第64話 玩具箱
時は少し遡り、蘇芳樒の部隊が医療棟前で戦闘を始めて暫く経った頃。
そこからおよそ1kmほど離れた、宿泊施設が建ち並ぶ区画。
過去、日本で対抗戦が開催された際に開発されたこの会場は、普段保養地として利用されている。季節によって色を変える森林や湖など、美しい景観と調和をとるように建設された各施設。そしてそれらを一望するように建てられた高級ホテル。その屋上は普段、空中庭園展望台として開放されている。
そんな中の一つ、今回の対抗戦では米国代表の学園生達が宿泊しているホテルの屋上に、二つの人影があった。
少し赤みがかった黄金の髪を頭の後ろで一つに纏め、風に靡かせているのはエリカ・E・スプリングフィールド。彼女は屋上のフェンスの上に仁王立ちし、目を細めて遥か先の戦場を見つめていた。
フェンスの下で何やら忙しなく動いているのはフィオナ・グレン。一体何処から持ってきたのか、何に使うのかも良く理解らない機材を順に手早く操作している。
彼女がここにやって来た理由。それは『ある物』をエリカへと届けるためであった。
そしてそんな二人の背後、庭園の中央。
そこには巨大な漆黒の『箱』が鎮座していた。陽の光をほぼほぼ吸収してしまうほど真っ黒に塗り上げられた巨大な箱には、継ぎ目も無く、持ち手どころか凹凸も無い。二人よりも遥かに大きなその箱は、華やかな庭園にあって、明らかに場違いで異様な威圧感を放っていた。
『玩具箱』。それがこの異質な『箱』の名称だ。
玩具箱とは、米国境界管理局がエリカ・E・スプリングフィールドの為だけに開発した彼女専用の装備群であり、それを収めた彼女専用の武器庫、その総称である。
あまりの大きさと重量の為に持ち運びは困難を極め、フィオナが居なければ戦場に持ち込むことすら出来ない。
模様や装飾なども無く、ただただ黒いだけの正立方体。一見しただけではどちらが上か下かすらも理解らず、そもそも手をかけるような凹凸すら無いため、箱の開け方すら判然としない。
過去、試験運用中に起こったとある事件をきっかけにその有用性が認められ、そこから度重なるアップデートを繰り返して『玩具箱』は完成した。そうして現在は、運搬役として適正のあったフィオナ・グレンが所持し、副官としてエリカに追随することで運用されている。
「本局からの指示を伝えるであります!エリカ・E・スプリングフィールドは独自の判断によって味方の撤退支援、及び境界鬼の掃討にあたるようにとの事。なお本作戦は日本との共同作戦となるであります。ついでに『玩具箱』の使用許可と、誤射には十分留意するようにとの念押しも来ているであります」
「ワオ!要するに『好きにしろ』ということデスね!」
「ちなみに現在最も状況が芳しくないのは医療区画であります」
「見れば分かりマス。全く、ソフィアとミソギは何処で何をしているんデスかネ?」
「『金』は自国の学生に指示を出しつつ護衛対象の傍に付いているようであります。『緋』は・・・不明であります」
「ソフィアは良いとして、ミソギは真っ先に敵に突撃するモノと思っていましたガ・・・ま、考えても仕方ありませんネ。ワタシ達はワタシ達の仕事をやりまショウ!」
「了解であります」
フィオナの返事を待たずして、エリカがぱちりと指を鳴らす。
すると二人の背後で、巨大な箱がエリカの感応力に呼応するようにその身体を震わせる。箱の上部に位置する天板がゆっくりとスライドし、そのままずり落ちた『蓋』が大きな音を鳴らし、庭園内のみならずホテル全体を僅かに揺らす。
眼下に見えるホテル前の広場では、状況の推移を見守っていた各学園の教員やスタッフ達が一体何ごとかとこちらを見上げていた。
そんな彼等を一瞥することすらなく、エリカは『玩具箱』から取り出した中身を次々に自らの背後へと展開してゆく。
『玩具箱』から取り出されたのは、無数の兵器であった。
突撃銃や狙撃銃、機関銃に擲弾発射兵器、散弾銃やAMR等。
果ては迫撃砲や爆薬、弾頭そのものなどといった、通常であれば個人で携行出来ないような巨大な兵器まで。そしてそのどれもが、通常のそれとは違う作りであった。
「コレを使うのも久しぶりデース!景気よく行きまショウ!!」
「やりすぎないよう注意して欲しいでありますが」
