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災禍の令嬢は壊したい  作者: しけもく
第二章

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第89話 異形

 天枷本邸の屋根を突き破って、姿を見せたモノ。

 一言で表現するのなら、それは紛れもなく()()であった。


 とりあえずは人型だ。

 大きさは大柄な人間と同程度。身長で言えば、2メートルあるかどうかといったところか。上腕部は筋肉で異様に盛り上がり、衣服らしきものの残骸が付着し、ひらひらと風になびいていた。そこから覗くのは『死体のよう』と表現するのがしっくりくる、病的なまでに青白い不気味な皮膚。


 長く真っ白で、まるで生気が感じられない髪は幽鬼のよう。地獄の底から叫んでいるような、低くおぞましい唸り声。漏れた吐息がもやとなり、その奥には鋭利な牙が見え隠れしていた。こめかみには中程で折れた一本の角。形こそ人だが、どちらかと言えばむしろ――――


「っ……凪様、これは……!?」


「うーわ、なにこれ気持ち悪ぅ」


 異形の瞳がぎょろりと動き、困惑する凪と天原を捉える。

 捉えるとは言ったものの、しかし黒目は見当たらない。ただなんとなく天原の主観で、()()()()()()()()()()()()()だけだ。


 直後、異形の脚部が瞬発した。

 大腿部がほんの僅かに動いたかと思えば、目にも止まらぬ速さで広間を駆ける異形。2メートルもある巨体で軽々と、広間の畳を爪で削り取りながら。しかしこの程度の速度であれば、天原は見逃さない。予兆もしっかりと捉えていた彼は、すぐさま凪と異形の間へ割って入る。


「ッ! 凪様、お下がり下さい!」


「うへぇ、りょーかいりょーかい」


 屋根の残骸が床に散らばる中、凪がひょこひょこと、妙に腹立たしい動きで部屋の角へと移動する。しかし天原はそれを目視することなく、ただ眼前に迫る敵を迎え撃った。敵の初撃は肥大した腕による振り下ろし。知性もへったくれもない、いっそ清々しいまでの一撃だった。


「舐めるなよ、ゲテモノが」


 異形の正体など天原には分からない。

 だが彼は、相手が正体不明の化け物だからといって、臆したり迷ったりするほど戦場を知らぬ男ではない。恐れは敵を強くする。迷いは己を弱くする。天枷に連なる家の男子として、天原(りょう)は幼い頃より戦いに明け暮れてきた。脳裏を駆け巡る様々な疑問を一瞬で切り捨て、眼の前の敵に集中する。そうでなければ、それが出来なければ、今日この日まで生きては来られなかったから。


 振り下ろされる巨腕へと、天原は真っ向から勝負を挑む。

 如何に鍛えられているといっても、天原の腕など所詮は人間の域を出ない細腕だ。単純な膂力で言えば、比べるまでもなく異形に軍配が上がるだろう。それでも天原は腕を引き絞り、裂帛の気合と共に拳を振り抜く。その瞳には絶対の自信が窺えた。


「オラァッ!」


 両者の拳が衝突し、凄まじい衝撃が室内を駆け抜ける。

 ぐちり、という嫌な音が凪の耳にまで届いていた。ぱっと血の華が咲き、木片で荒れた室内を染め上げる。そこらの感応する者(リアクター)がこの光景を見ていたなら、『あぁ、やはり』などと思ったことだろう。人間の細腕があんな巨腕に勝てる筈ない、と。


 だが、天枷家の者であれば誰もが――禊以外は、だが――知っている。天原燎という男の実力を。彼の持つ感応力(リアクト)を。


 果たして、天原の腕は無事だった。

 そればかりか、ほんの数瞬前までとは腕の様子が異なっていた。天原の右腕は指先から肘のあたりまで、まるで鎧のような装甲に包まれていた。例えるならガントレットだろうか。異形の血に濡れた金属の手甲が、淡く輝きを放っていた。


「ひゅー! かっこいいねぇ!」


「凪様……茶化さないで下さいよ……」


「いやいや、ホントに思ってるよ? やっぱ僕も男の子だし? 変形とか換装とか、そういうのは好きになっちゃうよねぇ。実は僕、それが見たくてキミを連れ回してるんだぜ?」


「……マジですか?」


「半分くらいはね」


 どこまでが本気で、どこまでが嘘なのやら。凪はへらへらと楽しそうに、天原の手甲を見て笑っていた。よくよく見てみれば天原の左腕もまた、右腕同様に手甲で覆われている。これが天原燎の感応力(リアクト)即発武装ティンダーボックス』である。


