第55話 魔王禊
モニカはいつか『七色』の一人に数えられることを目標としている。
当然、現在の『七色』についても調べられるだけ調べた。名前はもちろんのこと、その選定理由や実績、戦果や活動期間。一般的に知られている事から、一般的には知られていない事まで。
しかし、それは簡単なことではなかった。
メディアの特集や取材、ネット上の情報など、嘘か本当かなんてまるで理解らない。管理局のデータベースを検索したところで、分かることなど名前と戦果、従事した作戦や討伐実績、討伐した境界鬼の位階と数くらいものだ。どのような感応力を持ち、どのような戦い方をするのか。本当に知りたいことは全てが秘匿事項とされている。
中でも『緋』は酷いものだった。
感応力は当然として、戦果や討伐実績などを調べようとしても、そこには『|Inaccessible《アクセス不可》』の文字が表示されるだけ。本来ならそこに添付されているはずの顔写真すらない有様だ。どう考えたって不自然で、何らかの力が働いていることは明らかだった。結局、管理局のデータベースを調べたモニカが知り得た事と言えば、名前と年齢、性別と選定理由くらいのものだった。
そう、名前と年齢だ。
モニカの記憶にあるそれと、目の前の少女のそれは一致する。それに気づいた時、モニカの中に存在していた全ての違和感が、ふっと消えてゆくような気がした。
最初に違和感を覚えたのは開会式の前日だった。
対抗戦に出場する全ての選手を集めて行われたミーティング。そこで学園長が行った激励演説、その最後の言葉。
『くれぐれも相手選手に怪我などさせないで下さい。特に日本校の選手は絶対に駄目です』
学園長の言葉を聞いたモニカは、単純に開催国の選手を負傷させると面倒なことになるからだと思っていた。観客もそうだし、メディアだってそうだ。難癖つけて結果を覆す、などという事は無いだろうが、要らぬ口実を与えるのも面白くない。そういった理由から出た言葉だろうと、その時は思っていた。
しかし後になって考えてみれば、学園長の言葉は微妙におかしいような気がした。
『怪我に注意して全力で臨むように』と、選手を気遣って言うのならばまだ理解る。
しかし、学園長の言葉は『相手を怪我させるな』であった。誰も好き好んで相手を負傷させようなどとは考えて居ない。そんなことは学園長も理解っている筈なのに、選手の士気を上げるべきところでその様な台詞を吐くだろうか?壮行会も兼ねたその場で、態々言うようなことだろうか?
とはいえ考えたところで答えは出ない。もしかすると言葉の綾かもしれない。結局その時のモニカは、ただの考え過ぎだろうと気にしないことにした。
次の違和感は言わずもがな、この殲滅戦が始まる直前のエリカの一言だ。
日本の主力選手の負傷、低下する士気。アメリカが圧倒的に有利な状況、それは誰の目にも明らかだった。だというのに、エリカはまるで結果が決まっているかのような口ぶりでこう言った。『負けるのも大事』だと。
意図を問いただすような時間も余裕も無かったが、そんなエリカの一言は試合開始のブザーが鳴るその瞬間まで、モニカの脳裏に残っていた。
そして最後の違和感が、この惨状だ。
どう考えたって、個人が為せる破壊痕ではなかった。効果範囲も、威力も、精度も。その全てが異常であり、こんな事はS級感応する者にだって不可能だ。少なくとも、この様な真似が出来る感応する者など、モニカは唯一人しか知らなかった。そして恐らくは、あの人以外に六人だけ。
───もしも。
もしもこの試合場に、『あの人』と同じ『化け物』が混ざっているとするならば。縹千早が負傷したことで、予備選手という枠に隠れ潜んでいた『化け物』が表に出てきてしまったと仮定したならば。信じたくはなかったが、そう考えれば全ての辻褄が合ってしまう。
学園長はこれを知っていたのだ。目の前の彼女が、予備選手として登録されていることを。
エリカは知っていたのだ。目の前の彼女が、この試合に出場することを。
モニカは知ってしまった。目の前の彼女が、この惨状を引き起こしたことを。
今ここに、全ての疑問は帰結する。
その終着点が、モニカの眼前で悠然と微笑んでいた。
「────『災禍の緋』ッ!貴女がッ!!」
「ふふっ。正解よ、不本意だけれど」
右手に握った細剣を振るい、脚への負担を無視して行われた感応力を併用しての剣閃。高速で接近し、勢いをそのままに繰り出された突きは凄まじい突破力を誇る。それはモニカの得意技であり、決め技の一つだった。
目の前の相手が『緋』であると気づいた時、しかしモニカは絶望などしていなかった。これはいずれ乗り越えなければならない壁であり、『七色』を目指すのならば避けては通れない壁であるが故に。
そして何より、『災禍の緋』の選定理由を知っているから。
たったの二年で成し遂げられた、馬鹿げた数の討伐数。自ら境界鬼の群れに飛び込んでいるとしか思えないその数が、『災禍の緋』の選定理由だ。
(そう、彼女は境界鬼の討伐数で『七色』になった。彼女は対境界鬼の専門家。つまり彼女は───)
モニカの突き出したレイピア、その先端が禊へと届く直前。ぴたりと止まった切っ先は、モニカ本人と共に姿を消した。瞬時に禊の視界から消えたそれは、圧倒的な速度で以て行われたフェイントだった。
(────対人戦の専門家ではないッ!)
