァの一族は体内に他のアストリネにはない自己発電可能とする電気細胞で出来た主器官を持っており、蓄電の他に自ら電圧を発することも可能の身体構築。

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