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災禍の令嬢は壊したい  作者: しけもく
第二章

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第88話 客

 天枷家本邸にて。

 数名の従者達と共に経過報告を受けていた天枷凪が、満足そうに頷いていた。


「うんうん、さっすが神楽さんと禊ちゃんだ」


 凪は直接的な戦闘能力が低いが故に、現天枷家の当主でありながら現場には滅多に姿を見せない。自身は後方で待機しつつ、現場での指揮は専ら妻である神楽に任せきり。それが天枷凪の基本スタイルだった。


 そんな満足そうな表情を浮かべる凪へと、従者の一人が声をかける。凪の護衛も兼任している序列十五位の男で、名を天原燎あまはらりょうという。姓からも分かるように、彼は天枷の分家である天原家の次男だ。執事服のよく似合う、まだ年若い青年だった。


「このまま推移すれば、今夜中には片がつきそうです。所詮は桂華など、天枷に比べれば路傍の石にも等しいということですね。凪様や神楽様の手にかかれば、吹けば飛ぶ程度の存在でしかありません」


 流石の序列十五位というべきか、天原燎の感応する者(リアクター)としての実力は十分。境界鬼(テルミナリア)討伐の実績も相応にある。しかし若さゆえか、こうして相手を舐めるきらいがあった。先の言葉ひとつとってみてもそうだ。凪と神楽に関してはともかく、禊に対しては良い印象を持っていないことが分かる。現在の戦況を考えれば、真っ先に禊の名前が出る筈なのだから。


 それでも凪がこうして天原を使っているのは、偏にそれが『悪意』に依るものではないからだ。天原は禊を嫌っているのではなく、単純に『年下のくせに生意気な女』として見ているのだ。先代の印象操作によるものではなく、天原の性格的な部分から来る『侮り』なのだ。


 もちろん、次期当主候補の禊に対して取ってよい態度ではない。だがこういったタイプの輩は、一度『分からせる』だけで従順になる傾向がある。そして今回の件が全て終われば、天原は嫌でも思い知ることになるだろう。故に、実力とその将来性のみを重視して、凪は天原を連れているというわけだ。


「でもまぁ、多分そう簡単にはいかないよねぇ。僕の予想が正しければの話だけど」


「……この局面から、逆転があると?」


「うーん……まぁ、もういいか。逆転の手があるというより、そう言う風に僕が()()()()んだよ」


 凪がちらりと時計を眺め、油断しきっている天原へと諭すように語り始める。凪が今回思い描いた、その絵図の全貌を。


「そもそもの話だけど、桂華の狙いは何だと思う?」


「……彼らにとって目の上のたんこぶである、この天枷を滅ぼすことではないのですか?」


「そうだね。つまり彼らの狙いは僕だ。現当主である僕を殺せば桂華の勝ち。分かりやすいね。神楽さんだけが残っていても、どうしようもない。仮にも六家の一員だ、桂華にだって弱った天枷を食い破るくらいの力はある」


 当主を失った家など、仮に血筋は絶えずとも、桂華程の力があれば飲み込めるだろう。しかし周囲からは当然非難を受ける。しかしだからこそ、桂華は先代当主である天枷榊を抱え込んだ。いざとなれば、他の六家に対して正当性を訴えられるように。


 桂華にとって、先代である天枷榊の造反は渡りに船であった。否、それがあったからこそ今回の件に踏み切ったのかもしれない。邪魔な天枷を潰したい桂華と、今代の天枷が気に入らない先代。両者の利害は一致していた。


「僕ら天枷は秘匿性の強い家だ。その内情はほとんど他家に知られていない。けれど父さん――――天枷榊は、僕や神楽さんのことをよく知っている。情報戦という意味だけをとっても、桂華にとっては抱き込むメリットがあっただろうね」


「……先代が桂華と手を組み、目論見通り凪様の排除に成功したとして――その後の両家の関係を考えれば、とても正気の沙汰とは思えませんね。桂華の傀儡となってまで、今の天枷を潰したかったと? 失礼を承知で申し上げますが、先代は既にイカれていらっしゃる」


「あっはっは! いや全くその通りだよ。我が父ながら正気を疑うよ。老害ここに極まれりって感じだ」


 親子としての情など、もはや凪には微塵もないのだろう。もっといえば、禊への態度が変わったときから既に、凪にとって先代は目障りな存在であった。事此処に至り、実父は名実ともに敵と成り果てていた。


「で、話を戻すけど……彼らが現天枷家を潰すのに、最も邪魔な存在とは何かな?」


「それは――――神楽様でしょうか?」


「おっと、そこで素直に答えられないようじゃあ駄目だよ。二度目はないよ?」


 天原は渋い顔で問いに答えるが、しかし凪から警告を受ける。個人的な下らないプライドで、分かりきった答えを捻じ曲げるようであれば、お前はもう要らないよと。


「……禊様です」


「そう、禊ちゃんだ。あの子がいる以上、どうやったって正面衝突は出来ない。折角抱き込んだ先代も、禊ちゃんについてはほとんど知らないからね。あの子が感応力(リアクト)に目覚めてすぐ、早々に遠ざけちゃったもんだから……ま、然もありなんってやつだね。祖父としてどうなんだって気はするけど」


 そこそこ重めの話をしているというのに、しかし凪はヘラヘラと笑っていた。あの老害が禊と距離を置いたのは、今となってはむしろ幸運だったのかもしれない。凪の考えを代弁するのなら、概ねそんなところだろうか。


「正面衝突が出来ないから、天魔を使って禊ちゃんを倒そうとした。なかなかいい手だよね。そもそも境界鬼(テルミナリア)を呼び出すってのが普通は不可能なんだけど――でも上手くやれば、対抗戦の責任者でもある白雪ごと潰せるかもしれない。結果はまぁ、アレだったけど」