即発武装ティンダーボックス』は有効範囲が狭い代わり、汎用性が高い攻防一体の感応力(リアクト)だ。剣や手甲、鎧などのような自身が()()()()()()()()()に限り、自身が思うように生み出し、短時間使用することが出来る。強度や切れ味などは天原の実力に左右されるが、様々な状況に対応出来るポテンシャルを持っている。大盾なども作り出すことが出来るため、凪の護衛としては確かに、これ以上ない適任者かもしれない。


 そんな『即発武装ティンダーボックス』によって生み出された手甲を、まるで威嚇でもするように鳴らす天原。対する異形はといえば、潰された腕を庇う素振りも見せず、ただ静かに部屋の中央で片膝を突いていた。


「コイツ……痛覚とかあるんですかね?」


「さぁねぇ……っていうか、ぶっちゃけどう? 問題なさそうかい?」


「ええ。この程度であれば、二体でも三体でも。四体はちょっと、どうでしょうかね」


 異形を見下しながら、自信満々といった様子でそう答える天原。強がりには見えない。事実、彼はこうして異形の突進を止めてみせた。確かに彼の宣言通り、あと数体程度であれば同時に相手取れそうな、そんな余裕があった。序列十五位の実力に偽りなし、といったところか。


「ところで凪様」


「なんだい?」


「これ……人間でしょうか? 俺には何と言うか……境界鬼テルミナリアのようにも見えるんですが」


「おっ、奇遇だね。僕にもそう見える。というよりも――――人間と境界鬼テルミナリアの中間ってところかな?」


 そこらに転がっていた椅子を起こし、それに座りつつ凪が異形を観察する。へらへらとしたニヤケ面は変わらずだが、僅かに目が細められる。


「うん、やっぱりそうだ。多分だけど……元は人間なんじゃないかな、コレ。ほら、よく見れば人間っぽい部分があちこちに見られるぜ」


「っ!! それは……いえ、ですがそれは」


「あり得ないかい? でもさ、考えてもみなよ。桂華は境界鬼テルミナリアを故意に呼び出せるんだぜ? つまり研究だってしたい放題だ。僕らが知らない何かを持っていても、そうおかしなことじゃないだろ?」


「……つまり凪様は、桂華がこの異形を、何らかの技術によって生み出したと? それも人間を素体として」


「いやいや、正解かどうかなんて僕にも分かんないよ? ただの想像さ。でもなんというか……ほら、そういうのありがちじゃん?」


 凪はそう言うと、再びニヤリと笑ってみせた。会話の内容が内容だけに、不謹慎だと言われても仕方がない態度である。一方の天原は眉を顰め、ただ黙って何かを思案するばかりであった。何かを言いたいが、何を言えばいいのか分からない。そんな表情であった。


「まぁ何にせよ、だ。あれこれ考えるのは後にして、まずはそいつを倒しちゃってくれよ。どうしてこんなに静かなのかは分からないけど、余裕かまして反撃されるのもつまんないし」


「……そうですね。では――――」


 凪の指示に従い、天原が異形へと近づいてゆく。

 そうして拳を振り上げ、片膝をついたままの異形へとトドメを刺そうとした、その次の瞬間だった。突如として異形が大きく口を開き、天に向かって金切り声を発し始めた。否、金切り声というよりも、それは正しく悲鳴のように聞こえた。


「ぐッ……何だ!?」


「うへぇー、何これキモー」


 凪と天原の二人は顔を歪め、不愉快そうに両手で耳を塞ぐ。そうして気味の悪い高音に耐えること、凡そ十秒程。屋敷のそこかしこから、激しい破砕音が聞こえてきた。そればかりか、破砕音は凪たちの居る部屋の方へと徐々に近づいてきている。


「凪様ッ、これは……」


「オイオイ天原くん。これってもしかしてアレじゃないの? そう、『スライムは仲間を呼んだ』的な――――」


 やめろ、余計なフラグを立てるな。

 天原の考えを代弁するなら、そんなところだろうか。ともあれそんな凪の予想は、残念ながら的中してしまう。金切り声が収まった頃、そこには新たに四体の異形が姿を現していた。最初の一体と合わせ、これで合計五体である。


「……天原くんよ」


「……何です?」


「おかわり来ちゃった」


「見れば分かりますよ……」


 一転してピンチを迎えたというのに、凪はこの期に及んでまだヘラヘラとしていた。自身が仕える主のそんな姿を見て、天原は小さくため息を吐き出した。

ヘラヘラすんな

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― 新着の感想 ―
ガイバー。 男の子がみんな好きなやつ。 部分装甲のほうが燃える。 不思議。
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