禊の背後から姿を現したモニカが、地を這うような低姿勢からレイピアを突き上げる。境界鬼は基本的に、人間と比べて圧倒的に優れたその身体能力と肉体強度を武器に戦う生物だ。単純な力押しが多く、フェイントのような駆け引きを行うことはまず無い。故に、そんな境界鬼討伐の専門家である禊もまた、直線的な攻撃に慣れているのではないか。それがモニカの考えであった。
そんな考えが的中したのか、禊は振り向く素振りもなく、モニカの動きにまるで対応出来ていないように見えた。剣先の潰れたレイピアだ。全力で突いたとしても打撲程度で済むだろう。
(獲ったッ!)
この位置取り、このタイミング、この速度。仮に今更気づいたとしても、もはや躱せる筈もない。モニカがそう確信した時だった。
「舐められたものね」
(───ッ!?)
禊が行ったのは、背を向けたままの状態でただほんの少し体をズラしただけ。しかしたったそれだけで、モニカの突きは空を切った。この一撃で決めるつもりだったモニカは、放った突きの勢いで体勢を崩した。そしてその背中を、掌で優しく押された。
たたらを踏みながらも、倒れることだけはどうにか免れたモニカが背後を振り返れば、そこには先程となんら変わらぬ姿で佇む禊の姿があった。
「貴女、私に対人戦の経験が無い、或いは少ないのではないか。そう思ったのでしょう?」
「っ・・・!」
「理解るわよ。そう顔に書いてあるもの」
モニカは言葉に詰まった。
思惑が見抜かれていた恥ずかしさもあるが、なによりも突きを躱された時に押された背中、そこに残る掌の感触がそうさせた。もしも彼女がその気なら、今ので終わっていたかもしれない、と。
「貴女は知らないでしょうけれど、私の家は少し特殊なのよ。簡単に説明するなら、この国に巣食う『虫』を駆除する専門家、といったところかしら?」
「何を・・・それが一体、何だと言うんですか」
「理解らないかしら?『虫』というのはね、何も境界鬼のような物の怪の類に限った話じゃないの。国に害をなす者は等しく全てが『虫』になる。妖怪、鬼、獣、そして───人間。そんな家に生まれた私が、対人戦を知らないと思う?」
「っ・・・」
「ふふっ。私はね、どちらかといえば『こっち』が本職なのよ」
そう言って自らの胸に手を当てる禊。
悠々と、それでいて自信に満ち溢れたその姿に、モニカは自らの思い違いを悔いた。それと同時に、無意識のうちに自分の足が僅かに後ろへと下がっていることに気づいた。
「・・・あら?まさかもう折れてしまったのかしら?たった一度、攻撃が失敗しただけで?」
「そんなことッ!私は、負けるわけにはいかないんですッ!たとえ相手が『七色』だったとしても!!」
「そ。それは重畳ね。そうよ、簡単に壊れてしまったらつまらないもの。実を言うと私、貴女の眼が嫌いではないのよ?全てを尽くし、目標に向かって邁進しようとするその瞳が」
「・・・馬鹿に、しているんですかッ」
「まさか。嘘偽りのない私の本心よ?貴女、強くなりたいんでしょう?だったら最後の最後まで諦めることなく、全てを尽くして向かってきなさい。もしも途中で壊れること無く居られたなら、その時はきっと、少しは前に進めている筈よ」
モニカの瞳には、目の前に立つ歳下の少女が得体の知れない強大な何かに見えていた。異様な気配に包まれた少女が、そう、まるでお伽噺の『魔王』のように。
レイピアを握る右手に力を込め、足に力を込め大地を踏みしめる。ダメージは未だ受けていない。脚への負担など今は些細なことだ。自分はまだやれる。自分はまだ全てをぶつけていない。そう自らを鼓舞して、モニカは瞳を燃やす。
「すぅ─────ふッ!!」
大きく息を吸い込み、何かを告げるでもなくモニカが駆ける。先程とは違い、脚だけではなく全身に雷を纏って。レイピアの先まで伝わる電流が、彼女の本気を示していた。
禊にとって、これはいつぞや純白や純麗に行った訓練、その再現だった。
モニカはあの時の二人に比べて遥かに強い。当然、禊にかかる負担もあの時より大きい。故に、二人に施したときよりも少し手荒になってしまうだろう。
「ふふ、お手並み拝見ね」
珍しい、本当に珍しいことではあったが。
しかしそれでも構わないと思う程度には、禊はモニカのことを気に入っていた。
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