第76話 首刈り
それから二週間。
お父様達の話がまるで嘘だったかのように、平穏な日々が過ぎていた。相変わらず学園へは行ったり行かなかったりの私だけれど、変わったことも一つだけある。あれ以来、妹とたまに話をするようになった。話と言っても一言二言交わす程度で、未だにぎこちない関係性ではあったけれど。
この二週間の間は大きな境界振も起きなかったおかげで、私は随分と暇を持て余していた。そんなある日の朝のこと。
「やっほー」
「……はぁ」
部屋から食堂へと降りてきた私を待っていたのは、近頃よく顔を合わせるお父様の、ひどく胡散臭い笑顔だった。前にも同じ様な事があったばかりだが、今回はお母様の姿が見えない。どうやらそれほど畏まった話があるわけではないらしい。
「あっ、またそうやって面倒そうな顔するんだもんなぁ」
こうして父が会いに来る理由を一々推察しているあたり、やはりこの家族は不健全なのだろう。
「今日は何の用ですか? そう暇があるようには思えませんが」
この人は今、例の件で忙しい筈ではなかったか。例の件について経過報告を受けたわけではないけれど、それを主導している人間がこんなところで油を売っていてもいいものなのだろうか。
「いやいや、指示を出したら後は案外暇なんだよ? 僕戦闘はダメダメだしね。現場レベルの指揮は神楽さんに任せちゃってるし」
なんて、お父様はそう言っているけれど、実際には駄目というほど戦闘が出来ないわけではない。むしろ一般的な感応する者と比べても上から数えた方が早いくらいだ。けれどそれはどこまでいっても一般的な話でしかない。今回のような『六家』同士の争いともなると、成程確かに、お父様は力不足かもしれない。
「そんなことよりさ。どうだった?」
「……何の話でしょう」
「そりゃもちろん、祓ちゃんのことだよ」
まぁ、そうだろうとは思ったけれど。
どうだったと聞かれたところで、特に報告するようなことは何もない。あれから何度か妹の稽古に付き合ったくらいで、会話は相変わらずどこかぎこちないままだ。原因は私にあるのだろうけれど、今更何を話せというのか。
ちなみに、これについては既に社から散々イジられた。腹立たしくも生暖かい、あのメイドの視線を思い出す度にイライラする。
「悪くはないのでは? あれだけ『使える』のなら、境界鬼とも問題なく戦えるでしょう。対人センスもまぁまぁです。今回の戦いにも耐えうるかと」
妹の戦い方は私同様、天枷の娘らしく対人戦闘技術がベースとなっている。拙い部分も多いけれど、あの子もまた、一般的な尺度で言えば悪くない仕上がりだと思う。C級境界鬼程度であれば、単独でもどうにか制圧出来るのではないだろうか。分かりやすく言うなら純白と同程度か、祓の方が少し強い、といったところだろうか。まだ中学生だということを考えれば十分な実力だといえるだろう。
けれど、どうやらお父様が聞きたかったのはそういうことではないらしい。
「いやいや、そうじゃなくて……もー、禊ちゃんは相変わらずだねぇ。僕らの所為でもあるから、あまり偉そうに言えないんだけどさ」
「……」
「可愛い妹との会話はどうだったか、ってことさ」
「どうも何も……何を話せばいいのか分かりませんので。殆ど必要最低限の会話しかしていませんよ」
「あっはっは!! どうせそんなことだろうと思ったけど、ある意味それも禊ちゃんらしい───いや、らしくないのかな? あっはっはっは!」
この男───お父様は何を笑っているのかしら。社と同じ様な目をしてこちらを見るな。ああ、腹立たしい。
「おっと、怒んないでよ。別に馬鹿にしてる訳じゃあないんだよ? 禊ちゃん、変わったよね。僕はそれが嬉しいのさ」
確かに以前の私ならば───そう、『変わる』前の私なら、きっと必要最低限の会話すらしなかったのでしょう。それが自覚出来ているあたり、やはり私も少し丸くなったということだろうか。
実際、妹の稽古を見るのは不思議と嫌ではなかった。面倒には違いないけれど、それでも我慢して付き合って上げられる程度には。純白や純麗の面倒を見ていたからだろうか。
「まぁ、多少の自覚はありますが」
「いやいや、大変結構なことだよ。多少は学園生活の影響もあるのかな? だとしたら、僕もあれこれ画策した甲斐があったというものだ」
