第78話 権謀
「大口を叩いていた割に、随分と攻め込まれているようだが?」
機嫌が悪そうな顔でそう言ったのは、天枷家先代当主の天枷榊だ。どかりと座り込み煙草を燻らせるその姿は、およそ匿ってもらっている者のそれとは思えない、ひどく偉そうな態度であった。
「あちらとこちらでは、そもそもの勝利条件が違いますからねぇ」
そう言ってヘラヘラと笑ってみせる桂華愉楽。その表情は榊と対照的で、焦りや苛立ちなどといったものは微塵も感じられない。
「あちらの目的は貴方の殺害、或いは捕縛。表向きは捜索といった体ですが……ま、既に色々とバレてますからね。で、それに対する我々の勝利条件ですが───」
広間の中、芝居がかった大袈裟な身振りでそう講釈を垂れる愉楽。その人を食ったようなあまりの胡散臭さに、協力関係にある榊でさえも眉を顰める。彼と対峙したものは皆そうだ。掴みどころのない愉楽の言動に、いつの間にか飲み込まれてしまう。六家の一角、歴史ある桂華家の当主というよりも、むしろ詐欺師とでも呼んだほうが、余程彼を言い表しているだろう。
「ま、心配せずともちゃんと手は打ってありますよ。あと数日もすれば、天枷の内部で面白いことが起こります。我々はそれを待つだけでいい」
「ここに敵を留めておけば勝てる、と?」
「そういうことです。予想通り、天枷神楽もここに来ているようですしね。我々はそれまで貴方を守るだけ。バレていようと何だろうと、天枷家の先代当主は『ここに居ない』。それで全ての片がつきます」
桂華愉楽は感応する者としての力も然ることながら、絡め手も得意としている。自信満々に語るその姿は、自分の勝利を微塵も疑っていないかのよう。どうやら今の状況は凪だけではなく、彼にとっても望んだ通りの展開であるらしい。
「唯一の懸念は『例の彼女』ですが……監視の話では、彼女はまだ本邸から動いていないご様子で。こちらも戦力は温存していますし、やって来たとしても数日は持ち堪えられます。むしろ、さっさと本邸から離れて欲しいくらいですよ」
そう言って再びヘラヘラと笑って見せる愉楽。事実、桂華家はこれまでの戦闘で殆ど戦力を消耗していない。被害らしい被害といえば、天枷神楽に数人の感応する者が潰された程度。桂華家の誇る上級感応する者も、そして当然用意している奥の手も、まだまだ健在である。
愉楽は天枷禊という化け物を過小評価などしていない。最大限に警戒し、然るべき対策も準備している。それら全てを動員すれば、如何に『七色』と謂えども十分に抑えられる算段であった。
むしろ彼にとっては、本邸に居座られている方が都合が悪い。正面では敵を翻弄しつつ、その隙に別の手段で本命を取る。それが愉楽の描いたシナリオだ。同じタイプの人間だからというべきか、奇しくもそれは、凪のとった首刈り戦術と同様の作戦だった。
だが、その本命にいつまでも化け物が張り付いていたのでは動くに動けない。故に自分と、天枷榊という餌をつかってここまで誘き出す。『七色』といっても所詮人の子、桂華の全戦力を相手に戦える訳では無い。相応の戦力を割かねばならないのは事実だか、しかしどうにか止められないこともない。
あとは事前に講じておいた策が成れば、それでこの戦いは終わる。
「儂の手勢も使って、その上でそこまで自信満々に言ったのだ。万が一にも負けは許されんぞ」
「ええ、お任せあれ」
愉楽は榊に背を向けたまま、開け放たれた戸から庭を眺める。その更に奥、月明かりに照らされた森から、遠く戦闘音が聞こえてくる。どうやら現場では、今なお小競り合いが続いているらしい。予定通りに進む状況に、愉楽の瞳が怪しく光る。
(こんな小物のジジイを、一時とは謂え匿わなければならないのは業腹ですが……それで天枷を潰せるのなら安いものでしょう)
この戦いに勝利し、天枷の残党を余さず取り込むことが出来たなら。それを成した桂華家こそが、『五家』の中で最も大きな発言力を持つことになる。既に目と鼻まで来ているそんな未来を想像し、愉楽は笑みを深くする。
彼はまだ、自らの認識が誤っていることに気づいていなかった。
彼はまだ、『災禍』という称号が持つ意味を理解出来ていなかった。
昨今の流行りを鑑み、一話あたりの文字数を意図的に抑えております