「例の、桂華家秘蔵の感応する者(リアクター)ですか……」


 もし情報の入手が遅れていれば、『闇御津羽くらみつは』の準備は間に合わなかったかも知れない。『闇御津羽くらみつは』とは、簡単に言えば感応力(リアクト)に対する逆探装置だ。これが間に合わなければ、桂華と先代の尻尾を掴むことは出来なかっただろう。証拠がなければただの水掛け論になるだけだ。今回の一件で唯一、凪が焦りを覚えた部分はここだった。


「天魔を利用しての禊ちゃん排除は失敗。ここで漸く、僕らが先手を取れた。証拠さえあれば実力行使が出来る。先代に付いたバカな人達も多かったけど、純粋な戦闘なら神楽さんと禊ちゃんのいるこっちがずっと上だ」


「実際に今、彼らは追い詰められているわけですからね」


「さて、ここまでがおさらいだ。そして今、彼らに逆転の手があるのかどうかだったね。答えは有る、だ。そりゃそうだよ。僕を殺せば勝ちっていう、彼らの勝利条件は変わってないんだから。どうにかして僕を暗殺しちゃえばいい」


 その物騒な言葉とは裏腹に、やはり凪はヘラヘラと笑うばかりであった。凪の様子は自身の命よりも、読みが当たることを願っているかのようであった。


「何故桂華は時間稼ぎに徹していたのか。それは禊ちゃんが前線に来るのを待っていたからだ。何故急に攻勢に出たのか。それは禊ちゃんを前線に貼り付けるためだ。彼らの不自然な動きの全ては、僕の傍から禊ちゃんを引き剥がすためにある」


「……お待ち下さい。それはつまり、今ここに刺客が向かっているということでは……?」


「そうだね。僕がそう仕向けた。彼らが僕を狙いやすいように、禊ちゃんを前線に送った。そうしてここを手薄にした。どうぞいらっしゃいませ、ってね」


「……なんて事を……そんな事をする必要がどこにあるんですか……」


 敵の狙いが分かっていながら、敢えてそれに乗る。そう言えば確かに聞こえは良いが、しかしどう考えても、天原には愚策にしか思えなかった。そのようなことをせずとも、現状は既に大詰めなのだ。あと数時間もすれば、天枷母娘が桂華本邸を吹き飛ばしてくれるだろう。ならばこそ、何ゆえ凪は自分の命を危険に晒しているのか。その理由がまるで分からなかった。


「例えばだけどさ――――どう足掻いても勝ち目がない状況の時、キミならどうする? ギャンブルで負けが込んでいて、でも逆転の目がまるでない時、普通はどうする? 逃げるんじゃないかい? 今を耐えれば次がある、ってさ」


「それは……まぁ、無駄死にするくらいなら逃げますかね」


「だろ? でも、そこに一発逆転の目が残っていたらどうだい? それも成算の低くない、むしろ高いくらいの逆転劇が転がっていたら? 例えるなら、ポーカーで最初に配られたカードがQ(クイーン)のペアだった、くらいの状況だ」


「む……それは……」


「飛びつきたくなるだろ? オール・インしてでも負けを取り返したくなるだろ? だって8割くらいの確率で勝てるんだぜ? 僕だって勝負するね、当たり前だ。そして――――だから、()()()()んだよ。彼らを戦いの場に引きずり出すためには、そうする必要があったんだよ」


 いつもどおりの胡散臭さで、凪がにっこりと笑う。


「その結果が今の状況さ。敵は禊ちゃん達を前にしても逃げられず、亀みたいにその時を待っている。僕さえ殺せばこの戦争は勝てる、ってね」


 凪の事ならばある程度は知っているつもりだった天原だが、しかし彼の瞳には、それが禊とはまた別種の、なにか化け物の様に見えていた。


「あっはっは! 逃がすワケないじゃん? 今日で潰すよ、桂華も先代も」

 

 凪がそう呟いた瞬間、屋敷全体が激しく揺れ動いた。次いで大きな破砕音と共に、凪達が今居る本邸の屋根と天井が、あっという間に吹き飛んだ。手薄とはいえ、警備がゼロというわけではない。だというのに、どうやら敵は侵入を果たしたようだ。それだけをとってみても、敵が手練れだということは簡単に予想出来る。


 護衛である天原は、数分前までの油断しきっていた自分を殴り飛ばしたくなっていた。そんな天原に向けて、凪は胡散臭い笑みを浮かべながら、やはり胡散臭いウインクをひとつ。


「というわけで天原くん、お客様だよ。キミには期待してるぜ」





ここまでお読みくださり、ありがとうございます。

今回はかなり説明色の強い回となっておりますので、わかりにくい部分が多々あるかもしれません。出来るだけ分かりやすいように書いたつもりではいるのですが……書き手側の視点からだけでは判断が難しいところもありまして(クソデカ言い訳


ですので後日、より分かりやすいように修正を行う可能性がある、という点を何卒ご了承下さい。


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― 新着の感想 ―
いやーめっちゃ面白いです。 大好きです。 漫画化とアニメにもしてほしい。 バトルだけでなく、人間の深みもあり、 考察や謎解きもまた、面白いです。 なんとなく、空の境界や東京グールが合わさったような 雰…
聞き手役にするためにデカ鼻天狗にされた15位くん不憫。
むしろこういう回は必要だと思いますし、タイミング的にもそろそろというところだっだと思います。 遅すぎると作者さんの脳内当てゲームになってしまいますし、意図がわからないまま読んでると読者側が疲れてしまい…
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