第45話 少女の記憶
『七色』。
それはこの世界に存在する、総ての感応する者の頂点。
世界中を見渡してもほんの一握りしか存在しないS+級感応する者の更に上位、人類の到達点ともいわれる選ばれし強者達。
管理局の合議によって選定される彼等は、その選定理由も様々だ。
対境界鬼戦に於ける、軍全体への圧倒的な貢献度。
大規模境界振の発生時に於ける、戦況を覆してしまう程の瞬間火力。
直接手を下した境界鬼の異常なまでの累計討伐数。
七人それぞれが違った理由で選定されているけれど、全員に共通することが一つある。それは他の追随を許さない圧倒的な強さだ。
戦闘系ではない『白』にしても、その感応力の力は他とは比べ物にならないほどに強力だ。
感応力自体の強さや希少さ、そして本人の戦闘能力。そうした全てを勘案して、『七色』は選定される。
私はずっと、そこに加わるべく研鑽を積んできた。
感応力が発現したのは八歳の頃だった。
これは感応する者の中でも早い部類だ。その分だけ、他の人よりも感応力を磨くために多くの時間を使うことが出来た。
幼くして感応する者として目覚めた私は、地元では神童だなんて呼ばれたりして。いつだって友人達の中心で、まるで英雄のような扱いだった。今思い返せば、私自身すっかり鼻が伸びていたように思う。世界を知らぬが故の、幼く可愛らしい自尊心だった。
当たり前の話だけど、そんな自尊心は境界鬼の前では何の役にも立たなかった。私の住む街で境界振が発生した時、私は何も出来なかった。ただ部屋の隅に隠れ、布団を被って震えている事しか出来なかった。
ただのD級境界鬼であっても、感応する者でなければ太刀打ち出来ない。銃で撃とうが、刃物で切りつけようが、感応力を介さない武器では奴等の防殻を貫く事が出来ないからだ。
いくら感応する者として覚醒していたと言っても、まだ戦い方も知らない私だ。そんな大の大人ですら太刀打ち出来ない相手に立ち向かうなんて、出来るはずもなかった。
仲の良い友人や、近くに住む気のいいおじさん。パン屋の女主人に、よく公園でサボっている警官。つい先日まで笑っていた彼等が血と肉に変わる音を、ただ布団の中で聞いていることしか出来なかった。
どのくらいそうしていただろうか。
永遠にも思えるような時間は、突如として終わりを迎えた。偶然近くの施設で新兵器のテストを行っていた感応する者の部隊が、急ぎ駆けつけてくれたのだ。
境界鬼は神出鬼没だ。今でこそ事前に境界振を感知することが可能になったけれど、当時はそこまで精度の高いものではなかった。だから、彼等の到着は随分と早い方だった。
その時窓から見た光景を、私は今でも鮮明に覚えている。
私が布団に包まり隠れている間にすっかり変わり果てた、初めて見る私の街。あちこちに血がぶち撒けられ、動かなくなった人や、誰のものかも理解らない腕や足。
そんな町中の中心で、一人の女の人が戦っていた。
赤みがかった長い金髪に、大きく着崩された管理局の制服。その女性は、大きなコンテナのような物を背に、迫りくる境界鬼の群れを只った一人で食い止めていた。
不謹慎かもしれないけれど、その時私は見惚れていた。そして強烈に憧れた。友人や顔見知りの人達がどうなったかなんてすっかり忘れて、ただただ魅入っていた。宙に浮かぶ無数の銃器や刃物、何に使うのかもよく分からない兵器と機械を従えた彼女の姿は、幼い私の心を掴んで離さなかった。
それが、私が『七色』を目指すようになる切っ掛け。当時まだ世界の頂点、その一人には数えられて居なかった、ただのいち管理局員。エリカ・E・スプリングフィールドとの出会いだった。
それから私は、以前にもまして訓練に励むようになった。地元では有名な、裕福な家の生まれであったことが幸いだった。所謂田舎の地主のようなものだ。独学では限界があるからと、定期的に現役の感応する者の方を呼んで指導をしてもらえることになった。
そんな家庭教師達から見た私は、どうやら随分と有望に映ったらしい。
筋が良いだとか、将来は大物になるだとか、果ては天才だなんて。様々な言葉で褒めて貰ったことを覚えている。それでも私は、もう慢心することはなかった。私はあの日の事を忘れてなど居ない。幼かった自尊心と憧れは、意地と決意に形を変えていた。