「HAHAHA!善処しマース!!」
政治家のような台詞を吐きつつ高らかに笑いながら、エリカは医療棟の方角へと目を向ける。エリカ達の居るホテルから医療棟前の広場まで、直線距離で大凡1km程。
それは狙撃銃などであればいざしらず、ほぼ全ての銃器にとって有効射程外である。
弾の届く距離を意味する最大射程距離とは違い、銃器の有効射程はそれほど長くない。
アサルトライフルであれば有効射程は精々300~600m程。散弾銃に至っては100m未満だ。通常であれば当然、この距離で届くはずもないだろう。
しかし『玩具箱』に収められた兵器は通常のものではない。
人間が使う銃器は、当然のことながらそれを前提とした設計が為されている。しかしエリカの感応力によって使用される場合、そういった部品は不要だ。手で握るための銃把や、肩に当てることで衝撃を抑えるための銃床等、通常ならばあって然るべきものが無かった。
また、威力やそれに伴う発射時の反動にも制限がない。人であれば耐えられない衝撃も、彼女が扱う分には関係がない。
故にエリカが取り出した兵器は、その総てが通常のものとは形状が異なる。射程も、威力も、反動も、精度も。それらすべての制限を度外視した、ただ発射さえ出来ればそれでいいという、そんな武器が無数に詰め込まれたエリカだけの武器庫。それが『玩具箱』だ。
エリカの背後に浮かぶ無数の兵器が、彼女に操られ目標地点へと銃口を向ける。そんなエリカの様子を確認したフィオナが、医療棟前で戦闘を行っている部隊へと呼びかけ、そうしてカウントダウンが始まった。
エリカは歓喜していた。
『絢爛の橙』の呼び名通り、彼女は派手なことが大好きだった。日常も、戦いも、派手に楽しくが彼女の信条だ。近頃は折角の『玩具箱』も使う機会が少なく、鬱憤が溜まっていたのも事実だ。学生たちの、そして禊の戦いをみて興奮していたのもまた事実。故に不謹慎だとは理解しつつも、こうして全力を出せることが何より嬉しかった。自然と口角が上がり、これから始まる殲滅《ストレス解消》に心が踊っていた。
「───|Open Firering《射撃開始》!」
『いきマース!!Fire!!』
フィオナの射撃号令と同時、エリカの『念動力』によってトリガーを引かれた無数の兵器達が一斉に火を吹く。その爆音は近辺一帯へと鳴り響き、ホテル前に居た人々は皆一様に顔を顰めて耳を塞ぐ。空気の振動は瞬く間に広がり、ホテル内に退避している学生たちの耳朶をも打つ。
感応力によって補正を受け、弾道のみならず、速度と威力さえも補正された弾丸は、鮮やかな橙色の尾を引いて会場内の空を駆け抜ける。重力や空気、風や光の影響すらも跳ね飛ばし、ただ真っ直ぐに医療棟前広場へと到達する。
遠距離からの広範囲攻撃。敵からの反撃を許さず、『玩具箱』によって初撃で致命的な被害を与える。エリカが『ドアノッカー』などと呼ばれる所以である。しかし彼女をよく知るフィオナは、エリカの事を内心ではこう思っていた。
(・・・『ドアノッカー』というより『錠破り』であります)
エリカの『玩具箱』による攻撃は刹那のうちに医療棟へと到達、無数の弾丸によって作られた殺意の壁が、押し寄せていた境界鬼の群れを飲み込んでゆく。
どう考えても過剰攻撃であった。しかし、久しぶりの全力発揮にテンションの上がった彼女の攻撃は尚も終わること無く、展開している兵器が全ての弾丸を吐き出すまで続けられた。
射撃が終わり、広場一帯を覆っていた煙が晴れた頃。
そこに残っていたのは数十体のA~C級境界鬼の死骸と、あちこちが焼け焦げ掘り返され、無惨な姿となった広場の姿だけであった。
「んんん~~!!!イエーッス!最高の気分デース!!」
フェンスの上で飛び跳ね、すっかり上機嫌のエリカ。
そんな彼女の下、広場の様子を双眼鏡で確認したフィオナは、誰に言うでも無く独り呟いた。
「・・・まぁ、話に聞いた『緋』の戦闘後よりはマシでありますかね」
尚、いつぞや説明があったように、通常兵器では境界鬼にダメージを与えることは出来ません。感応力を介して使用することで初めて敵の防殻を突破することが出来ます。
感応力と武器を併用して戦う者は多く居ますが、武器を用いた攻撃としてはエリカの攻撃が最上位に位置します。