お父様達の企み、その全ては私を天枷の当主に据えるため。学園生活も、純白の面倒をみることも、全てはその副次的なもの。けれど腹立たしいことに、それらは確かに私を変えた。今では『まぁいいか』と思えるけれど、結局お父様の狙い通りになったというのは、やはり面白くはなかった。
「……そんなことより、いい加減本題に入ってもらえませんか」
ともあれ、だ。この話題を続けていても、私にとって面白いことには絶対にならない。いい加減に話を進めてもらわなければ。
「そうだね、禊ちゃんの恥ずかしがる姿を見るのも楽しいけれど、そろそろ本当に怒り出しそうだしねぇ……おっと、その手を元の場所に戻しておくれ」
娘の恥ずかしがる顔が楽しいなどと、もはや変態以外の何物でもない。私が拳を軽く握れば、それを目敏く認めたお父様が、そう言って私を掣肘する。
「本題」
「はい……ごほん。とりあえず現状の説明からしようか」
わざとらしい咳払いを一つ。そうしてお父様が姿勢を整え、少し真面目な顔で私を見つめる。普段からそうしていれば、少しは天枷の当主らしくも見えるのに。
「僕達は先日、天枷家前当主の引き渡しを桂華家に対して要求した。それに対する桂華家の回答はこうだ。『当家にはその様な者は滞在していない』……まぁテンプレの回答だよね」
お父様は先代が行った全ての事柄を、証拠付きで調べ上げている。だからこそ、匿っていることを桂華家が認める筈もない。素直に先代を引き渡そうものなら、芋づる式に桂華家の悪事も露呈するのだから。勿論、彼等が協力関係にあることは既に分かっている。それにあちらも、バレているのは分かっている筈だ。つまりこの要求は、ただ形式上のやり取りに過ぎない。
両家共に全て承知の上。
それでも形式上引き渡しを要求するし、形式上知らないフリをする。なんとも面倒な話である。どうせ表には出ることのない『六家』同士の争いだというのに、それでも体面を繕う必要があるというのだから馬鹿馬鹿しい。
「当然ながら、続く捜査協力の要請も拒否された。事実上の宣戦布告みたいなものだね。というわけで細かいやり取りは端折るけれど、当家と桂華家は五日前から交戦状態に入っているよ」
「……お母様が出ているのに、五日もかかって制圧出来ていない?」
これは意外だった。
お母様は間違いなく国内最強クラスの感応する者だ。如何に相手が『六家』の桂華家と謂えど、五日もあれば制圧しそうなものだけれど。
「神楽さんは当然のように敵を蹴散らしてくれるんだけど、他の場所が押し返され始めたんだ。神楽さんもそのフォローに回らざるを得なくなって、結果膠着状態というわけさ」
成程。
お母様ではなく、その他の戦力差か。先代派の分家が抜けた穴は、どうやら私が思っていたよりもずっと大きかったらしい。それに相手も馬鹿ではない。色々と準備もしていたことだろう。
「ま、もともと数では負けていたからね」
数は力というけれど、こういった小規模な争いでは特にその差が顕著だ。多数の感応する者が所属している『六家』同士の闘いにおいて、トップだけを狙って暗殺するような首刈り戦術は使えない。暗殺に適した感応力もあれば、それを未然に防ぐ為の感応力も当然存在しているからだ。故に、数の差がそのまま戦力の差になりやすい。
「さて、現状はこんなところかな?」
成程。漸く話が見えてきた。
つまりお父様は損害を抑えながら、時期を待っていたということだ。
「感応する者同士の戦いに於いて、首刈り戦術は使えない。それは現代では殆ど常識みたいなものだ。優れた探知系の感応する者が一人居るだけで破綻しちゃうからね。だけど、それはただの一般論だ」
潜入に適した感応する者というのは、総じて戦闘能力が低い傾向にある。故に、少数で敵陣に突入するなんてことは自殺行為以外の何物でもない。探知されて袋叩きにされれば、戦闘能力の低い感応する者では暗殺どころか、逃げることすら出来ないのだから。
「つまり何が言いたいかっていうと───」
そう言ってお父様は、まるでお土産でも買ってきたかのようににっこりと笑った。
「おまたせ! 禊ちゃんの出番だよ!」
あばばばば時間が足りない……一日が36時間くらいあればいいのに……
それと、この回はもしかすると後ほど修正が入る可能性がありまぁす!