実技演習と銘打って、こっそり実戦に連れて行って貰ったことも何度かあった。私を連れて行ってくれた感応する者の人は随分と怒られたようだけど、私はとても感謝している。いくら訓練をしたところで、実戦で同じことが出来るかはまた別の話だ。一の実践は十の訓練に勝ると言われているけれど、まさにその通りだと実感した。
学園に入る歳になった頃には、感応する者として少しは名が知られていた。おかげで入学当初は随分と喧嘩を売られたりしたものだ。どこぞの偉い方の息子だとか、名のある感応する者の娘だとか。
まるで昔の自分を見ているようだった。否、私はここまで酷くなかったと思いたい。
安いプライドと自尊心、そんなものは境界鬼の前では等しく無価値だというのに。
谷の中に住み続ける者は、決して山を越えることはない。
未だ閉じた世界の中にいる彼等を払い除けていると、いつしか学園どころか将来国を背負う天才、だなんて言われるようになっていた。
勿論悪い気はしない。
でも、だからといって浮かれたり、増長することがないように自分を律し続けた。私の目指す道は、きっとその先には無いと思ったから。
そうして迎えた初めての対抗戦。
当時一年生だった私は、精一杯自分に出来ることをしたつもりだ。おかげで『決闘』一年の部では優勝することが出来た。
『殲滅』では上級生相手にも、怯むこと無く全力で戦った。ここでも実践に連れて行って貰った経験が活きた。境界鬼に比べれば、たかだか数年先に生まれただけの彼らなんて、恐れる程のものでも無かったから。
自分で言うのも恥ずかしいけど、私の活躍もあってその年私達は見事優勝した。
勿論嬉しかったけど、私にとってこれはあくまで通過点だ。周りの学友達のように、そう大喜びもしていられない。内心がどうであれ、慢心しないよう顔を引き締めるのに苦労した。
そんな対抗戦で、私にとって非常に嬉しい事があった。
ホテルを貸し切っての祝勝会の場に、大会を見に来ていたあの人が顔を出してくれたのだ。勿論彼女は私のことなんて覚えて居なかったけれど、大会での活躍もあってか、直接声をかけてもらえた。
何から話せばいいのか、緊張と焦りで上手く話すことが出来なかった。それでも、彼女からかけてもらった言葉は確りと覚えている。
───見事だったよ。もし将来管理局に入るのなら、厳しく指導してあげるね。
私が特別に見てもらえているだなんて思っていない。
きっと社交辞令か、はたまた皆に同じ様な事を言っているのだろう。
それでも私は、その言葉を胸に今も研鑽を続けている。
いつか彼女と肩を並べる為に。いつか彼女を越える為に。
試合に望むたび、私はいつもこうして思い出す。
これが私にとってのルーティーンなのかも知れない。
第一学年は、日本がかなりの成績を残していると聞いている。いくら一年の試合は得点が半分だとしても、優勝への重要な要素であることは間違いない。
このまま行けば、恐らくは日本が優勝争いに加わることになるだろう。昨年までは白雪聖と、縹千早の二人くらいしか目立った活躍をした選手は居なかった筈なのに。それほどまでに、今年の一年は優秀なのだろうか。
そう考え、しかしすぐに頭の片隅へと追いやる。
今は私に出来ることをするだけだ。まずはこの『決闘』で私が優勝する。それだけを考えよう。
どうやら決勝の相手は、あの『金』の教え子らしい。
だからといって萎縮したり、恐れたりする必要は無い。相手にとって不足無し。いつも通りに戦って、いつも通りに勝つ。それを続けていけば、いつかきっとあの人の元まで辿り着けると信じている。
「モニカ、もうすぐ出番だよ!調子はどう?」
「・・・ええ、問題ないわ」
友人の声に、閉じていた眼を開いて席を立つ。
待機室を出て通路を少し歩けば、陽の光が眩しいくらいに通路の出口を照らしていた。
「・・・よし、行ってくる」
「そんなことはないと思うけど、負けないでね!」
「ええ。任せて」
そうだ。私は負けない。負けるわけにはいかない。
こんな所で足を止めている暇なんて、私にはないのだから。




